【聖夜祭】決戦の前に‥‥

■イベントシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:25人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月25日〜12月25日

リプレイ公開日:2010年01月02日

●オープニング

 その日の朝、教会に迎えが来た。
 と世話役に呼ばれ娘は目を擦りながら起き着替えを整えた。
「迎え‥‥って、だれだろー」
 ぼんやりとした頭は、
「なんだ? 毎日こんなに寝ぼすけなのか?」
 微笑む新緑の瞳と優しい声に、一瞬で覚醒する。
「お父さん!!」
「今日は休みなんだ。一緒に遊ばないか?」
「おやすみ‥‥?」
 一瞬浮かんだ疑問符を頭から追い払い、少女は満面の笑顔で頷いた。
「うん!」
 と。
 その日、少女は父親と一日を過ごした。
 父親は約束どおり1日を、ずっと娘の笑顔の為に過ごし、娘は父親との時間を笑顔で過ごす。
 そして夜。
「あー。楽しかった。また遊んでね。お父さん!」
 教会に送り届けられた娘は、全てを理解した上でそう父親に声をかけ父親は、
「‥‥ああ。いい子にしているんだぞ」
 一度だけ娘の頬に口付けると、そう言って彼の仕事場へと戻っていった。
 闇の中に消えていく背中。翻る真紅のマントを見送った娘は部屋へと戻る。
 その夜、彼女の部屋の明かりが消えたのは日も変わる真夜中の事であったという。

『聖夜祭にパーティを開きます。来て下さい』
 冒険者ギルドにそんな張り紙が出されたのは、翌日の朝一番であった。
 主催者はヴィアンカ・ヴァル。
「あのね。冒険者の皆とね、聖夜祭のパーティをしようと思うの。
 場所はね、冒険者酒場。特別に貸してくれるって。美味しいご馳走もいっぱい出すから皆も来て下さい」
 背伸びした少女の言葉に、だが‥‥と係員は言いよどむ。
「この時期は、確か‥‥」
 言葉に出さないのは、少女のせっかくの思いを無下にはしたくないから。
 そして少女の顔を見た。
 少女の父親は、円卓の騎士。
 今頃彼女の父親は、調査と周囲の状況把握、そして準備に追われている筈だ。
 イギリスが今、とんでもない脅威に晒されている事を冒険者も、係員も知っている。
 おそらく、もう間もなく命がけの決戦が始まるだろうということも。
「レディ。今は時期が悪い。日を改めて貰う訳にはいかないか?」
 優しく目線を合わせて言う係員に少女は強く頭を振った。
「いや! 絶対にこの日! だって、この日じゃないと間に合わないもん!」
「間に合わないって‥‥ひょっと、して?」
 少女の言葉に目を丸くする係員に、少女は
「うん‥‥解ってる」
 静かにそう言って、頷いた。
「もうじき、何かがあるんだよね。そして‥‥それは凄く厳しい戦いになる。そうでしょ?」
 返事ができないでいる係員に、少女は、だからこそ、今なのだ、と告げる。
「私、皆とパーティするの。一緒にたくさん遊んで、笑うの。‥‥そして、いってらっしゃいをいいたいの。だから‥‥」
 少女の目に光るものと、その意味に気づいた係員は、それ以上何も言わず、受理の手続きをする。
「聖夜祭のパーティか。楽しいものになるといいな」
「大丈夫。絶対に楽しいパーティにするから! あ、誰でも来ていいって言っといてね。皆でパーティ楽しもう!」
 そう言って、目元を擦った少女は笑う。その笑顔は言葉に出せないほどの輝きを放っていたと後に係員は語ったという。

『聖夜祭 パーティをします。
 来て下さい。参加費無料。差し入れ歓迎。出し物歓迎。皆でいっぱい楽しみましょう』

 ギルドだけでなく、街のあちこちに貼られたチラシを見て、彼は小さく微笑んだ。



 

●今回の参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ ティアイエル・エルトファーム(ea0324)/ シャルグ・ザーン(ea0827)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ キット・ファゼータ(ea2307)/ アルディス・エルレイル(ea2913)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ エリンティア・フューゲル(ea3868)/ リ・ル(ea3888)/ 閃我 絶狼(ea3991)/ 尾花 満(ea5322)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ 葉霧 幻蔵(ea5683)/ チョコ・フォンス(ea5866)/ アンドリュー・カールセン(ea5936)/ フレイア・ヴォルフ(ea6557)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ セレナ・ザーン(ea9951)/ リースフィア・エルスリード(eb2745)/ シルヴィア・クロスロード(eb3671)/ クリステル・シャルダン(eb3862)/ レア・クラウス(eb8226)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ クルト・ベッケンバウアー(ec0886)/ エレェナ・ヴルーベリ(ec4924

