【謎】 小さな叫びを聞いて

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月25日〜07月30日

リプレイ公開日:2004年08月02日

●オープニング

 僕達は森で出会った。お互い一人ぼっちだったから。
「あたし、一人ぼっちなんだ。‥ねえ、あたしと、ともだちになろうよ」
「ともだち? 僕と? ホントにともだちになってくれるの?」
「うん、うれしいな、ともだち♪ ともだち♪ あ、あたしレーナ。君は?」
「僕は‥」

 冒険者の一人が、その光景を見たのは偶然だった。
 一軒の家の前で押し問答している二人。
 一人は屋敷の門番らしい男。もう一人は‥子供?
「そんなの知らないって言ってるだろう? とっととおうちに帰んな」
「嘘だ!ここにレーナがいるはずだ! 絶対!!」
「だから、いねえって言っている。子供だからって甘くはみてやらねえぞ。ほら、帰れ!」
 ドン!
 門番に押し倒されて少年の身体は地面に転がる。彼は、慌てて少年に駆け寄った。
「大丈夫か? ‥おい! 子供にすることじゃないんじゃないか?」
 後半の言葉が子供ではなく、自分にかけられたものだと知って、男はフン!と鼻を鳴らした。
「知り合いなら、そのガキをとっとと連れて帰ってくれ。変な言いがかりをつけてくる。仕事の邪魔だ!」
「だから、レーナを帰せって言って‥(むぐむぐ)」
「解った。連れて帰る、悪かったな」
 少年の口を押さえると、冒険者は素早くその場を離れていた。館が見えなくなる路地に身を隠すと冒険者は少年を離す。
 プハーと深く息を吸い込むとほぼ同時に、少年は彼に喰ってかかる。
「なんで邪魔したんだよ! 僕はレーナを連れて帰るんだ!」
「無茶は止めろ。あの家はいろいろと悪い噂があるんだ」
「そんなこと知るか! あそこにレーナが、僕のともだちがいる。助ける! 絶対!!」
「落ち着け。そのレーナっての誰だ? 人か? どうしてあそこにいると思うんだ?」
「‥レーナは、人じゃない。シフールで、僕の‥ともだちなんだ」
 少年は冒険者に促されて、ぽつ、ぽつと話し始める。
 森で迷った時に、光の加減で虹色に光る蝶の羽根を持つシフールに会って助けてもらったこと。
 仲間と違う羽根が嫌で、逃げ出したという彼女と友達になったこと。
 約束の時間に待ち合わせ場所に来なかったレーナを探しに着たら、彼女の羽から落ちたごく僅かの光の粉に気付いたこと。
 そして、その粉を追って来たら‥あの家にたどり着いたことを。
「あの家にレーナは絶対にいる! 解るんだ! だけど、このままじゃ‥」
 小さく光るものが少年の瞳に輝いているのを、冒険者はその観察眼で気付いた。彼の‥思いも。
「解った。でも、君がやるのは無理だし危険すぎる。俺達に任せてみる気は無いか?」
「でも、僕、冒険者のお兄さんに払えるお金なんてないよ」
「別にかまわないさ。お金の為だけに冒険者、しているわけじゃないからな。故国ならともかく、この街では‥」

