【最終決戦】『最後の試練』

■イベントシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 46 C

参加人数:21人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月13日〜01月13日

リプレイ公開日:2010年01月21日

●オープニング

 闇の中で話すは闇の住人。
「なぁ、アスタロト様の行方はまだ分からないのか?」
「みたいだな。‥‥どうする? 我々の方で預かっているエクスカリバーと王妃」
「エクスカリバーは我々で利用できよう。王妃は魂を抜いたら用済みでいいのではないか?」
「そうだな。アスタロト様も何故王妃を浚ったのか、我々には理解できん‥‥」
「なぁに、ともかく我々がエクスカリバーを使い、散々苦汁を舐めさせられた冒険者どもに苦痛を与えればいい――っ!?」
 闇の住人の中に、その場に相応しくない光を放つ者が混じる。
「―――嘆かわしい。それだけの力を持ってする事がその程度ですか。‥‥やはり度重なる戦いで質が落ちましたね」
「あ、あんたは!?」
「エクスカリバーも王妃も私が預かりましょう」
「ふざけるな!!」
「‥‥では、力ずくであなた達を私の支配化に置くだけです。これも、あなた達への試練」
 しかし、光を放つ者も、また正しく闇の住人であった。

 キャメロットの王城の一角、円卓の騎士の執務室。
 呼び出された円卓の騎士の副官は声を震わせていた。
「話はそれだけだ‥‥」
「それだけ、と簡単におっしゃられますが‥‥パーシ様!」
 クロウ・クルワッハとの決戦から1週間が過ぎようとしている。
 クロウドラゴンの恐怖から開放されたキャメロットの街は、新年の喜びと相まって活気に溢れていた。
 失われたものは戻らないが、命がある限りやり直すことができる。
 諦めない限り、何度でも。
 冒険者達が証明した希望を胸に、人々は笑い、踊り、命の喜びを実感していた。
 その輝きを眼下に見ながら円卓の騎士パーシ・ヴァルは微かに目を閉じる。彼の目蓋の裏には王の姿が、そして耳にはさっき聞いた言葉が甦ってきていた。
『奪われた聖鞘とギネヴィアを返してほしければ決戦に挑めとデビルが言ってきた』
『指定された場所は小さな砦。だがその周辺はデビルで埋め尽くされている』
『イギリス王国の、命運を賭けたもうひとつの決戦となる。力を‥‥』
「ですが! パーシ様はクロウ・クルワッハとの決戦を終えたばかりで‥‥傷も体力も完全に癒えては‥‥、それに部隊の再編も‥‥」
 副官の心配は当然のものである。
 アスタロトの襲撃、バロール決戦、クロウ・クルワッハ討伐と畳み掛けるように続いた襲撃によってイギリスの王宮騎士は少なくない被害を受けていた。
 まともに機能しているのはパーシの部隊を含めそう多くない。
 公現祭明けをまって全面的な再編が行われる予定であったのだ。
「解っている。だが、デビルの提案。決戦と言えど、全軍を率いてなどというのは元より出来ない相談だ。王都を空にしてしまうことこそがデビルの狙い、という可能性もある。だから、お前達は残れ。王都と、王宮の守護を命じる」
「では、パーシ様はどうするおつもりなのですか!」
「俺は、王の命令どおり援護に向かう。心配するな。下級デビルなどクロウ・クルワッハに比べればものの数ではない」
「ですが!」
 部下を王都に置いていくというのであれば彼は一人で行くつもりなのだろうと副官は既に気づいていた。
 彼の思いは理解できる。
 しかし、万全の状態であるならともかく、今の彼を一人行かせることなど断じてできなかった。
「では! 冒険者に依頼を出し、共に行くとお約束下さい。さもなくば、我々、ご命令に背くとしても共に‥‥」
「俺の騎士が、俺に意見するか」
「貴方の騎士なればこそ!」
 真剣な眼差しで彼を見つめる部下に、小さく肩を竦め彼は解った、と頷いて部屋を出る。
「まったく、誰の影響を受けたのだか‥‥」
 呟いた彼の頬には優しい笑みが浮かんでいた。


