●リプレイ本文
○聖なる約束
「ヴィアンカ‥‥聞いて欲しいことがある」
旅立ちの前、パーシ・ヴァルは娘にそう言って己のある思いと願いを告げた。
娘は父の思いを無言で最後まで聞くと
パチン!
一度だけの平手と、心からのキスで答えたという。
ウィルトシャーはセイラムと呼ばれるソールズベリー地方を中心に東側にエイムズベリーとエーヴベリー。
西側にシャフツベリーの街を抱く横長の地方である。
自然豊富なこの地方は古くから多くの人々が愛し暮らしていた。
その証拠がいくつもの遺跡群であり古くからの住民の思いを今に伝えている。
穏やかで豊かなこの土地に実は一箇所、長く人の住まない場所があった。
かつてデビルに滅ぼされた一族が住んでいたというぺリノア城とその荘園。
長くゴーストのみを住人とした沈黙と呪いの城は今、約30年ぶりに主と人を得て活気と笑顔で溢れていた。
ガラガラ、ドッシャン!
「荷物は乱暴に扱わないの! ほら、掃除サボらない! 逃げ出すなんて許さないよ〜。はい。おじさんは掃き掃除!」
「お、おじさん‥‥」
ティズ・ティン(ea7694)から箒を渡されたシャルグ・ザーン(ea0827)があっけに取られている。
「お父様。大人しくお手伝いなさって下さいな。私もお手伝い致しますから」
くすくすと笑うセレナ・ザーン(ea9951)は言葉通り、父のシャルグと同じ箒を持っている。娘にそう言われては仕方がない。
シャルグは覚悟を決めて階段の掃き掃除を始める。
七神蒼汰(ea7244)はヘンルーダと水を汲み、アルテス・リアレイ(ea5898)も壊れた建物の修理を始める。
殆どの冒険者がティズの指揮の下、大掃除に取り組む中、
「あ〜、僕はちょっと用事があるので〜失礼しま〜〜」
エリンティア・フューゲル(ea3868)は大胆にも逃亡を図った。
だが勿論逃げ出すことなどできない。がっちりティズに腕を掴まれる。
「えーっと、力仕事には〜僕には役に立たないと思いますぅ〜。それにセイラムやシャフツベリーの皆さんに招待状をですね〜」
「ダメ! 大掃除は皆で! でないと終わんないでしょ! なにせ30年分の大掃除なんだから!」
ティズの勢いに押されたのか、逃亡は無理と諦めたのか、エリンティアはため息をつきながら戻ってくる。
「あ、でも手紙は後でよろしく。ヴェルに出して欲しいな〜♪」
「は? ああ、りょーかいですよ」
くすくすと笑うのは冒険者とパーシ・ヴァルの家の使用人達。
「女性陣は部屋の掃除中心にね、男性陣は壊れたところの修理とこの間落石で埋まった階段の修復お願いできる」
「解りました」「ああ、任せて置け」
こういう時にメイド戦士と名乗るティズは力強い。
小気味良い彼女の指示に従って冒険者はそれぞれの役割を果たすべく動き出した。
約一名を除いて。
「こら、フレイア。どこにいく?」
「あー、ちょっと夕飯のおかずを狩に行こうかと‥‥掃除は満に任せた!」
弓を持って逃亡を図ろうとするフレイア・ヴォルフ(ea6557)。
夫である尾花満(ea5322)の呼びかけにも応えず正しく脱兎のごとき彼女の逃亡を止めたのは
「前を見て走らないと危ないぞ」
兎よりも早い金の雷であった。ちなみに横から彼の娘ヴィアンカも笑っている。
子供の前で掃除から逃げるのは教育上良くないだろう。
「あー、パーシ卿。‥‥解った。ごめん、あたしの負け」
弓を背に、両手で手を上げるフレイアも戻り、今度こそ冒険者全員の大掃除が始まろうとしていた。
「逃亡失敗。残念」
ため息をつきながらタンスの上を拭くフレイアにまあまあ、とクリステル・シャルダン(eb3862)とシルヴィア・クロスロード(eb3671)が宥めた。
