●リプレイ本文
○園遊会への思い
その日、王宮はいつも以上の賑わいを見せていた。
運びこまれる新鮮な食材達は瞬く間に台所へと吸い込まれていく。
庭師たちは美しく咲き誇る花々をより輝かせんと腕をふるい、使用人たちは笑顔でテーブルを並べる。
こんなに楽しいおもてなしの準備は久々だと、誰かが笑顔で呟いた。
今は人気の無い離宮の庭。
だが、あともう半日も過ぎればここに人々の笑顔と笑い声が溢れるだろう。
冒険者がやってくる。
デビル七大魔王が一人リヴァイアサンを倒した英雄達が。
彼らを慰労する初夏の園遊会が、間もなく始まろうとしていた。
王妃主催の園遊会はいよいよ明日に迫っていた。
「う〜ん、楽しみですねぇ〜」
エリンティア・フューゲル(ea3868)はいつも笑顔だが、心なしかいつもより少し楽しげに見える。
「他の円卓の騎士さんとかにお会いできるでしょうかぁ〜。お会いできるといいですねぇ〜」
心をときめかせながら準備をする。
そして‥‥他の仲間達を思う。
「皆さんも今頃、準備やお誘いをしているでしょうかぁ〜。青春ですねえぇ〜」
楽しげにその様子を想像しながら。
「ヴィアンカ。行くぞ!」
「えっ? 何? キット?」
突然教会に現れ、手を引いたキット・ファゼータ(ea2307)にヴィアンカは目を丸くし、首を捻った。
「教会とパーシの許可はとった。お前は、明日、俺と一緒に王宮の園遊会に行くんだ」
「えっ? えんゆうかい? ってお城でやるやつでしょ? 私も行っていいの?」
期待と不安が入り混じったような顔のヴィアンカ。その頭をキットはぽぽんと叩いた。
「そうだ。北海の悪魔を退治した者達を労う宴と言うことらしいからな。パーシの招待だ」
「だったら、私、行っちゃいけないんじゃない? 私、何にもしなかったよ」
顔を下に向ける。
こういう妙なところで真面目なのは父親譲りなのだと、キットは知っている。
そして、その対処法も、だ。
「だからな、ヴィアンカ‥‥」
膝を折り、頭を引き寄せ囁いた言葉に、ヴィアンカの表情は花のように咲いた。
「どうだ?」
「うん!」
鮮やかな笑顔を咲かせて‥‥。
王都の門を出ようとする女戦士が一人。
その旅立ちを
「おーい、まってくれ〜〜!」
追いかけ呼び止める者があった。
「ヘンルーダー! 待ってくれー!」
「蒼汰!」
ヘンルーダと呼ばれた女戦士は足を止め、振り返る。やってきたのは荷物を持った‥‥騎士?
「良かっ‥‥た‥‥。間に合った‥‥。先に、行かせた‥‥って聞いて、間に合うか‥‥心配だったんだ‥‥」
息を切らせながら走り寄ってきた七神蒼汰(ea7244)に
「どうしたの? そんなに急いで‥‥。まあ、暫く会えないと思ってたから、嬉しいけど‥‥」
ヘンルーダは話しかけた。
「そう‥‥、それ、なんだ‥‥。パーシ卿の命令を受けて‥‥行くんだろ? 遺跡調査に‥‥」
やっとどうにか息を整えた蒼汰はそういうとヘンルーダの顔を見た。
彼女の頬は赤い。それは夏の暑さのせいではないだろうと微笑みながら
「長い事出掛けるって聞いてな‥‥時間のある内に逢っておきたくてさ‥‥」
彼女の前に荷物と手を差し伸べる。
「少し遅い誕生日プレゼントだ。パーシ卿もいいって言ってたし、一日だけでいい。俺と園遊会に行かないか?」
さらに朱を帯て顔がリンゴのように染まったヘンルーダ。
その手はしっかりと蒼汰の手と握られていた。
「王宮かあ〜。まあ、こういう貴族の家もだけど私みたいのが行っていいのかしら。しがないハーフエルフとしてはなんだかね〜」
