【海魔の咆哮】決断

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月13日〜06月18日

リプレイ公開日:2009年06月23日

●オープニング

「随分と馬鹿にされたものだな‥‥」
 報告書と一緒に握り締められたパーシ・ヴァルの手は音がしそうな程。
 デビルへの怒りに溢れていた。
「確かに‥‥我々は余程舐められているとみえる」
 トリスタンは静かに頷く。だが内に秘められた思いはパーシ・ヴァルと同じか、もしくはそれ以上のはずだ。
『‥‥次の‥‥満月。楽しみに、するが‥‥いい‥‥』
 先の沿岸調査にて。
 ライオネルの消息を調べに出た冒険者は海で悪事を行っていたデビルがこういい残したのを確かに聞いたという。
 そして‥‥今。
 その言葉を証明するかのように東の海域にデビルが集まっている。
 キャメロットから程近いその海域は小島、入り江なども多く存在している。魚が集まり、漁に行く船、貿易の船が行き来する元は穏やかで優しい海だった。
 しかし、今はその海は沈黙している。
 調査に出た騎士の報告では一隻のゴーストシップを中心にインプやグレムリンなどの低級デビルが集い日を追うごとに増えているのだとか。
 低級デビルのみならず中級のデビルやブルーマンなども集る様は、かつての海戦を彷彿とさせていた。
「そして‥‥その‥‥」
 騎士は口を篭らせた。
 解っていた事である。
 しかし、それでもその言葉が、円卓の騎士達の心を乱しているのだ。
「ゴーストシップの中央には‥‥その‥‥ライオネル様の姿が‥‥」
 リヴァイアサンに連れ去られた仲間ライオネル。
「ライオネル様は‥‥まるで船長のように堂々と甲板の真ん中に立っておられました‥‥近くには明らかに中級と思われるデビルもいたのですが、彼らはライオネル様にかしずくがごとく‥‥」
 今までのどんなに手を尽くして探しても見つからなかった彼が、再び表舞台に現れたということは‥‥
「デビル共は‥‥いやリヴァイアサンは本気でキャメロットを‥‥イギリスを狙いに来たということなのだろうな‥‥」
 トリスタンが冷静に告げてくれるからこそ、パーシも怒りに見失いかけていたものを取り戻すことができた。
 集まったデビル達は個人レベルで周囲を襲うものこそいるが、全体的には沈黙を守っている。まるで、何かを待つように‥‥。
「次の満月を楽しみにしろとデビルは告げたと言う。‥‥それはすなわちリヴァイアサンが満月の夜に何かを起こすと言うことだろう。リヴァイアサン程の悪魔が満月を待たなくてはならない『何か』というのはおそらく‥‥」
「ああ、津波だな」
 冷静にパーシは一つの結論を導き出した。かつて船長の目撃したものもきっとそれだったに違いない。リヴァイアサンは満月の夜に大津波を起こすことができるのだ。
「先にメルドンを壊滅させた大津波は満月の夜に起きた。その被害はメルドンのみならず河を伝い内陸地にまで及んでいた。もし、東の海であの時と同じ、もしくはそれ以上の大津波が起きれば‥‥」
 二人は顔を見合わせる。
 言うまでもない。海岸の町は壊滅。それどころかキャメロットにも甚大な被害が出るだろう。
 破壊と混乱。
 その隙を突いてデビルが襲撃してきたら‥‥。王都とはいえきっとタダではすまない。
 リヴァイアサンは間違いなくそれを狙っているのだろう。
「なんとしても阻止しなくては! リヴァイアサンを倒し‥‥そしてライオネルを奪い返す!」
 誓うように告げるパーシ・ヴァル。
 ライオネルがデビルに操られているのは確かである。
 変身か、憑依か‥‥はたまたデスハートンで魂を奪われているか‥‥。
 いずれにしてもライオネルは敵として彼らの前に立ちふさがるだろう。
 ライオネルを取り戻し‥‥
「‥‥リヴァイアサンの野望を阻止しなくてはな‥‥。‥‥パーシ卿」
 トリスタンはパーシの方を真っ直ぐに見つめる。
 それは託す眼差し。
「私は海岸付近の防衛とその指示にあたる。住民の避難、海岸の閉鎖、そしてデビル達の上陸の阻止‥‥。騎士達だけでは荷が重いだろうからな」
「それは‥‥」
 静かに、だが信じる眼差しでトリスタンはパーシ・ヴァルに向けて微笑んで‥‥告げたのだった。
「こちらは心配するな。お前達の決着をつけて来い」
『お前達』
 その言葉を深く噛み締めるとパーシはマントを翻した。
「‥‥ボールス」
 服の下。
 今までずっと出すことのできなかった書状を手に部屋を後にする。