「できるなら、このようなことにもう冒険者を巻き込みたくはなかったのだがな‥‥」
 小さく、自嘲するように笑いながら彼円卓の騎士パーシ・ヴァルはそう言って依頼書を提出した。
 場所はキャメロットから少し離れた小さな砦。
 その周辺に集まるデビルを退治することが目的であると、彼は告げる。
 種類、数は不明。
「要は砦近辺に現れるデビル全てを倒せばいい。その砦には大事なものがあり、王がそれを取りに行く。俺はその援護をする。その手伝いをしてくれればいい」
 簡単な話だと言う彼は、それ以上の話を一言も口にしなかった。
 エクスカリバーの事も、王妃の事も‥‥そしてラーンス・ロットの事も何一つ。
 理由も解らないデビル退治に応じてくれる者がいるかどうかも解らない。
 元より一人で行くつもりだったからその件についての心配はない。
 いや、できるなら一人で行きたいと彼は思っていた。

 言いたい事は沢山ある。いろいろな思いもある。
 ただ、それら全てを封じて彼は槍を握る。
 騎士として、自らに定めた役割を、果たす為に‥‥。

 そして闇の中。
「くそーっ! 好き勝手やりやがって!」
「このまま黙っていられるか! あれを連れて来い! あいつにも、人間にも目に者を見せてやれ!」
 グオオオッ!
 地の底から湧き上がるような咆哮が聞こえる。
 再び戦いの幕が上がろうとしていた。
 

●今回の参加者

シャルグ・ザーン(ea0827)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ キット・ファゼータ(ea2307)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ クリムゾン・コスタクルス(ea3075)/ 七神 斗織(ea3225)/ エリンティア・フューゲル(ea3868)/ リ・ル(ea3888)/ 葉霧 幻蔵(ea5683)/ アルテス・リアレイ(ea5898)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ リースフィア・エルスリード(eb2745)/ シルヴィア・クロスロード(eb3671)/ クリステル・シャルダン(eb3862)/ 宿奈 芳純(eb5475)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ ラルフェン・シュスト(ec3546)/ リーマ・アベツ(ec4801)/ リース・フォード(ec4979)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

○未来への道
 キャメロット城の正門の扉が開き、そこから姿を現すは馬に跨ったアーサー・ペンドラゴン。
 その後ろには彼に付き従う多くの騎士達‥‥今回の戦いに出撃する騎士団だ。
 アーサーは正門前の広場に集まっていた冒険者達を見渡し、全員の視線が自分に集まってる事を確認するとエクスカリバーを天に向かって掲げる。
「これよりの戦いはデビルから仕組まれたものだ。そしてそのデビルが何を企んでいるかは我々には分からない。―――しかし! だからといってグィネヴィアと聖鞘を奪還できる絶好の機会を逃すわけにはいかない! この国に仇名す邪悪を見過ごすわけにはいかない!」
 一息。そしてアーサーは天に向けていたエクスカリバーを、地平に向けて振り下ろす。その剣先の遥か向こうにあるのはデビルが待ち構える砦。
「この場にこうして集まってくれた諸君よ、力を借りるぞ!!」
 ―――出陣!
 最後の決戦はこうしてその幕を開けた。

