【南方遺跡】預かった約束

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 70 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月22日〜07月02日

リプレイ公開日:2009年06月30日

●オープニング

 ずっと、握り締めていた。
 あの時、小さな手から託された約束。
『‥‥かみ、さま‥‥おね‥‥がい。ぼくの‥‥かわ‥‥り‥‥ま‥‥って』
「約束を果たすよ。待っていて‥‥。スプー」
 そして彼は顔を上げ、歩き出す。
 約束を果たすために‥‥。

 その少年フリード・レグザムはこう言った。
「約束を果たしに行きたいんです」
 彼の言う約束とはあるスプリガンとのものである。
 南方遺跡の一つ、その小さな遺跡はスプリガンが守護する現在に残された聖なる場所のひとつであったという。
 だが、今回のフォモールの侵略によって遺跡は血で汚され、スプリガンはデビルの手で殺され、吊るされた。
 スプリガンと友人になったフリードは、スプリガンの死を見取ることはできなかったが、その魂から約束と願いを受け取ったのだ。
「スプーは、神様を守って、と言いました。僕はその約束を果たしたい。僕の力では神様を守ることはできないかもしれないけれど‥‥、せめて神様がいるのならスプーの思いを届けたいんです」
 強く手を握り締められた彼の手の中には、スプリガンが残した指輪がある。
 それを届けたいと彼は言うのだ。
「ですが、遺跡の周りにはデビルやフォモールの残党がまだいるようです。また遺跡の中にも何があるか解りません。ひょっとしたらデビルが先行していたり、モンスターが待っている可能性とかも‥‥」
 危険もある。だが、それを推してもやり遂げたいと‥‥。
「どうか、皆さんのお力をお貸し下さい。よろしくお願いします」
 報酬はそう多くはない。危険もある。
 けれど‥‥託された約束を果たしたい。
 そう思う少年の気持ちは冒険者達にも伝わるかもしれない。
 係員は依頼を貼りだした。
 その依頼を知り動き出した者がいる事を今は誰も知らない‥‥。

「かみさま、ぼくらがまもらなくっちゃ」
 扉を睨みつけていた小さな精霊たちの小さな決意は
 ドン! グラグラグラ!
 突然襲ってきた衝撃に、あっという間に突き崩された。
「キャアア!」「ワアアッ!」「じしん? じしん?」「こわいよ‥‥かみさまあ〜〜」
 揺れる遺跡。
 頭上から伝わってくる振動、落ちる埃に彼らは皆、驚き、逃げ惑っている。
 そんな彼らを守るように大きな手が伸び、広げられた。
『落ち着け。心配はいらぬ。我はお前達を傷つけるものを決して許さぬ』
「かみさま!」「かみさま!!」
 緩やかな巻頭衣の下に隠れるように集まるフェアリー達を微かな笑みで見つめた後『かみさま』と呼ばれた男は天を仰いだ。
 彼の見つめるのは石造りの天井。
 だが彼はそのさらに上を見つめているようだ。
「誰だ。私の遺跡を壊すのは‥‥。それに、スプーはどうしたのだ?」
 どちらの問いにも答えは返らない。
「まさか‥‥スプーは‥‥」
 遺跡は揺れ続ける。
 答えを返さぬまま‥‥。


●今回の参加者

 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8121 クル・リリン(27歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3565 リリス・シャイターン(34歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●後悔の遺跡
 ‥‥思い出す。
 今から三ヶ月前のあの日のことを。
 後悔してもしきれない。
 あの冷たく冷えた手と‥‥自分の無力感。
 大切なものを守れなかった時のあの苦しみ、悲しみは今も胸を突く‥‥。