 今、イギリス最後の大海戦が始まろうとしていた。

 冒険者ギルドに円卓の騎士、パーシ・ヴァルの名で三度目となる海戦。
 そして二度目の正式なリヴァイアサン退治の協力要請が出されたその日、ギルドの係員も冒険者達も少なくない緊張を浮かべていた。
「場所はキャメロットの東の海域。海岸線から見える直ぐのところだ。
敵の数は周囲に100以上。中央のゴーストシップに、複数のデビル。そして‥‥ライオネルがいる。
リヴァイアサンもおそらくゴーストシップにいると思われる。ライオネルの説得ならびに救助はボールス卿が行い、その隙にモードレッドの指揮する部隊がリヴァイアサンを討つというのが今回の大まかな作戦だ。万が一津波が起こった場合の救助と海岸線の町の護衛はトリスタン卿が担当して行う」
 今までの北海ではなく、今度はイギリスの王都間近の海域での戦い。
 しかも、リヴァイアサンは満月の夜に大津波を起こす可能性が指摘されているのでその日までにリヴァイアサンを見つけ、倒さなければならないというタイムリミット付である。
 さらに前回の海戦でリヴァイアサンに捕らえられた円卓の騎士ライオネルが敵に回っている。
 いや、彼自身がリヴァイアサンに憑依されている可能性さえある。
 敵デビルの数は下級デビルが殆どであるとはいえ優に100を超えると思われるので前回を上回る激戦が予想される。
 難しい要素ばかりが積み重なっている、とてつもなく困難な依頼であった。
 パーシ・ヴァルの依頼にはリヴァイアサン退治の援護、とある。
「船は乗組員共に手配済みなので心配はない。なんとしても満月までにリヴァイアサンを退治しなければならないので皆の協力を要請する」
 ここに来てふと係員はあることに気がついた。
「パーシ卿。失礼ながら貴方はどちらに‥‥」
「勿論、リヴァイアサン退治の援護に向かう。だが‥‥その前に気になることがあってな。単独行動と言われるかもしれないがちょっと調べに動くつもりだ。幸い‥‥船長の部下達が戻ってきて船を出してくれる」
「何を‥‥どこへ?」
 係員の質問に答えずパーシ・ヴァルは頼むぞ。と告げて去っていく。
 その言葉の意味、行動の意味を考えた係員は彼の言葉を全て伝えた上で、冒険者に判断を仰ぐことにした。
  
『リヴァイアサン退治の援護』
 冒険者は何をすべきかを考え、決断しなくてはならなかった。
 この決断にイギリスの命運がかかっていることを知り、覚悟した上で‥‥。

●今回の参加者

 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0128 マグナス・ダイモス(29歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

レイムス・ドレイク(eb2277)/ フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)/ エセ・アンリィ(eb5757)/ 木下 茜(eb5817)/ シーナ・オレアリス(eb7143)/ アルミューレ・リュミエール(eb8344

