小さな薔薇の祈り

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月23日〜07月28日

リプレイ公開日:2004年07月29日

●オープニング

 ローズ
 それは誇り高き花。薫り高き花。美しき花。
 強く‥されど弱き花。

「ミーナ! また来たよ!」
 シフールの少女が水をやっていた少女を呼びに行く。
 彼女はじょうろを放り投げると慌てて駆け出した。空に見える。彼女が恐怖するあの敵が‥。
「お願い、止めて。止めて、来ないで!!」
 少女の声が悲痛な叫びとなって空に響く。
 だが、彼女の声は届かない。空を高く飛びかう彼らには。
 今日もまた、小さき断末魔が少女の耳に届いて‥消えた。
「誰か‥助けて!」

「ホーク退治?」
 貼り出されたばかりの依頼書に、冒険者達は首を傾げる。
 ホーク、鷹、というものは人間に危害を加えることは少ない。直接的にも。間接的にも。
 いや、むしろ人間には友としての認識の方が高い。
 エチゴヤにはペットとしてちゃんと売っているほどだ。‥高いけど。
 だから、その鷹を退治しろという依頼はとても珍しいと冒険者達は感じていた。
「街の外れで薔薇を育てている女の子がいるんだが、その子の家の周りに最近集まって困っているのだそうだ」
「人間を襲うのか?」
 冒険者達の問いに係員は首を横に振る。被害を受けているのは、実は少女ではない。と。
「ホークにやられているのは、彼女の家の周りのスワローなんだとよ」
「スワロー?」
 なんでまたスワローの被害を人間が、と冒険者達は再び首を傾げる。
 さあてな。係員は肩をすくめて笑った。
 それ以上の理由は、彼も知らないらしい。
「とりあえず、依頼内容ははっきりしている。ホークを退治してスワローを守ること。数は2〜3匹程度らしいが、相手は空だ。ただ、剣を振り回してもやれないぜ。工夫しなきゃな」
 思ったよりもやっかいな、依頼かもしれない。
 だが、少女は貴族に連なるもの。報酬は悪くない。
 さて、どうするか?

 彼らは腕を組んで依頼書を見つめていた

●今回の参加者

 ea0043 レオンロート・バルツァー(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0294 ヴィグ・カノス(30歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0464 シャナ・ミルキーウェイ(27歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea0780 アーウィン・ラグレス(30歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 それは一面の花の海‥

「凄いですね。‥キレイ」
 セレス・ブリッジ(ea4471)は息を呑んだ。
 薔薇を育てる少女。その言葉から想像していたのは小さな花壇か農園か。
 だが目の前に広がるのは‥薔薇の海。今を盛りの薔薇が一面に美しく咲き競っていた。
 奥には大きな館、石造りの建物。
「彼女、貴族だっけ‥うわっ!」
「あんた達が冒険者?」
 思わずキット・ファゼータ(ea2307)が後ずさったのも無理は無い。目の前に突然、顔が現れたのだ。空に浮かぶ小さな顔。
「そうだが‥君が依頼人‥では無いな?」
 キットを後ろから支えヴィグ・カノス(ea0294)は問う。現れたシフールの少女に。
「当たり前でしょ。あたしはロゼ。早く! ミーナが待ってる」
 くるり回って彼女は飛ぶ。館に向かって真っ直ぐ薔薇の上を。
「ちょっと! ロゼさ〜ん」
 シャナ・ミルキーウェイ(ea0464)の声はもう届かない。
「早くって‥俺達には羽、ねぇんだけどな」
「とにかく行きましょう。話はそれからです」
 呟くアーウィン・ラグレス(ea0780)の肩を軽く叩きクウェル・グッドウェザー(ea0447)は仲間達を促す。
 羽無き彼らは周囲の様子と香りを楽しみながら歩き出した。

