【決戦】暗黒竜と冒険者 命を賭けた戦い

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:15人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月29日〜01月03日

リプレイ公開日:2010年01月06日

●オープニング

○暗黒竜の復活
 あの悪夢のようなバロールとの決戦から数日。
 キャメロットは不思議に張り詰めた空気の中にあった。
 街を行きかう人は殆ど無く、多くの人々は家の中で恐怖に震えている。
 教会には多くの人々が集い、祈りを捧げている。
 聖夜祭も間近であるというのに、人々の顔に笑顔は無い。
 ただ、恐怖に怯えるのみ。
「かみさま、どうか、わたしたちをおまもりください」
 小さな祈り。答えるもののない祈りに
「神様‥‥か」
 教会の扉にもたれ人々の様子を見つめていた一人の男性は暫くの後その場を黙って後にしたのだった。

「何か、御用でしょうか?」
 ギルドでは始めてみる来訪者に、係員はそう問いかけた。
 年の頃は40代前半か後半かと見える。性別は勿論男性だろう。
 体格はかなりいい。背も高いがそれよりも明るい金髪と不思議な威厳が印象に残る人物である。
「一つ、いい事を教えてやろうと思ってな」  
「いい事、ですか? 依頼ではなく?」
「まあ、依頼と言えば依頼かもしれんな。確かにお前達に協力を頼みたい仕事だからな」
「は?」
「いや、なんでもない」
 そう言って首を振ると彼は、本題だといって話に入った。
「クロウ・クルワッハという暗黒竜がいる。奴には二つの弱点がある」
「クロウ・クルワッハの弱点!?」
 その瞬間まで雑談を聞き流すような気分でいた係員は突然目を丸くする。
「何故‥‥貴方がそんな事を?」
 問いは静かにスルーされ、彼は話を進めた。
「一つは、勿論心臓だ。それを持つ人物はクロウを思いのままに操る事ができる。心臓を潰せば奴の力の多くを殺げるだろう」
 それはかなり前から冒険者にも知らされていた話。
 クロウの心臓は、円卓の騎士トリスタンの心臓でもあるから下手に潰す事はできないのだがはっきりとした弱点として冒険者の選択肢にある話であった。
「そして、もう一つ。それはリア・ファルだ。七つの冠と人間は呼ぶらしいが、これはいろいろな力を増幅させたり、バランスを取ったりすることができる。古くはケルトの王の戴冠式に使われていた宝なのだ」
「でも、それは‥‥」
 係員は言いよどむ。リア・ファルはもう既にこの世には無い。
 デビルアリオーシュが一時手にし今は、共に取り込まれてクロウの腹の中に‥‥。
「解っている。だがだからこその弱点なのだ。リア・ファルは取り込まれたことでクロウの、身体のどこかに浮かび上がっている筈だ。そこがクロウの弱点になる」
「リア・ファルが弱点に?」
 彼はそっと頷く。
「クロウ・クルワッハは神とデビルを取り込み力を増した。だがその力はただでさえ、心臓を失っているクロウには制御できないものだ、近いうち奴は暴走を始めるだろう。目に見える者全てを破壊し、無に帰す存在となる。だがリア・ファルを見つけ出しそれを砕くことができればクロウの体内の力は一時、封じられ、その動きを止める筈だ」
 その時を狙って倒せばいい、と彼は言う。
「ですが、リア・ファルは本当は手のひらサイズの小さな球と伺っています。それをあの体長50mと言われるクロウから見つけ出すなど」
「無理と言うか?」
 立ち上がった彼はそう言いかけた係員を強く見た。係員は目を擦る。
 この人の輝きがさっきまでとは違って見えるのだ。
「無理だと思おうが、自らの国、自らの故郷、自らの愛する者をその手で守りたいなら、戦え。自らの国、自らの故郷、自らの愛する者をその手で守りたいなら、戦え。それは私達だけではなく‥‥お前達にも出来る筈だ」
「お、お待ちを、貴方は!」
 彼は去って行った。扉を開けても、もう姿は見えない。
 ただ、彼の言葉だけはいつまでも係員の心から消える事は無かった。

