【温泉を作ろう!】 湯煙の誘惑

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月30日

リプレイ公開日:2004年07月26日

●オープニング

 唐突だが、中世のイギリスには入浴の習慣は無いと言っていい。
 高貴な身分の人間でさえ、生涯に数えられるほどしか風呂に入っていないという伝説さえある。
 ましてや一般人にとって風呂は高嶺の花。月に一〜二度、公衆浴場のような場所のシャワーに近いもので汗を流したくらいだという。
 故に大きな声では言えないが‥彼らはかなり‥匂っていたと言う。
 一方ジャパンには蒸し風呂や露天風呂が古くから伝えられていた。
 火山国であるため天然の露天風呂も少なくは無い。
 特に体臭を消すために忍者などはこまめに風呂に入ったと伝えられている。
 だから、月道を渡ってイギリスにやってきたジャパンの忍者や侍達は、習慣の違いに諦めつつも身体をかきむしってるとかいないとか。
 そして、ここにも‥身体をかきむしって暴れる男 一人。
「もう、もう我慢ならん! わしがなんとかしてやるわい!!」

「ここが、イギリスの冒険者ぎるどか? ちと邪魔をするぞ」
 そう言って入って来たのは初老の男だった。彼の外見はやや人目を引く。ギルドの中にいた者たちの視線が彼に集まる。
 白い頭巾、墨染めの衣。誰が見ても、どこから見ても‥‥。
「わしは、来野・幽玄斎と申す。ジャパンより参った」
 やっぱり。周囲を取り巻く者たちは頷き合った。お辞儀をした彼は明らかにジャパンの僧侶の外見をしている。
 まあ、そのような人物がいることそのものは珍しくは無い。イギリスの酒場にも、冒険者ギルドにもジャパン者はたくさんいるのだから少し目立つ程度のことだ。
 だが、彼の所持品はやや独特だった。イギリス語の分厚い本に、丸められた羊皮紙の地図。さらにはジャパンの和紙製の地図らしきものまで抱えている。
 テーブルの上降ろした荷で机がかすかに揺れる。周囲を見回すと、ふむと頷き、彼はこう言った。
「同胞も、おられるようじゃな。そちらに頼みがあって参った。わしの温泉探しに手伝って欲しいのじゃ」
「はあ? 温泉って一体なんだ?」
 男の言葉にその場にいた冒険者の約8割が首を捻った(残り2割はジャパン・華国出身者であることは余談であるが)。
「そこから説明せねばならぬのか? やれやれ。温泉とは簡単に言ってしまえば露天に涌く湯のことじゃ。ジャパンではそれに浸かって湯浴みをする」
 肩をすくめた幽玄斎はまるで、教師が子供に学問を教えるように、ゆっくりと説明を始めた。
 ジャパンの歴史に始まり、土地柄、地形の話しにいたり飽きて欠伸をする者もいたが、勉強熱心な者はふむふむと話を聞いている。
「と、言うわけでジャパンには温泉が多く、入るものも多い。かくいうわしも、江戸から北の山間の地出身で地元に温泉があってのお。その温泉に入るのが大好きだったのじゃ」
 うっとり、故郷を懐かしむように遠くを見ていた目が、急に厳しさを増す。
「じゃが! このイギリスにきてからというもの、わしは一度たりとも風呂に入っておらぬ。あるのは湯がわずか降り注ぐ、申しわけ程度にある浴場のみ! あんなもので汗を流すなど風呂に入ったうちに入らぬわあ!!!」
「じいさん、落ち着けよ」
 思いっきりの力こぶしで語る幽玄斎の顔は赤く膨らんでいる。今にも破裂するか、倒れるか?あまりの力の入りように心配する冒険者達の心配は何とか杞憂に終り息を整えた幽玄斎は改めて机の上に置いた本や、地図を広げた。
「だから、わしは探すことにしたのじゃ。このイギリスにもきっとあるはずじゃ!温泉が!」
「温泉? どうやって探すつもりなんだ?」
「まあ、みるがいい、この地図を。これはわしが数ヶ月かけて調べたいわゆる『虎の巻』じゃ」 
 並んだそれらはよく見れば、イギリスの地形やジャパンの温泉図の比較、山脈や森の状態などを調べた資料であることが解る。よくここまで調べたものだと感心するほどに。
 そしてさらによく見ると綿密に計算された資料の中のイギリスの地図、そのただ一箇所にのみ×の印がつけられていた。
「ほれ、ここを見よ。そう、そこじゃ。キャメロットから歩いて南東に2日ほどの所にあるこの村は調べる限りわしの故郷と極めて風土や地形が似ておる。近くに火の山があるのまでそっくりじゃ。わしは睨んでおる。ここなら、きっと温泉はあると!」
 幽玄斎の指差す先を興味深そうに見つめる冒険者達に、だから、と続けて彼は言った。
「で、最初に戻るのじゃ。わしと一緒に温泉探しを手伝って欲しい あたりは実はついておる。じゃが‥」
 彼は口を濁す。聞き出したところ、要するに一度その地に一人で行ったが、行き帰りにモンスターに襲われるわ、森に住み着いているゴブリンに苛められるわで酷い目にあって帰ってきた、ということらしい。
 依頼の中心は彼の護衛になりそうだ。だが、できれば温泉を探すのも手伝って欲しいと言う。
 温泉研究に没頭していたため、幽玄斎の所持金はそう多くない。そこから出る報酬もたかがしれているだろう。だが‥
「温泉は気持ちが良いぞ〜。一度入ったら病み付き確実じゃ」
 その言葉は魔力を持っていた。誘惑の魔法。僧侶が使えるはずは無いのだが‥。
 温泉を知らない冒険者には未知への誘い。そして、それを知る者たちには抗いがたい魅力となって冒険者達を縛る。

