【灯 心の灯火】黒き誘い
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 32 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月03日〜02月13日
リプレイ公開日:2005年02月09日
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●オープニング
その登場はギルドを揺らした。
別に衝撃で、というわけではない。物理的な地響きだ。
ドンドンドン!
床を踏み破りかねない勢いの男に、係員はもう少し静かして欲しいと一応やんわりと注意した。
だが、そういう気配りが聞く男でないことも簡単に解る。
案の定。
「煩い。わしはここの冒険者に用事があるのだ。とっとと取り次がんか」
と怒鳴るとドッシリと大きな尻を椅子に遠慮なく乗せる。
「ここは、冒険者への仕事を斡旋するためのところであって、取り次ぐような業務は‥‥」
「あれ? どうしました?」
いくら説明しても馬耳東風、聞く耳持たずの男の相手に、とことん困り果てていた係員は声をかけてきた冒険者達を天の助けと、手を伸ばした。
「丁度いいところへ。今、セイラムの街から来たっていう男が、冒険者を出せと‥‥」
「? お前は!」
一人の少女を視線に捕らえると、男は椅子を蹴るといきなり立ち上がって手を掴んだ。
「お前だ、お前。お前を捜していたんだ。適当な事をしてさっさと帰ってしまってからに‥‥」
「ちょ、ちょっと止めてください。‥‥貴方は‥‥ランドルドさん?」
ランドルド、その名に同行していた冒険者達はあるものは目を険しくし、あるものは眉を寄せた。
彼らは、ほんの少し前まで街道の宿屋『北の聖母亭』で仕事をしていた。
そこでの事件になにやら関わりがあるような男‥‥こいつがランドルド。
噂は勿論聞いていたが、予想以上だと冒険者達は思った。
予想以上に、むさくるしく、予想以上に‥‥高慢だ。
「あの、何か御用でしょうか?」
言いながら彼女はランドルドの手を振り払った。良く見れば周囲にいる冒険者達に彼も商人の端くれらしく何かを考えたのだろう。それ以上の無理やごり押しは少し控えて正式な依頼で仕事だと、話し始めた。
「北の聖母亭に巣食うゴーストを退治して欲しい。完全に、二度と現れないようにだ!」
「ゴースト、って北の聖母亭のゴーストはあの宿の娘、レティシアが‥‥」
と言いかけた冒険者は口を閉じる。できるなら、耳も閉じたかった。‥‥男の喚き声が聞こえてくる。
「何を言うか、ゴーストは退治されてなどおらぬわ。ワシや、ワシの手のものがあの宿に入ろうとすると即座に不気味なゴーストが現れて邪魔をしよる。おぬしたちの言葉を信じたら、とんでもない目に遭った。おかげでワシはわざわざキャメロットまで来なければならなくなって‥‥だから‥‥それでだな」
思いっきり言いたいことを吐き出すと、彼はふうと、大きく息をついた。
「とにかく、そういうわけだ」
「‥‥要するに、ゴーストが退治されたらしい、との報告を聞いて北の聖母亭に行ったら、またゴーストに襲われたと。だから、ゴーストを退治しろ、とそういうことなのですね」
気が進まない、と顔に書いてある冒険者達に同意の意味で目配せし、でも、係員は依頼書を書いた。
「そうだ。報酬は成功報酬。失敗したら勿論払わんぞ」
やれやれ、と思いながらも係員はふと、聞いてみた。ずっと、気になっていた事を。
「でも、貴方が北の聖母亭のゴーストを何故、そこまで気にされるのです?」
「そんなことは、どうでも‥‥、おお、そうだ」
何事かを思いついたようにポンと手を打つと、ランドルドは冒険者達を見た。
「お前達はあの小娘に信用があるようだな‥‥よし、もう一つ仕事をやろう。この仕事に成功したら報酬と同額をさらに上乗せしてやる」
してやる。その尊大な口調をもう気にするのもバカらしくなって、話の内容を係員も冒険者も黙って『聞いてやる』ことにした。その思いを口には出さないが。
「あの宿屋の娘を説得して修道院に戻せ。女一人で宿屋をやるのは無理だ、と思わせろ。そうしたら報酬は倍にしてやろう。それからもう一つ。変わったものを見つけたらワシの元へ持ってくるのだ。さらに報酬を足してやる」
「どうして‥‥そんなことを‥‥」
「あの宿屋に一体何が?」
冒険者達はそれぞれに、思ったがそれを口に出すことはしない。
‥‥聞いても答えたりはしなかっただろうから。
「では、ワシは仕事が終わり次第、セイラムの街に戻る。良い報告を待っておるぞ」