●リプレイ本文

○聖なる夜が始まる前に
 イギリス王国始まって以来の脅威といわれる暗黒竜クロウ・クルワッハの襲来は人々に不安と恐怖を与えていた。
 滅ぼされた街や村は片手を超えようとし、キャメロットの住人は増加しているのに街は不気味な静寂に包まれている。
 今日は聖夜祭。
 例年ならば街中が賑やかに飾り付けられ、出店や祭りの賑わいで人々の喧騒が夜更けまで続くはずなのに、街に人通りは途絶え、教会は聖夜祭のミサに参加する為、ではなく神に助けを求める人々の列が途絶える事は無かった。
 けれど、そんな中。
「うわ〜。焦げてます〜〜。最近失敗しなくなっていたのにどうして〜」
「ここは大人数用の厨房ゆえ勝手が違うのであろう。‥‥ふむ、問題は火加減だな。今度はもう少し火を弱めにしてじっくりと焼くといい」
「‥‥はい、ありがとうございます」
「満さん、そちらの区切りが付いたらこちらもお願いできますか? プティングの仕上げと、あと鴨のソースの方味を見て欲しいんですが」
「解った。今行く。‥‥慎重にな」
 冒険者酒場の一角はまるで戦場のように人々がごったがえしていた。
 今日の夜のクリスマスパーティに向けた準備と料理作り。そして飾り付けの真っ最中なのだ。
「そこにはリボンを飾ってくださいね。あ、ツリーの飾りはおんなじの並べないで。それから、こっちのキャンドルは綺麗に揃えておいて‥‥」
 酒場の店員や、手伝いに来てくれた屋敷の使用人達に指示を出すのはヴィアンカ・ヴァル。
 円卓の騎士の娘で今日の主催者である。
 酒場の厨房に紛れ込んだフリをしながらいつの間にか仕切っている尾花満(ea5322)の手は次から次へと美味しい料理を作っている。
「始まるまでに人数分できるでしょうか‥‥。砂糖も粉も貴重品なのに‥‥」
 しょんぼりと落ち込むシルヴィア・クロスロード(eb3671)の背をぽん、と叩いてクリステル・シャルダン(eb3862)が笑う。
「大丈夫ですよ、落ち着いて、心を込めて作りましょう。‥‥ヴィアンカさん、このツリーと宿木はどこにおきましょうか。お菓子もありますよ」
「えーっと、お菓子はテーブルの上、小さなツリーもテーブルの上で、宿木は‥‥」
 大忙しの会場。
 戦場、と比喩したが戦場とは明らかに違う点がある。
 それは、そこにある人々が皆、笑顔であること。
 勿論、料理を失敗し涙目の女騎士とかはいるが、それでも街の人々のそれとはまったく違う、明るい笑顔と笑い声がそこには溢れていた。
「失礼する。随分と賑やかだな。少し、邪魔をしていいだろうか?」
 そんな中、ふとそんな声が壁をノックする音と共に会場にやってきた。
 パーティ開始まであとまだ四半時はある。ここに来るのは準備の手伝い人だけの筈なのに‥‥。
 声に覚えのある冒険者達は仕事の手を止め、そちらを見た。
「えっと‥‥アンドリューさん、だよね。どうかしたの? パーティは夜からだよ。今は、まだ準備中」
 ひょいと、踏み台から飛び降りてヴィアンカは問う。
 呼びかけられたアンドリュー・カールセン(ea5936)は普段は滅多なことでは現さない感情の欠片を、顔に僅かながら浮かべている。
 勿論懸命に隠しているが、いろいろな人物達と出会ってきた冒険者達にはなんとなくその理由が解った。
(「ひょっとして?」)
 シルヴィアやクリステル達の興味津々の顔が彼を見る。もしかしたら逃げ出したい感情に彼は駆られたかもしれない。
 けれど、ある人物へのある思いが、彼を踏みとどまらせた。
「すまない‥‥、ちょっと、頼みが‥‥あるんだが‥‥」
 そして一人の人物を向かえ、酒場の準備は着々と進む。
 会場まであと数時間。

