【せんぱいといっしょ】遠足に行こう?

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月17日〜05月24日

リプレイ公開日:2005年05月21日

●オープニング

『遠足に行こう?』

 入学式も終わり学園に、日常生活が戻ってきた。
 静かな学園生活が始まる中、今までに無いほど、笑顔とそして涙に溢れる場所がある。
 それは‥‥パピーフォーム。
 今日も賑やかな声が響き渡る。

「せんせ‥‥、おしっこ〜〜」
「えっ! はいはい、少し待ってね」
「うわああん! ‥‥いたいよお‥‥」
「転んだのね。待って! 今、お薬をつけてあげるわ」
「大変だ〜! 向こうでケンカしてるよ! 早く来て!」
「ケンカ? 一体どうして、そんなことになったの?」
「おしっこ、もれちゃった‥‥」
「‥‥‥‥‥‥はああっ」
「せんせ〜、大変、一階でケンカしてるの!」
「今行く‥‥きゃああ!! ‥‥‥‥」
 ズドン! 
「どうしたの? 先生! 先生!!」


「‥‥一体、どうなさったんですか? シュリア先生?」
 受付の生徒がそう言って顔を顰めた。
 壁に手を着き、足を引きずりながら入ってきたパピーフォームの新任教師シュリアは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「階段から‥‥落ちてしまって‥‥」
 生徒の落としたペンを踏んで階段を落ちてしまった事。
 その為に足と腰を痛めてしまった事を説明し、そして‥‥
「全治2週間だそうです。今は、ろくに歩けないんですよ」
 小さく苦笑しながら彼女は依頼書を差し出した。
 数枚の羊皮紙の地図を添えて。
「それで‥‥すみません、依頼です。私の代りにこの地図のポイントに行ってきて周囲の調査をしてきて下さい」
「‥‥これは?」
 地図を受取った係員はその地図を見返した。どうやら、ケンブリッジ近辺の森の地図らしい。
 印が付けられた場所はどれもケンブリッジから歩いて数刻ほどの場所だ。書き込みがしてある。
「えっと‥‥川。花畑‥‥草原、大樹? これは一体?」
 パピーフォームの遠足予定場所だと、教師シュリアは語った。
 今月末の春の遠足に向けて下見に行く筈だったのだが怪我をしてしまったため代りに調査をして欲しい、とシュリアは依頼を出す。
「その地図の場所に行って、周囲に危険物は無いか? モンスターなどは出ないかどうか? そういうのを調べて来て下さい。万が一どこかでモンスターに襲われたら勿論、それもです」
 冒険者の調査を元にして遠足の行き先を決める。シュリアの言葉に冒険者達は少し緊張した。
 万が一にも調べ落としがあれば小さな子供達に危険が及ぶかもしれない。
「責任重大ですね‥‥」
「でも気楽に、でいいですよ。調べてそして、良さそうな所を一箇所、推薦してくださいね」
 係員生徒はもう一度、確かめる。

 花畑は花が咲いて美しい。でも、蜂などが出るかもしれない。周囲にそういう羽虫などはいないだろうか?
 草原は思いっきり駆け回るにはいいだろう。蛇や獣は周辺に出てこないか調べてみないと‥‥。
 川と滝は静かで気持ちよくなりそうだ。だが、川の深さは? 周囲の様子は? モンスターなどがいたら危険であるから‥‥。
 大樹とは、どんな木だろうか? 周囲にお弁当を食べたりする場所はあるだろうか? 

「‥‥先生方って、結構大変なんですね」
 遠足を今まで楽しみにするだけだった生徒は嘆息する。
 シュリアは苦笑交じりの、それでも優しい教師の笑顔で頷き‥‥微笑んだ。
「子供達の喜ぶ顔が、見たいから‥‥。どうか‥‥お願いね」
 
