【怪盗の影】消えた宝石を追え!

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月12日〜01月17日

リプレイ公開日:2005年01月19日

●オープニング

「もうじき完成する。僕の大切な人への贈り物が‥‥美しい彼女に良く似合う‥‥。完成したら、告げよう。僕の気持ちを‥‥」

 トントン。トントントン。トントントン! ドンドンドン!
「マルコ! マルコ! 約束の時間だぞ。開けろ!」
 苛立って大声を上げる若者に、おずおずと猫を抱いた娘が声をかけた。
「どうしたんです? スコットさん? この子また館の中に入ってきたんで追いかけてきたんですけど‥‥あ、ダメよ、リボンを弄らないで?」
「エミリ‥‥フィアンナ様が約束の品を受取りに来ているんだよ。この時間においでになることは解ってるはずなのにあいつ‥まだ手直しでもしてるのか?」
 髪を縛ったリボンを揺らし、猫を階段下へ放すと娘はと微笑んだ。
「昨日も徹夜で作っていらっしゃったようです‥‥ですから寝ておられるのかもしれません。中に入ってみましょう」
 そうだな、と親友のルーズさに呆れたようにスコットと呼ばれた若者はドアに手をかけた。
 ガチャ!
「ん?」
「どうしたんです?」
 ガチャガチャガチャ! 
 音を立てるばかりで一向に前へと動かない扉、格闘するスコットの声は戸惑い、そして焦りへと変わる。
「開かないんだ! 鍵はかかっていないのに。‥‥ドアの前に何かある!」
「えっ? まさか!」
「エミリ! 手を貸してくれ!」
「はい!」
 二人が扉を押そうとした時、階段を上がってくる靴の音がした。規則正しい音は二人の横で止まる。
「おい! 君たち! いつまで我々を待たせて‥‥」
「ああ、貴方も手伝ってください! このドアを押し開けます!」
「何?」
 訳のわからないまま手を引かれた男と、スコット。そして、エミリは三人で力いっぱいドアに体当たりをした。
 バン!!
 開かれた扉から中に入った三人は、ドアを抑えていたのが今は倒れている木のテーブルであったことに気づく。
「何でこんなものが‥‥」
「キャアア!」
 エミリの悲鳴にも似た声が、部屋に響く。
「マルコ!」
「う‥‥うっ‥‥」
 そこには机に突っ伏して唸り声をあげる青年がいた。彼の後頭部からは血が‥‥
「早く、教会へ!」
「マルコ様! しっかりして下さい! マルコ様!!」
 スコットが親友の身体を動かした時、はらり。一枚の羊皮紙が彼の手の下から地面に落ちた。
 焦るスコットとエミリは気にしなかったそれを、男は黙って拾い上げた。
『美しき銀細工は頂いた。怪盗ファンタスティックマスカレード』 