「でも、この城がパーシ様の新しい家になるんです。お掃除のお手伝いくらいはさせて頂きたい、と私は思っていたので」
「地下の墓所の皆様も安らかに眠れるようにして差し上げたいですわ」
「まあね‥‥」
フレイアは肩を竦めた。言葉ほど嫌がっている訳ではないようだ。
「リースフィア?」
拭き掃除の手を止め、ぼんやりしているリースフィア・エルスリード(eb2745)にフレイアは問いかけた
「すみません。私、あれのことで頭がいっぱいみたいなんです」
「ああ‥‥なるほどね」
リースフィアが首元に手を当てる。
一度クロウ・クルワッハに取り込まれたと思われた悪魔アリオーシュ。
それがリースフィアを呼び出した、という話を仲間達は既に聞いていた。
「まさかとも、やはりとも思いますが、大事なのは私の手で決着をつけるチャンスが巡ってきたということです。あと三日、心の準備をして挑みたいと思っています」
「リースフィア。一人でいくつもりじゃないだろうね?」
心配そうに問うフレイアに勿論、とリースフィアは笑う。
「私だけの事ではありませんから。どうか、力を貸して下さい」
彼女の迷いのない笑みに仲間達は微笑み、そして頷いたのだった。
二日の大掃除の結果、城は廃墟の様相を見せていた三日前とは見違える美しさを見せていた。
今は静かだがいずれ人が住むようになれば、活気も出てくるだろう。
「霊廟も綺麗になったな。後は、あのゴースト達が安らかに眠れるように祈るとしようか」
一度完全に埋まってしまった地下の墓所聖堂も男性冒険者達の協力でほぼ修復された。
クリステルが抱え持ってきた花の香り鼻腔をくすぐる。
眼前には剣がはめ込まれた壁。全てはあの時のままだ。
「父上‥‥母上‥‥」
パーシの声は本当に小さなものであったがリルも側にいたエリンティアやアルテスも当然気がついた。
だが聞かないフリをする。ここに残す彼の思いを知っているから。
「さて! パーシ。上に戻るぞ。仕上げは後でスタイン達に頼んでおけばいい。明日はエイムズベリー。そして明後日はシャフツベリーだ。忙しくなるぜ」
ワザと明るい声で言うとリ・ル(ea3888)はパーシの背中をぽん、と叩く。
「おーい、こんな暗い所にいつまでもいないで早く出ておいでよ。満やティズの料理が待ってるよ」
「パーシ様、アンドリー・フィルス(ec0129)さんが見て欲しい物があるそうです。おいで下さいませんか?」
「解った。今行く」
上からの呼び声に冒険者達は頷いて外に出た。
一番後に階段を上り、地上を踏んだのはパーシ。前の仲間が行ったのを確認して、
「パーシ卿、覚悟は決まったかい?」
フレイアはそうパーシに声をかけた。
振り返るパーシの表情はいつもの飄々としたものではなく微かな驚きを浮かべている。
それを嬉しそうに見つめフレイアは指を立てた。
「どっから聞いたとかは聞かないでいいよ。ただ‥‥あたし達は皆、あんたもシルヴィアも大好きだってこと。それは忘れないで欲しくて言っただけだからね」
楽しげに歩いていくフレイアの背中を見送りながら
『うぅん、特に私が何も言う事はないかな。だって、自分で決めたんでしょ。私は応援するから』
仲間達のエールを黙って噛み締めていた。
そう、言われるまでもなく彼の心は決まっていた。
その夜。
「シルヴィア‥‥話がある」
パーシは一人の女性を地下聖堂に呼び出した。
「何の御用でしょうか? パーシ様」
彼女はパーシを真っ直ぐに見る。
シルヴィア・クロスロード。
この女騎士はパーシにとって最初は高い理想を胸に抱くだけの弱き者で庇護すべき存在。それだけだった。
