【血の宿命】二人のハーフエルフ

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2009年03月27日

●オープニング

 北海の出撃、デビル掃討作戦は失敗に終わった。
 絶望と、無力感に打ちのめされて帰還した冒険者達の前に、それに追い討ちをかけるような事件が起きる。

 ここは、ある小さな酒場。
「ハーフエルフを狙った通り魔事件?」
 ミルクのカップを持つ手を止めるほどトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)はその言葉に目と耳を疑った。
 依頼人はパーシ・ヴァルに仕える騎士マティアス。
「マティアでもマティスでも好きなように呼んでください」
 パーシ・ヴァルや騎士達が北海に向かっていた間、彼は王城とキャメロットの警備を仲間と共に担当していた。
 その過程で彼は事件に遭遇したのだという。
「はい。キャメロットには冒険者を含み、かなりの数のハーフエルフがいます。中には溶け込めないまでも、周囲の人々に拒否されず日常生活を送っている者もいるのですが、最近彼らを追跡し、狙い攻撃する者がいるのです」
 最初に出会ったのは下町で働くお針子の女性だった。
 彼女は仕事を納めに行った帰り道を付けられ振り返った所をナイフで切り付けられた。
 利き腕に大怪我をしたという。
 次は港で荷物運びをする男性。人ごみの中で何かにぶつかり衝撃を受けた。
 気が付いたら横腹にナイフが刺されていたという。
 そして最近はある商人に引き取られたハーフエルフの少女が、路地に連れ込まれナイフで脅されたという。
 乱暴されるかもしれない状況であったが、少女の友達が助けに来て事なきを得たという。
 三人の被害者はそれぞれ、生活サイクルも違い、接点も無いもの同士だ。
 唯一つ、ハーフエルフである、という事以外には。
「他に何か共通点とかが無いかどうか調べたりもしていますが、まだ手がかりはありません。だから、暫くの間、下街の巡回をして貰えませんか?」
 トゥルエノを名指ししたマティアスからの依頼。
「戦士としてでも構いませんし、他の方法があればお任せします。ただ、できるなら目立つように動いて欲しいんです」
「目立つように? 犯人に気付かれないようにこっそり、ではなく?」
 その意味をトゥルエノは正確に理解する。
「要するに私に囮になれって事、なのね?」
 静かにマティアスは頷いた。
「そう。もし犯人が何か意図を持ってハーフエルフを襲っているのであれば時間はかかるかもしれないですが、犯人の手がかりを見つけられる可能性がある。けれどもしハーフエルフという種族全体を怨んでの犯行であれば、犯行はさらに続きエスカレートする。しかも誰を狙うか解からないから護衛のしようも無い‥‥だから」
「‥‥ハーフエルフの私が街で目立てば、その人物は襲ってくるかもしれないってことね?」
「本来なら自分でやりたいところですが、調査や巡回などで顔を知られているし、女性の方が油断して手を出してくる可能性があります。冒険者のハーフエルフに知り合いはいないかと、シルヴィア殿に聞いたところ貴方を紹介されたので‥‥」
 なるほど、とトゥルエノは頷いた。
 断る理由はない。正直、何かをしていなければ悪い方へ悪い方へ考えが落ち込んでしまいそうだ。
 この依頼はそういう意味でも丁度いい。
 だが‥‥。
「いいわ。引き受けましょう。一緒に動いてくれる仲間も、探して声をかけてみるから。囮という手段を本当に使うかどうかは別として通り魔の犯人探しは仕事として受けるわ。この依頼書もギルドに提出しておくから」
 彼が説明に使った依頼書をひらひらと手の中で翻しながらトゥルエノは微笑んだ。
「ありがとうございます。詳しい事は後ほど。必要な事があれば出来る限りの事はしますので‥‥」
 マティアスは丁寧にお辞儀をし、席を立とうとする。
 背を向けかけた彼を
「待って。マティアス。引き受ける代わりに一つ聞きたい事があるの」
 トゥルエノは引き止めた。
「聞きたいこと? なんでしょう?」
「‥‥貴方は‥‥このまま名乗らないつもり?」
 主語を抜いた問い。だが、マティアスは静かに微笑するとはい。そう頷いた。
「私が望むのは彼女の幸せ。‥‥ただ、それだけですから‥‥」
 躊躇いの無い行動が、彼の言葉と思いが真実であると告げる。
 と同時に彼の言葉に出せない思い、心が解かるから
「強いのね。マティア‥‥。私は無理だわ」
 トゥルエノは吐き出すように呟いた。
 自身を抱きしめるように組んだ手が、知らず力を増していた事に自分でも気付かずに‥‥。

