冬の小さな忘れ物

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月04日〜04月11日

リプレイ公開日:2005年04月08日

●オープニング

 おねえちゃんにあいたい。もういちど‥‥。
 そして、ちゃんとおれいとおわかれを‥‥いいたいのに‥‥。


 やってきたはずの春が後戻りしたような吹雪の日。その依頼人はやってきた。
「あのね、あたし、いらいをしたいんだけど、いい?」
 カウンターが喋ったのを見て係員は、ひょいと顔を下に向けた。
 小さな依頼人がそこにいる。
 マントが歩いているような小さな女の子だ。
「依頼は‥‥構わないが、依頼料はあるのか?」
「あるよ、ちょっとしかないけど‥‥」
 テーブルの上に転がったのは小さな手に握られたシルバー貨が数枚。
 くすっ、と小さく笑ってからどんな依頼だ? と係員は膝を折った。
「あのね‥‥あたしキーニ」
 そう言った子供は7歳で、近くの商人の娘だと名乗ってからこう依頼内容を告げた。
「おねえちゃんをさがしてほしいの。もりにいたおねえちゃん。あたしのおともだちだったの」
「『ともだちだった?』 今は、違うのか?」
「わかんない。ここのところ、あえないの」
「年は」
「しらない、でも、あたしよりすこしおっきいとおもう」
「名前は?」
「しらない、きいてない」
「住んでいる所は?」
「しらない」
「それじゃあ、捜しようが無いぜ」
「でも! あいたいの。わすれものをとどけてあげなきゃ‥‥」
 肩をすくめる係員にその子は食って掛かった。
 その勢いに係員はまた笑って、聞く。
「忘れ物‥‥って何だ?」
「あのね、あたしがあげたイヤリング。いっこだけ、おとしていったんだよ」
 キーニの手の中には小さなイヤリングが片方、握られていた。
 白く塗られた木の飾りがいくつか繋がった拙い子供の手作りの品だ。
「あのね、もりでね、あたしまいごになったの。そしたらね、おねえちゃんがたすけてくれたの。おれいにね、これあげたら、ニッコリわらったの。だいじにするよ、っていったみたいに‥‥。きっとさがしてる‥‥。だからみつけてわたしてあげて!」
「自分で見つけて渡してやったらどうだ?」
 係員の言葉にキーニは首を振る。
「あのね、あたし、ケンブリッジにいくの。4がつになったらすぐ。いま、そのじゅんびがあって、おうちをひとりじゃでられないの」
 親子二人暮しで、父親が仕事に出ている間、キーニは親戚の家に預けられていた。
 ケンブリッジとキャメロットの中ほどにあるその街の側の森でこの冬よく遊んだ。
 白くて肩の辺りで揃えた髪、黒い瞳の女の子だった、と場所と外見を一生懸命説明した。
 街では、どんなに探しても出会えなかった。森では、行けば必ず会えたのに‥‥。
「きゅうに、かえってきたから、さようならもいえなかったの。あしたあったら、このイヤリング、かえそうとおもってたのに‥‥おててつめたかったけど、とってもやさしかったんだよ‥‥」
 しょんぼりと俯くキーニはそれでも、ちゃんと顔を上げてお辞儀をする。
「あたしね、ほんとはね、もうもういちどあいたいの‥‥。でも、だめだから、このわすれもの、とどけて、そしてありがとう、って、またあそぼうって、いってた、ってつたえて」
 おねがいします。
 儲けにはならないと解っていても、こういう依頼人に係員は弱い。
「ああ、解ったよ」
 そう言って小さな頭に手を乗せて笑った。

「と、言うわけだ。報酬も無いに等しいが、暇だったらまあ、受けてやってくれ」


 それは、小さな街の噂話
「知ってるか? 森に不思議な女の子が出るって話」
「ああ、雪の日にだけ出るってやつだろう? ずっと見てるとなんだか、影が薄いような、透き通るような感じで‥‥ゴーストかな?」
「まさか! でも最近、雪の日以外にも出るらしいぜ、何か探してるような顔してさ‥‥」