でっぷりと張り出した腹を揺らしながらランドルドは去っていった。
それを見送る冒険者達も係員も、良い気分とは程遠い思いを長いこと抱かずにはいられなかった。
「正直、こんな依頼受けたくない、っていうのは解るぜ。別に受ける受けないはそれぞれの自由だからな」
依頼書を貼り出しながら係員は苦笑する。
だが‥‥と彼は言葉を続けた。
「これは、チャンスかもしれないぜ。あの男、報告書にあったゴーストが恨んでるって奴だろう? だったら上手くすれば、その恨んでいる理由とかを捜せるかもしれない。外からでは調べる限界ってのもあるだろうしな」
なるほど、と冒険者も思わないわけではない。自分達が断ることでもっと危険な連中が雇われる、そんな可能性もあるからだ。
だが‥‥。
冒険者達は目を閉じた。
思い浮かぶのはあの少女の真っ直ぐな瞳、微笑み、灯りを灯された幸せの宿。
彼女はあの宿で働くことが喜びだと言った。
なら、自分は何のために冒険をしているのだろうか。
お金? 名声? 力? それとも‥‥
考える必要がありそうだった。
自分は、今、何をするべきか。
●リプレイ本文
どこまでも続く平原、どこまでも続く街道。
夜も近い暗闇の中、灯る光は正に聖母の微笑みに見えた。
「あ、あれが北の聖母亭?」
もう少し、頑張って‥‥、馬の首を軽く叩き彼女は馬を走らせた。
「お帰りなさい。北の聖母亭へようこそ‥‥!」
「こ、こんにちは‥‥」
よろめき入ってきた女性にスタッフ達は目を瞬かせる。駆け寄ったレティシアの小柄な身体にエル・サーディミスト(ea1743)は抱きつく。
「どうしたんです? 一体?」
「お腹すいた。何か‥‥食べさせて」
がくっ、崩れ落ちたエルを青年が支えホールを少女が駆け抜けた。
やがて厨房から運ばれた暖かいシチューに
「ありがと〜」
エルは勢い良く飛びついた。
また扉が開き、何人かの声が入ってくる。
「泊まりたいんですけど‥‥おや?」
「エル。あんた何してるんだい?」
入ってきたエルフとドワーフが同時に声を上げる。知り合い発見という顔だ。
「お邪魔します。ある依頼を受けてやってきました」
ある人物に軽く目配せをすると、彼グラディ・アトール(ea0640)は丁寧に頭を下げた。
エルフの少年はアルテス・リアレイ(ea5898)ドワーフの女性はミケーラ・クイン(ea5619)と名乗ってエルを見る。
「保存食、忘れちゃったから先に‥‥ね。あ〜美味しかった」
舌を出すエルに仲間の笑顔は優しい。場の雰囲気は和やかだった。
最後にやってきたカルヴァン・マーベリック(ea8600)がこう言うまでは。
「ランドルド氏よりゴーストの件を依頼されて参りました」
急に空気が張り詰める。元々隠すつもりは無かったが‥‥翳るレティシアの表情に彼らは息を呑む。
「ああ、そんな怖い顔をしないで下さい」
空気を動かそうとカルヴァンは明るめに笑う。
「僕達はゴースト退治と、ある物を探せと依頼を受けてきました。そしてもう一つ‥‥」
後を継いでアルテスは告げる。隠さないほうがいい。
「レティシアさん、貴女にこの宿を止めさせるように、です」
「そう‥‥ですか」
俯く彼女にアルテスの厳しい問いが降る。
「貴女は本当にこの宿を続けていくのですか? 一人でもやっていけるのですか?」
「おい!」
厳しい言及から庇おうとする戦士を、彼女は手で制した。そしてゆっくりとアルテスの前に立ち微笑む。
「はい。今は皆さんに甘えてばかりですけど、私はここで灯し続けたいんです。宿の灯りを‥‥」
毅然とした眼差しに返った返事は、微笑みと差し出された手。
「僕達も手伝うよ。信じてくれるかい?」
グラディの言葉にレティシアは目を丸くする。
「いいんですか?」
「だって、強制されるものじゃないでしょ?」
きょとんとした目を向けるエルに他の冒険者達も頷く。
「決意を確かめたんです。解りましたから」
アルテスも手を差し伸べる。その手は暖かかった。
「はい、ありがとう‥‥ございます」
彼女の涙と笑顔に冒険者は思う。
自分の正しいと信じる事をしよう、と‥‥。
彼らの前に噂のゴーストは何故か現れなかった。
ここにも自分を信じて動く者達がいる。
「やれやれ、やっと帰りおったか。煩い冒険者め‥‥」
脂汗を拭う金貸しに、大変だね。軽い声がかかる。
振り返る男、ランドルドにアルヴィス・スヴィバル(ea2804)は悪戯っぽく笑って見せる。
応接間には今まで女戦士が来ていた。聖母亭を手伝う冒険者が借金の確認だと言って。追い返すのに少し時間がかかった。
「まったく、あの女をこんなに助ける者が多いとは‥‥。お前は大丈夫なんだろうな」
