●リプレイ本文
●春の大パーティ
街を行くものたちはその日、ほぼ全員が華やかで楽しげなその様子に足を止めた。
柔らかいリュートを奏でるシリル・ロルカ(ec0177)にエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)
音楽の名手達の奏でる音楽と共にウィルシス・ブラックウェル(eb9726)の美しい歌も響く。
楽しげな笑い声は小さな妖精と
「こらこら。皿には触らんでくれ!」
「子供ってのは遠慮を知らないからね。まあ、諦めようよ。今日のところは」
黄桜喜八(eb5347)に木下茜(eb5817)河童コンビと彼らを取り巻く子供達の声だ。
そして音楽と笑い声。そして
「そこのおにーさん、おねーさん。な、これ美味しいやろ? お時間があるならちょーっときてーな」
ジルベール・ダリエ(ec5609)に甘いお菓子と一緒に誘われた者達は見ることになる。
会場一面に飾られた花と
「いらっしゃいませ。今日は春のパーティにようこそ」
花のような笑顔と服装で出迎える冒険者達の姿を。
「うわー、すご〜〜い」
入ってきた人物達の多くがまず声をあげる。
教会前の広場は元々緑も多く、新緑も美しいところであるが、今日はその周辺まで美しく、本当に美しく飾られていた。
桜色のリボンやレインボーリボンが木々に流れるように結ばれまるでクリスマスツリーのよう。
あちらこちらには摘まれてきた花々も色を添えている。
吐息のような歓声が上がるたび
「頑張ったかいがあったよね〜」
微笑むティアラ・フォーリスト(ea7222)と
「「ねー♪」」
「ああ。ご苦労様」
シフールたちの声にルザリア・レイバーン(ec1621)は微笑しながら同意する。
ここまでの用意をするのは確かに大変だった。
「ひらひら〜♪ ふりふり〜♪ 明るく可愛く綺麗にするのです〜♪
シェリル・シンクレア(ea7263)がシフールたちとリボンを木に飾り付ける。
「その大きいテーブルはこちらに。‥‥もう少し卓が必要ですね。あとせめて五台。教会からお借りできないでしょうか?」
「どうしてもの時は木箱にクロスをかけてはどうでしょうか? 椅子は足りないと思うので木陰に敷物を敷いて、ゆっくり食事をするところを作ったらいいと思うのですが‥‥」
齋部玲瓏(ec4507)と桜葉紫苑(eb2282)が会場の設営を指示し
「テーブルを借りてきました。これはどこに持って行けばいいんでしょうか?」
「ああ、それはこっちへ」
ガザレーク・ジラ(eb2274)は荷物運びや力仕事を協力してくれた。
こういう裏方がいなければパーティをはじめることさえできなかったと、後で主催者は頭を下げたものだ。
「これ、飾ってもイイカ?」
呼びかけられた玲瓏は振り返り目を瞬かせる。
顔も見えないほどニセ・アンリィ(eb5758)の両腕に抱えられたのは花、花、花。
ブルーベル、マーガレット、カウスリップ、スズラン、プリムラ、カモマイルまである。
「どうしたんですか? これ」
「教えてもらって‥‥取ってキタ。お祭りと、会場に少しでも彩を加えられたらとオモウゼ」
「ええ。ありがとうございます」
そして半日かけた準備の結果、開場する事ができたのだった。
会場にはいくつものテーブルが並べられ、テーブルが足りないところは木箱が置かれてある。
休憩する場所には敷物が敷かれ、木陰に座った客に涼しい風と花の香り、そして鼻腔をくすぐる優しい匂いを運んできていた。
「いんや〜。都会のキャメロットのパーティーは洒落てるズラね。なかなかキレイずら」
