●リプレイ本文
○お化け屋敷始めました。
一軒の古い館がある。
築100年以上。
以前は本当にゴーストが住んでいたという筋金入りのこの館は、今は家を持たない子供達が助け合うように暮らしている。
そして年に一度、子供達は自らの楽しみと商売という実益を兼ねてゴーストハウス。お化け屋敷を開催するのだという。
「お化け屋敷、ねえ‥‥」
レア・クラウス(eb8226)が呟くように見上げたその館は、確かにかなり古いが掃除も行き届いていて、なかなかの風情がある。誘ったのは
「どっからみても、そんな大層なものには見えないんだけど‥‥。それに趣旨はわかるけど、需要があるの? 実益が出るほど?」
腕を組みかなりシビアな意見を述べるレアに、ハハハと笑ってマナウス・ドラッケン(ea0021)は肩を上げた。
「需要はそこそこあるみたいだ。ほら、今も出てくる連中がいる」
彼が指差す先には出口から出てくるお客がいる。
服装や仕草からして一般客。
「ビックリしたね」「ああ〜。怖かった〜。あの吸血鬼迫力だったねえ〜」
楽しげな笑みを浮かべているようだ。
「なるほど〜。普通ではなかなか見ることの無いゴーストやヴァンパイアの偽者を見せて、退屈している一般人にちょっとしたスリルを味合わせようってことなのね」
冷静な分析。そして彼女はマナウスに続けて言い聞かせるように指を揺らす。
「でも、それは一般人の場合。普段、モンスターと戦ってるような私たち冒険者を驚かせるってできると思う?」
「さあな? でも、ま、軽いデートだと思えば楽しめるだろ?」
「まあ、貴方がそういうなら私はどこでも構わないけどね?」
誘ったのはマナウス、応じたのはレア。並ぶ二人の様子はどこから見てもデートであるのだが、実際にそれを口にすると多分彼らは照れるだろうか?
知り合いの顔や、興味を持ってやって来る顔を見ながら
「ま、まあ、入ればわかるでしょ。つまらなかったら文句を言えばいいだけだわ、マナウスに」
微かに頬を赤らめたレア。
「最近暑いし、こういうものも風物詩って奴さ。気軽に楽しもうぜ。レア」
差し伸べられた互いの手をそっと握りあって、二人は重い木の扉を静かに押し開いた。
さて、そんな時から遡る事約半日。
「久しぶりやね〜。皆、元気にしとった?」
微笑み手を振る藤村凪(eb3310)に子供達の表情がわあっ、と嬉しそうに咲いた。
「凪お姉ちゃん!」「久しぶり!」
「あれ? 覚えてくれてた? そりゃあ、ちょっと嬉しいなあ〜」
照れくさそうに凪は笑う。何人か新顔もいるようだが、子供達の何人かは以前手伝ったことのある凪を覚えていたようだ。
「話は聞いたで。リンちゃんと最後のお化け屋敷なんやろ? 一緒にいっぱい頑張ろうな?」
わしわし、と小さな頭を撫でる凪。
リンには聞こえないように呟く彼女にうん、と小さく子供達は頷いた。
手伝いに来てくれた冒険者に見せないようにと精一杯明るく振舞う子供達。
その思いを凪は受け止めつつ、これ以上気づかないフリをすることにした。
「ふはははははは!」
向こうではヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の賑やか過ぎる笑い声がする。
「このヴラドの名に懸けて! お化け屋敷を成功させてくれようぞ! 大船に乗った気で着いてくるがよい!」
そう言ってヤングヴラドは手近なテーブルの上に大きな荷物をドサッと置いた。
「うわ〜。スゴイわね〜。まるごとがこんなにたくさん!」
ほら、見てみてと瀬崎鐶(ec0097)の手を引くディーネ・ノート(ea1542)。
フォーレ・ネーヴ(eb2093)の後ろからひらひらとマール・コンバラリア(ec4461)も覗き込んでいる。