 それから暫くの後、やってきた円卓の騎士パーシ・ヴァルは一つの依頼をギルドに提出した。
 彼が出した依頼。それは言うまでも無く暗黒竜クロウ・クルワッハ討伐の依頼である。
「もう、知っている者も多いだろう。暗黒竜クロウ・クルワッハが暴走を始めた。歩みこそゆっくりだが目に見えるもの全てを破壊して、彼はキャメロットへと向かっている。それを全力を持って迎え、倒す。例え何があろうと奴をキャメロットに入れるわけにはいかない」
 銀鎧の騎士は静かに、だがきっぱりと告げる。
「言うまでも無く相手は伝説の暗黒竜だ。しかも、神と高位デビル。その両方を喰らって力を増している。先に対峙したときよりもなお、強敵になっている筈」
 故にパーシ・ヴァルは今回騎士を率いては行かない。
 王宮からこの戦いに挑むのは彼一人。
 勿論サポートや住民の避難など、王宮の騎士全てが事に当たるがクロウの眼前に実力の無い者が立てば、命を失うだけであるからだ。
「この依頼を手に取る者がいるなら、言っておいてくれ。覚悟の無い者は受けるな。と。自らの力に自信の無い者も同様だ。クロウの力は計り知れない。一瞬の迷いが死に直結する戦地だ」
 だが、と係員はパーシに告げる。
「クロウには弱点があるという話もありますが‥‥」
「それは聞いている。別働隊がその為に動こうとしている、という話もな。だが、あるかどうか、見つかるかどうかも解らないものにイギリスの命運を賭けられない。だから、最悪弱点が見つかろうと、見つかるまいと奴を倒す。それくらいの覚悟で来て欲しい」
『覚悟』
 パーシ・ヴァルは二回、その言葉を口にした。
 それは死の覚悟だろうと思った係員の思いを読むように、パーシは違うと首を振って告る。
「死ぬ覚悟じゃない。必ずクロウドラゴンを倒し、イギリスを守るという覚悟だ」
 目を閉じたパーシ・ヴァル。
 彼の目蓋の下に浮かんだものは何か、浮かんだ者は何か。
 人は勿論知る由も無い。
 ただ、彼の思いは知っている。
「命を賭けることと命を捨てる事は違う。必ず奴を倒し、この国の人々、大切な者を守るという覚悟を持つ者を俺は‥‥待っている」
 そう言って王城に帰っていった彼の背中は、大きく冒険者を待つように揺ぎ無く立っていた
 
 今年も、もう終ろうとしている。新しい年は目前。
 だが、この戦いに勝利をしなければ、イギリスに新しい年はおろか、明日さえも来ないだろう。
 運命の決戦が、今始まろうとしていた。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0640 グラディ・アトール(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb8221 アヴァロン・アダマンタイト(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0129 アンドリー・フィルス(39歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