瞬きを何度もして周囲を見回すニセ・アンリィ(eb5734)。
他の人々の反応も同じか、それ以上だ。
今回は料理が主役であったとしても、こうして人々が自分達が頑張った成果に微笑んでくれるのは、やはり何よりも嬉しい‥‥。
「お客様がおいでにょ〜。お菓子の用意はいいかにょ〜」
ふわふわと鳳令明(eb3759)が飛びながら会場内に声をかける。
ルザリア達も、顔を合わせた。
「これからが本番だ。そろそろお客も増えてくる。厨房から品物を運ぶのを手伝ってもらえないかな? ‥‥あちらは大丈夫かな?」
「? とにかく頑張りましょう」
動き出した冒険者達。彼らや期待に胸を膨らませる客達を見つめながらアンドリー・フィルス(ec0129)は手に持ったカップに静かに口をつけたのだった。
注釈するならアンドリーが飲んでいたのは酒ではない。
「凪姉様、お湯の温度はこのくらい?」
「そうやね。ちょっと熱い程度がええと思う。‥‥うん、これくらいやね」
湯冷まし代わりの鉢の温度を手で確かめて藤村凪(eb3310)は頷く。
西洋風の道具での日本のお茶立ては難しいが凪は手際よくカップに茶を注いでいく。
それを瀬崎鐶(ec0097)が丁寧に運んでいくと、客達からは美味しいと声が上がった。
「まだあんまり西洋ではお茶は一般的やないんやて。お茶とお菓子の楽しさをもっと知ってもらえたらええよね。‥‥こっちのお菓子もええけど、和菓子も出したかったなあ。環ちゃんはどんなお菓子が好き?」
「僕は京都の生菓子や乾菓子かな。上品な甘さ‥‥が」
「ウチは上坂のお菓子やね〜♪ 故郷の味や」
お茶運びを担当するデフィル・ノチセフ(eb0072)は解らない自分の得意分野では無い話なので沈黙している。
けれど、お茶を飲み菓子に手を伸ばす人々の笑顔は確かに幸せの色を浮かべている。だから、きっとその通りなのだろうと心の中で思っていた。
そうしている間にも会場には人が増えてくる。
人員整理を担当するファング・ダイモス(ea7482)やクル・リリン(ea8121)の手も足りなくなってきた程に。
「名前をここに書いて下さい。あ、書けなかったら代わりに書きましょう」
「はい、こっちこっち。えっ? 僕は迷子じゃないんですよ。ちゃんと着いてきて下さいね」
「お菓子を取りましたらどうぞこちらへ。花の側で食べるのは気持ちいいですよ。ご要望とあればお好きな歌を演奏いたします」
混雑を上手にシリルが誘導してくれている。
「兄さん。こっちの方は向こうにご案内しますね。終わったら迷子保護の方に入ります」
「頼む」
ミラ・ダイモス(eb2064)と交代に人々を誘導し終えて、一息ついたクルはねえ、とファングや深螺藤咲(ea8218)に声をかける。
「料理の方、大丈夫かな? まだまだ人、増えそうですよ」
クルが指差す先では
「あ〜ら、いらっしゃい。素敵なお兄さん。一緒にお菓子でも食べましょう?」
爽やかなお色気で男性客を増やす大宗院亞莉子(ea8484)がいる。
『うぃん、ダーリンがいないのなんてつまんないってカンジィ』
と拗ねていたのが嘘のごときノリようだ。
「うわー、妖精さんがお菓子運んでる〜」
「試食はいかが? 美味しいですよ」
「あー。リース。もっとにこやかにな。表情硬いで!」
「そんなことを言っても‥‥。愛想はフィーリィ達や君に任せるよ」
ささやきあうジルベールとリース・フォード(ec4979)。
「あ、だったらうちにも任せてえな。愛想と歌には自信あるんや。思いっきり盛り上げたるで〜。その代わり後で酒入りのお菓子頼むで!」