しかし彼女はパーシを真っ直ぐに追い続け、彼の横に立つべく努力をしてきた。
幾多の戦いを死の危険も顧みず彼の側で戦い、彼を助けそしてついには円卓の騎士候補にまで登り詰めた。
彼女の自分を見つめる眼差しと込められた思いを感じた時。パーシは自分の心が変わってきたことに気付いたのだ。
「全てを守れる騎士にある」
長いこと、それだけが彼の全てであった。
かつて親友アルバを失い、愛する妻と娘を失った時、決意した。
自分は大事な者をこそ失う。だから、愛する者、大事な者を作らずその命を全てを守る為に捧げようと‥‥。
自分の命などどうでもいいと。そう思っていた。
だが、冒険者達と共に戦い、冒険するうちにそれが誤りであると知る。
大事な者を知らず、持たない者に本当に人を大事に思う事はできない。
そして自分がどれほど多くの人に愛され‥‥支えられて今、ここにあるのかを知った時、彼は本当に自分が大事に思う存在に気付いたのだ。
騎士としての夢、娘、友、そして‥‥この大地とそこに生きる人々。
彼はそれが大事だからこそ、守りたいと思った。
『どんな者からも全てを守る騎士』
その夢を一人ではなく、二人で追いたいと思ったのだ。
一度だけ目を閉じる。愛していた妻の面影は今も胸の奥に。だが‥‥今、娘を置いても共に歩きたいと思うのは只一人。
パーシは手を伸ばした。父母の前に嘘はつけない。
「俺と共に来い! シルヴィア。騎士の高み、いや、その上までどこまでも俺と‥‥共に。 お前を‥‥愛している」
熱い告白にシルヴィアは明らかに混乱の表情を浮かべていた。
だが、その心に迷いはなかったのだろう。
彼女は静かにパーシの手を取り、答える。
「‥‥はい」
と。
そして、二人きりの夜。
シルヴィアは初めて出会うパーシ・ヴァルに息を呑んだ。
「愛している。シルヴィア」
彼から注がれる愛にまだ慣れないシルヴィアは時折、そして今も逃げ出したいような思いに駆られる。
けれど
「部屋に戻るか?」
その問いには首を横に振り、パーシの胸にその頭を預けた。彼はその細い肩を、身体を強く抱きしめる。
「愛している。シルヴィア‥‥」
「私も、愛しています」
交わされる唇、熱い思い。
シルヴィアは目を閉じた。
その日、シルヴィアは一粒の涙と共に『恋する乙女』の名を失う。
全てを失い、全てを得た夜を越え彼女に新しく始まるのは愛する人との未来への道。
「地獄への道行きかもしれないぞ」
彼は言った。だが彼女の返事は一つだ。
「たとえ何があろうと‥‥側に‥‥います。ずっと‥‥。あなたと」
「なら誰よりも俺の側にいろ。俺はお前をもう、離しはしない」
愛する男の腕の中でシルヴィアは、新たに生まれ変わろうとしていた。
羽化する蝶のように‥‥。
○託された思い
暗い洞窟に響くは鋼の音。槍と槍との戦いの音だ。
それはまるで笑うようにリズミカルで明るくて
「あ〜、楽しそうですねえ〜」
エリンティアがのんびりいうように戦いの持つ暗いものを何一つ見せない。
だから冒険者達は思い思いの場所で腰を下ろし、楽しげに見つめていた。
一人を除いて‥‥。
「あっ! 危ない! パーシ卿! ヘンルーダはドレスなんですからちょっとはって、‥‥ヘンルーダ!」
「大丈夫だよ。あの子の兄さんなんだろ? あの子を傷つけたりするような事はないって」
笑うフレイアだが、蒼汰はそうもいかない。
ここはエイムズベリーの奥、試練の洞窟。
この奥には古い宝物がゴースト達と共に封じられていた。
宝物を守る番人の一人がアルバ。パーシの師であり蒼汰の妻ヘンルーダの兄であると妹から聞き彼は挨拶の為にやってきたのだ。
だが
「アルバ、約束通り連れてきたぞ」
