【救出作戦】戦いの彼方にあるものを捜して

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月11日〜01月18日

リプレイ公開日:2005年01月18日

●オープニング

 火の気の無い寒い部屋。
 白い煙が二つ、規則的に浮かんでは消えた。
 大きな息と、か細い小さな息が二つ。
「母さん。大丈夫?」
 大きな息は少年。
 凍るような水に浸した布を絞り、彼は母の額にそっと乗せる。
 手が刺すように痛むが‥‥気にならない。
 いや、それ以上に気になることがあったからだ。
「‥‥ゴホ‥‥大丈夫。‥‥心配かけて‥‥ごめん‥‥ね。早く‥‥治す‥‥からね‥‥ゴホゴホゴホ!」
「無理しちゃダメだよ。母さん! 今は寝ていて。ね!」
 か細い息を吐きながら、身体を起こして微笑みかける母の肩を、少年は手で押えるようにしてベッドに戻すと毛布を静かにかけた。
 何か、言葉を続けようとしたがこれ以上無理をすれば、余計に息子に心配をかけることになると、解っていたのだろう。
 それ以上は何も告げず、母親は静かに目を閉じた。
 整わない荒れた息が、ゆっくりとした寝息に変わる。
 少年はそれを確かめると、小さな布袋を持って静かに、家の扉を開けて外に出た。

 窓の外を見ている商人は、軽いノックの後小さな来訪者を迎えた。
「まだ、荷は届きませんか?」
 すっかり顔なじみになってしまった少年の問いは、ここ数日同じだった。
 その商人もまた、同じ答えを返すしかない。
「まだ、来ない。俺達も困っているんだ」
 街道を望む窓から外を見る。だが、彼らが待つ影は見えない。
 いや? 遠くに影が見える。よろめきながら近づいてくるあれは馬影だろうか?
「あれは?」
「まさか!」
 二人は慌てて外に出て走り出した。
 やがて彼らは気付く。近づいてくるに従い影が荷馬車であること。そして引いているのが傷だらけの人であること。
 今にも、倒れそうな‥‥。いや、倒れた!
「おい! しっかりしろ!」
 駆け寄った商人は倒れた男に駆け寄った。助け起こし身体を揺すると男は薄く、目を開けた。
「‥‥ゴブリンにやられた」
「積荷は? 薬は? どうしたの?」
「荷物は‥‥全部、奪われた。馬も‥‥、全部‥‥すまん」
「そんな! そんな! 困るんだよ! しっかりしてよ!」
 少年は振り回すように男を揺さぶる。だが、返事はそれ以上返らなかった。
 男は、静かに目を閉じたのだった。

「ゴブリンか‥‥。暫く無かったんだがな。取られた積荷は‥‥食料か?」
 ああ、頷く商人の手は、かすかに震えていた
「最近の寒さで、食料が無くなっていたんだろう。急ぎとはいえ護衛もつけずに運搬を頼んだ私も悪かったのだ。今まで大丈夫だったからと、油断した」
 ゴブリンはずる賢い。ましてや動きづらい冬。自分達より明らかに強い相手には手を出さないはずだ。
 数名でも冒険者を付けていれば、防げたかもしれないミス。
「運搬役は、なんとか命を取りとめた。襲われたのはキャメロットから一日程の北の森近くの街道。ゴブリンの数は10匹いるかいないかだったと話してくれた」
 地図と報酬を差し出し、商人は退治と積荷の奪還を依頼する。だが、と係員は商人に告げた。厳しいようだがと前置いて。
「もう食料は食い尽くされているかもしれないぜ。積荷を取り戻すのは無理だと‥‥」
「欲しいのは食べ物じゃないんだ! 薬があるはずなんだよ!」
 飛び出してきた小さな影に、係員は思わず後ずさった。商人の横。カウンターの影に子供がいたことに気付かなかった。
「あの積荷と一緒に特別に注文した薬草が、入っていたはずなんだ。身体を壊したこの子の母親を治す為の薬が‥‥ね」
 商人は今にも飛び出しかねない子供の頭を撫でて、静かに制する。
「食料などの積荷は諦めよう。だが、薬だけは取り返してくれ。それが絶対条件だ。この子の母親の容態はあまり良くない。もう一度取り寄せるには難しいほどにね」
 ふむ、と係員は腕を組む。
 となると、ただ、退治するだけではダメだ。森に紛れ込まれたら捜すのは大変だし、手掛かり無しで積荷やまして小さな皮袋に入っているという薬を捜すのは不可能に近い。
「それに、強すぎる冒険者ではやつらは姿を現さないだろう。失礼かもしれないが、まだ駆け出しの冒険者の方がいいかもしれない」
 そうなると、ますますやっかいになる。この依頼を受けてくれるものがいるだろうか?
 不安になる係員を、少年の真っ直ぐな目が祈るように見つめた。