言葉通り、明るい歌声で人々の足を止めてくれるヨーコ・オールビー(ec4989)。
彼らが生み出す宣伝効果は計り知れないものがあった。
人は途切れる事無くやってくる。
さらに言えば食べ放題なのだ。最初に用意された焼き菓子や、ジンジャーブレッド。その第一弾はもう無くなりかけている。
「むこう、心配だなあ〜。大丈夫なのかなあ。料理、足りるかなあ〜」
「心配はいらないだろう」
クルのそわそわした表情に冷静に返したのはイグニス・ヴァリアント(ea4202)だ。
「太っ腹な主催者の事だ。それくらいは予想済みだろう。それに‥‥」
「それに?」
くいとイグニスは指で向こうを指し示す。暖かい湯気と料理と共に
「はーい。お待たせ! お料理第二陣が来たよ。今度は少し主食風味のもの多数! さあさあ、どんどん召し上がれ〜」
両手にトレイを持ってティズ・ティン(ea7694)がやってくる。
大皿運びはルーロ・ルロロ(ea7504)の担当であるのだろう。両手を広げたほどの大きな木皿を彼なりによっせと運んでいた。
「あ、お兄ちゃんだ。やっほー。あ、失礼しました。いろいろな冒険者が作った、いろんなお料理がまだまだ来ますから、どんどん食べて下さいね〜」
ティアラの笑顔が言うとおり彼らは一人では無いのだから。
●料理人たちの報酬
「よし。一皿できた。運んでくれるか?」
「りょーかい。うわー。美味しそ〜。これは焼き菓子に、果物ソースかな?」
円巴(ea3738)が仕上げた料理をレムリィ・リセルナート(ea6870)が運んでいく。
「先ほど、転んでいたようだが、料理は落とすなよ」
「だいじょーぶ。ドジッコレムリィちゃんでも、食べ物を粗末には絶対致しません! おっとと!!」
ピッと指を立てるレムリィに微笑しながらも料理担当者達の手は止まる事がない。
今日の早朝からずっと彼らは、料理に専念していたのだ。
幾種類の焼き菓子、甘菓子が次から次へと作られては運ばれていく。
「料理長様。フルーツのパイをもう少し用意してもいいでしょうか? リィ兄様達によると、なかなか評判がいいようですわ」
ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)の言葉に
「あ、はい。お願いします」
汗を手で拭きながら今日の主催者。料理人リオンは頷いた。
「リオンの旦那。そろそろ昼だ。魚の方もタイミングを見て出そうぜ。あったかい方が美味いだろ」
「肉料理の方もいいタイミングだ。いつでも」
「へえ〜」「ほお〜」
田原右之助(ea6144)と尾花満(ea5322)。共にジャパン出身の料理の料理の名手二人互いの料理を興味深そうに眺めている。
「あんたのはそれは鴨肉のパイか。シーズンの野菜と合わさっていい味になりそうだな」
「貴殿のはカツオか。旬であるなら刺身も美味かろうが、多くの人に出すのならソテーというのはいい選択だ」
「褒めあいながら火花が散ってるよ‥‥男ってのは面白いねえ〜」
フレイア・ヴォルフ(ea6557)は夫の料理を一口、そして右之助の料理を一口。
給仕人の特権で摘み食べると。
「うん、どっちも美味い。ほらほら。あったかいうちに運ぶからどんどん作って作って。よそ見してると火が落ちちまう」
二人の男達の背をポン、と叩いた。
どちらもそれに促されてまた仕事に戻ろうとする。
「ありがとう‥‥ございます」
「ん?」
右之助はふと包丁を持った手を止めた。見ればリオンが頭を下げているのだ。
「こんな立派な魚や肉まで持ち込んで頂いて‥‥たいしたお礼もできないのに‥‥」
ピン!
