【‥‥その影】失われた月のかけら
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 36 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月14日〜09月19日
リプレイ公開日:2009年09月21日
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●オープニング
先のデビルのキャメロット襲撃は、言うまでも無く大きな傷跡を街に、人に残した。
王城が襲われ、王妃が奪われた。
円卓の騎士や冒険者はデビルの掃討や、城の修復、警備に忙しい。
大きな事件の影に隠れた、これは取るに足らない依頼かもしれない。
だが、これも間違いなく悪魔達の襲来が残した小さくない傷跡の一つ。
やってきた青年はバルドと名乗り、泣きはらした顔で依頼書をカウンターに差し出した。
「デビル退治の依頼か‥‥。対象はインプ‥‥? ちょっといいか? この依頼書にはキャメロットを襲ったインプとあるだけで、どこにいるインプか書いてないんだが?」
依頼書を確認し、確かめる係員に依頼書を出した青年は、はい。と頷いた。
キャメロットを襲った雑魚デビルの数は多い。インプも相当な数に及ぶだろう。
殆どが退治、掃討されたとはいえまだ、キャメロットのあちらこちらに潜んでいる可能性もある。
逆に逃げたものもいる筈で、どんなインプか、どこにいるのか解らないと探しようも無い。
「解っています。ですが、どうしようもないのです。インプであること‥‥それ以外解らないから‥‥うっ‥‥」
声を殺して下を向いた青年の目には涙が浮かんでいる。
「どうしたんだ?」
問う係員に彼は、静かに事情を説明したのだった。
ことのおこりは先日の魔王襲来。
城の混乱もさることながら同時に起きたデビルの襲撃は街の人々を襲い、パニックに陥れた。
逃げ惑う人々。その中に彼と彼の恋人もいた。
手を繋ぎ、逃げる二人。
「早く逃げるんだ。セフィア!」
だが、彼女はその手を解き、後ろを向く。
「待って、バルド! 首飾りが!」
「そんなのはいいから! 早く! セフィア!!」
「でも‥‥! キャアア!!」
「セフィア! セフィアァ!!!!」
「彼女は落とした首飾りを拾いに戻り、その途中でデビルに襲われました。混乱の中、僕も戻りましたが助けることもできず、逆にデビルに襲われて傷を負いました。意識を失う直前‥‥」
彼は聞いた。楽しげな声を。
『なんだ? これこれ?』
『キレイ、キレイ』
「待て! それは‥‥セフィ‥‥アの‥‥」
伸ばした手はセフィアにも、デビルにも届かず彼の意識は闇に飲まれていった。
「僕に‥‥力があれば‥‥」
悔しげに青年バルドは手を握り締める。
彼は後に、救出に来た王宮騎士に助けられ九死に一生を得るが、恋人セフィアは死亡が確認された。
遺体の傷が少ないのがせめてもの救いであったが彼女の手には、探しに戻った筈の首飾りは握られてはいなかったのだ。
「金の鎖にムーンストーンの飾りがついたものです。僕の聞いた声が夢でなければ、デビルが持ち去ったのでしょう。おそらくインプであると思いますが、僕は、その後奴らがどこに行ったか解りません」
だから、冒険者に探して欲しいのだという。
まだ城下にいるかもしれない、彼女の首飾りを持ったデビルを。
依頼書を見ながら係員は確かめる。
「行っておくが、城下にデビルがいる可能性は勿論ある。だが、そのデビルが既に街を出ている可能性、倒されている可能性もあるってこと、解ってるか?」
はい、と彼はもう一度頷く。
「解っています。だから、必ずとは言いません。ただ、10日後までにそれを探して持って来て頂けたら、できる限りのお礼は致します」
そう言ってお辞儀をした彼。
10日後に何があるのか、解らないが、まだ聞いていいことでも無いだろう。
係員は黙って依頼書を貼りだす。
これは、魔王来襲の影にあったいくつもの悲劇の一つ。
大勢には何の影響も及ぼさない、小さな事件である。
●リプレイ本文
○遺された者
「失礼します。‥‥どうか、気を落とさないで下さいませね」
キャメロットの住宅街、そんな声と共に一軒の家の扉が開かれた。
「‥‥お願いします」
数名の冒険者の影をそんな細い声と共に下げられた頭が見送って、やがて扉は再び閉ざされる。
「彼は‥‥大丈夫でしょうか?」