パーシとリルが遺跡の奥に辿り着いたと同時、
「あっ!」
ヘンルーダはパーシ・ヴァルに容赦ない蹴りをかましたのだった。
勿論パーシもそのまま喰らってはいない。とっさに避けて攻撃を仕掛けてきた相手を見る。
身体はヘンルーダ。だがその空気は明らかに違っていて‥‥
「アルバ‥‥」
パーシはそう呼びかけた。
『久しぶりだな。パーシ。冒険者から聞いて今日を楽しみにしていた。さあ勝負だ!』
昔と変わらぬその声にパーシは微笑んで自分の槍を『彼』に構えた。
「いいだろう。もう負けないぞ!」
『はん! そんな台詞まだ十年早い』
「ほら! アルバ。これ使え」
「ヘンルーダ!」
リルがロンゴミニアドをヘンルーダ、いやアルバに投げる。向かい合った二人の戦いは合図もなく始まり、冒険者も手の出せない真剣勝負となった。
「まったく、男の人というのは子供のようですね」
美しく微笑むシルヴィアの言葉にリースフィアは頷くと遺跡の奥で同じようにアルバとパーシの戦いを見て微笑うアンドーラに向かいお辞儀をした。
「その節はお世話になりました。この指輪も役に立ち感謝しています。そして‥‥私は明日、アリオーシュと決着をつけます。彼が私を呼んでいるのです」
アンドーラはアルバから視線をリースフィアに移す。
「もし叶うならお教え下さい。私が持つ、貴女と同じ宿命とはなんですか?」
幾人かの冒険者が視線を向ける。それにアンドーラは答えた。
『デビル‥‥いいえ彼、バルバドスに運命を左右される宿命です』
アンドーラは冒険者達に昔話を語った。
かつて古い都があった時、都の巫女だったアンドーラはアリオーシュと出会った事。デビルと知らず愛し、デビルと知っても彼を愛したこと。
『彼は人を愛していました。それは勿論歪んだ形ではあったけれど。だからもしかしたら私の愛が通じるのではないかと思ったのです』
でもそれは夢だったと彼女は寂しく笑う。結果都は滅び、多くの犠牲を出してアリオーシュは封印され、アンドーラは未来へ希望を届ける為にここに残った。
『ですから私が言える事はありません。ただ、貴女なら私に出来なかった事で彼に救いを与えられるかもしれません。だから‥‥どうか』
頭を下げた仕草のゴーストにリースフィアは真っ直ぐな心と青い瞳を向けて答える。
「彼が何を考えていようと必ず打ち砕きましょう。貴女の苦しみに終わりを。それだけはお約束します」
『ありがとう』
彼女がそう告げた頃、戦いも終わりを告げた。腰を着くヘンルーダと槍を突きつけるパーシ。
「どうだ? 俺の勝ちだ。アルバ」
『ああ、強くなったな。パーシ』
笑いあう二人。会話はもう終ったと言うように互いに背を向ける。
立ち上がったヘンルーダはリルに槍を返すと蒼汰の側まで行って‥‥がくん、崩れ落ちるように倒れた。
「ヘンルーダ! ‥‥アルバ殿」
蒼汰は意識のないヘンルーダを支えながら目の前に立つ影に告げる。
「俺は七神蒼汰と言います。ジャパン人ですが、今はこの国の騎士です。色々あってヘンルーダと知り合いました」
軽い気持ちで装備を渡したあの日からの事を思い返す。
そして今、腕の中の妻を強く抱きしめて誓うように思いを伝える。
「今は‥‥彼女を心から大切に思っています。貴方から見ればまだまだ頼り無い青二才でしょう。でも、彼女は俺が絶対に守ると誓います‥‥貴方の分まで。許して‥‥戴けますか?」
『妹を、頼みます』
声は確かにそう届き、蒼汰は胸に手を当てて答えた
「はい。ありがとうございます‥‥義兄上」
と。
「アルバ。アンドーラ。この槍、えらく役に立った。で、どうしたらいいんだ? 俺が持っていてもいいのか?」