「と、言うわけだ。銀細工師マルコは現在教会で治療中。意識はまだ戻っていないが、命に別状は無さそうだ。だが、我が主であるフィアンナ様が彼に発注した銀細工のブローチが行方不明となっておる。大層お嘆きであってな」
 その男性は苦々しい口調でそう冒険者達に告げた。
 犯行声明が今、キャメロットを騒がせている怪盗ファンタスティック・マスカレードの名で出されていたことも。
「そのブローチには、フィアンナ様がマルコに預けた高価な紫水晶も使われている。また前金として支払ったかなり纏まった額の報酬も盗まれていたようだ」
「また、怪盗がでやがったのか? しかも人を傷つけて? 許せねえ!」
 ギルドの冒険者達の怒り泡立つ。彼らの中にはプレゼント交換に大事なものを出して被害にあったものも少なくない。
 だが、男の顔は驚くほど冷静だった。
「ということは、今回の依頼は怪盗の捜索と捕縛だな?」
 係員が依頼書を書こうとペンを取った。だが、帰ってきた返事は予想と大幅に違っていた。
「いや、違う‥‥」
「へ? どういうことだ?」
 思わず身を乗り出す係員に、男は現場で拾った羊皮紙を見せた。それは残された犯行声明である。
「私はこの声明文から、犯人は例の怪盗では無い気がするのだ」
「どうしてです?」
 ここだ、と彼は指差した。それは最後の署名『怪盗ファンタスティックマスカレード』‥‥。
「このファンタスティックとマスカレードの間。私が以前見た本物の署名には間に・が打たれていたはずなのだ」
「ああ、そういえばそうでしたっけね? でも、それだけでは‥‥」
 むろん、と男は頷く。
「怪盗が本当に盗んだ可能性もある。そうとなれば、奪還は難しかろうが‥‥怪盗の名を語って誰かが銀細工を盗んだのであれば、お嬢様のブローチを取り戻すことができるやもしれん」
「ちなみに、家に隠されているって可能性もあるわけで?」
「ああ、あの館は二階建て。工房も兼ねたその家にはマルコという青年細工師と、その使用人エミリ。親友で宝石研磨師のスコットが三人で住んでいる。二人はずっとマルコに付き添っているので家にも殆ど戻っておらん。現場もそのままだ。鍵も預かっておる」
 男は家の鍵と、依頼書と報酬と、もう一枚の羊皮紙を並べて置いた。
「少しは調べてみたが、私は忙しくてこれ以上の調査をする時間が無い。マルコの回復までに調査を引き継ぎ、犯人が誰かを突き止めてくれ。宝石を取り戻してくれたら報酬は割り増ししよう。頼んだぞ」
 

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0734 狂闇 沙耶(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0781 アギト・ミラージュ(28歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea6930 ウルフ・ビッグムーン(38歳・♂・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea8316 アクア・ラインボルト(36歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea8397 ハイラーン・アズリード(39歳・♂・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)

●リプレイ本文

 酒場で、街で、家々で、その噂が聞かれぬ日はない。
 今、キャメロットで一番の有名人は、と聞かれたら多くの人物はこう答えるだろう。
「そりゃあ、怪盗ファンタスティック・マスカレードじゃないかな?」
 先だって警戒厳しい冒険者ギルドからプレゼントを残らず盗んだのを皮切りに、貴族の館からいくつもの宝物を見事に奪っていったと言われている。
 庶民には手を出さないと言われているところから義賊の噂も流れ、現在、人気急上昇中だとかそうでないとか‥‥。
 だが、実際に被害に遭った者にとってはそうはいかない。
 冒険者酒場では、夜毎聞かれる恨み節。
 そして‥‥

「う゛〜、この俺を差し置いて巷で話題になる怪盗‥‥羨ま‥‥げほげほ! もとい許せねぇ!」
 仲間達の怪訝そうな顔に、不自然な咳をしながらもアギト・ミラージュ(ea0781)は拳を強く握り締めた。
 細工師の家から盗まれた宝石を捜して欲しい、というこの依頼を受けてからというもの、彼のテンションは上がりまくっている。
 彼がファンタスティック・ミラージュを不思議なまでに敵視する理由はどうやらアギト自身の生業にあるようなのだが‥‥深い理由を仲間達はあえて聞くことはしなかった。
「確かに、人の大事な物を奪う方は許せませんね。思いの篭ったものならなおの事。絶対に犯人を探し出しましょう」
 淋麗(ea7509)の言葉に集った冒険者達もそれぞれに頷く。面白そう、と興味半分で依頼を受けたハイラーン・アズリード(ea8397)も少し真剣な目になった。
「こんな僕でも役に立つかどうかは解りませんが‥‥精一杯頑張ります」
 生真面目で、優しい顔の少年アルテス・リアレイ(ea5898)を、クスッ、柔らかい笑顔で見守りながらアクア・ラインボルト(ea8316)は豊かな胸の下で腕を組んだ。
「さってっと、じゃあ何から始めましょうか? 結構調べなきゃならないこと、多いわよね」
「そうじゃな、まずは発見者二人の聞き込みか。エミリとスコットそれぞれに聞いてみたいことがあるな」
「あとは、部屋の調査かの? 宝石やマルコ殿を傷つけた凶器などが見つかるかもしれんからな」
 ウルフ・ビッグムーン(ea6930)や狂闇沙耶(ea0734)の意見を受けてとりあえず、二手に別れて調査をしてみることにした。
 後で、情報を照らし合わせ、そしてお互いの気になることを検証してみよう。
 彼らはそう決めると現場の捜索と関係者への聞き込みという、何時の世も変わらぬ犯罪捜査の基本に従って早速行動を開始した。