 指定された砦は細い渓谷の奥にあった。
 小高い丘からそれを見つめる冒険者達。
 渓谷もその前もデビル達に埋め尽くされていた。
 1、2、3と数える真似をするものもいるがそんなのは形だけ。
 ざっと数えても100どころか200を超えるだろう。正確な数を数えるなど当の昔に放棄していた。
「ふははははは! 襲い来る敵は雲霞の如く! こちらは少数! 相手にとって不足なしなのだ!」
「おいおい。今回は目的があるんだ。あんまり調子に乗りすぎるなよ。雑魚だって油断してると痛い目にあうことだってあるんだぞ」
 心底楽しげな顔で笑うヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)にキット・ファゼータ(ea2307)は軽く釘を刺す。
 勿論彼が状況を把握していないなどとは思っていない。
 自分自身に確認したようなものである。
 だから、ヤングヴラドも気にした様子は見せず笑っている。
「しかし、随分集まったものだな。ろくに状況も説明していなかったのに」
 後ろにやってきた依頼主、円卓の騎士パーシ・ヴァルは少し驚いた様子を見せる冒険者達の表情は一様に笑顔だった。
「気にする事はありませんよ。パーシ卿。イギリスの大事。しかも貴方の要請。俺達は望んで集まったんですから」
「兄上のおっしゃるとおりですわ。微力ですが全力を尽くさせて頂きます」
 剣を構える七神蒼汰(ea7244)の言葉に七神斗織(ea3225)も柔らかい笑みで頷いた。
「デビル退治が半ば生業になった身だ‥‥戦うのは苦ではないどころか、喜びでさえある。だが、できるならこれで最後にしたいものだ‥‥」
「俺にも守りたいものがあるからな‥‥理由はそれだけで充分だ」
 オルステッド・ブライオン(ea2449)とラルフェン・シュスト(ec3546)は誠実に前を向き
「まったく! また一人で背負い込もうとされるのですから。ジーグネ殿に感謝です。呼んで下さらなければ押しかけていましたよ!」
 とシルヴィア・クロスロード(eb3671)が頬を膨らませ
「無理無茶な依頼は何時もの事ですから無謀な事をしなければ良いですぅ」
 パーシの依頼には慣れているとエリンティア・フューゲル(ea3868)はにっこり笑う。
 今まで築き上げてきた絆、信頼。それらによって結ばれた友であり仲間達。
「報酬も大した事がなければ栄光も無い。それでも‥‥」
 言いかけて、彼は止めた。そんなものは愚問でしかない。
「損得要らず、好きな場所で戦う‥‥。それが一番僕達らしいですね。僕が戦うのも好きな方達がいるからなんですし」
「拙者らそのような事は気にしないのでござる」
 アルテス・リアレイ(ea5898)や葉霧幻蔵(ea5683)は勿論周りを見回せば気心の知れた、見知った顔も多い。
 そしてその中クリムゾン・コスタクルス(ea3075)が明るく笑いかけ、一歩前に出てパーシ・ヴァルを見上げ声をかけた。
「あたいのこと、いやあたい達のことは好きにこきつかってくれ。絶対最高のパフォーマンスで応えてやるから」
 ぽん、と胸を叩かれたパーシを見て仲間達の笑顔が咲く中、パーシも笑い、そして頷いた。
「ああ、そうさせてもらおう。失敗は、絶対に許されないからな」
 冒険者達の集まる場の少し後方に、本陣がある。
 そこには『王』がいるのだ。
「王様が砦に大事な物を取りに行く‥‥。
 王様にとって大事で、今手元にないものっていうたら‥‥王妃様かエクスカリバーやな‥‥いや、エクスカリバーは持ってたか。でも‥‥、なんであれ、俺らが開く砦までの道はイギリス王国の未来への道や。絶対に潰させへん!」
 ジルベール・ダリエ(ec5609)の言葉は真実を付いている。
「そうだな。その通りだ‥‥」
 パーシ・ヴァルは槍を握り締めた。もう迷っている暇も、他者を気遣い遠慮している暇も無い。
「行くぞ。冒険者。未来への道。切り開く!」
「おう!!」
 掲げられた手は絆。冒険者達の戦いが今、始まろうとしていた。

