紺碧の蒼、天上の青
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月16日〜11月21日
リプレイ公開日:2004年11月24日
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●オープニング
ステンドグラスの歴史は古代から始まっている。
高価で、美しき色ガラスはある意味宝石よりも美しく、人の心を捉えてきた。
中世、大聖堂、修道院などはこぞって建物にステンドグラスを付ける事を望んだと言う。
聖書の一説が現れたようなステンドグラスが教会の薄暗がりの中に輝くとき、その神秘の光は神の光に見えたという。
古い、工房の炎の前で一人呟く青年がいる。
「‥ダメだ‥。やっぱり青が見たい。本当の‥蒼が‥」
「護衛依頼?」
冒険者達の問いかけに係員はああ、と頷いた。
「海が見たい、って若者がいてな。そいつを一番近くの海まで連れて行って戻ってくる依頼だ」
「キャメロットから一番近い海ってテムズの河口だろ。4〜50kmはあるがそう遠くは無い。冒険者を雇うほどじゃないだろうに。しかも、‥報酬がずいぶんいいな」
「尤もな言い分だが、事情があるんだ‥おい!」
続けた係員の言葉にハイ、そう返事をして一人の若者と、一人の男性が入ってきた。
「エリックと申します。どうぞ‥よろしく‥」
頭を下げ、手を差し伸べた若者の手を取りながら冒険者達は感じた。不思議な違和感を。
淀みないが不思議なイントネーションの言葉、自分達を見つめる空の蒼の瞳。何かが‥違う?
その時‥
ガタン!
誰かが言い争いでもしたのだろうか、乱暴に立った足が椅子を蹴り倒した。音に誰もが顔を顰め、顔を向ける。
だが、エリックの表情はまったく動かず、冒険者達を見つめていた。
「失礼かもしれないが‥もしかしたら耳が?」
「はい、まったく聞こえません。でも、正面から話して下されば何を言っておられるのかは解ります」
「こいつの耳は生まれ付いてのものだ。誰にも治せないと言われた。だが耳が聞こえない分、こいつには天分の才能があってな。まあこれを見てくれ」
そう言って彼を守るように背後に立っていた男性は背負っていたバックパックから厳重に包まれた一枚の板を取り出した。包装をそっと解くと‥そこには
「うわ〜、綺麗」
眩しいまでの色彩が溢れていた。
祈りを捧げる『聖なる母』セーラ。周囲に咲く花。鳥。テーブルよりも小さな空間に物語が紡がれている。
「これは‥ステンドグラスってやつですか? 滅多にお目にかかれるものじゃないのに」
「ああ、こいつの作だ。俺のステンドグラス工房の弟子の一人だが、正直そのセンスと技術は俺をとうに超している。エリックのおかげで俺たちの工房は今度建設される教会の大聖堂のステンドグラスを任されることになったんだ、だが‥こいつがな」
髪をくしゃくしゃ、弟子を困ったように師匠は見つめた。それに気付いたのだろう。エリックは自分の口で依頼を紡ぐ。
「僕、どうしても本当の青が見たいんです。海の青、空の青。だから‥僕を海まで連れて行ってください」
「俺達は今、どうしても投げられない仕事を持っている。それにこいつのことも心配だ。一人で停車場から出すのも心配でな。それでギルドに依頼に来たってわけだ」
「なるほど‥な」
これで依頼のかなりなところは納得できる。
「俺たちの今抱えている仕事が終われば、その大聖堂に出発する。その時にはこいつが不可欠だからな。手間だろうが必ず連れ帰ってくれよ」
「よろしくお願いします」
「ああ、解った」
冒険者達は頷いた。
ふと、またギルドの扉が開く。さっきのステンドグラス職人だ。
「どうした、何か忘れ物かい?」
