天使からのメッセージ
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:5〜9lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 97 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月16日〜05月19日
リプレイ公開日:2005年05月19日
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●オープニング
彼はふと、足を止めた。
仕事に向かう途中の橋の上。
「お父さんの言う事を良く聞いて、いい子でいてね。お母さんに会ったことは内緒よ」
「うん! でも、早く戻ってきて」
手を振り走り去る子供を女性も手を振って見送っている。
微笑ましい母子の風景に見えた。
だが、一瞬の後、その光景は一変した。
しゃがみ込み、荒い息を吐く女性。彼は思わず荷物を置いて駆け出していた。
「ちょっと! どうしたんですか? 一体??」
駆け寄って、背中を手で支え、彼女を支え起こして立ち上がらせた。
触れると気付く、彼女の全身からのあぶら汗。春だというのに真っ青な顔‥‥。
「だ、大丈夫です。すみません。橋の向こう‥‥教会の側まで、連れて行って頂けませんか?」
長い金髪が静かに揺れた。首元に薄赤い痣のようなものが見える。
彼は黙って頷いて彼女に肩を貸して橋を渡り、橋の袂の石にそっと腰を下ろさせる。
近くからカップに水を入れて差し出した彼に、女性はありがとう、とそれを受取った。
「本当に、大丈夫なんですか?」
心配そうな顔に女性ははい、と小さく答え水を喉に流す。まだ顔色は悪いが、笑顔が浮かぶようにはなった。
息をつき彼女は頭を下げた
「いつもの‥‥ことなので。大丈夫ですわ」
「あの、失礼ですが‥‥ご家族とかは?」
さっき走り去った男の子が子供なら、夫がいるだろうと解っているが、どうしても心配で聞いてみた。
「夫が、おりますわ。‥‥訳があって一緒にはいられないのですけど。私がいては、夫の為にならないので‥‥」
青い瞳が寂しげに笑った。
やがてよろめきながら立ち上がるとスッと頭を下げ、彼女は背を向けて去っていく。
名前を聞いたわけではない。再会を約束したわけでもない。
どこか心配が、何故か不安が過ぎったが、彼にも仕事がある。建物の影に消えていった線の細い女性を彼は黙って見送った後、もう一度、仕事の為に橋を渡り始めた。
その依頼人がやってきたのは、夕方、もう日も暮れかけようという頃だった。
まだ幼い子供の手を引いてやってきたその男性ケスナー、息子はリアンと名乗ってから、妻のカレンを捜して欲しいと依頼した。
「妻が、突然家を出てしまったんだ。子供も置いて‥‥。どうか、捜して欲しい」
彼は絵描きの卵で、夫婦と一人息子の三人家族。
優しい妻と可愛い息子に支えられ、大好きな絵で近年食べていく目処が付き、幸せなの絶頂だったはずなのだ。
「だが、数日前、妻が家を出てしまった。ケンカもしていないし、何故家を出たのか理由が解らない。家を出るから、と書き置きはあったんだが‥‥何か事件に巻き込まれたのかも知れないから‥‥一刻も早く捜して欲しい。頼む」
その言葉に係員は素直に頷いた。依頼書を書くために話を聞く。
「で、その奥さんの外見は? ‥‥え?」
「金髪に、青い目。細身で、最近首元に痣ができた、と言っていた。ん? 何か心当たりが?」
問いかけた依頼人に係員は首を振った。かすかに怪訝そうな顔を浮かべながらもケスナー氏は話を続ける。
「今まで、家の事は妻が全部やってくれていたので、正直困っている。家も、壮絶で‥‥。できれば、掃除や息子の食事の世話とかも手伝ってもらえると嬉しい。実は明日から数日、貴族の館に絵を描くために昼間家を空けなければならないんだ」
その為に大分報酬も割り増してあると彼は言った。
「冒険者に頼むことでは無いかもしれないが、どうかお願いしたい」
依頼を引き受けることに問題は無い。だが‥‥どうしても気になって係員は聞いてみる。
「失礼だが、アンタの方に原因がある、ってことは無いのか?」
「私はカレンを愛している。他の誰とも関係したことないし、そういう相手も一切いない!」