「そんな事はありませんよ、と言いたい所ですが簡単に言えることではありませんからね。でも‥‥人や貴族全てがそういう方ではありませんよ。シルヴィアさんも、そうでしょう?」
ある貴族の館の前、共に出かける予定の友を待っていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)はリュートを調弦するシリル・ロルカ(ec0177)の言葉に、そうね。と言いながら顔を背けた。
「トゥルエノ‥‥」
気遣い顔のレイア・アローネやシャロン・オブライエンも声をかけづらいデリケートな問題だ。
静かな沈黙が広がった。
「お待たせしました」
屋敷から小走りに戻ってきたシルヴィア・クロスロード(eb3671)の笑顔がその氷のような空気を打ち砕くまでは。
「シルヴィア。その船長さんという方には会えた?」
「はい。お疲れだとは思うので用件は手短に済ませて来ました。では、行きましょうか?」
くるりとスカートを翻すシルヴィア。
シャロンもさっき言っていたが、今日の彼女はいつもと何かが違う。
「凄いわね。随分、気合の入った格好をしてるじゃない」
「そうですか?」
微笑むシルヴィア。純白のドレスに真珠のティアラ。白いショールを身に付けた彼女は王家の姫君と言われても不思議ではあるまい。ほぼ普段着の自分とは雲泥の差だ。
「女性には鎧外の装備があるのだと、以前聞いた事があります」
「と、いうことは貴女にとって園遊会は武装が必要な勝負どころ、なの?」
再び微笑むシルヴィア。それが肯定なのか否定なのかはわからない。だが‥‥
(「ホント。‥‥私、場違いだわ」)
トゥルエノは心の中で囁いた。そしてもう一度振り返り前を行く友の背中を見つめ、小さく肩を上げた。
(「今回はでしゃばらずに見守りましょう‥‥。私って最近こんなのばっかり。自分って臆病なんだって、いまさら気づいたわ」)
自嘲するようなトゥルエノの笑みに気づいたのか、シルヴィアは振り返り友を呼ぶ。
「どうしたんです? トゥルエノさん。行きましょう」
「エスコートいたしますよ。レディ」
丁重に手をとるシリルに微笑んで先を行くシルヴィア。
トゥルエノは仲間達と共にその背中を追うように走り出した。
そしてこちらにもある思いを持って装備を固める乙女が一人。
「どうしても確かめなくてはならないことがあります」
『理想を追う娘』
彼女は自分の事をそう言った。
「王妃‥‥グィネヴィア」
忘れられない事がある。リースフィア・エルスリード(eb2745)の心に今もあの運命の夜のことは、いや言葉は深く胸に突き刺さっている。
『‥‥貴女は男と女の‥‥愛の真実を、まだ知ってはいないのですね』
『‥‥私に無償の愛を与えてくれるのはこの方だけ。私を女として見て下さるのはこの方だけなのです。私は‥‥何があろうともこの愛を、手放す事はできない』
王よりも、国よりも、民よりも、一人の男性を、しかも国の要たる騎士を選ぶと宣言したあの夜。
その後の状況から考えればあの時、王妃がデビルに憑依されていたのは明らかである。
だから、彼女は確かめたいと思った。だから、園遊会に行くことを決意したのだ。
「世の中いろいろありますから意に沿わぬ婚姻もあるでしょう。だから心を誰かに捧げるのは黙認されます
しかし、絶対に触れ合ってはいけないのです。それがわからないはずはないのに‥‥」
そんな相手に自らの命や剣。まして大切な友や仲間の命を捧げる事はできない。
だから彼女は確かめに行く。
王妃の真実を‥‥。
○園遊会の誓い
冒険者達が離宮へ案内された時、既に会場は開かれ、貴族、王宮騎士などが集まり始めていた。
「よく来たな。待っていたぞ」