エリー・エル(ea5970)/ サクラ・フリューゲル(eb8317

●リプレイ本文

○それぞれの「やくそく」
「グオオオッ!」「グガアアッ!!」
 暗黒竜クロウ・クルワッハ。
 雄たけびにも似た悲鳴を上げながら、それはゆっくり、だが確実にキャメロットへと向かって歩を進めていた。
 踏み潰された村や、焼かれた街は数知れず。
 もう一日進ませてしまえば、奴の巨体にはキャメロットがもう視界に見えてくるかもしれない。
 この先にも村や街もある。街道もある。
 戦端を開き、戦いを始めるにはここが唯一にして最後のチャンスを持った場である。
 援護のチームもそれぞれ持ち場についているだろう。
「皆、用意はいいか? 覚悟は?」
 ずっとクロウを見つめていた円卓の騎士パーシ・ヴァルが振り返り、共に戦う冒険者達にそう、声をかけた。
 答えるのは十四人の冒険者。
「阿修羅神の使途として、この地に住まう人として、ヌァザに未来を託された者として‥‥奴を討つ!」
「命を、そして未来を残す為に‥‥戦う覚悟はとうにできている」
 ヒースクリフ・ムーア(ea0286)とアンドリー・フィルス(ec0129)の力ある決意の言葉に、冒険者達も頷いていた。
 神と呼ばれたヌアザと上位デビルを取り込んだ暗黒竜は先に戦ったときよりも遙かに力を増しているのだ。
 こうして少し離れた所から見ていてさえ、歴戦の冒険者達をもってさえも背筋に震えが来る程の強大な敵であった。
「ん〜、確か、クロウ・クルワッハっていうのは神とも崇められた存在でしたよねぇ〜。やっぱり、何としてでも倒さないといけないですねぇ」
 エリンティア・フューゲル(ea3868)は口調からは考えられない真剣な眼差しで敵を見る。
 冒険者でさえ油断すれば即座に命が無いことも十二分に理解していた。
 それでも
「‥‥俺は一人じゃない。モルが託してくれた希望と、仲間達の思いと共にある」
「たとえ敵が強大であったとしても、退くわけにはいきませんから。今を生きる人たちの為に、そして産まれ来る新しい命の為にも‥‥」
 グラディ・アトール(ea0640)は聖剣を構えて胸に手を当て、とフィーネ・オレアリス(eb3529)は決意を思いと共に握り締めた。
 そう、逃げるわけにはいかないのだ。宿奈芳純(eb5475)は誓うように告げる。
「我々には守るべき者がある。この国を後に続く者達に残す為、できる事を尽力します。『できぬ事に焦るな。できる事を怠るな』と、この国のある方々と約束しましたから」
「イギリスの、いや、この世界の人々の為に。ここでなんとしてもこいつを討たなくてはならない」
「ええ、それに‥‥」
 唇を噛み締めるエスリン・マッカレル(ea9669)をルシフェル・クライム(ea0673)は一瞥する。
 二人の心にある、大切な存在。もしクロウを倒せればあの人は重い運命のくびきから開放されるのだろうか。
「できる事を怠るな‥‥。トリスタン卿がここにいらっしゃれば必ず、人々を守る為に力を尽くした筈。だから、卿のお志は私が代わって守り抜く。そして必ずや生きて戻り、卿をお救いする事が私の誓約だ!」
「そうですわ。皆で一緒に帰りましょうね。一人も欠ける事なく全員そろって‥‥」
 にっこりと微笑むクリステル・シャルダン(eb3862)の言葉に
「勿論なのでござる!」
 一際大きな声をあげ、葉霧幻蔵(ea5683)は見得を切る。
「どんな芸も見る人いなくては何の意味も無い。人々の笑顔を守る為に全力を尽くすのでござる! でも、死んだら笑えないし楽しいあんなことも、こんなこともできなくなるのである。だから、絶対に生きて戻るのである」
「珍しくゲンちゃん、良い事言うね。大丈夫。暗黒竜だって無敵じゃないもん。絶対に倒せるよ! 大丈夫セーラ様の加護もきっとあるから」
 友達のエリー・エルが祈ってくれたんだ。と明るく笑うティズ・ティン(ea7694)と幻蔵に冒険者達からも微かな笑い声が生まれた。
「そうですね。この戦いは一人の戦いではなく、この地に住む全ての人々の戦いです。負けるわけには行きません! 必ず勝ちましょう」
 静かにそう微笑むとシルヴィア・クロスロード(eb3671)は冒険者の中央を歩いて、パーシの前に立った。
 そして静かに膝をつくとマントの裾に口付けをした。
「シルヴィア‥‥」
 微かに苦笑するような笑みをパーシは浮かべた。
 これは本来なら騎士が騎士に捧げる行為ではない。もっと絶対の‥‥忠誠を意味する。
「私の命全ては貴方のもの、そして貴方は約束を下さった、必ず生きて帰る事を諦めないと‥‥」
 シルヴィアは、勿論それを解っていてやっているのだ。
「敬愛する我が剣の主のご無事を祈っています。さあ‥‥どうか、号令を‥‥」
 絶対の忠誠と信頼。
 自分を真っ直ぐに見つめる蒼い瞳。そして気付けばそれと形は違っても冒険者皆が同じ眼差しでパーシ・ヴァルを見つめていた。
 彼らの背後でキット・ファゼータ(ea2307)が微笑んでいる。
 彼もまたシルヴィアと同じ目をしていた。
 パーシ・ヴァルは小さく、くすっ、笑ってさっきの会話を思い出した。
『しっかりしろよ。この国の命運はお前達にかかっているんだからな』
『お前達、じゃなくて俺達だろ。とっととやっつけて、さっさと帰るぞ。一緒に、だ。無事に一緒に帰らないとな。でないと新年が始まらないぜ』
「ああ‥‥そうだな‥‥」
 そして、一度だけ目を閉じると、槍を高く、高く掲げた。
「これより全力を持ってしてクロウ・クルワッハを倒す。
 だが‥‥決して命に代えても、などと思ってはならない。
 必ず、全員で生きて帰る。俺は、いや俺達は絶対に死なないし、誰も死なせないとここに誓う。信じろ。
 勝利するのは我らだと! ‥‥行くぞ!」
 走り出す冒険者達。それと同時。
 ピーーーーッ!!
 高い高い呼子笛の音が平原に木霊する。
 それが合図。
 冒険者は空に舞い、地にある者達も、剣を、弓を、矢を、魔法を構える。
 イギリスの命運を担う戦いが、今始まったのだった。