 別に年を考えて分けた訳では無いだろうが、麗とアクア、そしてウルフの三人がある宿の一室へとやってきた。
 そこは教会に程近く、怪我の治療をする為に細工師マルコとその親友スコット。そして使用人のエミリが部屋を取っていると依頼人から聞いた為である。
「こんにちは、ちょっといいかしら?」
「は・はい! どちら様でいらっしゃいますか?」
 軽いノックと共に開けられた扉に、マルコのベッドに付き沿っていた少女が立ち上がった。
「貴女が、エミリさんでいらっしゃいますか? 私達は宝石盗難とマルコさんの怪我の調査を依頼された冒険者です。お話を‥‥伺ってもいいでしょうか?」
「‥‥はい。でも、もう少しお待ちください。マルコ様は、まだお目覚めになりませんし、スコットさんも買い物から‥‥まだ」
「ただいま、エミリ。交代する‥‥よ、って貴方達は?」
 テンポのいい足音と共に入ってきたその若者は、いつもなら二人か多くても三人しかいない部屋の人数が倍以上になっていることに目を瞬かせた。
「失礼しました」
 そう言いおいて麗はもう一度、さっき少女エミリに話したことと同じ事を説明した。
 依頼人が宝石細工の製作を依頼したフィアンナの部下であることも。
「ああ、そういうことですか。でしたら勿論構いません。僕達に疚しいことは何もありませんから‥‥エミリ。マルコの様子は?」
「まだ、変わりはありません。呼吸が荒れたり苦しそう、ということもありませんが‥‥」
 そうか、呟いた青年スコットは顔色の冴えない少女を気遣うように、頷くと買って来た飲み物、食べ物とをベッドサイドに置いて冒険者と共に部屋を出た。
 エミリは黙ってその品物を片付けた。

「何から答えればいいですか?」
 ウルフと向かい合ったスコットは冒険者よりも先にそう答えた。
 誠実で真っ直ぐな目に見えるが‥‥
(「人は見かけによらないかもしれないしな」)
「まずお聞きしたいのは、マルコさんが作業をする時、工房に人を入れるか、ということでしょうか? 教えて頂けますか?」
 おっとりとした、たおやかな女性の問いかけにスコットは少し警戒を解いたのだろうか? 笑って首を振る。
「いいえ、宝石工房というのは宝石や金銀など高価な物を扱いますし、気も散りますからね。普段はマルコも僕も自分の工房には人を入れたりしませんよ。お互いと‥‥あとエミリくらいですね」
「なるほど‥‥ではブローチを作っている間に訪れたお客とかは?」
「さあ、心当たりはありません」
 ウルフに頼まれた質問を巧みな話術で麗は聞きだしていく。
 大よそを聞き終えたところで、質問役をアクアに交代する。
 アクアの質問は現場の様子を聞くものだった。だが、これに関しては彼らが望んだような答えは出なかった。
「気が‥‥動転していましたし‥‥良く覚えていませんから‥‥」
(「現状を考えれば‥‥無理も無いかもしれないけど‥‥、それにしたって‥‥」)
 ため息をつきながらアクアはスコットにエミリにも話を聞かせて欲しい、と頼んだ。
 スコットは解りました。と頷いて席を立った。
「あ、ゴミが肩に‥‥」
 麗の手がスコットの肩に触れる。
「すみません‥‥?」
 気のせいだろうとスコットは思った。何事か呟いた麗の姿が一瞬黒く染まったように見えたのは‥‥。
 手を握り締めて、目をつぶり‥‥麗は仲間と共に彼を見送った。