「温泉が見つかったら、ぬしらはトクベツに入れてやろう。どうじゃ? 手伝ってみる気は無いか? 」

●今回の参加者

 ea0369 クレアス・ブラフォード(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0425 ユーディス・レクベル(33歳・♀・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea3004 九条 剣(28歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4089 鳳 瑞樹(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 彼は真剣な表情で冒険者達を見つめた。
「協力の申し出、心より感謝する」
 ジャパン者らしい丁寧な挨拶に彼らの背も思わず引き締まる。だがそれも一瞬。
「では、皆の衆! 温泉探しにれっつごーじゃ!」
 あまりにも軽い依頼人、幽玄斎のノリに彼らの姿勢は見事に崩れた。
「やれやれ、元気な爺さんだ」
 鳳瑞樹(ea4089)は苦笑し立ち上がる。
「まあまあ。でも温泉か‥ロマンだねえ」
 同じように苦笑しながら五百蔵蛍夜(ea3799)が瑞樹の肩を叩く。イギリス在住のジャパン者には他人事では無い話。本当にあったら自分も温泉に入りたいと彼は思っていた。
「‥しかし、この国に温泉が可能性だけでも在ったのか?」
 侍の九条剣(ea3004)は声をかけた。少なくとも国民を見ている限り温泉が在るとは思えなかったからだ。
「地面から沸く湯‥ねえ。地面から水が出る事は有っても湯が出るなんて話聞いた事も無いよ」
「‥そなた、国は?」
「ん? イギリスだけど」 
 ジェラルディン・ムーア(ea3451)の答えに幽玄斎は、ふむと顎に手を当てた。
「自分の国にもっと興味を持つが良いぞ。古代はイギリスにも神聖ローマの民が発見した温泉があった。イギリス語で浴場をバスと言うがその語源は北方に実在の温泉地じゃと聞いた事は無いか?」
「へえ、いや、知らなかったよ」
 背の丈から言えば自分の半分前後の小さな老人の言葉であったが、彼女は素直に頷く。
「なら何故そこに行かない?」
 クレアス・ブラフォード(ea0369)もイギリス生まれ。温泉など聞いたことも無い。興味もあって参加したが彼の言葉に軽く反論を試みる。
「かの地はキャメロットより10日近い距離だ。行きたいか?」
「いや。悪かった」
 彼女は素直に謝罪し前を行く。
「それで‥温泉とはどのようなものなのです?」
「そう! それが解んなきゃ探しよう無いし〜」
 老人の歩みに足を合わせながらアクテ・シュラウヴェル(ea4137)とユーディス・レクベル(ea0425)は問うた。彼女達は純粋な温泉への興味と幽玄斎への保護意識からの参加だ。
「そうじゃのお、地下より湧き出る泉に似ておる。冷たい水の代わりに湯が湧き出るのじゃ」
 教え諭す優しい口調。幽玄斎にとっては皆、子か孫のように見えるらしい。
「とにかく行ってからね。頑張って探しましょ!」
 アルテリア・リシア(ea0665)の言葉に、それぞれが頷き祖父のような、それでいて子供のような幽玄斎の背を追い歩いていった。