「と、言うわけだ」
 彼はそう事件の発端を説明した。少年を助けた冒険者はジャパン出身の忍者だった。彼は彼なりにその館のことを調べていたのだ。
「あの家があんまりよくない噂があるのは事実だ。裏でいろいろあくどい事をしているらしいが、証拠は出なかった。しかも家の主は末流だが貴族なもんで簡単には手が出せない」
 いろいろ裏で貴重なものを集めている(らしい)分、館の警備は万全で忍び込むのも難しそうだ。と彼は言う。だが‥
「一つだけ情報を掴んだ。あの子のことが騒ぎになったせいか、この日の夜に荷物を他所に移すつもりらしい。その時が‥チャンスだ」
 その為に人手が欲しいと、彼は言った。
「言っとくがこの依頼は実入りはあんまり良くないぜ。子供の依頼だから、報酬は無いに等しい。下手をうつとこっちが泥棒と間違えられる。あいつらの盗品に手を出せば間違いなく泥棒だしな。おまけにシフールとはいえ、誘拐、人身売買も平気の厄介な奴らと変な因縁がつくかもしれない」
 彼は申請書を書きながら指を折った。
「それでも、やっていいとおもう奴は来てくれ。報酬は、親友同士の再会の笑顔。それだけでいいとおもう奴は」
 書き終えた申請書を係員に渡すと立ち上がり彼は振り向く。それでもきっと誰か来る。そう信じているかのように微笑んで。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0974 ミル・ファウ(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea1089 パベル・スマロコフ(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea4675 ミカエル・クライム(28歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea5156 霧塚 姫乃(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5307 メイトヒース・グリズウッド(43歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 そこに着いたのは、深夜に近い夜。
 住宅街の中にぽっかり開いた死角の場所で彼らは顔を合わせた。
「やれやれ‥鼠退治の後は頭の黒い鼠が相手‥。だが見過ごすのも後味が悪いしな」
 アリオス・エルスリード(ea0439)は肩をすくめて笑う。見知った顔がいくつかある。
「よっ! 今回も成功するように頑張ろうね。他の皆もよろしく!」
 その一人リオン・ラーディナス(ea1458)はアリオスやクレア・クリストファ(ea0941)にチャッ! とサインを切った。軽いノリの知人に苦笑しつつも心強さを感じる。
「シフールを誘拐して売り買いするなんて許せない。絶対阻〜止!」
 完全に怒りのスイッチが入っているらしい。飛び回るミル・ファウ(ea0974)に同意するようにミカエル・クライム(ea4675)も頷いた。
「女の子を苦しめるなんて‥最低! 兄上に代って成敗よ!」
 目印のランタンを掲げながらパベル・スマロコフ(ea1089)は笑う。言葉は解らなくても空気は解るらしい。
「気持ちは解ります。でも冷静に、そして神速に‥」
 霧塚姫乃(ea5156)は志士らしく二人を冷静に諌めた。だが心に潜む熱い思いは勝るとも劣ってはいない。
「で、肝心の彼はいずこ?」
 首を回すメイトヒース・グリズウッド(ea5307)の背後から気配を完全に消した声がかかる。
「ここにいる‥」
 うわっ!という悲鳴はあげずにすんだがメイトヒースの顔はかすかに強張る。依頼の時に会った彼と服装も顔つきも、纏う空気さえ違う。
(「ビックリした〜。流石忍者‥」)
「時間が無い。話を進めましょう」
 クレアの言葉に彼は頷き、仲間達を手招きした。ランタンの下、街の地図が広げられる。
「貴族の館はここだ。裏道を通り、街を出るつもりらしい。だからここで‥仕掛けたらと思う」
 スラム街に近い路地を彼は指差した。人通りも少ない狭い路地。罠も仕掛けやすい。
「俺は約束を守る。悪いが馬車の中のシフール救出に専念するつもりだ」
 自分より適した者がいれば任せる、と彼は言うが反対するものは誰もいない。
「俺達は元々敵を引き付ける予定だからな」
 仲間達の首もアリオスの言葉に同意の動きをする。
「なら、この地点で待っててくれ。俺は奴らを必ずそこに誘導する」
 彼の気配が遠ざかる。姿が闇に溶ける直前、ミルは彼の服を引いた。
「貴方の名前は? 教えてくれないの?」
「‥聞くな。今は必要ない」
 氷の言葉に手を放すと、彼の気配は本当に消えた。
「俺達も行こうか‥行動開始だ!」
 カンテラの火が微かに揺らめいて消える。