○己の役目
 パーシ・ヴァルの元に集った冒険者達の役割は露払い。
 その第一の目的は王達を無事に砦まで進ませることだ。
 可能な限り無傷で。
「どうか、皆様は内側から私達を援護して下さいませ」
 クリステル・シャルダン(eb3862)はそう言って中に守られた形の主軍に微笑みかけた。
 冒険者達は紡錘陣形を取り、その内側に主軍が入れられている形になっていた。
「よほどの事が無い限りは、我々に任せて頂きたい。なにデビルは確かに厄介であるが、アトランティスで戦った『カオスゴーレム』程危険な奴はそうはおるまいからな」
 豪快に笑うシャルグ・ザーン(ea0827)の言葉に外の、そして中の冒険者達も笑みを浮かべる。
「天空は私達にお任せを。皆さんはとにかく前に進み目的を果たすことだけを考えて下さい」
 側に控えていたリースフィア・エルスリード(eb2745)が告げたとおり、シルヴィア、ラルフェン、アンドリー・フィルス(ec0129)天馬を駆る騎士達も準備は万端のようだ。
「内部ではやはり敵が待ち受けているようです。どうかお気をつけて」
 宿奈芳純(eb5475)が内部の様子をわかる範囲で伝えている。
 建物の内部は以前、王国の砦として使われていた頃と大差は無いようだ。
 ただ、中にどの程度のモンスターがいて‥‥というのは解らないという。
 デビルに待ち伏せられているのは解っているが、それでも突入しなければならないのは変わらない。
「丁度いいものがあった。これが最終決戦だしな」
 キットが戦神の角笛を取り出し目線を王に向けた。
「王‥‥」
 エルディン・アトワイト(ec0290)が膝をつく。
 それは忠節の礼であると共に彼にとっては謝罪の礼であった。
「王よ。私はかつて王妃を救出できるチャンスにいながらそれを果たすことができませんでした。あの日のことを忘れたことはありません。私の未熟さを痛感しました。全身全霊を持って支援いたします」
 祈りを捧げる彼の体が白く輝き神の守りを王に、仲間達に与える。
「神のご加護を。セーラ様、この者たちをお守りください。そして王妃様を無事に取り戻せるよう力を貸して下さい」
 我が身を責めるようなエルディンに王の視線は優しい。
 ‥‥やがて、デビル達の動きに変化が現れた。
 こちらの方に気付いたかのように動き出したのだ。
 冒険者達は身構え、キットはパーシや仲間達と目線を合わせると角笛を口にあて、高らかに吹き鳴らした。
 低く深い音が谷に木霊する。
 それが、合図となった。
 冒険者達は走り出し、デビルとの戦いが始まったのだ。