 少女エミリは少し控えめな、いや、寂しげな目をした少女だった。
 長い黒髪を白いリボンで縛っている。
 もう何日もろくに家にも帰っていないのだろう。リボンも服装も整っているとはいえなかった。
 看病疲れからか、目元にくまも見える。
「少し、いいでしょうか?」
 気遣うように麗とアクアはさっきスコットにしたのと同じ質問をエミリにも問いかけた。
 だが、帰ってきた答えはほぼスコットと同じ。
 マルコは仕事中は作業場に誰も入れない。お客は来なかった。
 そして‥‥夢中だったので部屋のことは覚えていない。‥‥と。
「君は魔法は使えるかい?」
 ウルフはふとエミリに声をかけた。雑談のような軽い呼びかけで。
 だが、エミリは即座に首を降った。
「私は‥‥マルコ様や、スコットさんのように人様に誇れるような技術は持っておりません。勿論魔法などとてもとても‥‥」
 そう言って俯いた様子に嘘があるようには見えないと、ウルフは思った。
 正直話を聞いた限りではマルコの偽装か、エミリが魔法を使ったのでは、と思っていたのだが‥‥。
「では、私は失礼してもよろしいでしょうか?」
「ええ、お疲れ様でした。‥‥ご無理はなさらない方がいいですよ」
 立ち上がり、お辞儀をしたエミリの肩を麗はポンと叩いた。軽く後ろを向いたエミリはもう一度姿勢を変え、冒険者達に一礼して去っていった。
「‥‥意識を読んだのか?」
 ウルフの問いかけに麗は首を縦にも横にも振らなかった。

 やや年長組が聞き込みを終える頃、若い冒険者達は工房の鍵を開けて犯行現場の検証を始めた。
 聞き込みと現場検証はどんな時でも捜査の基本だ。
「まずは、テーブルとか調べてみようか? ‥‥うん、そんなに重くないな」
 アギトは入り口近くで倒れたままになっていた木のテーブルをよいしょ、と力を入れて持ち上げた。
 細身の彼に重い、と感じさせない。奥にあるがっしりとした作業台とは違う、これは食事とかちょっとしたものを置く為のテーブルなのだろう。
「ん? これは?」
 アルテスはアギトが持ち上げたテーブルの角を見て、目を見開いた。
「どうしたんだ?」
 周囲の様子を見ていたハイラーンはアルテスに近づいて聞いた。何かを見つけたのだろうか?
 そう思った彼の想像は当たったらしい。
「見てください。このテーブルの角。ふき取ったような形跡もありますが‥‥薄く黒っぽい跡が‥‥」
「ん? どれどれ‥‥本当だ。これは血の跡だな」
 アギトも手を顎に当てて頷いた。
「つまりはこのテーブルの角が、凶器ですか? と、言うことは意図を持って彼を傷つけた訳では無いのではないでしょうか?」
「でも、だとしたら、この辺で倒れていなけりゃおかしいだろう? それに宝石が無くなり‥‥テーブルが内側から扉を押えていた‥‥と、いうことは‥‥解らん!」
 頭を掻き毟るハイラーンの横を歩いて、アルテスはもう一度テーブルの足を、そして‥‥扉の横、鍵穴。そして扉を開けた廊下を注意深く観察した。
「‥‥これは‥‥もしかして‥‥そのテーブルをちょっともう一度立てて貰えますか?」
 床に落ちていた何かを見つけ指で掴むとアルテスは、部屋の中に声をかけた。アギトとハイラーンは良く解らないながらも頷き、テーブルを立てる。
 扉を細く開け‥‥中のテーブルを覗き‥‥彼は何かを考え付いたようだった。
「なんとなく、解った気がします。あとは‥‥聞き込みに行った皆さんと‥‥あれ? 沙耶さんは?」
 言われて気づく仲間の不在。慌てて捜す彼らの耳に
『ミャアー!』
「よしよし、いい子じゃ、いい子‥‥よーし捕まえた!」
 窓の外から声が聞こえた。慌てて窓から顔を出そうとするが、出るのはせいぜい一人の身体半分。
 一番最初に外を見たハイラーンは、庭で猫を膝に乗せて優しく撫でる少女の姿を見つけ目を見張った。
「おーい、お前、何か見つけたのか?」
 下に向かって声をかけた青年の頭に一つの想像が浮かぶ。そして、
「おお、見つけたぞ! 多分、これじゃ!」
 彼女が掲げた指の先には銀色と紫の光が、キラリ、輝いていた。

