【錬金術師】愚者の黄金

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月05日

リプレイ公開日:2004年12月07日

●オープニング

 その日、冒険者の酒場にやってきたのは老年と、中年の丁度中間に位置しそうな男だった。
 小柄でずんぐりとした体格は、ドワーフだろうか‥。
 髪の毛はくしゃくしゃ、服はボロボロ。
 だが、印象的なのはその目。ギラギラと、何かを求めるように光っている。
「おい‥そこの冒険者よ」
「ん? 俺のことか?」
 男は酒場に入る近場に席をとると一人の若い冒険者を手招きをした。
 仕事も終わって纏まった金が財布にある。少し酒も入って気分がいい。
 うさんくさいとは思ったのだが、興味もあって、彼は男のテーブルへ移動した。
「なんだい? 爺さん?」
「そなた、名を上げたくは無いか?」
「は?」
 突然の問いかけに男は疑問符を頭に浮かべる。男は軽くため息をついてもう一度若者に聞く。
「金持ちになり、名を世界に轟かせたくは無いか、と聞いておる」
 少し首を傾げた後、若者はそりゃあ、と頷いた。
「冒険者なんて大なり小なりそんなもんだろう。自分の名を知らしめる為に冒険して、いつか英雄にってさ」
 自分も例外ではない、早く名を上げ、いつも自分の旅立ちを心配して待つ恋人と‥
 素直に認めた若者に満足げに頷くと、男はもう一度、若者を手で招いた。
「ワシが、そなたを大金持ちにしてやろう」
 囁かれた言葉に男はハハハハハ‥声を上げて笑う。大爆笑だ。
「爺さん、アンタが、俺を? 俺よりもどう見たって金に縁が無さそうなアンタがさ‥。ああ、酒代が無いのなら俺が奢ってやるよ。だから‥タカリならもっと別な文句を考えなって」
 腹を抱え笑い続ける若者に、男は懐から何かを出すと無造作に放った。
「わっ! 何しやがるんだよ‥大体何だ‥コレ‥って、オイ!」
「フン、やっと気付きおったか」
 若者は石を両手に持ったまま震えている。手のひらに収まるほどの小さな石。
 だが、それは紛れも無く‥
「‥き‥金じゃねえかよ。これ‥」
 ごくり、唾を飲み込まずにはいられなかった。これだけあれば何ヶ月かは遊んで暮らせそうだ。
「ワシは錬金術師。長年の研究の末、遂に金を生み出すことに成功したのじゃ。ワシの研究が認められば、そして大掛かりに、大量生産できれば金などいくらでも作れる」
「ほ、ホントかよ。爺さん」
「おぬしにだけ、特別に見せてやろう。ついて来るがよい」
 頷いた若者は、石を男に返すと約束どおり彼の分と自分の分、二人分の勘定を払って酒場を出たのだった。

「錬金術とは自然界全てに存在する物から究極の完全素材、黄金を生み出す業で、精霊の力を技と大いなる力によって分離し、結晶させて得るものが賢者の石と呼ばれておる。ワシは‥その合成に成功したのじゃよ‥」
「で、どうすんだ? 見せてくれよ」
 まあ、急くな。そう言うと男は雑多に散らかった奥から鍋を取り出した。どこにでもあるありふれた鍋だ。
「そんな鍋でできるのかよ? 料理を作るのとわけが違うんだぜ」
 鍋に水を入れて火にかけた男に若者は鼻を鳴らした。だが男は平気な顔で火を強めると、懐から出した布袋の中身を一つ、水の中に落としたのだった。不思議な、紅い物体‥
 手を伸ばしかけた若者の手を、男はバシン、と叩いた。
「これこそがワシの長年の研究の結晶。『賢者の石』じゃ。これを生み出すまでは時間がかかるが手にしてしまえばあとは黄金を作るのも料理を作るのも大差は無いのじゃ。見よ‥」
 鍋の中の水は紅く染まっている。話をしているうちに水は煮えたぎり‥やがて紅の下にキラリ光る、不思議な輝きが。
「ま、まさか‥」
 若者の目の前で、水は蒸発し消えていく。そして鍋の底に残ったものは‥
「本当に、金だ‥すげえ‥」
 男はにやり笑った。そして‥耳に囁く。
「ワシに手を貸すのじゃ。さすればそなたはこの世の全てを得るであろう。剣も鎧も、馬も女も思うまま。いや、お主自身が王となることさえも‥」
 いくばくの時の後、帰路に着く若者を見送る男の目は、嘲りと‥悪意、そして‥怪しい喜びを湛えていた。

