花守の願い

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月26日〜12月01日

リプレイ公開日:2009年11月30日

●オープニング

 昔、嫁いできた日、あの人は私を木の所まで案内してくれた。
 純白の花が満開に咲いたアーモンドの花は、その花びらを私に散らして、まるで微笑んでくれたように思えた事を今でも忘れない。
 あれから50年。
 時は流れ、あの人は先に逝ってしまった。
 子供達もそれぞれに独立し、今、この家には私一人きり。
 でも、寂しくはない。
 私はこの家と、木の守り人。
 あの人が眠るこの地を身体が動く限り、守り続けようと思う。

「雪が降る前に、なんとかしたいんです!」
 依頼人はそう係員に告げた。
 仕事の内容は一人の老人を山の中の家から連れてくる事。
 それそのものはそう難しい話ではない。
 だが場所を確認した係員は声を上げる。
「おい、この場所ってのはこの前デビルの襲撃があった‥‥」
「はい、そうなんです。山奥ではあるんですけど、つい最近近くの村がデビルに滅ぼされて、今もその周辺にはデビルがうろうろしてるって話です」
 心配そうに言うのは老婆の孫娘。キャメロットで家族と暮らしていると言う。
「そんな山の中におばあちゃんは今も一人で暮らしているんです。私、何度も山を降りて一緒に暮らそうって言ったんです。でも、おばあちゃんは『おじいちゃんと暮らした家だから』って‥‥」
 足腰も、頭もしっかりとしていて、確かに生活に不自由はあまりないようだ。
「今まではそれでよかったですけど、もうじき冬です。しかも、デビルがうろうろしていて、いつ、何が起きるかも解らないです。だから、冒険者の皆さんには、私と一緒に来て頂いておばあちゃんを説得するのを手伝って欲しいんです」
 勿論、生き返り道中の護衛の意味も含まれている。
「おばあちゃんは、家の側のアーモンドの木が大好きで、それは大事にしていました。おじいちゃんのお墓もあるしおばあちゃんの気持ちも解るんですけど、でも‥‥本当に何かあったらと思うと‥‥だから」
 いざとなったら多少強引にでも、と彼女は言う。
 祖母の身の安全が何よりだ、と。
 孫娘のいう事は正しい。老人の一人暮らしが危険であるのは事実だ。
 しかし、祖母もまたそれを承知で一人暮らしをしている。
 それは‥‥そうしたいと思い願う、何か理由があるから。

 雪が降る前に、結論はでるだろうか‥‥。
 
 大きな流れを前にした、これは人々の生きる小さな願いと希望の断片である。

●今回の参加者

 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5766 キーラ・クラスニコフ(32歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

○森の中の大きな木
 秋の紅葉もそろそろ終るイギリスの森は静かである。
 落ち葉を踏む音と、風の音しか聞こえない。
 本来は‥‥。
「しっ‥‥静かにしてぇな。前にデビルがいるみたいやから」
 前を行く犬の様子の変化にヨーコ・オールビー(ec4989)はそんな声と手を上げた。
 後ろを歩くラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)は小さくあげた声を手で押さえて眼を閉じ、キーラ・クラスニコフ(ec5766)は背後の少女を手で庇い、グリフィンに眼で合図をする。
 凍りついたような時間は、幸いそう長くは無く‥‥
「大丈夫ですわ。デビル達の行く方向は違うようです」
 ラヴィサフィアの声で静かに冒険者達は息を吐き出した。
「ありがとな。ラヴィはん。良かったわ。もうあいつらと一戦交えなならんかと思ったわ」
「できるなら戦いは避けたほうがいいだろう。余計な戦いは敵を招く」
 無論必要なら躊躇うつもりはないが、と続けてキーラは振り向いた。
 そこには守るべき少女がいる。
「大丈夫か?」
 山道をかなりの強行軍で進んできた。少女を気遣うキーラに大丈夫です。と彼女は答えた。
「でも、あんなにデビルが増えているなんて。早くおばあさまのところにいかないと‥‥」
 焦る少女の気持ちが冒険者達には良く解った。
 依頼を受けた時思ったことが再び頭を過ぎる。
(「こんな危険地帯に一人暮らしか‥‥あたしらが行った頃には、お婆さんは既に天国に‥‥なんてこたぁないだろうね」)
 勿論それは少女の前ではけっして口にしない事だ。
 だから、少女を気遣いながらも少し足を速める。
 目的地まで、急いで辿り着く為に。
 やがて冒険者の視界に大きな木が現れる。
 森の木々よりも確かに一回り以上大きなそれを少女は指差した。
「あれがおばあさまのアーモンドの木です! ‥‥あっ!」
 声を上げる少女。その理由が冒険者にも解った。
 木の側で動く影が見えるのだ。あれは人影。
「おばあさま!」
 走りよる少女を見つけた老婆は
「あらあら、いらっしゃい」
 優しく微笑んで彼女らを出迎えたのだった。