 紡錘陣形は迎え撃つ敵に対し先端を鋭い攻撃で穴を開け、一点突破を狙うもの。
 故にその先端となる者には陣を切り裂ける強さが無ければ意味が無いし、集中攻撃を受ける可能性も高い故に危険度も高い。
 それら全てを承知の上で、彼らはその場に立っていた。
「いきますよ〜」
「範囲に気をつけて!」
 主軍の背後、後衛には魔法使い達がついている。
 エリンティアのファイアーボムの火柱が立ち、リース・フォード(ec4979)の風がなぎ払った空間に彼らは飛び込み文字通り敵の陣を切り裂いていった。
 そして前衛では
「ふはははは! デビル共よ。我こそは慈愛神の地上代行、教皇庁直下テンプルナイトなり! わざわざ出陣したゆえ有難く殲滅されよ!」
 カリスマティックオーラを全開で発動するヤングヴラドの首元を狙ってインプが数匹、地面を蹴った。
 だが、それは伸ばした手を目標に触れる事無く両方向からの槍によって地面に叩き落される。
「ふむ、‥‥お見事というところか」
 オルステッドは剣を振るいながら彼なりの賞賛の声を上げた。素直にそれを聞いて喜んでいる暇はないであろう事は解っているが、正直な賛辞だったのだ。
「それは‥‥どうも。まあ、数は多いが動きも鈍ってる。いけそうだな」
「そうだな。でもデビル達を縛る力はどれもそう長くは持たない。一点突破計画に変わりは無いぞ」
 褒められた二人は話しながらも、その手を休めない。
 スピードで翻弄し、デビルをひょっとしたら本人も気付かないうちに切り裂いていくパーシと、槍の長いリーチを生かし、力を利用してなぎ払っていくリ・ル(ea3888)のコンビネーションは滅多に見られない息の合い方だと言えた。
「‥‥特にパーシ卿の動きはなかなかに参考になるな」
 側について戦いながらオルステッドは小さく微笑んで、イギリス指折りの円卓の騎士の戦いを見つめていた。
 勿論、見るべきはパーシの戦いだけではない。
「この一戦必ず乗り切ってみせるぞ! 大切なモノを守る為に」
 シュライクとブラインドアタックを取り混ぜながら柔剛の剣を取り混ぜて蒼汰は敵を倒していくし、シャルグの一撃は大きなデビルにも確実に止めを刺し敵の数を削っていった。
 さらにその前方を踊るようにクリムゾンが切り開いていく。
「二回目、行きます!」
 リースの手が上がり、巨大な雷が天ならぬ地上を走った。
「わっ、と!」
 後方、空飛ぶ絨毯の上から索敵と石化をしていたリーマ・アベツ(ec4801)が微かにバランスを崩す程のそれは勢いだった。
 上空からは飛行部隊が次々と羽あるデビル達を撃ち落としていく。
 デビルの海の中に入った為、左右から挟まれるような攻撃は続くがそれでも、冒険者達は確実にその歩を進めていった。
 そしてどれほど経ったろうか‥‥。
 紡錘の先端が渓谷の入り口に辿り着いた。
「一気に切り開くぞ!」「おう!!!」
 冒険者達がそれぞれに渾身の思いを込めて技を放つ。
 後方、魔法使い達の援護と、上空からのサポートもあって小さな空間が開かれる。
 そこに今まで守られていたアーサー王と騎士達、冒険者達が進み出たのだ。
「王、どうぞ先にお進み下さい。我々が背後を守ります」
 パーシがそう王に告げたその瞬間。
「わああっ! なんだ?」
 突然後方から悲鳴が上がる。
 パーシはもうその瞬間、悲鳴の方に駆け出していた。
 王も冒険者もハッとした顔で足を止めている。
 だが、その背中をリルが、蒼汰が、シャルグが‥‥強く押しやった。
「こっちの事は気になさるな。貴方達は自分が為すべきこと、やるべき事を果たして頂きたい!」
「俺達の方は心配なく。‥‥大丈夫。お戻りになるまでには片付けておきますよ」
 ごおおっ!
 巨大な翼が風を掻く。後方から来るのは、今までとは明らかに違う大物の気配。
 だが‥‥彼らは輝かしく笑う。
「ここを守るのは俺達の役割だ。早く! 行け!」
 翳された槍の輝きが彼らの行く先を照らす。それを見て
「大丈夫か、とは言わん。‥‥任せたぞ!」
 そして
「我らが背は信頼できる戦士に守られている! 恐れる事は何もない。後顧の憂いが無いならば―――前に進むだけだ!」
 王は剣を握り走り出した。 
 後ろを振り返らず、ただ前を見て。
 騎士も冒険者もそれに続く。
 彼らが渓谷の敵を切り裂き、砦に辿り着くのを確認して、冒険者達は彼らに背を向けた。
「皆! 後ろに下がれ。陣形の建て直しだ!」
 パーシの指示に冒険者達が密集陣形を取る。
 その間、逆に前に出たリルは
「‥‥まったく、やっかいな奴がまたやってきてくれたもんだよ。なかなか平穏を満喫させてはもらえないな」
 楽しげに笑って槍を握りなおす。
 彼らの眼前。
 そこには巨大なドラゴンが立っていたのだった。