「わーい! おとうさん♪」
久々の再会に飛びつく娘を抱き上げると、彼らの招待主であるパーシ・ヴァルは笑顔で冒険者達を出迎えた。
「俺は警備の仕事があるからあまり相手はできないかもしれんが、ゆっくり楽しんでいってくれ」
確かに見ればパーシはいつもの銀鎧こそ着ていないものの帯剣している。
ここは王宮の園遊会。参加者の多くは武器を帯びていない。
武器を持っているのはパーシ、アン王女の部下、警備担当者だけだ。
「パーシ様!」
背後から部下が呼ぶ声がする。彼はそれに手を軽く上げて応じるとヴィアンカを降ろして冒険者の下へと返す。
「頼まれたものも手配しておいた。じき、王、王妃様もおいでになるだろう。料理や花でも楽しみながら待つといい」
冒険者に背を向けて仕事に戻ろうとする。だが、思い出したように振り返り
「もう、何より美しい花は咲いているようだがな」
そう一言だけ言って去っていった。
「パーシ卿もぉ〜なかなかですねぇ〜」
「何より美しい花、ですか。吟遊詩人のようですね」
「あいつにしちゃ上出来か?」
男衆にからかわれ、白い頬をシルヴィアは赤く染める。
「わ、私の事ではないと思います。そう、リースフィアさんとか、ヴィアンカとか‥‥」
「まあ、その可能性もありますが、一番はシルヴィアさんではないかと思いますよ」
「私、まだ普段着だもの」
「あら? 私の名前はなし?」
「ほら! ヴィアンカ。着替えろよ」
楽しげに笑う冒険者達。
「‥‥こんなドレス初めて‥‥。似合うかしら?」
「ああ‥‥、すごく、その‥‥似合ってる」
二人の世界を繰り広げる蒼汰も含め、園遊会はもう最初の盛り上がりを見せ始めていた。
「今日はゆっくりと楽しんでくれ!」
園遊会は王の言葉と共に始まっていた。
席を作らない自由なパーティ。
いくつものテーブルにはたくさんの見事な料理が並べられていた。
「あ、美味しい。流石に王宮の料理ね」
舌鼓をうつトゥルエノに
「はい、どーぞ」
給仕の少女が盆を差し出す。
「あら、ありがとう。ヴィアンカちゃん。可愛いわよ」
「えへっ。似合う?」
褒められてくるりと回る少女は王宮の使用人と同じ服装をしている。
「園遊会の間はね、みんなをおもてなしするの。お疲れ様って!」
「そう。ありがとう」
飲み物を一つとったトゥルエノに小さくお辞儀をしてヴィアンカはまた次の人の所に行く。
そんな様子を
「かわいいですねえぇ〜」
「まあな」
エリンティアとキットは静かに見守っていた。
円卓の騎士の娘に給仕を、と知るものがいれば顔を顰めるかもしれない。
けれど‥‥
『いいか? ヴィアンカはここに集まる人間の一番下から出発だ冒険者は知らない人にしり込みしてちゃ勤まらない。どんな困難にも立ち向かえるように、勇気と度胸が大事なんだ』
キットの言葉に躊躇わずヴィアンカは頷いた。そしてくるくるとよく働く。
可愛い少女の顔を、きっと多くの者達が覚えただろう。
「世話をかけるな」
突然かけられた声にも、もう驚く冒険者ではない。
「よっ!」「お疲れ様ですぅ〜」
軽く手を上げてからキットとエリンティアは円卓の騎士と少女を同じ思いと同じ目でみつめていた。
「パーシ様ぁ、もし僕達がヴィアンカちゃんを冒険者にしたいと言ったらどう思いますぅ?」
ふと、エリンティアが首を曲げそんな事を口に出した。
「以前言ったことがあるがあいつの選んだ道を、今のところ止めるつもりはない。騎士の道を。というのであれば止めることもあったろうが‥‥」
「それはよかったですぅ〜」
気の抜けるような声で、でも心からの本心でエリンティアはパーシの返事を喜んだ。