「やあ。フリード」
 数ヶ月ぶりの再会。
 親しげに名前を呼んでくれた空木怜(ec1783)に気づいたフリード・レグザムは静かに微笑し頭を下げた。
「来て下さってありがとうございます。そして僕の我が侭に付き合って下さってありがとうございます」
「我が侭なんかじゃないよ。フリード。当たり前の事だもの。君の思いは‥‥。私だって‥‥」
 静かにティズ・ティン(ea7694)は目を閉じる。
 手は胸元に。彼女とて忘れてはいない。
 三ヶ月前、同じようにフリードに請われ遺跡にやってきたあの日の事を。
「君の友達のスプリガン君が、遺跡を守って亡くなったんだよね?」
 気遣うように言うクル・リリン(ea8121)の言葉を怜もティズもフリードも、唇と共に噛み締める。
 今回参加してくれる仲間達には話してあった。
 フリードとスプリガンの友情。
 そして‥‥おそらくフリードと大切なものを守る為に命を賭けた彼はかの遺跡で魂となって冒険者を待っていた。
『‥‥かみ、さま‥‥おね‥‥がい。ぼくの‥‥かわ‥‥り‥‥ま‥‥って』
 手が届かなかった、助けられなかった命と思い。
 それを仕方が無かったという言葉で片付けることなど決してできない。
 遺された願いを叶えたいというフリードの気持ちも痛いほど解る。
「ねえ、フリード」
 だが、いつまでもそれに囚われていてはいけない。
 先には進めないということも彼女は知っている。
 だからティズは強い眼差しと真剣な目でフリードを見つめた。
「心は落ち着いていますか。感情は人を奮い立たせますが、目的を達するには向いていません。感情は心の内で奮い立たせて下さい」
 いつもの軽く可愛い口調とは違う真剣な思い。アドバイス。
「解っているつもりです。気持ちだけじゃ思いは遂げられない‥‥」
「だけど、気持ちを封じろとは言わないぜ。いざという時勝負を決めるのは気持ちだし。とにかくこれはお前さんの冒険だ。俺達はそれを手伝うだけ」
 真面目すぎる思いを心配するように鷹峰瀞藍(eb5379)は微笑してフリードの髪をくしゃくしゃと撫でた。
 子ども扱いのようであるが、ほんの少しフリードの気持ちもほぐれる。
「ありがとうございます。皆さん‥‥」
「では、急ぎましょう。時間はあるようであまり無いかもしれませんから」
 フリードの目元に微かに光ったものを見ないフリをして、アイシャ・オルテンシア(ec2418)は仲間を促した。
 空を行くチームと地上を行くチームに分かれての移動になる。
「悪いけど、先に生かせて貰うな」
 天馬の手綱を握る怜の言葉にリリス・シャイターン(ec3565)はああ、と答えた。
「事前の調査とかをして待っていて欲しい。なるべく急いで行くから」
 頷く怜とムーンドラゴンを駆るティズ。そしてフリードが先行する。
「じゃあ、出発! フリード。しっかり掴まってて!」
 急く心と共に飛び立って行った仲間達。
「辛いかもしれないけど、ちゃんと待っててくれよ」
 リリスは小さな声でそう呟いて、手綱を握る。
 空に羽ばたかず仲間と走る天馬を駆っていく為に。

 懸命に走って地上組の冒険者達が遺跡まで辿り着いたのは三日目の事であった。
 正確には遺跡近くのベースキャンプ。
 そこで、先行した仲間達が待っていた。
「お待たせしました。どうでしたか?」
 駆け寄ったアイシャに怜の顔もティズの表情も苦しげだ。
「何か、あったの?」
 気遣うクルに
「あれを‥‥」
 それだけ言ってフリードは右手を握り締めたまま、後ろを指差した。
 指差された木々の間をそっと覗き込む冒険者達。
 彼らも息を呑む。
「うわっ! デビルが遺跡を壊してるよ!」
 そこには多くのデビル達が楽しげに、遺跡を壊していたのだ。
『ギギャギャギャギャ』
 体当たりして柱を崩そうとするインプ。柱の上によじ登り上の飾りを壊そうとするグレムリン。
 殆どが雑魚程度のデビルであるがそれを楽しげに見つめている最奥のデビルは少し違った雰囲気を纏っている。
「あれがボスっぽいね。でも、数が多いなあ‥‥」
 1、2、3と数えるクルの言うとおり。
 歴戦の勇者であるティズと怜が突入を見合わせたのはあの数にある。
「50は超えている。100はいない、というところか。後でもう少し詳しく見てきてやるよ」
「本当は‥‥先に片付けたかった」
 瀞藍の言葉を聞きながら怜はぽつりと小さな本音を吐露する。
「前のことが今もちらついてる‥‥。ゆっくり行く気も待つ気にもなれなかったから」
「怜さん‥‥」
 アイシャは改めて思い知らされた気分だった。
 救えなかった命がどれほどあの依頼に参加した冒険者達に重かったかを‥‥。
「でも、こうして皆揃った。後は、早く片付けるだけだよ!」
 明るく笑いかけるクルに、冒険者達も気持ちを切り替える。
「ああ、そうだな。ささっと済ませて蹴散らそう」
「そうそう。僕達の目的はこんな事じゃないんだからね。忘れてないだろう? フリード」
 怜の目の輝きを確かめてからクルは、もう一人にも確認する。
「スプーの‥‥思いを届ける」
 その言葉に安心できた。
 彼らの仕事の柱は緩いではいない。
「よしっ! 行動開始。夜までに片付けちゃお!」
 動き出す七人の思いは一つだった。
 もう二度と、この遺跡に後悔は遺さない。と。