呟いたラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)の言葉の意味を問う者はいない。
「今にも死にそうな顔つき、というものが本当にあるとすればあんな感じなのでしょうね」
イェーガー・ラタイン(ea6382)は答え、ワケギ・ハルハラ(ea9957)も頷く。
「気持ちは解らないでもないよ。デビルに襲われ目の前で最愛の人物を殺されたのだからね。何を言っても慰めにはならないだろう」
腕を組むヒースクリフ・ムーア(ea0286)は微かに目を伏せた。
言っても仕方ないことだとは解っている。
だが、考えずにはいられない。
もし、デビルの襲撃が無ければ、いや、あったとしてもあの時、もっと上手く立ち回っていたなら、この件もまた違う結果が有っただろうか、と‥‥。
「‥‥彼のように悲しみにくれている者が、今、キャメロットの空の下にどれ位いるんだろうね」
空をヴィタリー・チャイカ(ec5023)は見つめた。
眩しすぎるほど青い秋の空がぼんやりと目元に染みる。
『俺もこの街で戦ったがインプも相当な数だ』
先を歩くハティ・ヘルマン(ec6747)は仲間達の声を聞きながらラルフェン・シュストの言葉を思い出していた。
『‥‥依頼人の彼が救われる道をどうか皆で探し照らして欲しい 』
その思いはハティもまた同じである。
この依頼はたくさんの悲劇のほんの一欠けらに過ぎない。解決しても自己満足に過ぎないのかもしれない。
けれど‥‥それでもできることをする為に冒険者は歩き出した。
○月の宝石
どこの誰が持っているかも解らない、誰かが持っているのかどうかも解らない宝石を、冒険者達はそれでも全力で捜し続けた。
タケシ・ダイワから預かった地図でワケギとイェーガーが市街地で聞き込みを、ヒースクリフ、ハティ、ラヴィサフィアが戦場となった場所を中心に探していた。
懸命に探す彼らの捜索範囲はやがて、街の外へと移動していった。
「ミカヤ、本当にそいつは街の外に出たんだね?」
問うヴィタリーにミカヤと呼ばれた青年はぷうと、頬を丸くした。疑うのか? といった風だ。
「疑っている訳ではないのですわ。ミカヤ様。ご機嫌をなおして下さいな。あとで、ワケギさんが音楽を聞かせて下さいますから」
「心から、感謝している。だから、もう少し力を貸してくれないか」
ミカヤと呼ばれた相手をなだめるラヴィサフィアとハティ。その声を聞きながら、そうかとヒースクリフは頷く。
騎士達に追われたデビルの一団が外へ逃げていった。その一匹が首に飾りを着けていた。とヴィタリーのムール。ミカヤは言ったのだ。
「魔王も姿を消しました。おそらく元々下級デビルなど捨て駒です。助けが来る筈もない。ならばちりじりになって逃げ出すものがいてもおかしくはありません‥‥どうしました?」
「しっ!」
同じ馬に乗るワケギの様子が変わったのを見てイェーガーはそれ以上の問いを止め声を潜めた。
仲間達もそれに習う。
「この少し先にデビルの集団がいます。それほど強くは無い‥‥インプやグレムリンの集団です」
「そうか。頼んでいいかい? ヴィタリー君、ミカヤ君」
「ミカヤ」
剣を抜くヒースクリフとヴィタリーに促されムールは、少し真剣な目を見せると頷き、小さく呪文を詠唱した。
放たれたムーンアローは、揺れる事無くデビルの集団に奔り、その一匹を貫いた。
『ギャア!!』
声を上げるデビル。集団はざわめき、バラバラに逃げようとか揺れて動いた。
矢が刺さったデビルもその中に紛れ逃げようとしている。
「待って下さい!」
ホーリーフィールドを展開したラヴィサフィアはデビルの群れに思わず呼びかけた。
「その首飾りは大切な、大切な品なのです。ただ綺麗なものならラヴィのものを差し上げますから‥‥だからどうかお渡し頂けませんか?」
無論、デビルに彼女の声や思いが届く筈は無い。
返事は金切り声。そして振り下ろされた爪。
結界に守られ届く事は無かったが、それが宣戦布告となった。
「逃がしはしない!!」
デビルの群れの最後方に瞬間移動したヒースクリフが手近いデビルを袈裟懸けにする。
前方ではハティが炎の魔力を帯びた剣を懸命に振るう。
ヒースクリフのようにはいかないが、一匹ずつ確実に彼女も敵を倒していった。
援護するイェーガーの矢、ヴィタリーの魔法も敵を外す事は無い。
だが数は相手の方が多い。隙を縫い肉薄してくるデビルの一匹に
「危ない!」
ラヴィサフィアは声を上げた。見ればハティの側にデビルが!