 これは、一つの練習かもしれない。
 今度増えていくいろいろな依頼。
 その時、必ずある『調査』の練習。
 
 彼らは、自分の為に、シュリアの為に、そして‥‥子供達の為にその依頼を手に取った。

●今回の参加者

 ea0693 リン・ミナセ(29歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea5420 榎本 司(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2282 桜葉 紫苑(39歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2303 豊鷹 莉奈(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 ケンブリッジの門に朝食後、集合。
 その呼びかけに集まった四人に、まだ足取りのおぼつかないシュリアはすまなそうな顔を見せた。
「すみません、私のせいで」
「そんなことは、気にしない事だ。まず貴方がするべきは怪我を早く治す事。子供達の為にも‥‥な」
 真っ直ぐに背筋を伸ばした榎本司(ea5420)が微かに笑みを浮かべると、そうですよ。とリン・ミナセ(ea0693)も頷いた。
「頑張って調査してきますから、ね? 紫苑さん、莉奈さん」
『せんぱい』に名前を呼ばれ、荷物のチェックをしていた二人が顔を上げる。
「はじめまして、桜葉紫苑(eb2282)と申します‥‥。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
 シュリアだけではなく、司やリンにまで向けて丁寧に頭を下げた礼儀正しい紫苑とは好対照に、赤い髪の少女はキリリとした目を一瞬だけ『せんぱい』達に向けた。
「僕は豊鷹莉奈(eb2303)‥‥よろしく」
 口数少なく荷物の整理に戻る莉奈に、教師であるシュリアは心配そうな顔を向けるが、大丈夫。そう言ってリンはそっと莉奈に近づいた。
「莉奈さん?」
「‥‥なんだ?」
「旅装束や、武器はちゃんと身につけておいた方がいいですよ?」 
 こそっ、他の人には聞こえないくらいの小さな声で、耳打たれた忠告に、かあっ、と莉奈の顔は赤くなる。
 リンは知っているのだ。
(「初依頼、頑張ろうって莉奈さん、気合入れていたもの♪」)
 初仕事で緊張しているであろう二人を助けて、何より楽しもうとリンは決めていた。
 そして司もまた二人の生徒と、リンを守る教師の顔になっている。
「じゃあ、お願いします。気をつけて‥‥」
「言ってきます!」
 姿が見えなくなるまで見送るシュリアの思いを背中に感じながら、彼らはもう冒険者の顔になっていた。


「どこから行く?」
 年齢からも生業からも、自然とリーダー的存在になった司からの問いかけに
「近い場所から行けばいいんじゃないの?」
 と莉奈はぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、花畑ですね。今から行けばお昼前後に着くでしょうか?」
 地図を確認するリンの言葉に紫苑も頷く。
「よし、じゃあ行くか? 獣とかには気をつけろよ」
 戦闘を司が行き、最後をリンが守る。周囲に気をつけながら紫苑と莉奈も歩くが、大地は緑、森も緑。春の木漏れ日さえも緑で冒険者達の緊張をほぐしていく。
(「獣と、会うのが一番の楽しみかもしれないな」)
 そんな思いを胸に抱いた者もいて、ある者はおしゃべりをしながら、またある者は周囲の警戒をしながら、彼達は細い森の道をゆっくりと、歩いて行ったのである。

 冒険者達が花の広がる丘に辿りついたのは、予定通りお昼の少し前、というところだった。
 人並みで、使い古されているがそれ以上に本質的な言葉を花畑でリンはあげる。即ち
「うわ〜、綺麗ですね‥‥」
 足元に咲くデイジー、バタカップ。所々に咲く青い鈴のようなブルーベル。奥には菜の花の群生もあり、花の匂いにむせ返るようだ。
「‥‥イギリスの花、というのも美しいものだ」
 言いながらも司は花の根元や、周辺を確認した。周囲に蝶も舞っている。という事はその足元には虫の卵や毛虫もいるかもしれない、という事だ。
「蜂は、思ったよりは少ないみたいです。いいポイントでは無いでしょうか?」
「そうだな‥‥、毛虫の駆除は完全には無理だから、刺されないように気をつけて‥‥」
 先輩達が相談する中。表情を変えずに腕組みをする莉奈は、ふと、仲間の一人の姿が見えない事に気付いた。
「ちょっと! 紫苑、どこに行ったんだい?」
 彼女の声にふわり、軽い風が髪を揺らして答えた。いや、風ではない。莉奈が頭に手を伸ばし頭上に乗ったものを見る。
「‥‥何だい? これ」
「見れば解るでしょう?」
 その出来に満足そうに笑う紫苑の言葉に莉奈はもう一度それを見る。
「あら、可愛い♪」
 リンは背後から二人に声をかけて笑った。それは花のティアラ。
 バター色の小さな花と、白いふわふわの花びらを持つ花達が上手に繋がれている。
「似合いますよ」
 そう言って紫苑もリンも微笑んだが、莉奈の表情は変わらない。
 面倒くさそうに花の冠をバックパックにかけ、周囲を調べる仕事のフリをする。
 彼女は花にメルヘンや喜びを抱くタイプではない。
 だが、花を貰って嫌がるものもあまりいない。
 莉奈もまた、嫌な気分はしていなかったようだった。
 そんな二人を見ながら司は書き込む。
『花畑 遠足場所として良好』と。
  