「僕もこの聖書まだお預かりしても良いでしょうか?」
リルは戻ってきた槍を見て、アルテスは胸に抱いた黄金の聖書を差し出し番人たちに問い、彼らは勿論と、答えた。
『それは、もうお前達のものだ』『返却は無用です。希望は貴方達に託されたのですから』
「ありがとうございます」
アルテスはそう告げると神にするように静かに膝を折った。
「僕はこの本を受け取って…本当に良かったと思います。後悔は何一つありませんでした。仲間との助け合い無しでは絶対に扱うことのできない物。これを使うとき、皆さんがどれだけ頼もしい存在に感じれることか‥‥そして思うんです。僕も頑張らないと、って。だから誓います。僕はこの本を預かり、伝えるに相応しい人間になると‥‥」
リルも微笑み、じゃあもう少し預かっておく。と答えた。
「いつか戦う必要がなくなった時にもう一度封印しにくるぜ。それまで、元気でいてくれよ」
冒険者達の言葉に、二人のゴーストは冒険者と共に楽しげに笑ったのだった。
帰り際、アルバは相棒で少年であった者に小さく囁く。
『お前はもう‥‥一人じゃないな』
彼は振り返らずああ、と答えた。
彼の腕の中には娘と伴侶がいる。
「一人じゃないから、きっとできる。お前との約束を果たせる騎士に俺がなってみせる」
『そうか‥‥。頼んだぞ』
歩き去る冒険者を見送って後、アルバは騎士の礼でアンドーラに手を差し伸べた。
『師から弟子へ、父から娘へ、絆と意志は受け継がれている。それこそが、人の強さだ』
冒険者の言葉を胸に彼女は小さく微笑んでその手をとる。
『もう、心配は何もありませんね』
『ああ、思い残す事は何も無い』
そして二人は旅立ち遺跡は眠りについた。永遠に‥‥。
○黒き天使
ゴールドヒルの夕暮れ。黄金に輝く光の中『彼』が待っていた。
「アリオーシュ」
リースフィアがその名を呼ぶと、今まで幾度と無く戦った時と同じ笑みで彼は微笑む。
冒険者が拍子抜けする程、周囲は静かで、彼と数十匹のデビル。一人の人間とグリマルキンがいるのみだった。
万が一を思ってシャルグはヴィアンカ達の護衛としてぺリノアに残り、冒険者全員が身構えているがアリオーシュが見ているのはリースフィアだけであると解っているから、先に進む彼女を止める事はない。
デビル達も彼女の歩を止める事はしなかった。
『待っていたぞ。光の娘よ』
アリオーシュは笑顔で呼びかける。
「貴方らしくない退場だと心配していました。戻ってきてくれて何よりです」
『ああ‥‥確かに恥ずべき失態であった。閣下に遊ばれてしまったようだ』
「裏切りを司る貴方が裏切られた気分はいかがですかぁ〜? リア・ファルではクロウ・クルワッハを完全に制御出来なかったのかもしれないですねぇ、初めから貴方を取り込ませるつもりだったのかもしれないですよぉ」
挑発するようなエリンティアの言葉にアリオーシュは乾いた笑いのみで答えた。
「おや〜」
エリンティアは肩を竦めた。あの自嘲の笑みはそれをよく解っていると告げていた。
「力に溺れ自分を見失ったのは己の過ち。我は地獄に戻り力を蓄えいつか閣下に復讐する。だから、冒険者よ。決着をつけよう。お前がここで勝てば我は少なくともお前達の命ある間は戻る事はない。お前が負ければ‥‥その魂は永遠に私のものだ」
長い戦斧を手のごとく操り、彼はリースフィアに刃を突きつけた。
リースフィアの眼前に突きつけられた刃におののく事無く彼女は剣を抜く。
「受けましょう。全てをかけて貴方を倒します!」
戦いが始まると同時、かつて人であった少年は指を鳴らした。
その命令に答え冒険者と『彼ら』の間を阻むようにデビル達が壁を作る。
「何のつもりだ? フレドリック」