勿論彼女達のみならず、他の冒険者も子供達もその数に、目を丸くした。
「好きなものを着て脅かすが良い! ギミックとして利用するもよし。頭上から吊り下げるのも良いかも知れぬのだ!」
まるごとしゃーく、まるごとすけるとん、まるごとすふぃんくす、まるごとたーとる、まるごとたぬきさん、まるごとだいぶつ、まるごとなまはげ、まるごとぬりぼう‥‥他etc、etc‥‥
「これは確かに凄いな。全ておぬしのコレクションか?」
並ぶまるごとシリーズの数にジェームス・モンド(ea3731)も驚きの顔を見せる。
だが、二カッと笑うとヤングヴラドは首を横に振る。そして
「ついてくるのだ!」
冒険者と子供達を手招きしたのだ。
言われるままに着いて来た
「あれ?」
子供達は首を捻る。凪と違ってヤングヴラドはこの屋敷に来るのは初めての筈。
だが彼はまるで勝手知ったるという感じで屋敷を歩き、一つの部屋に彼らを手招きしたのだ。
それから数十秒後
「「「「ぎゃあああっ!!」」」」
屋敷から大きな悲鳴が響いた。
この夏最初の、大きく純粋な悲鳴が‥‥。
○お化け屋敷のお客様
そしてさらに時間は戻ってお化け屋敷の開業日。
「行きましょうか? クリステルさん」
シルヴィア・クロスロード(eb3671)は大事な友に手を差し出し
「はい。喜んで。月桂樹の騎士様」
クリステル・シャルダン(eb3862)は柔らかな笑顔でその手を取った。
「そう言えば一番最初の出会いも、ここでしたね」
「はい。それまではジャパンでの依頼を受けることが多かったですから」
二人はもう随分昔に思える夏の事を思い出す。
あれからいくつもの夏を超えた。
いくつもの依頼を共に潜り抜け、今、互いが大事な友、いや親友と呼べる存在であると間違いなく言える。
「そういう意味ではここは思い出の場所です‥‥今年で終わりというのは寂しい話ですが‥‥」
寂しげに建物を見つめるシルヴィア。
シルヴィアは何度かここの子供達の依頼を受けたことがある。
その縁で知り合った少女から、彼女が今年の夏を最後にケンブリッジに行くこと。ひょっとしたらお化け屋敷は今年で最後かもしれないと聞かされた。
だから、思い出を作る為に誘い合ってここにやってきたのだ。
「ここの子供達はとてもいい子ばかりです。きっと今頃は準備に大忙しでしょうね‥‥。一緒に楽しみたかったのですが‥‥」
物憂げな表情がシルヴィアの顔から消えない。
その原因の半分が誘ってはみたものの今回は何故か断られてしまった人達にあることを知るクリステルは手を強く握り締めなおし、どんな時も変わらぬ優しい笑顔を向けた。
「今は思いっきり楽しみましょう。そしてステキなお土産話を聞かせてあげましょう」
手から伝わってくるクリステルの思い。
シルヴィアは首を横に振って、浮かべていたであろう寂しげな顔を吹き飛ばす。
「そうですね。こんな顔をしていては子供達に申し訳が無いです。レディを守る騎士としても失格ですね」
そして改めて彼女は騎士の礼でクリステルの手を取り、
「行きましょう!」
屋敷の中へと入っていった。
遠い昔に戻った気持ちで‥‥。
時を戻していたのは彼女達だけではない。
屋敷を前に同じように互いの手を強く握り締めあう姉妹の姿があった。
「ここが‥‥噂のお化け屋敷‥‥。なんだか緊張するね。アイシャ?」
アーシャ・イクティノス(eb6702)の言葉にアイシャ・オルテンシア(ec2418)はくすと笑って
「そうですね」
と頷いた。
『ねーねー、お化け屋敷探検に宝物だって!』
そういってアーシャがアイシャを誘いに来たのは数日前の事だ。