 ある店の扉が開いた。
「ご招待、ありがとうございます。ぜひ皆で伺わせていただきます」
 冒険者を見送る店主の後ろで、その妻と彼の飼い猫も頭を下げる。
「ああ、待ってるぜ」
 店を出たリ・ル(ea3888)は立ち止まり1・2・3と指折りながら今日、自分が回ってきた家々をいや、出会ったもの達を数えていた。
 リルが何をしているか、と言えば今日の聖夜のパーティに友達を誘っているのだ。
「ちょっと、弟分を招待したいんだけどどうかな?」
 と言ったフレイア・ヴォルフ(ea6557)や
「そのヘンルーダを、呼ばせて欲しい」
 と頼んだ七神蒼汰(ea7244)に今日のホストヴィアンカは勿論、OKだと答えた。
 だからリルもまた親しい、もう一度会いたいもの達にパーティへの声をかけたのだ。
 その多くはその誘いに素直に応じてくれた。
 しかし一番会いたいと願う相手は住所不定、無職。居場所の心当たりはあまりない。
 今までの邂逅もいつもあちらから来てくれる時だけ会えた。逆に言えばあちらが会いたくない時は会えないのだ。
 一日歩き回っても用意したプレゼントはまだ渡せず手の中。
「せっかくいろいろ手配したのになあ。好物も用意して‥‥。今回は諦めろってことか‥‥」
 大きく息を吐き出しかけたその時、だった。
 ふにゃ。
 足元に柔らかい何かが触れたのは。
「ガブリエラ。どこに行ってたんだ?」
 彼は膝を折り、擦り寄る彼女を抱き上げようとして、その背後にいる存在に気づいた。
「やあ! ミカエリス。元気だったか? 久しぶりだな!」
 ずっと一日探していた最愛の友にリルはプレゼントを渡し、今日の夜のパーティの話をした。
「良かったら、来ないか? 皆を誘ってさ」
 彼は表情に自分の感想を乗せないので、リルの誘いに彼がどう思ったかは解らない。
 ただ振り返り去っていく彼の尻尾は楽しげに、真っ直ぐ立っていた。