「下がってろ! 危ない!」
 目的地の森に辿りついた彼らを最初に歓迎したのはゴブリンの群れだった。
 数匹程度ではあるが、戦闘は不得手の仲間もいる。彼、彼女らを背後に庇い侍達とジェラルディンが前に立った。
「ギゲッ!」
 襲い掛かってくるゴブリンを真っ先に動いた蛍夜の日本刀が切って返した。倒れる仲間の背を踏んで襲ってくるゴブリンも
「仲間も関係ないか。流石ゴブリンだ!」
「任せろ!」
 瑞樹と剣の侍コンビが切り捨てた。
「やるね! あたしも負けてられない!」
 ジェラルディンのスマッシュが決まる頃には敵の殆どは逃げるか‥地に伏して動かなかった。
「ご苦労さん。まだ‥私の出番は無いな」
 クレアスは安堵の息をつく。リカバーの用意をしていたが必要なさそうだ。
 森の向こうに小さな村が見える。アクテは何かを考えた後、幽玄斎と向かい合った。
「あそこが一番近い村ですね。村長さんにご挨拶にいきませんか? 何をするにしても地元の方の協力は必要ですわ」
「うむ。解った」
 最もな提案に頷いた幽玄斎は仲間達と一緒に‥と振り向いた。が、彼らの殆どは首を横に振る。
「私達は森の入り口の‥あの川の側で待っていよう。話が終わったら来てくれ」
 多くで行っても警戒される。そう言われて幽玄斎はアクテだけを伴って村へと向かっていった。

 彼らが何故、野営を選択したか? 理由は‥幽玄斎の説得相談にある。理由は
「温泉なんて簡単には見つからないと思うな」
 との蛍夜の言葉に要約される。無いとは言い切らないが時間もない。
「お風呂、作ってあげよっか‥」
 いくつか案は出たが、ため息混じりのユーディスの言葉が現実味がありそうである。
 ひそひそこそこそ‥。
 彼らの相談は長く、長く続いた。

 翌日から活動が始まった。仲間の半数が護衛をかねて幽玄斎について歩き、聞き込みや調査を手伝う。
 剣やアクテは村人達に周囲の伝説や、地形についても聞いてみるが聞けたのは
 昔、火山の噴火があった事や森が(ゴブリンが出る以外)狩りに適しているという自慢程度のもの、具体的な情報は得られなかった。
「なんの! わしは諦めんぞ!」
 一日目、二日目、三日目。
 空振りが続いても幽玄斎はめげずに調査を続ける。その姿には頭が下がるほどだ。
「希望は、捨てちゃあいけないな」
 剣は幽玄斎の後を笑って追った。

 半数が幽玄斎の手伝い。なら、残りの半数は? 
 調査は建前。こちら企み班。 
 野営地から少し離れた川岸で‥
「この辺かな。よっし! やるよ!」
「オー!」
 声が上がった。同時に
 ザクザク!
 小さくない音が周囲に木霊する。
 聞くものは森の動物と風、たまに現れるゴブリンだけ。
 攻撃してこない限り構わず、彼らは毎日遅くまで作業を続けた。
 五日目
「いいとこだね。故郷に似てる‥グー」
 爆睡中のユーディスに毛布をかけ、幽玄斎はため息をつく。
「無理なのかのお。この異国で温泉は‥」
「弱気ねえ。前の元気はどしたの?」
 呟きを聞いたアルテリアの言葉に彼は空を見上げる。星と空が格別に美しい。
「いや、もう期日も終わる。わしも年。次があるか解らぬし‥それに」
「?」
「わしは温泉と言う名の故郷が懐かしかったのかもしれん。自ら来たというに情けないことじゃ‥」
 アルテリアは無言で軽く舐めた指を空に翳した。
「明日は晴れっと。ね、明日ちょっと付き合ってくれない?」
「なぜ?」
「いいから! ね?」
 幽玄斎は頷いた。訳も解らぬまま‥。

