【聖杯探索】死者の王国 生者の戦い

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月05日〜05月14日

リプレイ公開日:2005年05月11日

●オープニング

「これは、一体‥‥?」
 その机は、巨大な机であった。ぐるりと円を成したその机は、アーサーが王座につきし時より、キャメロットの城と、キャメロットの街と、そしてイギリス王国とその民たちを見守ってきた座であった。
 その名は円卓。勇敢にして礼節を知る騎士たちが座る、王国の礎。そしてそれを囲むのは、アーサー・ペンドラゴンと16人の騎士。
 すなわち、誉れも高き『円卓の騎士』である。
 その彼らの目に映りしは、円卓の上に浮かぶ質素な、それでいて神々しい輝きを放つ一つの杯。緑の苔むした石の丘に浮かぶそれは、蜃気楼のごとく揺らめき、騎士たちの心を魅了する。
「‥‥『聖杯』じゃよ」
 重々しい声の主は、マーリンと呼ばれる一人の老爺。老爺はゆっくりと王の隣に立ち、その正体を告げた。
「かのジーザスの血を受けた、神の力と威光を体現する伝説‥‥それが今、見出されることを望んでおる」
「何故?」
「‥‥世の乱れゆえに。神の王国の降臨を、それに至る勇者を望むゆえ‥‥それすなわち、神の国への道」
 老爺の言葉が進むにつれ、その幻影は姿を消していた。‥‥いや、それは騎士たちの心に宿ったのであろうか。
 アーサーは円卓の騎士たちを見回し、マーリンのうなずきに、力強く号令を発する。
「親愛なる円卓の騎士たちよ。これぞ、神よりの誉れ。我々だけでは手は足りぬ‥‥国中に伝えるのだ。栄光の時が来たことを!」

 円卓の騎士たちは旅立った。


「あんたは‥‥フリード?」
 ギルドの係員は何度か見知った顔の狩人の少年の、ボロボロな姿に慌て駆け寄った。
「どうしたんだ? 一体?」
「大変なんです! アンデッドが! 今、たった一人で旅の‥‥」
「落ち着くんだ。ゆっくり、順序良く話せ‥‥でないと解らない」
「す、すみません!」
 咳き込みながらも少年は急く気持ちを必死に抑えながら話す。
 場所は、ドーチェスターの近くの小さな街。
「そこは‥‥母さんの故郷で、そこに刈った毛糸を届けに行った時‥‥」 