「自分の身を守る術を学ぶのにも人々を助けたいと言う彼女の想いからも一番良い選択だと思うんですぅ。今のままだとどうしても七光が強すぎますしねぇ〜」
「焦る必要は無いと言っているんだがな。しっかりとした実力をつけてから望んでもらいたいとは思っている」
「大丈夫ですよぉ〜。率先して手助けしてくれる人達もいますしねぇ」
「からかうな!」
「いたいですぅ〜」
自分の方を見て言ったであろう言葉にキットは軽い拳骨を返す。
そして‥‥
深い真顔で今度はキットがパーシの方を見た。
「一度、聞きたかった事があるんだ。答えてくれるか?」
「答えられない質問以外ならな」
優しい微笑を浮かべるパーシにキットは素直に問いを口に出した。
「生きていく中で大切な者、大切な事が増えていった時、それが自分の中で枷や重荷となって自分を縛ると感じたことは無いか? 大切な者が攫われた時、失われた時、最初から持ってなければ良かったと思ったことは?」
「‥‥どうして、そんな事を問う?」
答えられない質問か? そう思いながらもキットは隠さず答えた。
「自分が何にも持っていないと思っていた時は楽だった。ただ言われた通りだったり、自分の好きな通りにしていればよかったからな。でも‥‥」
今は自分が何も持っていないとは思っていなかった。パーシ、ヴィアンカ、相棒である鷹、そして何より命をかけて自分を助けてくれる仲間達。彼らを失うことを考えるだけでも手が震える。
頭の中が真っ白になる。
「ヴィアンカが攫われた時、俺は許せなかった。犯人を斬るつもりだった。例えヴィアンカに嫌われてたとしてもだ‥‥。それが弱さだというのなら持っていない方が強くいられたんじゃないかって‥‥」
「違うな。それは強さだ」
「えっ?」
問いかける目を見つめパーシは真剣なだが優しさを帯びた眼差しで答える。
「俺もかつてはそう思っていた。俺が騎士を目指すきっかけとなった人は俺にこう言った。俺は騎士としての栄光を手に入れる代わりに大切なものをこそ失うだろう、と‥‥。その言葉は真実で騎士を目指す為に進む度俺は大事なものを失ってきた。だから円卓の座に迎えられた時決めていた。大事なものを作らず、生涯を騎士として人々を守ることに捧げようと‥‥」
人々の幸せだけを考え、自分の事など二の次、三の次。
確かに最初に会った頃のパーシはそんな感じだったと、キットは思い返す。
当たり障りの無い笑顔の下に、何かを拒絶する壁を貼って‥‥。
それが消えたと感じたのはいつだったろうか? とキットは思う。
ヴィアンカを助け出し、いくつもの戦場を冒険者と駆け抜け‥‥。
「大事なものを失う事は悲しく辛い。失えば傷ができる。癒える事のないそれは大きな傷だ」
パーシは静かに呟く。彼の心にもいくつもの傷がある事をキットも知っている。
「だが、自分が傷つく事を恐れるあまり大事なものに背を向けるのは弱さだと教えられた。他ならぬお前達にだ」
いくつもの挫折や傷を知り、臆病になる前の自分が持っていた真っ直ぐな思い。
目の前の少年に失って欲しくないと彼は思っていた。
かつての自分を重ねていると知れば怒るだろうが‥‥。
「大切なものは枷じゃない。重荷でもない。人が見ればそう見えるかもしれないがそれは、自分をより大きくする自分だけの宝だ」
パーシははっきりとこのそう答えた。迷いの無い目で。
「お前もそれを見つけたのなら、手放すな。そして守れ。命の限り。お前はまだ、それができる」
彼の言葉にキットは微笑した。
そして
「言われるまでもない。俺は俺だけの宝を守って見せるさ」
