シンデレラ・ハート

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月03日〜10月08日

リプレイ公開日:2004年10月09日

●オープニング

 秋薔薇の咲く庭に、二輪の花。この館に咲く美しき二人の少女‥
 一輪は大輪真紅の薔薇。気高く笑う。
「ねえ、セラ、聞いて♪ 今度ね、隣の館に南の領地から戻ってきたご家族が来るんですって」
 もう一輪は慎ましやかな野ばら。控えめに‥でも強く‥
「メアリお嬢様、お勉強の方はよろしいのですか?」
「そんな堅苦しいことは言わないで! その御当主の子息は私たちと同じくらいなのですって。お友達になれるかしら‥」
「‥そうなのですか‥。そうなれるとよろしいですね。では、買い物を頼まれておりますので‥」
「もう‥セラったら無愛想なんだから‥」

(「私には、関係ない‥ 貴族のご子息など‥一生ご縁が無いのだから。使用人の家に生まれた私は、一生使用人なのだから‥」)
 自分に言い聞かせながら、セラは思い出す。昨日出会ったあの少年を。

『あら? どうしたの? 怪我してるじゃないの?』
『ちょっとね‥探検したかったんだよ。この街を‥ 僕は、広い世界を旅したいんだ』

 未来を見つめる輝く瞳。未来が決まりきっている自分にとって彼は本当に輝いて見えた‥。‥心からの憧れ。
(「また‥会えるかしら」)
 小さな希望‥。それが彼女の心を灯したのは、ほんの僅かな時だった。


「メアリ、彼がアルバート君だよ」
「始めまして‥どうか仲よくしてくださいね」
「‥アルバートです。どう‥あれ? 君は?」
「ああ、セラ。お茶を入れたら早く下がるんだ」
「‥はい」

「ねえ、聞いてセラ? お父様がね、アルバートさんと婚約したらどうかって。明後日、お隣でご近所への挨拶のパーティがあるのですって。その時に申し込んでみるっておっしゃっていたわ。私、アルバートさんとだったら、きっと幸せになれるわよね? ねえ、セラ?」
「はい、ようございました‥」
「ありがとう。祝福してね♪ 私、結婚しても貴女に身の回りの世話をして欲しいの‥」


 ギルドの裏で膝を抱えて蹲る少女を見つけたのは、ギルドの係員だった。
「どうした?」
「あなた様は、冒険者ですか?」
「違うが‥依頼は出来るぜ、何のようだ?」
 言葉に少女は手を開いた。手の中にあるのは僅か10枚足らずのシルバー貨。
 それを、彼女は差し出した。
「これは、私の全財産です。どうか‥お願いです。ある館に行って一人の気持ちを確かめて頂けませんか?」
「気持ちって何を?」
「私を‥いいえ、広い世界を見たい、と言っていた人なのです。結婚して家督を継ぐ。それで幸せなのですか? ‥と」
「もし、幸せだと言ったら?」
「どうか、そのままに」
「不幸せだと、望んでいないと言ったら‥」
「どうか、彼に夢をかなえさせてあげてください。明日、パーティがあるのだそうです。私の身分では入れませんが、きっと冒険者の皆さんなら‥お願いします」
 少女の涙で濡れた銀貨をその係員は手の中に握り締めた‥

「と、言うわけだ。依頼は貴族の館に入り込んで、少年の意志を確かめること。冒険者になりたいとか言ってたらしいぜ、その子」
 ギルドの係員は机の上に銀貨を並べた。一人、僅か一枚分でしかないが‥
「明日はその館で息子の15歳の誕生日兼、引越しの挨拶を兼ねたパーティがあるそうだ」
 近所の貴族を招く、息子の婚約者探しもかねているらしいと、もっぱらの噂だった。近所への挨拶も兼ねているので警戒もそれほど強くは無い。
「ちゃんとした服装をした礼儀正しい冒険者や、吟遊詩人とかだったら割と簡単に入れるだろうよ。報酬はすくねえしな、無理は言わない。ただ、あの女の子に彼が幸せであるか、幸せになれるかどうかそれだけを伝えてやって欲しい。引き受けてくれないか?」
 首を、くいっと向けた先の窓。冒険者達の視線を感じ、ずっと中を見つめていた少女はぺこり頭を下げる。
 瞳の横の雫を拭って。
 