●リプレイ本文

●決戦前夜
 決戦は、夜明け。
 それを待つかのように海は不思議な静寂を湛えていた。
「いよいよ、明日が決戦ですね」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)の言葉に海を見つめる冒険者達の眼差しにも緊張が走る。
 潮風に混ざるデビルの羽音。闇の腐臭。
 どれも、優しき海には似つかわしくないものだ。
「まったく、迷惑な話だ。こんな時に津波なんぞ起こされてたまるものか」
 肩を竦めるアンドリュー・カールセン(ea5936)の言葉は軽いように見せて、実は何よりも重い。
 振り返る遠いキャメロット。そこには彼を待っているものがいる。
 花嫁となるべく、待っているものが‥‥。
「結婚式がもう直ぐだったのではありませんか?」
 問いかけるセレナ・ザーン(ea9951)に彼は頷きを返しはしなかった。
 代わりに前を向く。敵の待つ海原を、睨むかのように。
「とっとと片付けてしまおう。空気の読めないデビルなんぞな」
「ええ、命ひとつ懸けていない悪魔の悪意の為にどれだけの犠牲と悲しみが生まれたのでしょう‥‥これ以上の跋扈を許さない為にも、これ以上の悲しみが生まれない為にも、彼の悪魔をここで討ち果たしましょう」
 今までいくつもの悲劇を冒険者は目撃してきた。
 フィーネ・オレアリス(eb3529)の言葉は冒険者全ての思いでもある。
「あからさまに誘われているのは事実ですけれどね。でも、ここは乗らないと‥‥先に進めませんから」
 呟くリースフィア・エルスリード(eb2745)。
 彼女の視線の先にはきっと同じように、いや、それ以上にこの戦いに決意を固めているであろうボールスの船がある。
 そして向こうにはモードレッドの船も。
「ライオネル卿を救い出し、海の魔王を倒しましょう。絶対に」
 彼らに思いで負けることの無いようにマグナス・ダイモス(ec0128)は気合を入れなおした。
「さあ〜。できる限りの準備をしたら今日は休んでくださいぃ〜。明日は本当に大変な一日になるですぅ〜。身体を休めておくのも仕事だとおもいますよぉ〜」
 背後から、いつもと変わらぬマイペースののんびりとしたエリンティア・フューゲル(ea3868)の声が聞こえる。
「そうですね。でも、それならエリンティアさんも休んで下さいよ。貴方も我々以上に疲れているはずですし、休息が必要である筈ですから」
 気遣うシルヴィアに大丈夫と、エリンティアは笑う。
 到着後、冒険者達はできる限りの事前準備をした。
 パーシが用意しておいてくれた船や薬、道具を確認し、地形を調べ、仲間であるチームと連携を取り、時間を合わせ‥‥。
「気休めですけど無いよりましですぅ、それに打てる手は全て打っておきましょうねぇ」
 船員達にもデビル対策を行う。
 やれることを全てやっておかなければ、勝利を掴むことはできないであろうからだ。
「おそらくぅ〜、リヴァイアサンはキャメロット正面の沖合いにいると思うですぅ〜。津波も水がないと意味が無いでしょうし、距離があったほうが被害が大きくなるでしょうからねぇ〜」
 ゴーストシップの前か、後ろか。おそらく後ろであろうとエリンティアは推察する。
 その推察が正しいかは、朝になれば解る事だ。
「そうですね。確かに今は、身体を休めることが必要でしょう。強行で来ましたからアイオーン達も休ませないと‥‥。皆さん、行きましょう」
「うむ、では明日」
 リースフィアとアンリ・フィルス(eb4667)の促しに冒険者達は宿に向かう。
 その中で
「あれ? どうしたんですかぁ〜」
 一人、残ったリン・シュトラウス(eb7760)が海を見つめているのを見てエリンティアは首を傾げた。
「ん〜っとね。聞こえてくれたら来てくれるかな、ってさっきから試しているんですけど‥‥」
 主語の無い呟きであるが、エリンティアに意味は解った。ああ、と頷いて笑う。
「パーシ様は何処にいるんですかねぇ、まったく困った人ですぅ」
 言葉だけ見れば責めるようにも聞こえるが、ちゃんと表情と口調まで見たリンに浮かんだのは微笑だけ。
「できるなら、決戦前に伝えたい事があったから‥‥。でも、あの人には想う人がいないのかしら。仕事人間? 鈍感には見えないんだけど‥‥」
「別に仕事だけが全てと想っている訳ではないよ。単にやりたかったことが仕事であっただけだ」
「‥‥今度知っている人に聞いてみようかしら‥‥ってえっ!!?」
 いつの間にか背後に立っていた人物にリンは驚くような声を上げる。
 ニコニコと笑うエリンティア。どうやら彼は途中から気づいていた節がある。
「もう! 驚かせないで下さい。決戦を前に心臓が止まってしまったら貴方のせいですよ。リヴァイアサンを倒すだけではなく、船長さんの魂も見つけ出さないといけないんですから!」
 ふくれっつらのリンにすまないと笑って立つ円卓の騎士。
「何のようだ」
 と口に立つ事無く佇む彼にリンは
「伝言があります。パーシ卿」
 何よりも真面目な顔でテレパシーではなく言葉で、託された思いを伝えたのだった。