「僕は僕の信念に従って動くだけだよ。お金も欲しいしね‥‥」
ならいい。ランドルドは鼻を鳴らした。金で動く者こそ彼には信用できる。
「ああ、そうだ。ちょっと聞きたいんだけど‥‥」
世間話の続きのような口調で彼はランドルドに問うた。
「捜してる物って、何? 解んないと捜しようも無いよ」
言おうか言うまいか、少し迷ったように顎を撫でる依頼人にアルヴィスは聞く。
「例えば鍵とか‥‥」
「どうしてそれを!」
‥‥彼は自分が恨まれるかもしれないことを覚悟していた。
それでもあらゆる事をするつもりだった。仲間を売るという手段も。自分が信じる事のために。
「さあね、でも他の冒険者達は宿屋の味方をして貴方の粗探しをしているよ、僕は信用してみたら?」
ふむ、と呟いた後、ランドルドは暖炉の上に並ぶ飾り物の箱を開けると何かを手に取った。
「これと同じような鍵と小箱だ。手のひら程の小さな‥‥な」
差し出された鍵を、彼は眺め見た。普通の銀の鍵に見える。
「へえ‥‥いい細工だけど、これに何が?」
話はそこで終った。鍵を箱に戻し蓋を閉じる。
「それは、お前が知る必要は無い。捜して早く持ってこい!」
「はいはいっと!」
軽い口調と足取りで部屋を出て行くアルヴィスとすれ違いにランドルドは部下の入室を知る。
差し出されたのは手紙。
「何だ? ジョセフ・ギールケ(ea2165)?」
羊皮紙を開き、文面に目を走らせた彼は、ニヤリと怪しく楽しそうな笑みを浮かべたのだった。
上品な物腰のジャイアントは街で少し、目を引いた。
「聞きたいことがあるのですけど‥‥」
ニューセイラムの街の中でも下町にあたる酒場や宿屋を重点的に緋芽佐祐李(ea7197)は回る。
綺麗に見えた新しい街でも、自然と住み分けはできてしまうものだ。
想像通り、彼女の周囲を無頼漢が取り囲んむ場もあった。
なんとか倒したり、逃げたりもできたがやれやれ、というところだ。
「でも本当に評判が悪いのですね。ランドルドは」
非情な取立て。盗賊まがいな差し押さえ、妙な風体の男達が館に出入りしている。と逆さに振ってもいい噂が出て来ない。
損になるような事は、一切しない、とも。
(「何故彼はあそこまであの宿に?」)
ふと、佐祐李は通りの向こうにさっきの無頼漢が集まっているのを見た。その中央にいる仮面をつけた‥‥あれは?
「まさか‥‥」
数名の男達が装備を整え街を出て行く。方向は街道。北の聖母亭もある。
「いけない!」
追う為に足を早める彼女の背に、近づいた影が手を伸ばした。
「‥‥丁寧に手入れされているねえ」
エルの言葉にミケーラと女達は頷いた。
宿の手伝いの冒険者達とランドルドの捜している『変わったもの』をまずは探して見ることにしたのだ。
レティシアの鍵は見せて貰った。特に変わった仕掛けは無いようだから『変わったもの』は鍵を使って開ける何かのはず。
そう考えた。
「お母様が預かっていらしたのなら彼女のテリトリーにあると思います」
仲間のアドバイスにレティシアは母親が庭の手入れを良くしていた、と教えたのだ。
部屋の中には無かった、厨房は人目につきすぎる。ならば‥‥。
彼女らはそう考え外に出てきた。
馬や馬車を置く広い庭の一角に十字架の立った小さな花壇がある。春になれば綺麗な花が咲くだろう。
「こういうの好きだなあ」
薬草に目のないエルはすっかり草に目が行っている。
「ん〜、なかなか見つからないもんだねえ、あ、薬草の新芽みっけ」
探す気があるのか、と怒りかけたミケーラは薬草や植物に興味を示さず、だから気が付いた。
「そこのレンガ変じゃないかい?」
「えっ?」
指差した場所に全員が目を送った。花壇を取り巻く干しレンガ。その一つが土で汚れているが確かに違っている。
「なんでしょう。一体?」
シスターがそれを手に取った。服の端で擦ってみると‥‥
「レンガじゃない。これ銀じゃないですか?」
変色しているが‥‥確かに。彼女達は目を合わせ、頷いた。
「「「「皆に見せてみよう!」」」」
夜、客が寝静まったホールに彼らは集まっていた。
「これが、変わった物、か?」
ミケーラの言葉におそらく、とアルテスもグラディも頷いた。他の者達の視線も自然集まる。
綺麗に拭うとそれは美しい細工の銀の小箱だった。
鍵穴が二つ。
「これは多分、二つに鍵を同時に回さないと開かないですね」
銀の髪の魔法使いは細工を調べ告げた。
「二つの鍵‥‥一つはレティシアの、そしてもう一つは‥‥」
心当たりがある者がいた。金の髪の魔法使いがある場所で見たある鍵を思い出した時、
ドンドンドン!!
