風が歌う舞踏曲

■ショートシナリオ&
コミックリプレイ


担当:夢村円

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月18日〜04月23日

リプレイ公開日:2005年04月23日

●オープニング

 〜〜♪〜〜♪
 ひゅるん、きゅるるん、
「ん? 何か聞こえる‥‥」
 街道を歩く、彼は耳を澄ませた。
 聞こえてくる来る、それは、微かな音色。
 ほんの少し、気持ちを逸らしてしまったら見失う、小さな調べ。
「うわあ、すごい‥‥こんな音が‥‥存在するなんて‥‥」
 彼は、歌と音楽を生業とする者だ。
 腕にはそれなりの自信はあるし、何より音楽を聴く『耳』は持っているつもりだった。
 だがその『耳』は告げている。こんな歌を聞いたことが無い、と。
 楽しげで、柔らかで、明るい輝きに満ちている‥‥。
「あ‥‥消える?」
 突然、歌は止まった。そして‥‥今度は溶けるように音色は遠ざかろうとしている。
 道から離れ、彼は音を追う。森に入ろうと竪琴を置いて。だが‥‥それは入ろうとした、の未然形で終る。
「ま、待って! もっと‥‥聞かせ‥‥うわあっ!」
 ズベタッ!
 彼は地面に見事にダイビングした。足元が持ち上げられるような感覚の後‥‥顔から。
 指を庇ったのは天晴れ、というところであろうが‥‥。
「おかしいなあ? なんで転んだんだろう‥‥、あ、こんなことをしている場合じゃ‥‥うわっぷ?」
 膝の埃を払い、立ち上がり改めて森の奥に行こうとした彼の顔を、木の枝が軽く擽る。
「あれ? こんな所に木? さっきまで無かったと思ったのにな‥‥あああっ?」
 妙に軽く感じた背後。ふと気付くと、何時の間にやらバックパックに大きな『穴』が開いている?
 自分の歩いてきた道に保存食、薬、スクロールなどが点々と落ちている事に彼はまだ、気が付かない。
「い、何時の間にこんな穴がおかしいなあ? ‥‥あっ‥‥」 
 その時、青年の髪と顔を、一際強い春の風が撫でた。
 瞬間、彼の頭上から何かが飛び立っていく。
 羽はあるが、鳥ではない。
 あれは羽帽子‥‥。
「‥‥えっ??」
 彼は自分の目を擦った。
 今、見えた気がしたのだ。
 自分の側を吹き抜けていった風の中。帽子を玩具のように遊んで飛んでいく子供の姿を‥‥。
 聞いた気がしたのだ。
 自分をとりこにしたあの音楽と同じ色音の楽しそうな笑い声を‥‥。
「‥‥あっ! ぼ、帽子ぃいい!!」
 伸ばした手は空を大きく掻く。だが‥‥風は答えることなく、捕まることなく、するり、空へ逃げていった。