●今回の参加者

 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5153 ネイラ・ドルゴース(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea5386 来生 十四郎(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「おねがいします‥‥」
 小さな頭を下げた少女の前に
「あいや! 暫く待たれよ〜」
 タン! 見得を切るように羽を広げ、いつのまにかギルドのカウンターに中年の男が腕を組んで仁王立ちして立っていた。
 手ではなく羽である。巨大な着ぐるみ“まるごとハトさん”を着込んだ彼は開口一番に言った。
「その依頼、平和と愛の象徴“ハトのゲンちゃん”が引き受けたでござるぅ!!」
「わっ?」
 突然現れた巨大な鳩に少女はとっさに目の前の長いスカートの裾をキュッと握ってその後ろに隠れる。
「さぁ、そこな、ちみっ子よ。拙者に、何処の、誰に、何を伝えたいのか、きゃわゆいポーズ付きで申すでござる!」
「大丈夫よ。キーニちゃん、怪しい人だけど、悪い人じゃないから‥‥」
「‥‥それは無いでござるよ、ヴァージニア殿」
 自分の背中に半無きで隠れる少女の髪をヴァージニア・レヴィン(ea2765)は優しく撫でた。鳩の着ぐるみから頭だけを出して葉霧幻蔵(ea5683)は少し寂しげに笑う。
 まだ怯え顔の少女の前にスッと、大きな笑顔が降りた。邪笑ではない、優しい笑みでリ・ル(ea3888)は少女に話しかけた。
「俺はリ・ルって言うんだ。リルでいいよ。キーニは字が書けるかい? もし書けるなら、自分で彼女にメッセージを書いてみないか?」
「あたし‥‥まだじ、かけないよ?」
「なら、絵でもいいよ。どんな女の子かとか、気持ちを込めて描いてごらん?」
「うん!」
 カウンター脇のテーブルと椅子は、小柄なキーニには少し高い。来生十四郎(ea5386)は椅子によじ登ろうとするキーニの腕の下に両手を差込んでひょい、と持ち上げ座らせてやった。
「ありがとう♪」
「どういたしまして‥‥っとこういう健気な子にどうも弱くてな」
「大の男がこんなに集まって‥‥将来、絶対お前ら『娘は渡さん!』とかやるだろ?」
「そういうお前さんも、たいがいだと思うがねえ」
 からかう様な、でも穏やかな口調で告げた言葉に見事に返されて五百蔵蛍夜(ea3799)は苦笑に似た顔を作ってこめかみを掻いた。ちなみ返した方にあたるジェームス・モンド(ea3731)もそれを否定する気は無い。
(「幼き日の出会いと別れは後の人生でも大切な宝物‥‥だからこそ、幸せな思い出にしてあげたくてな」)
 木の板にペンで一生懸命友達の絵を描くキーニの後姿。まるで娘を見守る父のような気持ちなのは自分だけではあるまいと彼は確信していた。
「‥‥と、できた♪」
 その絵は拙いが、特徴はそれなりに現していた。ショートの髪。伸びた手足。そして笑顔‥‥
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)もキーニにまるで妹を見るようにニッコリと笑いかけた。
 椅子からトンと飛び降りるとキーニは改めて頭を巡らせた。何かを考え、そして言葉を捜し、紡ぐ。
「おにいちゃん、おねえちゃん、おじちゃん、おねがいします」
「う〜ん、拙者もおにいちゃん、とよんでくれぬか。報酬はハトなだけに豆が欲しいでござる」
「まめ?」
 首を傾げる様子は本当の鳩よりも丸く、くるくるしていた。
「ああ、あれは気にしなくていいから。キーニの依頼、確かに引き受けた。俺達に任せておけ」
「うん!」
 目の前の冒険者達に、キーニは全幅の信頼を寄せもう一度頭を下げた。