 最近、貴族の間で錬金術が密かに流行っている、とギルドの係員は冒険者達に切り出した。
 錬金術は一種の学問であり、マジカルシードなどでは正式な授業さえある。
 だが、今、流行しているのは科学としてのそれではない。
「賢者ヴィクトと名乗る奴がな、黄金を作ると称し金を集めているんだとさ。若くて美形な上に目の前で確かに黄金を作るとかで信者みたいなのもいるらしい」
 素朴な疑問も生まれる。
「黄金を作れるのに‥なんで金を集めるんだよ」
「何でも、黄金を作るのに必要な『賢者の石』とやらを大量に作るための設備を作るために金がいるんだと。ヴィクトとその助手のグルガンの二人組の元には日を追うごとに金が積み上げられてる。それで酒池肉林やってるらしいぜ」
「でも! 彼がそんなことできるはずが無いんです。騙されてるんです!」
 話に割り込んだ声は、悲痛な叫びにも聞こえた。冒険者が顔を横に向けると、そこには一人の娘が立っている。 
「その『賢者』ヴィクトの恋人だったんだとよ」
 この子、指し示した娘はロナと名乗り冒険者を見つめる。
「あの人は‥それこそ2週間前までは皆さんと同じ冒険者でした。夢見がちで、でも優しくて‥いつか結婚しようって‥それが、ある日、グルガンとかいうドワーフと知り合ってこの金箔を貰ったって。黄金をいくらでも作れるんだって、怪しく目を光らせて‥黄金とお金に執着するようになってしまったんです。そして‥家を出て‥賢者なんて名乗って‥人々からお金を‥」
 しょんぼりと頭を下げた少女は、人々に囲まれるようになったヴィクトにもう自分は近づけないと言った。娘の肩をそっと叩きながら係員は言う。
「そろそろ金を出した貴族の連中もな、堪忍袋を切らしかけてる。いつになったら賢者の石の大量生産とやらを始めるのかって。でも、あいつらは一向に動く様子は無い」
「彼に、黄金なんて、作れるはず無い‥。だから‥お願いです。ヴィクトに、そんなことはもう止める様に言って下さい。お金を返して、私のところに戻ってきて‥と」
 銀の指輪をロナは差し出す。これは彼からの贈り物。結婚の約束だった。と。
 指輪を握った冒険者は、ロナの顔を覗き込み、問うた。聞いておかなければならないことだ。
「もし‥彼が本当の錬金術の技を知って、本当に黄金を作るのだとしたら‥」
「‥その時は‥さようなら、と‥」
 少女の瞳には涙が光る。金よりも、銀よりも美しい光に冒険者達は立ち上がった。

 指輪と一緒にロナはヴィクトが残していったという金箔を冒険者達に預けていった。
 貴族の館で行われた『錬金術』の仕方を係員は聞いた係員は語る。
「あいつらは水、そして紅い賢者の石だけで金を作るんだって言ってたな。自然のありふれたものから金は生み出せると。持ってきた鍋に、水を入れて、火にかけ‥賢者の石を入れて、水が蒸発すると黄金の箔が残るんだとさ」
 なら、これは、その『黄金』なのかもしれない。手に取り‥触ってみる。
「ん? この金箔、‥なんか‥こびりついてるな‥これは‥蝋? この紅いのは顔料‥?」
 何か、陰謀の匂いが‥したような気がした。