●現れた『海の王』
 いよいよ、決戦の朝。
 モードレッドの船、そしてボールスの船が出港したのを確認して冒険者達も船を出発させた。
「荷物はお願いします」
 ペガサスに、
「船にはデビルやアンデッドの気配は無い筈ですが、必要なら呼んで下さい。シールドをかけます」
 グリフォンに跨り空に舞う冒険者達。
「私も、空から他のチームの状況を確認しますね。必要なら戻ってきますから」
 フィーネ、リンの飛翔を、仲間の出立を船の舳先で銀鎧を身に纏った男が見送っていた。
 海を見つめ微笑んでいたシルヴィアは
「どうぞ‥‥御武運を」
 男に向けて膝をつき、挨拶を終えると仲間達共に飛翔した。
 目指すはゴーストシップ。その上空へと向かう冒険者達は次々船を離れていった。
「私も、向こうに向かいますわ。援護をお願いいたします」
 履水珠に祈りを捧げたセレナは船から飛び降りボールスの船へと走る。
 今、船に残っている冒険者は魔法使いであるエリンティアとパラディンのマグナス。
 そして『パーシ』のみ。
 それを待っていたかのように逆に船にはデビルたちが集まってきていた。
 船には犬血の結界を貼ってはあるが数で襲われたらひとたまりもあるまい。
「う〜ん、組し易いと思われたんですかねえぇ〜。心外ですぅ〜」
 空を見上げながらエリンティアはにっこりと微笑んだ。
「いや、こちらにパーシ卿がいるからかもしれませんよ。だとしたら‥‥成功ですね」
 顔を見合わせたマグナスの目にも笑みが浮かんでいる。
 悠然と立つ『パーシ・ヴァル』
 兜を被り、全身鎧を身に纏う彼。その兜の隙間から漆黒の髪が覗く。
 パーシをよく知るものであれば直ぐに解る筈だ。
 パーシ・ヴァルの髪は金。そして兜どころか銀の鎧さえ戦場で纏うことは稀なのだと。
「まったく、重いな。こんなものを纏ってよく戦えるものだ」
 呟く『パーシ・ヴァル』にマグナスは苦笑し、エリンティアは心から同情し、そして同意するように頷き眼前を見つめた。
「やっぱり、思った通りですねぇ〜」
 一発目、二発目のヘブンリィライトニングを放ちながら周囲を観察する。
 デビルは一見、確かにゴーストシップの側に集まっているように見えた。実際に既に戦闘に入り、刃を合わせている敵が最も多いのはゴーストシップの側だ。
 だが、しかしよく見ればこの船に差し向けられたデビル達の多くは、ゴーストシップのさらに奥。
 小さな小島からやってくる。
 天空の冒険者達の背後を突くように‥‥。
 他のチームの冒険者の中にも気づいているものがいるかもしれない。
 昨夜、彼とも打ち合わせをし、情報の刷り合わせもした。
 この両脇が先に進むほど狭まっていく入り江。
 ここからキャメロットに向けて大打撃を与える津波を起こそうとするなら、水はもっといる。
 距離ももっと欲しい。けれど、ゴーストシップから離れすぎてもいけない。
 万が一の時に適切に動く為。
 なら場所は、きっとあそこだ。
 周囲を見回して、船の位置、仲間の位置を確認して
「雨は‥‥大丈夫ですよねえ。振られるとちょっと困りますからぁ〜」
 空を見上げ、三発目のヘブンリィライトニングを放ち終わった直後、エリンティアは空に大きく杖を掲げた。
 これは魔法の発動ではない。
 合図だ。
「! 行くか。まったく。こんな重いものとはおさらばだ」
 それを見届け、鎧を脱ぎ捨てた男。
 もうそこには『パーシ・ヴァル』はいない。
 デビル達にまともな知性と考える余裕があれば何があったのかと驚くことだろう。
「こんなのに引っ掛かる奴は小物だ。さっさと片付けるぞ」
 冒険者アンドリューに戻った男は弓を番え、高く空に引き放つ。
 それを確認したリンは目を閉じて呼びかける。
 小物を退治していた仲間達に頷き‥‥『仲間』達へと。
 さっきは思いを受け取った。『大地』から。
 今は思いを伝える。一つになった心を。
「合図ですね‥‥。聞こえますか。四葉のクローバー。こちらは『希望』今こそ、その時です!」
 瞬間、紡がれたいくつもの魔法が光の矢になって放たれた。
 エリンティアが、リンが。そして他のチームの者たちも。
 ある者は空の上から、ある者は船の上から。
 それぞれの場所から。だが狙う者は唯一つ。
「「「光の矢よ。船長の魂を持ちしデビルを撃て!」」」
 収束していくムーンアローの光は狙い過たず、ゴーストシップの背後の小島へと向かっていく。
『ぐああああっ!!』
 まったく無警戒であったのだろう。
 海を揺らすがごときその悲鳴の主はやがて小さくない衝撃と共に押し出されるかのように、入り江に、冒険者達の前にその姿を現し人型で、だが海に立つその男は『船長』と同じ姿をしていた。
「見つけたぞ。リヴァイアサン」
 船の舳先。先ほどの船とよく似た形で薄紅色の光を纏った騎士が槍を構え睨んでいる。
『お前は‥‥? ならば、まさか‥‥さっきのは‥‥』
 その時はやっと状況の認識ができたように『船長』は唇を噛む。
 気がつけば周囲はすっかり囲まれている。
 空のデビルを狩り付くし頭上に舞う幾人ものペガサスの騎士。グリフォンに跨りこちらを狙うもの。ムーンドラゴンを従えてこちらに剣を構える騎士さえいる。
 海上には三隻の船。
 前方には行く手を阻むように二隻の船がふさがり、背後には自分を入り江より追い出した円卓の騎士の船が。
 気がつけばゴーストシップを取り巻くそれより、ここに集った冒険者は遥かに多い。
『ふん。雑魚どもが‥‥。流石に少しは学習したか。餌に騙されず私を見つけたのは褒めてやろう』
 周囲を囲まれながらも、顔を下げくくと笑う『船長』いや、リヴァイアサンには余裕さえ感じられる。
『だが、それもここまでだ。人間風情がこの七大魔王。海の王リヴァイアサンに叶うと思っているのか!』
「当たり前だ! 俺達は例え魔王であろうと神であろうと、人々を守る為なら怯みはしない! ここで必ずお前を倒す!」
 パーシの言葉は決して大声で怒鳴られた訳ではない。だが、その場にいる人物達には伝わった。
 その決意は、思いは確実に。
『ほざけ! 所詮人がどのように力を尽くそうとお前達は我らの玩具にすぎぬのだ!』
 だがその決意をリヴァイアサンはあざ笑う。揺らめく魔力。その力は歴戦の冒険者達の背筋さえも凍らせる。
 けれど怯む者は誰一人いなかった。
 身を揺らめかせ、人の姿を捨て、リヴァイアサンがその本性を現しても。
「七大魔王であり、仮初の肉体に過ぎぬ海の王には命すら懸けぬモノか。ならば、見せてやろう命の真髄を」
 アンリは剣を構える。
「今度は‥‥泣かない。最後まであいつを見据えてやっつけるから!」
 リンは手を握り締める。
「海の魔王、貴方の思い通りにさせない。此処で‥‥倒す」
 決意と共にマグナスの身体がオレンジ色の光を帯びる。
「行くぞ!」
 誰のものとも解らぬ声が、冒険者達を前に進ませる。
 目の前に現れた、見上げるかのごとき大海蛇。
 海の王との決戦が、今、始まろうとしていた。