 薄闇に慣れてきた目に揺れる光が見える。馬車に吊るされたカンテラの炎。馬車を囲むように歩く者達。人目を避けるような動き。それが意味するものを彼らは理解した。
「あれね‥」
 クレアは馬車を確認するとマントで顔と紋章を隠した。見上げる空に光る葉月。薄い光を彼らに贈る。
「誇り高き月よ‥崇高なる夜よ‥我らに、その恩寵があらん事を‥」
 メイトヒースと姫乃は前から、クレアとミカエルは影から、屋根の上からも路地からも、顔を隠し息を潜め機を待った‥
「ヒヒーン!」
 突然馬車を引く馬が膝を折る。
「何だ! 一体?」
 馬車を操る男が飛び降り馬に近づく。その時、一閃‥二閃! 真空の刃が地を這う蛇のように襲い馬の足を奪った。
「! ヒーン!」
 悲鳴と共に馬は倒れる。
 揺れる馬車の外と中。男達は剣を抜いて周囲を見回した。
「敵?」
 戸惑う彼らの目を白い光が撃つ。それは月光を弾く十字剣の光。
「陽光射し 月光輝くこの世に‥汝ら闇黒 棲まう場所無し!」
「何者!」
「正義の味方に決まってるだろ!」
 駆け出してきた3つの影に彼らはごく僅かだが、反応が遅れた。その一瞬が戦いの命運を分ける。
「うわっ!」
 盾でいきなり顔面を殴打された戦士が一人、抵抗する間もなく地面に倒れた。
 キーン!
 さらに一人が剣を落とす。左手のクルスダガーに攻撃の威力を殺され右手の武器で手の力を奪われて。
 リオンとクレア。戦い慣れている者とそうでない者の差が如実に現れたこの攻撃。
 逆に三人目の戦士と戦う姫乃は苦戦を強いられていた。長剣を使う男にダガーの姫乃は力負けする。ダガーに付与したバーニングソードで耐えるが背後から魔法で狙われているのに気付かない。
「危ない!」
 ミカエルの悲鳴に姫乃は渾身の力で男の剣を払った。
「グワッ!」「ウッ!」
 予想された衝撃の代りに二つの鈍い声が聞こえた。二つの地面に倒れる音と共に。
「‥ありがとうございます」
 魔法使いの足を貫く矢。戦士の背中を焼いた炎の玉。助けてくれた仲間に姫乃は頭を下げた。
「お前ら‥何者だ?」
 クレアに剣を奪われた戦士は、馬車に背をつけた。
 運搬役の二人は馬の横と馬車の影で倒れている。残りは馬車の中にいる者だけ‥。
「正義の味方だと言ったろう?女の子をユウカイなんて、フユカイな奴を許せないんだ。ハハハ‥」
 ヒュ〜 冷たい風が流れる。風の魔法では勿論ない。
「敵襲だ! 早く来い!」
 彼は叫ぶ。馬車の中の仲間が出てくる筈‥だった。
 だが出てきたのは‥
「作戦成功!」
 シフールが一人。
「了解! 撤収だ!」
「帰ったら主に伝えなさい‥再び相見えた時、永劫の果てまで追い詰めてやると‥私が継ぐ名は『永劫の追撃者』なり!」
 白い戦士の言葉と同時に逃げようとする襲撃者達を、彼は追おうとした。だが
「火・緋、操・装、我が導きに従え! 遊んでおいで!」
 魔法と共に馬車のカンテラの火が踊り始める。馬車の屋根に移る魔法の炎の消火、仲間たちの手当て、一人残った戦士はそれに追われた。
 運搬役が一人減っている事に彼が気付くのは、半刻以上経ってからである。