「えっ?」
包丁を持っていない方の手で右之助はリオンの頭を叩いた。笑いながら、だ。
「そういうことはいいっこなし。だろ? 皆、解ってて参加してるんだからな。せめて言うなら終わってからだ。ま、俺としてはもう報酬は半分貰ってる気分だけどな」
頷きながらリオンは振り返る。右之助が包丁で指した先では
「簡単なノルマン料理をお教えしますね。煮込み料理なんですけど‥‥。ああ、ナイフは剣と持ち方が違うんですよ。」
ユキ・ヤツシロ(ea9342)は慣れない手つきのシルヴィア・クロスロード(eb3671)に料理を教えている。
「上手にできたら、贈りたい方がいるのですが、大丈夫でしょうか‥‥」
「それは、頑張り次第ですね。ほら、手元を気をつけて」
「砂糖を蜂蜜やミルクと混ぜて固めると、小さいけど濃い味のお菓子ができるんです。お母様秘伝の味ですの」
「子供達が喜びそうだね。さっそく配ってこよう」
「皆でゲームをして、その賞品にするというのはどうかしら? あら? 何を隠したの?」
「なんでもないよ」
リリー・ストーム(ea9927)は夫であるセイル・ファースト(eb8642)と笑いあい
「マケドニアのプティングはいかがです? イギリスにもいろいろなプティングがあるのでしょう? 後で教えて欲しいな」
「おいし〜♪ じゃあねえ〜。すぺしゃる・えんじぇる・ぷてぃんぐおしえてあげる? あま〜いよ〜」
演奏の手を止めて厨房にやってきたウィルシスはカルル・ゲラー(eb3530)と料理を教えあっている。
作業に追われながらも皆同じなのは、楽しそうであること。
「皆で料理を作る。それってけっこう楽しい事なんだぜ」
右之助の言葉にアニェス・ジュイエ(eb9449)も頷く。
「確かにね。お菓子作るのってこんなに楽しいって知らなかったよ。今までぜんっぜん、やったことなかったから、損してたなって思える」
食材を皆で一つの料理に変える。それは一つの魔法であるのかもしれない。
心躍る‥‥。
「ほらほら。お客がまってる。もうひと頑張りしようぜ。報酬の残り半分、貰う為にもな」
「残り‥‥半分」
鼻歌を口ずさみながら仕事に戻る右之助にリオンはもうそれは何? と問いかけはしなかった。
「こちらのパンは焼きあがりました。後は飾り付けをして出したいのですが‥‥、火が落ちてしまってスープの用意ができないんです」
「ほら、ほら。ディーネを呼んでおくから行った行った」
「呼ばれて飛び出て〜! どこ? 火をつけるのは」
呼びかけるクリステル・シャルダン(eb3862)の元へディーネ・ノート(ea1542)と共に手伝いに走っていく。
「美味しいもの、甘いものはそれだけで『幸せ』なのです。いっぱいいっぱい、幸せを作りたいですね♪ 」
「苦しい時ほど笑顔を‥‥。皆さんの、喜ぶお顔が、沢山見られたら素敵ですね」
カメリア・リード(ec2307)とアイリス・リード(ec3876)。
二人の言葉が答えであるから。
「でも、姉さん。生地はこねないで。ざっくりと切るように!」
「はい!」
●『幸せ』の時
昼を過ぎ、花見パーティの噂はキャメロットにさらに広く伝わった。
「随分楽しそうなことをしてるなあ〜。あ、これ美味しそう。珍しい飲み物だ」
『それはどっかの国の飲み物なんだって。美味しかったよ』
声をかけてきたラマーデ・エムイ(ec1984)の手にも空のカップがある。
だがまったく解らないラマーデの言葉はラディアス・グレイヴァード(ec4310)には理解できなかったが、その笑顔がこれは美味しいよ。と告げている。
ひんやりと冷えたカップを手に取ったラディアスは躊躇い無く飲み干した。
「あ、ホントに美味しい。ティー、妹も居たら喜んだだろうなぁ‥‥まぁ、自分でケンブリッジまで『闘技場』に遊びに行ってるんだし自業自得だけど」
くすっと小さく微笑してラディアスはカップを台に戻す。