「その後も〜、森へ行こうとすると転んだり、ぶつけたり‥‥、途中で冬眠から醒めた熊とかがいて、‥‥もう逃げてくるのが精一杯でだったんです‥‥うっ、僕の帽子。‥‥母さんが作ってくれた大事な帽子だったのに‥‥」 
 小さな擦り傷、刺し傷、引っ掻き傷。
 連続性踏んだり蹴ったりに襲われた吟遊詩人の青年は、そう言ってギルドのカウンターに突っ伏した。
「それで、そんな顔なのか? ず・ずいぶん華々しい顔だな。折角の色男が台無しだぜ?」
「笑わないでくださいぃ。僕は真剣に困ってるんですからぁ〜〜」
 半泣き顔の青年に、係員は解った、解った、と告げるが‥‥まあ、それも口だけだ。
 顔が笑っているのが誰でも解る。
 ぷうと、頬を膨らませて見せる吟遊詩人に、含み笑いながらも一応、それで? と係員は聞いた。
「ここに来たってことは愚痴を言いに来ただけじゃああるまい?」
「あっ、そうだった‥‥」
 完全に忘れていたという顔で、その若い吟遊詩人サリアスと名乗った彼は本題を話し始める。
「近くの村の人に聞いたら、その森には昔から春になると何故か入れなくなるのだそうです。入ろうとしても何故か先に進めなくて、僕みたいに戻ってくる事になるって。昔話では復活祭の日、風の精霊達が春告げの宴を開くって言われているとか‥‥」
 そこまでなら良くある昔話だが、どうやら本当らしいと彼は続けた。
「でも村人の中でもそれを見たことがある人はけっこういるらしいんですよ。風の精霊に好かれた人は、一度だけその宴を見ることができる。歌を愛する者は一緒に歌うことができると‥‥。見た人は口々に言ってました。言葉では言えないほど美しいって‥‥」
 で‥‥軽く深呼吸してからサリアスは告げた。
「僕と一緒に、森に行きませんか? 風の精霊たちの宴を見に?」
「はあ? あんたそんな顔になってもまだ行くっていうのか?」
 呆れ顔の係員に、勿論! 彼は思い出すだけで、うっとりというような表情で力いっぱい頷く。
「あの、素晴らしい幻の歌をもう一度聞けるなら、そして、もし一緒に歌えるなら、擦り傷の一つや二つや三つや四つ‥‥」
「何でもないってか?」 
「ゴメンなさい。‥‥実は何でもなくは無いです。僕は、どうも嫌われてるみたいで‥‥一人だと、多分また駄目ですから、冒険者の皆さんに一緒に行って欲しいんですよ‥‥」
 駄目ですか? 見上げる目線でサリアスの目線はまるで拾って下さいと言っている仔猫のよう。
 ワザとやっているなら大したものであるが‥‥。
「でも‥‥相手は風だろ? 一人二人じゃないだろうし風を捕まえることなんて偉く難しいし‥‥」
「大丈夫です! 別に捕まえる必要は無いし、大雑把ですけど地図も作りました。悪戯されてもメゲずに歩き続ければ、たどり着きますよ。噂に聞くところ、風の精霊は人を致命的に殺すような悪戯はしないそうですから。ほんちょっと転ばされたり、ほんのちょっと顔をぶつけたり、ほんのちょっと服を捲し上げられたり、ほんのちょっと落し物をしやすくなるだけですから‥‥多分」
「‥‥そのどこが大丈夫なのか、聞いてもいいか?」
「あれ?」
 拳を握り締めたサリアスはそのまま首を傾げる。
 どこかずれているなあ、そう思いながらも係員は依頼書に向かった。
「要するに、森の奥に行くまでの護衛だな」
「はい! 僕一人じゃ、歌声の主を捜せないので‥‥。それほど沢山は報酬出せませんけど‥‥お願いします」
「ちなみに帽子は? 探さなくていいのか? 母親の形見なんだろう?」
「あ‥‥忘れてた‥‥」
 係員は自分が立っていたことに感謝した。座っていたら間違いなく、椅子からずり落ちていただろうから‥‥。

 
 思い出し笑いをしながら係員は、依頼書をピンと指で弾く。
「と、いう訳だ。あのどっか浮世離れした吟遊詩人を放っぽっておくのも寝覚めが悪いし‥‥それに、面白いものが見られるかもしれないぞ」
 キャハハ、クスクスクス‥‥。
「?!」
 それは、聞こうとしないものには聞こえない小さな囁き。
 穏やかな空気を纏ってきた窓の外、冒険者達もまた小さな風の精霊たちの笑い声、歌声を聞いたような気がした‥‥。