『一緒に行かない? ねえ?』
「‥‥それでお化け屋敷とは‥‥お姉らしいというのか‥‥」
ゴーストやズゥンビ、モンスターと戦うことが茶飯事である自分達が今更お化け屋敷など‥‥と考えたアイシャが今、ここにいるのは遠い昔を思い出したからだ。
幼い頃、まだ一緒に暮らしていた頃、二人でモンスターを倒そうと洞窟探検をしたことがあった。
あの頃の自分はおっかなびっくり姉についていくだけだった。
姉はどんなに怖くても、自分の手を放しはしなかった。けっして‥‥。
「小さい頃のこと思い出すね」
微笑む姉に妹はきっと、同じ思いで頷く。
「さあ、行きましょう。大丈夫。アイシャの事は私が守るから」
「ありがとう。お姉さま」
歩き出す姉妹。その手は遠い昔と同じようにしっかりと握られていた。
「うん、なかなかいい感じよね」
外でお化け屋敷の客の集まり具合を見ていたディーネは途切れない人の流れに、うんうん、と嬉しそうに頷く。
「出てくる人の表情もなかなかだし、この調子なら中は任せておいて大丈夫かな?」
ディーネはさっきまで従業員側として手伝いをしていた。
だが、実は興味があったのだ。お化け屋敷というものに。
「あとで、私も入ろ。どんな風になってるのかなあ?」
ワザと仕掛けのところは手伝わずに演出だけの手伝いに留めたのはこの為だ。
心配だった鐶も言葉が通じないなりにコミュニケーションできているようだし。
「キャアア!!」
屋敷の右奥のほうから叫び声がする。
「あ〜。あれは幻蔵さんかな?」
中で頑張っているであろう仲間達を思いながら、ディーネはもう直ぐやって来るであろう自分の番に胸を高鳴らせていた。
○お化け屋敷にようこそ
「い、いらっしゃい。参加費用は0.2Gだ。それではゆっくりと楽しんでくるといい♪」
顔を真っ赤にして笑顔を浮かべる受付嬢に
「はあい〜。ご苦労様♪」
レアは笑顔で手を振った。マナウスが二人分を払い中に進んでいく。
「ふ、ふう‥‥。やはり少し恥ずかしいな‥‥」
赤くなった頬を自分の手で押さえながらルザリア・レイバーン(ec1621)は何度目かの大きなため息をついた。
人前に出ることそのものはそんなに恥ずかしいことではない。今の自分の装束が恥ずかしいのだ。
獣耳ヘアバンドに葉霧幻蔵(ea5683)が貸してくれたフリフリのメイドドレス「アリス」。子供達手製の尻尾もつけて彼女は今、『妖怪猫娘』である。
『妖怪は照れながら接客しないのでござる! 変装の極意は心までなりきることでござる!』
厳しい変装の達人からの指導になんとかルザリアは今の自分を演じている。
彼に言わせればまだまだ、と言われるかもしれないが。
「彼の変装は、変装という次元とはまた別だからな‥‥。さて、さっきのアベックは大丈夫だろうか?」
歴戦の戦士であると解ったあの二人であるが、彼らもきっと‥‥
「キャアア! ま、マナウス!」「レア!」
やはり、とルザリアは微笑む。
きっと最初の自分達と同じ体験をしたであろう彼らに、心から同情しながら彼女は受付の下に隠しておいた籠をそっと取り出した。
基本、自分は多少の事には驚かないとレアは思っていた。
ぺたぺたと着いてきてはばあ、と脅かす程度の子供達の演出くらいは、フンと笑って見せたものだ。
「やっぱり子供だましよね」
マナウスの手に持たれながらも余裕の表情であったレアは、だから布やまるごと人形を被った子供達に促されある部屋に入った時も、特に恐怖を感じてはいなかった。
「何? この部屋。仁王像が二体あるだけじゃない? しかもこれ、ただの木像だし」
等身大の像をコンコン軽く叩いて音を確認し、レアはぷうと頬を膨らませた。