「いや、エリックが側にいるときは言えなかったんだがな。あいつは感がいいから‥」
「?」
深刻そうな男の言葉に冒険者達は耳を欹てた。
「ひょっとしたら、だが、あいつを狙ってくるやつらがいるかもしれん。この街一番のステンドグラス工房が今回の大聖堂の工事を俺たちの工房に取られて恨んでるって話もあってな、何回か危ない目にあったことがあるんだ。まあ、出てくるとしてもゴロツキ程度だろうが、事故にみせかけて、なんてことが無いとは言えない。気をつけてくれよ」
そのための高報酬だ、と彼は言った。
「止めさせる、って腹はないんだな?」
確認の意味で冒険者は聞くが、彼はああ、と頷く。
「真の才能って奴に求められたら、凡才にできることはそれを叶える事と、その才能を見届けることだけだからな」
瞳にどこか寂しげな光を湛え、彼は笑った。
「くれぐれも、あいつを頼むぜ」
二度目に扉を開けて振り向いた彼に、冒険者達はもう一度、頷いた。
●リプレイ本文
(「綺麗な目‥、芸術家だからかしら?」)
彼の目は蒼く透き通るサファイアのよう。アルテリア・リシア(ea0665)が見つめる視線に気付いたのか。
冒険者達の前に立つと彼、エリックは頭を下げた。
「どうぞ、よろしくお願いします」
少し、声がくぐもる他は普通の青年とまったく変わりは無い。冒険者達の間にも笑顔が生まれた。
「えっと、僕はクリフ・バーンスレイ(ea0418)といいます。短い間ですけどよろしくお願いしますね」
特別扱いはしないほうがいい。クリフは自然に笑いかけた。
「私はリース・マナトゥース(ea1390)です。荷物はどうぞこちらに」
「あと、先行している御蔵忠司(ea0904)さんの驢馬もありますから重たいものはお預かりしますよ」
「俺の馬もある。今回は別に急ぐ依頼ってわけじゃあないから、ゆっくり歩いていかないか?」
リースとクリフの引く馬と驢馬の後ろからウォル・レヴィン(ea3827)も馬を引いて現れた。
ラッキー! とアルテリアが持ってきたのは一抱えもあろう‥着ぐるみ?
「ウォルさん、このまるごとメリーさん、持ってもらえるかしら。ちょーっとばっかり荷物になるから」
ちょっと? 笑いながらウォルは荷物を馬に積む。だが人が馬に乗れるくらいのスペースは確保しておく。
ギルドで確認した肯定を考えながら銀零雨(ea0579)も驢馬を引く。
「この近辺で海を見るのなら、やはりテムズの河口を目指すのがいいでしょうね」
約50km、ゆっくり歩いても二日もあれば着く筈だ。
「クリオさんは出発には遅れるが、追いつくって 」
ウォルはクリオ・スパリュダース(ea5678)の伝言を伝えると前を見た。長閑な秋の日差しが眩しい。
「んじゃ行こっか、しゅっぱつ、しんこー!」
明るく跳ねるチェルシー・カイウェル(ea3590)の声は、エリックには届かない。でも、動きや仕草は見える。
頷くエリックの手を、リースは取って促した。小さな旅行が始まる。
空気は晩秋の空気を漂わせる。
「うん、暫くいいお天気が続くわね。良かった。心配だったのよ。雨の中歩くなんて最悪だし」
「秋の風情‥という奴ですか。空気が綺麗ですね」
エリックの右と横を歩いていたアルテリアとリースは微笑みあった。
驚くほどゆったりとした時間と空気‥。もちろん警戒は怠らないが‥。
「ほ〜ら、エリックさん。こっち見て。お花、お花」
チェルシーはエリックの手を引いて街道横の小さな花を指差す。
「本当ですね。とても可愛い」
「このお花はねえ‥」
心配に少し顔を顰める零雨やクリオだが、その点はチェルシーもちゃんと考えている。
街道を歩く人々から離したりの意味もあるのだ。
「まあ、こうやって、普段の戦いなんかを忘れてのんびりと旅をするというのもいいものですね。近頃物騒な依頼が多かったですし‥あ、御蔵さんお帰りなさい」
