●リプレイ本文
○追跡
秋の空は高く、目が痛いほど蒼い。
誰もが見惚れる空にありながら、冒険者達の多くは無言で、ただ前を目指していた。
少し遅れ地上を行く冒険者も同じ。
その表情は明るいというものからは程遠かった。
「大丈夫か? 馬は慣れないと尻が痛くなる」
空気を変えようと、か。リ・ル(ea3888)が後ろに向けてそんな言葉をかけた。
「猫でも立ちでも俺はどっちでもいいぜ?」
旅立つ前そんな軽口を叩いたキット・ファゼータ(ea2307)。
「平気さ。気にしないで急げよ。上の連中に遅れるぞ」
全速力の馬の後ろに乗ると言うのはそんな楽なことでもないのだが、そんなことは微塵も出さずにそう答えた。彼の気持ちや思いも解るから、リルは、そうか、と頷いて今度はもう少し後方を行く仲間達に声をかける。
「もう少ししたら村があるはずだ。情報収集もかねてそこで今夜は休もう。上の連中も先の偵察を終えたら来る筈だ」
「解りました」「りょーかい」
「アルテスも。いいか?」
「解りました」
前を行くアルテス・リアレイ(ea5898)、後ろを走るグラディ・アトール(ea0640)、閃我絶狼(ea3991)も
手綱を握り締める。
「この辺はまだ大丈夫そうですねぇ〜。良かったですぅ〜」
優雅に走るエリンティア・フューゲル(ea3868)は微笑む。彼の言葉通り周囲の森はまだ明るく、デビルの気配を漂わせてはいなかった。
「次に狙われるのはこの村かもしれないと思う」
夜、宿の一室に集まった仲間達を前に空木怜(ec1783)は静かに告げた。
「この先の村が二つ、やられていた。一つは例の村人の村らしいから、もう一つやられたってことになる」
「間に合わなかった、と思いたくはありませんが‥‥先にそちらの方の調査と救出に行っていたのでまだ、例の村には行っていません」
すみません、と頭を下げるシルヴィア・クロスロード(eb3671)。だがその言葉の意味に気づいたキットが目で問うとええ、とリースフィア・エルスリード(eb2745)が頷いた。
「既にデビルは場を去っていましたが、数名の生存者を発見しました。彼らは近くを行く商人さんたちに託してキャメロットに避難させています。話は勿論聞きました」
「惨状は前の村に劣らず酷いものだったようです。生き残った女性は家族を失ってそれでも家族の為に必死に生きなくてはと息を潜めて隠れていたと、涙も出ない様子で話してくれました」
「女性‥‥、生き残っていたのは成人ですか?」
今度はグラディの問いにああ、とマナウス・ドラッケン(ea0021)は頷く。
「ああ、リースフィアのいう女性以外にも数名いたがみんな成人だ。深い傷を負っているものはいない。ほぼ無傷だ。そして生き残った皆、一様にある名前をデビル達を率いる指揮官の名として口にする」
「‥‥ラーンス・ロット」
確認するような、祈るようなグラディの言葉に頷く冒険者達。
この依頼を聞いたときから冒険者の頭に浮かんでいたある疑問がさらに深まっていった。
「まるで、その名を伝える為に生かされたみたいですぅ〜」
「ああ、正直その可能性は高いと思う。最初の話を聞いた時から思ってたけどな」
わざわざ聞かせるようにラーンスの名を呼んだと言うデビル。
最初の村でも、次の村でも
『王妃の為に』『血の生贄を』と言っていたと言う『ラーンス』