 酒に酔いつぶれ眠る『賢者』を見ながら男は笑う。
 積み上げられたいくつもの金の袋。
「そろそろ‥刈り入れ時かな」 

●今回の参加者

 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea1131 シュナイアス・ハーミル(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2804 アルヴィス・スヴィバル(21歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8311 水琴亭 花音(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 宿屋の一番豪華な一室から笑い声が聞こえてくる。
 山成す金貨、銀貨の袋。
「‥さても、人は愚かな者よ‥、さて、そろそろ潮時‥」
 今朝、見慣れぬ情報屋が声をかけてきた。錬金術が偽りではという噂が立ち始めていると。
 貴族どもが騒ぎ出すといろいろやっかいだ。
「最後の一幕の準備を始めるとするか‥」

 ユニコーン通り38番。
 ある人物の棲家に人が集まってきている。
「情報を撒いてきたよ。奴が動くかはもう少し様子を見ないといけないけどね」
「さて‥吉と出るか、凶と出るか‥」
 悪戯っぽく笑ったアルヴィス・スヴィバル(ea2804)の言葉に家の主セレス・ブリッジ(ea4471)は掃除をしながら顎に手を当てた。
「穏便にすませてあげたいですからね。ロナさんのためにも」
 作業をしながらフィーナ・ウィンスレット(ea5556)は小さく息をつく。
「‥お金ってものは、必要最低限の分があれば事足りるとあたしは思うんだけどねー。欲かくと、ろくなことになりゃしないのよ、まず。でもそれを解ってない人多くて〜」
 アルテリア・リシア(ea0665)は苦笑している。
「ああ、ロナさんがいろいろ話してくれたわ」
 彼女がそう言って指を折りながら語り始めたのは依頼人から聞いた、恋人であり『賢者』と呼ばれる元冒険者とのエピソード。
 道でごろつきに襲われているのを助けてもらったとか。彼女の勤める食堂に三食同じ物を食べに来たとか。
『安物だけど、いつか金‥最高の指輪を贈るよ』
 それが告白の言葉だったとか。アルテリアは妬けつつも微笑ましく感じたものだ。
「単純で夢見るふつーの冒険者って感じ?」 
「まだ、賢者ヴィクトが騙されている被害者、とは言えぬ。人間性はまともなようだから、そうであるとは思うがな‥」
 表情を変えないゼディス・クイント・ハウル(ea1504)の言葉に小さく肩をすくめてしまう。
「ま、普通に考えればスケープゴートだろう。こんな手口に引っかかるような間抜けじゃ多少痛い目見るのも止むなしって気さえするが」
 フィーナを手伝っていたシュナイアス・ハーミル(ea1131)の言葉はかなり厳しい。
「大丈夫だろう。帰る所がまだある奴は、本当に悪人になっちまったりはしない。俺はそれを信じてるからな」
 二カッ、声に似合う豪快な笑い声と、ジェームス・モンド(ea3731)の優しい言葉に、水琴亭花音(ea8311)はそうじゃのお、と腕組みしながら頷いた。
「稼ぐだけ稼いで、事が露見しそうになるとドロン…。が詐欺師の常套手段じゃからのう。賢者殿とやらの目が覚めたのは貴族に引き渡された後、では寝覚めも悪いし何とかしてみるとしよう」
「できました! とりあえず、偽賢者の石完成です」
 声を上げたフィーナの手には紅い結晶が握られている。
「彼らの手口と同じかどうかは解りませんけど、似たことはできるはず‥」
「確か、紅い顔料入りの蝋で金箔を包んで固めたんだよな」
「ええ。後は愚者の石を‥」
 シュナイアスの問いにフィーナは答える。皆と方法を検討した結果の共通意見だ。
「では、行ってくる、皆、周囲を頼むぞ‥行こう、ジェームズさん」
「解った」
 いよいよ作戦開始。
 服装を整え、宿屋に向かう二人の周囲を彼らはしっかりと決意と一緒に固めたのだった。