○大切なひととき
「しっぽ?」
 話を聞いていたティアイエル・エルトファーム(ea0324)が首を捻ったのを知り、ああと、リルは説明する。
「俺が招待したかったの猫だから。会場には勿論入れないけど外で、ご馳走振舞うくらいはいいだろうと思ってな」
「こいつの猫好きは有名なんだよ。知らなかったか?」
 ティアは少し考えてうーん、と首を振る。
「イギリスに戻ってくるのも4年ぶりだしね〜。キットさんだって声かけられるまでわかんなかったよ。前は私よりちっちゃかったからね」
「昔の事はいいだろ! 大体、成長期なんだ。まだまだ伸びるさ」
「ハハハ、そうだね」
 昔、いくつもの依頼を共にしたキット・ファゼータ(ea2307)とそんな軽口を楽しみながらティアイエルは懐かしそうに周囲を見る。
 美しく飾り付けられた酒場。だが、底に漂う雰囲気は昔と変わらない。
「まさか戻ってこれるなんてね‥‥でも凄く懐かしい。皆、元気かなあ〜」
「遠くに行った奴、姿を見なくなった奴。いろいろあったりもした。でも‥‥変わらないさ。ここはな」
「うん、そうだね」
 集まってきた客の多くをティアイエルは知らない。だが、大切なものを抱きしめるように胸に手を当て微笑んだ。
「戻ってこれて、よかった‥‥」
 長き年月を生きるエルフにとっても4年と言う時は勿論、短くはない。
 まったく知らない土地での新しい生活はなおのことだ。
「アトランティスも、いろいろ面白かったんだけどね。そうそう、ゴーレムっていうのがいて‥‥」
「ほお、貴殿もアトランティスからの帰還人か。我が輩もアトランティスで修行を積みしもの。どこかでお会いしたことがあったであろうか?」
「おー、また超懐かしい顔みっけ。久しぶりだな。シャルグの旦那」
 キットに名前を呼ばれたシャルグ・ザーン(ea0827)はキットに騎士の礼を取る。
 背後に立つセレナ・ザーン(ea9951)がアトランティスに旅立った彼の娘であることは聞いていたが、まさかこうして再会できるとは思っていなかった。
「あ、そうなんだ。でも向こうで会った事があるかは‥‥どうかなあ〜。むしろ、こっちで一緒に仕事したことがなかったっけ。ほら、ヴィアンカちゃんの時!」
「まあ、その辺の積もる話は後にしないか。ほら、もうじき始まりそうだ」
 酒場の壁沿い。小さく作られた舞台に主催者の少女が立とうとしている。
 向こうには式を挙げたばかりの新婚夫婦が、こちらには親友同士が、向こうには恋人同士が楽しげに会話をしていたが、それに気づいてざわめく会場が、一時少女の方を注目し静かになる。
 ペールピンクのドレスを着たヴィアンカは、スカートを摘まんで可愛らしくお辞儀をした。
 髪には赤い宝石の髪飾りが映え、足元でお辞儀するペンギンには青いリボンが結ばれている。
 その仕草の美しさ、可愛らしさに周囲から思わず歓声が上がった。
「えーっと、今日は皆さん、お集まりいただきありがとうございました。今日は聖夜祭です。皆で楽しくパーティができればいいなあと思っています。いろいろとふてぎわとかあるかもしれないですけど、許してください。そして最後まで楽しんでいってください!」
 よろしくお願いします。と頭を下げるヴィアンカに惜しみの無い拍手が送られる。
 パーティのホストとしては完璧な挨拶だろう。だが‥‥ふと、リルは気づいた。
「ん? キット。拍手してやらないのか?」
「あ? ああ、忘れてた」
 ぱちぱちとおざなりに拍手をするキット。彼の様子がいつもと何か違うことに‥‥。
「直ぐにパーティ始めたいんだけど‥‥実は‥‥」
「ふはははは、パーティの前に少し時間を頂くのだ!」
 ヴィアンカの立ち位置を奪いかねない勢いで、舞台の上に挙がった人物がいた。
「あっ!」
「我が輩はヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)。聖なる母に仕える聖職者なのだ。世間は聖夜祭にしばしの休息をとるわけであるが、我ら聖職者には祝日こそが仕事であるぞ。パーティならばちょうど良いのだ。まずは聖夜の辻ミサをここで敢行させてもらうであるぞ!」
 どうどうと舞台の上で手を広げるヤングヴラド。
 まさか魔法は使っていまいが、その迫力に冒険者達は何故か逆らう気が起きなかったのだ。
 あのキャメロット一のお祭り男である葉霧幻蔵(ea5683)でさえ、大人しくしている。
 聖夜祭こそ、聖職者の見せ場というのであれば、ここは大人しくしているべきであろう。
「そもそも、聖夜祭とはただ単にえらい人の誕生を祝う日にあらず! 冬至を越え、再び光と力を取り戻し闇と寒さを追い払う太陽を、救世主ジーザスの誕生になぞらえ、我らもその事跡にならって闇に立ち向かうのが眼目である! ‥‥だから‥‥、そして‥‥、こうして‥‥」
 ヤングヴラドの力の篭った説教は、参加者達が長いな〜と、感じるくらいには続いた。
 だが
「つまり、「こんなご時世に聖夜祭なんか」ではないのだ! 「このご時世にこそ聖夜祭は本当に必要とされている」のだ!」
 そう力強く告げた彼の言葉は冒険者達の心に止まる。
 それこそが少女の願いであり、ここに集う者達の思いであるのだから。
「さあ! 皆の者。祈るのだ。そしてだれぞ奏楽をもて! 讃美歌を歌うのだ。心からの願い、神はきっと聞き届けたもうぞ」
 腕を上げたヤングヴラドに
「はーい! 伴奏ならお任せ〜だよ♪」
 明るい声のアルディス・エルレイル(ea2913)が窓枠に腰をかけ竪琴を奏でる。
 〜慈しみ深き 我らが神は〜
  弱き人々を 守らせたもう〜
  希望は いつでも我らが側に〜
  神と光は 消える事無く〜
  信じる者の 上に輝く〜♪ 
「ああ、そう言えばあいつも聖職者だったっけな」
 ヴィアンカのソプラノに先導されて、参加者、冒険者のみならず酒場の客、厨房の料理人や給仕人たちも歌い始めた。
 祈りの篭った聖歌はキャメロットの夜に美しく響き、そして消えていった。

 厳粛で静かな時が終った後、
「さあ! パーティの始まりなのだ!!」
 人一倍、明るく大きな声を上げたのもまたヤングヴラドであった。
 その声に呼応するようにあちらこちらで乾杯の声と杯を合わせる音が響く。
「正直な話ね、このご時世にパーティーなんていい度胸だな〜っては思っていたのよ。流石騎士の国、って。でも、先回りされちゃった、って感じ?」
「そうか‥‥、まあ、いいじゃないか。ほら、料理でも食べたらどうだ? なんでも取ってやるぞ」
 微苦笑しながら手を差し出すマナウス・ドラッケン(ea0021)にレア・クラウス(eb8226)は小さく肩をすくめると黙って皿を渡した。
(「この人も変わらないわよね。女性には優しくて、妙にマメで‥‥」)
 自分を大切にしてくれ、なおかつどんな女性にも優しいフェミニスト。
「‥‥まぁ‥‥仕方ないか‥‥。彼もこの国の騎士だもんね」
「ん? どうかしたか? ホラ」
 差し出された皿を受け取ってレアは明るく笑った。
「ホント、せっかくだもんね。目一杯楽しんで、尚且つ楽しませる事にしましょうか。よーし、腹ごしらえと舞台の出し物が終ったら、私も躍らせてもらいましょう!」
「お! レアの踊りが見られるか。楽しみだな。じゃあ竪琴の伴奏などいかがかな」
「もう!」
 明るく笑いあう二人の向こうでは、最初の舞台の出し物がそろそろ佳境を迎えようとしていた。