●開かれた道
 敵デビルの数は約70体。
 遺跡に対して破壊の限りを尽くしている。
「奇襲&強行突破でいいね」
 ティズは仲間達の目を見ながら確認する。
「ああ、それでいいと俺も思う。全体を調べてみたが、どの敵も一体一体なら大した事は無い。囲まれさえしなければあんたらの敵じゃないだろうさ」
 俺達のと言わないのは彼なりの謙遜だろうか。
 瀞藍の笑みを受け止めてティズは剣を握り締めた。
「初撃は任せて貰えるかな? ライトニングサンダーボルトでデビルが集まってるところに穴を開けてあげるから。勿論、遺跡にはなるべく傷をつけないようにする」
「僕は矢で援護するよ。そこに二人が飛び込んで、戦線を切り開くのが一番簡単で、かつ確実な方法だと思うよ」
「ああ、援護は任せておいて貰っていい。空の敵の対応も、だ」
 仲間達の言葉にティズは頷く。
「うん、その辺は信頼してる。でも‥‥」
 心配そうにちらりと横を見るティズの視線に気づいたのだろう。
 見られた相手、フリードは大丈夫です。と微笑みを返した。
「僕も、自分にできることをします。大丈夫です。怒りに任せて飛び込んで行ったりしません。僕ひとりじゃ何もできない。だからこそ、自分にできることをしなければならないんだって教わりましたから‥‥」
 大事な人から託された弓を撫でながらフリードは答える。
 少し寂しげな表情ではあるが、やはりその眼に迷いはない。
「私がフリードさんの護衛につきます。必ずお守りしますから。我が主とこの剣にかけて」
 アイシャの言葉も抱きしめるように受け止めて、ティズは一度、目を閉じた。
 そして再び開いた時には、もう強い騎士の眼差しで敵だけを見つめていた。
「了解。じゃあ、行こう。最初にリリスとアイシャが呪文を敵の真ん中に打ち込む! そこに私と瀞藍が飛び込んで敵を切り開く。空からの攻撃はクルと怜が防いで。フリードも援護、期待しているから!」
「はい!」
「任せておけ」
「頑張るよ!」
「あいつらにこれ以上この遺跡を汚させたりしない」
「我が剣にかけて」
「不浄を払え‥‥我が雷よ!」
 リリスの呪文が生み出され、練られ放たれる。
 地上を雷が走った瞬間!
 薄桃色の光を纏った騎士と、銀の忍者が驚きに一瞬動きを止めた闇の使いの間に飛び込んで行った。
 
