●リプレイ本文
○水も滴る?
バシャ! バキッ!
キャメロットの旅立ちの門、そんな音が青空の下響きわたった。
「‥‥いきなりなんの冗談だか聞いていいか?」
依頼した冒険の出発直前。
本来であれば目的地合流と考えていた依頼人円卓の騎士パーシ・ヴァルは自分の依頼に応じた冒険者達にそう問うた。
ちなみに最初の音は水をかけられた音、次の音は殴られた音、である。
声は静かに、髪の雫を払う騎士の言葉にさして悪びれた様子も無く葉霧幻蔵(ea5683)は申し訳に頭を下げる。
「失礼。だが拉致された際、パーシ殿にデビルが何か憑依なりの仕込みがされてないか確認したかったのでござる」
水をかけた者はまがりなりにも頭を下げたが、殴った方キット・ファゼータ(ea2307)は謝る気配も無い。
ただ、真っ直ぐに彼を見て言い放つ。
「別に俺は冗談のつもりでしたんじゃないぞ。この間の件で手間をかけさせたお礼だ。あんまりガッカリさせるなって言っただろ。パーシ」
「そうか」
パーシは二人の冒険者の返事に小さく微笑し、頷く。
「‥‥なるほど、納得した。で、他に用事はある奴はいるか? 無ければ先を急ぐぞ」
「あ、待って下さい。パーシ様、これを‥‥」
彼の言葉にシルヴィア・クロスロード(eb3671)は慌てて荷物から何かを取り出し、そして差し出した。
ハンカチと
「これは‥‥?」
布に包まれた中には解らない文様の書かれた札がある。
「それは泰山府君の呪符‥‥簡単に言えば身代わりの札です。どうかお持ち下さい。返却は受け付けません」
「シルヴィア‥‥」
パーシは何かを言おうとしたのかもしれない。
だが、それ以上の言葉は無かった。
言えなかったろう。あの真剣で揺ぎ無い眼差しを見れば。
「貴方は私の命は貴方の命でもあると言いました。ならば貴方の命は私の命でもあります。止めはしません‥‥だから必ず全員で戻りましょう」
「そういうことですぅ〜。僕達の事を大事な仲間と思っているのでしたら余り無茶はしないで下さいねぇ、僕達にとってもパーシ様は大事な存在なんですからねぇ」
相変わらずマイペースなエリンティア・フューゲル(ea3868)の物言い。だが、冒険者達はそれぞれに頷き、また微笑する。
「ああ‥‥解った。よろしく頼むぞ」
「勿論! しかと! 頼まれたのでござる! このゲンちゃんが眼にものを‥‥」
「はいはい。とりあえず、暴走は向こうでしてくれ‥‥‥‥パーシ」
既にテンションの高い幻蔵の服の裾を引いてからリ・ル(ea3888)はパーシを見つめた。
「あんたは、きっと解ってると思う。だから、あんたの思うとおりにすればいい。俺達はその手助けをする。だが‥‥忘れるなよ。あんたの『使命』じゃなく『やるべきこと』をな」
「‥‥ああ、肝に銘じておこう」
リルだけではない、ここに集った冒険者達。その全員の眼差しと思いを受け取って彼ははっきりとそう答えた。
「ほら、覚悟が決まったら急ぐぞ。時間はあんまりないんだろ?」
「解っている。乗るなら乗れ、おいていくぞ」
ひらりと愛馬に跨るパーシは振り返り、キットを見た。
「馬鹿! 俺がお前と行くのはお前の見張り役だ。勘違いすんな!」
二人の掛け合いを見つめる冒険者達も旅立ちの準備を始める。
いよいよ決戦の時が近づいているのだ。
そしていよいよ旅立ちの時、シェリル・オレアリス(eb4803)が教会に向け祈りを捧げた。
「‥‥どうか、皆が生還できますように。哀しみが少しでも小さくなることを‥‥あら?」
気がつけば横にクリステル・シャルダン(eb3862)がいる。同じように祈りを捧げて‥‥。
「さあ、行きましょう」
そして冒険者達は旅立つ。
運命の戦いへと‥‥。
