【円卓の騎士の娘】祈りと願いの誕生日

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月09日〜01月13日

リプレイ公開日:2010年01月15日

●オープニング

 旅立つ少年は無意識に唇に手を当てる。
 聖なる夜、暗闇の、キャンドルが照らすキッシングボウの下で少年に口付けた少女は、こう囁いたのだ。
『無事に戻って来て。約束したでしょ。私のナイトさん。それが一番の誕生日のプレゼントだよ』
 確かに、去年そんな約束を誕生日にした。一年前。確かに。
 新年が開ければ直ぐに、ヴィアンカの誕生日がやってくる。
 一人ぼっちの誕生日なんて、絶対にダメだと仲間を誘って誕生日パーティを計画したのはこの間の事のように思い出される。
 ぼんやりする少年の背中をぽんと誰かが叩いた。
「パーシ‥‥」
「しっかりしろよ。この国の命運はお前達にかかっているんだからな」
 パシッと少年はその手を払って逆にたたき返す。
 勿論パンチは当たらないが、彼になら意味は通じる。
「お前達、じゃなくて俺達だろ。とっととやっつけて、さっさと帰るぞ。一緒に、だ。無事に一緒に帰らないとな。でないと新年が始まらないぜ 」
「‥‥ああ、解ってる。戻ったらパーティでもするか。生還祝いのパーティをパーッとな。なんだったら俺が払いを持ってもいいぞ」
 シュッと、今度は本気のパンチが走る。
 とっさにかわした彼に少年は、本気の怒り顔を見せた。
「生還祝いもいいが、忘れてるんじゃあないだろうな。あいつの‥‥」
 少年はそこで、言葉を止める。優しい瞳が少年を見つめている。
「そうだな。新年祝い、生還祝い、そしてヴィアンカの誕生日祝いにパーティをやろう。皆で」
「おーし! それでいい。払いは持つって言った言葉忘れるなよ。実はもうパーティの計画は立ててギルドに出してあるからな。パーシがスポンサーなら思いっきり豪華にできそうだ」
「おいおい、お手柔らかにな‥‥。キット」
「ああ、行くぞ。パーシ」
 それは、暗黒竜を前にした冒険者達の命を賭けた約束であった。

 そして依頼が出される。
 依頼人はキット・ファゼータ(ea2307)
 依頼内容はパーティへの招待と手伝いの要請。
 パーティの名目は円卓の騎士の娘、ヴィアンカ・ヴァルの誕生会。
 そしてクロウ・クルワッハの討伐祝い。

「何をしてもOK。皆で生きて帰れたことと新しい年を思いっきり楽しむ」

 そう書かれた彼の依頼もまた旅立ちの前に用意され、ギルドに送られていた。
「必ず、帰ってくる。だから‥‥頼んだぞ」
 それもまた少年と、少女の約束であった。

 教会で祈りを捧げる少女。
「どうか‥‥みんな、無事で‥‥戻って来て」
 少女の前のキャンドルが、ゆらり風で揺れた。
 振り向いたそこに、少女が見たものは‥‥。


 

●今回の参加者

 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○捧げられた涙
 少女は、ずっと祈りを捧げていた。
 父が、友が、大事な人が旅立ってからずっと。
 彼らがこの国を守る為に命がけの戦いに出向いた事は知っていた。
 だから、ずっと祈っていたのだ。
「みんな‥‥無事で、どうか、無事に帰ってきて‥‥」
 夜も昼も願い、祈り続けて来た少女の後ろである日、扉が開いた。
「‥‥ただいま。帰ってきたぞ」
「キット!!!」
 少女は少年の首に飛びついて、涙を流した。
「おっと!」
 押し倒された形で尻餅をついた少年は、それでも少女の肩を優しく抱きしめその頭を撫でた。
「よかった‥‥、無事で良かった。本当に、本当に心配したんだから‥‥」
 そして今だ、涙が止まらない少女にもう一度告げる。
「ただいま。ヴィアンカ」
 と。