 デビル達と冒険者との戦いは想像以上に厳しい戦いとなった。
 事前に調べ把握したとおり、一匹一匹のデビル達の力はそれほど問題ではなかった。
 だが、数がやはり多かったからだ。
 タリスマンで結界を貼り、多少動きを鈍らせても次から次へとデビル達は、怯える事無く冒険者達に襲い掛かってきた。
『いけ! 邪魔をさせるな!』
 ボスらしきデビルが命じた事もあるだろう。
 次から次、次から次。
「おっと!」
「大丈夫? 瀞藍? リリス! 怜! グレムリンがいるよ。下がって」
 一撃離脱を繰り返していた瀞藍も疲れが溜まってきているようだ。
 グレムリンに足を捕られ転びかけた瀞藍。駆け寄り足元を切り裂いたティズに彼は軽く肩を竦め笑うと、リリスと三人背中を合わせた。
「すまなかったな。今はまだ大丈夫だ」
 続くデビルの攻撃は絶える事無く、ティズと瀞藍、リリス、そして怜
 前線で闘う三人を疲労させていく。
「‥‥ようやく、デビルも目に見えて減ってきたしな」
 瀞藍の言うとおり周囲の敵は、もう両手で数えられるまでに減ってきている。
 その半分以上は四人の剣の下に倒れた。
 残りの半分は、自らの役割をしっかり果たした後衛の仲間の弓と魔法である。
 言っている間に彼の頭上に白い矢が放たれた。
『うぎゃああ!』
 響く悲鳴と地面に落ちるデビル。
「うん! 援護射撃も効いてる。あと、もう一息だよ」
 ティズが言ったその時だった。
「! 見て! デビルのボスがいない!!」
 リリスが声を上げて指を指す。
 気がつけば確かにさっきまで柱に背をつけて、笑いながらこちらを見ていたデビルが‥‥いない?
 四人は首を回すが、姿はどこにも見えない。
「まさか‥‥逃げた‥‥って、わっ!」
「えっ? なんだ?」
 突然膝をついたティズに二人は駆け寄る。
 腕を押さえるティズ。その下は炎で紅く焼かれていた。
「いきなり目の前に炎が! 手で押さえるのがやっとで‥‥。一体どうしたんだろ?」
「透明化してるのかもしれない。さっきのグレムリンみたいに姿を消しているとしたら‥‥」
『そうだ‥‥。よくもやってくれたな。だが、私をお前達は倒せまい! 姿が見えないのだからな』
 どこからともなく聞こえてくる笑い声に、冒険者達は手を握り締めた。
 姿を消したデビル。
 怜は唇を噛んだ。石の中の蝶は激しく揺れている。
 直ぐ側にかなり強いデビルが要る証拠である。
 だが、見えない敵が具体的にどこにいるのか。
 知る方法が無い。
 さっきのグレムリンのように見当だけで斬り付けるのは危険に思えた。
「せめて、場所がはっきりと解れば‥‥」
 怜の小さな呟きにティズは軽く目を閉じ微笑むと
「頼んだよ!」
 いきなり前に向けて飛び出した。
「ティズ!」
 そして剣で空中を斬りつける。右に左に‥‥。
『馬鹿め! 気でも狂ったか?』
 あざ笑う声と共に、また空中に魔法が現れる。
 それこそが、ティズの狙い、冒険者の待っていたもの。
「あそこだ!」
『何?』
 瞬間、弾ける様に冒険者達は走り出した。
 怜は聖なる杭を持ち直して構え、リリスと瀞藍は剣を大きく掲げた。
 頭上にはシュン! シュン!
 音を立てて矢が放たれ、デビルの頭上逃亡を封じる。そして放たれたライトニングサンダーボルトが見えない空中に向かい、そして吸い込まれるように消えた。
『ぐあああっ!』
 姿を現すデビル。
『何故だ! 何故私の居場所が‥‥』
 質問の答えをデビルは最後まで知ることは無かった。
 ティズを含めた冒険者達の渾身の攻撃。それがデビルの存在を斬り捨てたからだ。
『‥‥さま、お許し‥‥を‥‥』
 断末魔の悲鳴を残し、デビルは消失した。
 残りのデビル退治は半刻も経たずして終わり、その日の夜、遺跡は暫くぶりに静寂の中で眠りについたのだった。