●今回の参加者

 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3071 ユーリユーラス・リグリット(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea4127 広瀬 和政(42歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4823 デュクス・ディエクエス(22歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6030 タチアナ・ユーギン(32歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 依頼人はスキップしながらギルドにやってきた。
「依頼を受けてくださる方がいた、って本当ですか?」
 顔中が弾ける元気な笑顔を見ていると、こちらまで楽しい気分になる。
「春の精霊達の宴。森と植物を愛するエルフとしては、見てみたいものですわ」
 とアクテ・シュラウヴェル(ea4137)も笑顔を返した。
「ありがとうございま‥‥」
 言いかけた言葉が突然止まり、笑顔は凍る。
「‥‥どうしたんだ? 一体」
 顔色を変えたサリアスの視線の先を追った冒険者は、そこに見た!
 彼らの背後から飛び出した黒い、いや白い物体を‥‥。
 ばさっ。
 風圧と共に現れたのは‥‥純白の羽を広げる怪しいまでに怪しい‥‥トリ?
「その依頼、愛とか平和(中略)“ハトのゲンちゃん”が引き受けたでござる! 忍ばぬ忍び参上!」
 ひゅる〜ん。
 折角見得を切ったのに、皆の視線は悲しいまでに冷たい。
 冬なごりの空気が室内に広がっていく。
 極寒の空気に唯一気付かなかったのは、葉霧幻蔵(ea5683)のみだったろう。
『まるごとハトさん』はちなみに−10度で4時間活動可能である。
「あ、あの‥‥あの方は?」 
「‥‥さあ、行きましょうか? 私、買い物があるの。出かける前に‥‥」
 凍りついたサリアスの肩をポンポンと叩くとタチアナ・ユーギン(ea6030)は外へと促した。
 彼女の目配せを受けて鳴滝静慈(ea2998)が後に続き、冒険者は出て行く。次々に外に。
 ぽつん、と残る、一羽のハトを残して。
「ま、待つでござる〜」
 寂しがり屋のハトさん(?)は、精一杯羽ばたいて後を追いかけていった‥‥。


「いい天気♪ やっぱり春はこうでなくっちゃ〜」
 驢馬の上でユーリユーラス・リグリット(ea3071)はう〜ん、と伸びをした。
 側ではデュクス・ディエクエス(ea4823)が荷物やユーリユーラスを乗せて歩いてきた驢馬を労うように優しく撫でる。
 川の側に緑色の草の絨毯を見つけ冒険者達は、一時、心と身体を伸ばしていた。
 いかに暢気な依頼とはいえ、デュクスや広瀬和政(ea4127)は周囲に気を配りながら歩いている。
 流石に少し、疲れたろう。
「ねえサイラスさん、タチアナさん。ちょっと歌おう? こんにちわって」
 ね? 笑うユーリユーラスの誘いに二人の吟遊詩人は頷いて竪琴を手に取った。
 ♪〜♪〜〜♪〜
 奏でるのは牧羊歌。春の楽しい気持ちいっぱいの軽やかなメロディーは人々の心を弾ませる。
 竪琴の音色に合わせるように、木々も揺れて優しい光を冒険者の上に落とす。
(「髪が木漏れ日を吸い込むように光って‥‥綺麗だ」)
 楽しげなタチアナを見つめる静慈の目が細められているのは、光だけが眩しいからではないだろう。
 空には光、暖かい空気。地面には花。
「楽しいピクニックになりそうですわ」
 春の調べに耳を傾けながらアクテは柔らかく微笑んだ。