●海魔の咆哮
「ちっ!」
 アンドリューは舌を打った。
 海原はリヴァイアサンがその身を動かすたびごとに波を立たせている。
 揺れる足元に力を入れていなければ立っている事さえできない中、それでもアンドリューは、幾たびもその矢をリヴァイアサンに向けて放ち、命中させていた。
 だが、通常のデビルであるなら一撃で落とすその攻撃さえもリヴァイアサンにとってはおそらく針が指したかのごとく。まるでダメージを与えている手ごたえが感じられなかった。
『小ざかしい!!』
 リヴァイアサンが尻尾をもたげる。
 丁度、船の眼前に上がった巨大な塔のようなそれは直撃こそ免れたものの、冒険者達の船。
 その眼前に落ちて波しぶきを立てた。
 目の前ほぼ0距離。雫はまるで石のつぶてのようなスピードと威力でアンドリューとエリンティアを襲う。
「うわあっ!」「くそおっ!」
 吹き飛ばされ叩き付けられた二人を
「大丈夫ですか?」
 パラスプリントで戻ってきたマグナスが支え手を引く。
 だから、次に襲ってきた揺れや衝撃からはなんとか耐え切ることができた。
「あの巨体だ。ちょっとやそっとのダメージじゃ、通用しないか‥‥」
「ええ、空の上の彼らも攻めあぐねているようです。エボリューションを使っているようで同じ攻撃は一度しか効きませんからね」
 話しながら武器を持ち替えマグナスはヤーヴェルの実を噛んだ。
 リヴァイアサン。その巨体との戦いは、思った以上に冒険者の体力、精神力を奪っている。
 20mの巨体が動くたび弾かれる水飛沫。揺れる波。
『お前達は何の心配もしなくていい。心おきなく戦って来い』
 河口を押さえ、守りを固めてくれているトリスタン達に負担はなるべくかけさせたくは無かった。だから最初は考えていたのだ。
 なるべくリヴァイアサンの身体を動かさないように‥‥と。
 だがそんな余裕は今の冒険者達には正直無かった。
 せめてできるのはゴーストシップやボールスの船。
 そして沿岸への被害を最小限にする為にリヴァイアサンをこれ以上、前に進めないこと。
「ん〜。申し訳ないですけど〜向こうは信じて任せるしかないんですよね〜。それに〜‥‥まったくダメージを受けてない訳ではなさそうですよねえ〜」
 冷静にエリンティアは分析をする。冒険者達の攻撃は幾度と無くリヴァイアサンの身体に吸い込まれている。
 巨体であるが故に狙いを当てる事そのものはたやすいのだと同じように武器を持ち替えに来たリースフィアは言っていた。
「あの人のように、矢を変えるだけで攻撃の種類を変えられれば楽なんですけどね」
 彼女が苦笑交じりの微笑で見つめた。
 天馬で軽やかに空を飛びながら、弓を射掛けるレンジャーと
「敵をなぎ払う! その隙に攻撃を!!」
 アンリのソードボンバーとスマッシュで開けられた道にフィーネが通した攻撃が、今まで一番効いた攻撃であろう。リースフィアのスマッシュ、マグナスのスライシングも効いている。
 アンドリューやパーシの放つ矢とて、小さいとはいえ、ダメージを与えている筈だ。
「リヴァイアサンの攻撃は当たると確かに大きいんですが、こちらが小さいだけに、そう命中率は高くありません。だから‥‥そう後は、‥‥タイミングです」
 それだけ言ってマグナスはまた朱色の光と共に姿を消す。
 いや、今度は上空に向かった。他のパラディンと共に空からの連携攻撃を狙っているのだろう。
「あっ! 危ない!!」
 頭上、冒険者達の中央で水の塊が爆発した。
 吹き飛ばされる冒険者達。だが、幸い天空から落下するものはいないようだ。
 顔を顰め、苦しげな冒険者達にフィーネとリンが薬や魔法での回復に寄る。
 彼女らを守るようにシルヴィアが寄ってくる雑魚は蹴散らしている。
 安心したようにため息をついてエリンティアは周囲をもう一度見る。
 大事なのはタイミングだとマグナスは言った。
 初撃からずっと、パーシがリヴァイアサンに槍での攻撃を仕掛けず、弓での攻撃に専念しているのも、ムーンドラゴンを駆る騎士が頭上を旋回しながらソードボンバーで牽制を続けながら、ずっと見据えるようにリヴァイアサンを睨んでいるのも同じである筈だ。
 グワアアン!
 またリヴァイアサンの尾が船を掠る。
 飛び散る木屑、その中で
「アンドリューさん〜。覚悟とかはいいですかぁ〜?」
 再び矢を番えたアンドリューは突然のエリンティアの言葉に振り返り、その目を見つめ‥‥
「ああ‥‥」
 と頷いた。
 エリンティアは前を見る。
 彼の手には昨夜パーシ・ヴァルから託された一本のスクロールが握られていた。