○対峙
それは異様な光景であった。
約束の場所、ペリノア領に冒険者が辿り着いた時、そこは既にデビルで溢れていた。
インプやグレムリンが主だがその数はかなりなものに及ぶ。
無論そんなものは冒険者は見慣れている。
だがそのデビル達が両脇に控え、冒険者に道を空けている様は異様な光景であったのだ。
「こりゃあ、完全に先に待っていられたって感じだね」
クリムゾン・コスタクルス(ea3075)は深くため息をついた。
外で隠れて待っている、どころの話ではない。完全に場所のアドバンテージは先にとられていたのだ。
他に寄り道もできないデビル達の待つ道の先。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ‥‥」
一人の青年が頭を下げていた。
「フレドリックさん〜」
「中で皆さんお待ちかねですよ」
エリンティアの呼びかけを無視して彼は冒険者を地下墓地へと促した。
「俺はここに残る。いいな?」
七神蒼汰(ea7244)の言葉に青年はどうぞ、と頷く。想定の範囲内、と言った顔だ。
彼の背後には黒豹がいる。
中と連絡を取られることを考えると、今はまだ手荒にはできない。
「あたしも残るぜ」「私も及ばずながら」「僕も外を見張らせて頂きます。何かあると大変ですからね」
クリムゾンにアヴァロン・アダマンタイト(eb8221)アルテス・リアレイ(ea5898)が前に進み出る。
逆に閃我絶狼(ea3991)は中に行くと宣言し、連れていた犬をセレナの方に押しやった。
「セレナ。絶っ太を頼むな」
「解りました。皆様、どうぞお気をつけて」
足元の犬達に何かを囁きかけてセレナ・ザーン(ea9951)も頭を下げた。
「案内はして下さるのでしょうね? フレドリックさん」
静かに呼びかけるリースフィア・エルスリード(eb2745)に勿論と頭を下げた青年は黒豹を残し、手にした蝋燭に火を灯して進んでいく。
「リースフィア様、あれは‥‥」
「ええ‥‥解っています。では、こちらはお願いします」
「頼んだぞ」
「はい」
仲間達の瞳とパーシの言葉を受けた冒険者達がそれぞれに強く頷いた。
やがて地面に仲間達が消えると同時、想像通り、周囲のデビル達は動き出した。
『解っているだろうが、誰も生かしては返さないぞ』
「お前達の考えなど、勿論解っているさ。そして俺達は必ず全員生きて帰る」
一歩前へ進み出た黒豹の言葉を蒼汰は剣の一閃と共に払いのけた。
「皆さん、無理はなさらず。出口を死守するのが私達の仕事です」
「解ってるさ。誰一人地下に入れたりしない」
「がうっ!」「ガルル‥‥」
矢を番えるクリムゾン、彼女のだけではない犬達も狼も敵の数に怯む者は誰もいない。
ふと、デビルの一匹が地下への穴に飛び込もうとする。
だがその愚かなデビルは
『ぐわああっ!』
既に貼られてあった白い結界に弾かれた。そこを蒼汰が袈裟懸けにする。
「本当に怒らせてしまったみたいですね‥‥僕達を、ですよ」
黄金の聖書を広げ祈りの詠唱を捧げるアルテス。そしてアヴァロンが剣を抜いたとき
「我が名はアヴァロン・アダマンタイト。邪悪の走狗どもよ、この身は貴様らの野望を阻む不破の盾と知れ!」
中よりも早い、外での戦いが始まったのだった。
○聖剣の真実
階段を降り地下墓所に入ったパーシ・ヴァルと冒険者達を待っていたのは部屋を取り巻くデビルが十数体。
そして最奥の祭壇に待つ二人のシスター、そして一人のシフールであった。
「皆様をお連れしました」
頭を下げて案内役のフレドリックは祭壇の側に控える。
自己紹介の必要は無かった。罪を抱えアリオーシュに魂を売った一党がそこに揃っていたのだから。