「とりあえず、これがそのぶろーち、とか言うものではないか?」
 コトリ、沙耶はその夜、冒険者達の見守るテーブルの上にさっき手に入れた美しい銀細工をそっと置いた。
「ほお〜」
 思わず誰からとも無く吐息がこぼれる。ヒューと口笛を吹いたのはアギトだったかもしれない。
 そうしても誰も咎めないほど、それは美しい細工が施されていた。夕暮れの澄んだ空よりも濃い紫が銀に映える。貴族の令嬢の純白のドレスにさぞかし似合うことだろう。細工師マルコの腕は確かなようだ。 
「猫のりぼんの裏に止めてあったわ。猫も首がすれて痛そうでのお」 
 沙耶は手を擦りながら呟いた。捕まえるのになかなか手こずったようだ。
「猫が宝石を持っていた、ということは‥‥やはり、犯人は彼女なのかしらね」
 アクアは宝石を見つめながら多分、と言葉を繋いだ。今回の関係者の中で彼女と呼ばれる存在はただ一人だ。
 可能性は十分に高かった。だが‥‥証拠はまだ無い。
 そして、どうやって密室にしたのか、ということも‥‥。
「実は‥‥いけないことだとは思ったのですが、スコットさんと、エミリさん、二人の心を読みました」
「‥‥それで?」
「スコットさんは『マルコの奴、一体どうして?』 そして、エミリさんは‥‥『どうしてマルコ様が、あんなところに‥‥』」
「? どういうことだ?」
 頭を抱えるハイラーンの横で、麗の言葉を聞いていたアルテスはいきなり、何かに気づくと跳び付かんばかりの勢いで麗に近づいた。
「! 麗さん!? それは?」
「えっ、だから‥‥リードシンキングで‥‥」
「いえ、違います。それ、貸してください!」
 答えを待たずに彼が麗の髪から引き抜いたのはレインボーリボン。
 それを伸ばし、扉とテーブルを使って実験し‥‥アルテスはすみませんでした、と謝りながらリボンを麗に差し出した。
 彼の行動を見ているうちに、他のメンバーもなんとなくトリックが解ったようだった。
「‥‥と、いうことはやはり犯人は、彼女なんだな‥‥」
「動機はなんじゃろうなあ?」
「動機はずばり‥‥、いいえ、ここから先は少年少女にお任せするわ。いいわよね?」
 そうでないと盛り上がらないわ、と笑うアクアのウインクに苦笑しながら指名を受けた『少年』は優しく微笑んだ。
「犯人を捕まえるとか、そういうのは僕には向きませんが‥‥謎は解けました。助けに行きましょう。‥‥犯人を」