「知れたこと。あの方の思いの邪魔はさせません」
自らも刃を抜き冒険者に切りかかる彼にフレイアは、
「バカだね‥‥」
哀れむように呟き叫んだ。
「誰が邪魔させるもんか! 命と魂を賭けた戦いを、誰にも邪魔させない!!」
と。
仲間達の思いを背にリースフィアは己の全てを賭けた戦いに望んでいた。
刃を合わせ解ったことがある。
(「彼は力を失っている。全盛時の多分半分以下‥‥」)
転移もせず、魔法も使わず武器のみで戦うのはそれが理由であろうとよく解った。
だが手加減などするつもりは一切無い。
彼の武器の扱いは決して侮れるものではないしここで逃して時を与えたら二度と倒せないかもしれない。
彼女の武器にはアンドリーのスライシングがかけられている。クリステルのグッドラックやリカバーも彼女を守る。そして何より背中を守ってくれる友の思いを裏切る事はできないと彼女は知っていた。
既に互いの武器は幾度と無く相手をかする。
フェイントと確実な攻撃を取り混ぜた戦闘、だが加護がある分、ダメージは確実に相手に蓄積している。
『そろそろ終わりにしよう』
リースフィアの攻撃を避けてアリオーシュは後ろに跳んだ。彼女は小さく呟く。
「‥‥来る」
追い詰められた相手は最後の攻撃に来る。必殺の攻撃に。
『逃がしはしない。光の娘。これで、最後だ‥‥』
加速と、魔力。
全てを乗せた斧の一撃をリースフィアは盾と自分の左腕を捨ててガードし、逆に全てを乗せてカウンターアタックをかけた。
『う‥‥うああ!!』
胸から腕までを刃が抜ける。落ちた戦斧。そして崩れる身体‥‥。
彼女は最後の戦いに勝利したのであった。
「くらえ夢想七神流奥義、『空刃』!」
「雑魚は黙っているがいい」
冒険者達の攻撃にデビルの多くは瞬く間に消えうせた。
「ラウアール!」
『フレドリック!』
かろうじて残っていたグリマルキンもシルヴィアやフレイアの攻撃で既に虫の息。
そしてフレドリックも既に腕と武器を落とされ、戦える状況ではなかった。
「エリンティア殿。下手な横槍は止めよ」
満の言葉にスクロールを広げかけたエリンティアは首を横に振る。もう勝負は終っていると指差して。
「あっちも終ったな。遅くなって済まなかった。随分手を汚させてしまった。もう終わりにしよう。それともまだ続けていたいか?」
「いや、もういい。僕はあの方と行く。どこまでも」
「そうか‥‥じゃあ、さよならだ」
「救って差し上げられずごめんなさい」
セレナとリルの刃がフレドリックと、グリマルキンの命を消し去る。
消えていく二人を見つめながら、一足先に彼らは主の下に行ったのかもしれないと冒険者はそんな事を考えていた。
そしてアリオーシュも地上での生命活動を消そうとしていた。
「いずれ私の仲間がアスタロトも倒すでしょう。何か伝言はありますか、と言っていましたが」
リースフィアの言葉にアリオーシュは首を横に振りかけていや、と笑った。
『地獄でお待ちしていると伝えてくれ』
そういう彼の身体も力ももはや消えかけている。本当にもう地上に戻ってくる事は無いのかもしれない。
『裏切りも復讐も、人の思いあってこそ。私は人の心を司るデビル。私は人の輝きを愛していた‥‥』
力に溺れ一時自分を見失った。それを恥じるように彼は笑う。だからこそ戻ってきたのだ。
同じ消えうせるなら人の‥‥愛する者の手でと‥‥。あの青い瞳に見つめられて消えるなら悪くは無い。
『さらばだ。人よ。永遠の光よ。せいぜい我のいない世界で幸せに生きるがいい』
塵となってアリオーシュは消えた。首の痣は消えている。
「さようなら、黒の天使。貴方がいたから私はここまで強くなったのでしょうね」