 そこは、ほんの少し前まで静かな街だったのだ。
 だが、今は悲鳴と恐怖の村に変わろうとしていた。
「た、助けて!!」
 フリードはとっさに弓を放った。背後に迫る影から逃れ、女性は村に飛び込んだ。村を取り囲む柵が閉じられる。
「どうしたんです? 一体?」
「ズ・ズゥンビが‥‥、街道に溢れて‥‥、私と‥‥娘を‥‥キャアア!!」
 言ってその時初めて彼女は気が付いた。半狂乱の悲鳴を上げる。
 自分の手に誰も、何も握られていないことに。
「出して! 娘がまだ外に‥‥」
 だが、柵は開かれない。もう、彼女の言葉が真実だと彼らにも解っていた。
 村に迫ってくる‥‥無言の憎悪。それが街道を塞いでいる。
「誰か、誰か娘を!」
 悲痛な願いが、響く。
 その時、声が聞こえた。高らかな馬の嘶きと共に。
「開けてくれ!」
 人の声! 村人達が柵を開けた時、驚くほどの俊敏さで馬が隙間を駆け抜けた。
「扉を閉めろ! ズゥンビが侵入して来るぞ!」
 馬首を返した青年の言葉に、村人達は従った。すんでのところで村への侵入は阻止される。
「礼を言う‥‥助かった」
「お母さん!」
「ミル!」
 ひらりと馬から降りた青年の腕から母親の胸へと少女が飛び込んでいく。
 村全体を安堵と喜びが取り巻いた。
 だが迫り来る唸り声が彼らに現状を叩き付ける。ズゥンビ来襲と言う‥‥。
「何故、こんな村に‥‥」
 しかも、10、20ではない。大群と言えるズゥンビが村を襲ってくるのだ。
 助けを呼びに行きたくても、周囲は既に殆ど取り囲まれている。
「このままでは‥‥村が‥‥」
 村にいるのは戦いなど知らない農民と、女子供ばかり。今は幸い村を囲む柵に阻まれて中には入っては来ないが‥‥それも‥‥。
「‥‥少年。それは、弓だな? 君は冒険者か?」
 俯く村人の中で、唯一武装と言えるものをしていたフリードに、青年は眼を留め、話しかけた。質問にフリードは‥‥迷って、でもはっきりと答えた。
「い‥‥はい。冒険者を目指す者です」
 フリードの目を、青年は真っ直ぐに見つめ少し考えると、手を握り締めた。
「力を貸してくれないか? この村を救うために」
「村を‥‥救う?」
 青年の言葉に、側に居たフリードの母だけではない。周囲の村人達も驚きの表情を浮かべる。
「そうだ。君の力が必要なんだ」
「‥‥村を救う方法がある、というのか?」
 村長らしい人物の問いかけに、青年は頷いた。
「俺が、村に潜入してくるズゥンビを食い止める。だから、その隙に君は俺の馬でキャメロットまで行ってくれ。そして、冒険者ギルドと王城に助けを求めるんだ。きっと、助けを派遣してくれるだろう」
 少しでも早く。馬に負担をかけないためにも身体が軽い少年がいいのだ、と説明するが、フリードの母は当然それに反対する。
「そんな、危険な事を‥‥」
「僕、行きます!」
「! フリード!」
 母親に、でもフリードはしっかりとした目を向ける。
「このままだと、本当に村は滅ぼされ、僕達は全滅してしまう。だったら、少しでも希望があるのなら、僕はやるよ」
「フリード‥‥」
「頼む。君が戻ってくるまでは、俺が必ずこの村を守って見せるから。我が王の名に賭けて‥‥」
 自分より遥かに年若い少年の決意に礼を取ると、青年はフリードにキャメロットまでの道のりを知らせ、荷物を渡した。そして、王城についたら渡せと、手紙も添えて。
「いいか? 冒険者達にこう伝えてくれ。村の近くで俺は一人の神官を見た。これだけのズゥンビがいる中平気な顔をしていた、そいつがきっとこのズゥンビ達を操っている。そして、そいつを倒さない限りこの襲来は止まない。村を助けに来てくれるのもありがたい。だが、まず、そいつを捜して倒してくれ、と」
「解った。必ず伝えるよ。だから、母さんと‥‥村をお願い‥‥お兄さん」
 フリードの言葉に青年は大きな槍を肩に担ぎ、軽く片目を閉じた。
「任せておけ! 俺を信じろ。俺もフリード、君を信じる。俺の名は‥‥パーシ・ヴァルだ」
 そして頷きあった二つの顔は、一度だけ眼差しを交わして、同時に門を飛び出して行った。
 馬を全力で駆って走り出したフリードが、振り返って最後に見たのは大きな槍をまるで、旋風のように、いや稲妻の如き素早さで操り敵を倒していく、青年の姿だった。


「お願いです! 力を貸して下さい。一刻も早く、戻らないと」
 今にも飛び出していきかねない冒険者達を、係員の言葉が制する。
「王城から連絡があった。‥‥あの手紙を見せたら王家から馬車の使用が許可されたそうだ。特別に村の近くまで馬車を出して下さる」
 王家直々の援助。つまりはそれだけ重要であり、それだけ危険だということだ。
「‥‥パーシの言うとおり村を助け、ズゥンビを退治する。それを操る者を捜し、倒す。命がけだぞ」
 それが、出来るやつだけ来い。と、暗に彼は言っていた。
「僕も行きます。パーシさんとの約束を果たさなくっちゃ」

 大きな、運命の輪が回る。
 生者と、死者の戦いの幕が、今、開こうとしていた。

●今回の参加者

 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0966 クリス・シュナイツァー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5304 朴 培音(31歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

 閃光のように鋭い切っ先が、生ける死者の腹を、深く突き刺した。
「くそっ‥‥キリが無いな‥‥」
 青年は槍を強く引いて手元に戻す。足元に崩れ落ちる死骸となったかつての命あるもの。
 腕に残る、鈍い感触を握り締めながら彼は槍をまた振るう。
「だが、ここから先に、行かせるわけにはいかない! 彼が、戻って来るまでは‥‥」
 自らの背後にある小さな村。この村を守る。
 それは、彼自身の役目であり、誓いであり‥‥そして、守るべき約束でもあった。