「随分と早いお着きだね。まあいいよ。さて、始めさせてもらおうか? タイトルは『聖剣復活』円卓の騎士パーシ・ヴァルの最後の舞台をね」
「その前に聞きたい事がある。ここにいたゴースト達はどうした? 前に来た時はもっと沢山いた筈なのに」
「ああ、彼らには消えて貰った。聖剣を取るのに邪魔だからね」
「彼らはパーシ様以外の人間を祭壇に近づく事を許してくれませんでしたの。ですから私が」
微笑むシスターミシアの言葉は優しいが、その実は冷酷。
「くそっ‥‥」
マナウス・ドラッケン(ea0021)は唇を噛み締めた。死してこの地に残るほどの思いを彼らは踏みにじったのだ。
「さあ、パーシ卿こちらへ。勿論鍵を持って。君が鍵をここに差し入れ命を捧げれば聖剣への道は開くんだ」
シフールは笑って手を差し伸べる。だがパーシ・ヴァルはまだ動かない。変わりにリースフィアが言葉を放った。
「その前にヴィアンカさんを私達の前に! 交換の約束ですからそれだけは確認させてもらいます!」
「‥‥それは構わないけど、今はヴィアンカじゃないんだよ。ミシア!」
「えっ?」
ミシアが前に立っていたシスターのウィンプルを取る。
ミシアより小さな彼女がヴィアンカであることは冒険者は承知していたが、いつもとはまったく違う様子に声が出なかった。
『控えよ。我は聖剣カリバーンの守護者。聖剣を正しき担い手に渡す使命を持って残る者』
声は確かにヴィアンカ。だが、纏う威厳や力は彼女が持つものではないのが解る。
「憑依‥‥? でも、デビルではない?」
真実の瞳で確かめたリースフィアの呟きに彼女は微笑むとデビルや自分の首元のナイフを気にする様子もなくパーシ・ヴァルに手を差し伸べた。
『問おう。剣の末裔よ。ここに眠るは神に聖別された秘宝、手にすれば多くの者を守る力を得るであろう。人々に力を与えるこの剣持つ者はいつか王になることさえ夢ではない。だが、その剣を手に取るには血族の‥‥お前の命を必要とする。騎士として高めたお前の生き様、思い、未来。お前はそれを失ってもいいか?』
パーシは答えず眼を閉じた。その様子に『彼女』は今度は冒険者達に手をさし伸ばした。
『お前達はどうだ? お前達ではないただ一人を失うことで剣を手に入れられる。お前達は剣を掴むか?』
「剣を取るでしょう。何故なら私は騎士だから、1を斬って100救えるのなら、私は‥‥そうします」
リースフィアは迷い無くそう答え
「『大事な人がそれを望んでいたならば』俺は取るだろう。守る為の力を俺は取る」
マナウスは自分の後ろに感じたものに告げるようにそう言った。
「はは、いい答えだ。パーシ卿。いい仲間をもったもんだ。さあ、早く鍵を開けなよ。まあ、剣は僕らが貰うけどね」
眼を開き父親の形見の剣を握り締めたパーシは『冒険者』と『彼女』に向けて微笑み祭壇への扉を静かに上り始めた。
それを近くで見物するようにシフールは側に近づく。
「さあ、早く開けてよ‥‥君の‥‥」
「待て。話はまだ終っちゃいないぜ」
「えっ?」
振り返るシフール。祭壇の下の冒険者達。
気づけば何人かの姿は無く、残りの者達は戦闘態勢を取っている。パーシ・ヴァルは剣を両手に持っているがその眼は仲間達を見て‥‥
「こいつらは私は、俺はと言ってたろ。今ここで『俺達』の出す答えは違う‥‥。『払える訳ないだろっ!』これが答えだ!」
「パーシ! ヴィアンカを守れ!」
リルがそう宣言した瞬間、何かが爆ぜた様に音を上げた。と同時に響く角笛の音。
「わあっ!?」「な、なに?」
まったくの虚を付かれた様に呆然とするミシアとシフール。
その隙を『彼ら』は待っていた。
