【幸せの味】苺色の花嫁

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月30日〜07月05日

リプレイ公開日:2009年07月08日

●オープニング

 六月はジューンブライドと言われている。
 曰く六月に結婚したものは幸せになれると。
 勿論言い伝えにしか過ぎないことではあるがそれでも多くの者が六月を自分達の新たな旅立ちに選ぶ。
 大切な人と、少しでも幸せを掴める様に、と‥‥。
 そして、ここにもそんな恋人同士が二人。

「結婚式までもう少しだね。エレ‥‥」
「ええ。夢のようだわ。リオン‥‥」
 リオンとエレ。
 どちらもキャメロットに店を構える食料品店の子。
 愛し合う二人は、周りの全ての人に祝福され、まもなく夫婦となる。
「一緒に幸せになろう」
「二人で素敵な店を作りましょう。ここで食事をすれば皆が幸せになれるような‥‥」
 結婚と同時に独立し、新たな店を作ると言う二人。
 その結婚式はごく普通のものであるが、パーティは特別なものになるという。
「でも、二人とも‥‥本当に新郎新婦がパーティの料理を作るつもり?」
 問われた二人は問うた小さな友に、
「ああ」「ええ」
 異口同音で頷いた。
「新しい店のデモンストレーションもかねて。招待客だけじゃなく、通りがかった人たち皆にも食べ物を振舞えたらって思ってるんだ」
「私たちの新しい旅立ちをたくさんの人の美味しい笑顔で祝福してもらえたらそれ以上の喜びはないわ」
 まったく裏の無い心からの笑顔に少女は、小さくため息交じりの、でも優しい笑みで息を吐き出し、頷いた。
「いいわ。それも貴方達らしいかもしれない。でも、またお金無くなるわよ」
 ませた少女の鋭い一言に苦笑しながらも、二人の笑顔は消えることは無い。
「「ナナも絶対来てね。待っているから」」
 二人の言葉に見送られて、家を出た少女は、ふと、何かを思い出したように足を家とは反対方向に向けた。
 花嫁、花婿の実家と、そして‥‥

 ここは冒険者ギルド。
「美味しくて、皆が驚くような料理を作りたいの。手伝って貰えない?」
 やってきた少女の依頼は、冒険者ギルドにはあまり似合いのものである、とは勿論言えない。
「どういう意図か聞いてもいいか?」
 確認の意味で問う係員に依頼人の少女ナナは頷き応えた。
「あのね。もう直ぐ、私の友達の結婚式があるの。その二人は料理人でね。とっても美味しい料理を作るのよ」
 新郎の名はリオン、新婦の名前はエレ。どちらもキャメロットの食料品店の子であるという。
 ナナ自身もある食料品店の娘。
 商売敵でもあるが、いろいろと世話になった二人であり、大事な友達。祝福してあげたいと言う。
「でもね。その二人根っからの料理人でね。結婚式の後二人で料理を作って、招待客やたくさんの人に振舞うつもりなんだって言ってたの。せっかくの結婚式だって言うのに」
 ‥‥そこがいいところではあるんだけど。
 微笑したナナはそれで、と話を続ける。
「それで、私ね、二人に何かプレゼントをあげたいと思ったの。二人がびっくりするような美味しくて素敵なお菓子を。‥‥でも、私あんまり料理上手じゃないから‥‥」
 勿論人並みにはできる。
 けれど、これから新しく料理屋を作ろうという二人に迫れるものでもない。
「だから、冒険者にアイデアを出して欲しくて‥‥そして、一緒に作ってもらえたらなお嬉しいですけど」
 幸い、時期はいい、と彼女は言う。
「これから、新鮮なベリーが出るシーズンだから。自分で取りに行ってくれれば、ラズベリー、カラント、ブルーベリーは使い放題、食べ放題よ。砂糖も‥‥少しは出すし、胡桃や木の実も乾物ならあるわ」
 他に卵、牛乳、小麦粉くらいなら自由に使えるようにするとナナは言う。
「お願いよ。せっかくの結婚式だもの。二人に素敵な思い出作ってあげたいから」
 かくして依頼は貼りだされた。
 少女の願いと共に。

●今回の参加者

 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec6696 カラ・カラ(20歳・♂・神聖騎士・パラ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○秘密の準備中
 リオンとエレ。
 新たに結婚すると言う二人の名に尾花満(ea5322)は覚えがあった。
「リオン殿、遂に結婚か。しかも相手がエレ殿とは‥‥目出度いな」
 リオンとは料理コンクールで共に競い合った仲。
 エレとも面識がある。優しくて思いやりのある娘だ。
「嘗て料理の腕を競い合ったライバルとして、そして一人の料理人として心から祝福させていただこう‥‥。さて、時間はあるかな?」
 結婚式まであと数日ある。
 できるなら、自分にとって最高の料理で祝いたい。
「こちらは彼らに任せておいて大丈夫だろう。では、急ぐか‥‥」
 呟いて、彼は不思議な光の中に足を踏み入れた。