○老婆の思い
「こんな山の中へようこそ。大変だったでしょう」
 冒険者達を暖かいスープと料理で出迎えてくれた彼女は、老婆というにはまだ若く見え、70歳を超えているとは思えない輝きを放っていた。
「ありがとうございます。おばあさま。お料理上手でいらっしゃいますわね」
 ラヴィサフィアの賛辞にありがとう。と彼女は頬を赤らめる。本当に可愛らしい女性であった。
「ところでどうしたの? 急に。こんな山奥に」
 老婆の言葉に少女は彼女の手を取り叫ぶように言った。
「おばあさま! 街に行きましょう!」
「またその話? 前にも言ったでしょう? 私は身体が動く限りここにいる、と」
「でも、デビルが本当に増えているのよ。こんな所に一人でいたら危ないわ!」
「大丈夫ですよ。デビルもこんなおばあさんを襲ったりしませんって」
「いいや。それはちゃうで」
 二人の会話を黙って聞いていたヨーコは犬の頭を撫でながら首を横に振った。
「若い、年取ったは関係ない。あいつらは心の綺麗な人間が好きなんや。おばあはんなんかまっさきに狙われるで」
「おばあさま。私達も実はおばあさまの説得に参りましたの。ご一緒に山を下りられませんか?」
 孫と二人の冒険者の言葉に老婆は静かに眼を伏せ立ち上がると
「もう、今日は遅いわ。話はあしたにしましょうね」
 静かに部屋を出ていった。それは無言の拒絶。
「おばあさま!」
 少女の思いと老婆の背中。それに交互に思いを馳せながら冒険者達は顔を見合わせたのだった。

 翌朝。
 アーモンドの木の前に佇んでいた老婆は
「あら?」
 いつの間にか背後に立っていた冒険者達に気付き、声をあげ微笑んだ。
「おはよう。どうしたの? こんなに朝早く」
 その問いに答えずヨーコは竪琴を取り出すと静かにかき鳴らした。
「‥‥ 舞い散るアーモンドの花吹雪♪
 純白の花の木の下で 若き二人は何を思う♪」
「あらあら、音楽なんて何年ぶりかしら」
 嬉しそうに微笑む老婆にヨーコは笑顔を向けた。
「いくらでも歌うで。良かったらお婆はんの旦那はんの話も聞かせてえな。ちょっと聞いたけどええ男やったんやて?」
「それはもう。私が選んだ人だもの」
 少女のように頬を赤らめる老婆に
「ラヴィもお話聞きたいですわ」
「じゃあお爺さんのところにでも行こうか。墓参り、付き合おう」
「お爺はんにも音楽聞かせてやるで」
 冒険者達は寄り添うように言った。
「‥‥ありがとう」
 老婆は冒険者達に優しく微笑むと彼女らを促して前に進んだのだった。