 太陽は、頭上からゆっくりと傾き始めている。
「ふわあっ‥‥まだかな」
 驢馬の上でユーリユーラスは小さく欠伸をした。
 平和な森のピクニックは気持ちよすぎて‥‥少し退屈になってきているのだ、と自己分析。
 向こうでは静慈がサイラスと何かを話している。
「サリアスさん、キミのことを聞かせて貰えないか?」
 興味本位からだが‥‥仲良くなりたいと言われた静慈の言葉にサイラスは頷いていた。
 農場の生まれで兄弟が沢山いて‥‥懐かしそうにサイラスは語る。
「一番下の弟は、デュクスさんと同じくらいかな?」
「へえ、そうなんだ? 意外だな」
 おっとりとした性格だから、下に兄弟がいるなどとは思わなかった。と静慈は口にしない。
「? 何で意外なんですか‥‥え?」
「しっ!」
 木に目印用の布を巻きつけていた和政が唇に指を一本当てる。静かに、の合図に冒険者達は物音を聞く。
 カサカサ‥‥ バサッ!
「‥‥小鳥さんかあ」
 ユーリユーラスは驢馬の背中に立った。木から飛び立つ小鳥をもっと見ようと飛びあがろうとした時。
「うわっ!」
 突然の突風に小さな身体は揺れた。驢馬の背から転がって‥‥。
「‥‥っと!」
 落ちかける小さな少女をデュクスがに両手で受け止める。
「あ、ありがと‥‥でも、何だろね。今の突風‥‥ん? どしたの?」
 救出者デュクスの顔だけを見ていたユーリユーラスは、彼の視線と瞬きに首を傾げ、その方向に自分も顔を向ける。
「‥‥あれ」
「あれ、って‥‥わっ!」
『くすくす‥‥』『キャハハ』
 さざめく楽しげな笑い声。空に浮かぶ、薄ぼんやりとした靄のような‥‥子供達。
「あの時の‥‥風の精霊?」
 彼らの姿はふい、と消えた。瞬く間に。
「‥‥えっ?」
 逃げたのか? 一瞬思った冒険者達だが‥‥心配は無用と直ぐに解った。
 ふわり、ふわり。
 楽しげな精霊達は周囲に浮かんでは消え、また現れる。
『あ・そ・ぼ?』
 そんな声が冒険者達に、聞こえたような気がした。
 いや、聞こえたのだろう。
 風の子供達は冒険者にアプローチを始めたのだ。
「あらあら、おいたは駄目ですわ」
 柔らかな髪を、まるで紙縒りのように捻られてアクテは嗜めるように、小さく微笑む。
 これはまだ序の口。
「‥‥フッ、どうやら随分と歓迎を受けているらしいな」
 そう腕組みしながら呟く和政の手の上には、ご丁寧に一枚ずつ自分が結んできた順番に、目印の布の雨が振る。
「ずっと、俺達を見ていたのか? うわっぷ」
 素朴な疑問に答えるのは、最後の一枚の布。頭の上から落ちて顔にぺたり、貼りついた。なかなか剥がれない。
 精霊出現にテンションが上がりまくっているのはこちら。ユーリユーラスだ。
「おっけえ〜♪ 〜僕、ユーリって言います♪ 一緒に遊びましょう〜」
 そういうと、竪琴を持つ間も惜しく驢馬の背を蹴って飛び上がった。 
「く〜るくる〜。ふにゃ! 〜ダメですっ! スカート引っ張ったら脱げちゃうですよっ!」  
 すっかり精霊達と同レベルで追いかけっこをしている。
「本当に‥‥精霊が見えるなんて」
 少し感動したような表情の静慈の肩を、誰かがトントン叩くような気がする。
「だれ‥‥‥‥あっ」
 振り向いたその頬を風が軽く突いていく。
「可愛い悪戯よね。子供のすることなのだから‥‥」
 怒っちゃ駄目よ、苦笑する静慈にタチアナが言ったのは少し前のことだ。だが今、彼女は風の精霊を追いかけている。
「‥‥子供だからって、何でも笑って済まされるわけじゃないのよ!」
 拳を握り追いかけるタチアナを静慈は止められない。彼の頬は今もって赤い。
「う‥‥あ、う‥‥」
 思い出すだけで顔が赤くなる。言葉が出ない。
 風がタチアナのスカートを捲り上げたあの瞬間を。もろ‥‥見てしまった。
「こら〜! 待ちなさあい!」
 風は、勿論待たなかった。