その思いを受け止めて頷く。視線の先にはどんな黄金よりも輝く宝の笑顔がある。
「お前もだ。まだお前の宝はまだ失われていないだろう。本気で守れよ。俺がいつも守ってやれるとは限らないんだから、もっと心配してやれ」
「ああ。解っている」
拳と拳を重ねあう二人をエリンティアは、ニコニコと黙って見つめていた。
自分の言葉に確信を高め、微笑む少女の未来に喜びを感じながら。
賑やかな園遊会の中、蒼汰はヘンルーダと静かな時を過ごしていた。
一緒に食事をし、たわいも無い話をする。
それだけの事であるが、何よりも幸せな時であると感じる。
「綺麗な花ね。さすが王宮の花だわ」
「花よりも君の方が、綺麗だよ」
などという歯の浮くような言葉は、蒼汰からは通常逆さに振っても多分出ない。
さりげないパーシの言葉に感心しながら、そっと手を重ねるのが精一杯であった。
「もうすぐ、あの遺跡を調べに行くんだろ?」
「ええ‥‥。冒険者が来る前に準備をしておかなきゃならないから」
「じゃあ、これを持って行ってくれ」
「これって!」
ヘンルーダの手に握らされたのはホーリーダガーだった。魔法のかかった極上品だと見るだけで解る。
「でも、貰いっぱなしは悪いわ。誕生日プレゼントや、ドレスまで貰ったのに」
「これは、プレゼントじゃない。俺の思い、いや‥‥俺だと思って持って行ってくれないか? 君を守りたいという思いだと、思って‥‥」
そして蒼汰はヘンルーダを強く引き寄せ、抱きしめた。
「キャッ!」
彼女は微かに声を上げたが抗わなかった。
「本当は一緒に行きたかったけど、今ウチの上司殿から長く離れる訳にはいかなくて‥‥本当にゴメン、無事を祈ってる」
腕の中の恋人のぬくもりを感じながら蒼汰は目を閉じた。
ヘンルーダも彼に身を任せ、お互いを、お互いの思いを感じていた。
心に、身体に記憶するように。
王と王妃は宴のいつも中心にある。
貴族や人々に囲まれている彼らに、冒険者とはいえ王宮を知らないものが踏み込んでいくのは簡単ではなかった。また彼女自身も今回の主賓の一人として常に別の輪の中心にあった。
だから、やっとその時が来てリースフィアが王と王妃の前に見えた時、彼女はかなりの疲労の中にあった。
(「つまらない社交辞令や、中身のない会話に付き合わなくていいと思ったのに‥‥)」
だがそれを出さず丁寧な礼でこの国の最高位に彼女はお辞儀をする。
王に寄り添う王妃。
王を見つめるその表情は確かに以前とは違っていて、心からの敬意と情愛を感じる。
また王も王妃を慈しんでいると解り、リースフィアの目には穏やかな夫婦、相思相愛のカップルに見えた。
「(でも、確かめなくては」)
丁寧な挨拶の後
「無礼とは思いますがどうかお二方に質問をさせて下さい」
リースフィアは二人に問う。
二人の頷きに彼女は
「王よ、貴方は王妃を女性として愛しておられますか?」
「王妃よ、貴女は王を男性として一番に愛しておられますか?」
それぞれの質問を投げかけた。
答えは直ぐに返る。
「ああ。我は王妃グィネヴィアを第一の女性として愛している。それに今も昔も変わりは無い」
それが王の答え。
「私も、王を誰よりも愛しています。この思いは真実であると誓えます」
「ありがとうございます」
リースフィアは頭を下げた。
この言葉が、思いが真実であるなら、イギリスの平安は揺るぎないものとなるだろう
「お二方の言葉を信じます。どうかイギリスに平安のあらんことを」
退出したリースフィアをまた貴族達が取り囲もうとするが、それを制したものがいた。
「彼女は謁見の後で疲れている。また改めてくれないか?」
「貴方は‥‥」