 数日後。
 馬を休ませる間、宿の中でゼファー・ハノーヴァー(ea0664)は槍の付け根にロープを巻きつけた。
「拙者は武芸者である。難しい依頼を果たし、剣の腕を鍛えたい。この度の依頼もまた修行である」
 刀の手入れをする黒畑緑朗(ea6426)の言葉を聞きながらゼファーは紐を強く引く。
 確かに今回は難しい依頼となるだろう。
「ズゥンビ‥‥か」
 向こうのテーブルではティズ・ティン(ea7694)やシャルグ・ザーン(ea0827)が村からやってきた少年フリードと話をしている。
 村の周辺の様子、中の様子。そして‥‥ズゥンビの数などなど。
「ふむ。と、いうことは、村の周囲には簡単な柵がめぐらせてあるんだね? 手薄になりそうな場所とかは?」
 朴培音(ea5304)の言葉に彼は自分もそれほど、その村や周辺に詳しいわけではないけど、と前置いていくつかの場所を指した。
「ここが、街道沿いの、いわば入り口のようなもの。あとは裏手側に森や畑に行くための入り口があったはずです」
「なるほど‥‥ね。周囲は‥‥森か」
「小高い丘みたいなものは無いのか。なら‥‥ん? フリード殿?」
「どうかしたの? フリードはん?」
 心配そうに顔を覗き込むイフェリア・アイランズ(ea2890)に小さく沈黙していた彼は顔を上げ。精一杯の笑顔で首を横に振る。
「なんでもありません。ただ‥‥」
「心配を隠す必要はありませんよ。お母様や、村が心配なのは当然です」
 貴公子然としたクリス・シュナイツァー(ea0966)の言葉に見透かされたようで、今度は彼は素直に首を縦に振った。
「はい、パーシさんや‥‥母さん、村の人たちは大丈夫かな? ってどうしても、気になってしまって‥‥あのズゥンビの大群が村を本気で襲ったら、って思うと‥‥」
「ホント、最近、ズゥンビがらみの依頼って増えてるわよねえ‥‥死んだ人を本人の意思を無視して利用するのって‥‥はっきり言って好きになれないなあ‥‥」
 ほんの少し寂しげな、遠い眼をレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)浮かべる。皆の視線が一つの意思に集まり頷く。深刻な空気。
 だが、それは一瞬で壊れた。
「ねえ、ところで、そのパーシさんって人、ハンサム?」
「えっ?」
 あんまりにも脈絡の無い台詞に、緊迫感を破る言葉に、ほぼ全員の顔が呆ける。
「な、なんですか? 急に‥‥それは‥‥多分美形の部類に入ると思いますけど‥‥」
「そっかあ♪ ちょっと気になってたのよね、そのおにーさん。騎士様なんでしょ?」
 妙に、妙に明るい言葉にますます呆けた皆の前でレヴィはニッコリと笑って、手を胸の前で結んだ。
「か弱き姫を護るのは騎士の役目。 強き騎士を助けるのは乙女の役目♪ レヴィ・ネコノミロクン‥‥命張ります美形のために!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 なんと言葉を返していいか、解らないといった表情達の中で、ふと、シャルグは顎に手をやった。
 レヴィとは違う意味、いや、ある意味同じ意味で彼も村に残っているという青年騎士が気になっていた。
(「ひょっとして、彼は‥‥」)
 その考えは、今は頭の中にしまっておく。
 無事に依頼を解決すれば、きっと、それは知れるはずだから‥‥。


「‥‥何よ‥‥これ‥‥」
 レヴィの呟きは口の端を噛む様だった。
 10や、20ではない。確かにそう聞いていた。だが、この数は予想以上だった。
 あちらこちらに倒れている‥‥おそらく青年騎士パーシが倒したと思われる‥‥もの、森の方にいるであろうものを入れれば50以上になるのでは? そう思うほどにズゥンビの数は多い。
 村の門の前に迫ろうとしているズゥンビがいる。村の裏手の方にもまたズゥンビがいる。
 村全体を取り囲んでいるのだ。
 彼らは手分けして村の救出と、神官の捜索にあたることにした。半数が村に向かい半数が神官らしい男を捜す。
 まずは、村を助け出さなければ。
 村人達が、ズゥンビの仲間にさせられないうちに。
 彼らはそう考えて歩を進めた。
「とりあえず、村に入ることが先決だな。村を守るためには‥‥」
 緑朗は自分の馬の首を叩いて励ます。これからが本番だ。
 仲間達の武器にオーラパワーをかけて、シャルグは剣を握りなおす。
「雑魚は任せて‥‥行きましょう!」
 静かに呪文を詠唱していたレヴィが、彼らの真正面。
 街道と、村を結ぶ扉の前に集まるズゥンビ達の群れに自らの今の最高魔法をかける。
「ローリンググラビティー!」
 一気に空中にズゥンビ達は空中に浮き上がった。
 空に足元の土と一緒に巻き上げられた砂が冒険者地の目元で爆ぜる。
「今よ!」
 目元を押えながら、冒険者達は走り抜けようとする。
「キャアア!」
 魔法使用直後で微かに息が切れかけたレヴィに、ズゥンビの冷たい手が伸びる。
「効いてないっていうの? ちょっと、止めて!!」
 細い腕を掴む灰色の腕を、レヴィは必死で振り払おうとした。だが、手は吸い付くように離れない。
 思わず目を閉じた。
「やだ、止めて!!」
 ザグッ!
 風を切る音がして急に腕が自由になる。レヴィは手を動かしてみる。切り落とされた方の腕が地面に音を立てて落ちた。
 あまり気持ちのいいものではないが、いつまでも怯んではいられない。
「ありがとう。シャルグさん」
「いやいや‥‥だが、気をつけられよ」
「OK。とにかく先に進もう」
 レヴィの魔法も効いていなかったわけではないようだ。緑朗や培音の攻撃に一体、また一体と土に戻っていく。
 冒険者達は出会うズゥンビ達をなんとか倒しながら村の入り口へと向かったのだった。