彼女は空を見上げる。
もう星が空に輝いていた。
○祝福の夜
アリオーシュ討伐から戻った翌日。
ぺリノア城は冒険者が密かに用意した客と料理と飾りに彩られた宴会の会場となっていた。
来賓はアゼラにヴェル、タウ老人とジュディス。ウィルトシャーの各領地の領主や名代達。
そしてその主役は二組の夫婦。
「お前達‥‥」
驚くパーシは満に着替えさせられた装いで、美しく装った薔薇の如き妻に瞬きさせられることなる。
「これくらいさせておくれ。幸せにな。皆からの祝福だよ」
冒険者達の手作りの結婚式。司祭はクリステル。
「どうかお幸せに‥‥」
「おめでとう。お父さん‥‥シルヴィアお母さん」
リングを渡すヴィアンカをシルヴィアは強く抱きしめた。
もう一組の夫婦は蒼汰とヘンルーダ。
ロイヤルホワイトを纏ったヘンルーダはため息が出るほど美しく、蒼汰をドキリとさせた。
そして彼女はコマドリのペンダントを彼に渡す。それは二人だけの約束であった。
「いつまでも‥‥共に」「はい」
「ヘンルーダ‥‥絶対幸せにするから」「信じてる。蒼汰‥‥」
互いの指に誓いの指輪を嵌めてキスをする二組の夫婦には溢れる祝福と喝采が送られていた。
そしてパーティはいくつもの喜びを運ぶ。
「新しい領主様をよろしくおねがいしますねぇ〜」
タウ老人は再会したフレイアやエリンティアに、ぺリノア領との友好を約束し、またセイラムに遊びに来るように、と誘った。
「近いうちに行きます〜。伝承をまとめようと思うんですぅ〜」
エリンティアはそういうと、アゼラに手を差し伸べ
「一緒にいきませんかぁ〜」
と誘った。彼女の返事は静かな‥‥
「はい」
今はまだパーシ達のような結果が出る関係ではないが、いつかそんな約束ができる日が来るかもしれない。
セレナはジュディス達に父と領地を告ぐことを報告していた。
「アリオーシュとの戦いで思い知らされました。冒険者が動く時は、既に誰かが傷ついた後なのだと」
それは彼女の誓いでもある。
「守りたい者、手の届く者だけを守ろうとしても、その人の心まで守る事はできませんわ。
手が届かず守れなかった者の傷ついた心に闇が囁き、大切な誰かを傷つける事もあります。でも皆が幸せになれれば、誰も傷つける必要などなくなるはずです。勿論わたくし一人でできる事ではありません。
多くの‥‥本当に多くの人々の協力が必要です。でも不可能な事だとは思いません。だって、誰もが幸せになることを望んでいるのですから」
噛み締めるように言うと彼女は微笑んだ。
「皆で助け合い、力を合わせ、誰も傷ついた人を見捨てない‥‥そんな社会を実現する為に、わたくしは騎士を継ぎ、領主を目指す事を誓いますわ」
人々の拍手がセレナを祝福する。ジュディスが手を差し伸べた。
「その時はどうか、友好を。お願いします」
「勿論ですわ」
シャルグと共にセレナは満面の笑みで答えた。
そしてティズは銀の少年の前に立つ。彼女の願いは一つ。
「私、パーシ様の様な皆を守る人を守りたいって思ったの。だって、そういう人ことそ、本当は守ってあげなきゃいけないと思うんだ」
「ティズさん‥‥」
ヌアザを助けられなかった時に気付いた。彼女が守りたいのは全ての人ではなくたった一人の誰か。
「だから私、決めたの、ヴェルを守るって。だから、ここでメイドとし働かせて。できれば一生」
それが少年への逆プロポーズだと解っているから彼女は頬を赤らめて逸らす。
だが、ふと手に感じたぬくもりに彼女は目を見開く。
指にはぴったりの指輪が‥‥。
「ダメですよ。僕に言わせてくれなくては‥‥ティズさん。好きです。僕だけのメイドでいてくれませんか?」