「つまんない。これならさっきの子供達の方がまだマシだったわ。早く出ましょう!」
くるりと振り返ったレアはドアを開こうとする。だが、鍵がかかったように動かない。
「な、なに?」
閉じ込められた、と思った瞬間レアは背後に生まれたただならぬ気配に、静かにそっと、振り返った。
「阿・云! におおおおお!!!」
「キャアアアア! ま・マナウス!!」
予想していたのとはまったく違う恐怖に悲鳴を上げるレア。
「レア!」
胸元にしがみつくレアの髪をそっと撫でながら、生暖かい笑顔を向ける指を立てる仁王像に、マナウスは小さく微笑みを返した。
手を繋いでいても微妙な震えが伝わってくる。
「大丈夫? お姉さま?」
アイシャの心配に大丈夫、とアーシャは答えるがその表情は大丈夫、とは言っていない。
さっきののっぺら坊に出会ってからアーシャは完全に腰が引けている。
長くて薄暗い廊下に、彼は佇んでいた。一見係員にも見えて油断したアーシャの眼前で彼は顔をつるっと撫でつつ、ミミクリーでのっぺら坊になったのだ。
「キャアア!」
更に、首が伸びた彼は
「顔を返せー、お前の顔を置いてけー」
と追いかけてきた。それをなんとか振り切ったのはほんのさっきのこと。
「も、もう立派な冒険者だもの、こんなの怖くないんだから‥‥」
それ以来、周囲に万全の注意を払い、注意深く歩いていく二人は
カサッ。
頭上で鳴る本当に小さな音に足を止めた。
「えっ?」
背後に何か気配を感じる。でも、振り返っても何もいない。誰もいない。
「だ、だれ!!」
アイシャを背後に庇い声を上げるアーシャの頭上にカチッ。
小さな音共に
「うわあっ!」
大きな布が降ってきた。真っ黒な布に視界を奪われる形になりもがくアーシャとアイシャ。
やっと抜け出して顔をあげたそこに
「フフフ‥‥ハハハハ!」
0距離で青白い顔の少女の顔があった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
悲鳴というより絶叫に近い声に、驚いたのか瞬きを繰り返す少女。
だが
「お姉さま?」
アイシャがアーシャの肩を揺らしたのを確認してにっこりと微笑むと彼女はくるくると踊るように回り始めた。
「バレちゃった、バレちゃった♪ ‥‥ケケケ。まだまだ先は長いよ、気をつけてね」
腰が抜けたのか追うこともできないアーシャの前でデビルの羽をつけた少女は消えていく。
「あ‥‥、あ‥‥」
まだ、震えの残るアーシャの前に、不思議な音楽と湯気の感覚が揺れた。
「えっ?」
「‥‥どうぞ」
気がつけばこれも不思議な装束をした少女が、二つのカップの乗った盆を持って立っている。
どこから来たのかと正直もう驚いている余裕は無い。
「あ‥‥ありがとう」
動けないアーシャに代わってそれをアイシャが受け取ると二人目の少女もまた、スーッと消えていった。
「お茶‥‥? 飲みますか? お姉さま?」
二つの温度の違うお茶を受け取ったアイシャは首をかしげながらも匂いをかぎ、その一つをアーシャに手渡した。
人肌の温度の方をアーシャに、冷たい方を自分に。
「ありがとう。アイシャ‥‥本物のズゥンビならいくらでも倒したことあるのに、どうしてお化け屋敷になると怖いのかな?」
お茶を喉に通してアーシャはため息をつく。答えなど出るものではないからアイシャも微笑むしかできないが、お化け屋敷の中での不思議なひと時は、姉妹に緩やかで穏やかな時間を与えてくれた。
それから約数十秒後
「‥‥これ上げるわぁ〜♪ 歩いてる時にでも食べてやぁ〜‥‥♪」
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