○冒険者達の『試練』
「はあ‥‥。まったく、聖剣の効果に頼りきるのは性に合わないんだがな」
 クリステルの背中を守りながら最後にやってきたキットが荒い息を吐き出す。
 後方護衛の彼とジルベールが最後、放たれた矢に悲鳴を上げるデビルから、前衛の戦士達は二人と、彼らが守る魔法使い達を庇う。
 幻蔵の大ガマも合流と同時に姿を消した。
「でも、そのおかげで、皆無傷で下がれたんだよ。ありがとう。‥‥あのブレス、直撃受けたら大変な事になりそうだったもの。ほら、」
 リーマがさっきまで自分達がいた場所を指差した。
 冬で元々枯れ草ばかりであったが、それがどす黒く変色している。
 まるで、ドラゴンの体色のように‥‥。
「あのドラゴン、黒緑の身体をしていますわ。シャドウドラゴン‥‥いや、ポイズンドラゴンかもしれません」
 クリステルが思い出すように告げる。
 ポイズンドラゴン。
 イギリスでは滅多に発見例の無いドラゴンだ。
「ポイズンドラゴンだとしたら酸の息を吐くはずです。気をつけ‥‥」
 クリステルが仲間に注意を促そうとしたその時
『貴様ら! 人間だな!』『クロセルが言ってた奴らか!』
 ふと、ドラゴンの背中から声が上げられた。
 見れば人型のデビルが数匹背中に乗っている。
 そう上級のデビルにも見えないが、下級デビルでもなさそうな者達が数匹。何事かを怒鳴っている。
『クロセルが言ってた奴らか!』
「クロセル?」
 冒険者達は首を傾げた。多くが始めて聞く言葉であった。
 名詞であることは解るがそれが何であるかは解らない。
 だが、冒険者の前、手を横に差し伸べパーシは一歩前に踏み出し答える。
「もし、そうだと言ったら?」
 彼らは明らかに苛立った声を上げた。
『元々、エクスカリバーも、王妃もアスタロト様と我々が王から奪ったのだ。それを横からかっさらいおって! 人間と取引などさせぬ! クロセルが来る前に叩き潰し、クロセルからエクスカリバーと王妃、奪い返してくれるわ!』
 その声に呼応するかのように一度減らしたデビルがまた、数を増やす。
 さっきと同じか、もっと多いか‥‥。
「ヤングヴラド。オルステッド。アンドリー。砦に向かい雑魚の食い止めと王の援護を」
 小声で告げられた三人は頷き静かに場を離れる。そして
「皆‥‥」
 目と言葉にならない言葉で告げられたパーシの指示に、冒険者達は笑いながら頷いた。
『お前達‥‥何を笑っている?』
 微かな驚きの様子を見せたデビルに
「教えて、差し上げましょうか?」
 いつの間にか彼らの背後に回っていたリースフィアがチャージングの構えをしながら告げる。
「遠慮なし。思いっきり暴れようと!」
 滑空助走と共に放たれた一撃に、ドラゴンは大きな悲鳴を上げた。
 それが新たなる合図。冒険者達はそれぞれの武器を構えて攻撃に入っていった。

 冒険者は知らなかったろうが、ポイズンドラゴンと呼ばれたそのドラゴンは悪魔の力に囚われたと言われる竜であった。
「くそっ! やっぱ、エボリューション使ってるんやな」
 ジルベールは一度番えた真鍮の矢を戻し、ホーリーアローを取ると
「クリムゾンさん!」
 大きな声で仲間の名を呼んだ。
「了解!」
 二人の射手はタイミングを合わせて右の翼に集中攻撃をかける。
 ぐあああっ!!!
 ドラゴンは狂ったような悲鳴を上げると矢を取ろうとするように翼をばたつかせた。
 だがそれは痛みを増加させるようなもの。
 飛行手段を失い、飛ぶこともできなくなったドラゴンは地響きと共に地面に墜ちた。
 背中から落ちるデビル。
 ドラゴンはもう一度空を飛ぼうと試みて翼を広げるが
「逃がさぬでござるよ〜〜!」
 死角から接近していた幻蔵はその姿をミラージュコートで消したまま、まだ無事なほうの翼、その一部を抉り取る。
 うぎゃあああ!!
「これで、もう奴は空に逃げることが出来ぬでござる」
 幻蔵の言葉通り、羽ばたくこともできないドラゴンは地面をのた打ち回っている。
「ドラゴンを叩く! 魔法使いは援護を! 雑魚は一旦おいていい! 一気に決めるぞ!」
 パーシの言葉に雑魚デビルの掃討に入っていた者達も、ドラゴンの方へと駆け寄り踏み込む。
 万が一にもドラゴンなど砦に入れるわけにはいかない。
 敵が『クロセル』の目的がこちらだと思っているならそう思わせる為にも囮の役目もかねて、冒険者達は手加減なしで攻撃を重ねていった。
 と同時、ある事に気付きパーシは空に顔を向ける。