「ヴェル!」
飛びついた少女のタックルは強烈で。でもヴェルはそれをしっかりと抱きしめた。
今は、まだ婚約者だけれど、近い将来シャフツベリーに戦いに、料理に万能の領主夫人が誕生するかもしれない。
そんな明るい笑顔の中、冒険者達はパーティの主役が一組、そっと会場を抜けたのに気付いていた。
でも、それを追うことはしなかった。
深夜。
「エリシュナ。いつか困ったことがあったらいつでも言ってこい。俺はいつでもキャメロットの酒場にいる」
そう約束してエイムズベリーを出たリルは、小さな影に気付いた。
「ヴィアンカ」
「リル。キットはどこに行ったの?」
沈黙するリルにヴィアンカは
「やっぱり答えなくていい」
そう言って唇をかんだ。
「私、冒険者になる。そして見つけ出すの。だって約束したもの。キットの心は私のものだって」
「パーシとシルヴィアのこと、いいのか?」
気遣うように問うリルに、ヴィアンカは小さく頷く。
「お父さんはお父さんだし、私もお父さんより大事な人ができたから‥‥だから、だから‥‥」
目元に溜まった小さな光、それに気付いてリルは少女に手を伸ばす。
「うわあーーん!」
泣きじゃくる少女の涙が止まるまでリルはずっと小さな肩を抱きしめていた。
「世話をかけたな」
寝入った少女を抱き上げたリルは、ずっと見ていたであろう父と新たな母に少女を渡す。
ただ、いつものように笑いかけるのみだ。
「リル」
「ん?」
「感謝する。いつかまた共に旅をしよう。‥‥冒険者よ」
パーシはそれだけ告げると妻と、娘を伴い去っていく。
リルは一人残り、黙ってその背中を見送っていた。
「パーシ様」
二人はキャメロットの門に立っていた。
荷物は僅か。だが
『いつかまた、逢いましょう‥‥? その時には僕も立派な男になっていたいですね』
『道行に幸有るように‥‥戻ってきたら正式な式を見せておくれよ』
『この国と新たな夫婦の門出に、祝福あれ』
『シルヴィアさんをお願いします。二人ともどうかお気を付けて。人手が必要になりましたらいつでも声をかけて下さいね。どこへでも飛んでいきますから』
たくさんの思いが彼らの側にある。
「シルヴィア。これを」
パーシはシルヴィアを呼び寄せると小さなペンダントを首にかけた。
「これは?」
「俺達の家の鍵だ。ヴィアンカとお前に一本ずつ預ける」
「パーシ様の分は?」
「俺のは必要ない。お前が側にいるのだからな」
頬を赤らめるシルヴィアの唇を奪ってのち、彼は愛馬に飛び乗った。
「行くぞ。シルヴィア」
「は、はい!」
二人は旅立つ。遠い未来に向かって。
○冒険者のいる街
そしてリルは一人、キャメロットの酒場の扉を開いた。
いつもの酒を頼み、いつもの席にどっかりと座る。
たくさんの出会いがあって、別れがあった。
いなくなった仲間も多い。旅立った者も。
だがそれでも自分はここにいる。
エリシュナとも約束した。いつでもここにいると。
自分は『冒険者』だから。
カタン。
「いらっしゃい!」
軽い音がして扉が開いた。
「冒険者の酒場にようこそ。おしゃべりしたいなら何か注文してからにしておくれ」
見れば若い客が入ってきたところ。
周囲を見回す様子は場慣れしていないと簡単に見て取れた。
エリーゼに押し付けられた飲み物を手に持ちながら、何かを探すようなその子を見てリルはにやりと笑うと立ち上がって声をかける。
「よう、見掛けない顔だな。依頼ならギルドへ連れていってやるぞ。話し相手が欲しいなら、まぁ座って飲んでいきな。
俺の名はリル。冒険者だ」
キャメロットは今日も、明日も変わる事無く人の営みを続いていく。
そこに生きる者がある限り。
永遠に‥‥。