 冒険者達の半分が村へと向かう頃、残りの半分は、ズゥンビを操っているかもしれない謎の神官の捜索を行っていた。
「しっかしまあ、なんちゅう悪いやっちゃ! うちらがシバいたるで!!」
 そう言ってまずイフェリアは空へと飛び出していった。後に続くようにクリスもフライングブルームで空に浮かんだ。
「フリード殿は、それなりに弓がうまいから、黒神官に回って欲しいでござる」
 頼まれたとおり、周囲の地理と照らし合わせて捜索もする。
(「‥‥でも、僕で役に立てるんだろうか‥‥」)
 でも、フライングブルームまで借りた以上、やるしかない。ふらつきながらも上空に浮かび上がる。
 ティズは足で歩き、調べることにするらしい。
「ズゥンビに対向するために、今日は死神風だよ」
 自分の背丈ほどのサイズを背負い、気合を入れているらしいティズに小さく笑いかけながら、ゼファーは魔法のスクロールを広げた。
「油断するなよ。気をつけてな‥‥」
「うん、後でね〜」
 ふわり空に浮かぶゼファーの背中にティズは手を振って、歩き出した。
 この時、誰も気付かなかったことが、彼らの後悔となる。
 後に、悔しいまでの‥‥。

 まずは、周囲の様子を探らないといけないだろう‥‥。クリスが小さく念じるとフライングブルームは高く舞い上がる。
 30M程浮上すると、村の近辺の様子も大分見えてくる。
 黒い影がいくつもふらふらと彷徨うように街道や森をうろついている。
 だが不思議なことにそれらの多くは村の近辺で沸いている、ようには見えなかった。
 いくつも、途切れることなくやってくるのだ。北から‥‥
「向こうに、一体何が‥‥‥‥」
 やがて街道を歩いていた影たちは、ある場所から方向を変え、群れになって迫っていくことに気付く。
 街道から離れたところにある、村へと。
「あの辺に、何かあるのでしょうか? ‥‥あ!」
 仲間達に連絡をして調べてみようと思ったが‥‥、それぞれ単独行動をしている仲間達と、どう連絡を取り合うか、まったく考えていなかったことに今、クリスは始めて気が付いた。
 彼女達は、今、一体どこにいるのか‥‥。
「どうしましょう‥‥とりあえずはあの場所を調べてみましょうか‥‥」
 嫌な予感がクリスの胸に広がる。だが、それを彼は気付かないふりをして、フライングブルームを静かに降下させた。