「おおお!!」
 見物人たちの中から歓声が上がった。
 可愛い衣装を着たシルフの少女が舞台の中央でおいでおいでをしている。
 それに答えるようにケットシーがふにゃふにゃと歩いているのだ。
「凄いわね。あれってどうやってるのかしら」
 驚く恋人に蒼汰はハハハと笑って見せた。
 なんとなく仕掛けは解らないことも無いが、マジックのネタをバラすのはマナーに反するだろう。
「はーい。いい子、いい子。つぎ、つぎ〜」
 シルフが頭を撫でると、ケットシーは地上にスタと降りてポーズをとる。
 そして二人は舞台の中央を開けて、祈るように力を込め始めたのだ。
「うーん、うーん、えい!!」
 その瞬間、驚くことに舞台の中央にいきなり強大なクリスマスツリーが現れる。
 あるものはさらなる歓声をあげ、ある者は
「ブッ!」
 口に入れたエールを拭き出した。
「ゲンちゃ‥‥ん?」
 彼らが口をぼんやりと開けているうちにツリーはしっかりと着ぐるみに戻り、くるりと振り返ったそれは華麗なポーズを決める!
『宴会芸職人、ゲンちゃん参上でござる! 皆の者、めりくり! なのでござる』
 口に麗しの薔薇を銜えてポーズを決める幻蔵に皆の拍手が惜しみなく送られた。
「ども、どーもなのでござる」
「ござる!」「ふみゃ!」
 文句の付けようのない完璧な宴会芸に幕を開け、それからもパーティが続く限り舞台に演者が、観客達の顔から笑顔が消える事はなかったという。

 舞台が人々の心を楽しませると同時に、並べられた見事な料理たちは勿論、冒険者のお腹を満足させていた。
 ローストチキンに、ミンスパイ、クリスマスプティングに、お菓子の家。アップルパイを初めとする甘菓子に沢山の甘い飲み物。
「ほら、サークラ。これも美味しそうだよ」
「ホント。尾花さんの料理だから美味しいのは間違いないですけど、クリスマスだけあって見た目も綺麗ですね」
 両手に皿を持ってやってくるユリゼ・ファルアート(ea3502)から皿を受け取ってサクラ・フリューゲル(eb8317)はにっこりとした。
 鼻腔をくすぐるいい匂いが食欲を刺激する。
「サクラの折り紙つきの料理人の料理なら楽しみね。‥‥はい、どうぞ姫君」
 テーブルを整え椅子を引きユリゼは優雅にサクラにお辞儀をした。男礼装にマント。美しい男装の麗人のエスコートにサクラは再び微笑むと
「ありがとう。リゼ」
 好意を素直に受けて椅子に座った。
 向かい合っての食事。舞台では賑やかな笑い声が響いて、自分達の笑い声もそれに和する時もあるが、おおむねは二人だけの静かな時間が続いていた。
 美味しい食事と楽しいパーティ。絶えない笑い声と、大切な人ととの一時。
 文句なしの幸せな一時であるが故。
「この後また戦い‥‥終わりはあるのでしょうか‥‥?」
 サクラの口からそんな言葉がふとこぼれた。
「あ、解っていますよ。あんまり気にしても仕方が無いってこと。でも、この時があんまり幸せだったから‥‥」
「サクラ‥‥」
 心配そうな友人の顔と、自らの心の不安を振り払うようにサクラはユリゼの手を取った。
 おりしも舞台の上では吟遊詩人のリュートが明るいアップテンポのダンス曲を奏でる。
「ほら、エレェナさんの音楽が始まりましたよ。エスコートをお願いしますね。王子様」
 明るくウインクするサクラにユリゼは微笑と丁寧な礼で答える。
「喜んで。姫君」
 くるくると踊る二人。それぞれの思いを互いは口に出す事はない。
 ただ、確かなのはそれぞれがこの時を大切に思っていること。
 いつか、二人の関係も、色んなことが色々な形で変わっていくだろう。
 けれど今は、それで十分だった。 