「空! デビルを逃がすな!」
 激にも似た指示に弾かれるように空の冒険者達もまた陣を組む。
 逃がすな、と指示されたのはデビルの背中から弾き飛ばされた黒い翼のデビルが二匹。
 その翼を広げ、空に逃げようとしていた。
「逃がしは、しません!」
『ふざけるな! 人間如きが我々を倒すと言うのか!』
 黒い炎が指から放たれ、リースフィアを襲う。
 だが、その炎は殆ど彼女を焼くことは無く、瞬きの間に消えうせた。
『な、なんだとお!!』
 微かな苦痛を振り払い、リースフィアは敵をにらみ付けた。
「これで終わりですか? ならばこちらから行かせてもらいますよ! シルヴィアさん!」
「はい!」
 二人の女騎士が右と左、両方から攻撃を仕掛け始める。
 それは、息着く暇も無い弓と剣の乱舞。
 多少の実力を持っていてもデビルは避けるのが精一杯であった。
 それでもなんとか攻撃を避け逃げようとする。一匹はもう既にリースフィアの槍に貫かれていた。
 もう一匹の命も既に風前の灯。
(『ここにいる冒険者は強すぎる‥‥』)
 自分達の侮りを、そのミスを彼は素直に認めようとしていた。そしてなんとか逃げようとする。
『くそ‥‥人が、ここまで‥‥アスタロト様に報告せね‥‥ば‥‥』
 渾身のシャドウボムを目くらましにそれは逃亡を図る。
 だが、冒険者達は当然そんなことを許してはおかなかった。
 シュンシュン!
 風のような衝撃波がデビルのバランスを崩し、そこを狙った槍の一撃が、デビルの背中を貫く。
「守りたいものがある。お前達の好きにはさせん」
『が‥‥あ‥‥』
 デビルは言葉も無く消え去った。
 自由になった槍を振りながらラルフェンは女騎士達に声をかける。
「すまないな」
「いえ、ありがとうございます。あのドラゴンに乗っていたのはこれで片付きました。あとは‥‥」
 シルヴィアの視線の先には怒りに暴れるポイズンドラゴンの姿があった。
 それと戦う冒険者達の姿も。

 ポイズンドラゴンの体長は15m弱。
 命がけだったクロウ・クルワッハにくらべれば半分以下に過ぎない。
 だが、我が身を傷つけた者に対する怒りを燃やすポイズンドラゴンはクロウはしてこなかった攻撃を冒険者に浴びせかけていた。
 曰く、魔法攻撃。
「な、なんだ!!」
「うわああっ!!」
 冒険者の身体が宙に浮かび、地面にたたきつけられるように落下した。
「ローリンググラヴィティかよ。エボリューションも使ってる癖にやっかいな‥‥!」
 リルは口元の汚れと血を拭きながら毒づいた。
 のんびり痛がっている時間は無い。周囲からの雑魚デビルの攻撃も飛んでくるのだから。
「皆さん!」
 クリステルが駆け寄ろうとするのをキットが止める。
 それを肯定するかのようにパーシの指示が後ろ向きに問う。
「まだ、大丈夫だ。それより、リース、エリンティア。でかいの、行けるか?」
 キットの問いかける視線に魔法使い二人は勿論と頷いた。
「だいじょうぶです〜」
「解りました。全力のをお見舞いさせて頂きましょう」
 全力攻撃の範囲魔法。
 それをドラゴンが受けている隙に、冒険者が全員攻撃で。
 歴戦の冒険者達である。説明の必要は無い。
「では、僕も援護いたしましょう。クリステルさん‥‥後をお願いできますか?」
 微笑するアルテスの手には黄金の聖書が。
「は、はい!」
 アルテスの覚悟にクリステルが震える手を握り締め答える。
「では、私も‥‥。本当にここで決めてしまいましょう。聞くがいい! デビル共よ!」
 魔導書「ゴエティア」を手に取りエルディンは高らかに読み上げる。
 聖書とゴエティア。
 二つのデビルを足止める範囲結界が光と共に白く強く広がった。
 既にいくつも張られた結界の効果と重なり、周囲の雑魚デビル達はその輝きの前に、まともに動くことすらもうできまい。
 僅かに動ける者達はリーマが石化している。
 邪魔をするものはもういない。
 そして‥‥流石のポイズンドラゴンもその動きを鈍らせたと確認できた次の瞬間。
「雷は〜、クロウドラゴンにも効いたんですよね〜〜」
「そろそろ気を張った毎日にも飽きた。終わらせよう」
「ヘブンリィライトニング!」「ライトニングサンダーボルト!!」
 二人、二つの雷がポイズンドラゴンの頭上から脳天を打ち抜くように貫いた。
「今だ!!」
 タイミングを見計らっていた剣士、戦士、騎士がそれぞれに武器を構え同時に飛び込んでいった。
 最後の力のごとく、ドラゴンは彼らの頭上に酸を吐きかけようとするが、それは再び聖剣の守りでかき消された。
 シャルグのスマッシュが、リルの結界と槍の一撃が、幻蔵のソニックブームが、蒼汰のオーラを纏った剣の一撃がパーシの怒りと共にドラゴンの身体を切り裂いていく。
「デビルごときに我らの魂は試される程甘くは無い! ここは剣の国イギリスだ。消えよ。悪しき魂よ!」
 ぐおおおっ!!!!
 断末魔の、それは咆哮だった。
 大きな地響きと共にドラゴンは倒れ、やがて動かなくなった。
「兄上、皆さん!」
 斗織やクリステル、エルディンがアルテスを始めとする怪我人達の治療にあたる。
 ポイズンドラゴンが倒れ、中級デビル達もその姿を消した。
「まだ‥‥やるのか?」
 雑魚のデビル達は‥‥蜘蛛の子を散らすように逃げて、消えていった。