 それは、望む自分になる運命を諦めた少女の、最初で最後の願いだった。

●今回の参加者

 ea1350 オフィーリア・ベアトリクス(28歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea3140 ラルフ・クイーンズベリー(20歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5235 ファーラ・コーウィン(49歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5699 カルノ・ラッセル(27歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea6592 アミィ・エル(63歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea6597 真 慧琉(22歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea6832 ルナ・ローレライ(27歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 依頼人セラは屋敷へと戻っていった。
「仕事の途中ですので‥」
 あくまで控えめに、涙を隠して去っていった少女の後姿をアミィ・エル(ea6592)は腰に手を当て見送った。
「素材は悪く無いのにあんなに背中を丸くして、おどおどして‥許せませんわ!」
 本気で怒っている口調のアミィを真慧琉(ea6597)はまあまあ、と宥めた。
「皆、アミィ様みたいに強くないんですってば」
「‥そう‥です。それに‥身分違いとか‥ある種の人にとっては‥大事なことですし‥」
 慧琉とオフィーリア・ベアトリクス(ea1350)の言葉にアミィは、フンと鼻を鳴らした。
「夢を諦めるか、夢を追うのか‥、それも難しい選択ですしね、後悔は‥して欲しくないですけど」
 セラの事も勿論だが、自分に立場が近いアルバートにファーラ・コーウィン(ea5235)は感情移入をしていた。
「人の運命は出会いによって変わるもの。この物語の結末もまた変えられる筈」
 伏せぎみに目を閉じ、でも意志の強い口調でルナ・ローレライ(ea6832)ははっきりとそう言った。
 皆、同じ気持ちだ。
「運命を変えるのは自分自身でしか変えられません。だから‥提案があるのですが‥」
 ラルフ・クイーンズベリー(ea3140)は集った仲間たちに一つの提案をする。
「それいいわ! あの子の背筋を少しシャンとさせてやらないと!」
「アミィ様、あまりハメをはずさないでくださいね。無茶もダメですよ」
 心配そうに慧琉がアミィの髪を引くが、効果は‥あまり期待できそうに無い。彼女はすっかりやる気満々だ。
「‥皆、拙者、華々しい場所は苦手でそぐわぬ。よって‥別行動をさせて頂くがよろしいか?」
 一人壁に背を付けていた忍者はそう告げた。葉霧幻蔵(ea5683)は懐から何かを出して机に置いた。
「大丈夫、皆の邪魔はせぬよ。あと、これを皆に預けるでござる」
 カタン、テーブルの上に置かれたそれにラルフも女性陣も小さく口を押さえた。
「キレイ‥」
 それは、大きな水晶を銀で繋いだ美しいティアラだ。
「これをどう使うか、はたまた使わないか、それは皆に任せるでござる。‥では、御免!」
「使うか、使わないか‥って使うしかないでしょ!」
 闇に消えた幻蔵を見送り、アミィはウインクする。
「私たちがすべき事の為に‥頑張りましょう」 
 ハッピーエンドを目指し、彼らは動き始めた。 

 前夜、館の塀を飛び越える影あり。
「抜き足差し足、忍び足‥ニンニン」
 準備に忙しげな使用人達のいる方向とは反対側、家族の居住区画に向けてその影は近づいていく。
「この家の主人の部屋はどこでござるか‥」
 石造りの暗い館を影は彷徨う。ジャパンと違う建物。忍び込める天井裏などあろう筈も無い。見通しの甘さを恥じていた。
 カツカツ!
 廊下に響く足音。慌てて物陰に姿を隠す。
 初老と中年の間のような男性の足音がふと、止まった。
 シャッ!
「何者?」
(「し、しまった!」)
「あ、怪しいものではござらぬ。‥そのご主人にお話があって」
 抜き身の剣が喉に当たる。完全に目の前の男に主導権を握られた影は、膝を付いた。
「人の館に入り込み、何を言うか。ましてそのような未熟な技で貴族の館に忍び込むなぞ殺されても可笑しくないぞ‥わし以外にはな」
 そう言って、彼は笑って剣を収めた。余裕さえ感じる格と精神の違いに敬服した影を蝋燭の明かりが照らし出す。
「ジャパンの忍者か‥で、我に何用だ? 越してきたばかりゆえ金目の物など無いぞ」
「いえ‥実はお話が‥」
 影の話を男は楽しそうに聞く。笑みさえも浮かべて‥
「面白い‥、見せてもらおう。人の思いというものを‥」