 タチアナのスカート捲りを成功し、調子に乗った風の子供が冒険者の間を、ぴるると飛び回る。
 向こうにはマントを頭に絡ませたサリアスがいる。
 ついでにもう一回、とでも思ったのだろうか? 通り過ぎるはずの春風は冒険者の足元を擽り、一人の足元で渦を巻く。
 白いドレスに細い足。風は一気にスカートに見えたものを捲くった。
「いやあん♪」
 しなを作る声は文字上では可愛らしく聞こえる。だが‥‥可愛らしいとはほど遠い、それは野太い声、筋肉質の足。見えた下着は越中褌?
『?!?!?』
「どうしたの♪」
 ‥‥精霊は真っ白になっていた。身体を消すのさえ忘れて彷徨い、何かにぶつかって落下する。
「‥‥幻蔵さん。‥‥それ、犯罪‥‥だと思う」
 地面に落ちかけた精霊をハッと抱きとめて、デュクスは目の前の人物(?)に声をかけた。
「あら、そ〜お? ゲンちゃん、こまっちゃう♪」
 バッチン!
「‥‥‥‥」
 女性的男性のウインクをデュクスは軽く無視して後ろを向くと、精霊を優しく地面に置いた。
 手で風を送りながらじーっと見つめていた顔は無表情だがには、可愛い♪ &興味津々と読める人には書いてある。
 頬っぺたをつついて見ると‥‥
 ガバッ!
 精霊は目を覚ました。
 人と同じように飛び起きて周囲を見回したその動きは
「シーッ!」
 と口に指を当てる仕草に目を丸くしながらも従い‥‥立ち上がって地面を蹴った。
 あっと言う間も無く風に溶ける。
「捕まえなかったんですね?」
 何時の間に近づいていたのか。サリアスに気付いたデュクスはもう一度唇に手を当てる。
「きゃあ〜! く、くすぐったいですわ♪」
「えへっ♪ こしょこしょ攻撃大成功!」
「もう、お土産あげませんわよ? ‥‥ってユーリユーラスさん?」
「こら! 私のバックパックに落書きをしくさったのはおのれか!」
「逃げるでござる!」
「タチアナさん。落ち着いて‥‥」
「子供だからこそ、やってはいけないことはきっちりと‥‥」
 何時の間にやらドサクサに紛れて悪戯を楽しんでいる者もいるようだ。
 小さく肩をすくめながらもサリアスとデュクスは、その賑やかな祭りの輪に自分から戻っていった。
 夕日がゆっくりと‥‥森を染める。

 パチパチ‥‥。
 焚き火の爆ぜる音以外はしない静寂の森の中で、冒険者達は身体を休めていた。
 昼間の風の精霊達との邂逅は思った以上に冒険者達の体力を削っていたようだ。
 デュクスは薪を持ったまま、ゆらゆらと頭を前後に揺らす。
「ん?」
 ふと、顔が上がる。誰かに髪を引っ張られたような気がしたのだ。
 〜♪〜〜♪
 向こうではサリアスが顔を上げる。
「‥‥サリアス‥‥兄さま?」
「今、何かが聞こえませんでしたか?」
 こっくり。デュクスは無言で目を閉じる仲間達の身体を揺さぶった。
 白と緑と紫、光と闇が入り混じった不思議な靄の向こうから確かに聞こえてくる。かすか不思議な調べ。
『こっち、こっちだよ‥‥』
 冒険者達は、ゆっくりと歩き出した。
 