 イギリス滅亡の危機と言われたクロウ・クルワッハとの決戦から数日。
 新しい年と共に冒険者達は無事キャメロットへの帰還を果たした。
 傷つき、倒れながらも冒険者達はそれぞれが待つ者達の元へと戻る。
 そしてキット・ファゼータ(ea2307)の帰る場所はこの少女ヴィアンカ・ヴァルの腕の中だったのである。
「いろいろ心配をかけたみたいだな」
「本当に心配したんだよ。でも‥‥無事で本当に良かった。お帰りなさい」
 涙を拭きながら立ち上がる少女と少年。その後ろでくすくすと、小さく笑う声がした。
「いや、美味しいところを取られたかな。これは」
「馬鹿! 早く入って来いよ」
 照れた顔でキットは扉の影にいる人物に声をかける。影は笑いながら声に従いその姿を現した。
「ただいま。ヴィアンカ」
「お父さん!」
 少女は再び駆け寄りその胸に飛びついた。お父さんと呼ばれた騎士パーシ・ヴァルは揺らぐ事無く娘を抱きしめる。
「おかえりなさい。無事で良かった。信じてたよ」
「ああ。戻ってくるさ。約束したからな」
 そしてヴィアンカを降ろしたパーシはキットとヴィアンカにさて、と笑いかける。
「俺は一旦城に戻る。いろいろと事後処理があるからな。パーティの方は、任せて良いな」
「パーティ?」
 首を捻るヴィアンカとは正反対にキットは任せておけ、と胸を叩く。
「そうだ。いいか? ヴィアンカ。これからパーティの準備をするぞ。クロウ退治のパーティ、新年のパーティ。そして、お前の誕生日パーティだ!」
「私の‥‥誕生日? あ!」
 ヴィアンカは瞬きする。すっかり忘れていた、という顔であった。
「そっか、だから‥‥」
「どうした? ヴィアンカ?」
 何か呟くヴィアンカの顔を覗き込むキットとそれを見守るパーシ。二人の視線を受けてヴィアンカは顔を上げた。
「ねえ? そのパーティっていつやるの?」
「そうだな、仲間集めて準備して‥‥三日後ってところか」
「三日! それなら間に合うかも!」
「間に合う? 何が??」
 疑問符を浮かべるキットにヴィアンカは答えず、微笑む。
「キット。私、準備したいことがあるの。だから、パーティの準備、お願いしていい? ちゃんと、当日までに完成させるから」
「だから、何を?」
「ないしょ。だから、お願い。待ってて!」
 唇に指を当てる少女の微笑みは曇りなく輝いていて‥‥眩しくて、魅力的で、逆らう事はできない。
「ふう〜」
 大きくため息をついて、キットは解った、と口にした。
「じゃあ、当日の昼。お前の部屋に迎えに行く。ちゃんと準備して待ってろよ」
「うん!」
 嬉しそうにくるくると回る少女を見守りながら、二人の騎士は静かに顔を見合わせ、笑ったのだった。

 そして円卓の騎士の家。そのキッチンで
「さて、始めましょうか」
 クリステル・シャルダン(eb3862)は服の袖をまくって、卵を握った。
「皆さんも、お手伝いいただけますか?」
 勿論と頷く使用人達にいくつか指示をして、彼女は手際よく料理を作り始めていく。
「あの‥‥私にも、料理を教えていただけませんでしょうか?」
 控えめに声をかける若い娘がいる。その願いを勿論クリステルが拒む理由は無い。
「勿論ですわ。お客様も増えそうですし、沢山作らなければなりませんの。手伝って下さいませね」
 リンゴの皮をむく、小さく切る。基本的なところからクリステルは丁寧に少女に教えていった。
「お、やってるな。リリン。クリステルは料理上手だ。しっかり教われよ」
 背後からそんな声とともに、ドサッ、大きな荷物が落ちる音がした。
 名前を呼ばれた使用人の娘はわあ、と目を輝かせる。
「絶狼様、お久しぶりです。‥‥これはなんですか?」
 最初に出会った時から、身体つき、髪や、肌の色艶。言葉使いまで変わった女の子の様子に、頬を緩ませながら閃我絶狼(ea3991)は持ち込んだ品の説明をする。
「これはモチゴメ。こっちはアズキだ。で、こっちの瓶がショーユ。重いし、かさばるし、高いし。運ぶのもけっこう大変だったんだからな」
 ジャパンからの輸入品。普段は高くて手が出ないが、スポンサーつき、なので今回はちょっと強気である。
「それはお疲れ様ですわ。モチゴメに、アズキ、そしてショーユ、ということは、モチツキ、でもなさいますの?」 
 料理の手を止めて問うクリステルにおー、という顔で絶狼は頷く。
「よく知ってるな。そ。去年もやったんだけど、キャメロットの名物行事にできんものかな。と思ってね。で、すまんがこのアズキ。大きな鍋で砂糖入れて煮てくれないか」
「以前、ジャパンの人から伺ったことがありますの。‥‥確か、アンコですわね。上手くできるかどうか解りませんがやってみますわ」
 材料を受け取ってクリステルは微笑む。
「よろしく頼むな。‥‥リリン。当日はお前さん達にもいろいろやってもらうからな」
「私が‥‥ですか?」
「勿論フーにも。今はしっかり準備と手伝いをしろよ」
 リリンの頭を優しく撫でて外に出た絶狼。そこでは大人しく座って待っていた狼が、大変困った顔をしていた。
「あー、フー。あんまりじゃれつかんでやってくれ。そいつも困ってる」
「だって〜。すごくふかふかできもちいんだもん」
 フーと呼ばれた子供は、そう言われてもあまり遠慮した様子はなく、狼の柔らかい尻尾を撫でたり、ふかふかの首元に抱きついたりしている。
 野生の狼であればぱっくり食べられても文句を言えない状況だ。
「まあ、解らんでもないがホント、その辺にしといてやってくれ。手伝っても欲しいしな」
「おてつだい? なに?」
 ぴたりとその動きを止めて、フーは絶狼を見る。子供は「おてつだい」がけっこう好きなものなのだ。
「よーし。お前さんとリリンに重要な使命を与える。パーティまで俺にしっかりとついてくるように!」
「はーい!」
 元気に手を挙げ絶狼の後を着いていくフー。やっと開放された絶狼の狼、絶っ太ははあ、と大きく息を吐き出した、かもしれない。