音が聞こえた。扉を壊さんばかりの愛の無い音。
レティシアが一歩前に出て、扉に手を触れると‥‥
「キャア!」
押し倒されるように彼女は後ろに転んだ。
扉が開くと同時になだれ込んでくる男達。
「誰だ!」
武道家の言葉に男達は声を荒げる。ランドルドの使いと言って椅子を蹴る。
「借金の利子を貰いに来たんだよ。溜まってる利子、100Gをな」
「そんな、利子はまけると‥‥」
涙目のレティシアの言葉に男達はにやり笑う。
「さあ、そんな話は知らねえな。無ければ金目の物を頂いていくさ」
「お! いいもんがある!」
「止めろ!」
テーブルの金目の箱に、男達が気付き手を伸ばし‥‥かけて止まった。
『彼』が現れたのだ。
「な、なんだ。こいつは!」
ぶん!
剣を抜き、男は現れた影に切り付ける。だが影に剣はすり抜けるだけだ。
「‥‥これがゴースト」
新しく来た冒険者達は始めて出会うゴーストに喉を鳴らした。
『彼』は剣を持つ男に向けて手を伸ばす。
「待って!」
妹の呼び声に一瞬『彼』は動きを止めた。その時だ。
ビュン!
薄三日月の刃が部屋の外から襲う。ゴーストに向かって。
『グッ‥‥』
「何!」
冒険者達は外を見つめる。刃は正確に『彼』を狙い打っていたのだ。
一瞬動きを止めた後『彼』は外へと飛び出して行った。
術者は驚いたかもしれない。室内の男が呪文を唱えたように見せかけたのに。
だが、風の刃が飛んできた方向。薄く詠唱の光の見えた方向に『彼』は駆け抜けた。そして、術者を見つけたのだった。
「う・うわ! 止めろ!」
むろんそんな静止の言葉は聞かれない。
怒りに我を忘れたゴースト、いやレイスの指先は術者から全てを吸い尽くさんばかりに奪っていた。
「お、俺は‥‥」
彼は抵抗を試みた、だが力が抜け、全身が悲鳴を上げる‥‥。このまま死ぬのか‥‥、そう思った時だ。
「止めて下さい。彼は冒険者。私達の仲間なのです」
「佐祐李‥‥」
宿の歌姫と彼女の声に、レイスは動きを止めた。
いつの間にかレティシアが駆け寄り、倒れた魔法使いジョセフに寄り添っている。
「止めて。これ以上‥‥誰も苦しめたくない。兄さん!」
『レティシア‥‥』
兄妹を冒険者達は黙ってみていた。だから、油断も生まれた。
「く、くそっ!」
意識を失っていた男の一人が目を覚まし、テーブルの上のそれを掴んだ。
「しまった!」
逃げ出そうとする男を魔法の呪文と、剣と拳が追いかけようとした。だが‥‥
キュン!
「往生際が悪いよ」
氷の棺が飛び出した男を捕らえた。近づいてくる少年にグラディは声をかける。
「‥‥アル」
「皆揃ったみたいだね。ねえ、悪巧みといかないかい?」
氷のような少年は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
いつの間にか『彼』は姿を消していた‥‥。
「ゴーストは退治し切れなかった? ふん、役立たずめ!」
ランドルドは冒険者達に怒鳴りつける舌を打つととっとと帰れ、と手を払う。
報酬はもちろん払うつもりなど無い。と。だが‥‥
「これは、いらんのか?」
ブラリ、ミケーラの手で揺れる物に彼は目を見開いた。
「それは!」
古ぼけた鍵に飛びつくランドルドを、ミケーラはひょいとかわす。アルヴィスもニヤリと笑って告げた。
「銀の箱も見つけたよ」
「そうか!」
態度が急に変わる。解りやすいほどに。
「報酬をお願いしますわ」
「解った。だからよこせ!」
佐祐李の言葉の返事を確認し、ミケーラは鍵を放る。
「これさえあれば‥‥フフフ‥‥」
闇の輝きを見せたランドルドを置いて彼らは部屋を出て行った。
狂気が生む暗闇が聖なる光を消そうと襲ってくる。
「箱が見つかったのなら、もう待ってなどおれんな‥‥急がんと」
その予兆をかすかに散らしながら‥‥。