 一日一箇所。ケンブリッジからの距離や道のりを測る関係で彼らはそう決めた。
 朝の日課。紫苑は早起きして空と風を見る。
「今日もよいお天気になりそうですね」

 野宿の後、皆で食べる朝食は味気ない保存食でもなかなか美味しい気がする。
「子供達のお弁当はもっと美味しいかもしれませんね」
 見渡す限りの草原を見ながら冒険者達は思った。草原は広く、気持ちがいいが思ったよりも草の背は高く、踏むのに大人でも少し難儀した。
「ちょっと、走り回るには‥‥大変そうですね」
 木の枝を拾ってリンが草むらを突くと、バッタがピョン、と跳ねて飛んだ。
「子供達は喜ぶかもしれませんけど‥‥。どうしました? 莉奈さん」
 先日とは反対、見えなくなった莉奈の姿を紫苑が捜す。
「わぁ、兎ちゃん、どうしたのお?」
 明るく、可愛らしい声に紫苑はそっと足音を忍ばせる。草陰に隠れてしゃがみ込む莉奈は直ぐに見つかった。
 彼女が腕に抱く、白いもこもこも‥‥。
(「あれは‥‥兎?」)
「かっわいい! ふっかふかだね〜。君♪」
 カサッ。音がする。自分の足音かと紫苑は警戒するが、物音は莉奈の前。現れたのは‥‥白い兎。
「あ、そっか。君のお母さんだね」
 ごめんごめん、莉奈は直ぐに仔兎を放す。兎は丸い尻尾を一度だけピンと振って親と一緒に駆け去っていった。
 ほんのり浮かぶ寂しげな、顔‥‥。
「‥‥! 紫苑! いつからそこに??」
「いや、今ですよ。そろそろ行くから呼びに‥‥」
「そっか、今行くよ」
 自分をあっさり追い越して先に行く莉奈に、頬に浮かんだ何かに気付いても紫苑は微笑んで何も言わなかった。

 暫くは平らな道を歩いていく事が出来たが、やがて森の奥に入っていくにつれ聞こえてくる水の音。変わっていく景色。
 川の水の流れる方向に近づくと空気の色も変わっていく。
 湿り気を帯びた空気は気持ちがいい。
「足元。滑るから気をつけろよ」
 司の注意に従ったので彼らは誰も、転ばずにすんだ。
 その滝は森林山河の溢れるジャパンのものに比べればそれほど大きくは無いが、ちょっとした渓流なみの高さと水量があって見る目を楽しませてくれた。
「水の中に、モンスターはいないかな‥‥黒雹!」
『ゲオッ!』
 莉奈が呼び出した大ガマは一度彼女に頭を摺り寄せると、ドボン! 一気に水に向けてダイブした。
 川沿いで水質を調べていた司や滝つぼを覗き込もうとしたリンに思いっきり、ド派手に水しぶきを浴びせて。
「うわっ!」「きゃあ!」
 頭からぐっしょりの先輩に、一瞬、しまった。の表情を見せた莉奈だったが、やがて瞬き三回。二人を丸い目で見る。
「どうせ、濡れちゃったものね。あ、結構気持ちいい」
「まあ、これも調査だな」
「何、真面目にやらずたまには息抜きー♪ えいっ!」
「うわっ、こら、止めろって」
 靴を脱ぎ捨て、手足を捲くり、すっかり童心に返って水遊びをしている二人がいる。何時の間にやら大ガマも?
「なんだか、楽しそうですね。私達も、混ざりますか?」
 紫苑も荷物を置いて笑いかけるが‥‥
「ふ、ふん、僕には動物達がいるから関係ないな‥‥」
「そうですか? では‥‥私も混ぜて頂けますか?」
 水にはしゃぐ仲間達、木々の間から指す木漏れ日に光る渓流は、天邪鬼な莉奈にもなかなかに美しく見えた。
 ほんの少し、心に過ぎった切なさと一緒に。