「へえ、そうですかあ〜。それはそれは〜」
 届いたシフール便の手紙を見てエリンティア・フューゲル(ea3868)はのんびりとした声を上げて笑っている。
「そうなら〜後は僕がやれることはなんでしょーね〜。あ〜、お疲れ様ですぅ〜、手紙はちゃんとうけとりましたよぉ〜」
 軽く手を振って遣いを見送って後、何かを思いついたエリンティアはのんびりと街の中を歩いていた。
「おやあ〜?」
 街の商店街で彼はふと知人を見つける。少し考えてから声をかける事にした。
「何をしているんですかぁ〜、セレナさん〜」
「あら、エリンティア様。ご機嫌麗しゅう」
 声をかけられたセレナ・ザーン(ea9951)は商人との交渉の手を止めて、丁寧な礼をとる。
「買い物をしておりましたの。純白のヴェールがないかと探して‥‥」
「ヴェール、ですかぁ? 何に使うんですぅ〜?」
 問うエリンティアに勿論、決まっていますわ。と彼女は答える。
「ヴィアンカ様への誕生日プレゼントです。もう明日、ですからね」
「あー、ヴィアンカちゃんへのですかぁ〜」
 納得したように彼はうんうん、と頷く。
「聖職者の方はよくヴェールを着けてらっしゃいますし、将来結婚式の時にも使えますものね」
 少々気は早いですけど、声を上げて笑いながら答えた彼女はやがて目を瞬かせる。
 頷いていた筈の彼の顔が珍しく青ざめている。
「どうなさいましたの? エリンティア様?」
「あうぅ、僕からのプレゼントを用意するのを忘れてましたぁ〜。うっかりしてたですぅ〜!」
 慌てて駆け出すエリンティアをセレナは小さく肩をすくめ、だが笑顔で見送った。
 急いで走ったエリンティアはそれでも、目的だった場所にはちゃんと寄って帰ったという。
 ただ下町で出会った知人には、彼女が人に囲まれていたこともあって、声はかけられなかったけれど‥‥。