 館の前で二人の少女が彼らを出迎える。
「おそい! ま、いいか。ミーナ。あの人達がギルドの冒険者」
 ロゼは館の前で彼らを待っていた。今は一人ではない。ミーナと呼ばれたこちらは人間の少女が丁寧に頭を下げた。
「アンタが依頼主かい? お嬢ちゃん」
「ミーナと申します。この度はお世話になります」
 気さくに語りかけるアーウィンに、少女ミーナは頷き微笑んだ。いつの間にか彼女の前にはレオンロート・バルツァー(ea0043)がいる。手には何故か薔薇の花?
「ミーナさん。私が来たからにはどんな難解な事件もたちどころに解‥」
 ボカッ!
 ナンパ気分の彼が頭を押さえる横からシエラ・クライン(ea0071)前に出た。ちなみに彼を叩いたのは彼女ではない‥筈である。
「まず詳しい事情を教えて頂けますか?」
「こちらへ‥」
 彼女は案内しながら薔薇を見つめる。心から愛しげに‥
「私達は薔薇を育てています。高貴な方の為に花を守り育てるのが一族の努めなのです。ですが‥薔薇は弱く、虫が付きやすく何度か全滅の危機を迎えました。それを救ったのがスワローでした」
「何故?」
「彼らは薔薇につく虫を捕り食べてくれます。おかげで薔薇と一族は危機を免れました」
「ああ、なるほど」
 納得したようにアーウィンは頷いた。ミーナは石造りの家の前に立ち顔を上げる。
「以後、我が家はスワローを保護しています」
 彼らは驚愕する。小屋の屋根、窓、全てにスワローが‥。巣の数は100を遙かに超える。
『チチ!』『ティティッ!』
 微かな声のする巣に彼らは目を凝らす。巣の中には雛がいるのだと簡単に気付ける。
 親たちは餌を運ぶ。安心しきって嘴を開く雛に。繰り返し、何度と無く。
「可愛い♪ 親も子も一生懸命ですね」
 セレスや娘達の頬に微笑が浮かぶ。だが‥。クウェルはミーナに顔を向けた。諭すように優しく‥
「気持ちは解ります。でも‥」
 少女は首を横に振った。
「解っています。身勝手な願いであること‥」
 彼らが生きる為に虫を捕るように、鷹も生きる為に狩りをする。それは自然の摂理。
「でも‥私には彼らは大事な友、家族なんです」
 彼女は膝を折った。それは祈りの仕草。
「お願いします。どうか‥」
 頭上を駆ける影。甘やかな香り。そして少女の祈り。彼らに依頼を断る理由はもう‥無かった。

 その夜、彼らは罠を作る事から始めた。
「あれだけの数の巣とスワローじゃ他所に動かす訳にはいかないからな」
 猟師の心得を持つキットやヴィグが主となり、網やロープをスワローの巣の少し離れた横に仕掛ける。
 スワローが巻き込まれないように。そして‥作戦の実行の為だった。
 
 シエラは厨房を借りていた。鍋がくつつと音を立てる。
「昔、近所の男の子が鳥もちを持って、小鳥を捕まえたりしていたものですけど…。自分で作る日が来るとは思っていませんでしたね」
「鳥もちって植物から作るんですね‥あ、煮えましたよ」
 鳥もち作りを手伝っていたセレスは感心そうに見つめ‥動かないシエラに声をかけた。どうしたんです? と今更ながら問うと、
「ここから、どうすればいいんでしょう?」
「えっ?」
 セレスはシエラが知っていると思っていた。シエラは植物の知識はあっても加工法を知らなかった。
「罠にするには‥どうすれば?」
 僅かな猟師と学問の知識を総動員しその夜一晩、試行錯誤を繰り返す。
 鳥もち罠の自作には猟師の技をもう少し勉強しなければならないと、彼女らは知る由も無かったが‥
 
 さて、場は戻り外。明日の朝が勝負と彼らは罠の準備に余念が無かった。
「罠と言うよりちょっとした道具‥ん? シャナ、何をしている?」
 作業の手を止めヴィグは顔を上げた。
 もじもじ‥立ちつくすパラの少女に彼はイギリス語で声を‥いや、あることに気付いてゲルマン語で声をかける。
「まさかイギリス語解らないのか?」
「ごめんなさい! 実はそうなの!」
 相談や酒場では通訳があるから不自由しなかった。彼女は今までカンで動いていたと告白する。
「じゃあ俺が通訳やる。この作戦にシャナさんの魔法は重要だからね」
 キットは素直な笑みでシャナを作業に誘った。
 誰も自分を責めない。だからこそ。手伝いながらシャナは思った。イギリス語勉強しようと。