 冒険者達は、全員でスコットと、エミリと、マルコの部屋へと向かった。
 本来ならば先に依頼人のところに行くべきだったのだろうが、そういう意見はあいにくと出なかった。
 再度の、しかも大勢の冒険者の訪問に驚くスコットとエミリを、さらに驚かせる言葉が伝わった。
「宝石が見つかった?」
「本当ですか?」
 スコットとエミリがそれぞれの反応を示す中で、沙耶は促されるように前に出るとそっと手のひらの中のものをエミリの手に渡した。
 エミリの顔がサッと蒼ざめる。
「猫が持っていたぞ。腹をすかせた上にこんなものを付けられていては大変だったようじゃ‥‥」
「エミリ! まさか?」
「わ、私が‥‥マルコ様を‥‥傷つけた‥‥と?」
 震える声が全てを物語っている気もするが、動揺を隠し切れないスコットを落ち着かせる意味でも、とアルテスは一歩前に出た。
 冒険者達は見守るように頷く。彼らに促され、深い深呼吸の後語り始めた。
「原因や、ことの起こりは解りません。ですが、僕達はこう推理しました。事件当日エミリさんはマルコさんの部屋に入った。理由は彼に食事を促したとか、そういうところでしょうか? 彼は細工を丁度完成させたところだった」
 エミリは反論もしない。ただ、俯いたまま銀細工のブローチを握り締めている。心配そうに見つめながらもアルテスは言葉を続けた。
「マルコさんは、エミリさんに細工が完成したことを告げた。そしてそれが最高傑作だと話して聞かせた。聞いたところによると彼はこれが完成したら愛する人に告白すると言っていたとか、その時彼女は作業台の上に置かれた銀細工を見つけた。それは素晴らしい出来で‥‥エミリさんを動揺させた」
 違いますか? アルテスの問いにエミリの声が囁くような弱さで始めて否定する。
「ど、どうして‥‥ですか?」
「それは、貴女が一番良く知ってるんじゃないかしら?」
 アクアはエミリにウインクをした。女心を良く知る者。
「お主はマルコのことを好いておったのではないか? 彼が細工を完成させ、愛する人に告白したら自分と彼は離れ離れになってしまう、そう思わなかったといえるかな?」
 無骨なドワーフの言葉はそれでも真実を付いているようで‥‥俯くエミリにスコットは言葉を失っていた。
「エミリさんは、ずっと思いつめていて‥‥バレないように宝石を盗もうと怪盗に盗まれたを装う為にカードを用意していたのかもしれませんね。でも、思いかけず何かのはずみで、彼を突き飛ばしてしまった。彼はテーブルの角に頭をぶつけて意識を失った」
「この傷は、尖ったもので叩いた感じだ。テーブルでならピッタリかもしれないぜ」
 いつの間にかマルコに近づいていたアギトが怪我を軽く指し示す。半分はハッタリだ。でも効果はあったようである。エミリの顔は完全に血の気を失っている。
「その隙にエミリさんはブローチを盗み、扉を閉めて外に出たのです」
「それはおかしいです。扉は中からテーブルで押えられていたんですよ。どうやってその後エミリが出られるというんですか?」
 彼も、冒険者達の言葉がほぼ正しいであろうことは解っていた。それでも、否定したかったのだ。悲しいこの出来事の真相を‥‥。
「別に難しいことではないんですよ。思いついてみればリボン一本あればできるんです」
 アルテスが目配せするとハイラーンは扉の側にテーブルを運んで置いた。
 テーブルはドアの斜め前にある。皆の視線を感じながらアルテスは失礼、とエミリのリボンを引いて手に取った。
 ドアから出た後できるだけテーブルを引っ張り、ギリギリまで持ってきてからリボンをテーブルの足にかけ強く引いた。
 斜めに引っ張られたテーブルはドアを押える形で止まった。後は隙間からリボンを引けばドアは完全に閉まる。
「テーブルがあることは解っていたのですから、少しは隙間があったのでしょう。これで一種の密室が完成したわけです」
 ハイラーンがもう一度開けてくれたドアからアルテスが入ってきたと同時に、エミリは力を失ったように床に膝を付いた。