優しく微笑んだ騎士は、貴婦人にとる礼をもって彼女に膝をつく。
「どうか、踊って頂けませんか? レディ」
「いつかの大ホールとはまた違うダンスが楽しめそうですね。喜んで‥‥」
吟遊詩人達が奏でる音楽の中、リースフィアは暫くぶりのダンスを心から、楽しんでいた。
つかの間の平安と共に‥‥。
こちらも英雄の一人として人々に取り囲まれていた。
「かの乙女は銀の戦女神、ベイリーフ隊を率いて悪魔と戦う月桂樹の騎士」
シリルの歌うシルヴィアを讃える英雄譚は人々を喜ばせ、結果シルヴィアを注目させる。
「ふう〜」
やっとできた時間の隙間。部屋の隅の椅子に座り、シリルの持ってきた料理と飲み物を受け取りながら彼女は大きくため息をついた。
「シリルさん。吟遊詩人さんが褒め上手なのは解りますが、もう少しセーブして頂けませんか? 過剰な評判は私にはふさわしくありません」
「おや?」
しらばっくれるようにシリルは首を振る。
「私は嘘は歌いません。全て、一欠けらの偽りもない真実ですよ」
「だから‥‥。もういいです」
もう一度シルヴィアはため息をついた。園遊会ももう三日目。
人々に囲まれるばかりで、彼女はまだ自分の目的を果たせてはいなかった。
「私は‥‥」
手の中の小さな銀の紋章を握り締めた彼女。
シリルはぼんやりとする彼女に
「シルヴィアさん、パールですね」
そう囁いた。彼女は笑顔を作り頷き、顔を上げた。
「ええ、これはパールのティアラで‥‥って、ええっ!」
気が付けば目の前にはパーシ・ヴァルがいる。
「何か用か? シルヴィア」
「パーシ様! その、あの警備の方は?」
「キットやエリンティアが手伝うと行っていた。トゥルエノもできれば来て欲しいとな」
思い返せば昨日、
『何を思いつめているの?』
と問われトゥルエノに自分の気持ちを告げた。それを仲間達も聞いていたかもしれない。
(「まさか‥‥?」)
何であれ、この機会を逃すことは出来ない。シルヴィアは立ち上がる。その前でシリルは膝を折りその手に口付けた。
「シリルさん!」
「あなたの想いが通じる様に祈っています」
仲間達の思いを抱き、彼女は自らの剣の主に跪いた。
「パーシ様、大事なお話があります。よろしいでしょうか?」
「聞こう」
その返事にシルヴィアは、ドレスに付けていた銀の紋章を取り外し、差し出した。
「槍騎士の紋章をお返しします」
あの紋章はパーシの騎士の証だったのでは?
冒険者達の間の空気がざわりと音を立てる。
だが、当のパーシは静かな表情でその紋章を受け取る。自分を見る新緑の瞳。自分の鼓動が高鳴るのを感じながら
「私は!」
シルヴィアは自らの決意を主に捧げる。
「いえ、私の願いはパーシ様の元で歩む事ではなく、パーシ様と共に歩む事。だから、私は円卓を目指します」
「円卓の騎士などなっていい事はあまりないぞ。イギリスに誓いを捧げ自由を失う事になる」
「それでも!」
(「あいつと共にいてやってくれ‥‥」)
胸の奥、船長から託された貝殻に手を触れながらシルヴィアは強い決意を崩さない。
「私は貴方と共にどこまでも進みたい。だから!」
「シルヴィア」
その思いを受け止めたパーシは静かに彼の騎士の名を呼んだ。
「剣の誓いは永遠か?」
彼女は躊躇わず答える。
「永遠です。例え王宮騎士で無くなってもどこにいても、どんな時でも、どんな立場でも、私の剣はパーシ様と共にあります。お許し頂けますか?」
その言葉に彼は剣を抜く。唇を当てると目を閉じたシルヴィアの肩に乗せた。
「ここに王宮騎士の任を解く。お前の正義と心に従いなすべき事をなせ」
「パーシ様」