「お願いだよ。母さんを助けて!」
 
 係員は無言で依頼書を貼り出す。

『急募 ゴブリン退治+積荷探し』
 
 三人分の願いを込めて‥‥。

●今回の参加者

 ea5558 アシュレイ・レンスター(32歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6288 グラニド・チャンバーズ(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6640 ゼザ・ウィンシード(36歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9088 ヴィレイド・シェムナーイル(42歳・♂・レンジャー・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea9319 如月 葵(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9821 クーラント・シェイキィ(24歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb0259 エルグ・ラム(64歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 夕日は冬には珍しく真紅に染まり、明日の晴天を約束して山陰に消えようとしている。
 影の伸びた街道へと向かう門で冒険者達は、改めて顔を合わせた。
「おや、あともう一人おいでになるはずでは無かったでしょうか?」
 一人、二人とアシュレイ・レンスター(ea5558)は支度を整えた冒険者の数を数える。
「確かに一人足りない気もするが‥‥時間が無いぞ。急がねばならないのじゃろう?」
 ヴィレイド・シェムナーイル(ea9088)の言葉に商人はああ、と頷いた。彼の後ろに隠れた少年は、何も言わない。
「朝、こっちを出ると目的地に着くのが夜になってしまうぞ」
 商人の忠告を受けて夕刻の出発にしたが‥‥もう限界だろう。ゼザ・ウィンシード(ea6640)はため息をついた。
「仕方ない。行こう」
「ええ。出発しましょう」
 袋を担ぎ立ち上がった如月葵(ea9319)の後を守るようにエルグ・ラム(eb0259)が続く。
 彼がハーフエルフであることに気付いた者もいたかもしれないが、誰も何も言わなかった。
 最後まで商人と話をしていたクーラント・シェイキィ(ea9821)は地図と羊皮紙を受取ると立ち去りざま、ふと、少年に目をやった。
「あっ‥‥」
 顔を上げた少年と目が合った彼は黙って頷く。
 チクリ、胸を刺すような痛みを少年は覚えた。母のためとはいえ、他人を危険にさらすことになる‥‥。
「あの‥‥お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「ん?」
「なあに?」
 振り返った冒険者達に少年は、精一杯の勇気を出して一言を告げる。
「き、気をつけて!」
 始めての冒険に、張り詰めていた気持ちが、頬が、フッと緩む。
「ああ、大丈夫!」
「待っててくださいね。聖なる母の名にかけて、薬は取り返します!」
 姿が見えなくなるまで手を振り続ける少年の視線を背に、クーラントは小さく呟く。
「最善を尽くそう‥‥あの子のためにも、俺達自身の為にも」
 声に出した返事は返らない。だが、全員が頷いた事を彼は感じていた。