○それぞれの準備   
 そして誕生日当日。
「ヴィアンカ様。一体何をしておいでだったか、伺ってもよろしいですか?」
 衣装の着付けの為、部屋に入ってきたセレナは小さな声でそう問いかけた。
 今日の主役であるところのヴィアンカの手が小さなやけどと傷でいっぱいであったからだ。
「あー、ごめん。まだないしょ」
 そういう少女の目に陰りはない。むしろ優しさに溢れているのでセレナはそれ以上を問う事はしなかった。
「解りましたわ。では、着替えを急ぎましょう。もうじきキットさんがむかえにいらっしゃるのでしょう? いっぱいおめかしをしなくては」
「うん!」
「ドレスは何色がいいでしょうか? ヴィアンカ様には白や青が似合いますけれど、たまには赤などもよいかもしれませんわね」
「ちょっと派手じゃない?」
「いえ、よくお似合いだと思いますよ」
 そんな会話を勿論知らず、キットは屋敷の廊下で黙って待っていた。
 約束の時間まで後少し、ホールでは準備の追い込み真っ最中だろう。
 パーティの料理は料理人とクリステルが腕を振るっている。どんどん運ばれる料理の香りはここまで漂ってくるほどだ。
「そう、リボンはそこから、こっちへ流して下さい。それから‥‥」
 飾り付けを指示しているのはシルヴィア・クロスロード(eb3671)。指示に従って動いているのは下町の子供達だ。
 アルバイト代わりのお手伝い。でも、シルヴィアが彼らをここに連れてきた目的はただのバイトでは勿論無い‥‥。
 その意図を冒険者達はちゃんと知っていた。だから邪魔は勿論しない。
「シルヴィアさん。こちらの準備は終りましたの。そちらはどうですか?」
「こちらももう終わりです。後はヴィアンカ様を待つだけですわ」
 それなら良かったとクリステルがシルヴィアを引っ張っていったとか、葉霧幻蔵(ea5683)が出し物用の準備だと言って金色の熊と何か話していたとか、招待客のベルとリースフィア・エルスリード(eb2745)が、来客の青年と絶狼が互いの顔を驚きの顔で見合わせて笑っていたとかはここから知る事はできなかったけれど、廊下の窓から外を見ていたキットは別の事はちゃんと知っていた。
「ほら、槍の穂先を良く見ることだ。それから間合いを取る。下手に懐に入ろうと思わなくていい。槍のリーチとお前のパワーで降ればそれだけで何匹かなぎ倒せるだろう」
「槍って意外にパワーファイター向きなのか? スピード勝負の武器だと思っていたが‥‥」
「使い手によって、だな。その代わり一撃の重みは剣程じゃないし、0距離の接近戦となると、後手に回らなければならなくなることもある。でもそれは工夫次第でいろいろやりようはあるからな」
「なるほどな。勉強になる。時間まで一手、頼めるか?」
「いいが、身体は大丈夫なのか?」
「ああ‥‥どうせのんびり静養もしてられないしな。頼む!」
「解った。手加減はしないぞ」
 もう直ぐパーティだと言うのに槍の使い方の手ほどきを受けるリ・ル(ea3888)もそれに答えるパーシも。外庭でゆっくりと草を食むペガサスの姿も、それを連れてきたリースフィアの思いも彼らの思いもよく‥‥知っている。
「すみませ〜〜ん、遅くなりましたぁ〜〜」
 なにやら荷物をもち、何かを抱いて走ってくるエリンティア。それを見て槍を収めた戦士達が屋敷の中に入るのが見えた頃、ヴィアンカの部屋の扉が静かに開いた。
「準備は終りましたわ。キット様。ヴィアンカ様のエスコートの方お願いします」
 促すセレナの言葉に従って中に入ったキットは、そこに立つ姫君の前に一瞬立ち尽くして‥‥それから膝を折ると丁寧に頭を下げて手を伸ばした。
「行こうか。レディ」
「お願いします。ナイト様」
 二人は笑いながら互いの手を取って歩き始めた。
 ホールで待つ友の元へと‥‥。 

○贈られた思い
 そして皆が揃ったホールは開幕の時を待っていた。
 主役は勿論美しく装ったヴィアンカ。
 今日のドレスはセレナの薦めもあっての純白のドレスに真紅のベスト。赤いサシェのベルトに赤いリボンの髪飾り。
 いつもの純粋な可愛らしさと違う、少し大人っぽい美しさに誰もが驚きとそして賞賛の声を上げた。
 テーブルの上にはたくさんの酒と飲み物が並んでいる。
 それぞれがカップを手に取る。それを確かめて場の中央に立つヴィアンカは、一際自分のそれを高く掲げた。
「今日は、私の誕生日のお祝いに来てくれてありがとう。‥‥これは本当に、お祝い。新しい年が来た事、そしてそれを皆で祝うお祝い。皆で、いっぱい、いっぱい楽しもう! じゃあ、乾杯!」
「かんぱーい!!」
 弾んだ声が唱和し、それぞれのカップが笑顔とともに合わさる。
 笑顔と幸せだけのパーティはこうして、始まった。