○天空の戦い
 無茶は承知である、と彼は言っていた。
「しかし無茶をせずにどうにかできる相手でもなし。空の上、右翼左翼から攻撃する仲間の安全を守る為にも地上に奴の意識をひきつけねば!」
 アヴァロン・アダマンタイト(eb8221)の言葉に芳純は納得したからこそ、彼の単独行動に魔法の援護を与えたのだ。
 彼の身体が光に包まれる。囮役の彼には絶好の援護だ。
「ダズリングアーマー、か。‥‥感謝する」
 微笑むとアヴァロンはペットに跨り、光った身体のままクロウの眼前の鼻先で踊るように飛んで見せた。
「グアアアッ!」
 唸り声と共にクロウはアヴァロンとその騎乗グリフォンに爪を上げた。
 まるで羽虫を払うような攻撃は、本気ではない。
 だが直撃を避けてもなお鋭い衝撃は、アヴァロンをグリフォンから地上へと叩き落した。
「くっ‥‥、なんという力だ」
 既に冒険者達の半数以上、飛行手段を持つ者達が、空に飛び攻撃を仕掛け始めている。
 だが、それを察知したクロウもまたその翼を羽ばたかせ、空高く浮かんでしまった、
 仲間達が苦戦しているのが見て取れる。
 羽ばたきだけでさえ人を殺しかねない巨竜との空中戦は冒険者にとって圧倒的に不利な筈だ。
 それでも仲間達は空に向かった。奴と同じ目線で戦う為に。
「もう一度、空に行かれますか?」
 問いかけるクリステルにアヴァロンは少し黙ってから
「いや」
 首を横に振った。槍を握り締め前を向く。
「そろそろ決行の時間だ。私は地上で奴を迎え撃つ。左右のチームへの連絡は任せた」
 家紋の入った旗を立て、盾を構え、彼は光り輝く姿で大声の名乗りを上げる。
「我は白夜の国の騎士、アヴァロン・アダマンタイト。この身は力なきものを守る不破の盾なり。クロウ・クルワッハであろうと決して打ち破ることあたわず!」
 彼の行動は陽動、である。
 周囲の味方、騎士達、そして援護班に攻撃がいかないようクロウを引き付ける為の囮作戦なのだ。
 クロウの知性でどこまでそれを理解できるか、また脅威と思わず無視される可能性さえある。
 それでも自らの役目を果たさんとする走り出すアヴァロンの言葉に従い芳純は目を閉じてテレパシーを発動する。
「準備は、いいようです」
「なら上の方達にも合図を! 巻き込まれたら大変ですから」
「解りました」
 精神集中に入った芳純を見ながら、クリステルは手の中の短剣を見つめた。
 七なる誓いの短剣
 そして‥‥祈りを捧げる。
「優しき母よ、どうかご加護を! 生まれ育った国を、大切な友人達を守る為にお力をお貸し下さい!」
 その時だった。
 まるで彼女の願いに答えるように、空気が爆ぜたのは。
 それは、援護部隊が放ったライトニングサンダーボルト。
 大空を切り裂くような、雷鳴。それは援護班の合図を兼ねた魔法だと解っていても、まるで神からの祝福のような奇跡にさえ感じたのだった。

 その頃、上空では冒険者達がクロウに対してヒット&アウェイの攻撃を繰り返していた。
 フライで、近寄ったパラディン二人がドラゴンの眼前に現れ、一撃入れて逃げて、また攻撃する。
 だが、クロウは空にある限りその巨体に似合わず敏捷で、冒険者のスピードと同じか、ある意味それより早く立てた爪が彼らを追う。
 さらにその巨大な翼の羽ばたきは、気流に渦のような流れを生み出し、空にある者達の動きを縛っていた。
「くそっ! このままじゃ近づけねぇ! なんとか動きを止める手段は無いのか!」
 シルヴィアの天馬から悔しげな声が聞こえる。キットとパーシ。
 二人はタイミングを見て空からクロウの背に移り攻撃をする予定であったのに、キットの言葉通り、今のままでは近づくことさえもできない。 
 悔しげに唇を噛み締める。そこに
「危ない!」
 フィーネの声が響いた。彼らの前に近づいてくる黒い衝撃波を彼女が魔法で止めてくれたのだ。
「助かった!」
 だが、返す攻撃、放たれた筈の超越ホーリーは‥‥
「えっ?」
 明らかに力を失っていた。
 やがて魔法がクロウの眼前で消えうせた時。彼女らは一つの可能性に気付く。
「どうして‥‥まさか‥‥」
「レジストゴッド‥‥あいつはデビル魔法を操るのかもしれない」
 それを裏付けるかのように二人のパラディンが息を切らせながら戻り、声を上げる。
「皆! 気をつけろ。クロウドラゴンは、デビル魔法を使うぞ」
「あいつ、エボリューションを使いやがった。もう一度喰らった攻撃は効かない」
「くそっ」
「なんとか奴の動きを止められないか。そうすれば‥‥」
 パーシは手を握り締める。
「皆! 上昇だ!」
 その時、地上からのテレパシーは冒険者達の頭に届いた。
 瞬間、迷う事無く冒険者は空へと上昇する。
 翼を狙う二方向からのライトニングサンダーボルトが翼に焼きついたのだ。
「グギャアアア!」
「今だ!」
 悲鳴を上げるクロウの両翼を狙い声と共に続けざまに放たれる矢。
 上空からはエスリンも加わり、放たれた矢の数は数知れない。
 一本一本は小さな力だが、次々と放たれる矢は確実にクロウの薄い皮膜を破り傷つけている。
 別の援護部隊からも、翼に向けた集中攻撃が繰り出されていたが、
「あれは!」
 そこを狙ってクロウが大きく頭をもたげようとしていることに冒険者達は気付く。
「大変! 援護班の攻撃を助けないと!」
「行くぞ。ブレスを止める! 行くぞ。キット。ティズ。近くに寄せてくれ」 
「ああ! シルヴィア!」
「解りました!」
 背中に飛び降りた二人がさらに翼の根元、皮膜を切り裂く。  
「ギャアアアッ!」
 邪竜の苦しげな咆哮が響き渡った。追い討ちをかける矢の雨は勿論止まる事なく続く。
 ふと無敵に思えたクロウの体がぐらりと傾ぐ。
 そして巨体は轟音を立てて落ちた。
 立ち上る砂煙。背中にいるはずの二人の姿が見えない。
「キットさん! パーシ様!」
 心配するシルヴィアの声に、返ってきたのは
「油断するな! まだクロウは倒れていないぞ!」
 鋭い指示だった。
 薄れていく煙の中、見えてくるものがある。
 アンドリューとヒースクリフ、それぞれに助けられた二人は、もう既にドラゴンの背中での戦闘に戻っていた。
「良かった‥‥。でも、ボーっとしている暇は、本当にありませんね。行きましょう!」
 シルヴィアとティズはペットの手綱を引いた。
 皆の協力で地上に落ちたクロウ・クルワッハ。
 だが、まだ戦いは始まったばかりであった。