「よっしゃあ! みっけたで〜!」
 イフェリアは小さく拳を握り締めた。街道沿いの森の近く。数匹のズゥンビに守られて一人の老人が杖を手に立っている。
 黒い服を纏っている服装からしても、おそらく彼が青年騎士が見たという神官なのだろう。
「よっしゃあ。先手必勝。いっくで〜〜!」
 神官の頭部めがけて全力で、小さな礫を一つ、彼女は投げつけた。
 力と素早さを乗せた礫は無防備な老人の頭に吸い込まれる直前、彼を庇うようにしたズゥンビの頭部にめり込んだ。
「ぐおおおっ!!」
「何? 誰じゃ!」
 頭にめり込んだままの礫などまるで無いように、ズゥンビは礫の飛んできた方向。即ちイフェリアの方向へと歩いてくる。
「うわあ! く、くるんやない。くるんやないってば!」
 その唸り声に反応するように周囲のズゥンビ達も小さな命持ちしものに、眼差しを向ける。溶けかけた眼球の視線が眼差しと言えるのであれば。
 ズゥンビの拳から身軽に身をかわし、仲間の元へ走ろうとした時だ。
「‥‥‥‥!」
「な、なんや、なんや??? わああ!!」
 背後から迫ってくる黒い影。
(「これを避けられたのは運が良かったのかも‥‥」)
 自分でもそう思う魔法が自分の背後の木に突き刺さったのを見て、イフェリアは息を呑んだ。
 その間にもズゥンビは近づいてくる。
「‥‥ええい! 待っとれよ。今、仲間と一緒にあんさんを倒してやるさかいな!」
 高く空中に飛びあがり、彼女は松明に火をつけた。手には油。
 眼下のズゥンビに振りまいて、松明を落とす。
「ファイアアーー!」
「グガ‥‥ガ‥‥ッ」
 ズゥンビに松明が当たったことだけを確かめイフェリアはくるり、その場に背を向けた。
 連絡の手段を用意してはいなかった。
 だから早く、仲間の元へ。神官を見つけたと知らせに行かなければ‥‥。
 微かな音を立て、ズゥンビは倒れた。
「やれやれ‥‥お邪魔虫め‥‥」
 顔を顰めた老人は立ち上がり、一瞥してその場から動いた。従うように数対のズゥンビ達もまた歩き出す。
 ‥‥パチ‥‥パチパチ‥‥パチパチパチ‥‥‥‥。
 草の燃える音だけをその場に残して。

 空の上から見えた。それは立ち上る煙。
「こ、これは! 大変だ!」
 
「何だって!!」
 村にたどり着いた冒険者達の話を聞き、青年騎士が最初に上げたのは感謝の言葉でも、労いの言葉でもなく、絶叫にも、驚愕にも似た叫びだった。
「君らは‥‥フリードを、神官退治に向かわせたというのか?」
「ああ‥‥。彼はそれなりの弓の腕を持っていると聞いた。だから‥‥」
 そこで、緑朗の言葉は止まった。
「この‥‥バカやろう!」
 彼らの頭上に振った声は叱責などと言うには生ぬるい雷の如き怒声だった。
「えっ?」
「何を‥‥何を考えているんだ! 君達は? 冒険者を目指しているとはいえ、まだ冒険者でさえない少年が敵とまともに戦えると思っているのか?」
「あ‥‥」
 幾人かの冒険者の口元が押えられ、声が上げられた。 
「誰かが側で彼を守り、サポートとして、というならまだ解る。だが、護身用の武器しか持たない少年を、一人でズゥンビの群れの中に放り出して大丈夫だと思っているのか?」
 ‥‥反論の言葉も出ない。彼は自分で行く、とは言った。だが‥‥どうして彼が歴戦の冒険者達と共に戦えると思ったのだろうか?
「村を助けに来てくれたのはありがたい。だが、俺はフリードに伝言したはずだ。神官を捜してそれをなんとかしてくれと。解っているのか? これだけの数のズゥンビを操っているかもしれない存在だぞ?」
 言葉の意味にやっと気付いて彼らの顔から、一気に血の気全てが引ける。
 高レベルの神聖魔法を使うかもしれない人物相手に、しかも、ズゥンビも数多くいるというのに、数名で勝てると思うのか、彼はそう言っているのだ。
 青年は、もうそれ以上の言葉さえ発してはくれなかった。
 目を閉じて、何かを決意したような瞳を向けると、門を守る村人に告げた。
「門を‥‥開けてくれ。俺が‥‥行く!」
「待っておくれ、アンタ、ボロボロじゃないか? あたしたちも‥‥」
 言いかけた培音は、青年の、いや騎士の碧の目に射抜かれた。槍が彼らを拒絶するようにその行く手を止める。
「俺は‥‥騎士として王の名に賭けた誓いを破ることになる。それでも、あの少年を死なせるわけにはいかない。だから‥‥せめて君達に頼む。村を守るという‥‥」
「解った。命に、代えても」
 シャルグは、金棒を握り締め騎士に膝を付く。騎士の正体が彼にはもうはっきりと解っていた。
 自分達のミスも。
 ならせめて、自分達のやるべき役目は果たさなくては‥‥。
「待って。せめてこれを‥‥」
 躊躇いながらレヴィが差し出したポーションを騎士は黙って受け取り、飲み干した。
「貴方がお戻りになるまで、村は守ります。雑魚はお任せ下さい‥‥」
「頼む‥‥」
 青年騎士がここ数日何度も村を守るために潜った村の門がまた開かれる。戦闘に騎士が、背後に冒険者が立つ。
 これを、せめて最後にしなければ‥‥。
 繰り出された魔法の音を合図に彼らは飛び出して行った。

