願いの誕生日

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月08日〜03月11日

リプレイ公開日:2009年03月16日

●オープニング

 誕生日、というのは基本的、全国的に祝いの日である。
 ある程度年齢のいった女性であれば、もう年は要らないというところであるが、そんな危惧はまだ遠い。
 一人の少女が誕生日を迎えようとしていた。

「もう、15歳か〜」
 ティズ・ティン(ea7694)は人ごみから離れ、空を見上げながらそう呟いた。
 空気は冷たくてももう春の色を纏いつつある3月。
 自分は一つ、歳を取り大人になろうとしている。
「15歳って言えばもう一人前だもんね。子供です、なんて甘えてられないし‥‥」
 いくつもの戦場を歩き、あまりにも早く『冒険者』になりすぎてしまった少女騎士はそれでも、まだ自分の成長に自信を持てずにいた。
「この気持ち、何だろう‥‥」
 誕生日を迎える喜びとは別に、胸の中に何かが揺れる感覚がする。
「私、ちゃんと成長できているのかなあ?」
 ティズの目標は強い冒険者になる事でも、王や騎士に剣を捧げる事でもない。
「大切な人を騎士として、そして女性として守ること」
 その為に彼女が選んだ道がメイドナイトという道であった。
 メイドとして人に仕え、ナイトとして人を指揮して守る。
 ある意味、矛盾した存在。
 それは確かに多くの人々を救ってきたけれど‥‥
「これでいいのかなあ? こんな中途半端を続けて行ってもステキな騎士にも奥さんにもなれないんじゃ‥‥」
 不安では多分無い。ソワソワとでも言うしか今は無いのだろうか。
 自分の望む未来が見えない、そんな感覚である。
「誰かに聞いて見ようかなあ? でも騎士としてはパーシ様? でも、パーシ様は北海に行っちゃったし‥‥」
 この不安がなんとかできないうちはデビルとの戦いに出ても足手まといなだけだろう。
 仲間の多くが北海の戦いに出た中、ティズはそんな思いを抱えキャメロットにいたのだった。
 だが、そんな彼女に出会いがある。
「あれ? ティズさんじゃありませんか?」
「‥‥えっ?」
 声をかけられたティズは瞬きをする。
 目の前に突然現れたのは銀の髪の美青年。年は自分より‥‥上?
 背も高く、声は低い。でも、自分を見つめる笑顔と、何より蒼い瞳に見覚えがあった。
「ひょっとして‥‥ヴェル?」
「はい。お久しぶりです。ティズさん」
 笑いかけた青年の素性に、自分が言った事ながら彼女は信じられなかった。
 ヴェレファング・ディナス。
 キャメロットの西、シャフツベリーの領主の息子である彼はティズがある依頼で出会ってからの友人である。
 あの頃の彼は生まれ育った街から出た事も無い世間知らずの少年であった。
 だが、目の前のヴェレファング。通称ヴェルは見上げる背と体格を持つ立派な青年貴族だったのだ。
「随分、背が伸びたんだね。ヴェル」
「はい。ここ数年で自分でも驚くほどです。もう、ドレスは着れませんね」
 肩を竦める少年、いや青年。
 行動や態度にもはっきりとした自信が感じられる。
「ティズさんもお美しくなられましたね」
「えっ? なに? お世辞までうまくなったの?」
「いえ、心からそう思います」
 真っ直ぐな蒼の瞳に見竦められてティズは顔を逸らして話題を変えた。
「で、どうしたの? 何かシャフツベリーで事件でも?」
「いえ、あれからシャフツベリーは平穏です。父上も、母上も、姉上も元気ですよ。今日は父の代理で王城への挨拶と商談に来たんです」
 シャフツベリーは宝飾品の細工で有名な街だ。その関連で領主もその取引に関わる事があるのだろう。
「ヴェル様。そろそろ‥‥」
「ああ。これから用事があるのですが、キャメロットには10日程滞在しますので、良ければまたお話しでも。パーシ叔父上の家に泊めて頂く事になっていますので」
 ぜひ。ともう一度頭を下げてヴェルは部下らしい人物と去っていく。
 彼の背中を見送って暫し、ティズは
「よーっしっ! 決めた」
 ふと勢いよく立ち上がって、駆け出していった。
 そして‥‥