 まず最初にと用意した道具を並べたのは絶狼であった。
「ヴィアンカ。去年もやったな。モチツキだ。覚えてるだろ?」
「うん!」
 大きな盾に蒸したモチゴメを乗せて叩くとコメが潰れてモチになる。
 去年教わった事を思い出しながら、ヴィアンカはキットの手を掴んだまま一歩、二歩と後ろに下がった。
 去年、モチツキをした時、幻蔵が力任せに叩いた熱いコメが周囲に飛び散ったのを思い出したからだ。
 ヴィアンカの様子に絶狼は笑いながらあー、と声を上げた。
「あー、去年の反省を踏まえ、今年は俺が正しいモチツキを次世代の為に伝授しようと思う。リリン、フー。と言う訳で正しモチツキをキャメロットに普及させる為の第一歩として君達姉弟にはこれから俺が知ってるモチツキの技術の全てを伝授しようと思う。しっかりついてくるよーに」
「えっ? 私、ですか?」
「わーい、おてつだいおてつだい〜」
 驚く姉を引っ張ってフーは絶狼の側に立った。
「リリンにはモチゴメの蒸し方と突く時の合いの手の入れ方、フーには杵の使い方をそれぞれ憶えて貰いたい。いいか?」
 そう言うと彼は言葉通り、実際に自分が手本を見せながらモチツキのやりかたをやって見せる。
 リリンの方は元がけっこう器用なので直ぐに要領を覚えたようだが、フーの方はそうはいかなかった。
「おにーちゃーん、このハンマーおもい〜〜」
 あっちへよろよろ、こっちへよろよろ。
 鉄製のハンマーは武器であるからやはり子供には重いのだろう。
「ああ、すまない。じゃあ、こっち、木で作った。ちょっと不恰好だけどな」
 手作りの杵を渡して、絶狼はフーを持ちつき場の方へと促した。
 それでもまだ重そうではあるが、なんとか今度はぺったんぺたんとそれらしい音がする。
「ほら、もっと腰と気合い入れて! 頑張れ!」
「がんばれー」
 周囲からの励ましにフーは子供ながら頑張りなんとかモチは完成した。
 甘いアンコをつけたそれは、客達に今年もなかなかの好評を博したと言う。

 それから登場したのはキャメロット一と呼び名の高いお祭り男。
「ゲンちゃんなのでござるー!!」
 彼は珍しく、本当に珍しく着ぐるみではなく、青の着流しと羽織で粋にかっこよく決めていた。
「今日はいつもと少々趣向を変えて、新年らしく占いで未来をプレゼントするのでござるー!」
「占い?」
 客達は首を傾げる。旅芸人よりも芸達者な彼ではあるが、タロットなどは専門外だろう。
 どうやって、と思うより早く彼は『アシスタント』を手招きする。
「キムンカムイのキンちゃん、登場なのでござる〜」
 ジャーンと空に向けて手を上げるが、残念ながら空からは出てこない。
「あり? キンちゃーん??」
 何度か幻蔵が呼ぶうち、やがて部屋の隅からあくびをしてのーんびりと不思議な衣装を着た熊が現れる。
「あ〜、あれ? ちょっと予定とは違うが‥‥まあ、いいのでござる。では、これからキンちゃんが皆さんを占うのでござる。ささ、近こう、近こう」
 手招きする幻蔵に促され、まずはヴィアンカとキットが前に立った。
 ふわああ!!
 大きなあくびと共に光に包まれた熊は二人を見ると、幻蔵の方を見た。
「あー、二人は実に、幸せに暮していると出たでござる」  
 テレパシーで翻訳する、と言った幻蔵はそう言ってふいと顔を逸らす。
「なんだ? 一体?」
 本当のところどう出たか、問い詰めたいところではあるがそれも無粋かとキットはそれ以上を問わなかった。
 ちなみにパーシとシルヴィアを見ての結果は
「やっぱり実に、幸せに暮していると出たでござる」
 と視線を逸らし、エリンティアは
「変わらず健やかだそうでござる」
 と笑みを見せた。さらにリルの場合には
「なんだとぉ! そんな事があるわけは〜」
 と何故だか妙な怒りを顕にし、他の者達には
「皆、それぞれ出世するそうでござる」
 と笑いかけていた。
 実際のところ、どんな結果が出たかは知る由も無い。
 ただ、悪い結果が出なかった事だけは喜ばしいと、クマとゲンちゃんには大きな拍手が贈られたのである。