 会場に集まった者達は殆どがこう言う場には慣れっこですっかりなじんで楽しんでいる。
 だが違う招待客もいる。
 会場の準備が終わり、あとは遊んでていいよと言われた使用人二人。けれど、食べ物に夢中の弟はさておき少女は素直に楽しむ事はできなかった。
「よう! 二人とも。ちゃんと食ってるか? 楽しんでるか?」
 だからその声にパッと明るくした。
「絶狼さん。今日はありがとうございます。こんなステキなところに連れてきて下さって」
 名前を呼ばれた閃我絶狼(ea3991)は明るい笑顔の二人に少し安心したように笑いかけた。
「ああ、お前さん達も随分落ち着いたみたいだな。特にリリン。見違えたぜ」
「あ、ありがとうございます。とても、よくして貰っていますからお嬢様にも、冒険者の皆さんにも」
 素直な賛辞に少女は頬を赤らめる。肩に羽織っている姉弟お揃いの上着も冒険者からの贈り物だと言う。
「後は、姉さんが帰ってきてくれれば、いう事は無いんですけど‥‥」
「そうか‥‥」
 絶狼は無言で料理に夢中の少年フーの頭をぐりぐりと撫でた。
 意味が解らず首を傾げるフーに膝を折って目線を合わせると
「ほら、これやるよ。お守りだ」
 小さな細工物を渡した。首飾りである。
「ありがと」
「ほら、リリンにも」
「‥‥ありがとうございます。でも、いいのですか? こんな綺麗なもの‥‥」
「いいんだよ。せっかくの聖野菜だ。仕事を頑張ってるお前さんたちにもちょっとくらいいいことがあったって、ばちはあたらんさ。二人とも楽しめよ。そして、頑張れよ」
 もう一度、ありがとうございます。と頭を下げる二人に背を向けて絶狼は戻っていく。
 今を懸命に生きている彼らに「あの事」をいう事はできなかった。
 いずれ告げなくてはならない時も来るだろうが。
「心配‥‥か」
 自分の行動に苦笑しながら絶狼は自分の事を考える。
 ここでの生活はもう何年になるか? いつの間にか大切な物が沢山出来た。
 相変わらず自分の事はさっぱりだがこの何気ない日常を守りたいという想いだけは俺の中に確かにある。
 何があろうとそれだけは変わるまいと、変えまいと彼は心に決めていた。

○愛する人と
「ヴィアンカちゃん久しぶりね。あたしの事はきっと覚えてないよね‥‥でも会えて嬉しいなっ」
 パーティも中盤を向かえ人々の動きが一段落した中、ヴィアンカの周りには彼女に挨拶をしたり話をする人の輪が切れる事は無かった。
「ヴィアンカさん、今日はお招きありがとう。いつか貴女の肖像画を書かせて欲しいわ」
 そう挨拶したチョコ・フォンス(ea5866)は彼女を独占するのを避けて軽く会釈するとその場を離れた。
「チョコさん、今日の料理楽しんで下さいね」
「ええ」
 頷いてから彼女は少し離れた椅子に座って深く息をついた。
 賑やかなパーティは勿論楽しいが少し、疲れもする。
「疲れたか?」
「まあね。でも大丈夫。楽しいもの。夫婦になって始めての聖夜祭。こういうのもいいわよね」
 ステキな一日。楽しいことだけのパーティ。彼女は心からの笑顔でそう答え
「あら? アンドリュー。何を持ってるの?」
 何かを後ろ手に隠している夫に声をかけた。
 微かに頬を赤らめた彼は、やがてそれを妻の前に差し出す。
「これ‥‥は‥‥お菓子?」
「アップルプティングだ、俺が‥‥作った。今日は、お前の誕生日だから」
「アンドリューが?」
 本当はクリスマスプティングを作ろうとした事、だが下ごしらえに時間が必要だと知り簡単に出来るこれを教えてもらったのだと、照れたようにいうアンドリューに
「馬鹿ね!」
 チョコは笑顔でそういうと、その胸の中に飛び込んだ。
 慌ててプティングを置いてアンドリューは妻を抱きしめる。
「場所なんか、どこだっていいのよ。アンドリューさえ傍に居れば。
 プレゼントなんかなくてもいいのよ。アンドリューさえ元気でいてくれれば。でも‥‥ありがとう」
 そうして二人はお互いの気持ちを確かめあう。プティングの味は言うまでもないだろう。
 それは間違いなく幸せの味がした筈だから。