本当にそうだとしてもわざわざそれを口にし、聞いた人物が生き残っていたということは、それを奴らは誰かに聞かせたかったのではないか、と冒険者は考えたのだ。
無論依頼人であるパーシ・ヴァルもその事は承知しているであろう。
「つまり、俺達は待ち伏せされている可能性が高いってことだ。生贄用か、それともメッセンジャーか」
「その場合はラーンス卿が本物である可能性は下がりますね。デビルの変身であれば良いのですが‥‥」
できるなら偽物であって欲しいとシルヴィアは目を閉じる。
彼女が夢見る円卓の騎士。その筆頭と言われた人物が本当にデビルと共に人を襲うところまで堕ちたとは思いたくは無い。
パーシも心を痛めるだろう。
「デビルが変身している、もしくは憑依して操っているというのであればそれを見抜く事はできます」
リースフィアは顔を上げ仲間達に言った。彼女の指には先の探索で手に入れた魔法の指輪がある。
「その場合はデビルの変身やその他に気をつけながら捕らえればいいでしょう」
「問題は本物であった時ですね。かの人を私達が止められるか‥‥」
目を伏せるシルヴィア。だが冒険者達の瞳は揺ぎ無い。
「例え、本物であろうと無かろうと彼が罪人であることに代わりはありません。いえ、本物であるならなおのこと、彼の愚かしくも悲しい行為をここで止めるべきだと思います」
「パーシもそれを望んでいる筈だぜ。‥‥迷うなよ」
肩を叩くリルの言葉にシルヴィアも
「はい」
と答えた。
ラーンスに直接、間接のかかわりを持つ者は多い。
それぞれが、それぞれに思いを抱いている。
その思いがひょっとしたら明日、一つの決着を迎えるのかもしれない。
相談と役割分担を終え、部屋に戻ろうとしたリースフィアは小さく呟いた。
「貴方は嘘をつきましたね‥‥」
目に見えぬ誰かに告げた言葉は届くにはあまりにも遠く、小さかった。
○襲撃、二人のラーンス
翌朝、冒険者達は二手に分かれた。
周囲と滅ぼされた村を調べる部隊と、この村の近辺を調べ迎え撃つ部隊にと、だ。
さらに村に残った者達は付近の様子を探る者と、村を守る者に別れた。
森の奥に探索の拠点を作ることも考えたが万が一、村を狙われた時に守ることを考えて冒険者の拠点は村の直ぐ近くに作られた。
デビルの襲撃があるかもしれないと聞き半信半疑だった村人達もテキパキと動く冒険者と
「私達を信じて頂けないでしょうか? 悲劇を繰り返したくは無いのです」
そう真摯な眼差しで告げたシルヴィアの言葉にしたがって避難をしてくれた。
今、村は静まり返っている。
「このまま、何も無いといいんだがな‥‥」
槍を肩に息を吐き出すリル。だが彼には自分の言葉が無理であることがちゃんと解っていた。
滅ぼされた二つの村から発見され、出て行った僅かに残るデビルの痕跡は、間違いなくキャメロットの方向に向かっている。
そして、このままであれば、間違いなくあの村を、襲うだろう。
「真っ直ぐに向かってないのが気になるところだがな‥‥。一直線に向かっていてれば俺達が到着する前にあの村が滅ぼされていたかも‥‥」
「ああ、行軍が遅い。まるで、何かを待っているような‥‥」
「! リル!! あれを!」
絶狼は空を指差した。頭上を鷹が旋回している。そして、村の方で高く響く呼子笛の音‥‥。
指輪の蝶が忙しくその羽を羽ばたかせている。
「来たか!? 行くぞ! 絶狼!」
走り出す冒険者達。村に向かってひた走る。
彼らが村に戦端は既に開かれていた。