 街道を歩く冒険者達の中、一人遅れてやってきた者がいた。
「あの子は一緒じゃなかったのか‥‥」
 てっきり一緒に行くと思っていただけにネイラ・ドルゴース(ea5153)の気は少し抜けたようだった。
「自分で行けないから、あたしたちに依頼したんでしょう? まあ、仕方ないわよ」
 ヴァージニアの言葉にそうか、と言いながらもネイラは悔しそうな思いを乗せる。
 保存食を忘れた事で腹が減って不機嫌でもある。それは八つ当たりにも近かったが‥‥
「まあ、暇って言えば暇だから、受けた訳なんだけど‥‥残念だよ。でもさ、親を説得したり、ケンブリッジまで送っていくとかしたら、キーニを連れ出せたんじゃないかい?」
 ポン、リルの両手が鳴った。
「そういう手もあったか? きっぱりすっぱり、考えから抜けてたぜ‥‥」
「ケンブリッジの入学式、20日なんですって。でもその一週間前には行くっていう話だったから‥‥あら、丁度通り道だったかしら?」
 二人にも移った悔しげな顔をまあまあ、と忍者姿に戻った幻蔵が宥める。流石に旅路でまるごとハトさんは着れまい‥‥。
「あとは、やるだけの事をやるでござるよ。ちみっ子に時間があっても相手に時間があるとは限らぬ故にな‥‥」
 握ったイヤリングにほんの少し真面目な思いを握り締める。
 もうすぐ村だ。先行した面々が待っているだろう。彼らは足を早め目的地へと向かった。

 周囲の地形や街道の様子を計算したエヴァーグリーンは、先を行く仲間達に声をかける。
「キーニちゃんは、あさって、キャメロットを出発して〜、こっちの街に来るのはぁ五日後くらいみたいですよ〜」
「ふむ、その頃までになんとか見つけられるといいな」
 先行して数日、街での聞き込みを終えた冒険者達は、森の入り口から奥に向けてぐるり目線を回した。
 北に位置するこちらは少し肌寒く、キャメロットでは完全に消えていた雪がまだかすかに足元に残る。
「あの森の娘はあんまり奥には出ないらしいから、周辺を捜せばいいだろう‥‥」
「‥‥やっぱり、子供のことは、子供に聞くべきかねえ。大人の酔っ払いどもはあんまり役にはたたなかったよ」
 街での情報収集を元にジェームスが鳥になって調べた大雑把な森の地図に蛍夜と十四郎はいくつかのあたりをつけている‥‥。
「‥‥雪か」
「ん?」
 ジェームスの独り言には大きい呟きに十四郎は顔を上げた。
「どうかしたのか?」
 と聞こうとしたのであろう彼にジェームスは何でもない、と手を振る。だがその顔は何でもないとは言っていない。
「あの‥‥ですね。ジェームスさん‥‥」
「なんだ?」
 ふと、もじもじと近づいて、こしょこしょ、と囁かれたエヴァーグリーンの耳打ちに、ああ、とジェームスは頷く。多分、と前置いて。
「もしそうだとすると、早く見つけて早めに返してやらんとならんだろうな。それに、そろそろ春も近い‥‥かなりの無理をしている気もするからな」
(「キーニとの思い出がその子にとってもそれだけ大切な物なら、意地でもなんとかしてやらんと‥‥」)
 もうじき、仲間達も着くだろう。皆、感じているはずだ。
 ふんわりと香る、風の中に感じる緑の息吹。
 多分五日後では間に合わない、時間との勝負かもしれないと‥‥。

 八人が合流して一日目の夜。
 ヴァージニアは村の酒場で竪琴を弾く。森で出会った少女と、娘の小さな友情を唄と調べに乗せて‥‥。
「今日は‥‥見つからなかったな」
 呷ったエールが口の中で苦い。
 だが
「大丈夫、きっとあの子は見つかるさ。それに本当の友達の絆って言うのはそう簡単に壊れたりしない」
 きっと。ネイラの手のひらの中の握られた言葉に、リルは仲間達に向かい合った。
「みんな、俺に‥‥考え方があるんだ」
 その作戦は、作戦というには簡単ではあったが‥‥一番有効かもしれない。  
 森の様子は理解した。明日は冬の戻り、この春一番の寒さだと村人は言う。
「明日が勝負だぜ、皆!」