「意外とあっさり付いてきたな」
 気配を消しながら花音は少し驚いた顔で二人と二人を見つめた。
 宿屋で屯していた『自称』錬金術師の二人に、錬金術師に興味がある貴族のフリをして仲間が声をかける。
 途中で逃げ出されることも警戒していたのだが、素直に二人は付いてきた。
「グルガンが背負っているのが錬金術の道具‥か。でもあの想像だと石一つでいいはずなのにな‥」
 アルヴィスの心に少し、警戒が走る。だが、作戦はもう動き出した。
「後は、中の皆を信じるか‥」
 自分の役割りを果たす。彼らは中の様子を見守ることにしたのだった。 
 
 貴族の誘いのはずなのに、連れてこられたのは冒険者街の家。中には数人の冒険者らしい人物もいて‥
「どういうことですか? お二方?」
 ローブを纏った賢者ヴィクトが自分を誘ってきた二人の貴族を問い詰めるように見つめた。
「ここは、ある錬金術師の家なのだよ。私の知人なのだが彼女の仲間がキミ達と同じ事ができる、というのでね。勝負していただこうと思ったのだ」
 家主らしい魔法使いに促され一人の錬金術師が紹介された。フィーナと名乗る美しいエルフの姿に二人の錬金術師は軽く息を呑んだ。
「始めまして。私も生業で錬金術をたしなんでおります。どうかご覧下さいね」
「解りました。‥グルガン、準備を‥」
「かしこまりました」
 袋を解いたグルガンは怪しい道具のなかから鍋、そしてビンに入った紅い結晶を取り出した。
 フィーナもまた、紅い石と鍋を用意する。
 かまどにかけられた二つの鍋に、二人はそれぞれ水を入れ、紅い石を投入する。
 やがて‥同じように二つの鍋から金箔が現れた。
「ほお、これは凄い。真の錬金術師が二人か?」
 驚いたフリを見せるシュナイアス以上に、驚愕の表情を見せていたものがいた。賢者ヴィクトだ。
「‥グルガン! これは一体?」
「落ち着け。あんなのは子供だましじゃ‥いいか‥」
 背後の助手になにやら囁かれ、ヴィクトは咳払いを一つ。そしてフィーナに向かって手を伸ばしたのだった。
「錬金術師よ。鍋と賢者の石を見せていただこう‥」
「では、貴方のも‥」
 二人は錬金術の道具を交換するように見た。先に小さな焦りを見せたのはフィーナだった。
(「これは‥この賢者の石はただの赤い顔料の塊? じゃあ、一体‥」)
 逆にヴィクトは勝ち誇ったように赤い石を掲げる。
「偽の錬金術師よ。この賢者の石はなんだ? 蝋の中に金箔が見えるではないか?」
 見るがいい、と彼は側で見守るシュナイアスやジェームズに指し示す。
 焦りを懸命に顔の奥に隠し‥フィーナはグルガンと彼の荷に目をやった。満足そうなグルガンの荷にあるいくつもの鍋、そして‥よく見知った石。
(「あ! そうなのですね!」)
「あら、見破られてしまいましたか? でも金を作れるのは本当ですよ? ほら、御覧なさい?」
 呼吸を整え、彼女は取り出した小さな石に念を込めた。灰色のジャリ石に見えたそれは、たちまち黄金色へと輝きだす。
「! そ、それは!」
 ヴィクトは慌ててグルガンを振り返る。グルガンは顔を背けた。
「これも実は偽物です。種明かししますか? できませんよね。ほら、貴方も同じ物を持っているのですから‥」
 フィーナはグルガンの荷のジャリ石を手に取った。彼女の手の中でその石も黄金に輝きだす。
「‥グルガン!」
「貴方達こそ、本当に金を作れるのでしょうか? もう一度私たちの鍋で。お願いしますわ」
 鍋! グルガンは唾を飲み込んだ。 
 助けを求めるようにグルガンを見つめたヴィクトの視線は、裏切られた。完全に‥。
「申しわけございません。私はヴィクトの命により偽りの錬金術を行いました。全ては‥彼が考えたことです」
「グルガン! 何を?」
 だが、グルガンはヴィクトの声など聞かず、シュナイアスやジェームズにバッタのように頭を摺り寄せる。
「偽りの錬金術で金を集めようと私は誘いかけられました。金に目がくらみ‥つい。私は言うとおりにしただけです」
「そ、そんな‥」
 立ち尽くすヴィクトの腕を右から魔導師が、左から豊満なジプシーがしっかりと取り押さえる。
「グルガン! お前が俺を‥」
「一つだけ問う。お前の目的は何だったんだ?」
「最高の指輪を贈るんじゃなかったの? 彼女に」
「えっ?」
 囁かれた言葉にヴィクトの動きが止まった。二人の冒険者の目には‥厳しいが憎しみとは違うものが見えた。
「お許しください。出来心でございます」
 弱々しい目で周囲に懇願する小さな男。だが見るものは気づくだろう。
 ヴィクトを見る目とは反対の、男への蔑むような目線が‥
「‥予想通りか‥。良かったよ。これで安心してロナさんに報告できる」
「なかなかの演技ですわね。他の人なら騙せたでしょうが‥詐欺師に遠慮する気はないのであしからず」
「錬金術とは学問であり、決してお金を騙し取るための道具ではありません。それを悪用するやからは許せないのです」
「何?」
 今まで、見栄も外聞も無く頭を下げていた男の目に鋭いものが走る。それは‥闇の住人の罪の光。
「ヴィクトさん、今でも、貴方には待っている人がいる、そして帰る場所がある。そもそもなんでお金が欲しかったのか、もう一度よく考えてください」 
 差し出されたのは小さな指輪。
「‥これは‥ロナの‥貴方達は‥」
「くそっ!」
 一瞬のスキをついてグルガンは駆け出した。周囲の押える手も必死の力で振り払ってドアを開ける。
「逃がさぬ!」
 扉を開いたとたんに香る甘い匂い、立ち上る煙。そして声。
「うっ‥!」
 ふら付く男は膝を付き、倒れ‥はしなかった。
「錬金術とはね、グルガンくん。人間の霊魂を『完全な』霊魂に変性しようとする概念の事でもあるんだ。それを忘れ欲に走った君が錬金術師だなんておこがまし過ぎるよ、三流詐欺師くん‥もう聞こえないかい?」
 氷の石柱を撫でながらアルヴィスはいつも消さない微笑を向ける。
 それを受取る男はには見えなかったであろうが‥