冒険者達が戦闘の場所として選んだのは、村はずれの小さな広場であった。
波のように迫ってくるデビル達。
その先触れであろう一団と村を守る冒険者達は既に斬り結び始めていた。
足元には怜が貸してくれた龍晶球が光を放っていた。
「まずは雑魚を片付ける。深追いはするな。直ぐに皆、戻ってくる。追撃は奴らに任せておけばいい」
村に一番近いところにいたが故に、最初の波の直撃を受けることになったキットはグラディと背中を合わせ、エリンティアを後ろに庇いながら声を上げる。
「了解しました。‥‥指揮官の姿はまだ見えないようですね」
手に持ったタリスマンを発動させながら、グラディは後ろを向いて、アルテスに確認する。
「でも、まだ、この程度の敵ならどうにでもできます。今は、まだ様子を見ていて下さい」
「解りました。怪我をした場合には直ぐに呼んで下さいね」
フォーメーションもできている。数は多いが確かにこの程度の相手に、これを使うまでもないだろう。
アルテスは聖書を持っていた手から力を抜いた。
代わりにデビルを真正面から見据え戦う。
だが、その中で一人変わった様子で考えに耽っている者が、いた。
「むー‥‥。まったく呼吸しないデビルの中に人間の呼吸音が一つぅ〜、あれがラーンス卿なのかもしれませんけどぉ〜、ってあれぇ〜」
ふと、首を傾げるエリンティア。心配そうにグラディは問う。
「どうしたんです?」
エリンティアは、小首を傾げながら
「いえ〜〜〜、ただ、随分後ろの方にいるんだなあぁ〜って思っただけですぅ〜」
そう答えた。彼らに正確なデビルの人数は解らないが、最後方であるのは解った。
「指揮官ってもう少し前に出てくるもんじゃないですかねぇ〜〜?」
「それぞれだろ? ほら、油断すんなよ。来るぞ!」
キットの言うとおり、デビルとの戦闘。第二の波が来始めた。
数は最初の倍。だが負ける気はしない。
「大丈夫ですか?」「遅くなってすまない? けが人は?」
空から
「結界を貼る。後は思いっきりやっちまおう!」
「リル」
地上から仲間達が戻って来たからだ。
「そうですねえぇ〜、考えるのは後ですぅ〜。行きますよぉ〜。ファイアーボム!」
頷き合って敵に向かい合う。
炎の花が咲き、剣戟の歌が響く。
敵の部隊はもう半分ほどに減ろうとしていた‥‥。
ふと、デビル達の攻撃が止まった。
「流石、歴戦の冒険者。こんな雑魚では相手にならないか‥‥」
聞きなれた声と共にデビルの群れから、一歩、歩み出てきた者がいる。
動きを止めた冒険者達も目を見開く存在。
「‥‥お前は‥‥」
ギリリ。マナウスの歯が鳴る音がした。
「良く来たな。だが、お前たちだけか?」
目の前に現れた騎士は、そう冒険者達に問いかけた。
「どういう意味だ?」
答えず彼は微笑を浮かべるのみ。
金色の髪、整った容姿。冒険者は『彼』を良く知っていた。
それはイギリスの騎士、ラーンス・ロットと同じ外見。
「よう、間男、枷が外れてすっきりしたって面してるぜ。もう申し開きすら考えなくて良いお立場か?」
軽口を叩きながら含んだ笑みで絶狼が声をかけた。
「申し開きなど、するつもりはない。本来の姿に立ち返ったまでだ。元より、私や王妃様のような優れた者が、器無き者に仕えたり、悲しいまでに弱く、脆い者を守ったりする必要などなかったのだからな」
泰然と答える様子は騎士としての強い自信を感じさせる。
本当のラーンス・ロットが闇に堕ちればこう言う風に答えるのかもしれない。