「お〜い!」
 腹から響く全力の大声で、リルは声を上げる。
「キーニという女の子からイヤリングの落とし物とメッセージを預かってきたんだ〜。思い当たる事があったら出てきてくれないか〜」 
 彼は呼びかけた。怒鳴り声にならないように気をつけながら、でも、何処かにいる誰かに届くように‥‥。
「俺達は、キーニの使いの冒険者だ〜。耳飾りを返しに来たんだ〜。聞こえたら返事をしてくれないか〜」
 十四郎、幻蔵、ジェームス、蛍夜‥‥大声を上げる彼らの呼びかけに寄り添うように、エヴァーグリーンの声も森に響いていく。
「お話があります〜。怪しいものじゃないですから、でてきてくださ〜い」
 悴む指で竪琴を弾き、ヴァージニアは歌を歌う。酒場で歌ったのと同じ、優しい歌を‥‥。
 耳に届いた歌声にリルはふと、足を止め苦笑した。
「‥‥こういう手段しか取れないのが‥‥もどかしいけど‥‥出てきてくれないか‥‥うわっぷ!」
 トサッ! 頭上の木の枝がかすかに揺れて、リルの頭上に雪の塊を落とした。
 足元は気をつけていたが、頭上の注意をやや怠ったかと、彼が顔の雪を落としたとき『それ』は現れた。
「あ、君は‥‥」

 ロープの目印を辿り、リルの元に仲間達が集まったのはそれから、程なくのこと。
 雪色の髪、白い服、純白の肌‥‥片方だけの、イヤリング‥‥。
 キーニが一生懸命描いた絵は、残念ながらそれほど似てはいなかったけど、思いと彼女の顔を伝えている。
 木の板と少女に視線を往復させると、リルは問いかけた。
「‥‥君が‥‥キーニの友達だね?」
 ニッコリ、彼らの前に立つ少女は微笑む。言葉の答えは返らない。
「白いイヤリング落としませんでした? ‥‥‥‥しゃべれないのでしょうか?」 
 首を傾げるエヴァーグリーンの横を、スッと通って一つの影が歩み出る。
「拙者、葉霧幻蔵‥‥御免!」
 少女の眼前に立つと彼は印を組んで呪文を唱えた。煙が舞い上がる。
「お、おい! あんた?」
「‥‥しっ‥‥!」
 止めようとするネイラを蛍夜は制した。彼が、唱えたのは攻撃呪文ではない、それは消えた煙と共に、直ぐに知れる。
 目の前にいた男は消え‥‥小さな女の子がそこにいる。右手をまっすぐ、少女に向けて。
「‥‥‥‥おねえちゃん! もういちど‥‥もらってくれる?」
「!」
 彼が唱えたのは人遁の術。声は、声色で変えているとはいえ、同じではない。きっと彼女も本人ではないと解っているはずだ。でも‥‥
「おねえちゃん、たすけてくれて、そして‥‥あそんでくれて、ありがとう。‥‥キーニはね、おねえちゃんのこと、だいすきだよ」 
 少女の表情が変わる。狼狽から驚き、喜び‥‥そして、涙ぐむような笑顔へと‥‥。
 そう、そんなことは関係ないのだ。彼らが預かったのは、そして伝えるのは心からの思い、そのものなのだから。
「‥‥また、いっしょにあそぼうね」 
 小さな手のひらに、白い手のひらがそっと重なる。氷のようにそれは冷たかったけれど、手のひらは引かれない。
 雪の色と同じイヤリングは、少女の手のひらに握られ、抱きしめられた。
 キラリ、頬に落ちた雫は、白い雪の花に変わる。
 やっぱり、と思う冒険者達の前で、二つのイヤリングをつけた少女の影が、ふわりと揺れた。薄れて消えていく‥‥靄のように、霞のように‥‥。
「待ってくれ!」
『待って!』
 消える寸前の揺らめきが、止まる。その黒い瞳は冒険者達を、特に蛍夜と、ヴァージニアを見つめた。
「イヤリング、もう一つは持ってるんだよな? ‥‥それを返す代わりに、今持ってる方を預けてくれないか? キーニへの気持ちと一緒に」
『キーニは、本当にあなたに会いたがっていたわ。また‥‥会えるわよね』
 声に出された声と、出されない声。その返事は言葉には出されなかった。
 ただ彼女は笑う。春の日差しのような柔らかく、優しい微笑で。
「きゃっ!」
 森を抜ける木枯らしだった風が、南風へと変わって冒険者達の間をすり抜けた時、彼女が立っていた場所には一つのイヤリングと、水の雫が残されているだけ。
『‥‥ありがとう。また、会いましょう‥‥』
 その返事をはっきりと聞いたのは、テレパシーを使ったヴァージニアだけだったろう。だが、冒険者達には聞こえていた。
 彼女の思いは‥‥ちゃんと‥‥。
 さっきまで、彼女がいた場所に残るイヤリングを、ジェームスはそっと拾って蛍夜に渡す。
 流れていく風は、もう暖かい春の風。
 彼女が消えていった先を見つめながら、その思いを彼はふわりと空に飛ばした。
(「もう、絶対に落とすんじゃないぞ‥‥」)
 