 シルヴィアが誘ってきた少年達が誕生日の祝い歌を歌い、呼ばれた吟遊詩人が音を添える中、パーティはつつがなく、そして楽しく進んでいった。
 クリステルが腕を振るった料理の数々は
「綺麗!」「おいしい!」
 の賛辞と共に参加者の胃袋に納まっていったし、冒険者達が提供した菓子や酒も次々消えていく。
「キアラちゃん、でしたよね〜。これはうちのエールですぅ〜。エールぅ。種類が違っても同じペンギンです。仲良くするんですよぉ〜」
 顔を見合わせあったペンギン二匹は互いに顔を見合わせ、羽根でぺちぺち叩き合っている。
 ケンカではなく多分、コミュニケーションだろう。その様子はほほえましく冒険者達を笑顔にさせた。
 やがて外が紫に染まる頃、
「ヴィアンカさん」
 リースフィアがヴィアンカにふと声をかけた。
「なあに?」
「少し外に出ませんか? アイオーンに乗って空中散歩、なんていかがでしょう。もう直ぐ夕暮れ。きっと街と空が綺麗だと思うんです」
「行きたい!」
 返った即答にリースフィアは微笑むと参加者達に礼をとった。
「主賓をお借りします。直ぐに戻ります」
 主賓が退場したパーティ会場は、変わらぬ明るさだがやはり、少し静かになる。
 その中で小さな会話があった。
「パーシ、ちょっといいか?」
 部屋の隅、壁に背を預けながら静かにパーティを見守っていたパーシの横にキットがやってきたのだ。
 手にはシルヴィアの持ってきた蜜酒が一本握られている。
「子供が深酒するなよ」
 からかうように笑うパーシにキットは酒の瓶を投げた。
「いいから付き合えよ。酒の味は覚えた。昔の事でも今の事でもいい。剣を抜きにお前と話したいんだ」
 瓶を受け取ったパーシはああ、と頷き片手でその蓋を開ける。
 自分のカップに注ぎ、キットのそれにも同じように注いだ。
 黙って互いのカップを合わせ、そしてそれを飲む。
「ちょっと甘いが良い酒だな」
「ああ‥‥悪くない」
 顔を合わせ同じ壁に背を並べ、キットはパーシの方を見た。
 最初に出会った時に比べれば身長は大分伸びたがまだ彼とは頭一つの差がある。
 それと同じようにまだ何も彼には届いていないと今のキットは素直に認めていた。
「なあ、パーシ。強さってなんだ?」
 手に持っていたカップを干してキットは問いかけた。パーシは答えない。だからキットは言葉を繋げ紡ぐ。
「これまで冒険者として強さを求め続けてきた。しかし未だに答えが出ないんだ。
 こなした依頼や成功の回数か? 高めた技術があれば強いのか? 指にはめた天分指輪? 価値ある装備?
希少なペット? 仲間と過ごした時間? 作戦を纏める話術? 奇策を発想する知恵? 現金? 称号? 闘技場の優勝回数? それら全てがあれば強いと言えるのか? 違う! そんなものは一部でしかない。例え全部持っていたとしても俺は強いとは思わない」
「確かにな。それが強さの証明なら俺はお前の言う強さの半分も持ち合わせてはいない」
 くすと笑うパーシを軽く睨んでキットは続けた。
「だけど、お前は強い。ならば、強さとはなんなんだ。戦いの結果のみで証明されるものなのか、それも否だ!
 結果など主観的で、思う人が複数いればその人の数だけ基準は違う。互いの正義が違うからこそ戦いは起こるのだから」
 叫ぶようなキットの思いが会場に響く。仲間達にもそれは聞こえているだろうが、キットは気にすることができなかった。
「強さとはなんだ? 本当に強くなる為にはどうしたらいいんだ‥‥」
 俯くキットに静かな声がかかる。
「強さとは結果ではなく過程であり、決意だと俺は思う」
「過程‥‥決意‥‥?」
 キットの顔が横を向く。そこには彼を見つめる新緑の瞳があった。
「そうだ。心に深く思う何かがあり、高みがある。そしてそこに至ろうと強く思う。道は困難で厳しい。でもどんなに険しくても諦めず挑み続ける。至る為に自らを高める努力を続ける。その過程で得るものもあるだろう。知ることもあるだろう。それら全てがその人間の『強さ』であると俺は思う‥‥」
「‥‥心の有様、不屈の闘志、間違いに気づく誠実さ、真実と向き合う勇気‥‥」
 目の前の男が持つものをキットは口にする。彼はそれも『強さ』の一部であろうと微笑んだ。
「‥‥強さとは、自分自身が絶えず証明し続けなければならないものなのか」
「きっと違う。『強さ』など証明しようと思う必要はない。ただ自分が知っていればいい。自分の心に問いかければいい。自分は『諦めて』いないか。『逃げて』いないかと‥‥。自分に何も恥じるところがなければ人々もそれをいつか知る。認めて、共にあろうとしてくれるだろう」
 パーシ・ヴァルはキットを見つめた。真っ直ぐに揺ぎ無い眼差しで。
「キット。お前がもし、さらに強くなりたいと思うのなら、自分の目指すものを定めろ。やりたい事でも、すべき事でも、守るべき者でも、目指す理想の自分でも構わない。そして、それに向かって挑み続けろ。そう思うことがお前を強くする。誰が知らなくても、誰に証明しなくても良い。ただ自分に嘘をつかずごまかさず問いかけろ。そうすればお前を理解してくれる者も必ず現れる、いや‥‥もうお前にはそんな仲間がいる筈だ」
「お前も、そうしてきたのか?」
「さあな」
 彼は首を縦にも横にも振らずただ、微笑する。壁から背を外し、キットと向かい合う。
「ただ、これが強さなどと簡単に答えが出るものではない。お前がこれからの人生を生きてその上で出した結論は俺とは違うかもしれない。それでいい。お前はお前の旅を続けろ。いつか答えが出るときが来る」
「パーシ‥‥」
 ざわめく会場にパーシは顔を向けた。
「ヴィアンカが戻ってきたようだな。パーティはまだ終っていないぞ」
 蜜酒の瓶をパーシはキットに投げて背を向ける。
「くそっ。かっこよすぎだ」
 キットは蓋を開けてカップに酒を注ぎ、飲み干して、まだ遠い背中を見つめていた。