●古き神との出会い
 翌朝、冒険者達は改めて邪魔者のいなくなった遺跡を調査し始めた。
 ティズと怜、そしてフリードが遺跡の端に埋めたスプリガン、スプーの墓に手を合わせている間に瀞藍とクルが中心となって入り口や何か変わったものが無いか調べていた。
「何か解った?」
 そう問うティズにクルは横に首を振り、遺跡の中央。小さな祠を指差した。
「遺跡そのものは優美で綺麗だけど、特に仕掛けは無いみたいだ。だから、何かあるとしたらやっぱりあそこだと思う。あの中央の祠の扉」
 瀞藍が注意深く調べている祠とその『扉』には、複雑な文様が刻まれている。
 ケルト風の文様だろうか?あまり見慣れない模様であった。
 そして2mはあろうかという二枚岩が合わさっているように見える扉にはやはり文様が刻まれ、ピッタリ一部の隙もなく閉ざされている‥‥。
「ダメだな。ナイフの刃すら入るスペースが無い。どうすればいいんだか」
 前後左右、上からまで調べた瀞藍がお手上げと言うように肩を竦めた。
「合言葉、とかだと門番のスプー君がいなくなった今は難しいね。フリード君、何か聞いてはいない?」
「合言葉‥‥。いえ、何も聞いていません。僕が預かったのはこの指輪だけ‥‥だから」
 フリードが手のひらを差し出す。
 扉と似た文様が掘り込まれたその指輪を怜は丁寧に取ると、注意深く見つめた。
 そしてもう一度扉を見る。
「あれ? ひょっとして‥‥?」
「どうしたの?」
 ひょこっと覗き込むように近づいたティズの横をすり抜け、指輪を持ったまま、怜は扉のもっとも高いところを指差す。
「あそこに穴があるようには見えないかい」
「穴?」
 そういわれればそうかもしれないが‥‥、細かい文様その他で地上からは良く見えなかった。
「じゃあ、それ貸して? 試してみるよ」
 怜から指輪をうけとったクルはバックパックからフライングブルームを取り出すと、跨り浮かび上がった。
「天馬とかドラゴンよりもゆっくり見るにはこっちの方がいいからね」
 そしてクルは言葉通り扉の上部を何度も、何度も調べ見た。
 確かに一箇所、不自然にあいている穴がある。
 穴というより円形の線で、クルはそれと同じ形のものを持っていた。
「これが鍵ってことかな? よーし!」
 指輪を摘み、スプリガンの指輪を穴に嵌める。
 その時だった。
「うわっ? 何?」
 微かな振動が、遺跡にいる冒険者達の身体に伝わる。
 それと同時にあれほど重かった扉が、左右に開いていき‥‥
「うわっ! すごっ!」
 クルが再び地上に降りたときには、遺跡のおそらく地下に続く通路が大きく口を開いていた。
「やっぱり、あの指輪が鍵だったんだな。スプーは君に遺跡の鍵を託していたんだよ」
 ぽん、怜が優しくフリードの背中を叩いた。
「多分、あの場所はスプリガンが大きくなった時の身長と同じくらいだから君なら解ると信じていたんだと思うよ」
「はい‥‥」
 涙ぐむフリードに瀞藍も髪をくしゃくしゃと撫でながら微笑む。
 足元に落ちていた指輪を拾って握らせて。
「ほら、泣いてる場合じゃないぞ。早く行って『神様』に会うんだろ?」
「はい!」
 目元を手でぬぐってフリードは前を向く。
「私はここで入り口を守ってる。さあ、行って来て」
 リリスに促されて冒険者達はフリードと共に地下へと降りていった。
『神様』に繋がる道を‥‥。