「くしゅん!」
 可愛い猫くしゃみで背中を丸くするリンを、司は苦笑するように見つめた。
「大丈夫か? あそこは楽しいが、ちょっと問題ありかな?」
 思わず童心に返って遊んでしまった。本当の子供達が来たら、かなり大変そうな気がする。
 三箇所目の記録を書き込んで、彼らは最終目的地に向かった。
 深い森の中を少し歩き続ける。もちろん道らしいものは無いが、それでも方向を確認すれば迷う事は無さそうだった。
 莉奈は迷わないように木々に印をつけたり、足元の草を縛ったりしながら進んだ。
 だから、他の三人より、少し遅れた。だから‥‥
「うわっ!」
 立ち止まった三人の背中に激突する事となる。
「何してんだい、いった‥‥」
 そこで莉奈の言葉も止まる。
 大きな、この木はなんだろうか? ケヤキかオークか‥‥紫苑やリンにもはっきりとは解らない。
 だがそこに、確かにスックと立っている。
 100年、200年を生きてきたその存在感は彼らを沈黙させるに十分だった。
 森の主、そんな言葉が頭を過ぎる。
(「の、登ってみたい!!」)
 司は長い事、その誘惑と戦っていた。周囲の草や、食事を食べる場所を調べながらも頭はそのことで一杯だ。
 やがて‥‥靴を脱ぎ、刀を置いて、彼はひょいっと木の枝に手をかけた。
「何をするんですか?」
 諌めるようなリンの言葉に司はもう登ってしまった木の上から答える。
「男の子は木登りが好きだろうしな、うん、登れそうな木かどうか調べてみる!」
 大人一人が登ろうと、ビクともしない存在感で大樹は彼を出迎えた。
 枝はそれほど多くは無いが、なんとか上に上がる事が出来た見渡す限りの森。全景が見えないほど広い。鬱蒼と茂る草むらの中で見ていると自分が本当に小さな存在に感じられた。
「司さん!」
「なんだ?」
 下から呼びかけた紫苑に、上から司は返事を返す。
「木に、耳をつけてみて下さい」
「ん? こうか?」
 言われるままに耳を付けてみると、不思議な音がする。
 ゴー、コー、クオー。なんとも表現しがたい音楽のようなものが。
「こうすると、樹が水を吸い上げる音がするんです。生きている証のような、力強くて優しい音が」
「ステキですね。命の歌、ですわ」
 大樹から耳を離すとリンはその木の根元に腰を下ろした。横笛を取り出し仲間と、大樹、そしてその上のお兄ちゃん分に微笑みかける。
「叶うべくもありませんが、心からの感謝を込めて‥‥」
 笛に口をつけ静かに音を紡ぐ。小鳥のような優しいトリルが風と木々のせせらぎと合奏した。
「失礼、私も‥‥」
 リンの音に遅れる事、数小節。紫苑も同じ笛で音を紡いだ。
 柔らかく、優しい音色が森に静かに響き渡る。
 司も、莉奈も今、一時。森の中に生きる生き物の一つになってその呼吸と息吹を全身で感じていた。
 森の春。命の、喜びを‥‥。

「やっぱり、お勧めは森の大樹かな?」
「少し歩きづらいかもしれませんが、生徒達にも大樹の音を聞いて欲しいですし」
 遠足も、もう直ぐ終わりだ。
「何だか、少し寂しいですね」
 始まるまではドキドキして、始まってからは夢中で。
 でも終るとなるとどこか寂しい。
 冒険も遠足にどこか似ているとかもしれない。
「でも、どこかでまたご一緒する機会はありますわ」
「どんな依頼でも調査は重要だ。これができるかできないかで、やれる事は大きく変わるからな。俺達は初心に戻る気持ちでやった。君たちにとってはこれが最初だ」
 先輩のエールを、紫苑と莉奈。二人は素直に聞いた。
「自分にできる事を全力で。そうすればきっと結果は答えてくれる。それにその方が楽しいと思う」
 教師の癖が出たか、と司は肩を竦めるが、否定の声は出てこない。
 もう、向こうにケンブリッジが見える。
 依頼人が心配しているだろう。
「報告書を提出するまでが遠足、じゃなかった冒険だ。最後までしっかりな」
「私達が楽しんだように、子供達の遠足も楽しいものになりますように‥‥」
 それぞれが、それぞれに同じ思いを抱きながら、彼らはケンブリッジの門を潜った。
「ただいま!」
 明るい声と、笑顔で。