気がつけば小さく一礼したフィリッパ・オーギュスト(eb1004)が開いたカップを片付け、新しい料理、飲み物を並べている。
その絶妙のタイミング。
「これは、冷たい方が美味しいと思うのよね」
そう言ったシェリル・オレアリス(eb4803)の言葉を損なわないように、氷の魔法を使い飲み物を冷やしたカーラ・オレアリス(eb4802)の苦労を無駄にしないように。
料理人の料理をできるだけ良いコンディションで人々に届けられるように、気を使っているのだと知って思わず無意識にラディアスは自分とラマーデの背が伸びたのを感じていた。
『でも、いいよね』
ラマーデは独り言のように呟いた。
『地獄で会う皆はいろいろと真剣だけど、こういう笑顔って本当に貴重だよね。大切だよね』
ラディアスに彼女の言葉の意味は解らない。だが噛み締めるような彼女の思いはわかる気がした。
『そうよね。大変な時だからって暗い顔するより、笑ってた方が絶対いいもの! 私も楽しませて貰いましょ。あ、良ければ一緒に回らない?』
「えっ? あ、あれ?」
訳のわからぬまま手を引かれたラディアスはその後、ラマーデに一日思いっきり引っ張りまわされたのはまた後の話である。
「こちらへどうぞ」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)に案内されたセイルとリリーは瞬きする。
そこは、パーティで混雑中の会場で、小さくだがちゃんとした席が設えられていた。
「お飲み物です」
差し出されたのは空のカップ。だがフォーレが布を被せ、取ると並々と酒が満たされていた。
この会場、客に主に出されているのはお茶であるが、アデリーナ・ホワイト(ea5635)やヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)の提供で酒もかなり置かれているのだ。
さらにテーブルの上には可愛らしい花形の焼き菓子。切り分けられたケーキ。
これは鳳双樹(eb8121)がアシュレー・ウォルサム(ea0244)に教えられて作っていたのを知っている。
ケーキを切り分けたのはフレイア。リスティア・バルテス(ec1713)もケーキに祝福をかけて行ったっけ。
「おめでとう。幸せにね」
「おめでとう? どうしたのかしら。一体?」
仕事を終えた所を呼び出されたリリーは怪訝そうな顔だ。だがセイルは真剣に
「リリー」
そう心からの思いで呼びかけた。
「何?」
「いつも‥‥ありがとう」
差し出された鈴蘭の花に、リリーは目を大きく見開いた。そして理解する。
一番近い、自分達の記念日。少し遅れた結婚記念日を。
「ありがとう!」
花と一緒に夫の手を強く握り締めたのだ。夫の思いが、友の優しさが甘い香りと共に伝わってくる。
「みんなに祝福されて、私、幸せよ‥‥」
肩を寄せ合う二人。まだ幸せに酔う訳にはいかないけれど‥‥今だけは。
お互いだけを感じて二人はそっと目を閉じた。
そしてそれを見つめるこちらも二人。
「いいムードですね。お邪魔になりますから、直接のお祝いは後にしましょう」
「それがいいだろうね」
双樹を促しアシュレーはそっとその場を離れた。
「でも‥‥いいなあ。あんな幸せそうな顔。ちょっと羨ましいかも」
憧れるような目の双樹に
「いや、うらやむ必要ないと思うけど」
アシュレーは真顔で返した。その意味を察し双樹の頬がかあ、と赤みを帯びる。
「本当に羨まなくても‥‥いい、ですか?」
「勿論」
それは驚く早業だった。頬に口づけし瞬間で戻るアシュレー。
「きゃっ!」
「いや、ほっぺにケーキのカスがついてたから」
「うそ! 付いてないもの!」
さらに朱に染まった少女の顔は、もはやどんな花よりも赤く、そして美しかった。
この日、恋人同士、夫婦同士の花見は他にいくつも行われた。