「脆いからこそ守るんだろうが!」
声を荒げリルは飛び掛らんばかりに怒りを顕にする。。
だがそれをリースフィアはそっと手で制して一歩前に出た。
アルテスに目で合図する。彼はその意味に気づいてさりげなく後ろに下がって、準備する。
微かな合図にリルも気づいたようだ。
そして横に広げられた手は他の仲間達に戦闘の準備を知らせていた。
動き出し、位置に付く、仲間達の様子を確認し、一度だけ目を閉じたリースフィアは
「貴方も魔界の騎士と呼ばれる者であるなら、己の姿で挑みなさい。アビゴール!」
強い意志と言葉で、そう言い放ったのだった。
『何故‥‥解った?』
ラーンスの外見をしていたものは、正体を看破されて後、それを取り繕うような無様な真似はしなかった。
「説明する必要はありません」
小さな指輪を一度だけ手でそっと撫でてリースフィアは顔を上げた。
デビルの本性を見抜くこの指輪はリルの槍、アルテスの聖書と共に『託された』ものだ。
デビルの脅威から人々を守るために。
「貴方がデビルと解ったなら、手加減の必要はありませんね。捕縛します。覚悟をなさい!」
『いかに貴様らが歴戦の勇者揃いとはいえ、簡単にはやられぬ。我らには役目があるのだからな』
闇が解けるようにラーンスの外見をしていた者が、デビルの姿へと戻る。
デビル達の間にまぎれていた愛馬に跨り、闇の騎士として剣を抜く。
残ったデビルに一斉攻撃を命じようとしているのは一目瞭然であった。
だが、それは冒険者達が待っていた瞬間でもある。
「黙れ! 人の命を奪うような役目を誰がこれ以上させるか!」
マナウスの言葉が合図となった。
リルとアルテス。二人を中心に光が湧き上がった。
白い光はやがてまるで絨毯が走るように、冒険者から周囲に向かって広がっていく。
冒険者にとっては夢見るような美しい光景。
けれどデビル達にとってはその光は、動きを縛る枷となる。
『な、なんだ? これは?』
グギャギャ! ギャウウ!
空を飛んでいたデビル達の多くが、地面に縛り付けられるように落ちていく。
指揮官であるアビゴールとその馬でさえ、顔を顰め苦しげな表情を見せている。
「黄金の聖書の聖結界です。貴方達の動きは封じさせていただきました」
アルテスは静かに微笑する。息が微かだが荒くなっている。正直立つのも辛い状況であるがそれを彼は敵に決して見せなかった。
使用すると重傷のダメージを負うこのアイテムの使用には覚悟がいるが、仲間達を信じている今なら使えると彼は判断したのだ。
それが解るからこそ仲間達は彼を庇うように立ち、武器を構える。
「お前達の進軍はここで終わりだ。悲劇は二度と繰り返させない! これ以上は進ませない」
キットは剣を構えた。彼の背後には守るべき者があるのだ。
『ほ、ほざけええ!!!』
苦しげに、だが、アビゴールは渾身の怒りと共に、剣を振り上げ突進する。
デビル達も多くがその動きに従い、冒険者に襲い掛かってきた。
冒険者はそれを全力で迎え撃つ。
悲劇を繰り返さない為に‥‥。
正直、勝負そのものはもうほぼ付いていた。
まっこうに戦っても半端なデビルに負けるような実力を冒険者達は持っていない。
まして行動の多くを制限された雑魚デビルなど、彼らの敵ではなかった。
「大丈夫か?」
怜は膝をつくアルテスにそう声をかけた。返事はまだ返らない。
息はそうとう苦しそうである。呪文も唱えられないのだろうか?