 依頼内容は下町のパトロール。
 ハーフエルフを狙う通り魔を見つけ出し、その正体を探る事。
 二人のハーフエルフはそれぞれの思いを抱いて、見えない敵との戦いに挑む。
 心の中の、もう一つの敵とも戦いながら‥‥。

●今回の参加者

 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0502 クローディア・ラシーロ(26歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ec4310 ラディアス・グレイヴァード(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

七神 斗織(ea3225)/ 桜葉 紫苑(eb2282

●リプレイ本文

○後悔の先
「‥‥さん、トゥルエノさん!」
「えっ? 何? 何??」
 ぼんやりと考えにふけっていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)は、自分を呼ぶ声にハッと顔を上げた。
 心配そうに顔を覗き込む親友シルヴィア・クロスロード(eb3671)の青い瞳。
「あ、ゴメン。ちょっと考え事しちゃってたみたい」
「そうですか」
 と返しただけでシルヴィアはそれ以上の追及を止め、作業に戻る。
 トゥルエノが何を想像したか彼女には理解できたからだ。
 北海の海。
 かの地での戦いは彼女のみならず参加した多くの者達の心に棘ではすまない大きな傷を残した。
 後悔は数知れず。
 けれど今はそれに心捕らわれている暇はない。
 衣装を整える手を休めてクリステル・シャルダン(eb3862)は優しく微笑む。
「‥‥お二人のお気持ちは解かりますが、今は目の前の事に全力を注ぎましょう」
「解っているわ。大丈夫。私もこの事件許せないもの」
 トゥルエノはそう言って笑みを返した。自分でもそれが作られた笑みであり、ごまかしであると解っていても‥‥。