いくつもの銀光が煌き、いくつもの動きが同時に一つの目的の為に動き出したのだ。
パーシとヴィアンカを救い出す為に。
最初に動いたのはパーシ・ヴァル。振り返りざま持った剣でシフールの羽を狙う。
雷光にも似たその攻撃をシフールは避けるが、その場からの逃亡は完全に封じられた。
リルから放たれた槍を握った後はなおのことだ。
「ヴィアンカ!」
「ヴィアンカ殿!」
気配を消し祭壇の真下まで来ていたキットと幻蔵は全ての障害を無視してヴィアンカの元へと踏み込んでいく。そしてもう一つ彼らの頭上、その天上から落下した絶狼がそれに加わり三人となる。
音と爆発音に一瞬ヴィアンカの首からナイフが外れていた。
慌ててナイフを構えなおすミシア。だがその手は凍りついたように動かなかった。
「今です!」
クリステルがコアギュレイトを放った瞬間、シルヴィアのチャージングとリースフィアのポイントアタックが、ヴィアンカと彼女。ぎりぎりの隙を通ってミシアの両腕を切り落とす。
「キャアアア!」
絶叫に耳も足も止めずキットはヴィアンカを抱き上げた。
「信じろ。俺を、父親を。絶対に助けてやる!」
「うん」
そこにいたのは『彼女』ではなくきっとヴィアンカ。微笑んで幻蔵にヴィアンカを託すとキットは絶狼と共に敵に向かい合った。
「聖剣よりあいつらの命の方が大事だ。暴れるぞ」
「勿論。さあ蛆虫ども、俺達の逆鱗を逆撫でしてくれた礼はたっぷりさせて貰うぞ!」
「さあ、こっちに。シェリル殿とクリステル殿の側にいればまずは大丈夫でござるから」
ヴィアンカを託された幻蔵は彼女の手を引いた。
『感謝する。だが頼みがあるのだ‥‥』
「ヴィアンカ殿?」
始まる大乱戦。だがそのペースは既に冒険者の者となっていた。
両腕を失ったミシアは回復の詠唱もできず悲鳴を上げ狂ったように徘徊する
「ヴィアンカぁあ!! お前は〜!! 渡さないぃ! 私の‥‥居場所‥‥を」
そこにエリンティアのスリープが飛んだ。
抵抗せず意識を手放した彼女はある意味、幸せであったのかもしれない。
「さようなら‥‥。きっと‥‥自分を認めて貰いたい。そんな願いしか持てなかった悲しい人」
リースフィアは躊躇わず彼女の命を首と共に切り落とした。
「リースフィアさん‥‥感謝するですぅ〜」
彼女を見つめるエリンティアに頷いて、彼女はまた戦場に戻っていく。
やがて場のデビルがほぼ殲滅される頃。
「‥‥はは! 油断しすぎた‥‥かな?」
最後の『敵』が姿を消そうとしていた。
それは小さなシフールが一匹。だが冒険者は誰一人油断をする事無く身構えている。
目の前の存在は今までデビルにも負けぬ悪意と知恵で人々を冒険者を苦しめていた存在なのだから。
逃亡の目はないと踏んだのか、シフールは荒い息を吐き出しながら、それでもいつもの様子を崩さずに小さく笑って宙に浮かんだ。
「当然だ。武装解除もせず俺達を呼びつけた。人質がいれば勝ちだなんて思って油断したお前達の負けだ」
「確かに‥‥。ヴィアンカを完全に手に入れられたからなんでか、もう勝ったって思っちゃったんだよね。あーあ、失敗失敗」
最初のパーシの一刀で羽を傷つけられ、エリンティアの魔法でも羽に穴を開けられた。リルのソニックブームも含め身体のあちらこちらも傷だらけだ。でも、彼はミシアと違い痛みの苦痛を一度も言葉にはしなかった。
「僕はこれで退場、かな。ちょっと残念なのはパーシ卿が聖剣を取り出すのに命を賭けるシーンを見られないこと」
「ふん、人の命を、まして掛け替えの無い存在を犠牲にたかだか剣一本欲しがる馬鹿なんてここには誰一人居やしねえよ。そんなもの無くたって俺達は自分の力で大切な物を守り抜いてみせる!!」