 主人の身支度を整え、送り出すと仕事は少し一休み。
 庭の隅でセラは花を見つめた。大輪の薔薇の足元に咲く小さな花。それが自分。
 磨いたような美しいドレスを見るたび、触るたび、それを決して着る事のできない生まれながらの身分の差に苦しくなる。
「‥セラさん、いらっしゃいますか?」
 客人を出迎えたセラは顔を上げる。
「はい‥あなたは‥」
 小さな奇跡と魔法が始まった。

 蒼き晴天の下、集まる人々。そこに凛とした声が響く。
「今日はようこそ。今後お世話になるこれは感謝とご挨拶の宴です。思う存分お楽しみあれ」
 主の宣言と共に音楽と、和やかな雑談が庭に広がっていく。
 片隅には目を伏せながら歌う歌姫、別の方では珍しい華国の踊りを披露するエルフとシフールが人気だ。
 そして、中心に立つのはやはり新しく館を構えた貴族の主とその後継の少年。
 次から次へと受ける挨拶の中、少年を呼ぶ声があった。
「アルバート様」
「‥ああ、メアリ殿、今日はようこそ」
 少年アルバートはメアリの手を取ると恭しく騎士の礼をとった。横ではメアリの父と主人が楽しそうに歓談を始める。
「今日は、お会いできてうれしゅうございます」
 メアリは頬を赤らめアルバートに微笑んだ。周囲のレディ達がどこか悔しそうな視線を投げかける。
 恋する瞳はそれを無視して彼に近づく。
「あの‥アルバート様? よろしければ‥」
 その時、庭の人々がざわめく。一人の少女の登場、人々の耳目が集中した。
「お美しい方。どちらの姫君かしら?」
 黒髪のバードと、金の魔法使いにエスコートされた少女の美しさは人々の目視を集めた。
 清楚で美しいドレス。流れる黒髪にさりげなく飾られたティアラは彼女の気品を引き立てるようだ。
「うっむ、なかなか良い出来ですわ」
 満足そうにアミィは微笑んだ。彼女の芸術作品だ。
「‥セラ?」
 メアリの呟きは怒りを帯びる。
「セラ!? あなたがどうしてこんな所に!」
「あっ! 待って‥」
 ドレスの裾を持ちメアリが駆け寄った時、アルバートは自分にかけられた声に振り返った。横に立つ冒険者が告げる。
「貴方は未来に何を思い、願うのですか? 家督? それとも自由?」
 遠くから、だがはっきりと歌声も彼の耳に聞こえる
「一人の少女は少年を思う。未来を夢見る少年の熱き瞳を〜♪ そして、最初で最後の勇気を出した〜 彼に出会ってこう問いかける〜♪」
「‥」
「広い世界を見たいといっていた貴方は幸せですか? 〜と♪」
 そのフレーズが終わるか終わらぬかのうちに、彼は少女を追って駆け出していた。