 夏の緑は日ごとに濃さを増している。
 真っ直ぐな日差しが輝く中
「あ、ここにもありましたよ。うん、いい色です」
 森ではこんな楽しそうな声が響いていた。
「ほら、もうこんなに採れましたよ。ラズベリー」
「どれも真っ赤で美味しい奴よ」
 籠に集まった早生りの夏果を嬉しそうに見せるサクラ・フリューゲル(eb8317)と依頼人の少女ナナ。
 彼女らの横で同じように実を摘んでいたアルテス・リアレイ(ea5898)は優しい笑顔を見せた。
「いい感じですね。こちらもだいぶ集まってきました。もう少し頑張れば十分な量になるのではないでしょうか?」
「ええ。そしたらブルーベリーの方に行きましょう。先に摘んだカラントが痛まないうちに」
 初夏の太陽はじんわりとした暑さを木陰で働く冒険者達に与えている。
 汗で微かに塗れた髪を掻き分けながら、
「でも、こういうのもいいものですね」
 アルテスは心からの笑顔でそう言った。
『結婚式。それはおめでたい事ですわね♪』
 もうじき結婚式を迎える友の為に、お菓子を贈りたい。
 そう願うナナの優しい思いに応えたいと思ったのが依頼を受けた理由の一つであるが、本来ならこうして実を採取する必要までは実は無かった。
 ジャムを使ったり、既製品を加工したり。いろいろ方法はある。
 でも‥‥今回はそれでは意味が無いのだ。
「時間の余裕がある限り手間をかければかけるほど‥‥作ったものに想いはつまるはずですからね。うん」
 ナナは頷いた。心からの祝福をお菓子と共に贈る為に。
「材料が揃いましたら、一緒にお菓子作りに入りましょう。私もお手伝いいたしますわ。尾花さんがお戻りになられるまでにいくつか形にできるようにしたいですわね」
「うん、よろしくお願いね」
 彼女達の笑顔を見つめながら、アルテスはぱくん、と一つ。採れたての果実を口に入れた。
「甘い実の味って、何だか恋心に似てますよね」
「えっ? なんですか?」
 口いっぱいに広がる柔らかい甘さ。そしてほんのりと残るすっぱさ。
「なんでもありません。なんとなく、です。‥‥さあ、仕事を進めてしまいましょう」
 微笑んだアルテスに首をかしげながらも、少女達はまた笑顔で果実採りに戻っていった。

○結婚式前夜
 そしてナナの家。
 甘い匂い広がるキッチンにて
「さて、どんな風に作りましょうか? 僕も人並みには作れますのでお手伝いしますよ」 
 アルテスは服の腕をまくった。その言葉に少し考えた風だったサクラはやがて何かを思いついた風に微笑むと
「尾花さんがお戻りになるまでいろいろ作ってみましょうか?」
 そう、ナナに声をかけた。
「はい!」
「やっぱり、この新鮮なベリーを使ってお菓子を作るのがいいと思います。クッキーなどはいかがですか? ベリーを混ぜて作れば、とっても美味しくなりますよ」
「それを下地にしたパイなどもいいかもしれませんね。どうですか?」
 二人の冒険者の提案に、少しナナの表情は硬い。
「確かに美味しいと思うけど、なんだかありきたりじゃない?」
 普通のお菓子なら新郎新婦の方が上手である。自分が望むのは二人の思い出になるお菓子。
 そう目と態度が言っていることに気づいてサクラは小さく微笑むと、ナナと視線を合わせた。
「ナナさん。ナナさんが自分で作れるお菓子であることが大事です。それに、工夫次第でクッキーやパイでも素敵なものは作れると思いますよ。例えば、こんなのはどうでしょう?」
 囁かれたサクラのアイデアに、ナナの表情がパッと明るくなる。
「それ! ステキかも! やってみる!」
「それじゃあ、さっそく作ってみましょう。まずは粉をふるうことから。アルテスさん、卵の用意をお願いできますか?」
「任せて下さい」
 動き始めたキッチン。
 そこにやがて
「遅くなってすまなかった」
「あら、尾花さん、お帰りなさい」
 三人目の冒険者、もとい料理人が戻ってくる。
「だが面白い食材を持ってきた‥‥どうだろうか?」
「この材料で、どんなものができるか‥‥楽しみです」
 四人のキッチンでの準備は、その夜遅く、いや正確には次の朝まで続いた。
 結婚式の朝まで‥‥。