 騎士の言葉どおり、冒険者達は苦戦を強いられていた。既にいくつものポーションを空けている。
「くっ‥‥これくらいで‥‥」
 クリスは顔を顰めながらズゥンビをなぎ払った。息は荒い。
 それぞれに探索をしていた仲間達と合流を果たしたものの、彼らは自分達と遥かに多い敵との戦いの対応を明らかに忘れていたことに気付いた。
 神官と戦う。そればかりを考えていて何故失念していたのだろう。
 神官と戦う前に、神官を守るだけではない、周囲に溢れるズゥンビとも戦わなければならない、ということを。
 一撃一撃の攻撃などは別段鋭くもなければ、強くも無い。
 だが、こちらが一度動くたびにいくつもの牙が、爪が彼らを襲ってくるのだ。
 厚く、重い壁を打ち破るのに三人ではあまりにも人手が少なすぎた。
「そなたたちは何者だ? 何故、我の邪魔をする?」
 やがて森の奥から周囲をズゥンビに守られるように歩み出てくる神官は、驚くような、蔑むような目を荒い呼吸で戦う、冒険者達に向けた
「あんたこそ‥‥どうして、こんなこと‥‥するの! こんなこと‥‥しても! 何の得にも‥‥ならないんじゃないの!?」
 命ある者を憎むズゥンビ達の怨念に阻まれ、鎌はなかなか護衛のズゥンビまで届かない。ティズは小さく唇を噛む。
 だが少女の無垢なる問いは届いた、神官は一歩前に進み来て彼らに目を向けた。黒い光を宿した眼を‥‥。
「我はゴルロイス卿の御為に新たなる国を作る、その尖兵なり」
「ゴルロイス‥‥? 新たな国‥‥、一体何が目的なのです?」
 クリスは息を吐き出しながら問う。それは、どうしても聞きたかった。
「そなたらには解るまい。このイギリスを治めるに相応しきは、死さえも超越した勇者、ゴルロイス卿こそ相応しい」
「一体、何言ってるんや? 訳解らんこと言うとらんで、とっとと帰り!」
 撹乱に飛び回るイフェリアにズゥンビが手を伸ばす。軽く後方宙返りで逃れたイフェリアに神官は目を細めた。
「お主達もゴルロイス卿に仕えよ! 裏切り者の王、不義の子の治める王国は呪われておる。真の勇者、真の王の復活を称えるのじゃ!」
「シフール! 上に跳べ!」
「えっ!」
 訳もわからず言われるまま、イフェリアは身体を上に避けた。
 薄い桃色の光が‥‥老人の腹に向かって一直線に走る
「ぐわあ!! ‥‥お、お前は‥‥」
「我が王への、侮辱は許さない!」
「今だ!」
 シュン!
 鋭いナイフの一閃がクリスの指先から放たれた。それとほぼタイミングを同じくしてゼファーが開いたスクロールから雷の魔法が放たれる。
「ぐふっ‥‥お、おのれ‥‥」
 魔法はズゥンビを盾にしてなんとか避けたものの、肩に突き刺さったナイフから赤い血が滴り落ちる。
 魔法の援護を受けた槍の煌きが、冒険者と神官の間に道を作る。
「大丈夫か?」
 駆け寄った騎士の声に、よろけながらも冒険者達は頷いて前を見た。
 傷ついた冒険者達を庇うように現れた騎士は神官を、神官は歯の横をギリリ噛み締めて彼らを睨む。
「お前は‥‥アーサー王の‥‥」
「さっき‥‥ゴルロイスと言ったな。何を知ってるんだ? 言え。一体何‥‥故‥‥!」
 騎士の声が止まった。
 動くのは鼻。微かにキナ臭い? 光るのは目。森の奥で上がる、あれは煙? 欹てるのは耳。少年の声が聞こえる。
「‥‥事‥‥だ。助けて‥‥。大変だ‥‥火事だ!!」
「何? 火事!! まさか!」
 騎士の眼差しと言う呪縛が、神官から外れた時、神官は身を翻した。まだ幾体か残るズゥンビと共に逃げていく。
 黒い光が騎士の前で爆ぜる。
「待て‥‥く、くそ!!」
 神官を追うか、それとも‥‥。瞬間の二者択一を迫られた騎士は、口の端を噛み締めながらも冒険者達に向けて振り返った。
「何をしている! そこの子供! 冒険者! 動けるなら早く来い! 早くしないと火が広がるぞ!!」
 ティズは軽くステップを踏んで、踊りを踊る。魔法少女のローブを使って神官の足を止めようとしたのだが、襲い掛かるズゥンビに詠唱ならぬ舞いは止められる。
「もう‥‥無理か。ごめんなさい。今行きます!」
 騎士に呼ばれるまま駆け出す。
 彼らにもそろそろ見えて、感じてきた。暴れる炎の感覚。
 燃える木々の悲鳴。草の爆ぜる音‥‥。
「山火事? どうして?」
「とにかく、早く消さないと‥‥!」
 残りの体力の全てを使って、ズゥンビを切り捨て、走る冒険者達
 だが、たった一人、その場佇み残る者がいた。風が熱い空気を運んでいるのに身体が氷のように動かない。
「火事? ‥‥まさか? ひょっとして‥‥うちの‥‥あの‥‥」
 思い出す。
 さっき、敵に向けて行ったあの攻撃を。
『ファイアアーー!』
『グガ‥‥ガ‥‥ッ』
 行かなければいけない。だが‥‥心も、身体もイフェリアの言う事を聞いてはくれなかった。