「この菓子は口の中で解ける前にボルボロンと三回唱えらると幸福が訪れると伝えられているんだ」
「幸福はもう訪れていますよ。だってセラと一緒にいられることが幸せなんだから」
セルシウス・エルダー(ec0222)とアーシャ・イクティノス(eb6702)はハーフエルフ同士とは思えないほどの幸せそうな二人。
「いろいろ届かない所はあるけど、いつか届けばいい。一緒に頑張ろう」
「ええ。貴方に追いつけるように頑張るから‥‥」
七神蒼汰(ea7244)とその恋人ヘンルーダ。
「やっぱり満の料理は美味しいね」
「フレイアの取ってきた素材が良いからな」
「‥‥あの子も、美味しいものを食べて、元気になってくれるといいんだけどね‥‥」
「フレイア‥‥。大丈夫であろう。あの子は強い子だ。それに、何かを決心したようでもあった。その時は手伝ってやるといい」
「そうだね」
信頼しあうフレイアと満。
幸せなカップル同士の幸せな一時だ。
だがここに恋人になりそこねた男女が一組。
「‥‥えっ? ダメ‥‥なのですか? エレェナ」
明らかに悲しげな表情を浮かべるエルディン・アトワイト(ec0290)にエレェナは音楽を奏でる指で応えた。彼のリクエストである故郷を思わせる歌。
「ダメ、な訳じゃない。もう少し、待って欲しいんだ。‥‥今はまだ大切な友であり隊長。今すぐにと望むなら寂しい答えしか返せない‥‥」
ゲヘナでの戦い。同じ部隊で戦うエレェナにエルディンが告白したのは少し前のことだ。
二人きりでデートをしたくて今回のパーティに誘ったエルディン。
人を楽しませたい。その願いに賛同したエレェナ。
二人の間には小さくない思いの差がある事をエルディンは思い知らされたようにうな垂れたのだった。
かつての恋人の声を彼女に見ていたこれは報いであろうか。
「‥‥ただ」
振られたと落ち込むエルディンにエレェナは月のリュートの手を止めずに囁く。
優しく、甘い音色のように
「寄せて貰う好意が嬉しくないと言ったら嘘になる。だから、待って欲しい‥‥、もう少し‥‥」
取り繕う嘘はつかない。真実の思いを伝える。それが彼女の誠実。
だからエルディンは目元をこすり、笑顔で答えた。
「ありがとう‥‥」
と。
そんな様子を意図してみていた訳ではないが、心配していた人一人。
「ん〜女性のことで悩みが尽きないなぁ」
手に皿を持ったままファイゼル・ヴァッファー(ea2554)は考え込むように立っていた。
「俺が、彼女の為にできることは何だろう。彼女の為に‥‥」
ファイゼルの脳裏に浮かぶのは大切な人の、幸せな笑顔。
「ま、変わらず料理の腕を磨くことかな。彼女は喜んで食べてくれるし、今日のはけっこう勉強になったし」
パーティが終われば彼はパリに戻るつもりである。
ここで出会った人々とも、聞いた話とも再び出会うことは少ないだろう。
「せめて幸せに、って願っておこうか。あ、帰る前にシェリルに礼言って来ないと」
彼はそっと皿を置いて小さくサインを切るとその場を振り返らず去っていった。
「大盛況ですね〜。お菓子が皆に行き渡るでしょうか〜?」
「あ〜、確かにそれは心配ね。さっき運んだもので最後だって言ってたから。もうそろそろ終わりだって言ってたしなんとかなるんじゃないかな?」
子供達に配った菓子の籠、そして次から次へと空になる皿を確かめながらサリ(ec2813)とサラ・クリストファ(ec4647)は顔を見合わせた。
昼前から始まったこのパーティも太陽が沈む頃には終わる。
少し迷子がいた他今のところトラブルはない。その迷子も笑顔で帰った。
このまま何も無く終わってくれればいいと‥‥。
だが、そんな願いをあざけるように
「何だと? もう酒は終わり? 料理もか! ふざけんな! 食べ放題、飲み放題なんだろう!」
声を荒げた男は空になった盆とカップを地面に払い落とした。