○満開の花畑
 その日、晴天に恵まれたキャメロットで二人の挙式は執り行われた。
「汝はこの女性を妻とし、健やかなる時も悩める時も共にあることを誓うか」
「誓います」
「汝はこの男性を妻とし、健やかなる時も悩める時も共にあることを誓うか」
「誓います」
 拍手と笑顔、花と光に祝福された結婚式は速やかに終わり、やがて披露宴となる。
 新居の店。
 その全席のみならず、店の前の広場まで料理に溢れた披露宴が。
 ちなみに料理を作ったのは全て、新郎新婦である。
「この度はおめでとう」
「あ! 貴方は!」
 準備を終え、宴席に戻った二人に満は挨拶をする。
「良い式だ。お二人の人柄が良く現れている」
 手に荷物を抱え、同行の冒険者二人を紹介した。
「こちらはサクラ殿とアルテス殿。サクラ殿は拙者と妻の知己でな‥‥是非に祝いたいと言うので一緒に来てもらった」
「尾花さんの友人でサクラ・フリューゲルと申します。どうぞよしなに‥‥。今回はおめでとうございますね。お二人にセーラ様の祝福がありますように」
「ご結婚おめでとうございます」
 優雅に挨拶をする賓客を花嫁と花婿は最高の笑顔で迎えた。
「「ありがとうございます」」
「妻からも『お幸せに』と言づかって居る。これは、拙者からの祝いの品だ。受け取って頂けるとありがたい」
「まあ!」「なんでしょうか?」
 頭を下げた二人は満に許可を得て中身を見せて貰った。
 丁寧に包まれた荷の中身はラブスプーン二本と不思議な文字の描かれた‥‥紙?
「あら?」
「それはジャパンのまじないの一種でな。家に貼っておけば災いを避けられると言われて‥‥なにか?」
「おやおや? ‥‥あ。とても嬉しいです。ありがとうございます」
 二人の笑いの意味がわからず、首をかしげる満は、だが、サクラとアルテスに突かれて、本題を思い出した。
「それからもう一つ、プレゼントがある。拙者達から、というより二方の大事なご友人から‥‥」
「えっ?」
 驚く二人の前に、大きな布をかけた盆を持った少女がゆっくりとやってきた。
 注意深く、料理を崩さないように気遣っているのが解る。
「ナナ?」「どうしたんだい?」
「リオン、エレ。結婚おめでとう。これは、私と冒険者からのお祝いのプレゼントなの」
 言葉と一緒にナナは盆にかかった布を取る。
「わああっ!」
 人々から歓声が上がった。
 花嫁、花婿は言葉も無い。
「綺麗!」
 盆の上には見事な花が咲き誇っていた。
 様々な花の形に焼かれたクッキーは色とりどりのジャムや乾物のフルーツなどで飾られ、まるで本当の花のよう。周囲には蝶の形のクッキーも踊っている。
 小さく丸く焼いたパイも紅白餅も花の形だ。
 そして盆の中央には薄紅色と白の丸い饅頭が二つ並んでいる。
 饅頭を置いた台はパイ生地で作られた花の形。
 満開の花と、祝福の想いがそこにあった。
「なんて‥‥ステキ」
 頬を紅色、いや苺色に染めたエレは盆をサクラとアルテスに任せたナナに駆け寄り、強く抱きしめる。
「ありがとうございます。冒険者の皆さん、ありがとう‥‥ナナ」
 リオンもその小さな手をしっかりと握り締めた。
「今日のこの日と、このお菓子。絶対に忘れないわ」
 抱きしめられたナナが、この時どんな顔だったか。
 背中を向けていたので冒険者達は見る事は無かった。
 ただ
「ありがとう。冒険者!」
 ナナがそう言い振り返った時の笑顔は、最高の美しさであったから、それ以上のものであったのだろう。
 きっと‥‥。
 冒険者は長く、そう思うだけで心がときめくのを感じていた。

○幸せのはじまり
 宴は夜遅くまで続いた。
「お二人を祝福する歌を歌います。よければナナさんもご一緒に如何ですか?」
「では、僕も笛を吹きましょう」
 頷いたサクラはリオンの努力や、エレの優しさを歌い言葉通りの祝福を二人に贈った。
「デビルは互いを信じあう心というものを苦手としているようですし‥‥そういう意味では、本当に愛は平和をもたらすのかもしれませんよ?」
 添えられたアルテスの言葉に、二人はしっかりと手を握り合い、頷く。
 その後はナナと誰もが知っている古謡を歌い、いつの間にか人々はそれに合わせて踊り始めた。
 花嫁や花婿も通りすがりの人まで巻き込んで‥‥宴は夜遅くまで続いたという。

 そして翌朝。
 冒険者に残ったものは祝い酒と新鮮なベリーのジャム。そして‥‥
「なるほど。な‥‥」
 引き出物のラブスプーンが一本ずつ。
 微笑みながら満はそれを大事そうにポケットにしまった。
 形に残るものは僅かであり、いずれ壊れることも無くなる事もあるだろう。
 でも永遠に残るものはあると冒険者は知った。
 ナナの笑顔と、苺色の花嫁の頬、そして幸せそうに笑いながら後片付けをする新しい夫婦。
「幸せにな‥‥いずれ折を見て、妻と共に店の方へも行かせて貰おう‥‥末永く」
「これからもその幸せが膨らみ続けますよう、祈っています」
 冒険者は静かにその場を後にする。
 始まったばかりの二人の幸せは、いつか多くの人を笑顔にすると確信して。

 あの花ざかりのお菓子のように‥‥。