 カラン、ブローチが床に転がった。だか、彼女はそれを拾おうともしない。
「マルコ様は、部屋の中央で、倒れていたはずなんです‥‥どうして‥‥それが‥‥作業台の方へ‥‥それに、私は、カードなんて置いて来なかったのに‥‥」
「えっ?」
 思いもかけない告白に驚く冒険者達だったが、エミリは一度目をつぶると、それ以外全て、冒険者の推理どおりだと認めた。
「私は、マルコ様を愛していました。でもマルコ様がご結婚なされば私はもうお側にはいられません。ですから‥‥マルコ様を突き飛ばしてしまった時、盗みを働いた悪い女としてお別れしようと思ったのです」
 相手を殺さなければ、部屋を密室にして逃げたとしても被害者が目覚めれば直ぐにバレる。
 思いっきりしらばくれて、思いっきり軽蔑されて、そして消えようと思ったのだ。
「直ぐに、スコットさんが、マルコ様を呼びに来るのは解っていました。だから、大丈夫だと思ったんです。でも‥‥どうして‥‥」
 泣きじゃくるエミリの問いに冒険者達は答えることはできなかった。だが‥‥スッと伸びた手がエミリの涙を拭う。
「スコット‥‥さん」
「バカだな、マルコも‥‥君も‥‥」
「えっ?」
 非難され蔑まれるかと思ったスコットの優しい目に、エミリは戸惑うように顔を上げる。スコットは微笑みかけると静かに冒険者の方を見た。
「私には、解ります。どうして、あいつが作業台にいて、怪盗のメッセージが残されていたのかも‥‥」
 そう言うとスコットはポケットから小さな布袋を取り出して、銀のブローチの横に置いた。
「エミリ‥‥これを開けて‥‥」
「は、はい‥‥えっ!」
 促されるままに袋を開いたエミリは驚きの声をあげた。中に入っていたのは‥‥金の光。金の指輪だったのだ。
 細かく施された細工は美しい彫刻をそのまま掘り込んだように精緻で、繊細に作られていた。
 指輪の中央には桃色の水晶が光の中咲く花のようで、並べると銀のブローチさえもかすんで見える。
「それが、マルコの本当の最高傑作だよ。エミリ‥‥君に贈る為のね」
(「なるほど‥‥な」)
 ウルフにもなんとなく、マルコの行動が解ったような気がした。
 エミリが部屋を出た後、気が付いたマルコが必死で作業台まで歩いていき、羊皮紙にメッセージを書いたのが見える気がする。
 それはおそらく、エミリを庇う為‥‥。傷が開いても、彼は彼女を守りたかったのだろう。無くなっていた報酬はきっと全てこれに‥‥。
「僕達の役目は、ここで終わりです。僕達の誰も、これ以上追及しません。あなたを裁くのは‥‥きっとあなたの良心です」
 紫水晶のブローチを手にとってそれだけ言うと、アルテスはゆっくりお辞儀をして部屋を出た。
「どうせ語るならマスカレードの奴じゃなくて、怪盗トリニティの名を語ってく‥‥ふがふが‥‥」
 アギトを引きずるように口元を押えて去る沙耶の後に続くようにハイラーンも、ウルフも静かに去っていき麗も、ごめんなさいと謝って追いかけていった。
 最後に残ったアクアはエミリの頭を一度だけ、軽く叩くと、まるで妹か娘を見るような優しい眼差しを彼女に送った。
「謝罪くらいは欲しいわね。もちろん、私達にじゃあないわよ。解ってるわね。じゃあ、頑張って!」
 冒険者達が残していったものは真実と、ウインク一つ。
 誰も、彼女を責めなかったからこそ、エミリは自分の身勝手が辛く心を苛んでいた。
 マルコのベッドサイドに膝をつき、手を取ると祈るように彼女は告げた。
「マルコ様‥‥どうか、目を覚まして下さい。私は‥‥貴方を愛しています」
「‥‥エミリ‥‥」
「マルコ様! ごめんなさい。私は‥‥本当に貴方を‥‥」
「僕の方こそ‥‥ゴメ‥‥ン。僕は‥‥君を‥‥」
「マルコ‥‥様」
 いつの間にかスコットさえも部屋から消えて、灯りも消えて、二人きりの宵。
 彼らを見守るのは、窓の外の月明かり。
 そして‥‥床の上の美しい指輪。それだけだった。
  