○死闘の果て
「! またブレスが来るぞ! 避けろ!!」
 クロウの頭の上からキットの声が地上に響く。
 とっさに避けた空中部隊の冒険者や地上部隊の騎士達。
 だが、少なくない数の騎士たちが漆黒のブレスから逃れられず巻き添えを食う。
「うわああっ」
「くそっ!」
 悔しげに吐き出し顔を背けるパーシ。
 クロウは数では倒せない。それが彼には解っているから部下を連れては来なかったのだが、それでも邪魔をするデビルの対応や援護に、と言ってやって来た騎士達は少なくなかった。
「パーシ! しっかりしろ! 地上の怪我人は他の奴らに任せるしかない。今は、こっち優先と解ってるだろう!」
「ああ‥‥解っている!」
 パーシが地上を見たのは一瞬であった。後はもう、目の前の敵に。
「幻蔵! いい加減に諦めろ! ヌアザは取り込まれた。返事はもうきっとできない」
 ナイフを構えたパーシはグリフォンの騎上、で幾度か祈るように呼びかけている幻蔵にそう声をかけた。
「! ‥‥そうで、ござるな。失礼をした。ここからは全力を尽くし申そう!」
 もし、取り込まれた『銀の腕』が意識を残していたら、力を貸してくれるのではないか。
 そんな期待からの行動であったが、それはどうやら無駄に終りそうである。
 きっぱりと諦めて彼は言葉どおり戦いに集中を戻す。
「行くのでござる。長飛丸!」
 デビル封じの結界アイテムを張り巡らせて後、渾身のソニックブームをクロウの頭上に走せる幻蔵。
 だが結界アイテムは微かにクロウの力を縛っているものの肝心の攻撃は、殆どクロウには効いていなかった。
「この矢も‥‥もう効かない‥‥か」
 悔しげにエスリンは聖なる矢を矢筒に戻す。
 首元に槍を着きたてたルシフェルの攻撃も、まるで鋼に打ち付けたように簡単に弾かれてしまった。
 冒険者が想定しておらず、結果一番てこずることとなったのは言うまでも無くエボリューションの対応だった。
 同じ武器の攻撃が効かない。それは飛行での戦いの為、殆ど予備の武器を持たず戦いに挑んでいた冒険者にとって殆どの攻撃が通じなくなることを意味していた。
 フィーナが幾度と無く解除を試みてくれてはいるが、レジストゴッドの効果もかかっており、まだ成功はしていない。
「おっと! ‥‥こうなると無駄を撃つわけにはいかないんだよな」
 キットもまたパーシから投げ渡されたナイフを握り締める。
 これには覚えがあった。少女に渡した‥‥。
 今の時点で、もうソニックブームも聖剣の攻撃も普通では効かない。
 オーラの力をかけてもらい、武器を変えて攻撃を続けながら、根気よくチャンスを待つしかないのだと解っている。
 だが、そのチャンスを勿論、目の前のドラゴンは簡単には与えてくれなかった。
「グオオオッ!!」
 傷つけられた痛みと怒りに狂ったドラゴンは、背中に取り付いた冒険者達を振り落とさんと大きく首を揺する。
「くそっ!」
 鱗にしがみつき、キット達は懸命にそれから耐えようとし、それに成功した。
 パラディンの二人や、フライのアイテムを持つグラディと違い、パーシと彼は振り落とされたら命が無いに等しいのだから。
 その時、ドラゴンの鼻の上にヒースクリフとアンドリーが瞬間移動して現れた。
 何度目かのタイミングで辿り着いた絶好のポイントだ。
「弱点らしきものは見つかったか?」
「難しい‥‥。リア・ファルの位置は解ったが、尻尾の付け根だ。ここからでは‥‥」
「そうか。なら‥‥やるしかないな」
 何かを決意したようにアンドリーは頷くと、目を閉じた。
 既に通じなくなっている剣をしまい黄金の刀を取り出すと自らを高めるように呼吸をする。
 その集中を阻もうとクロウは爪を上げるが、ヒースクリフのスライシングと
「させません!」
「こちらを向きなさい。クロウ!」
 飛行部隊の攻撃に阻まれた。さらにエリンティアがフライングブルームからファイアーボムの目つぶしを放つ。 
「竜には、竜の力を‥‥はああっ!!」
 仲間の援護を受けたアンドリーは不思議なオーラを身にまとい、竜戦士へと変化した。
 全ての能力が格段にUPしている。やれるのは今しかない。
 決意したように剣を握ると彼は大きな声を上げた。
「皆! 目を閉じろ!!」
 黄金刀の力を発動させるとそのまま渾身の攻撃を眉間に突き立てたのだ。
 抉るように竜戦士の力全てで剣をねじ込む。
「グギャアアアア!!」
 まばゆい光と苦痛に目を閉じたクロウ。
 そのチャンスを見逃すことなどできようか。
「キット!」
「ああ!」
 キットとパーシは走り出した。
 掻き毟る様なクロウの爪がその頭上に襲い掛かってくる。
 槍でそれを止めてパーシはキットを先に進ませた。ルシフェルも、同じ場所に下りたグラディも援護する。
「行け!」
 そしてキットは背から首へと一気にアンドリー達を振り落とそうと首を振るクロウの顔へと走り、カリバーンを鞘から引き抜いた。
「アンドリー! その傷跡貸してくれ!!」
 意図を察し脇に避けたアンドリーがつけたその傷にキットはカリバーンを突き立てる。
 同じ剣での攻撃はダメージを与えられない。だが‥‥
「頭部周辺に電撃を食らってまともでいられる生物はいないよな。人間の力、思い知れ!!」
 剣のレミエラごと発動したヘブンリィライトニング。その雷が傷口に真っ直ぐに下った。
「グアアアアッ!」
 悲鳴を上げるクロウ。だが、キットのダメージも小さくは無い。微かに身体を揺らすが、剣から手を放す事はしなかった。
「もう一発! くらえ!」
 ニ発目の雷が落ちる。キットの顔が苦痛に歪む。今にも倒れそうなほどのダメージの筈だ。
 それでも、彼はクロウから目を離しはしない。
「‥‥ここで、諦めて溜まるか! 後、もう一回が限度、行くぞ!!」
 すっ‥‥、背後から二つの大きな身体が、剣と剣を支えるキットの身体を支えた。
「お前ら‥‥」
「そうだ。ここで諦めてはならない」
「俺達も支える、全力で行け!」
「ああ! 行くぞお!!!!」
 三発目のヘブンリィライトニングがクロウの脳天を突き抜ける。
「ぐあああああああっ!!!」
 今までに無い絶叫を上げて、クロウは天に吼えた。
「うわああっ!」
 冒険者達は振り落とされる形で宙に投げ出された。
 ルシフェルとグラディはウイングシールドの魔法を発動させて宙に浮かぶ。
 キットは二人のパラディンに支えられた。
 そしてパーシは
「パーシ様!!」
 シルヴィアの天馬に救い上げられる。
 冒険者達の眼前でクロウは悲鳴を上げてのた打ち回っていた。
 その爪の威力、パワーはまだ衰えてはいない。
「くそっ! まだ弱った様子がない。あれだけやってもまだダメなのか!」
 あれだけのダメージを与えてもクロウ・クルワッハはまだ力を失ってはいないのだと冒険者は再確認する事になる。
 しかし‥‥
「見ろ!」
 アンドリーがクロウの頭を指した。そこはアンドリーたちとキットが攻撃を仕掛けた眉間。
 黒く焼け焦げたようなそこから傷口のようなものが、その目に向かって走っている。
 二つの漆黒の目は閉じられたまま開かれていない。
「奴の目は奪ったんだ。俺達はまだ負けてはいない!!」
 冒険者達の意気が再び上がる。クリステルの治療のおかげで傷口も塞がった。
「よし! もう一度行くぞ!!」
 パーシが声を上げる。
「はい!!」
 そして彼らは再び、空へ、戦いの場へと戻っていった。
 