○いくつものねがいごと
 それからもパーティ会場は明るい笑顔が絶える事は無かった。
「わたくしのお相手をしていただけますかしら、お嬢様」
「うん!」
 セレナとヴィアンカのダンスに合わせる様にいくつかの楽器が楽しい音楽を添えた。
 シルヴィアの歌声も明るく響き、笑顔と共に唱和した。
「いやぁまいったまいった。まさかドラゴンに食われるとは。やっぱり俺様の鍛え上げられた肉体が一番美味そうに見えたのかね」
 リルを初めとする冒険者の話は子供達の目を輝かせさせ、
「そのお茶を飲むときには気をつけて下さい。私でさえ意識が飛びましたよ」
「そ、それを早く‥‥」
 気心の知れた者同士の時間は夢のように過ぎていったのだった。

 楽しい時もいつかは終る。
 本に、香油。靴下にリボン。ジョシアンの指輪にインタプリティングリング。聖女の守りにキューピット・タリスマン。ヴェールは頭の上にある。
 抱えきれないプレゼントを貰った少女は、心からの感謝を捧げて後、
「お兄ちゃん。あれを‥‥お願いしていい?」
 一人の青年にウインクして小さな包みを一つずつ渡したのだった。
「これは?」
 中に入っていたのは銀細工。しかもそれは丁寧に仕上げられていたが粗さ拙さもあり、手作りの品に思えた。
「ヴェルお兄ちゃんに教わったの。誕生日のプレゼントに教えてって‥‥」
 シャフツベリーからやってきた青年は従姉妹の頼みを断れなかったのだとエリンティアに笑い
「何よりの贈り物ですぅ〜」
 彼はそう答えた。皆にプレゼントが渡ったのを確かめて、ヴィアンカは一つの事を冒険者に報告する。
「私ね、ケンブリッジに行く事にした。冒険者になる為に勉強するの。勉強したら良い冒険者になれるわけじゃないってわかってるけど、皆と一緒に旅が出来るようになる為には、やっぱり勉強しなきゃって思って決めたの。だから‥‥もう直ぐ今みたいに皆と会えなくなる」
 だからの贈り物だと彼女は言う。
「私を忘れないで欲しいから。そして皆に、どうか、幸せがありますように‥‥、心からの祈りと願いを込めて‥‥」
 心からの祈りを込めた贈り物に添えられたのは、優しい微笑と頬に光る涙。
 気付けば外には白い雪。
 美しい光景に冒険者達は言葉ではなく、深い拍手とそして暖かい抱擁で答えたのだった。