「えっと、何をする依頼かな?」
 冒険者ギルドの係員は頭を捻る事になる。
『ステキな女性になる為のアドバイスを!』
 そう書かれた依頼書を出したティズに問うように。
「書いてある通り。ステキな女性になる為に、自分はどうしたらいいか教えて欲しいの」
「花嫁修業、とか? 料理を教えて欲しいとかってことかい?」
 でも、目の前の冒険者はメイドナイトで有名。家事など玄人はだしの筈だと考える係員。
 その通り、ティズはちょっと考えて首を振る。
「うーん、そういうのとはちょっと違うかな? ようは第三者から見て、私が何に向いてるか。これからどうしたらいいか教えて欲しいの。ステキな女性になる為にはどうしたらいいか」
 具体的に言えば、自分の生活を見てメイドとしての技術を採点したり、手合わせをして騎士としてどうしたらいいか教えてもらったりということになるだろうか。とティズは言う。
 それでも、なんだか雲を掴むような依頼だ。
「どんな事からも家庭を守れるような女性になるのが夢なの。その夢を叶える為にどうしたらいいか。教えてもらえると嬉しい。よろしくね!」
 いつも鮮やかに笑い、その元気さで人々を暖かくする少女騎士。
 そんな彼女にも悩みがあったのだと思いながら、係員はその依頼を貼り出す事にした。

 少女の願いの篭った依頼を。

●今回の参加者

 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea8937 ヴェルディア・ノルン(31歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

紅 小麗(ea8289

●リプレイ本文

●春のある日
 三月。
 冬の終わりが近づく頃。春の始まりが近づく時。
 風の色が数日前とは確かに違ってきているのを歩きながらティズ・ティン(ea7694)は感じていた。
「春ももう直ぐだね〜」
 毎年自分の誕生日が過ぎると春が訪れる。
 心が浮き立つのを感じながらティズはある宿屋の、一つの部屋の前に立った。
 そこに今回の依頼に応じてくれた冒険者がいると、係員からの伝言があったからだ。
 大きく深呼吸をして
 ノックをしようとした瞬間。
 ガチャ。
 ドアが開いた。
 思いっきりずれたタイミングにコケたティズの前に
「待ってたのよぉ〜。ティズちゃん。どこかの依頼で一緒した事あったっけぇ?」
 楽しそうに笑いながら微笑む大宗院亞莉子(ea8484)の顔があった。
「まあ、そんなことどうでもいいしぃ〜。今回は楽しくやりましょう。オンナノコどうし。ね?」
「今回はわたくし達二人だけ、ですの。いろいろな面でご期待に応えられるかどうかは解かりませんが、仲良くしましょうね。よろしくお願いしますわ」
 亞莉子の後ろからくすくすとこちらも楽しそうな笑みを見せてヴェルディア・ノルン(ea8937)も顔を出す。
 冒険者としてのレベルはティズの方が上。
 だがその目には強い意志と、不思議な自信が溢れている。
 それを感じたティズは‥‥飛び上がるように体勢を立て直すと、
「今回は依頼を受けて下さりありがとうございます。心より感謝申し上げます」
 騎士の礼をとって挨拶した。
 丁寧な礼に目を瞬かせる二人だったが、次の瞬間にはまた笑顔になった。
「はじめて依頼を出したけど、協力してくれる人がいるのって嬉しいね。どうぞよろしくお願いします」
 そう言って笑うティズの微笑があまりにも美しかったからだ。
 この時、二人はそれぞれがそれぞれの心の中で決めていた。
 依頼という事以上に出来る限り、この春の日差しのような少女の力になってあげようと‥‥。