「ふう‥‥。この辺の敵はあらかた片付いたね。ズゥンビも、もうこれ以上は増えてこないみたいだ‥‥」
 太刀をぶんと振って培音は周囲を見回した。
 あたりはズゥンビの死骸で溢れているが‥‥彼らが再び起き上がってくることは無さそうだ。
「‥‥かなりな数をパーシ殿は倒していたようだな」
「数さえ多くなければ、ズゥンビなんてそんなに怖い敵でもないものね。でも‥‥大丈夫かしら?」
 深くゆっくりと呼吸を整えながらシャルグとレヴィは心配そうに森へ向かった騎士を思い出した。
 そして、仲間達を‥‥。
「ん? あ、あれは?」
 空に浮かんだ影をレヴィは見つけ、指差した。向こうも、気付いたようだ。こっちに向かって降りてくる。
「フリード君! 無事だったのね? 良かった。ケガは無い? パーシさんも心配してたのよ‥‥」
「パーシさん!? 皆さんはどこに? た、大変なんです!」 
 フライングブルームから飛び降りた少年を緑朗は支えた。ふらつきながらも必死の形相に冒険者達は顔を見合わせた。
 全身に小さな傷‥‥いや火傷をしている? 完全に体力を使いきっているようなのに、この様子は一体?
「どうしたんだ? 少しでも休まなくっちゃ駄目だ」
「休んでる暇なんて! ‥‥火事なんです。僕一人では、火を消しきれなくて‥‥。早く火を消さないと。村が、大変なことに‥‥!」
「火事?」
 その時、冒険者は初めて気がついた。向こうに上がる煙の存在に。
「解った! 俺達も行こう」 
 フライングブルームを片手に、緑朗は走り出し、冒険者達もまた駆け出す。
「私達が行くから、待っててね。大丈夫だから!」
 フリードを気遣うようにレヴィは笑いかけていった。
 少年は言われるまま村に戻ったが、桶を抱えもう一度、門に向かう。
「フリード、どこに行くの?」
 やっと戻ってきた息子を母親の声が呼び止める。
「森が火事なんだ!」
「火事?」
 ざわめきが村に広がっていく。振り返った少年の瞳は強い意志を湛え、村人達に向き合った。
「ねえ、パーシさんや、冒険者の皆さんはこの村をズゥンビから守ってくれた。ズゥンビと戦うのは無理かもしれないけれど‥‥火からなら皆で村を守れるよ。だから‥‥皆も手伝って!」
 それだけ言うと門を抜け走り出していく。
 その背中が男達の思いに火を付けた。火事とは違う、燃え上がるそれは意思。
「よし! 皆。俺達も、俺達の村を守るんだ!」 

 その頃、冒険者と騎士の追っ手から炎という援護を得て逃げ出した神官は森を抜け、村の側まで来ていた。
 このままゴルロイス卿の元に向かいたい。彼はそう思っていた。
 本当なら復活を聞きつけた時点で、参じたかったのだが手土産を、などと思った事で失敗した。
 もっとも失敗するはずなど無かったのだ。あの騎士が、そして冒険者が現れなければ‥‥。
「くそ‥‥偽王の手下め‥‥。だが‥‥ただでは済まさぬぞ‥‥」
 またズゥンビを誘導し放ってくれようか。そう思っていた時だ。一人の少年が村から走り出してきたのは‥‥。
「ん? あの子供は‥‥」
 様々な考えを脳裏に浮かばせ、神官は笑みを浮かべた。
「やはり、手駒がいるな‥‥。あの騎士に一泡吹かせてやるにも‥‥」
 迫り来る影に、火事に気を取られていたフリードは気付けなかった。
 誰か、一人でもフリードの側に付いていれば‥‥。
 彼が気付いて、ダガーを抜いた時には遅かった。
「う、うわああ!!」
(「た、助けて‥‥」)
 転がった桶と、地面に落ちたダガーの音。
 悲鳴も、音も、願いも、届かなかった。たった一人の人間以外には‥‥。   