 そして帰り道
「リースフィアさん。思い詰めないでくださいね」
 ベルはリースフィアにそう言った。
「アリオーシュは滅んだんです。もう開放されてもいいと思いますよ」
 彼女はそう言ったがリースフィアは首に手を当てる。
 あの後もまだ彼女の首の痣は消えてはいない。だから、根拠の無い確信を彼女はまだ胸に持っていた。
「アゼラさん、あれからどうなったでしょーね〜。今度シャフツベリーにいってみましょうーか?」
 エリンティアの言葉を聞きながら、リースフィアは自分の心が奥底で願っている思いとそれが叶った時自分が為すべきことを、強く自分自身に問いかけ、また確かめていた。

 闇夜を歩くリルはふと、目の前に光る二つの宝石に気付き、嬉しそうに駆け寄った。
「よう。ミカエリス。パーティは終っちまったぜ。あ、でもデートしに来てくれたのかな。なんとか無事に戻ったんだ。約束どおり撫でさせてくれると嬉しいな」
 歌うように笑い手を差し伸べるリルにだが『彼』は小さく一鳴きして背を向ける。
「なんだ、つれないな。チキンでも土産に持ってくれば‥‥って、え゛?」
 そう『彼』は。
 ミュー。
 足元で小さな声がして、ふわり何かが触れた。足元に頭を擦り寄るそれは‥‥。
 リルはとっさに膝をつきそれを抱き上げた。
 体色は『彼』と同じ灰色がかった銀。瞳はリルの猫と同じ色。側ではおそらく『母親』が自慢げな笑みを浮かべていた。
「この子は‥‥まさか?」
 ミュー。
 子猫は小さく鳴いてぺろぺろとその大きすぎる手を舐めている。
 完全に信頼しきった眼差しでリルを見つめる瞳に彼は、魂さえも砕かれそうに思えた。
「おい! ミカエリス」
 リルはテレパシーを使えない。だが振り返った彼の心は確かに聞こえた。
『うちの子を頼むぞ。舅殿』
『彼』の心からの信頼と言う声が。

 誰もいなくなったホール。
 パーシ・ヴァルはソファーで眠る銀の娘を抱き上げた。
 妖艶なドレスを纏った彼女は
「やりたいことを、優先なさって下さい」
 と言いながらパーティの間、時に頬を赤らめて彼を見つめ、時に子供達に優しく微笑み、時に友と楽しく語らいくるくると回るような表情を見せた。
「ホント。子供のような方ですわ」
 クリステルはそう微笑むと酒に酔い眠ってしまった彼女をパーシに預けていった。
「大切な友人の恋。応援していますの。望みが無いなら別ですが、そうでもないようですし」
 クリステルの言葉を噛み締めながらパーシは、シルヴィアの髪をそっと撫でる。
 甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
 かつて恋は一度した。あれは紛れも無い愛であり恋だったと間違いなく思う。
 だがそれとは違う、この娘への熱い何かを今、パーシは胸に確かに感じているが故に己に問いかける。
「いいのか? それで」
 と。
 答えは返らない。彼は小さく笑った。
 今はそれでいいと、彼は目を閉じて。
 答えを出さなければならない日は近づいているけれど、今は‥‥。
 客間に彼女を運びベッドに横たえると、パーシは一人、静かに扉を閉めた。
 今は、これでいいと、自分に言い聞かせながら。

 雪の中。
 キットは仲間とは違う指輪に触れながら少女との約束を思い出す。
「待てるか?」
 キットはヴィアンカにそう告げた。今、自分が彼女に持つのは男女の恋愛ではないと。
「でも! 私はキットが好き。お父さんとは違う、これは好きだよ」
「だったら、お前が大人になったら‥‥もう一度この話をしよう。今しかできないことをいっぱいやって、ゆっくり大人になるんだ。そしてもし、その時までお前がその想いを持ち続けていたなら、俺の心はお前のものだ」
「私、忘れない。だからキットも待っていて。私の事‥‥」
「ああ‥‥。待ってる。俺のプリンセス」
 少女の額に落としたキスは小さな約束。
 きっといつか花のように美しくなる少女の未来を思いながら、キットは指輪の翼に優しくキスをした。
 そして歩き出す。
 パーシの言葉と、少女の言葉。
 大事な二人の言葉をを胸に抱きしめて。