○大宗院亞莉子のアドバイス
「やっぱりぃ、人生はぁ、愛ってカンジィ♪」
「へっ?」
 小さな部屋の一室で、椅子に座ったティズは亞莉子の不思議なテンションに正直、首を捻っていた。
「愛が大事なのは否定しないけど‥‥それはどういう?」
「あ〜! ダメダメ。そんなに堅苦しく考えちゃあダメだってばぁ。ティズは真面目すぎっ!」
 ビシッ!
 指を一本、真っ直ぐに亞莉子はティズの目元に向けて指した。
 既に呼び捨てになったティズに亞莉子は友達、というかお姉さんのような風である。
「真面目‥‥かなあ?」
「真面目でなければこういう依頼は出しませんね」
 うんうんと同意するヴェルディア。
「そうかなあ?」
「そしてぇ〜女の子が綺麗になるには愛が必要ってカンジィ〜。大好きな人の為に綺麗になろうとするからねぇ〜。だからぁ〜、ティズもヴェル君の為にィ〜綺麗になろ〜!」
「ええっ?」
 ガタン! 椅子を蹴り思わずティズは立ち上がった。その頬はリンゴのよう朱に染まっている。
「どうして‥‥ヴェルの名前‥‥が?」
「そりゃあ勿論調べたからぁ〜。ティズとヴェル君は友達以上、恋人未満なカンジィ?」
「そんなんじゃ‥‥」
 俯いたティズ。顔は上がらない。
「あれ? ティズはヴェル君が嫌いだったりぃ〜?」
「そんな事ない!」
「だよねぇ〜。そうでもなきゃ依頼なんかださないよねぇ〜」
「別にヴェルと会ったから依頼を出したって訳じゃ」
 まだ頬の赤いティズの手を亞莉子は強く引くと 
「悩んでるならぁ、見かけからでもぉ、綺麗になってみよぉ。ティズは綺麗だけどぉ、どちらかというとぉ、女性から見て綺麗なカンジィ〜。もっとアピールしてみよっ! ねっ?」
「わっ!」
 ティズを自分の方に強く引き寄せて笑いかけた。
 愛する者の為に揺ぎ無い決意で生きる亞莉子の瞳は、美しく‥‥憧れるほどに鮮やかで‥‥ティズは気が付けば
「うん‥‥お願いします」
 そう答えていた。

 普通のメイクの腕前で言えばティズの実力はかなりなものである。
 だが亞莉子がティズに施しているのはかなり趣が違う。
「これはぁ〜男性に綺麗な女性だと思わせる為のメイクだったりぃ〜」
「こんなに濃くしなきゃいけないものなの?」
 ティズの疑問に亞莉子はハハと笑う。
「まあねぇ〜。こうすると男の人を幸せにできるってカンジィ? 色目使いとか会話術とか覚えたりするとなおグッドってカンジィ〜」
 強めのメイクをティズの顔に施しながら亞莉子はティズの顔を見た。
「ティズはぁ〜、どうしてぇ〜騎士とメイドなんてやってるのぉ〜」
 真面目に悩んでいたティズの顔がさらに真剣になる。
「それは‥‥お父さんが騎士で、お母さんがいなかったから私がお父さんを守らなきゃって‥‥」
「ふ〜ん。守りたかったんだぁ〜。だから騎士とメイドをやってるんだねぇ〜。似てるもんねぇ〜」
「似てる? 騎士と‥‥メイドが?」
 思いがけない亞莉子の指摘に目を瞬かせるティズ。その上に静かな声が降った。
「似てるのではなく同じ、なのですわ。その二つは‥‥」
 と‥‥。