 遺跡の道は一本道。
 冒険者の気が抜けるほど真っ直ぐに道は進んでいた。
「罠や、仕掛けはなさそうだが‥‥ん?」
 足を止めた瀞藍。
「どうしたの?」
 と言いかけたクルもどうやら同じものに気がついたようだった。
「どうしたの? 何かあったの?」
 続けて気づいていく冒険者達。
 自分達の視線の先を過ぎっていった、あれは、一体?
「うわあっ!」
 最初に声を上げたのはティズだった。
 頭の上にいきなり小さな何かが、ダイビングタックルをかましてきたのだ。
「な、何? 一体?」
 ひょいとティズは頭の上のそれを掴み取る。
「はなせ! はなせ?」
「エレメンタラーフェアリー?」
「ティズさん! 見て下さい! あれを!!」
 アイシャの指差す方向を見て、ティズは驚いた。
 気がついてカンテラを掲げたフリード、その照らす先には空中に、通路をたくさんのエレメンタラーフェアリーが埋め尽くし、こちらを睨んでいたのだ。
「おまえたち? どうしてここにいる?」
「いるの?」
「ちがう。来てダーメ」
 髪の色も、外見も様々なフェアリーたち。
「うわっち!」
 小さな悲鳴を上げたのは怜だった。フェアリーの一匹が炎の魔法を投げたのだろう。
 風の魔法で髪の毛を乱されたり、地の魔法で落とし穴に落とされたり。
 彼らの攻撃方法もまた様々だった。
 だが一つ、同じなのは
「入っちゃダメ」
「かえれ!かえれ!」
「ここはかみさまのおうち!」
 冒険者を先に進ませまいとする必死の思いだった。
 先に進むのは簡単である。彼らを蹴散らして進めば良い。
 デビル退治よりも遥かに楽である。
 だが、それをしようとするものは勿論、誰一人いなかった。
「うーんとね。いいかな?」
 ティズはくしゃくしゃになった髪を手で撫でながら膝を折った。
 妖精たちとはこれでも視線が合わないが‥‥精一杯、視線と思いを合わせて語りかける。
「あのね。私達は神様を怒らせに来たわけじゃないんだよ。神様に会いに来たの。デビルからこの国を守るのに力を貸して‥‥って」
 ぴたり、フェアリーたちの動きが止まる。
「ホント?」「ほんと? ほんと?」「かみさま、いじめない?」
「本当だよ。もちろん、神様をいじめたりもしない。君達を困らせるようなことは絶対にしない。約束するよ。ね、みんな?」
 振り返るティズに、冒険者達は皆、心からの同意の笑みで頷く。
 そして、その横にフリードも一歩進み出て、膝を折ったのだ。
「君達は、スプーを知ってる? 僕はスプーの友達だったんだ。この指輪を神様に返して、スプーの言葉を伝えたい。どうか、神様に合わせて欲しい」
 心の篭ったお辞儀に戸惑うように首を傾げるフェアリー達。真剣に心配する冒険者達。
 その上に
『話を聞こう。人間達よ』
 深い声が振った。暗闇の奥から。
「かみさま!」「かみさま、いいっていった!」「どうぞ、どうぞ」
 フェアリー達が左右に道を開く。
 奥に続く一本道。
 再び開かれたその道を進んで、冒険者達は歩いていった。