「まだまだぜんぜん満足してねえぞ。もっと出せ、もっとだ!」
「よっぱらい、か〜。あれもお客だしやっかいだね〜。さっきのスリみたいにふん縛っちゃえばって訳にもいかないからね〜」
「のんきなこと言ってていいの? 止めなきゃ。ディーネ」
ぱくぱくとお菓子の残りを摘みながら、見つめるディーネの服をリスティアは引く。
けれどディーネは変わらず、のんきなものだ。
「ふぁいじょーぶ。私達が変に出て行くと角も立つしね。‥‥ほら」
お菓子を飲み込んでディーネが指差すとほぼ同時、
「ユエ」「はーい」
「えっ?」
よっぱらいの男はぴた、とまるで彫像のように動きを止めると、崩れるように地面に倒れこんだ。
「どうしたんです? 何か具合でも悪く‥‥?」
「なに、酒の飲みすぎで倒れたんだろう。彼は俺達が向こうに運ぶから、皆はもう少し楽しむといい。‥‥手伝ってもらえるか?」
見回り役のアリオス・エルスリード(ea0439)はカイ・ローン(ea3054)に声をかける。
「ああ、なるほど」
さりげなくアリオスがカイの肩をぽん、と叩き、カイが肩口で踊るフェアリーに微笑んだのを見てリスティアは彼らがずっと、影からこの宴を支えてくれていた事を知った。
「さあさあ。料理も少なくなってきたことだし、太陽ももうじき沈む。でも、宴はまだまだこれからよ。いいわね? ネティ」
「勿論よ。姉様。姉妹の踊り、とくとご覧あれ!」
パーティの中央に設えられた舞台。水芸や軽業になどで盛り上がったこの場所に、いよいよ真打ちが登場する。
テティニス・ネト・アメン(ec0212)とネフティス・ネト・アメン(ea2834)の姉妹が上がり背中合わせに立ち手を掲げたのだ。拍手喝采の中
「そうだね‥‥ミゲル。僕の楽器を」
「かしこまりました」
ミゲル・エウゼン(ec2099)が給仕の手を止め運んできた横笛でウィルシスが音を添えると、二人の舞にエレェナやシリルも伴奏をつける。二人の踊りに合わせた楽しく、明るい音色が会場に響き渡る。
「踊ろうか?」「うん」「僕は苦手で‥‥」「教えてあげる」
二人の踊りは人々の心を暖め、身体まで舞わせる。
無邪気にはしゃぐ子供達。手を取り合って踊る恋人達。
「久しぶりのキャメロットはよいのお。前向きな人々の明るい笑顔。これ以上の肴はない」
天城月夜(ea0321)は鮮やかで幸せな一日の終わりを太陽と杯を重ね、共に見守り、見送っていた。
●春の夜の夢
開場の間はお客様が優先。
だから
「せっかくお呼びしたのに、なんだか放っておくような事になってしまい、申し訳ありませんでした。リトルレディ」
「叔母様、サーシャ兄様。本当に申し訳ありませんでした。退屈なさったのではありませんか?」
「図書館長様、ご無沙汰しておりました。お元気でいらっしゃいますか?」
調理担当の冒険者達は、そんな風に頭を下げるものが多かった。
勿論、冒険者達の招待者達
「私は大丈夫だよ。美味しいお菓子いっぱい食べれたし。シルヴィアさんの方こそ、ちゃんとお手伝いできたの?」
『大丈夫ですよ。アレク殿といろいろお話させて頂きましたし、ずっと言いたかったお礼も言わせて頂きましたから』
『ユキの料理も美味しかった。あんな小さなユキがこんな美味しい料理を作れるようになったんだな』
「ああ、忘れずにいてくれて感謝する。孫も喜んでおったよ」
少女ヴィアンカも八代樹(eb2174)もアレクサンドル・ルイシコフ(ec6464)も孫連れの図書館長も、他の誰も、冒険者を責めるような事は無かったのだが。
今は人気の無くなった広場で、掃除を終えての慰労会の真っ最中である。
とはいえ、冒険者とリオン、彼の仲間達が一生懸命作った料理やお菓子はもうきれいさっぱり、跡形も無くなっている。
急遽かき集めた材料でのありあわせの料理に、冒険者からの差し入れのお酒とお茶。