「金を得るというのはただの過程だ。目的には成り得ない。お前の本来の目的は何か、自身で考えてみるといい」
 全てを悟ったヴィクトは、膝を付いてただ、地面を見つめていた。
「俺は‥ただ、名を上げて‥ロナと‥。それが‥何時の間に‥」
「ヴィクトさん、俺は思うんですよ、帰る場所のある者は本当の悪人になっちまったりはしないと‥貴方もきっとやり直せます」
「帰るところ‥俺には‥」
「大丈夫、まだあるわよ」
 顔を上げた冒険者達の視線の先にはアルテリアと、背後から隠れるように出てきた一人の少女が居た。
「ヴィクト‥」
「ロナ‥。ゴメン。僕は‥」
 ‥二人を残し彼らはそっと家を出た。
「ちょーっとおせっかいだったかな? でも、何にせよ、地道に生きることが、全ての夢への近道だとあたしは思うわ。それが彼にも解ったんじゃないかしら」
 伸びをしながら空を見つめるジプシーの言葉に頷くように、仲間達と太陽が微笑んでいた。

「鍋の底に金箔を貼っていたのか。その上から蝋を塗って底と同じ色の色を塗る‥と」
「ええ、こうすれば賢者の石を調べられても正体は解らないということですね。石に目が行くものは多いでしょうが、鍋に眼を留めるものは少ないでしょうから」
「俺たちのように‥か?」

 その後、錬金術師の噂と姿は急速に消えていった。
 貴族達は当然錬金術師の後を追ったが、助手が詐欺師として捕まったこと以外は情報を掴むことはできなかったという。
 資金も助手の逮捕で殆ど戻ってきた為、家名を気にして事を荒立てまいとしたものも多く、こうしてキャメロットを騒がせたはぐれの錬金術師は姿を消したのだった。

「ロナ‥約束を守れなくてゴメン」
「いいえ、貴方のくれたこれが、私にとって最高の指輪よ‥」