「じゃあ、知り合いの家とか、誰かと一緒だったとか、そういう手掛かりは無いのか?」
「あちらこちらを捜してみたが、見つからない。ただ‥‥」
「ただ?」
「今朝、教会の近くの橋で、男と一緒に歩いていたのを見た、という話は聞いた。カレンが他の男と付き合っていたとは信じていないが、それ以外の手掛かりは無い‥‥よろしく頼む」
お辞儀をして、息子を連れて帰った依頼人にも、一度だけ振り返った子供にも係員は声をかけられず、ただ、黙って見送るしか無かった。
依頼を張り出すとき、係員はその事情を全て隠さず話したうえで、冒険者に告げた。
「俺は、その時一回だけしか彼女と会っていない。だから、神に誓って不貞やその他は無い。それに今思えば見送っていた子供は、多分あの子だと思う。だから、子供はひょっとしたら母親の居場所を、知っているのかもしれない。だが、知っていたとしても父親には、話していないだろうがな」
5〜6歳の子供なら、何か知っていることもあるかもしれない。
「なんだか、嫌な予感がするんだ。なんとか、あの女の人を探し出してやってくれ」
係員の表情はいつになく真剣だった。真剣に心配しているようだった。
それが、どんな思いであれ、理由であれ‥‥
●リプレイ本文
外見は、ごく普通の家。
だが‥‥
「うわっ。すごっ!」
「ホントに、壮絶ですわね‥‥」
扉を開けたレフェツィア・セヴェナ(ea0356)の声にルーシェ・アトレリア(ea0749)は頷いた。
筆や絵の具が散らばり、汚れて、多分洗ってもいない服がそこかしこにかけられ、部屋の隅には綿埃が鎮座している。
妻が居なくなり、残された夫は料理をしてみようと思ったのかもしれない。だが絵の具と交じり合った匂いがその結果を物語っている。
「ここにリアン君を戻すのも可哀想ですわね。お掃除、致しましょうか?」
「‥‥やりますか!」
腕を捲くり、ルーシェは大きく窓を開けた。
初夏の空気は眩しくて気持ちいい。
この明るさを少しでも部屋の中に映そうと、彼女達は二人でテーブルを軽く持ち上げた。
「リアン君、こんにちわ♪ あ、この子の名前はリーフっていうの。仲よくしてね?」
父親の外出を見送り、扉の前に立ちすくんでいた少年の手をリト・フェリーユ(ea3441)はしっかりと握り締めた。
いきなり大人の中に取り残されて、泣き出しそうな、だが、一生懸命我慢している顔をしていたリアンだったが、‥‥新緑の若葉のようなリトの柔らかい瞳に小さく、首を前に動かした。
「一緒に遊びましょうか? 今、おねーさん達がお部屋のお掃除してくれてるからね」
「‥‥お父さんの気持ちが、解りますね」
囁かれた言葉にリトとリアンは後ろを向いた。そこには、ため息を吐き出すアルテス・リアレイ(ea5898)がいる。
どうやら家事の手伝いには要らないと追い出されたらしい。家の中から。
「アルテスさんも苦手なのですか? 家事が?」
「あ、はは‥‥洗濯以外は苦手なんですよ」
「パパは洗濯も苦手だよ。だいじょーぶ」
頷いていいのか疑問だが、アルテスを慰めようとしているのだろう。
優しいリアンの言葉にありがとう。とアルテスは頭を撫でた。脇の下に手を差し込み驢馬の背に乗せる。
「いい天気だからお散歩にでも行こうか?」
「うん!」
子供に戻ってきた明るい笑顔。リトは微笑んで驢馬の手綱を握る。
「落っこちないように、気をつけてね」
ゆらゆら揺れる身体の横にアルテスは付いて、小さな足音と共に前に進み出した。
「ま・まさか‥‥そんな‥‥」
教会から出てきたソフィア・ファーリーフ(ea3972)は頭を抱えるように首を振る。
バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)はそんなソフィアの背中をそっと支えた。慰めるように。
失踪する直前までのリアンの母カレンの行動を調べているうちに、二人は直ぐに教会にたどり着く。
彼女が夫の絵描きになるという夢を叶える為に働きづめだったこと。しばらく前から体調を崩していたこと。そして‥‥二人の為にそれを我慢し続けていたことを知った。
そして、出先で倒れ、教会に運び込まれたことも。
何だか、嫌な予感を感じながらもソフィアとバーゼリオは、やってきた。そして、出てくる。
「あら。お二人とも。奇遇ですね」