 始めての冒険、気をつけたつもりでも準備が足りなかったところは確かにあった。
「すまないのお。食料を忘れるなんて一生の不覚じゃ」
「いえいえ、困った時はお互いさまですよ」
 アシュレイはニッコリ笑ってヴィレイドに保存食を差し出す。それを感謝しながらヴィレイドは口に入れた。
「私も、野営のこと考えていませんでした。今、冬ですものね。寒い!」
 焚き火に手をかざす葵の後ろからふわり、柔らかい感触が首に当たった。
「これは?」
「貸してやるよ。後で返してもらうけど」
 ファー・マフラーの暖かい感触が葵の首と心を暖めた。
「ありがとう。クーラントさん。ありがたくお借りします」
 炎の反対側ではゼザがマントに包まりながら葵の用意した罠の仕上げをしていた。エルグが黙って用意した砂の入った小袋を隠すように入れる。
「中に入れるのは‥‥その兎ですか?」
 アシュレイの足元にはクーラントが狩りで射止めた唯一の収穫があった。
「他には獲れなかった。すまないな」
 冬に一人での狩りには限界がある。アシュレイはがさごそとバックパックをもう一度開けた。
「これも、使ってください。大いに越したことは無いでしょう」
 差し出された保存食三日分を、ゼザは黙って袋に入れる。
「何としても薬は取り戻す。そのためには、出来ることを精一杯やるだけだ」
「ええ。ゴブリンも生きる為とはいえ‥‥許せません。明日は頑張りましょう」
 その夜、彼らはお互いに助け合いながら、足りない所を補いながら、始めての冒険の夜をなんとか過ごしたのだった。

「あの辺りでしょう? ゴブリンが出たのは」
 葵が広げた地図にはしっかりと印が付けられている。冒険者達は頷きあうと何度も相談した作戦を実行に移す。
 先行したヴィレイドが仕掛けの荷物を持ったまま街道の様子や、襲撃の後などを調べて回る。
 背負った袋からは兎肉の匂いがかすかに漂う。
 鼻をこすりながらうろうろ、うろつきまわるうちに‥‥
 カサッ!
 森の方からかすかな音が聞こえたのをヴィレイドはその耳で感じた。
(「来る!」)
「グゲッ!!」
「ケケケ!」
 枯れた草を踏み、木々を掻き分け出てきたのは褐色の肌をした潰れた鼻のオーガ達‥‥。
「ウワッ! ゴブリンじゃあ!」
 現れた自分より大きなモンスターたちの出現に、ヴィレイドは荷物を放り投げ逃げる、フリをした。
 この時はフリだけのつもりだった。
「グゲゲゲゲッ!」
 彼を自分より弱いものと見たのだろうか。追いかけてくるゴブリンを背にした時ヴィレイドは気が付く。致命的なある事に。
 自分の手にあるのは‥‥弓。
 矢は‥‥どこだ?
(「わ、忘れた?」)
 ぶんぶんと、鈍器にしかならない弓を振り、本気で逃げ出した彼にゴブリンの斧を持つ手が迫る‥‥その時!
 シュン!
 エルグの弓が鋭い音を立てた。
「ウギャア!」
「行くぞ!」
 剣を抜いてゴブリンに切り込んでいくゼザの横で、葵が構えた忍者刀を一文字に横に振るう。
 一匹と、一匹。ゴブリンがそれぞれ、鈍い呻き声と共に地面に倒れた。
 武器を取り落としたゴブリンが斧を左手で握ろうとする。そのまま切り裂けばゼザの背中が‥‥
 だが、斧は再び主に持ち上げられることは無かった。
「グエッ!」
 ゴブリンは斧の上に突っ伏すように倒れる。腹にはクルスソードの一閃がめり込んでいたのだ。
 冒険者達の先制攻撃は、三体のゴブリンを沈黙させた所で止まった。
 体制を立て直したゴブリンの武器は唸るように空気を切り裂き、先陣に立つアシュレイを襲ってくる。
「くっ!」
 手元を掠めた攻撃に顔を歪めた彼に、ゴブリンは握り返した武器を振り下ろそうとする。
 それを救ったのは放たれた数閃の矢達。肩を押えるゴブリンをアシュレイは息を切らしながらなんとか倒す。
「ありがとうございます!」
「‥‥後ろは任せろ」
 ゴブリンと冒険者。人数はほぼ同じに見え、能力的にもそれは互角に近い戦いだった。
 だが、明暗を分けたものある。
 冒険者にあって、ゴブリン達に無かったもの。
 ゴブリン達は、その数を二匹にまで減らしたところで隙を見て、逃げ出した。
 手に持った袋を、放さなかったのは大したものだと冒険者達は思ったものだ。
「やれやれ、やりすぎて袋を置いていったらどうしようと思ったぜ」
 肩で息をするゼザに、本当に、と葵も頷く。
 足元に残る砂の跡と、ヴィレイドの足跡。クーラントは仲間に目線を注ぐ。
「さて‥‥行こうか」
 そして、彼らは歩き出した。