○見えない影達
 夜、冒険者は宿屋のある一室に集まっていた。
 相談と情報の刷り合わせは仕事には欠かせないものだからだ。
 全員が集まったのを確認した上で
「まず皆、頭に入れておいておくれ。今回の『犯人』は複数だよ」
 フレイア・ヴォルフ(ea6557)ははっきりとそう断言した。
「複数? 何人もの人間がハーフエルフを襲っている、というのですか?」
 情報収集に当たっていた者以外の冒険者達は顔を合わせずにはいられなかった。
「うん、どうやらそうらしいんだ。僕の友達が言っていたんだけどね」
 頷くラディアス・グレイヴァード(ec4310)は七神斗織の言葉を思い出す。
『最初の被害者である女性はこう言っていました。自分を傷つけた人は中年の男性であったと』
「三人目の女の子を襲った人物も男性だったようです。ですが、二人目の被害者を傷つけた相手は女性であったようなのです」
 クローディア・ラシーロ(ec0502)は一枚の羊皮紙を差し出す。そこにはあくまでラフなスケッチであるが女性の姿が描かれていた。
 長い髪の美しい女性。年の頃は多分、17〜8だろうか?
「すれ違う前にその美しさに目が行ったので覚えていたと言っていました。ただ犯人であるかどうかの確証が持てず警備の方達には言わなかったのだとか」
「つまり、中年男性とこの女性、最悪でも二人の人物が今回の事件に関わっている可能性が高いという事なのね」
 トゥルエノは絵から視線を離さず、唇を噛み締めた。
「やっかいですね。一人であるならばその人物を説得するか捕まえればいい。けれど複数とは‥‥」
「二人では終わらない可能性もありえますわ」
 真剣に心配するシルヴィアとクリステル。
「まったく。折角、幸せに居るのに何でそんなことをするんだろうね。小さな幸せがあればそれでいいのに‥‥」
 片目に触れながら呟くフレイア。その思いを手の中に自分の思いと一緒に握り締めてトゥルエノは顔を上げた。
「とにかく、動きましょう。こうしている間にも次の犠牲者が出るかもしれないから!」
「そうですね。三人の被害者の共通点が無いかどうかの調査は騎士隊が担当するそうですから、我々は依頼どおり下町を巡回しながら犯人を捜すのがいいと思われます」
 反対意見は無い。
 引き続き被害者の護衛をかねた調査を続けるクローディア以外が役割分担を決め具体的な作戦提案が動き出そうとする。
 その中で
「それでトゥルエノ殿。本当にいいのでござるか?」
 気遣うようにらしくもなく葉霧幻蔵(ea5683)はトゥルエノにそう問いかけた。
「私は構わないのよ。そちらが構わないなら、だけどね。幻蔵」
「拙者はまったくもって構わないのでござる! 全力を持って恋人役を勤めさせてもらうのでござる!」
「ありがとう。私も頑張るわ。幸せな恋人を演じて囮役を勤めて見せるから」
「恋人? ですか?」
「そうでござる。拙者、腕によりをかけて涼やかな美青年を演じ、集めた情報でトゥルエノとのデートを華麗に演出して見せるのでござる」
「デート?」
「そう。よろしくね」
 ウインクをする真面目なクローディアは顔を赤らめ、他の冒険者達はくすくすと笑う。
「幸せ‥‥か」
 だが、シルヴィアとフレイア、そしてクリステルはそれぞれの思いで寂しげなトゥルエノを見つめていた。

○狙われたハーフエルフ
 そしてある日。
 三月の快晴に恵まれた朝。下町の広場で人待ち顔で佇むトゥルエノがいる。
 美しい服を纏った彼女は人目を引くが、声をかけてくる者はいない。
 一つは彼女の耳のせい。だが最大の理由は
「やぁ、お待たせトゥルエノ。それじゃぁ行こう」
 彼女に駆け寄った青年にある。
「あの子、ハーフエルフじゃないのかい?」
「ああ。だけど人間と恋をしてるんだってさ」
 そんなひそひそ話を装ったこれみよがしな声は青年の方はまったく聞こえていないかのように
「そういえば、あそこの店の料理に新メニューが出来たんだって。お昼はそこにしようか。その前に、もう少し散歩を楽しんでからね」
 最高の笑顔でトゥルエノの手をとり腕を組む。腕をとられたトゥルエノも
「ありがとう。あなたと一緒ならどこでも楽しいわ」
 彼と手を組んで肩を寄せた。
 見るからに幸せな恋人同士に見える。
「これで、犯人達がおびき出されてくれればいいんだけどね‥‥」
 屋根の上からそんな二人を見ていたフレイアは独り言のように呟いた。
 今のところ、特に彼女達を狙っているような人影は見えない。
 けれどハーフエルフを狙う『通り魔』それがいるならば確実に彼らを狙ってくる。そんな確信めいたものがフレイアにはあった。
 最初の彼女は仕立物を納める服屋の息子と仲がよかった。二人目の青年は最近、人間の娘と恋をしていた。
 そして三人目の少女には彼女を守ろうとする少年が側にいた。
 共通点というにはあまりにも弱い。けれど彼らは人間と共に生きようとしていたハーフエルフ。
「そうであって欲しくは無いんだが‥‥ん!」
 フレイアは考えを止め耳を欹てた。眼下の人ごみからなにかが聞こえる。
 あれは‥‥悲鳴?
 悲鳴の先にいるのはトゥルエノではない。見ればトゥルエノも、仲間達も悲鳴の方に向かっている。
「何があった? それに‥‥ヤバイ!!」
 屋根からひらりと飛び降りるとフレイアは人ごみを掻き分けて走る。
 後に彼女は思う。あの時の行動は正解でもあり、また失敗でもあった。と。