「だがお前の剣は我が剣、お前の命は我が命。決して無駄に散らす事は許さぬ」
「はい!!」
剣を鞘に戻したパーシは、静かにシルヴィアに微笑する。
「では、レディ。一曲ダンスなどいかがかな? いや、トリスタン程上手くは無いが」
「は、はい! 喜んで」
優雅にエスコートするパーシを見つめる優しい瞳達。
円卓の騎士の奏でる誰もが幸せになるような曲の中‥‥
「いいの?」
「いいんです。愛する人の幸せが私の願いですから」
「トゥルエノさんも踊りましょう」
微笑む月桂樹の騎士には知らせることの無い呟きがそこにあった。
ここまでは園遊会の光。幸せだけの時。
だが、光あるところ影もまたある。
同じ頃、同じ城の中で光によって生まれた影が、今、まさに動き出そうとしていた。
○園遊会の影
これは園遊会の影で起きた事件の、パーシだけが見た彼の『事実』。
その時、パーシは離宮のさらに奥にいた。
園遊会ももう終了が近い。
王と王妃も最後の挨拶を前に部屋に戻っていった。
警護の仕事も終わりに近づいて、彼はらしくもなく身体を伸ばした。
廊下の向こう。
王の部屋からモルが出てきたのが見える。どうやら、会見は無事終わったようだ。
王に呼び出されながらも会見を渋っていたモードレッドにパーシは一言だけ言葉をかけた。
「モル‥‥。もし、お前の心に少しでも大切に思う何かがあるのなら、それを表す事を躊躇うな。失われてから大切だったと気づいても、取り戻す事はできないのだからな‥‥」
余計な事を言った、とも思うが、それは彼自身の真実の思いである。
自分の言葉とさっき話していたトリスタンの思い、そして何より共にいる冒険者達に励まされ彼は王の待つ部屋に入っていった。
その後の事はパーシは勿論知る由も無い。
だが微かに笑顔を浮かべているモルと彼を取り巻く仲間達を確認し、彼はその場から離れようとした。
手の中で小さな紋章を転がしながらこの園遊会は有意義だったと心の中で反芻する。
娘の成長と、冒険者の思いを確認する事ができた。
王と王妃の関係も修復されたようでもあるし、人々の笑顔だけが溢れる良い場だったと思う。
そして何より一人の騎士の決意を確かめることができた。
遠くない未来を空想し、小さく微笑を浮かべ会場に戻ろうとしたその時だった。
「!」
パーシはその背にざわつく何かを感じ今、自分が背を向けて去ろうとした場所を振り返る。
今、自分が感じたものが気のせいではないのなら、それはこの王城にあってはならないものの筈だ。
「まさか!」
彼は服の隠しにしまっておいた物を取り出す。
石の中の蝶。
それは今、信じられない勢いで羽を羽ばたかせていた。
「なんだと!」
瞬間走り出していたパーシは、途中モードレッドと冒険者達とすれ違う。
だが、言葉を交わす余裕は無かった。
石の中の蝶が指し示す場所。
その廊下に震える王妃がいる。
「何があったのです!」
問い詰める形相の騎士に王妃や付き添いの者たちの言葉は返らない。
「くっ!」
離宮の奥庭に飛び込んだ瞬間、彼は信じられないものと者と物を見る。
「ラーンス卿‥‥」
そこにはデビルが溢れていた。それが信じられないもの、である。
その中央に‥‥デビルの群れの只中にラーンス・ロットがいた。それが信じられない者。
そしてラーンス・ロットの手には一本の剣が握られていたのだ。
それが信じられない物。ラーンス・ロットの愛剣アロンダイトではない。
彼の主君アーサー王の愛剣。イギリスの王たる証。
「それはエクスカリバー‥‥ラーンス卿! どういう事です!」
慄くようなラーンスから返答は返ってはこなかった。
キシャアア!!