「それに‥‥命なんか本当はいらなかったんだ。あれは俺達を試す試練だったんとさ」
「えっ?」
振り返る冒険者達にマナウスがそう静かに告げる。気づけば彼の横にはシェリルの結界にいた筈のヴィアンカが幻蔵やシェリル、クリステル達と共に微笑んでいる。
『私は剣を取るのに命を捧げよ、などとは一度も言っていない。命が必要と、そう言っただけだ』
「ははは‥‥見事に騙されたってわけか‥‥。本当に、残念だよ。僕を騙すほどの冒険者やいきものに会って、もう退場しなくっちゃならない‥‥なんてさ」
「悪いが俺達はもうお前に付き合うのは沢山だ。とっとと消えろ」
キットが。リルが、絶狼が、そしてパーシが剣を構える。その時
「バーカ! 誰が消えるもんか。まだまだ僕にはやりたいことがあるんだからね!」
シフールは大きく笑ってその身体を銀に輝かせた。
「うわっ!」
冒険者の足元で影が爆発し、その油断をつくように眠気が襲う。
「じゃあ、退場させてもらうよ。ま‥‥た‥‥あっ‥‥」
勝利を確信し、逃げる気満々だったシフールは、だがその言葉が消えるより早くこの世から永遠に退場した。
シャドウボムの爆発を予測し、なおかつ魔法に守られていた冒険者達の殆どにスリープは効かなかった事を彼は知る由も無い。
「神なんてもんは、皆が理想とする幸せな未来があるとして、そこでふんぞり返ってるような奴だ。いいぜ、そんな未来の為なら敢えて祈ろう。『神よ』とな」
「俺にとって神とは人の心、誰かを守りたいというただそれだけの思い。善悪ではなく、己が正しいと信じぬける事」
そんな冒険者達の誓いも知ることも無く。
「これで、全部か? あれ? フレドリックがいなかったか?」
首を傾げるリルにリースフィアは静かに首を降る。
「いいえ、あれはアリオーシュです。ですが戦闘開始と共に彼はここから姿を消したようです。今はここにはいません」
フレドリックの姿で冒険者の様子を見物し、危険が及ぶと判断したら即座に逃げ出した。その周到さにエリンティアはため息をつく。せっかくムーンアローで射抜いてもその後が続かないのもやっかいだ。
「本当に〜、デビルの転移能力は困りものですぅ〜。また出てこないといいですけどねぇ〜」
「でも、いないならいないで早く片付けてしまった方がいい。聖剣を取り出そう。‥‥マナウス」
シェリルの治療を終えたパーシはマナウスと、その横の『ヴィアンカ』の方に向かい合う。
「命を捧げなくてはならなくてはならないというのは、嘘‥‥というのは本当なのか?」
『ああ、命の支払いは必要ない。お前達の心、ここに確かめた。剣に頼らず自ら運命を切り開く決意をな‥‥』
彼女の眼差しは優しくそして暖かだった。
「あんたの父上もそう言ってた。そして、お帰りとな‥‥ほら、感じないか? パーシ」
マナウスが指す先、たゆたうゴースト達がいる。
ミシアの魔法から逃れた者達は血族の帰還とそれを助ける者達を歓迎するかのように、違う暖かい何かを湛えていた。
「ただ剣を取れるのは血族のみ。あとは封印を解いて彼らを開放してやればいい。ほら‥‥」
マナウスと冒険者に促されパーシは頷き祭壇に立ち、剣を穴に嵌めこんだ。
「あっ!」
音も無く壁は開いた。
そして‥‥宝石や宝が輝く中の最奥にそれは静かに佇んでいた。
鉄の台に刺さった不思議な光を放つ聖剣。華美な装飾はないが、何故か眼を離せない精緻で不思議な美しさをそれは放っている。
「これが‥‥カリバーン」
柄に手をかけパーシは剣を引き抜く。抵抗もなく剣は抜けそれは彼の手に収まった。
やがて彼の周りにゴースト達が集まってくる。
『愛し子よ。我らの、剣の血族の役目は終った。希望を守り、未来に繋ぐと言う使命は』