 道の最奥。
 扉を開けた先に、一人の男性が立っていた。
『よく来たな、とは言わないでおこう。冒険者達よ』
 狭い部屋だったことを差し置いても見上げる巨体。
 ジャイアントと見まごう体躯は周囲のエレメンタラーフェアリーと比べるとさらに大きく、クルとは倍に近い身長に思えた。
 外見は中年の男性、緩やかな巻頭衣を身につけ、手には装飾を施した金槌を持っている。と分析できたのは後のこと。部屋に入った冒険者達はその場で全員が膝をついた。
 目の知性。
 そして震えるような魔力。
 一目で彼が、スプーの言うこの遺跡の『神様』であることが解ったからだ。
「お初にお会いするのがこのような形で申し訳ございません。私はティズ・ティンと申します。貴方様にお会いする為に参りました。今現在の状況をご存じでしょうか。このままではこの国の民はデビルの脅威にさらされます。どうか貴方様のお力をお借りできませんでしょうか?」
 騎士として丁寧な礼をとり頭を下げるティズの言葉を、目の前の『神』はスッと手で制した。
『その話よりもまず先にお前達に聴きたいことがある。どうやってこの遺跡に入った。この遺跡に入るには門番の許可が必要だ。だが、開かれた扉の先にもお前達の中にも、それはない‥‥。答えよ‥‥』
 震える声が苛立ちと思いを伝える。
 確かに最初に伝えるべきことであった。緊張する思いを必死に抑えて、怜が頭を下げる。
「お許し下さい。スプー、門番のスプリガンはデビルによってその命を絶たれました。我々は彼から託された指輪によってこの遺跡に入ってきたのです」
 怜が説明した瞬間、それは起こった。
 今まで温和に見えた『神』が突然、怒りを全身に纏ったのだ。
 周囲の精霊達も怯えるように身を固める。
 燃える炎のような怒りが、『彼』を包み込んでいる。
『我が信頼する門番が、死んだというのか? お前達はそれを守ることもせず、みすみす死なせたと言うのか!』
「うわああっ!」
 突然『神』は手に持った金槌を頭上に振り上げ、冒険者に向けて打ち下ろした。
 とっさに直撃は避けたものの小さくない衝撃が冒険者達を襲う。 
「何ですか? 一体?」
 フリードを背中に庇い、狂化しそうになるのを必死で押さえながらアイシャは目の前の『神』を見る。
 彼の怒りの思いが身体から吹き上がってくるのが見えるようだ。
「彼は、スプーを失ったことを本当に怒って、そして悲しんでるんだ‥‥」
 ティズは吐き出すように呟く。一撃一撃、振るわれるごとに伝わってくる金槌の風は、確かに冒険者にそれを伝えている‥‥。
「フリード。行け!」
 抜きかけた剣を腰に収めて瀞藍はフリードにあごをしゃくった。
「お前が話をするんだ。約束したんだろう?」
「でも‥‥彼は話を聞いてくれるでしょうか? スプーを守りきれなかった僕なのに‥‥」
 指輪を見つめるフリード。怯えているわけではないが、胸に苦しみがこみ上げてきているようだ。
 それを知った上で瀞藍はフリードの肩を叩く。
「聞いてくれないかもしれないな。だがすぷーはお前さんの友達だったんだろう?
その上司にどう言うことが起こったか、どうやってすぷーと友になったか、思ったことを話した方が良いと思うぜ。託されたのはお前さんだ。それが一番だと思うぜ」
 彼だけではない。
「そうだね。僕達がサポートするよ。ちゃんと話をしなくっちゃ」
「言葉を飾る必要は無い。ただ、君の誠実を、思いを伝えれば良い」
 クルの言葉に怜の思いに、ティズ、アイシャも頷く。
 フリードは彼らの心を手の中に指輪と一緒に握り締めると、
「はい!」
 大きく頷いた。 
 そして再び振り下ろされようとする金槌の眼前に、躊躇う事無く一歩、踏み出したのだ。
『神』の攻撃の手は止まった。
『?』
 冒険者五人が守るように中央の少年を取り巻いている。
 攻撃を仕掛けてくるか、一瞬動きを硬くした『神』だったが、冒険者達は膝をつき少年は指輪を高く掲げたのだ。
『それは‥‥スプーの』
「スプーは最後まで貴方のことを心配していました。『神様を守って』それがスプーの最後の言葉です!」
「俺達が、スプーを守りきれなかったのは事実だ。そのことについては詫び様も無い。だが、彼の思いは受け取って欲しい。最後まで貴方の事を心配していた彼の思いを‥‥」
「そして、できるなら、力を貸して下さい。いきなりお願いするのは虫のいい話かも。でも! 闇の力が人を押しつぶそうとしています。フォモールはバロールを目覚めさせようとしているそうです。このままにしておけば、第二、第三のスプーの悲劇が繰り返されてしまうから」
 クルは命の水晶を差し出した。
「たくさんの人が祈っています。大事なものを守りたいと。どうか‥‥お願いします」
「かみさま」「かみさま!」
 冒険者達の真っ直ぐな思いが通じたのだろうか?
 今まで怯え、身を潜めていたフェアリー達が『彼』を止めるように足元に集まっていく。
 それを見て『彼』は、静かに金槌を下ろした。
『私にも、守りたいものはある‥‥。デビル達を放っておくわけにはいかぬ‥‥な』  
「かみさま!」
 穏やかな笑みで冒険者を見つめる『神』
 その眼差しに冒険者は、依頼の一つの完了を知った。
 スプーの思い、願い。それを届けることができたのだ。
 と‥‥。
 