 出し物もひと段落し落ち着きを迎えた頃、外でもまたいくつかの声が聞こえていた。
「ほら、いっぱい食べろよ」
「ネコさんがいっぱいだね♪」
 楽しそうに笑うリルとヴィアンカの周囲には町中から集まったのではと思う程の猫がいた。
 皆、料理を振舞われ楽しそうであり、嬉しそうだ。
 カバンから魚を引っ張り出すものもいるが、リルは止めなかった。
 奥でのんびりと猫達の様子を見守る一際大きな猫に、リルはヴィアンカを紹介する。勿論逆の意味もあるが
「こいつがこの辺りのボスのミカエリス、でこっちがヴィアンカ。よく攫われるから街で見掛けたら注意してやってくれ」
 そして、小さくウインクをした。
「ミカエリスよ、カブリエラのことを頼むぞ。帰ってきたら少しくらい撫でさせろよな」
 小さく鳴いた彼の返事が何であったか、テレパシーを持たないリルは知る由も無い。
 だが微笑んで頷いて、また猫達の元に戻る。
「あれ? 誰か外に出てきたみたい?」
「ヴィアンカ。邪魔するな。馬に蹴られるぞ。ほら、これがうちのガブリエラ。美人だろ」
 猫をヴィアンカに持たせてリルは目を閉じる。
 愛する人との一時を邪魔するつもりは無かったから。
 
「寒くないかい? エレェナ」
 クルト・ベッケンバウアー(ec0886)の声にエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)は首を横に振る。
「大丈夫だ。酔い覚ましに丁度いい。去年の今頃は‥‥こうして誰かと寄り添ってるなんて、思いもしなかったな‥‥」
 酒場の外で、エレェナはクルトの肩にもたれそう囁いた。
 感じるぬくもりは不快なものではけっしてない。むしろ暖かで‥‥エレェナの心を素直にさせる。
(「私達の心は‥‥あるいは、命は、何時まで共に在れるのだろうか。時は流れゆくもの、人と想いは変わりゆくもの。だからこそ愛しいと解っている。けれど」)
「時々ね、止まってしまえばいいと思うよ‥‥戯れに、だけれど。きっと私は、今、とても幸せなのだね」
「大丈夫。変わりはしないよ。君が望む限り‥‥」
「えっ?」
「メリークリスマス」
 肩から頭を上げたエレェナに彼は祈りの水晶を握らせる
「持っていると幸せな気持ちになれるっていうから…君が持っていて。君の幸せならボクにとっても嬉しい事だから‥‥それにこうすれば二人で持ってるって事になるし、ね」
 祈りの水晶を持つ手に彼は自分の手を重ねた。そして引き寄せた手と共に唇も‥‥。
「一緒に、幸せになろう。ずっと‥‥」

 そしてもう一つ、星空に祝福された告白があった。
「今、それを聞きたくは無いわ」
 恋人ヘンルーダへの告白に蒼汰はそう答えられていた。
 誰にも聞かれないようにとやってきた屋根の上
「俺、決戦に行くんだ」
 蒼汰はその言葉と一緒に誓いの指輪を差し出したのだ。
「英国を、何より君を守る為に‥‥だから、生きて帰る為の力にする為にもこれを受け取って欲しい。どうか、俺の妻に‥‥」
 白いマフラーとコートを来た少女は闇の中に銀に浮かび彼を見つめている。
「俺に‥‥共に歩いて貰えるだけの価値があるか今でも自信は無い‥‥それでも君を、愛してる」
 彼の決死の告白の返事が先の言葉。落ち込みかけた彼の手から、だがヘンルーダは指輪を取ると、早業でその唇にキスをした。
「! ヘンルーダ」
「必ず、帰ってきて。そしてもう一度言って。その時私は答えるわ。‥‥イエスと」
「やったー! 蒼汰!!」
「えっ?」
「ハクション! あ、いけない!!」
 突然現れ、突然消えた声と気配を二人はなかったことにして、もう一度顔を寄せ合う。
 二人の思いを、満天の星と月光が静かに祝福していた。

「知っているかい? フリード?」
「フレイア。遅くなって‥‥!」
 厨房で料理と格闘し続けていた満が会場に戻って最初に見たものは、妻が別の男性とキスをしている光景であった。
「フレイア‥‥さん」
「いい男におなり。街を頼んだよ、って、満! お帰り!!」
 顔を赤らめてお辞儀をし、逃げるように去っていく子は良く知っている。
「なんて顔してるんだい。あれは、キッシングボウ。宿木の下のクリスマスのキスだよ。可愛い弟へのね」
「ああ、解っている」
 満は静かに答えた。決戦を間近に控えた彼女の思いは彼には良く解っている。
「あの子はキャメロットの守備に入るんだってさ。会った時は小さかったのにもう立派な男だね」
 それでも微かに顔に浮かんでいた不満が見えたのだろうか、フレイアは満の顔を両手で引くと、
「こら」
 と声をかけた。そしてキスをする。
「あんたとだったら宿木なんか関係無しにいちゃつくんだからね。もう遠慮なんかしないよ」
 手を引く赤い服の女神に満は逆らうすべなく引きづられていく。
「己を信じ、皆を信じて‥‥頑張ろう。無論満もな」
「フレイア‥‥」
「さあ、料理食べて、思いっきりいちゃつくよ。若い奴らにはまだまだ負けないからね〜」
 愛しい妻の明るい声に
「ああ。そうだな。思いっきり見せ付けてやるとしよう」
 満は心からの笑顔で頷いたのだった。 
 