「ブローチが完成したのですね。届けて下さってご苦労様でした」
 冒険者達はマルコたちと別れた足で貴族の娘、フィアンナに取り戻した紫水晶のブローチを届けた。
 ほわわん、と笑う様子は正に貴族の娘という感じで、エミリと同じくらいの年頃であろうにと冒険者達は少し複雑な気分になる。
「まあ、いいや。ところで依頼人はどこだい? 約束の割り増し報酬の話を‥‥」
 身を乗り出したアギトの言葉にフィアンナは? と首を傾げた。
「依頼? なんの事です。あなた方はマルコさんの依頼で完成したブローチを届けに来たのでは?」
 その時
 フッ! 
 突然部屋中の蝋燭が消えた。ように感じた。
 周囲が真っ暗になり、満月の月明かりだけが部屋に差し込む。どこからともなく聞こえる‥‥声。
「冒険者の諸君、ご苦労であったな。私の依頼を請けてくれて、感謝する。いや、なかなか見事な推理であったよ‥‥」
 応接間の窓が開き、満月を背に靡く黒髪とマント。そして‥‥赤いマスカレードの人物の影が黒く、部屋に伸びた。
「何者だ!」
 身体の大きさに似合わぬ素早さで動いたジャイアントの突撃をひらり交わすと影は華やかに笑った。
「私は、ファンタスティック・マスカレード。偽物と間違えられては困る。私こそ本物のファンタスティック・マスカレードだ」
 自信たっぷりの表情はあまりにも大胆不敵で、冒険者達は言いも知れぬ気分を味わっていた。それが憧れか、憎しみか‥‥それとも別の感情かは解らないが‥‥
「貴方が‥‥本物なら、人々の思いを返してください!」
 麗が涙ながらに訴えるが‥‥残念ながら彼には涙も説得も通用しなかった。
「私は、私の目的の為に行動する。悪いが、そなたらには邪魔はできぬよ」
 させぬ、ではなく、出来ぬ。
「待て! 言わせて置けば!」
 攻撃に出ようとした冒険者達に、フィアンナの悲鳴が聞こえた。
「キャア! 私のブローチが!」
「何?」
 それはほんの一瞬の隙、影から視線が離れた瞬間
「あっ!」
「しまった!」
 冒険者達は闇に溶けた影を完全に見失った。彼らに残されたのは夜風に乗った笑い声のみ。
「月と愛の聖人がいずれ我らを再会へと導くだろう。また出会うときまで‥‥さらばだ!」
 怪盗の影は消えた。銀の光を冒険者の前でやすやすと奪って。
「あれが、怪盗ファンタスティック・マスカレード」
「次こそは‥‥」
 それぞれの思いを込めて、彼らは月の彼方に消えた怪盗の影を心の奥に刻み込んだのだった。

 それから数日後、冒険者達は細工師マルコに寄り添うように支え歩く、エミリの姿を見つけた。彼女の指には美しい指輪が輝く。
 だが、その幸せそうな笑顔の方がよっぽど眩しいと、彼らを見守る者達は噂した。
 どんな泥棒にも盗めない至高の宝石。
 彼らは宝石を一つ、盗まれてしまったが、本当の宝石は守れたのかもしれない。
 そう思うことにして心を慰めたのだった。