○ハーフエルフの姉弟
 人ごみの中冒険者達は悲鳴の方に向かって走っていった。
「どうしたんです?」
 最初にその場所にたどり着いたのはシルヴィアだった。
 騎士として悲鳴があがれば放ってはおけない。護衛をクリステル達に頼んで驚きに震える女性と、その足元に倒れ付す男性の側へと駆け寄った。
「一緒に歩いていたら、彼が‥‥急に倒れて」
 シルヴィアは男性の側に膝を折り、その身体を起こした。
 地面に溜まった赤い水溜りとと、彼の心臓から流れ落ちた雫に服が朱に染まる。
 胸元にはナイフが抜かれぽっかりと開いたような深い傷跡。
 明らかに彼の命を奪い取っていた。
「なんてこと! 彼は‥‥やはり‥‥」
 長髪に隠された耳を確認してからシルヴィアはその身体を地面に横たえマントをかけた。
「誰か城に連絡を。それから皆さんの中で状況を見ていた人がいれば教えて下さい」
 遠巻きに様子を見ていた一人が、おそるおそるといった感じで手を上げた。
「俺、ちょっとだけ見たよ。その男の人の前に綺麗な女の人が立っていて、その直後男の人が倒れたんだ」
「その女の人は?」
「向こうの方に行ったみたいだったけど‥‥」
 向こうと指差された方を見た人々の何人かは不思議そうな顔で首をかしげた。
 微かに何かの音が‥‥する。
「! 誰か、お城の騎士が来るまでここを見て貰えませんか?」
 唯一それに気づいたシルヴィアは駆け出す。
(「トゥルエノさん! どうか間に合いますように」)
 心の中で懸命に祈りながら。

 その頃、フレイアは人の少ない路地で、
「さあ、あんたは一体何者だい?」
 地面に倒れた襲撃者の肩を掴んで顔を上げさせた。
 人ごみで倒れたハーフエルフの存在にざわめきかけた直後、
「危ない!」
 フレイアはトゥルエノと幻蔵に不自然に近づく人物に気づいたのだ。
 フレイアの声の数秒後、クリステルはコアギュレイトの呪文を唱え、ラディアスはスリングで襲撃者の足を捕った。
 結果ナイフはフレイアと幻蔵までの距離僅か数センチで止まり、地面に落ちた。
 少しだけ荒く上げられた髪と顔が揺れる。
 その人物の顔に彼らは見覚えがあった。
 クローディアの描いた女性の絵。
「あんたがハーフエルフを狙う通り魔かい? どうしてこんな事を!」
「ハーフエルフが呪われた存在だからよ。人を不幸にする彼らを私は、許さない!」
「人を不幸に? あなたは‥‥どうして‥‥」
 泣き出しそうな顔で彼女にクリステルが近づく。
 その瞬間だった。
 シュン!
「えっ!?」
 微かな音と共に冒険者の頭上に幾本もの矢が降り注いだのは。
「上!?」
 フレイアはさっきまで自分もいた屋根上を見る。逆光でよく見えないが何者かが矢を射掛けている。僅かに襲撃者から目を離した瞬間
「姉さん! 早く」
「ギア!」
「しまった!」
 彼女はフレイアの手を振り払い逃げていった。
 人ごみにまぎれたのか彼女は見つからず、頭上の射手の姿も消えた。
 けれど冒険者達ははっきりと見た。即座に信じられなかった。
「彼女は‥‥ハーフエルフ?」
 逃亡した女性襲撃者。
 彼女の耳はトゥルエノと同じだったのだ。
 射手は紛れも無い人間であったのに‥‥。

「人と、ハーフエルフの‥‥姉弟?」
 崩れ落ちるように膝をついたトゥルエノの周りに仲間達が駆け寄ってくる。
 彼女の足元には彼女の心を貫いたナイフが転がっていた。
 血の跡と敵意を遺したまま‥‥。