 さっき冒険者の眼前で破裂したのはウォーターボムの魔法であったと思う。
 そして、今身体に吹き付ける冷気はアイスブリザードであろうか。
「くっ‥‥」
 歯を食いしばるようにして耐えたリースフィアに
「大丈夫ですか?」
 シルヴィアが天馬を操り駆け寄ってきた。
「大丈夫です。アイスコフィンとかですとかえってやっかいでしたが、これくらいならまだなんとかなるレベルです」
 頬についた水を手で払いながらリースフィア首を横に振る。
 だが、言うほど戦いが楽観できるものでは無いことは彼女達は勿論良く知っている。
 途切れる事無く高速詠唱で襲ってくる魔法、近寄ることさえ困難な巨体。
 尻尾で一叩きすればおそらく人間など簡単に潰されてしまうだろう。
 さらに護衛するかのように集まってくる下級デビル達。
 正直、自分達だけでは戦いきれなかった。
 モードレッドの部隊、そしてウォルの船からの援護があってこそ、なんとか互角以上の戦いができているのだ。
「私達はダメージを回復できますが、リヴァイアサンにはそれはできない筈です。ダメージは通じている。ですから、後一押し、奴に止めをさせるタイミングがあれば‥‥」
 そのタイミングこそが難しいと解っているからこそリースフィアは吐き出すように呟いた。
 こうして話している間にも上空に、海にリヴァイアサンの攻撃は続く。
 またしても水の爆発。リンの悲鳴が上がった。
 一つ一つの攻撃は威力を増しているようだ。
 焦っているのかもしれない。
「どうしたら‥‥」
 そう思ったその時であった。
「! 見て下さい!」
 悲鳴にも似た声をシルヴィアは上げた。
 海上。リヴァイアサンの巨体に向かい、真正面から船が突進していくのだ。
「あれは‥‥パーシ様の船です!」
 彼女の言う通り、船の舳先にはパーシ・ヴァルが槍を構えて立っている。
 そして彼を乗せたまま船は進む。リヴァイアサンの鼻先に向かって止まる事無く。
「なんとしても船長の敵をと‥‥船員さん達は言っていましたが‥‥まさか?」
「一人突撃するつもりですか! 無謀すぎます!!」
 馬首を躊躇い無くその眼前に向けようとするシルヴィア。だがそれを
「待って下さい!」
 リースフィアは渾身の思いで止めた。
「な、なんです? 時間が‥‥」
「貴方はパーシ卿を信じていますか?」
「えっ?」
「信じているなら待って下さい。リンさん。四葉のクローバーに連絡を。アンリさん、フィーネさんも‥‥」
「うむ、解った」
「任せて頂戴」
 動き出した仲間達。シルヴィアも立ち尽くしていたのは一瞬であった。
「シルヴィアさん。昨日の伝言の返事。俺を信じろって」
 リンの言葉にシルヴィアは一度だけ目を閉じ、その後は馬首を返す。
 空へと。
 頭上と背後の脅威を知る事無くリヴァイアサンはその時、自分の眼前を見つめていた。