●託された思い
「う〜ん、これ、重いよ。やっぱり僕には使えないなあ。誰か、使ってくれる人を探そうか?」
 遺跡からの帰路、クルは遺跡の神から貰った剣を両手で抱えながらそう息をついた。
『我が名はゴヴニュ。鍛冶と炎、そして建築を司る者である』
「建築の神様、か。だからこの遺跡、良いセンスしてたんだな。ああ、これはお世辞じゃないぜ。騒がせちまってすまなかったな」
 瀞藍の賛辞に苦笑に近い形の笑みを浮かべた遺跡の神ゴヴニュは自分がかつてこの地を守っていた古代の神の一人であること。
 新しい時代と神に居場所を譲り眠りに突いた事を、静かに冒険者達に語った。
『人は我を求めなくなった。故に、我らは眠りについた。いつか、必要とされる時までな。今、我らはこうして目覚めた。我の力は必要か?』
 指輪を嵌め、手の中の祈りの水晶を転がしながら問うゴヴニュに
「必要です。他の神々や天使も目覚め、動き始めています。改めて、どうか力を貸して下さい。お願いします」
 真摯な思いでティズは頭を下げたのだった。仲間達もフリードも。
 冒険者達の祈りにも似た願いと眼差しを受けて彼は目を一度閉じたあと、優しく開いて微笑んだ。
『お前達の思いは解った。スプーもきっと同じ心を感じたからこそ、お前達に我らを託したのだろう。力を貸そう、冒険者。我ができることであるならな‥‥』
「ありがとうございます!!」
「よかったな。フリード」
「はい!」
「よかったね。「よかった。よかった」
 飛び跳ねるように喜ぶ冒険者達を、周囲のフェアリー達は真似ている。
 それを眩しげに、愛しげにゴヴニュは見つめていた。

 そして手に嵌めた指輪を見ながら、怜はフリードに問う。
「この指輪、本当に俺が預かっていいのか?」
 スプーの形見だろう? そう眼差しで告げる怜にフリードは静かに頭を振った。
「いいんです。ゴヴニュ様も貴方にとおっしゃっていたし、スプーの形見はこの胸にしっかりと残っていますから‥‥」
 胸に手を当ててフリードは目を閉じる。
 その顔に怜はもう何も言わなかった。
「でも、大丈夫かねえ。あのままあそこにいてさ?」
 心配そうに瀞藍は振り返る。それは冒険者も同意である。
「できるなら、場所を変えたほうがいいぜ。デビルがまた襲ってくる可能性もある」
 だが冒険者の説得を静かに退け、ゴヴニュは精霊達とあの遺跡に残ると言った。
『我が門番が命がけで守った我が家。目覚めた以上、我が必ず守る』
 そうゴヴニュが決めた以上、冒険者達が言うことは何も無いだろう。
「何かあったら呼んで下さい」
『ああ。お前達も必要があるならいつでも来るが良い。できる限り力になろう。我が名とスプーにかけて』
 リリスの言葉に微笑んで頷いたゴヴニュとフェアリー達に見送られ、冒険者達はキャメロットへの帰路に着いた。
 古代の神を目覚めさせ、力を借りることができた。
 文句なしにこの依頼は大成功だったと言えるだろう。
「‥‥これで、スプーも安心して眠れますよね‥‥」
「うん、よくやったと思うよ。フリード」
 ティズは震えるフリードの肩に気づいて、微笑むと仲間達に気づかれないようにそっと、引き寄せた。
 この依頼に参加できなかった仲間のように、ずっと我慢をしていた少年の強がりを、愛しげに抱きしめて。

 かくして一つの遺跡は開かれた。
 全ては終わったわけではない。
 けれども託された約束は確かに届けられ、新たなる約束へと繋がった。
 失われた命に誓った約束はきっと冒険者を照らすことだろう。
 未来への約束となって‥‥。