『私達は願っています。貴方達の幸せを‥‥。未来を‥‥』
抱きしめるように、口付けるようにパーシに寄り輝いて消えていくゴースト達。
『さようなら。パーシ』
『その剣はお前の望みどおりに使うがいい。会えて嬉しかったぞ』
そして最後に残った二つのゴーストが空に昇って行くときパーシ・ヴァルは声を上げた。
「母上! ‥‥父上」
呼び止められたそれは、一瞬足を止め一度だけパーシの周りを回ってそして消えていく。
パーシ・ヴァルは膝をつき祈りと共にそれを見送った。
それはあまりにも美しい光景。
「パーシ様‥‥」
冒険者達は、声をかけるのも忘れその光景を心に焼き付けていた。
「あれ?」
「ヴィアンカ!」
全てが終って後、ヴィアンカはまるで夢から醒めたように瞬きした。
駆け寄るキットに、ヴィアンカは首を傾げる。
「無事で良かった‥‥覚えてるか? 何があったか?」
「うーん、なんとなく。‥‥誰かが私にゴメンネ。ってちょっと力と身体を貸してって。お父さんを守る為だからって言って、だからいいよって」
「そうか‥‥」
「パーシ様、何か心当たりが? 以前夢を見ると伺いましたが‥‥」
シルヴィアの問いにパーシは微かに頷く。
「昔、母上に聞いた昔話だ。遠い昔人々を守る為に命を投げ出した乙女がいたと。彼女はやがて人々を守る存在となって、今も我々を守っていると‥‥遠い昔、それに憧れた事もある」
小さな笑みが浮かんだのは一瞬。だがパーシは前を向く。
「聖剣は手に入れた。後は外に戻るぞ。外の連中が心配だ」
「ああ、アリオーシュが地下からいなくなったのなら外の連中になにか仕掛けてるかもしれない。急ごう」
「でも、パーシぼんやりして剣取られるなよ。目的を果たして油断した時が一番危ないんだ」
「行きましょう。ヴィアンカさん。私から離れないで」
シェリルに手をとられ走り出したヴィアンカは
「まって」
一度だけ墓所を振り返った。
そこにはもう誰もいない。何も無い。
ただ、彼女は先に進む父の代わりにもう一度だけそこを、じっと見つめ静かにお辞儀をしたのだった。
『さらばだ。愛し子達よ』
外での戦いは想像以上に冒険者に苦戦を強いていた。
「いつの間に戻ってきたのですか? フレドリックさん」
セレナの呼びかけにフレドリックは答えず、ただ剣を振るう。
技量は互角、だが彼には側で援護をする黒豹がいてセレナは思うダメージを与えることができなかった。
敵はフレドリック達だけではない。デビル達が次から次、途切れる事無く現れる。
一対一であれば問題のない弱いデビル。だが一対十、五対五十の戦いは確実に冒険者達の体力、気力を削いでいった。
「ぎゃうん!」
「絶っ太さん!」
狼がデビルの爪に跳ね飛ばされ悲鳴を上げた。直ぐに側に他の犬達も集まるが、よろめく犬達にも疲労の色は濃い。だが背後からデビルはまた集まってくる。
「ちっ! また新手か‥‥! アルテス? 何を?」
本を取り出しページを開くアルテスに蒼汰は声を上げた。
「二度目行きます。援護をお願いします」
「でも‥‥いや、解った。こっちは任せろ。そっちも大丈夫だな」
「任せておきな!」
「結界はまだ大丈夫。こちらも‥‥勿論大丈夫だ!」
クリムゾンは矢を番えて微笑む。中の様子は心配だが、今は気にしない。
「大事な人の命を捧げなきゃいけないような剣なんか、ずっと封印されたままでいいさ。それに、そんなもん使わなきゃいけないほど、パーシも、あたいらもヤワじゃねぇ」
「守るべきは人。聖剣よりも大事なものを守る!」
パーシにも伝えた思いを確認しあう冒険者達。
やがてアルテスの聖書から黄金の光が放たれ城全体に広がっていく。明らかに動きの鈍ったデビル達を冒険者達は何度目かの攻勢に出た。