「リヴァイアサン。勝負だ! 船長とライオネルの魂。返して貰うぞ!」
 槍を構えるパーシ・ヴァル。
 彼が円卓の騎士である事を知った上でリヴァイアサンはその決意をふんと、鼻で笑った。
『お前に何ができる。もう、冠も円卓の騎士も必要は無い。私は自分の力でイギリスを手に入れてくれるわ!』
 尾で蝿を払う牛のごとく、リヴァイアサンは尻尾で波を立たせる。
 揺れる船。その舳先でだがパーシはリヴァイアサンをゆるぎない眼差しで睨みつけていた。
 オーラの薄紅色の光を纏っても力の差は歴然としている。
 こんな船などリヴァイアサンの前では木の葉と同じだろう。
 だが‥‥彼はかつてモードレッドに言った通り、神さえも恐れぬかのように立ち向かう。
「お前などにイギリスも、ライオネルも、キャメロットも、何一つ渡しはしない。この国は俺達が守ってみせる」
『人間ごときに何ができる。おとなしく滅びるがいい! これでお前は終わりだ!』
「トオッ!!」
 パーシの身体が船を蹴る。
 船の勢いを加えた超スピードのポイントアタックがリヴァイアサンの眉間に当たって小さな傷を作る。
 だがそれとほぼ同時、パーシの身体は黒い炎に包まれていた。
「うわあっ!」
 悲鳴を上げながら水上に落下していくパーシ。
 船は尾が直撃し、粉々に砕け散っていた。
 頭をめぐらせたリヴァイアサンは勝ち誇ったように顔を上げる。
 だがその瞬間である。
「今です!」
 冒険者の一斉攻撃がリヴァイアサンを襲ったのは。
 アンリの高速アルファーの突撃。
 リースフィアの全てが込められたスマッシュ。
 ムーンドラゴンから飛び込んだナイトの剣はパーシがつけた額の傷をさらに割り、二人のパラディンの0距離連続攻撃は、まるで鎧のようであったその鱗を砕く。
 矢を構えたまま駆け込んだアンドリューの矢はリヴァイアサンの目を奪い
「還りなさい! 闇へ!」
 シルヴィアの渾身の攻撃は思いと共に深く、深くその背に突き刺さっていく。
 フィーネの全てを込めたホーリー。そして
「離れろ! 行くぞ!!」
 放たれた白き一矢が止めを刺すかのようにリヴァイアサンの眉間に突き刺さった。
 瞬間、爆発するような威力が破裂し、リヴァイアサンを怯ませる。
「行きます!」
 それを合図にもう一度、冒険者達は全員が武器に渾身の力と思いを込めて放ったのだ。
「消えろ!」「二度と海に現れるな!」「悲劇を繰り返させはしない!」「これで終わりです!!」
『ぐああああっ!!』
 それは紛れも無い断末魔の悲鳴であった。
 リヴァイアサンの叫びは海面を揺らし、身体に張り付いていた冒険者達を振り落とす。
 幾人かは海に落とされ、幾人かは空へと逃れる。船に助け上げられたものもいた。
 だが、その時、彼ら全員は瞳をそらす事無く見つめていた。
『ありえぬ‥‥この‥‥海の王‥‥リヴァイアサンが、人‥‥に、敗北するなど‥‥』
 七大魔王の最後を‥‥。
「人を見くびった貴方の負けです」
 静かなリースフィアの言葉がリヴァイアサンには聞こえていたのか、いないのか。
 その頭、その身体を大きくもたげリヴァイアサンは冒険者達の方に身体を向けた。
『まあいい‥‥。今は‥‥勝ち誇るがいい‥‥冒険者。人の心に闇がある限り‥‥我らは不滅。いつか‥‥再び‥‥』
 ドオオン!!
 まるで塔が倒れ、崩れるようにリヴァイアサンの身体は大きく海を打った。
 波が泡立ち揺れる。飛沫が天上にまで届くかのごとく吹き上がり冒険者達に降り注いだ。
 それが、リヴァイアサン最後の攻撃であった。
 七大魔王が一人。海の王のその身体は海に、水に溶けるようにその姿を消した。
 水の中に沈み行く二つの白い珠を残して‥‥。 
 
●一つの勝利
「はっ! パーシ様!」
 ふと、我に返ったシルヴィアは今度は止める者もなく、止められる事無く馬首を海に向けた。
「どこです? パーシ様!!」
 だが、海には木屑が浮かぶばかり。
 人の気配はどこにもない。
「そんな‥‥。約束したじゃありませんか‥‥」
 シルヴィアがリンに託した伝言。
 聖夜の約束。
『約束、して下さい。この先なにがあろうとも、必ず生き残ると‥‥』
「‥‥約束を‥‥守ってくれると‥‥信じていたのに‥‥」
 俯くシルヴィア。その頬には涙でいっぱいで、だから彼女は気づかなかった。
 くすくすと笑う仲間達にも、
「言った筈だがな。俺を信じろ。と」
 背後に立つ優しい気配にも。
「えっ?」
 振り返った海面には、あまりにもいつもと変わらぬ笑顔があった。
「俺の騎士が俺を信じなくてどうする? シルヴィア」
「パーシ様!!」
「ま〜ったくですぅ〜、パーシ様は相変わらずパーシ様なんですよねぇ〜」
 彼の後方に隠れるように立つエリンティア。
 そして改めて気づく。くすくす笑っている仲間達と‥‥リン。
「あのね。昨日の夜、パーシ様とお話したの。それで、万が一の時には助けて欲しいってエリンティアさんがスクロールを預かっていたの」
 ウォーターウォークのスクロール。
 これでアンドリューはリヴァイアサン退治に向かい、エリンティアはパーシを救出に向かえたのだ。
「必ずお前達がリヴァイアサンを倒してくれると信じていたからな‥‥」
 服も髪も焼け焦げて、自分達同様パーシもボロボロだ。
 というより無傷の者は誰もいないほどの大決戦。
 けれど、その笑顔に冒険者達は改めて噛み締めることができた。
「私達は‥‥勝ったのですね。海の魔王に‥‥」
「ああ。俺達の勝ちだ‥‥」
 パーシの手の中には白い珠が大事そうに掲げもたれている。
 ウォルの船の冒険者が見つけてくれた、おそらく船長の魂だ。
「これで、船長さんもライオネル卿も元に戻られますね」
「そうだといいがな‥‥」
 柔らかく微笑むパーシ。
 今まで大切な者は失うばかりであった彼が、今度は誓いどおり大事なものを守れたのならそれは間違いの無い成功であろうと冒険者は思うことができたのだ。
「さあ、戻ろう。モードレッド達もまだ戦っているかもしれないし、トリスタンの方もおそらく大変な筈だ」
 パーシの言葉に頷くようにフィーネは答えた。彼女とリン、そして
「全員救い上げることができたか。よかった」
 素早く動いてくれたアンリのおかげでパーシの船は壊れたものの、みんな無事ですんだのだ。
「救出した船員さん達を陸へ上げて、それから皆さんの手当てもしないと‥‥」
「ああ! 向こうの船も沈没寸前なんですぅ〜。なんとかしないといけませんねぇ〜。それから、あれぇ〜。何かわすれているようなぁ〜」
 首を傾げるエリンティア。横を走っていこうとしたパーシを
「ああ! パーシ卿!」
 リンのグリフォンに乗ったアンドリューが止める。
「そろそろ、魔法の効果が切れるんじゃ‥‥」
「うぁっ!!」
「パーシ様!!」
 まるで落とし穴に嵌ったかのように水に沈んだパーシを改めて、冒険者達は助けに走る。
「そうだったんですぅ〜。ウォーターウォークの魔法って6分しかもたなかったんですぅ〜」
 引き上げられて大きく深呼吸。ずぶぬれになったパーシの
「まったく! リヴァイアサンにやられた時より死にかけたぞ」
 恨み言にぽりぽりとエリンティアは頭を掻いた。
 彼の身体はしっかりと浮いているから、以外に確信犯かもしれない。
「とにかく急いだ方がいいんですよねぇ〜。シルヴィアさん。パーシ様を連れてきて下さいですぅ〜」 
「は、はい! じゃあ、パーシ様」
「すまない。頼んだぞ」
 飛翔する天馬、グリフォン達を見送った後、一人残ったリースフィアはもう一度、一つの戦いの終わり。
 そして自分達の掴んだ勝利の海を静かに見つめていた。