 
 ‥‥ピン!
 風が弾いた木から朝露の雫が落ちる。それはユーリユーラスの頬に当たった。
「う‥‥ん? あれ?」
 開かれた目は数度瞬くと、周囲を見た。
 丘の上、小さな草原が広がって、所々に花が咲いている。
 芝生のような草の上に、冒険者達は眠っていた。
「みんな! 起きて!」
 小さな手と声に彼らは次々に目を覚ました。
 そして‥‥呟く。誰とも無く。
「あれは、夢だったのでござろうか?」
「‥‥あっ?」
 思いを返せば、はっきりと思い浮かぶ不思議な宴。
 タチアナは自分の指と胸に確認する。
 そうだ。風の子供達が楽しそうに踊る。
 爽やかな春風のような調べは心を揺り動かして‥‥自然に、共に歌っていたのだから。踊っていたのだから。
 竪琴を取り出して、昨夜聞いた、そして弾いたはずの音を思い返そうとするが、どうしても思い出せない。
 あの時は、確かにあれほど軽やかに弾けたのに。
「‥‥妖精と一緒に踊った‥‥あれも、夢?」
 デュクスは手を握る。手の中には感覚が残っている。淡い靄のような。
『楽しい?』
 聞かれて頷いた自分も、手を引っ張られて踊った自分も‥‥確かにいたはずだ。
「ふむ、酒も‥‥無くなってるな。‥‥頭も痛いし」
「私のお土産も無いですわね」
 それぞれのバックパックから和政とアクテは酒瓶を出して振った。
 一人で飲んだにしては少し減り方が激しい。それに‥‥覚えている。
『‥‥宴にはやはりこれだろう。さぁ、飲んでくれ。上手いだろう?』
『皆で分けて飲むのですよ。飲みすぎはいけませんわよ』
『あ〜、拙者の特製蜂蜜‥‥、まあ、お土産だからいいであるが‥‥』
「うわばみ殺し」に顔を顰め、幻蔵の蜂蜜を横取り、シェリーキャンリーゼに顔を赤らめた風の子供達。
 あれが、全部夢だったとは思えない。だがそれを証明するものは、無いのだろうか‥‥
「‥‥夢じゃないよ。きっと! それに、嫌われてた訳じゃないんだよ」
 はい。そう言ってユーリユーラスはたった一つ確実に残った証拠を、サイラスに差し出した。
 それは、草原に残った彼の羽帽子。中にはデイジー、バターカップ、ヒース、ブルーベル。春が一杯に詰まっている。
「そうですね。僕の心と耳は覚えています。あの春風の歌を。今はいつか‥‥この歌を曲にしてみせますから」
 溢れるような花を腕に抱え、帽子を被り直したサイラスの顔は、吟遊詩人の目。少し真面目に見えた。
「‥‥楽しかったですし、依頼も終ったようですね。帰りましょうか?」
「目印の‥‥帰り道は太陽を見るかな?」
 微笑むアクテの言葉に冒険者達は、服に付いた草を払い、そして歩き出す。
「今くらいはいい、よな? ターニャ‥‥」
 最後尾を歩いていた静慈は、タチアナの横に並んだ。躊躇うような二人の腕をいつの間にか風が重ねる。
 その強い南風が吹いた。
「わっ!」
 振り向いた冒険者達は、丘の上に確かに見た。
 自分達に向けて手を振る風の子供達を。
「‥‥精霊と我々人間とは住む世界が違う、こうして出会えることは稀なのだろう。だからこそ、俺は今日のことを生涯忘れない。目に映らなくとも、触れ合うことが出来なくとも、確かに存在することを知ることができたのだから‥‥」
「そうね。隣り合う友に、祝福を‥‥」
 二人はお互いの手を、そっと握り締めた。

 歩き出す冒険者の耳にユーリユーラスが歌うのが聞こえる。

『春の思い出  優しい風
 暖かお日様  綺麗なお花
 青いお空に  緑の葉っぱ
 春が来たよと 歌い出す
 みんな一緒に 歌いましょ?
 みんな一緒に 踊りましょ?』

『また、遊ぼうね』
 髪をかきあげていく風が、歌にあわせて確かにそう告げたような気がする。
 彼らは笑顔と共に森を後にし、もう振り返らなかった。

 春の花と、風が贈る幸福感を抱きしめながら。

●コミックリプレイ

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