「学ばれたら終わりだ。一回勝負だぞ」
 彼らは場に着いた。館の影に隠れ、巣の前に網や鳥もちやいくつかの罠を立てて。
『ティティッ!』
 朝、スワローは子供の為に巣から飛び立つ。
 そして彼らを待っていたように、小石が宙を舞う。
「来た?」
 二羽のホークが連れ添うように空を飛ぶ。その上には三羽目も‥
 獲物発見! 鷹は狙いを定めるとスワローめがけ一気に降下する。捕食の瞬間!
「シャー?」
 獲物がいたはずの空間を彼らは突き抜けた。動きが止まる。
「今です!」
 声と同時にホークを嵐が襲った。
「ギシャー!」
 火と鉄の飛び交う彼らにとって地獄の乱舞。耳を切り裂く悲鳴。混乱の嵐。
「ごめんなさい。ファイアーコントロール!」
「植物よ。我に力を!」
 シエラとセレスの魔法に加え飛び道具を使う仲間達。ホークたちは完全に行動のアドバンテージを冒険者に取られていた。
 数瞬の後、空の王ホークは地に落ちる。一羽が羽を貫かれ、一羽が薔薇の茨に絡まり‥
 例外は一羽だけ。それはなんとか空に逃れた。アーウィンには他の二羽が逃がしたように見えたのだが‥
「逃げました。一羽!」
「了解!」
 合図担当のレオンロートが逃げたホークを追いかける中、残った冒険者達は二羽の鷹の前にゆっくりと近寄った。
「驚くほどあっけなかったな」
「運が良かったよ‥」
 周囲から蜃気楼のように建物とスワローの影が消える。
 昨日の話のとおりシャナの魔法が作戦を動かした。ファンタズムで家と巣の幻影を作り、イリュージョンでスワローの幻を見せた。スワローはスリープで動きを止めた上で。
 誘導役のヴィグとアーウィンの声色、餌の匂い。そして連係と速攻が成功の鍵となったのだろう。
 鳥もちは粘着力が弱く、網は早すぎてあまり効果が無かったが‥
「‥ダメだ。俺の槍とクウェルのダーツが貫通してる」
「こっちは、まだ息がありますね」
 プラントコントロールで捉えられたホークを茨から外すとクウェルはリカバーをかけた。
「無用な殺生はしたく‥うわっ!」
 気が付くと同時にホークは渾身の力でクウェルの腕から抜け出すと、一気に羽ばたいた。空へ‥
「しまった!」
 僅かの間にホークの姿はもうどこにも見えなくなっていった。
「逃げられないように気をつけたつもりだったんですが‥不覚でした」
「‥すみません。あっちもダメでした。ファイアーコントロールが致命傷に近かったようです」
 戻ってきたレオンロートは仲間達にゆっくりと近づいていく。
「母鳥だったのでしょう、巣の中で死んでいました。子供を守るように翼を広げて‥」 
 レオンロートが広げた手の中では二羽のホークの雛が泣き続けていた。
『ピィェー、ピィェー』
 と、誰かを呼ぶように‥。

「止めとけ。無理だ」
 鷹の育て方の相談を受けたエチゴヤの店員はそう言い放った。
「知識も育て方も解らない奴に任せたらそいつらは死ぬ。少なくとも今のあんた達にはできない。諦めな」
 事実であるが故に反論はできない。
 鷹を飼いたいと願っていた何人かの冒険者も諦めるしか無かった。
 彼らはエチゴヤに売る形で雛を渡す。馴染みの鷹匠に責任を持って預けると彼は約束してくれた。
「気を落とすなよ。いつか、あんたらが腕を上げた時にまた出会うことがあるかもな」
 それは単なる慰めだったろう。でも、彼らは微笑んで店を出ることができた。
 小さな希望を持って‥

 金貨を弄びながら、キットは空を見上げる。
「この依頼、成功だったのかなあ?」
 本当ならホークも殺さず助けたかった。運の良すぎも良し悪しだと思う。
「成功、でしょう‥スワローに殆ど被害は出ませんでした」
「今回の事を学習したのならもう来ないだろうしな」
 言いながらヴィグの口も重い。誰よりも彼はホークを助けたいと願っていたから。
「でも‥」
 シエラは指をさす。
 それは美しい光景だった。
 薔薇の森を飛び交うスワロー。美しく咲く薔薇の花。そして‥彼らと共に笑う少女達の笑顔。
「人は勝手な存在かもしれません。でも、あの光景を守れて私は‥良かったと思いますよ」
「私達は全てを守り手に入れる事は‥できない。でも、少しずつでも前に進んでいけば、いつかは両方守れる日が来るかもしれません。それを目指しましょう」
 神に仕える騎士の言葉に、彼らは頷いた。

 自分達の守ったものを、眩しげに見つめながら‥