●ヴェルディア・ノルンの微笑み
 微笑むヴェルディアにティズは顔を向ける。
「同じって‥‥どういう事?」
「言葉通りですわ。ティズさんは騎士とメイド。両方を同じ気持ちでやっている。私、紅小麗さん‥‥友人から聞きましたし、自分でも見てそう思いましたの」
 笑顔を絶やさずヴェルディアは続ける。
「ティズさんは騎士として戦ったり、メイドさんとして美味しいものを作ったり、護衛対象の側についたりして守っておられますよね。それは人々への奉仕、そして人々の笑顔を守るという同じ信念に基づくものだと思うのです。何も矛盾してはいませんわ」
「笑顔を守る事は同じ‥‥?」
 言われて初めて気付いたというようにティズはその言葉を噛み締めていた。それを見、またヴェルディアはニッコリとする。
「例え話をしましょうか? これお借りしますね」
 窓を開けてテーブルの上に置かれていた枝を外の木に向けて彼女は放る。
「えっ?」 
 投げ上げられた魔法少女の枝は木の上に。
「例えばこんな風に子供が木の枝に何か物を引っかけてしまって取ることが出来ない状況があったとしますね。
 この時、物を取る方法はいくつかありますよね。
 木に登ってもよいですし、シフールさんにお願いして取ってもらうのも1つの方法です。それから‥‥」
 言葉を一瞬止めてヴェルディアは素手でソニックブームを放つ。木の枝は揺れて魔法少女の枝を地面に落とした。
「こんな方法もあります。でも、木の枝のものを落とす、という点では皆同じです」
 優しく微笑んでヴェルディアはティズを見つめた。
「周囲の人々を笑顔にすることが出来る方は素敵な女性だと思うのです。ナイトでも、神聖騎士でも、メイドさんでも‥‥どのような立場の方であろうとも、それは同じで。その点で言うならティズさんはとても素敵な女性ですわ」
「そうそう、もっと自信を持つといいってカンジィ」
 ティズを見つめる二人の思いは優しく、暖かで‥‥。
「あれ? なんで?」
 自分を認められた喜び。知らず感じていた不安が涙と共に溶けていくのを感じながらティズは目元を擦り続けていた。

●そしてティズ・ティンの未来
「そんな事があったんですか‥‥」
 訪れた館。誘われた夕食。
 一緒のテーブルで向かい合わせに座るヴェルに今回の依頼の話をしたティズは、そう、と頷いて
「私も色々考えたんだ。実践もしてみたけど‥‥どうかな?」
 ウインクをして見せた。
「お似合いですよ。ステキです」
 ヴェルは優しく微笑む。
 慣れない色目使いはともかく、濃いながらもティズの女性らしさを生かしたメイクは今までの彼女とは違う大人っぽさを出しているとヴェルは思っていた。
 言葉には出さなかったけれど。
 食事を終え立ち上がったティズを送ろうと、並んで歩くヴェルにティズは笑顔を向ける。
「成人を迎えたんでいろいろ考えてみたけど、やっぱりあんま変わらないかな‥‥私は私なんだって思う」
「そうですね。でも、どんなティズさんもステキだと思いますよ」
 ドアが開き夜気が二人を包む。三月とはいえ夜の空気はティズに寒さを感じさせる筈だったが
「えっ?」
 肩にかけられたマントとヴェルの思いがそれをさせなかった。
「遅くなりましたが誕生日のプレゼントです。おめでとうございます」
「あ‥‥ありがとう。嬉しい」
 水姫のマントと首にかけられた雫のペンダント。そして自分の肩を抱きしめる優しい手。幸せを感じる
「父はよく言います。人は金剛石のようなものだと。いろいろな人と出会い、学び、ぶつかってやがて磨かれていくのだと‥‥。僕も、いつか輝いてみせますから‥‥だから」
「これでお嫁さんにもなれるね!」
「えっ?」
 意味深な言葉に思わず手を放すヴェル。くるり回ってティズはヴェルの前に丁寧な礼をとる。
「こちらこそよろしく。お互いに自分を磨いていこうね」
『守ってばかりじゃダメってカンジィ。ティズを想ってくれる人にはぁ、ティズの幸せな笑顔がぁ、一番の幸せだってことだよぉ。だからぁ、まずは自分が幸せになる事! 自分が幸せじゃない人にはぁ、人を幸せにすることなんてできないってカンジィ』
 そんな言葉を思い出しながら
「あ、こちらこそ‥‥」
 ヴェルに向けられたティズの笑顔は、夜の中で月光よりも美しく輝いていた。

 そんな二人を見つめる二人。
「あんまり色っぽくないカンジィ? まだまだお子様?」
「でも、あのお二人はあれでいいような気もしますよ」
「そっかもねぇ〜。でもお土産もいっぱい貰っていいのかな?」
「シャフツベリーの細工は良いですね。今度行ってみましょうか?」
「この服は私にはもう着れないなぁ〜」
「枝は鈍器としてなら使えそうですけど」
 夜の中に消えていく前、同じ思いで二人は二人をもう一度見つめた。
「「二人に幸せがあるように」」

 春の甘い香りが二人と二人を静かに包んで流れて行った。