 そこから先は、もう死闘というしか言葉が無かった。
「アヴァロン! お前も上に来い! 少しでも手が欲しい!」
「解った!」
 もはや総力戦となり、彼らパーシ、キット、ルシフェル、グラディ、ヒースクリフ、アンドリーは空からドラゴンに乗り移り、直接攻撃を、シルヴィア、ティズ、エスリン、エリンティア、幻蔵は空から彼らを援護する。
 自らの痛みに狂ったドラゴンは爪で、牙で自らを傷つけた存在を決して許すまいと襲い掛かる。
 投げ飛ばされ、払われ、傷つけられても彼らは諦めず向かっていく。
「くうっ!」
 背中から首元に向けて槍を突き刺したパーシは、大きく引っ掻く様なクロウの仕草にバランスを崩して落下する。
「パーシ様!」
 そこを救ったのはクリステルの天馬であった。
「スノウ!」
 主以外に背を預けることを好まぬ天馬が彼を救い、降りてきたのを確かめてクリステルは駆け寄った。
「大丈夫ですか? パーシ様」
 大きく裂かれた背中にリカバーをかけるクリステルにパーシは大丈夫、だと静かに笑った。
「俺は死なない。絶対に死にはしない! 地上を頼んだぞ。‥‥力を貸してくれるか?」
 クリステルに言われていた事も手伝ってかスノウと呼ばれた天馬はパーシを乗せて空に上がる。
「狙いは翼と、眉間! 集中攻撃だ!」
 アンドリーの声が聞こえる。
 その戦いの中、パーシは自分の言った言葉に自嘲していた。
『絶対に死なない!』
 冒険者に告げ、自分でも言った言葉。
 それがごまかしであることを彼は、よく知っていた。冒険者も知っているだろう。
『死なない!』
 そう思って死なずにすむなら誰もが、無念の中死ぬ事は無い。
 残されて嘆く者もいない筈。
 人は、簡単に死ぬ。全ての生き物は死の運命という力の前には等しく無力だ。
 けれど
『死なない!』そう思う事に意味はある。
『必ず生きて戻る』そう誓う事に意味はある。
 自分の命は自分だけのものではない。
 ここに至るまでの多くの命の積み重ねであり、これから続く未来への一歩である。
『絶対に死なない!』そう誓い、努力することが絶望さえも希望に変える唯一の道なのだから。
 死なないと思うこと、約束を守ろうとする思いこそが、生きる決意、意志、そして力になる。
「なにしてやがる! 早く来い! パーシ!」
 その呼び声にパーシは天馬の背を蹴る。今、彼は冒険者、いや仲間達と共に必ず生きて帰りたいと心から願っていた。