「これは!」
 川辺に作られたそれは、石を詰み本格的に作られている、幽玄斎にとっては懐かしい‥
「‥風呂? まさか、そなた達が?」
「なあ‥情熱は買うけど、今回はこれで我慢してくれないか?」
「私達は貴方の情熱に惹かれて来ました。これは‥せめてもの贈り物。温泉探しは一朝一夕では難しいです。また次に頑張りましょう」 
 ジェラルディンと、アクテが幽玄斎に声をかける。笑うユーディスの鼻の頭の土。蛍夜やクレアスが後手に隠した手のマメも彼にはちゃんと見えていた。何故かぼやけて見えるが‥
「どうした?」
 瑞樹の手を払い、幽玄斎は怒鳴った。背を冒険者達に向けて。
「バッカもん!気を使いおって。まあ造ってしまったのは仕方が無い。帰る前に皆で風呂に入ろう。わしも‥入らせて貰うから」
(「素直じゃないねえ」)
 そう思ったのは誰か? 憎まれ口を叩かれ、背を向けられ‥でも彼を嫌いになる者は誰一人いなかった。

 天井の無い風呂は人にある種の開放感を与えるのかもしれない。
「まずは、れでぃふぁーすとじゃ!」
 幽玄斎の好意に従い女性陣は手作り風呂に一番乗りを果たす。焼いた石で湯を温め、足元に板を敷く。彼女らはゆっくり湯に浸かった。
「ホントに気持ちいい〜。幸せ♪」
「なるほど、幽玄斎が拘るのも解る」
 服と鎧と一緒にクレアスとアルテリアはあっさり風呂の気持ちよさに兜を脱いだ。
「汗が全部落ちてく。確かにステキかも‥」
「こういう良いものが、広まれば素晴らしいですわね」
「そうかい? 水で身体を洗う方が気持ちいいと思うけどねえ」
 一人川で水あみをしていたジェラルディンが風呂を覗き込む。ジャイアントの彼女が一緒に入れるほど風呂は大きくない。 
 4人は顔を見合わせると、一気に風呂から出てジェラルディンを風呂に向けて引きこんだ。
 ザッパーン!
 上がる水しぶき。
「うわっ、何すんだい?」
「気持ちいいでしょ?」
「頑張ったんだし、一緒に汗を流そうよ!」
 仲間の悪戯っぽい笑み。顔の水を拭ったジェラルディンからため息と‥そして笑いが‥。
「もう! ‥アハハ‥」
 続く4つの笑い声も、重なり空に消えた。

「ふ〜。やっぱり風呂はいい。お、すまぬの」
 念願の風呂にご満悦の幽玄斎の背を、蛍夜が手ぬぐいで擦った。
「俺も久しぶりに風呂に入れて嬉しいな」
「風呂はジャパンが誇る文化。わしはその発見と啓蒙に生涯を捧げる所存じゃ!」
「ま、頑張ってくれや。ボケない程度‥ん!」
 空を見て、また下を見た剣は目を瞬かせる。そこには漆黒に流れる髪も美しい、優美な‥姿。
「お前‥瑞樹‥女だったのか?」
「斬るぞ! お前らまで‥」
 息を吐く姿も髪を払う仕草も色っぽく彼の意外な姿を垣間見た気がした。
「見事! これぞ裸の付き合い。風呂の醍醐味じゃ!」
 何が見事か解らない。だが偶然にも揃ったジャパン男4人、彼らは同じ風呂に入り共に同じ空を見上げる。
 風景も空気も違う異国。でも空の色だけは懐かしい故郷と同じだった。

「わしは諦めん。温泉はきっとある。いつか必ず本物の温泉を見つけて見せるわ!」

 風呂は残したまま、彼らはその地を離れることにした。
「あ、忘れ物。待っててくれ」
 瑞樹は鉢金を風呂に置き忘れたことに気付き、戻った時それを見た。
「?」
 あの風呂にリス、ウサギ‥小動物たちが浸かっていたのだ。楽しそうで慣れた笑顔に‥見えた。
 ! バサッ!
 人の気配に逃げる動物達、その時瑞樹はある事を思い出してた。故郷で聞いた‥話。
 動物は野外に涌く温泉に身体を浸すことがあるという。傷を癒し、身体を休める場を動物達は知っていると‥。
(「探し方を誤った? この地にも温泉がある?」)
「帰るぞ〜!」
 彼は鉢金を拾うと、風呂に背を向け走り出した。思いを払うように‥

 彼は諦めないと言った。
 いつか、また機会があるかもしれない。
 その時は‥。