クリフは驢馬の頭を撫でながら微笑んだ。歩く先から飛んでくるフライングブルームを一向は足を止めて出迎えた。
主の帰還。驢馬はヒヒンと嬉しそうな声をあげる。
「どうやら大きな罠は無いようです。先に小さな村がありますから今夜はそこで宿を取りましょう。その先は野宿になるかもしれませんけどね」
「休憩に良さそうな場所は無い?」
「少し言った川辺に小さな場所が‥」
「OK、エリックさん、この先で休憩しようよ」
完璧な忠司の事前調査図に頷いたあと、ウォルは軽く足を早めた。前に回りこみ、視線を合わせてくれたウォルの言葉。エリックは意図を理解してはい、と頷いた。
川の水で驢馬や馬の身体を洗い、川辺に足を投げ出して休憩をする。
風の音、水のせせらぎ、そして‥小鳥の鳴き声。
だが、彼にはそれが聞こえない。
驢馬を休ませた零雨は田園の風景を見つめるエリックを軽く見やると、トントン、肩を叩く。
「ちょっと新しい技の練習中なもので‥見てくれませんか?」
首を傾げる彼の前で荷物を置いた零雨は軽く地面を蹴って、宙返りを見せた。
側転、バク転、宙返り‥基本的な軽業だがそのコンボに零雨の工夫がある。
最後の技を決め、ポーズを決めるとエリックから、そして仲間達からの拍手が聞こえる。
「少しでも気分転換になればいいのですが‥」
頭を掻いた零雨の顔はかすかに照れていたのかもしれない。
彼の動きは止まった。言葉も無く、ただ立ち尽くす。
潮の香りに誘われ浜辺を見下ろす浜に彼らが立ったのは三日目のまだ早い時間。
望んでいた物との対面は、衝撃的だったのかもしれない。
冴えた風と太陽が空の青を惹きたてる。
無限に広がる水の絨毯。
表現するのに百の言葉、千の文字を使っても足りない。ただ、一度見れば全て理解できる。
それが‥海。
「この光景‥見せてあげたかった。妹に‥」
美しい秋のアクアマリン色の空が、一本の線を境にサファイアの蒼へと変わる。クリフは目元を擦う。
天と海の色が交じり合う。深い、深い‥蒼。
瞬きするのさえも惜しい、それは天からの、海からの贈り物だった。
「これが‥海。これが‥蒼‥」
いつの間にか海をバックにアルテリアは踊る。チェルシーは竪琴を奏でて‥。
心が紡ぎだす、あふれ出す何かを留めることは出来ない。
そして、エリックはその蒼い瞳に焼き付ける。
「芸術ならわかるけど、芸術家はわからないな‥だが‥」
クリオは海を見つめ、同じ目で芸術家達を見つめた。
自分と人は同じではない。仲間‥考え方も、物の見方さえも‥でも‥。
「海の美しさ‥それは変わりませんね。誰の目から見ても‥」
呟いたリースの言葉はエリックには届いてはいない。
しかしエリックが、頬を撫でる風の手、香りと言う言葉で伝える海の息吹。
そして、何よりもその瞳で海を、本当の蒼を感じた事を冒険者達は知ることができた。
彼の瞳という至高の蒼で‥。
「大丈夫ですか?」
燃える焚き火を見つめるウォルに忠司は声をかけた。海から戻ってもう二日目の夜だ。
「もう、明日にはキャメロット。このまま無事に終われば‥!」
シュン! 願いを遮る風の音が空気を切り裂いた。
一本の矢がエリックの休むテントに突き刺さる。
「誰だ!」
森を走る物音にウォルと忠司は後を追った。エリックの枕元に刺さった矢を零雨は抜き取って外に出た。
女テントの五人も現れた頃、森に走った人影は二つから三つとなって戻って来た。犯人を捕まえて‥。
「お前は‥」
クリオは小さく声を上げる。彼女は冒険の前にライバルの工房と言われた所に釘を刺しに行ったのだ。
『エリックは冒険者が護衛する。今までのような手合ならエリックに近付く前に命はないだろう‥』と。
その時に工房ですれ違った‥職人?