再び現れたお化けにアーシャが巨大な悲鳴をあげるまで。
「キャアア!!! やめて〜〜!!!!」
涙目のディーネは大きな声を上げると蹲ってしまった。
「だいじょうぶ? ディーネさん?」
「えっ‥‥、あっ?」
気がつくと心配そうに自分を覗き込むマールと、幽霊に扮した子供達。
「あ‥‥、ゴメン。ビックリしすぎちゃった。でも、よくできてるね」
褒められて嬉しそうに照れ笑いする子供達。
従業員でもあるディーネの前でだからするネタ晴らしだが浴衣にのっぺらぼうのお面、浴衣にしゃれこうべ。
青白い顔にメイクを施したのだ。
「空気が冷たいのはディーネさんのアイデアだよ」
廊下の隅の桶を指差してマールは微笑んだ。
「うん‥‥解っててもびっくりしちゃった。こんにゃくで動けなくなっちゃってたし、なによりふわふわ浮いてるんだもん。幽霊かと思って‥‥それで、それで‥‥」
じわりと涙目になるディーネ。正直、彼女の驚きは冒険者や子供達の想像をはるかに超えていた。
「そんなに怖かった?」
「だって、お化け怖いんだもんッ!! 幽霊よ? 幽霊ッ!」
真剣な答えに子供達は、笑顔になる。
「やったー! 驚いてもらえたあ!」
ディーネをそれだけ驚かせたということはお化け屋敷としては大成功、ということになる。
マールと子供達はパンと手を叩きあい、喜び合う。
「はは、ハハハハ‥‥」
その笑顔の中にやがてディーネも加わり、笑い声は一時ホラーハウスに似合わない賑わいを与えることとなった。
それは、勿論そう長いことではなく、暫くの後からは悲鳴に代わる。
悲鳴をあげさせる側に今度はディーネが加わったことは、言うまでもない。
そして、二人は最後の扉を開いた。
「良くぞここまでたどり着いた!」
真っ暗な部屋に一つ、二つ、三つと蝋燭のともし火が灯る。
その中にマントを翻して現れたのは
「なにをしておいでなのですか? ヴラドさん?」
見知った顔の神聖騎士。思わずツッコんだクリステルに
「ちがあーーう! 余はこの館の主たる吸血鬼! さあ、麗しの乙女達よ。その芳しき悲鳴を余とその部下に捧げるのだアア!」
ヴラド、ではなく吸血鬼はパチンと手の指を鳴らした。と同時
「ケッケケ!」
「お化けだぞ〜、食べちゃうぞ〜〜〜」
たくさんの子供お化けが襲ってくる。あるものは着ぐるみを身に纏い、在る者は布を被って。
のっぺら坊のお面を被っている子などさまざまだ。最後の場面に残った子供達がそう出演した、というところだろうか?
正直、本物を見慣れている彼女らにとっては、まったく怖くない。
驚きで言うなら、途中の幻蔵の仁王像や、のっぺら坊の方が上である。
「ひめいをあげろ〜〜」「にげないとほらほら、つかまえるぞ〜〜」
勿論、蹴散らすことは容易い。
でも‥‥ここはお化け屋敷である。ここの作法にのっとるなら
「きゃああ♪」
楽しげな悲鳴を上げるクリステル。
「逃げましょう!」
彼女の手を取り駆け出すシルヴィア。これが正解であろう。
「やったぞ! 皆の者。我らの勝利なのだアア!!」
出口に向かって駆け出す二人を見送り、子供達とヴラドは声を上げる。
それを背後に聞きながら、シルヴィアとクリステルは顔を見合わせ、心から楽しそうに笑っていた。
○小さな約束
「ぜんぜん、怖くは無かったわよ」
屋敷から出てレアはマナウスにそう言った。
「そうか。それは申し訳なかったな」
笑いながら頭を掻くマナウス。出口で貰ったクッキーを一つかじる。
「‥‥でも、楽しかったわ。ありがとう‥‥。また行ってもいいかもね」
夕焼けの中、レアはマナウスに微笑む。
その朱金の輝きの中の恋人が眩しくて、
「ああ‥‥また、な」
マナウスは目を細めてそう頷いた。