「向こうは、大丈夫そうか‥‥」
ダブルアタックやデッドorライブ、カウンター。技を駆使して戦うグラディに卓越した技で敵を寄せ付けない絶狼。飛ぶ力の多くを失っているデビルはキットのソニックブームに吹き飛ばされ、僅かに力を振り絞り逃亡しようとしたデビルはマナウス達にその翼と命を完全にもぎ取られている。
流石にアビゴールとデスホースだけは、まだその動きを保っているがリースフィア、リル、そしてシルヴィアの三人に囲まれている状況では、もう時間の問題だろう。
テスラの宝玉を差し出しかけた怜をアルテスは手で制した。
「僕は‥‥大丈夫です。薬も、ありますし‥‥直ぐに、回復できます。先に皆さんの援護に‥‥」
顔を上げたアルテスの言葉に、怜は周囲を軽く見回すと、頷いた。
「解った。無理はするなよ。ブリジット。頼む」
天馬がいななくように答えるのを確かめて、怜は前線で戦う仲間達の援護と治療に向かった。
言葉通り、ポーションを干し大きく深呼吸をするアルテス。
その時であった。
「危ないですぅ〜!」
エリンティアの言葉と後方に迫る殺気にアルテスは反応する。
即座に飛びのき、後ろを向いた。アルテスは、そこに見たものに我が目を失った。
数瞬前まで自分がいた場所に刺さるナイフ。
そして‥‥
「ラーンス卿‥‥」
もう一人のラーンス・ロットであった。
○心と姿
「ラーンス卿が‥‥もう一人?」
怜とアルテスが目を見開き、シルヴィアは驚きにその手を止める。
だが
「シルヴィア!」
「はい!」
「今は目の前の敵に全力を尽くせ! そいつに気を取られるのは後でいい」
その状況が自分と同じように見え、聞こえているであろう仲間達の多くがさしたる驚きを見せていない事にシルヴィアは驚いていた。
勿論アビゴールを追い詰める最終局面で呆けてはいられないのは解っているのでリルに呼ばれたとおり戦いに戻る。
しかし
「リル?
「なんだ?」
「ひょっとして、気づいたんですか? ラーンス卿の姿をした者が一人ではない可能性に‥‥」
「一人見つかればなんとやらって言うだろ? 外見を写すだけなら一人である必要は無い」
「‥‥なるほど」
彼女は心から感心する。人の外見を借りて悪事を行うのなら、一人ではなく複数でやるのが効果的だ。
その姿が有名であればあるほど、悪い噂はたちどころに広まる。
北海の時を思い出すシルヴィア。
だが、同時に慌てた顔で横を向いた。
「リースフィアさん! あのラーンス卿もデビルの変身ではないのですか? こっちはなんとかしますから向こうに行ったほうが‥‥っ!」
顔の横を掠めた攻撃にシルヴィアは息を飲み込む。圧倒的劣勢。だがアビゴールは闘志を消す事無く向かってくる。
「エヴォリューションをかけているのでしょう。一度受けた武器の攻撃は聞かないようです。武器を持ち替えて戦いましょう」
「了解」
連携して戦う二人はどうやら二人目のラーンスをあまり気にしている様子は無い。
キットやマナウス、絶狼やグラディ。手の開いた冒険者達が向かっていることを差し引いてもの余裕に少し戸惑うシルヴィアにリースフィアは小さく笑いかけた。
「真実の瞳には穴があるんです。人間が変身魔法で化けている場合は見破れないこと。でも、あれはそれ以前の話ですよ。‥‥シルヴィアさん。本当に、解りませんか?」
リースフィアの言葉を抱いてシルヴィアは、もう一度新たに現れたラーンスを見た。
そして‥‥ああ、と理解したのだった。あれが、本物である筈は決して無いと。
現れた『ラーンス』はナイフを拾い上げると、チッと舌打ちした。
「いろいろと期待外れだ。奴が来ると思ったのに来たのは冒険者。ならばせめてその魂をと思ったのに仕留め損なうとはな」
「お前は‥‥誰だ?」
天馬から降りたマナウスは彼から目を逸らさず、睨みつける。
「この姿を見て解らないのか? 俺は円卓の騎士ラーンス・ロットだ」