「素人だよ。こいつ。矢だって命を奪うほどの腕は無いな」
「忠告はした。言え‥何故狙った」
表情を変えないクリオの尋問に、その男は居直るように声を荒げた。
「俺たちは技術を身に付けるために何十年もの間働いてきた。いつか‥未来に残る仕事を行う事を夢見てやっと機会が訪れたのに‥あんな若造に‥」
ため息をついて日本刀を抜く。耳でも切り落としてくれるか‥そう思ったクリオは刀を落とした。目の前に現れた影‥。
「僕の‥せいなんですか? 僕の仕事が‥誰かを傷つける?」
「エリックさん! いつの間に?」
あちゃ、チェルシーは頭を抱えた。できるなら知らせたくは無かったのだ。繊細であるが故にきっとコレを知ったら‥。
「僕は、美しいものを作りたかっただけなのに‥。ひょっとしたら‥師匠や他の人も‥」
エリックは膝をつき、目を閉じた‥。
もう誰の言葉も彼には届かない。
(「やっぱり自分に閉じこもっちゃうか‥」)
「あんたさ、誰の為に今までやってきたんだよ。誰のためでもない‥自分のためだろ?」
「自分たちの腕を磨く方が非常に有意義だと、あたしは思うんだけどねー‥ああ情けない」
ウォルとアルテリアは容赦ない言葉で職人を蹴りつけると横目でエリックを見た。
彼に‥どう伝えたら。その時、一人が動いた。
ふわっ。
「えっ?」
肩にかけられたぬくもり。毛布にエリックは顔を上げて見る。優しいリースの微笑み。
「私は今の生活を私の本当の家族と引き替えに得ました。人は何かを得る時何かを失うのかもしれません。ですが‥貴方は間に合う。貴方はステンドグラスと言う天啓を得た。そして、まだ何も失っていない。失わずにできるんですよ。だから‥逃げないで。何も‥大切な人を守れるようになるために自分にできること、頑張れる事がきっとあります」
「僕は『守れる人』になりたい。できることをします。だから‥一緒に行きましょう」
チェルシーは竪琴を奏でていた。彼に聞こえないのは承知の上だ。だが‥伝えたかったのだ。自分の『言葉』で思いを‥。
「‥‥俺は‥子供に誇れる何かを‥残してやりたかったんだ‥」
恥じ入るように男は泣きながら地面に頭をすりつけた。
自分を取り巻く暖かい眼差し、空気‥そして思い。
エリックは‥立ち上がった。男に手を差し伸べた彼は、目を開き、冒険者達を見つめる。
「ごめんなさい‥そして‥ありがとう」
冒険者達は無事、エリックを工房に送り届けた。
「‥エリックさん、ステンドグラスを作られたら、妹と一緒に見に行ってもいいですか?」
「大聖堂‥ソールズベリの大聖堂かな? いつか見に行きますよ」
「俺、ソールズベリでもちょっと仕事してるから、向こうで会うかもな」
笑顔でエリックを包み込む冒険者達に、彼はハイ、と明るく笑った。
「真の蒼と青を求めし白き人に、精霊たちの幸いあれ‥」
突然に頬に触れた感触にエリックの顔が赤くなる。アルテリアの祝福はウブな職人にはちょっと刺激も強かったようだ。
そんな彼らを一歩離れ見つめながら、チェルシーは竪琴を爪弾いた。
「いつか‥あんな人にさえも心に響く歌を歌いたい‥いつかね‥」
エリックを狙った犯人は彼の望みで放免された。彼は何か‥思うところがあるようだ。
その優しさがクリオは心配でもあったが‥リースは大丈夫、と微笑んだ。
「彼は、強い。きっと『守る者』になれますよ」
忠司は彼の優しさの奥の強さを確信したように思った。
「ありがとうございました」
瞳を輝かせて彼は笑う。
彼の蒼い瞳は美しい。海よりも、空よりも‥ずっと蒼い幸せの色だと。
いつまでも手を振り冒険者を見送る青年を見て、そう誰かは‥思ったのだった。
それから遥か後、冒険者達は聞くことになる。
ケンブリッジのステンドグラス工房全てが、その名誉やプライドさえも全て捨てて協力しあった最高傑作がイギリスでもっとも美しいと謳われる教会に飾られることになったと。
それを指揮したのは一人の青年であった。
大聖堂の一角に青年が自ら手がけた「蒼の窓」と呼ばれる小さな窓がある。
幼子を守る聖母と空と、海と花。
人はそれを見たとき思う。長き時を超えても人の心が持つもの、願うものは何も変わらないと‥。