 傷ついた者も地上に降りるのはほんの一瞬。フィーネとクリステルが治癒し、また空へと戻っていく。
 そんな死闘がいつ果てるとも無く続いた。
 ポーションをいくつ、ソルフの実をいくつ使用したかなどもう覚えてもいない。
 グラディは二度カラドボルグの力を解放した。エリンティアもフィーナもクリステルも魔力を使い切ってもなお魔法を唱え続ける。芳純はテレパシーと己の身体で集めた情報を的確に空の冒険者に伝えていた。
 戦い続ける冒険者の身体は限界をとうに超えている。
 そんな冒険者を支えるのは『生きて帰る』そう誓った約束と、彼らを守るように紡がれた折紐の祈り。
 そして彼らを信じて援護し続ける仲間達の力であった。 
 今、クロウはまた、確かな傷を負っている。
 翼は完全に折れ、鉄よりも硬いと言われた鱗はもはやぼろぼろ。目は完全に潰され、耳ももう音を捕らえてはいまい。
 もはやクロウ・クルワッハは自らを傷つけたものを滅ぼす、その本能のみで動かぬ身体を動かしていた。
 再び、闇のブレスが吐き出される。狙いなどもう奴にはない。
 その先にあるのが救護所であったのは偶然で在った筈だ。
「危ない!」
 冒険者達が盾や身体で庇うようにして救護所を庇う。大きく開かれた口。
 そこにエスリンの赤羽根の矢が飛んだ。
「グ‥‥アアアアアッ」
 喉の奥に矢が突き刺さる。それとほぼ同時だった。
「な、なんだ? あれは!!!」
 クロウドラゴンの尾から全身に向かって、眩い白光が広がっていくのだ。
「グギャアァァアッ!」
 まるで凍りついたように動きを止めるクロウ。
 それは仲間達がきっとリア・ファルを壊した為と、思うより早く、彼らは動いていた。
 と同時、薄いが紛れも無く別の白い光がクロウ・クルワッハを包む。
「クロウの魔法‥‥打ち消すことに成功しました。おそらくエボリューションも効果を失って、武器はまた通じるようになった筈ですわ!」
「フィーネさん!!」
 冒険者達は動く。
「阿修羅神とヌアザの名にかけて」
「カラドボルグよ。我に力を!」
「トリスタン卿!」
「卿のご一族の宿命‥‥今こそ解き放つ!」
「やっつけますよー!」
「大事な人を守るんだから!」
「笑い合える未来の為に!」
「我が心、決して折れぬ!」
「約束をしましたから、全力を尽くすと‥‥」
「絶対に引くわけにはいかないの」
「皆で帰るんです。一人残らず!」
「明日の人々の笑顔の為に!」
「約束したんだ! あいつと!」
「円卓の騎士、いや‥‥、イギリスに生きる一人の戦士として」
「「「「「「「「「「「「「「「倒れろ! クロウ・クルワッハ!!!」」」」」」」」」」」」」」」
「混沌よ! 世界の果てに還れ!!!」
 剣の、槍の、魔法の集中攻撃が、冒険者の全ての思いを込めた、攻撃がクロウ・クルワッハの頭を打ち砕いた。瞬間、何かが逃げるように飛び去って消えていく。
 頭を失った身体は、小さく揺れ‥‥やがて地響きを立てるように崩れ落ち、動かなくなった。
 クロウ・クルワッハの最期である。
 心臓を失っても止まる事が無かったカオスドラゴン。
 世界最強の魔物の一匹は、こうして人の歴史よりも長い命を人の手によって終えたのだった。