「わあっ!」
だがハティに迫る筈の敵は、手を頭上に伸ばしたまま青い氷の中に閉じ込められる。
「大丈夫ですか?」
頭上から気遣うワケギに、ハティは
「感謝する」
一瞬、頬を緩ませたのだった。
そして、冒険者ペースで進められた戦闘はやがて、デビルの全滅で終わりを告げる。
草木を掻き分け、さっき確かに合った筈の反応を彼らは探し始めた。
「必ずどこかにある筈です。諦めませんよ」
敵は一匹たりとも逃がしてはいない。
戦いよりも懸命な様子で探す冒険者達にムールも力を貸した。
「‥‥あった」
そして冒険者達は見つけ出す。
新緑の草むら。
デビルの死骸の中で穢れなく月色に輝く捜し求めた宝石を。
○墓地に捧げられた愛
今日は彼が依頼を出して10日後。
冒険者は示し合わせた訳ではないが教会に集まってきていた。
いく場所は同じ、セフィアの墓である。
「気になります。どうしても‥‥」
足を速めるワケギに他の仲間も習った。
その日に余裕を持って冒険者達はペンダントを依頼人に届ける事ができた。
「ありがとうございます。これで、間に合います」
依頼人は確かに喜びの表情を持ってそれを受け取った。だが
「お役に立てて幸いですわ。でも‥‥大丈夫でいらっしゃいますの?」
気になってラヴィサフィアはそう問うた。
彼の顔色は変わらず悪い。あの時から少しも変わってはいない。
「間に合う、とは何のことだか聞いてもいいでしょうか?」
イェーガーの問いに彼は微笑を浮かべるのみ。報酬を渡し丁寧な礼をする。つまりは拒絶したのだ。
「ならばせめて墓地に参りたい。後で場所を教えてくれるか?」
ヒースクリフの問いには答え場所を教えた依頼人は10日後だけは止めてくれ‥‥と言って帰っていったのだ。
だが、冒険者達は今日来た。
依頼人との約束を破った事になるが、それは間違ってはいなかった。正しかった事を知る。
「バルドさん!」
墓地の前には倒れた依頼人の姿。
足元には流れる一面の血。血まみれのナイフがハティの足元に転がっていた。
冒険者達は全速力で駆け寄り手にしっかりと首飾りを握り締めたまま冷えていく彼の身体を必死で抱き起こした。
「しっかり! ラヴィ君!」「はい!」
回復魔法の持ち主がいたのが幸いし彼は一命を取り留めたのだった。
○永遠の月の輝き
「今日は、僕と彼女の結婚式の筈だったんです‥‥。この首飾りは、結婚の約束だった‥‥」
意識を回復したバルドはそう呟いた。この日に自分も彼女の所に行こうと決めていた。と。
「僕は約束したんです。彼女と結婚すると! だから、死なせて下さい。お願いします!」
首飾りを握り締め、泣きじゃくる彼の気持ちを冒険者は痛いほど理解する。
だが、理解するからこそ。
「そんなことをしてはいけませんわ」
静かにその気持ちを諌めたのだった。
「これはバルド様からの贈り物なのでしょう? セフィア様は貴方を愛しておられたから命を駆けてもこの首飾りを取り戻したかった。それほど愛した方の死をセフィア様は決して望んではおられません」
「でも‥‥、僕の‥‥せいで」
「君のせいではない。デビルの‥‥そしてあえて言うなら我々の責任だ。だから、ここに誓う。この様な悲劇を二度と起こさぬと」
優しいラヴィサフィアの微笑、真っ直ぐなヒースクリフの誓い。ワケギは無言で音楽を奏でイェーガーやヴィタリー、ルームも優しく見守る。
そしてハティはあの墓場で拾った首飾りを、もう一度バルドの手に返し、静かに握らせた。
「この‥‥優しき月の光が、貴方の生きる糧となるよう‥‥心から祈る」
暖かい手のぬくもりに、彼は再び涙を落とす。
だが、声を上げて泣いた彼の表情は、前とは確かに違っている。
ハティとラヴィサフィアは彼の枕元に座り、その手を握った。
冒険者達は全員が、彼の涙が止まるまで見守り続けていたのだった。
教会を静かに出て冒険者は町並みを見つめた。
魔王来襲の混乱も収まって、街は活気を取り戻しつつある。
行き交うたくさんの人々。
「彼らの一人一人が、誰かの大事な人、なんですよね」
ワケギは抱きしめるように言うと手近なところに腰掛け竪琴を奏でた。
この世に誰にも必要とされない人間などいない。その思いを込めて。
誰かが誰かのかけがえのない人物。それは誘拐された王妃であれ、殺された娘であれ変わらない。
「ああ、そのかけがえの無い誰か、を守る為に我々は全力を尽くすしかないんだ」
ハティは手の中のナイフを見つめる。彼は冒険者の言葉が届いたのなら同じ事を繰り返す事はしないだろう。だが、またデビルの来襲があれば別の場所で同じ事が起きるに違いない。
「誰かの大切な人を、守る。私にもできるだろうか」
初めての依頼を噛み締めるハティに仲間達は笑顔で頷き手を差し伸べたのだった。
それからずいぶん数年経って後、冒険者はバルドの結婚の噂を耳にする。
けれどその前もその後も、死んだ彼女の墓に花が途絶えることは無かったのだった。
墓に供えられ埋められた首飾りの輝きも、ずっと‥‥。