「危ない。下がって!」
フレドリックの言葉に黒豹は間一髪で結界の外に逃げ出し、空に浮かぶ。
「逃がすか!」
クリムゾンが矢を黒豹に向けて放ったその時だった。
『何をしている?』
突然空中に現れたそれが、手に持った優美な斧で矢を叩き落したのだ。
『「アリオーシュ様!」』
『聖剣は奴らの手に渡るだろう。だが、せめてそれと引き換えに奴らの大切な者の命くらい奪えと命じたのに何をてこずっている‥‥ん?』
アリオーシュと呼ばれた明らかな上級デビルの登場に冒険者達は一瞬動きを止めた。
『あれは‥‥何故あれがここにある? 一体どこから?』
冒険者達が動きを止めたのは一瞬、のことである。
アルテスの持つ聖書に意識を向けたであろうアリオーシュ。
冒険者達はチャンスを見逃さず攻撃を放った。
敵は上空。届くのはクリムゾンの矢のみであるが、それを『彼』は軽くかわして冒険者達を見下ろした。
『愚かな奴ら。我らに逆らう事の無意味を知るがいい』
黒い光がアリオーシュの手から放たれる。
「危ない!」
仲間を庇うようにして光に打たれたアヴァロンの右手は砕かれるような痛みと共に破裂した。
「うわあっ!」
「死ね!」
冒険者に飛び掛るフレドリック。
だが次の瞬間。
「な、なんだ?」
不思議な光が周囲に満ち溢れた。その光は暖かく冒険者を包み込む。力を与えるように。
『下がれ、フレドリック』
「逃がすか!」
踏み込む蒼汰とセレナ。だが、一瞬早く黒豹はフレドリックの首元を噛み銜え空へと運んだ。
『聖剣の加護か‥‥あれといい、聖剣といい古い落し物はやっかいなものだ』
「皆! 大丈夫か?」
最初に上がってきたのは聖剣を掲げたパーシ・ヴァル。
地下から駆け上がってくる冒険者達が、次々と仲間の周りに集まってくる。
「アリオーシュ。さっきはヴィアンカさんのことがあるので見逃しましたが、もう逃がしませんよ」
「聖剣も何ももう何一つ渡さないぜ!」
仲間を庇うように冒険者達がアリオーシュを睨みつける。
それと地下をみやると、くす、アリオーシュはまた楽しそうに笑った。
「お前が指にしているのも古い落し物だな。‥‥まあいい。そんなものがいくらあろうと我らの勝利に揺るぎは無いしな」
「何を言ってる!」
「いずれ解る。今度もいい退屈しのぎにはなった。古い玩具を片付けてくれたことにも礼を言わなくてはな。それに免じて今日は引き上げてやる。行くぞ!」
「この! 降りてきやがれ!」
キットが声を荒げると同時、冒険者達がそれぞれに魔法を、武器を、技を空に放つ。
だがムーンアローは効かず、技は届かず、矢はかわされた。
彼らはその翼で空に逃げていく。
急げば天を行くペットでの追跡もできたかもしれない。
だが、その時、地面が揺れた。
「地震? いや地下が崩れる!」
それぞれに身構えた冒険者達がその揺れが収まるのを待つ間、空に逃げたデビル達は遠い彼方に消え去っていた。
○託されしもの
地下墓所の階段は崩れるように埋まり、もう簡単な力では動かせそうに無い。
その前で
「これが聖剣カリバーン。確かに凄い剣だな。デビルに奪われず良かった」
ぺリノア城の中庭。冒険者達はパーシと彼の持った剣を囲むように輪になっていた。
「まったく、もう。パーシさん、女の子を泣かせちゃダメよ」
アヴァロンや重傷者達の治療を終えたシェリルがパーシの傷を治しながら微笑んだ。
耳の痛い忠言と苦笑するパーシの手の中で聖剣カリバーンは静かな光を放っている。
「古いものだ。剣としての切れ味なら、多分もっと強い物は今なら他にいろいろあるだろう。ただどんな相手に対しても強い力を発揮し、なおかつ人々に加護を与える剣という意味でいうならこれは、確かに類稀なる剣だ。‥‥未来への希望。父上達はこれを守る為に命を懸けた‥‥」