「貴方はラーンス卿ではないですぅ〜。ムーンアローはラーンス卿ではないと言ってますぅ〜。デビルの中に一人で平気でいられるということはただの人間ではないという事は解ってますよぉ〜」
こともなげにエリンティアは言うが怜はその言葉の意味と押さえられた肩に気づいて青ざめる。そして即座にリカバーを唱えた。
ムーンアローで傷ついたであろうが静かに塞がっていった。
「そんな事、解ってるさ。外見だけ真似たって立ち姿、剣の持ち方、全部が違う。まだ、さっきのアビゴールの方がラーンスかもって思えたくらいだ」
マナウスが言うとおりよく見れば冒険者にもそれが解った。
無造作のようで隙が無い立ち方であるが、騎士よりもそれは盗賊のそれに近い。
そして、どこかで聞いたような声としゃべり方にキットはある人物の名を思い出した。
デビルに魂を売った盗賊。
「お前‥‥まさか、ウルグ?」
肩を竦め、男は再び舌を打つ。それは、肯定を意味していた。
「あの時のガキか。‥‥あいつはどこまで俺を馬鹿にしたら気が済むんだ‥‥まあいい。あの時の借りを返してついでにパーシをおびき寄せる餌にしてやる!」
翻った手がナイフを掴む。冒険者に囲まれていると言うのに男には臆する様子がまったく無かったのだ。
キットはデュランダルを握り、剣をその眼前に差し向ける。
「あいつが馬鹿にするまでもない。お前は馬鹿だ。あの時と俺や、今の状況が同じだと思うな!」
「ほざけ!」
踏み込み冒険者の懐を狙う男の第一刀をキットが交わし、返した時から戦いは始まった。
男は騎士とは違うが卓越した戦闘能力を持っている。
手にしたナイフはおそらく毒付きで触れれば危険である。
「だが、それだけだ!」
キットは仲間達に彼の知る情報を知らせ注意を促した。
知らなければ闇雲に戦いを挑み、やられることもあったろうがキットの言ったとおり、かつてキットが彼と戦った時と、今は状況がまったく違っていた。
グラディとキット。そして絶狼と三人の使い手達が、男を一刀ごとに追い詰めていく。
男の攻撃はことごとくかわされ、逆に冒険者達の攻撃は確実に彼の戦闘力を剥いでいた。
計算違いというように男は渋い顔で唇をギリリと噛んだ。
「あの時よりも成長している‥‥か。だが‥‥」
男はきょろきょろと何かを探すように首を左右に振る。
男の最大の計算違いは冒険者の成長ではなく、待っている何かが来ない‥‥こと。
「あんた、見捨てられたんじゃないのか?」
「なに!」
ククッ、小さくあざ笑うように笑った絶狼は上段に刀を構えると
「たああっ!!」
その機動を横に変え首元に向けて振るった。
「くそっ!」
後方に下がろうとするとマナウスの矢が降ってくる。
男は右のナイフで刀を止め左手のナイフで反撃をと狙う。だが、瞬間目の前に立っていた絶狼の姿が男の視線から消えた。
「何?」
正確に言うなら消えたのでは無く、地面に沈んだ。
アースダイブで沈んだ身体を半分残した絶狼の刀は首ではなく、男の横腹を裂く。
「ぐあああっ!!」
そこに畳み掛けるよううに冒険者の連続攻撃が降る。
「な‥‥何故だあ!!」
何かを求めるように空に手を差し出しながら、男は意識を失った。
手に何も掴むことなく‥‥。
○三人目のラーンス・ロット
依頼を完遂させた冒険者の前にはデビルと人間、二人の『偽物』が残った。
村外れに拠点を作った冒険者達はキャメロットに戻る準備を始めていた。
「けっきょく、どちらも偽物だったと言うわけですね」
大きな失望とほんの少しの安堵を吐き出しながらシルヴィアは捕らえた二人を見やった。
偽物二人のうち、意識が戻って後、暫くウルグは呆然として後
「この! 離せ!!、離せええ!!」
大暴れを見せた。身動きもできない程がんじがらめにされた状況下、諦めて大人しくなるまで数時間。
「見苦しいな」
「ああ‥‥結局は小物さ」
その見苦しさは冒険者の失笑をかった。
一方のアビゴールの方は、ウルグとは真逆。