橋の向こうからやってきた仲間達に二人は笑顔を作った。
迎えられた方も笑顔を返す。
そして、彼らは近くの緑地に皆で腰を下ろした。
丁度お弁当タイム。ルーシェやレフェツィアが作って持ってきてくれた料理を口に運びながら、楽しそうな顔のリアンを冒険者達は黙って見つめた。
やがて、リトが星のように光る木漏れ日を眩しそうに見つめながらリアンを見つめる。
「良いお天気♪ リアン君の好きなお花はなあに? 私は今の季節だったら野ばらかな? あと、木苺!」
「っとね。デイジー。ママが好きなんだ。パパがねママに最初に会ったのがデイジーのお花畑だったって。天使みたいに綺麗だったって!」
「そうか。ママはデイジーのお花が好きなんだね? じゃあ、どんな食べ物が好き?」
他愛も無い会話から何か、情報が、とアルテスはリアンに話しかけてみる。久しぶりに自分の気持ちを聞いてくれる人がいて、嬉しいのだろう。リアンは一生懸命、身振り手振りで家族の話をする。
「リアン君はママが好き?」
「大好き!」
素直な、曇りない笑顔にアルテスは小さな声で笑って言った。
「カレンさん、か。僕の友達にも同じ名前の人がいるよ。とっても優しい人。リアン君のお母さんのカレンさんも、ステキな人なんだね‥‥ねえ、リアン君?」
「なあに?」
「お母さんに、会いたいかい?」
急にリアンの顔からが雲に隠れたように笑顔が消えた。
「あのね。お姉ちゃん達はね家事以外にも、お父さんに頼まれてお母さんを探してるの。お母さん、お父さんに行き先言わないでお出掛けしたからからとても心配してるんだけどリアン君はお母さんが何処いったか知らないかな?」
ルーシェが優しく聞くが、リアンの口は窄んだまま。
「‥‥ママと約束したもん。誰にも、言わないって‥‥」
そうか、とリトは思う。誰よりもお母さんに会いたいのは、この子の筈。そう、我慢しているのだと。白い手で俯く少年の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「頑張って我慢しているんだ‥‥お話聞いているよ? お母さんも辛いんだって。でも、一人で我慢していたら辛いだけで良くならないよ? お父さんは無理でも私達にお話してもらえないかな? 少しは力になれるから、ね」
警戒させてしまっただろうか? どうしよう‥‥思った矢先、突如木々の影からガサガサガサ! 何かが動いた気配がした。
冒険者達が警戒をした時。
「メリークリスマス!」
いきなり野太い、でも高く明るい声が周囲に響く。
「わっ!」
アルテスの背中に隠れたリアンが首だけ出すと、そこには真っ白い着ぐるみを纏った、男が立っている。
「‥‥おじさん。誰?」
(「おじさん‥‥」)
グッサリと胸に刺さった言葉の傷から立ち直り、ウサウサッっと男は兎の手真似をする。
「季節ハズレのサンタクロース参上! 貴殿の母上の具合が悪いと聞いて良いプレゼントを持ってきたでござる」
差し出されたのはヒーリングポーション。
「さあ、このヒーリングポーションを母上の所に早く届けようぞ! 母上の身体の調子もきっと良くなるで‥‥」
ボガッ!
鈍い音がして、頭を抱え兎は蹲った。それがバーゼリオが送ったツッコミであることを葉霧幻蔵(ea5683)は理解して、一瞬言葉を閉じる。
サンタ人形が差し出したヒーリングポーションはリアンの胸に移る。彼は抱いたまま、それを離さない。
「‥‥これ、貰ってもいい?」
「無論でござる。宵越しのポーションは持たない主義でござる」
「ありがとう! ちょっと、待っててね」
「ええ‥‥‥‥うん」
小さな背中が路地の裏に消えたのを確かめて、何人かの冒険者はそっと後を追いかける。
リトは約束を守り動かなかった。ソフィアとバーゼリオは、動けなかった。
深夜、酒場にて‥‥喧騒の只中に冒険者の表情と声は暗かった。
教会から戻った二人の言葉に、冒険者達の喉から、悲痛な思いが搾り出される。
「そ、そんな‥‥」
「‥‥せ、殺生でござる」
「どうするか、決める権利があるのは、カレンさんと、ケスナーさん、リアン君だけだよ」
できれば、と思っていた。最悪の事態は、と。だが、その希望は届かなかったようだ。
「解りました。明日、カレンさんに会いに行きましょう」
「できる限りの事を、しましょう。せめて、家族にとって、少しでもいい思い出となるように‥‥」