○『思い出』の行方
 ヨーコの竪琴をBGMに冒険者と老婆の思い出話は長く続いた。
「そしてね、プロポーズはあのアーモンドの木の下でだったの。この木は僕達の祖父の頃よりもっと前からあるんだと。一緒にこの木を守っていこうって」
 それは思いの外楽しいものであったが、いつまでもこうしてもいられない。
「その約束があるからかい? ここを離れたくないのは」
 だから楽しい時を切る決意でキーラはそう言った。
「家や墓を守る以外に、ここを離れたくないワケがあるのかって思ってたんだ。爺さんとの約束があるからこの木を守りたいからここにいるのかい?」
「‥‥ええ、そうよ」
 キーラの言葉を老婆は今度は逃げることなく受け止め、頷いた。
「あの人は本当にこの木を愛していた。この木はあの人の生きた証でもあるのよ。たくさんの思い出もみんな、この木とともにあるの。
 あの人は先に逝ってしまった。子供達もこの家を離れていった。これで私までこの家を離れてしまったら、誰がこの木を守るの? あの人の生きてきた証を、思い出を‥‥」
 彼女の吐き出すような思い。悲しいまでの心。それは同じ女である冒険者達には十分理解できるものだった。
「あのね。お婆さま。ラヴィ、先日だいすきな方と‥‥結婚したのです。
 その方のお嫁さまになれてすごく嬉しくて幸せで
 でもラヴィよりずっと早く神様の下へ旅立ってしまう方で
 承知でお嫁さまにして頂いたのですけれど、でも‥‥
 ラヴィもいつかお別れをしなくちゃいけないのです。
 その時にはラヴィも思い出の詰まった場所から離れたくないって思うと思うのです
 だってここには、おばあさまのだいすきな方がいらっしゃいますものね?
 置いて行く事なんて‥‥出来ませんね‥‥。お婆さまの気持ち、よく解ります」
 ラヴィはそう言った。一言の偽りも無い真実だ。だが、このままではいけないと言う思いも真実。だから偽りの無い思いを真っ直ぐに伝える。
「もしここで危険があれば、おじいさまは悲しむと思うのです。ラヴィのだいすきな方もラヴィが傷ついたり泣き暮らす事は悲しいって仰います。だから‥‥ね。お引越し、しましょう?おじいさまと、一緒に」
「お爺さんとの数十年、きっと幸せだったんだろうねでも、その思い出は此処を離れたら消えちゃうもんなのかい? 家や木が傍になければ、思い出せないのかい? 心の中に、今までの日々は全部ある筈だろう。何処にいたってさ」
「だいじょーぶ。この木は待っててくれるで。いつかデビルが減ってまたお婆はんがここに戻ってくるまで。きっと、だから‥‥な?」
 ラヴィの、キーラのそしてヨーコの術のない、真っ直ぐな思いに老婆は俯いていた顔を上げた。
 視線の先には心配そうに見つめる孫娘とアーモンドの木。
 風に揺れるその木の声を聞くように静かに彼女は眼を閉じ、そして開いて静かに答えた。
「解ったわ。山を降りましょう」
 と‥‥。

○手向けられた祝福
「さあ、これでいいですわ」
「こっちもOK。ちゃんと根付いてくれるといい‥‥いや、大丈夫やろ。お婆はんが世話するんやさかいな」
 ラヴィとヨーコはそれぞれに用意したものを二人のする事を見つめていた老婆へと手渡した。
 ラヴィはジーザス教に則った魂抜きの儀式で老婆の守ってきた墓を小さなクルスへと写し、ヨーコはアーモンドの枝を株分けして植木鉢に移し変えたのだ。
 愛する夫と木が側にいる。それはこの家を離れる彼女の心の支えになってくれると思ったのだ。
「これも持っていくといい。‥‥想像画で悪いんだけど」
 そしてキーラは一枚の羊皮紙を差し出す。
「まあ!」
 そこには純白の花を満開に咲かせるアーモンドの木と家、そしてその下で微笑む老婆の姿が描かれていた。
「三人とも、ありがとう」
「おばあちゃん。用意できたわよ。行きましょう」
 孫娘の呼ぶ声がする。冒険者が老婆を促し歩き出そうとした、その時だ。
「えっ?」
 老婆の、冒険者達の上に白いものが散ったのは。
 顔を上げた冒険者達の頭上、アーモンドの木から美しい花びらが彼らの上に降り注ぐ。
「綺麗‥‥」
 ラヴィは思わず声を上げた。
 勿論白いそれは花びらではない。森に冬を告げる初めての雪であった。
 だがそれはあまりにも美しく奇跡を冒険者に信じさせた。
「お婆はん。木からのお見送りやね」
「‥‥ありがとう。必ず戻ってくるわ。いつか‥‥」
 涙を流し木に微笑む老婆を、冒険者と孫娘はずっと静かに見送っていた。

 キャメロットの街で老婆と少女を送り届けた冒険者達は帰路についた。
 手には老婆から貰ったアーモンドを象ったブローチがある。
 それを弄びながら
「なあ、二人とも」
 言ったヨーコの呟きにラヴィとキーラは顔を向けた。
 彼女達の目は真剣だ。
「あれはただのデビルやないよな?」
「ええ‥‥」「確かに」
 老婆と少女の護衛をしながらの帰り道。彼女らは見たのだ。
『‥‥いいか? クロウ‥‥を、‥‥する為に、‥‥次第すぐ‥‥』
 集まる下級デビルとそれに何か指示する上級デビルの存在を。
「とりあえず報告しといた方がええな」
「ああ」
 家ではなくギルドに向かう彼女達。
 仲間の後を追いながらラヴィサフィアは祈るように呟いた。
「お婆さまが早くおうちに戻れますように」
 と‥‥。