捕らえられて後も泰然とした様子を崩さず静かに目を閉じ、縛られていた。
「捕まえておいてなんだが‥‥逃げないのか?」
リルが呼びかけてもアビゴールは目を開く事は無い。
相場を失い、剣も奪われ、勿論デビルの動きを阻害する結界も貼ってある。
だがデビルである以上、透明になる、変身する。人に憑依する‥‥。その気を出せば逃亡は可能であると思えるのだ。
その沈黙があまりにも不気味で冒険者達は、勝利に浮かれる事はできずにいた。
「しかし、根本的な問題は解決していないんだよな。ラーンス卿が戻らない限り、またおんなじことが起きるかもしれん」
「確かに‥‥。ラーンスの偽物が出たとなれば調べに出なくてはならないし、そうなればキャメロットは手薄になる。それが狙いかも‥‥」
「人の心も王家や騎士から外れますしね‥‥。まったく、誉れ高き円卓の騎士が人々を守らなくてどうするのか‥‥」
ため息をつく冒険者達。
そこに‥‥
「冒険者のみなさん、ありがとうございました」
村長とその孫だろうか。少女が近づき声をかけた。
「だ・ダメですよ。お礼を言って下さるのはありがたいですが、ここは危険なんです。どうか‥‥村へ‥‥」
押し返すシルヴィア。だがその動きは止まり、なにやら真剣な顔で話をしている。
何があったのだろう。
思う仲間のところに戻ってきたシルヴィアは、無言で、一通の羊皮紙を差し出したのだった。
「これは!」
全員が息を飲み込んだ。
それは紋章で封じられた一通の書簡。そしてその紋章はある騎士のものだったのだ。
紋章を外し、中を読む冒険者達。
その中には端正な文字で短い文章が記されていた。
『冒険者 私の偽物を倒してくれた事に感謝する。
貴公らが私に言いたいことが多々あるのは承知している。
王宮に戻り自らの罪を償うべきだと、いう事も。
だが、今は戻れない。私は、王妃を救わねばならないのだ
許して欲しい‥‥』
書名は無い。
だが差出人が誰であるかは、一目瞭然であった。
「ふざけるな!!」
マナウスは手紙を潰すように握り締めた。
彼には後悔がある。
(「俺はかつて彼を信じて見逃した。王妃を連れ去ろうとする場面を見逃してしまった。
その結果がこれだ、この犠牲は‥‥生まれる筈ではない、生み出してはならない犠牲だった!)
決して消えることの無い後悔。
だが、その思いをぶつけるべき相手はまたその姿を隠してしまったのだ。
「エクターの‥‥悲しみも知らないで‥‥」
グラディもやり場の無い怒りがこみ上げてくる。
手紙を持ってきた少女は預かっただけであるというし、今から追いかけて追いつける相手では無いのは解っている。
ラーンス・ロットはまた闇に消えた。
この手紙からするに完全に堕ちてはいないようではあるが彼は、己の大切な者の為にだけ全てをなげうっている。それ自体がどれほどの罪であるか、知らず、いやあるいは知ろうとせず‥‥。
「人が人を守るのは、そこに未来があるから。貴族が民を守るのは、そこに国の未来を期待するためだ。だのに未来を守ることよりもたった一人を選ぶのか、王族の子よ」
「やはり、貴方は嘘をついた。結局何より王妃が大事だったのだから‥‥」
冒険者の思いはたそがれの空に消える。
届けるべき者に届かぬままに‥‥。
それから一両日後、王城の前に辿り着いた冒険者達は、城の前に待つパーシ・ヴァルと騎士達に「偽ラーンス・ロット」を引き渡した。
パーシ・ヴァルの姿を見た瞬間、アビゴールが縄を抜けその首を狙ったが、それを予測していた冒険者達によって退治され事無きを得る。
「あと‥‥もう少しだったのに‥‥。お許し‥‥を‥‥」
その言葉だけを残して闇に消えたアビゴール。
もう一人の人間ウルグの方も取り調べも行われているが、何もしゃべろうとはしない。
おそらく近いうちに処刑されるであろうと、告げたパーシの使者の言葉を聴きながら、冒険者達はこれで終わりではない何かを感じずにはいられなかった。