「このあいだの誕生日に、家督を継ぎたいという意志をお父様達にお伝えしましたわ。まだ、完全に認めていただけたわけではありませんが、しばらく見習いと言う形で当主の仕事を勉強させてもらえる事になりました」
 セレナはヴィアンカにそう頭を下げている。
「お父様方にしっかり認めていただけるよう、精一杯励む所存ですわ」
「そう‥‥私も‥‥」
 二人の会話は難しく聞こうと思わなければ聞こえない。
 聞こうとしないで食べ物を食べ、飲み物を飲むいつもどおりのキットに
「どうしたんです?」
 リースフィア・エルスリード(eb2745)はそう声をかけた。
「別に。お前こそいいのか? 今回は何にもしてないだろ」
「いいんです。何もしなくて。こうして当たり前に過ごす時こそが私の幸せ。守るべきものとしっかり心に刻みましたから‥‥」
「そうか」
 迷いの無いリースフィアの言葉にキットは顔を背ける。
 彼にはある思いがあった。いつからだろうと、思い返しても解らない。
 ただ大勢の笑顔に囲まれるヴィアンカを遠くに見ていると時折酷く、馬鹿に冷たい風が胸の内に吹き荒ぶのだ。
 理由など勿論解りはしない。彼女が遠くに行ってしまうようなそんな寂しさなのかもしれないと思うだけだ。
 いつか華やかな世界に心奪われて、彼女に相応しい世界に行ってしまうのではないかとも思う。
 だが、それを口に出す事はしない。それでもいいと思うからだ。
(「いつかその日が来るまではどうか今のままで。全てを賭けて守る誓いに嘘はない」)
 誰にいう必要も無い、自らへの誓いをキットは強く握り締めると、仲間の下へと戻って行く。
 そんな冒険者の様子を女神のように装ったクリステルは見つめまた、微笑ししっかりと心に刻んでいた。

○聖なる夜の祈り
「皆、キャンドルは行き渡った?」
 パーティも終盤、ヴィアンカはパーティの参加者一人ひとりに小さな荷物を渡した。
 中に入っていたのは手作りのサンタクロース人形と、それから一本のキャンドル。
「これから大きな灯りを消すね。皆のキャンドルに私が火をつけるから」
 そう言って、ヴィアンカは言葉通り、一人ひとりのキャンドルに自分のキャンドルから火をつけていった。
「元気でね」「無事に戻って来てね」
 一人ひとりに贈られた、祈りを込めた灯りが酒場を美しく染める。
「私、待ってるから。ここで明かりを灯して待ってるから。だから‥‥だから‥‥」
 涙ぐむ少女に誰が最初に叩いたのか、パチパチと拍手が贈られる。一人から始まった拍手はやがて会場全体を包んでいく。
「今日は、楽しかったですわ」
 冒険者達からの思いに少女は涙を拭き、そして優雅にお辞儀をして答えたのだった。

 やがてパーティはお開き。
 帰路についた冒険者達の手に握られた花のキャンドルを見つめながら、キットは自分の手の中に残されたものと唇に残った感覚を思い出す。
 クリステルの飾ったキッシングボウ。その下で少女から贈られた暗闇のキス。
「あいつ‥‥」
 いつの間にか胸の中の風は収まっていた。
 すれ違った騎士を一瞬だけ見やってキットは前を向いて歩き出した。

「あーあ、パーシさんに会えなかったのは残念だなあ?」
「今は忙しいのであろう、仕方あるまい」
 そんな声を聞きながら、シルヴィアもまた帰路についていた。
 ほんの僅かの寂しさを胸に抱きながら。
 手作りのクッキーは皆に配れたが、後一つ、手の中に残っている。
 明日はまもなく。もう次に会うのは戦場への準備の時だろう。
 思いを振り切り前を見ようとしたその瞬間
「心は決まったか?」
 シルヴィアの前に一筋の影が伸びた。彼女は顔を挙げ真っ直ぐに彼を見て答える。
「私の心は最初から決まっています。迷わず戦うと誓いましょう。だから、貴方も私に下さい。二年前の約束を‥‥」
 彼の答えを知る者は、彼女とそれを見つめる月と星だけ。
 
 そして聖なる夜の祭りは終わりを迎える。
 薔薇の香りと、少女の祈り、そして幸せな思い出を抱いて冒険者はそれぞれの道へと歩き出していく。
 振り向く事無く、ただ前を向いて‥‥。