「セラ! 貴方はこんな所に来れる身分では無いのよ‥ 何をして‥」
「お嬢様‥私‥、私‥」
 問い詰めるように詰め寄るメアリからラルフとオフィーリアはセラを庇うようにしてメアリの前に立つ。
「‥どうか落ち着いて下さい。彼女に時間を頂けませんか?」
「‥ご自分で‥聞かないと‥意味はないのでしょうか‥? ‥ご自分の‥気持ち‥裏切って‥後悔しないでください‥」
 冒険者達に促された時、こうしてメアリに問い詰められるのが一番怖かった。でも‥
「待って! 二人とも!」
 ざわめく人々をかき分けるように現れたアルバートに二人は争いを止めた。セラは膝を付き深く頭を下げる。
「‥ご無礼をお許し下さい」
「やっぱり、君は‥あの時の‥」
 目線を合わせあう二人に、メアリは言葉を失ったまま立ち尽くす。セラは勇気の全てを振り絞り一歩前に出る。ドレスとティアラと、冒険者たちが勇気をくれた‥
「私には‥あなたの輝く瞳が眩しかった。あなたは、私の夢でした。だから‥その夢を失って欲しくなかったのです」
 全てを失っても言いたかったのだ。この言葉を‥。
 頬に流れる一片の涙。俯いたその頬を、優しい指が伸びて雫を拭う。
 この街に来て、最初に出会い、夢を語った少女‥
「‥泣かないで。‥僕は、夢をまだ捨てるつもりは無いんだ。お父様に言うよ。冒険者になりたいって」
「‥えっ?」
「踊ろう? 僕の姫君‥」
 差し出された手に戸惑うセラの背をオフィーリアは優しく押す。
「後悔‥しないように‥がんばって‥」
 手を取り、二人は踊り始める。注目の中を音楽と光と共に‥
「セラ? 使用人の分際で‥」
 怒り、足を踏み出したメアリの父の肩を掴んだのは、館の主、アルバートの父だった。
「お止めなさい。それに私はまだアルバートを家に縛り付けるつもりも結婚させるつもりも無いのですよ」
「これは‥? 貴族は貴族同士の婚姻と家督の相続が一番大切なのでは?」
「貴族‥か。別に我らとて最初から貴族であったわけではない。先達が戦いの中で功績と共にそれを得ただけのこと。家督などよりも私は強き心を息子に望むのですよ」
 遠き昔、戦場を駆け抜けたかつての勇士は、目を細めて息子を、そして踊る少女を見つめた。
 貴族とは家柄や財産ではない。精神『スピリット』心『ハート』
 それを持つ次代の者たちを愛しげに‥

「では、物語の結末を歌いましょう。少年と少女の運命の出会いの終わりと物語の始まりを‥」

「‥セラ‥アルバート様‥」

 
「いやはや、我もまだまだ未熟よの」
 幻蔵は頭を掻いて仲間たちに告げた。あっさり見つかって、捕まって、なんとか逃がしてもらった。
「貴族とは、精神‥勉強になりましたね」
 ファーラははニッコリ笑う。後、自分にできるのは少しのアドバイスだけだ。
「ありがとうございました」
「皆様のおかげです」
 セラとアルバートの笑顔にラルフとオフィーリアも嬉しそうに笑う。
「‥いいえ、私たちが‥したのは背中を押しただけですわ‥」 
「これから、大変でしょうが、頑張ってください」
 身分の問題、その他はいろいろある。だが‥きっかけは動いた。
 後はこれから彼らが作っていく話だ。
「でも‥メアリ様やご主人様は‥」
「それなら、大丈夫ですわ」
 アルバートの父に気に入られたとはいえ不安そうなセラの耳に、おーほほっほ、と高飛車な笑い声が聞こえる。
「‥大丈夫って、どうしたのです?」
 ルナが心配そうな顔で首を傾げるが、アミィは自信たっぷりだ。
「メアリには他にお似合いそうな男性をご紹介しておきましたの。お父上にもよおくお話しておきましたしね」
「‥ってどうやって?」
「それは聞かないほーがいいよ。アミィさま結構無茶だから‥」
「慧琉!」
 主の言葉に小さなシフールは肩を竦める。
 皆の笑い声が、高く低く秋の空に響いて消えていった。

 後に彼らがどうなるかは解らない。冒険者達は介入しなかった。
 だが、貴族の精神、レディの心。
 自分を縛らず、高き心を持ち続けるのなら、きっと未来は叶うだろう。
 二人の笑顔は、それを‥確信させてくれていた。