チン。
剣を鞘に入れたパーシはその剣を一度だけ見つめると
「キット!」
「「「「「「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」」」」」」」
無造作に、まるで菓子でも放るようにキットに向けて投げ渡した。
「わっ! な、なんだよ? 一体?」
「その剣はお前にやる。好きに使え」
「えっ? (×15)」
もう一度冒険者達の驚きが合唱する。
空いた手でヴィアンカを抱き上げるパーシに剣を渡されたキットは走りより、詰め寄った。
「正気か? これはあの時の剣と違うんだぞ。聖剣で‥‥お前の親が命がけで残した」
「俺には必要ない。俺達血族の役目は希望を伝え、未来に繋ぐこと。お前達なら間違いなく正しく、有効に使うだろう。‥‥俺は己の血の由来を知り故郷を得た。二度と会えぬと思った父母と出会うこともできた。それでもう、十分だ」
パーシはリースフィアとマナウス。二人を見つめ小さく微笑むと眼を伏せる。
「それにその剣は俺が、いや騎士が持つべきじゃないと思う。騎士は全てを守れない。自分が守るべきもの、そして多くを救う為に何かを犠牲にする存在だ。‥‥大切なものを失っても‥‥俺自身もそう選択する。そして信じるものの為には命を投げ出してしまう。この血、この身体にどれほど多くの人々の願いや思いが託されているかも忘れて‥‥」
「だったら! なおの事、この剣はお前が持つべきじゃ‥‥」
「だから。これは俺の我儘だ。そんな世界にその剣を入れたくない。未来へと託された希望の剣を言い訳にしたくないんだ。その剣は騎士が守るものの為ではなく、より多くの人々を救う為に振るわれるべきだ」
キットは手の中の聖剣を見つめた。美しく装飾されている割に剣の重量は重くない。
だが託された意思はあまりに重かった。
「そんなに硬いことを考えなくてもいい。俺はお前に渡すのと同時に『お前達に』やるんだ。俺を救ってくれた『冒険者』にな。必要なら皆で使いまわしたって俺は構わない。その聖剣はどうやら主を選ぶとか我儘を言う剣ではなさそうだしな」
「パーシ‥‥」
「俺は騎士であり続ける。父上達はその剣を思うようにせよ、と言った。俺はお前達を信じた。お前達なら希望を、未来を作っていけると。だから、その剣はお前達が信じるものを守る為に使えばいい。広い世界を見せてやってな。その方が‥‥剣も、あの方もきっと喜ぶさ」
「お父さん。ちょっといい?」
腕の中話を聞いていたヴィアンカはパーシに呼びかけ地上に降りるとキットと冒険者達に走り寄り、あのね‥‥そう呼びかけた。
「私の中にいた人からの伝言があるの。『伝えるべきものは未来。守るべきものは希望、わが子らを守ってくれた事に感謝します。祝福を。聖なる光がいつも貴方達を守りますように』って」
背伸びした少女は膝を折った少年の頬に小さなキスとお辞儀を贈り、ポケットに入っていた、と冒険者に一つずつの宝石を渡して父の元に戻っていった。
娘を抱き自らの故郷に背を向けて、パーシ・ヴァルは再び歩き出す。
その歩みに迷いは無く、振り返る事もしない。
聖剣が王を選んだ剣の国イギリス。
そこにおいて聖剣を手放すという彼の選択が後にどんな結果をもたらすかは解らない。
だが、今、冒険者の手に新たなる聖剣は託されたのだ。
剣を見つめる冒険者達の心に生まれたものは何か。
「帰るぞ。奴らの物言いだと、また何かが起きるかもしれない。一刻も早くキャメロットに戻らないと!」
走り出す背中。
キットはそれを見つめ、強く手の中の聖剣を握り締めたのだった。