 冒険者達が帰り道、エヴァーグリーンが聞いた行程に合わせ、依頼人の止まる宿を訪れたのはそれから二日後の事。
「あの子は‥‥ありがとう、って言っていたよ」
 リルの手を置いた頭が小さく揺れる。手にイヤリングを握るキーニの大きな目には涙が溢れていた。もう零れ落ちそうな程に。
「‥‥おねえちゃんともうあえないの? 」
「そんなことは無いさ、待ってる、ってさ。もう一度遊ぶんだろう? これはその『約束』の為の、お守りだ」
 リルから、蛍夜へ移ったキーニの頭上の手は、優しく、ゆっくりその髪を撫でる。
「あんたがいい子にしてたら、きっとまた来年会えるさ」
「そうだ‥‥だから、ケンブリッジでも元気で頑張るんだ。お前さんは、一人じゃないんだぜ」
 グスグス、鼻水と涙で顔をクシャクシャにしながらも、キーニは一生懸命頭を上げた。
 そして、こくん、と小さく首を前に動かした。
「‥‥うん‥‥『やくそく』する。おにいちゃん、おねえちゃん‥‥ありがとう」
 
 さらに帰り道
「‥‥あのね、ジャパンの『ユキオンナ』ってお話思い出したですの。あの女の子その子供だったのかなぁ‥‥」
「多分ね‥‥俺は、幽霊かなんかかな、って思ってたけど」
「悪い魔物じゃなきゃ‥‥別にかまわないさ。世の中、そんなに敵ばっかりじゃつまんないしね」
「もう、春も近い。それでも、あの子が無理して残ってたのは‥‥きっとあの子にとっても‥‥大事だったからなんだろうよ」
 何が、などとは言う必要は無いだろう‥‥。
「おや? もう近い、どころじゃないかもな‥‥」
「ほお‥‥可愛い花でござるな」
「本当、もう、春なんですね‥‥」
 街道の横道に小さな花がひっそり咲いていた。
 名残雪のような、白い‥‥花達。
「‥‥あの子の笑顔のよう‥‥なんて柄じゃないかな‥‥」
 季節が変わる‥‥冬から春へと‥‥。
 風の色に、大地の香りに、そして少女達の微笑みと涙のような小さな花に‥‥。
 彼らはそれを確かに感じながら、街へと戻っていったのだった。
 
 花がふるんと鈴のように風に揺れる。


『‥‥ありがとう。また、会いましょう‥‥』