○明日へ続く今日
 そして、冒険者達は地上に戻ってきた。
「皆さん! ご無事で!!」
 駆け寄ったクリステルにシルヴィアは、微笑んで握っていたものを差し出した。
「ありがとうございます。おかげで生きて戻れました」
 差し出された祈りの水晶ごと、クリステルはシルヴィアを抱きしめる。
「無事に戻って来て下さって、本当に‥‥良かった」
「クリステルさん‥‥」
 その光景に微笑みながら、冒険者達はこの戦いにおける最後の仕事をなそうとしていた。 
「お帰りなさい。お疲れ様でした。そして‥‥ご覧下さい」
 丁寧に礼をとった芳純が指し示す先には、クロウ・クルワッハの今、正に消えようとする死骸があった。
「クロウ・クルワッハは混沌の塊のようなもの。死した後は混沌に帰る、とのことだそうです。おそらく明日には痕跡も残さずに消えうせるであろうと‥‥」
「そう‥‥か」
 パーシがそう呟いて以後、何か言葉を口にする者はいなかった。
 死闘以上のものを繰り広げたカオスドラゴンに、感傷のようなものを持っているわけではないと思っている。
 ただ、その形見さえも残さず消えうせるならせめて、心に焼き付けておこうと思ったのだ。
「‥‥しかし、伝説にたがわぬ凄まじさでしたねぇ〜〜。なんだか、疲れて‥‥しまいまし‥‥た」
 ドサっ、軽い音に芳純が横を向く。気がつけばエリンティアが、床に倒れていたのだ。
「エリンティアさん!」
「わっ! シルヴィアさん、しっかりして下さい‥‥」
 クリステルも慌てている。急にシルヴィアの力が抜け、クリステルの方に倒れてきたからだ。
 シルヴィアを抱きとめると、地上組の二人に声をかける。
「疲れて、意識を失っただけだ。‥‥傷は治っても疲労は消えないからな。芳純。クリステル。すまないが動けるなら誰か呼んで来てくれ」
「解りました」「お待ち下さい」
 走り出す二人の姿が消えると同時、ドサッ、バタン、そんな音がいくつも聞こえた。
 冒険者達が座り込み、また、倒れた音だ。
 パーシもまたシルヴィアを横たえると、膝をつく。
「パーシ‥‥様」
 マントをかけた彼の懐から黒焦げの札の残骸が踊るが、すぐそれは風に飛ばされた。
「はあ、‥‥いや、まったく、こんな戦いは二度とゴメンでござる」
 幻蔵の言葉は冗談でもなんでもない。
 もう、正直指一本さえも動かせない、皆、そういう状況だった。
 そんな彼らの前にパーシは立ちあがると、もう一度膝をついた。
 それは疲労から来る膝折ではなく完璧な騎士の礼。
 彼は目を閉じ冒険者達に告げる。
「イギリス王国の円卓の騎士として、そしてイギリスに生きる一人の人間として勇者達に感謝を捧げる。皆のおかげで国は救われた。竜殺しの勇者(ドラゴンスレイヤー)に幸いあらんことを」
 そしてパーシ・ヴァルは笑う。心からの笑顔で。
「俺達は勝ったんだ。皆のおかげだ、ありがとう‥‥」
 と。仲間の笑顔で。その笑顔は鮮やかで、目を閉じても見えそうな程だった。
「そうだな‥‥俺達は、勝ったんだ‥‥な、この国を守れ‥‥たん‥‥だ」
「皆さん! 大丈夫ですか! しっかりしてください」
「わー! パーシ様まで! 皆さん、ベッドの用意を、早く!」
 その後、限界まで疲労した冒険者が目覚めたのは二日もの後だったとか、しばらく筋肉痛で動けなかったとかいろいろな噂は流れてくる。
 だがその二日の間にクロウの姿は跡形も無く消え、ここに運命の決戦は終わりを告げた。
 ‥‥新しい年がやってくる。
 未来は冒険者達の手によって繋げられたのだった。 

「‥‥‥‥‥‥!!!!!!!!!!」
 クロウはあの決戦の最後、頭が消失する直前、空を仰いだ。
 太陽が沈みかけ、夕暮れに霞む薄紫の空。それが『彼』が最後に見たものだった。
 それに何を思い、何を叫んだのか。
 何の為に生まれ、何の為に生き、何を思って死んだのか。
 そして‥‥長い長い時の最期に残した『言葉』は一体なんだったのか。
 ‥‥全てが終った今、知る者はいない。