 森の奥にあったそこは洞窟と呼ぶにはあまりにも小さな洞穴だった。
「おお、こっちじゃ、こっち!」
 小声で手招きするドワーフに足音を潜ませて彼らは近づいた。
「あそこじゃな。二匹が入っていったぞ」
「なら、間違いないな。攻め込んでもいいが‥‥少し疲れたしな」
「‥‥‥‥俺が‥‥」
「お、おい!」
 素早く動いたエルグが攻撃をしかけるか、と思っゼザは手を伸ばす。
 が、ふと手は止まった。やがて‥‥横で作業を手伝い始めたのだ。
 会話は無い。だが‥‥葵も、仲間達も立ち上がり、そして‥‥。
「私も手伝います。‥‥火遁の術!」
 ボウッ! 洞穴の入り口で火が立ち上がった。煙が風上から洞窟の中に入っていく。
 程なく出てきたゴブリン二匹。
 彼らを待ち受けていたのは、炎と、罠。そして白刃の光だった。

 穴の奥は食い散らかされた食料と、汗と血の匂いでむせ返るようだ。
「金目のものは‥‥あまり無いな‥‥っと」
「何をしているのじゃ? そんなものを拾って?」
「‥‥セコイなんて言うなよ」
 やがて‥‥カンテラの薄明かりの中、冒険者達は見つける。
「これの‥‥ようだな」
 腐りかけた野菜の横の小さな皮袋。
 少し汚れた袋の口紐を開くと、かさかさと乾いた音を立てる薬草が‥‥ちゃんと入っていた。


「本当に、見つけてきてくれたの!」
「はい、どうぞ。待たせて御免ね‥‥お大事に」


 キャメロットに無事に帰り着いて数日後。
 冒険者達はギルドから報酬が届いてる。と連絡を受けて怪訝な顔で集まってきた。
「報酬? それならちゃんと‥‥」
 アシュレイが言いかけた言葉は、ニッコリとした笑顔に変わる。
 待っていたのは幸せそうな親子だったからだ。
「この度はお世話になりました。いろいろご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 丁寧にお辞儀をした女性の横で大きな籠を抱える少年には見覚えがあった。
 と、言うことは‥‥ポンと手を叩きヴィレイドも頬を緩ませる
「おお、君の母さんか? 元気になったのじゃな。良かった、良かった」
 同じ目線で笑う冒険者の言葉に、少年はウン! と元気良く答える。
「今日は、お礼を申し上げたくて参りました」
「これ、母さんが焼いたんだよ。良かったら食べて!」
 籠から出したパンは焼き立てで‥‥まだほんのりとぬくもりが残る。
「‥‥すまないな」
「美味しそうね!」
 冒険者一人一人に自慢げに、嬉しそうに渡していった少年の籠の中は全員に渡って空になる。
 ちゃんと全員に渡った。
 人間にもドワーフにもエルフにも‥‥ハーフエルフにも。
 母の元に駆け戻る少年はふと、冒険に旅立つ直前にのようにある顔と、目線が合った。
「お兄ちゃん‥‥」
「良かったな」
 などと、クーラントは声をかけなかった。
 ただ笑う。ニッっと。心からの思いを込めて。
 少年は、今度は俯いたりしなかった。返したのは満面の笑顔。何の打算も、計算も無い。それは少年の心からの感謝。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「何だ?」
 精一杯の気持ちを込めて、彼は言った。
「母さんを助けてくれて、本当にありがとう!」

 報酬は貰った。ゴブリンの武器を売り払ってほんの少し臨時収入も得た。
 命を懸けた仕事の報酬には少なかったかも、しれないと思わない訳ではない。
 でも‥‥
 この依頼の中で手に入れたものは、それだけでは無いかもしれない。と彼らは思った。
 ほんの数日前まで出会ったことの無い人物との出会い。
 本当だったら一生交わることの無かったかもしれない時間を共有した‥‥仲間。
 そして‥‥ 
 笑顔で帰っていく二人を見送りながら、冒険者達は『冒険の本当の報酬』を貰ったような、いや、見つけたような、そんな気がしていた。