 冒険者が勝利の余韻に浸れたのは僅かの間だった。
「これは‥‥」
 陸地に戻ったシルヴィアはあまりの惨状に項垂れる。
 辺り一帯を埋め尽くしている木片。家屋の残骸であろう。
 海魔との激しい攻防の中起きた波の余波で、多くの人々は家を失っていた。
 津波が起きなかった分被害は少ないと言えるかもしれないが、冒険者達は喜びが急速に萎むのを感じていた。
 ふとマグナスは膝を折る。
「トリスタン卿‥‥」
 冒険者を迎えるようにやってきたのはこの街の護衛をしていた円卓の騎士トリスタン。
 彼が抱いていた少女が腕の中から飛び降りたのを見て、彼は視線を合わせたのだ。
「家を壊してしまったよ。‥‥ごめんね」
 頭を下げるマグナス。だが
「ううん。皆を守ってくれてありがとう。はい」
 少女は一輪の花をマグナスに差し出した。作ったのでも、命じられたのでもない。
 心からのそれは笑顔と思いが込められた花であった。
「そうだ。俺達は皆、こうして生きている。誰一人欠ける事無く戻ってこれたのは、間違いの無い俺達の勝利だ。そして、生きていればなんでもできる」
 冒険者にそう微笑んで告げたパーシは、顔を友に向ける。
 言葉の労いはない。だが、その眼差しが何よりも彼の思いを物語っていた。
「全てはこれからだ!」
 パン!
 どちらからともなく青空に向けて掲げられた手が音を立てる。
 それはまるで冒険者達の勝利を祝う乾杯の音のように澄んだ音を見る者達の心に響かせていた‥‥。

「あー! ずるいぞ。お前ら!」
 突然のふくれた声が感動の余韻を破壊する。やってきたのはモードレッドと冒険者達。
 彼らもパーシ達に劣らず満身創痍である。
 だが
「僕も混ぜろ! 僕だって苦労したんだからな! 解ってんのか!」
 皆、表情は輝いていた。
 それは自らに科した使命をやり遂げた者のみが持てる輝き。
 同じ輝きを放つ二人は笑顔で顔を合わせるとモードレッドに同時に手を差し伸べる。
「別に仲間はずれにしたりしないさ。なあ?」
「ああ。来い。モードレッド」
「よしっ! じゃあ、も一回やりなおしな」
 頬についた血をぬぐわれモードレッドはふくれっ面から笑顔に変わる。
 まるで兄弟のように笑いあう彼らと同じ空の下、絆を取り戻したであろう兄弟。
「さあ、皆。片付けが終わったら、食事でもしよう。ささやかな祝勝会だ」
 動き出す冒険者達もそれを見守る人々も、皆、笑顔だ。
 戻ってきた勝利の喜び。
 パン! もう一度空に音が響く。勝利を祝うかの如く。
 6月の太陽は鮮やかに眩しく、円卓の騎士とイギリス、そして冒険者の未来を祝福するように照らしていた。