 冒険者達がその場にたどり着いた時、周囲は火の海‥‥の数歩手前、というところだった。
 いくつものズゥンビの死体が真っ黒に炭化し、周囲の木々や草木に燃え移りかけている。
「近くに川があったはずだ。そこから水を!」
「は・はい!!」
 駆け出した冒険者の向こうで、騎士は目を閉じて一閃!
 火元周囲の木々を切り倒した。鳥のかけた巣が落ちるのを見て彼は唇を噛む。
「すまない‥‥。許してくれ」
 延焼を防ぐためには仕方が無いのだ。
 他にも数本の木が倒され、火元をぐるり、冒険者達が取り囲んだ。
 やがて、村の守りについていた冒険者達もやってきて消火活動にあたる。
 さらには桶などを手に村人達まで駆けつけてくる。
 人海戦術という、古い、でも一番有効な方法で、やっと鎮火の目処がつき始めた時、彼らは気が付いた。
 完全な火の海になっていなかったのは、消火の跡があったからだと。
 それを示すのは空のバックパック。水で濡れて地面に落とされていた‥‥。
 きっと、これに水を汲み、何度も走って火を消そうとしたのだろう。そういう形跡が確かに残っていた。
 だが‥‥残っていたのは形跡のみ。
「これは、フリード君が、やったのかな? 一人で頑張ったんだ‥‥」
「そう言えばフリードは、どうしたんだい? 俺達より、早く出たんだぜ‥‥?」
「えっ?」
「パーシ殿!」
 青ざめた冒険者達よりも早く、騎士が無言で駆け出した。
 後を追った冒険者達は見ることになる。
 転がり、潰れた桶‥‥街道に落ちた一本の短剣。
 それを拾うことなく見つめ、俯く騎士の姿を‥‥。

「何がいけなかったんだろう」
 漆黒に焼け枯れた木々を見ながら緑朗は、小さく呟いた。
「油断を‥‥したつもりは無かったが、あったのかもしれないな‥‥」
(「最大の敵は己自身。解っていたはずなのに‥‥」)
 ゼファーが握り締めた拳は真紅に染まっている。
「もしも‥‥連絡の取り方を考えて、もっと大量の敵と、強い敵についての準備と連係を整えておけば‥‥」
「もしも、魔法についてもっと警戒しておけば。もっと、騎士殿を信頼しておけば‥‥」
「‥‥そして、もしもフリード君に誰かがついていれば‥‥。どうして、彼が私達のように戦えるなんて思ってしまったのかしら。彼は普通の少年だったのに」
 言っても仕方ないと解っている。だが、クリスも、シャルグもレヴィも捨てることができない。
 もしも‥‥と。
「神官が、私達より強いかも、なんて考えてもいなかったもんね‥‥。私、保存食も忘れてたし‥‥」
 落ち込むようなティズの横で培音は手を合わせる。葬ったズゥンビ達と焼けた森とに‥‥。
 彼らに背を向けるようにイフェリアは馬の背に座る。あれから、仲間にも誰にも顔を合わせることができない。
(「‥‥どうして、誰もうちを責めないんやろ‥‥」)
 彼女の手にはあの青年騎士から預けられた手紙があった。冒険者ギルドと王城へと預けられたものだ。
「全ての責任は俺にある。だから、俺は責任を果たすだけだ」 
 そう言って彼は旅立って行った。最後まで彼らに名乗ることなく。
「‥‥イフェリア殿。行こう‥‥」
「うん‥‥」
 冒険者達は歩き出した。
 その足取りは重く、苦しい。

「王よ。どうかお許しを‥‥」
 キャメロットの方角に向けて一礼をするとパーシ・ヴァルは馬首を返した。
 王の名に賭けた誓いを守れず、さらに約束も守れなかった。
 このまま城に戻るなど‥‥出来はしない。
「生きているなら、必ず助け出す。待っていてくれ」
 短剣を胸に当て、彼は北、ゴルロイスがいるという‥‥そしてあの神官が向かったはずの場所へ向けて走り出していった。

 ズゥンビから、村を救出することはできた。
 だが、その代償はあまりにも大きい。  
 彼ら自身が知っているだろう。
 この依頼が成功したか、否かを‥‥。