○『決戦』の勝利
 渓谷は静寂を取り戻し、岩場に立つのは冒険者と天馬のみ。
「は〜、しんどかった〜。クロウドラゴンにくらべりゃあたいしたことはないんやけど、それでも、こんな戦いはもうごめんやな‥‥」
 どっかりと手近な石に腰を下ろしたジルベールのみならず、他の冒険者達も疲労の顔で座り込んだり、岩場に背を預けたりしている。
「確かに、もうこんな戦いは終わりにしたいものです‥‥あれ?」
 その中で冒険者は気付く。
 一人パーシは真剣な顔で、砦を見つめていた。
「心配‥‥しておいでですか?」
 側に寄り添うようにして立つシルヴィアを軽く見やってパーシは首を横に振った。
「おそらく、心配とは違う‥‥と思う。今、感じている思いをあえて言葉にするなら、悔しさだ。‥‥ここでこうして待つしかできない自分自身に対する‥‥な」
「パーシ‥‥様?」
 軽く目を閉じてからパーシは目を開くと、冒険者達に今回の始まりから終わりまでを話した。
 今まで黙っていたこと、全てを。
 クロセルの事、戻ってきたエクスカリバーの事。ラーンス・ロットの事。そして王妃と鞘を巡る今回の『試練』の内容も全て‥‥だ。
「デビルに情けをかけられた事もそうだが、事件を先に止められなかった自分が、俺は今、一番悔しい。なぜ俺は自らの手でイギリスの大切なものを取り戻せなかったのか。‥‥何故‥‥守りきることができなかったのか‥‥。何故‥‥」
 部下にも王にも決して見せないであろうパーシの静かな慟哭。
 冒険者達はそれに言葉をかけることはできなかった。
「王は必ず試練を乗り越えて鞘と王妃を取り戻すだろう。だが、皆の言うとおりこんな戦いはもうこれで終わりにしたい、二度と‥‥こんなことが起きないように俺がなすべき事は‥‥」
「パーシ様‥‥」
 シルヴィアが何かを言いかけた時だ。
 パーシのみならず冒険者の身体が反応した。
 砦の方で何かが動く音がする。
 座り込んでいた冒険者達も立ち上がり、それを見つめた。
 ヤングヴラド、オルステッド、アンドリーらが沿い、膝をついていた。
 冒険者や騎士達と共に『彼』は、現れてその剣を高く掲げた。
「グィネヴィアも聖鞘も取り戻した――我々の、イギリス王国の勝利だ!!」
 パーシ・ヴァルは深く膝をつき、背後の騎士達も礼を取る。
 冒険者達はそれを静かに、だが笑顔で見つめていた。
 そんな冒険者達に王は鮮やかに笑いかけ、そして勝どきの声を上げる。
「そしてこの勝利は我々騎士達だけでは掴む事ができなかったものだ。冒険者達よ、感謝する。さぁ‥‥勝利の凱旋だ!」
「おお!!!」
 震えるような歓喜の声が渓谷に響く。

 冒険者達は『最後の試練』を越え、イギリスに未来への道を繋いだのだった。