バーゼリオの言葉に、冒険者達は頭を小さく前へ、動かした。
翌々日。
冒険者達は教会の近くの民家に招き入れられた。先日リアンが軒先に薬を置いた家。
開かれた扉の向こうで、静かに横たわる女性の姿が彼らを出迎える。
「カレン!」
「ママ!」
ケスナーとリアンはその女性の横に走り寄った。
「今朝までは、まだ意識があったんですが‥‥」
まだ呼吸はしている。だが、彼女の瞼は二人の声を聞いても、まったく動かなかった。
「一体、どうして‥‥‥‥」
縋るようにカレンのベッドに手を伸ばすケスナーにソフィアは振り絞るように言葉を紡いだ。
「カレンさんは、お腹の中に異物が出来‥‥腐っていく病にかかってしまったのだそうです。無理をし続けていたため、気が付いた時には、もう手遅れだったとか‥‥」
首もとの紅いアザ。
リトは俯く。せめて呪いや傷だったら。だが‥‥病ではどうしようもない。彼らには知識も治療法も足りなかった。
「ならどうして‥‥家出なんて‥‥それを知ったら私だってお前の側についていたのに‥‥」
「だから、ですわ。奥様の事を考えて貴方が夢を諦めてしまうかもしれない。だから‥‥言えなかったのです。きっと‥‥」
昨夜、指一本動かせぬ床の上で、カレンは冒険者達に告げた。
『私の事を忘れて‥‥二人には‥‥幸せになって欲しいのです』
でも‥‥。
彼女の意思に冒険者達は首を横に振った。
ちゃんと見届けさせてあげるのが、自分達の務めだと冒険者達は思ったのだ。だから、二人はここにいる。
「呼びかけて。二人とも‥‥」
レフェツィアは大きな手と、小さな手をそっと白い手に握らせる。
「目を開けてくれ‥‥カレン」
「ママ‥‥、お薬、飲んだ? 良くなったよね。一緒に遊ぼう?」
ほんの少し、その言葉に眉が動いた。瞳が、薄く開く。
もう、意識など無い筈なのに彼女は目を開け、微笑んだ。まるで、天使のような微笑で。
「‥‥‥‥」
「カレン‥‥!」
次の瞬間。彼女の指先は、握り締めたケスナーの手から滑り落ちた。
瞳は閉じ、二度と開かない。
「カレン、カレン!」
「‥‥ママ。ママ!!」
誰もが思わず顔を背ける。
ぐすり、目元を拭う音。泣いてはいけないのは解っている。だが幻蔵の纏う白い毛皮は涙の雫で濡れる。
静寂の部屋に聞こえるのはすすり泣きと、‥‥竪琴の調べ。
(「どうかこの音色が、貴女を天国にお導き下さいますように」)
祈りは、音の調べと共に天へと昇っていった。
一人の優しい魂と共に‥‥。
葬儀の後、ケスナーは冒険者に頭を下げた。
「今回は、ありがとうございました」
「奥様の分まで頑張って下さいね」
ルーシェの励ましにケスナーは、はい、と答える。
「掃除や、料理もしっかりね!」
「いい子でいて下さい。リアン君」
父と子を、レフェツィアとアルテスが優しく励ます。小さく頷きが返った。
「いつか、でかまいません。笑顔を取り戻して下さい。私はその為に依頼を受けたのです」
今は、まだ無理かもしれないとソフィアは思う。でも、いつかは‥‥と願わずにはいられない。
「これを‥‥リアン君」
差し出された二本のスクロールにリアンは首を傾げる。中に書いてある文字を見ようとしたようだが‥‥
「よめない‥‥」
ゲルマン語で書かれてあるのだ。
「今回の全てを書いてあります。大きくなった時に読んで今回のことを知る手助けにして下さい」
「こっちは、お母様からの最期の手紙です。心細くなった時、きっと助けてくれるから‥‥」
リトの手紙と言葉を胸に、キュッと抱きしめて
「うん」
彼は頷いた。
「ありがと。また、遊ぼうね」
手を振るリアンの手を、握ってケスナーは歩き出す。
妻を亡くした夫、母を亡くした息子。
二人の生活は、これから決して楽では無いだろう。
でも、伝わった筈だ。
彼女の思いは、きっと。未来に繋がっていく。
光の中、歩いていく二人の背中を見送りながら、冒険者達はそう信じ空を仰いだ。
後日冒険者達は噂に聞く。
貴族に重用される画家の噂を。
彼の代表作は、天使の絵。デイジーに囲まれた笑顔の美しい‥‥。
そのモデルが、誰であるか。
知っている者は多くなかったが、その絵はいつも見る者を微笑ませたという。
きっと彼女は見守ってくれるだろう。
光に、いや天使になって、二人を‥‥。
闇に出没する巨大兎の怪談が聞こえるのは、それから更に後のことである。