恐ろしい形相と声でデビル達はパーシに襲い掛かってくる。
パーシは剣を抜くとデビルを両断しラーンスに向かって駆け寄った。
デビル達が寄ってくるが、気にしない。
彼の目はただ真っ直ぐにラーンスと彼の手のエクスカリバーを見ている。
「ラーンス卿! 一体何を!」
『ラーンスさま、今はこちらへ』
見ればラーンスの側に周囲の雑魚とは明らかに違うデビルが寄り添い、何かを囁いていた。
「ラーンス卿! まさか貴公は本当に!」
「違う!」
パーシはそのスピードでラーンスの懐に飛び込むと剣を振った。
威嚇と背後のデビルを狙う意味の計算した威嚇攻撃。
だが、それは
「な!!」
事もあろうにエクスカリバーで止められた。刃を止められ剣は払われる。
実力は互角。剣の力の差である。
目の前の相手は円卓最高の騎士、戦うにしても捕らえるにしても、一瞬たりと油断はできない。
身構えなおしてパーシはラーンスに向かい合った。
「パーシ卿。話を‥‥」
ラーンスはパーシに話しかける。だがデビルは彼の背後にいるし、エクスカリバーも握られたままだ。
前方の相手に油断せず、パーシはラーンスに返事をしようとした。
「ならば、その剣を置くのがさ‥‥ぐっ」
だが、その答えは途中で止まる。微かなうめき声と共にパーシが返す剣で背後に切りつけたからだ。
「キャアア!」
上がる甲高い悲鳴。
「えっ?」「なにっ?」
その相手にラーンスもパーシも動きを止めた。
「君は!」
「パーシ卿! 何をなさるのですか?」
剣を取り落とし声を上げたのはデビルではなく女騎士だったのだ。
確か王妃様付きの女騎士。名を
「‥‥メリンダ?」
流石のパーシも動揺を隠せない。
まさか自分を背後から切りつけた人物が王宮騎士。しかも女であったとは。
『ラーンス様。今のうちに!!』
デビルの囁きに目を閉じるとラーンスは踵を返し走り出した。
エクスカリバーを持ったままで。
「ラーンス卿!」
追おうとしたパーシ。
だが、背と肩に追わされた傷は決して小さくはない。流れ落ちる血が剣を持つ手から、力を奪っていった。
周囲のデビルの多くは逃げ、また冒険者達の手によって消えていく。
だがその乱戦の中パーシはラーンスを追う事もできず、目の前に現れた『敵』をただ睨む事しかできなかった。
○そして園遊会と平安の終わり
じきお開きの合図もあろうかという頃、会場で最後の一時をのんびり楽しんでいた冒険者達は、ふと周囲が妙に騒がしいのに気づいた。
「どうしたんだ? 一体?」
「あれ? 何かあったの?」
キットの膝枕で寝ていたヴィアンカも目を擦りながら起き上がる。
彼女も気づいただろう。
冒険者達が何かを感じていると。
「ええ。多分、何かがあったのです」
真剣なリースフィアの顔。他の仲間達の顔も同様だ。
「え〜っとお、奥の方でぇ〜何か人が集まってるみたいですぅ〜。行ってみましょう〜」
エリンティアの言葉に走り出す冒険者達。
小さな人の輪を潜り抜けた先、彼らは見ることになる。
奥庭で二人、睨み合うパーシと女騎士を。
「パーシ卿! 何故、ラーンス卿を逃がすのです!」
膝をつき肩を押さえるパーシに、女騎士は右肩から血を流しながら左手で剣をパーシの眼前に向ける。
パーシは剣に怯む事無く真っ直ぐに答える。
「俺は、そんな事はしていない!」
震えながらその場を見つめる王妃。
横に立ちながら王妃に触れる事無く腕組みをして状況を見つめる王。
そしていつからいたのか、周囲に立つ見知った、だが戸惑い顔の冒険者達。
「何があったんだ?」
そう問う前に、人々がざわめいた。
パーシの身体がぐらりと揺れる。女騎士も目元を押さえ頭を振り‥‥膝をついた。
「お父さん!」
駆け寄るヴィアンカを見てアーサー王は言い放つ。
「そこまでだ! 二人とも傷の手当を行い待機せよ。状況の調査は後ほど行う。グィネヴィア‥‥お前もだ」
「王‥‥。私は‥‥」
目を伏せた王妃に背を向け王は去って行く。
その前の様子を見つめ冒険者達は感じていた。
園遊会の終わり。
そしてつかの間の平安の終わりを‥‥。