さっきまで供されていた料理に比べると粗末なものだがこれが、冒険者への報酬であった。
「いろいろとお手伝い頂いたのにこんな事しかできず、申し訳ありません」
頭を下げるリオン。だが額をもう一度、デコピン、と右之助は弾く。
「だからそういうのはやめって! 料理人に空っぽになった皿と美味しいの言葉以上の報酬があるかい?」
厨房からも聞こえた美味しいの声。
時々覗きに言って見た、自分達の料理を食べる人々の幸せそうな笑顔。
残り半分の報酬は、彼らの元に確かに届いたのだ。
「そうですね。それに子供達もとっても喜んでいました。素敵な笑顔を見せてもらいましたわ。一緒にゲームもしましたのよ♪」
サリの言葉に冒険者達も皆、頷く。
「ありがとうございます。僕は皆さんのように戦う力もない、無力な人間です。今回の事も自己満足に過ぎず、皆さんの協力がなかったら成功さえできなかったと思います」
「それは違うぞ。人々を幸せにしたいというその意思こそが尊い。のう、助祭殿」
「ええ」
豪快に否定するヘラクレイオスの後ろから静かに進み出たフランシア・ド・フルール(ea3047)は頷くと躊躇う事無くリオンに、一人の料理人の前に膝を折ったのだった。
「財を投げ打ち、民が自ら進んで己が分を以って主に叛きし愚かなる者どもに抗しようとする場に出会えようとは。其れは正に、“大いなる父”の嘉し賜う行いです」
普段なら見えることも少ない貴人の思いもかけぬ賛辞に驚くリオン。
冒険者達はといえばそれをそれぞれの微笑で見つめている。
「貴方に祝福を。いずれの宗派であれ、貴方は神の新王国への階を歩んでおられます」
ぱち、ぱちぱちぱち。
拍手が沸き起こった。
どこにでもいる青年の、誰もが持っている、けれど稀有な思いに敬意を込めて。
拍手の中涙ぐむ青年を見つめる冒険者達の心はきっと一つであったろう。
こんな当たり前に、誠実に生きる人間が微笑み合える時を守る為に、戦おうと‥‥。
かちゃかちゃかちゃ。
水桶で一人食器を洗う淋慧璃(ea9854)に
「ご苦労様です」
玲瓏は静かに声をかけ笑いかけた。
「少し、休憩なさいませんか? おすそ分け用に取り分けた菓子があるのです」
「あ、ありがとう。もう売り切れだって言っていたから諦めてたんだ」
ずっと縁の下の力持ちのように裏方で働いていた慧璃をねぎらうように微笑んで玲瓏は焼き菓子を差し出した。彼女が表に出られなかった、出ようとした理由を聞くことはしない。
「これ、美味しいね。口の中で溶けるよ」
「それは口の中で溶け切る前に呪文を三回言うと幸せになるのだそうですよ?」
「幸せ‥‥か。今もけっこう幸せだけど‥‥」
少し考えてから慧璃は二個目の菓子を口の中に放り込む。
小さく、本当に小さな声で囁かれた呪文と彼女の願い事は玲瓏の耳には届かなかったけれど、二人は顔を見合わせ、そして幸せそうに微笑んだのだった。
「幸せを呼ぶお菓子。どうかあの人にも幸せが運ばれますように‥‥」
シフール便に荷物を託した恋する乙女。
それが少し焦げていたり、形が不恰好でも彼女の思いはおそらく、相手を幸せにしてくれるだろう。
そして、満開の花の中。
冒険者達は夜を楽しむ。
旧友と、あるいは新たな友と過ごす静かな時。
「あ〜。いい香り。春だなあ〜」
花の香りと誰かが奏でた調べが冒険者を優しく包み込む。
幸せの余韻を胸に抱いて誰とも無く呟く。
「また、来年もみんなと一緒に花見を楽しめるといいなあ〜」
小さな願い事は花の香りと共に調べに乗って、空高く昇っていった。
このパーティの後、人々の間で少しだけ争いごとやけんかが減ったとか、青年リオンの店の売り上げがアップしたとかは後の話。冒険者にとってはあまり関係の無い話である。
だが春色のパーティは小さな伝説となり、人々の間で心を温める幸せな記憶として長く語り継がれたという。