お化け屋敷から出てきた時のアーシャは本当に憔悴しきっていた。
「大丈夫ですか? お姉さま」
「だ、大丈夫。心配しないで」
こわばらせた笑みのアーシャは立ち上がり、どんなに悲鳴を上げても自分からは決して放さなかった手を静かに放した。
「今日は楽しかったわ。ありがとう‥‥。今度また、こんな機会があるかしら‥‥」
寂しげに笑う姉。近い将来、二人はまた遠く離れてしまうことが約束されている。でも
「大丈夫ですよ。離れても何時でも会えるから‥‥」
そんな姉の心配を振り払うようにアーシャは鮮やかに笑った。
それを見てアーシャもまた笑みを明るいものに変える。
「そうね‥‥何時でも、また‥‥。また、一緒に遊びに行きましょう」
「はい!」
二人の手はもう一度強く握られる。
大切な約束と共に。
「少し‥‥残念でしたでしょう?」
屋敷を見つめるシルヴィアにクリステルはそう問いかけた。
「いいえ。また、機会はきっとあります」
振り返った彼女はきっとさっきまで浮かべていた表情を払って、親友に最高の笑顔を見せる。
「今日は楽しかったです。また、機会があればご一緒させて下さいね」
「勿論です。月桂樹の騎士様。今日はありがとうございました」
丁寧に礼をしたクリステル。彼女は、ふとシルヴィアの背後に現れたものを見て柔らかく微笑んだ。
「シルヴィアさん。お迎えですよ」
「えっ?」
「やっほー! お化け屋敷、もう終わっちゃった?」
駆け寄ってくる笑顔の少女はヴィアンカ。
とことこと後ろから追いかけてくる小さく不思議な鳥? と彼の父親。
「あのね、この子、やっと卵から出てきたの。具合悪くなったのかと思って心配しちゃった」
「せっかくの誘いをすまなかったな」
「あ、いえ。とんでもありません。あの‥‥お土産にクッキーを貰ったので、よければ一緒に食べませんか?」
「わーい。クッキー食べる。キアラも食べるよね?」
「クアッ!」
心通わす者同士の輝かしい一時。
それを少し離れた所から見ていたクリステルは礼をして去っていく。
「あらっ?」
振り返った彼女の足元には、いつからあったのか小さな水晶のかけらが不思議な光を放っていた。
そして、お化け屋敷。
「お化け屋敷興行大成功、おめでとうなのだ。乾杯!」
「乾杯!」
無事お化け屋敷イベントを成功させた従業員達が子供達と、ささやかな打ち上げ会を楽しんでいた。
料理は本当にささやかなものであるが、ルザリアと少女リンが作ったクッキーが大好評であった為、かなり盛り上がっていた。
「いやー、楽しかったのだ! 皆の驚く顔、楽しい顔というものはよいものなのだ!」
「子供達の思い出作りの手伝いが出来れば何よりだ。楽しませても貰ったしな。いや、実は久しぶりに帰った家はお化け屋敷よりも恐ろしくて‥‥」
「ヴラドさん、ジェームスさん。リンゴジュースで酔ってるの?」
笑い声は消えることが無い。
冒険者への報酬は、僅かなお金と小さな石が一つずつ。
子供達が丁寧に磨いたマーブル。金銭的な価値は何も無いが、子供達の心栄えのように輝いている。
「また来年もと言っていった者も多かった。ぜひ、これからも続けていくといい」
ルザリアの言葉に、子供達は嬉しそうに、また照れくさそうに笑い頷いていた。
「私、ケンブリッジに行っても、ちゃんとここに帰ってくるから。皆、また来年も一緒にお化け屋敷やろうね」
リンは笑う。夏の太陽のような、未来を信じさせる最高の笑みで。
冒険者と仲間達からの贈り物を持つ彼女は、きっとどんな困難も越えて輝ける未来を手に入れるだろう。
かくして今年の夏も終わりを告げた。
最後の夏はもう来ない。
輝かしい夏は何度でも来る。
人が望む限り。約束が続く限り‥‥。