「協力、感謝する」
 彼は冒険者達に頭を下げた。腕には鳥籠。勿論、中にレーナがいた。
「特に君には礼を言わないとな」
「だって、危なかったから‥」
 ミルは照れるように笑った。聞けば中にいた敵に彼女の砂の小袋が隙を作ってくれたのだという。
「戦士四人、魔法使い一人。この程度で良かったわ」
「で、これ、どうするんです?」 
 縛られ、これ、と言われた男が一人。姫乃の馬の上で気絶していた。パベルの罠で馬車から振り落とされた運搬役だ。
「では、これはお借りします」
 いつの間にか礼服を纏ったメイトヒースがニッコリ、黒く笑う。仮面を被り、気絶した男に油をかけた。
「‥ひ!」
「気付いたかね。我々の虜囚よ」
 周囲を取り巻く覆面の襲撃者たち。カンテラの炎に浮かぶ不気味な仮面の男。
 一般人に過ぎない彼には言葉も出なかった。
「見ての通り私はさる身分の者。君達の主を蹴落としたいのだよ。『アレ』の運搬を任される君達だ。彼の悪行を知らぬ訳でもあるまい。洗い浚い教えてくれないか?」
「ハイ! 言います。だから命ばかりはお助け〜」
「あ? あっ‥そうか。いい心がけだ」
 メイトヒースはやや気抜けしたように頷いた。正直、あんなこともこんなこともしようと思っていたのに‥
 聞き出した情報を紙に書きメイトヒースは匿名で王城の騎士団の前に放り出してきた。生き証人の運搬役も一緒に。
 翌日、路地に残された戦いの跡、館に戻った馬車の盗難品が証拠となり貴族は処分を受けた。
 だが、その功労者の名前は知られる事が無かったという。

「レーナ!」
「ファル!」
 二人はなんの躊躇いも無く駆け寄り抱き合った。
 打算も、計算も無い。ただお互いの無事を喜び合う子供達の黄金の笑顔がそこにある。
「ゴメン。レーナ。助けにいけなくて」
「どして? ファルのおかげで助かったんだよ。あたし信じてた。きっと気付いてくれるって‥」
「‥助けてくれたのは冒険者さん達だよ。僕は何も‥できなかった」
「でも助けてくれたのはファルなの! ね?」
「‥そうね。彼女の最も勇敢な騎士は‥君よ」
「‥あ、そうだ!」
 ファルの頭を撫でるクレアに小さな顔は赤く染まった。照れを隠すように、自分のカバンをかき回し‥やっと見つけた品をファルは冒険者達に差し出す。
「これ、お礼。レーナを助けてくれてありがとう」
 それは、9枚の銀貨とパンの入った袋。まだ10歳にも満たない彼にそれがどんなに大事なものか彼らは解った。
「カッコイイ冒険者ってのは、困ってる少年少女からはお金をとらないんだゼ」
 リオンは断ろうとしたが、彼の思いに受取ることにした。
 レーナはシフールの集落に戻るという。羽を染めたら、との意見もあったが、これ以上ファルや皆に迷惑をかけられないとの決心だった。
「どんな羽でも、あたしはあたしだもんね♪」
 親友という支えを得て‥迷いを乗り越えたのかもしれない。
「いいか、もし助けが必要な時にはすぐに冒険者ギルドに飛び込め。必ず助けてやるから」
 膝をつき、視線を合わせたアリオスの言葉に、ファルはウン! と頷いた。
「僕、大きくなったら冒険者になってレーナを絶対守るから!」

「あぁ、良い事をすると気持ちが良いですねぇ〜」
 小さな手をつなぎ、去っていく子供達。メイトヒースは笑顔で見送った。
「‥君達も欲が無いな」
 助けた手柄さえも譲って後ろから見ていた彼は、冒険者達に言った。
「なにがです?」
「あいつらを捕まえて自分達の名前付きで公に差し出せば、報酬とか名声とか一気に上がったかもしれないぜ」
「ああ、いいんです」
 姫乃は微笑んで首を振る。
「今回は救出が最優先。欲は危険を増すだけですから。我々にも、あの子達にも」
「欲の無い‥だからこそ‥信用できる。俺にとっての一番の報酬は君達との出会いかもしれない」
 気付くと、彼の姿はもうそこには無かった。風のように残る声が告げる。
「俺の名はシュウ‥いつかまた会えることを願う」
「忍者の名前‥最高の信頼だな」  
 
 報酬は手の中の一枚の銀貨。
 ‥子供達の笑顔。冒険者への憧れ。そして‥一人の信頼。

 その報酬に不満を感じるものは、誰もいなかった