【死者の王国】過去を追う者 未来を見る者

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月18日〜06月02日

リプレイ公開日:2005年05月26日

●オープニング

「知っているか?」
 冒険者ギルドの係員は、手紙に目を通した後、彼らに言う。
「円卓の騎士パーシ・ヴァルは、田舎の農家の息子。騎士に憧れ冒険者となり、そしてアーサー王の目に止まり円卓の騎士に取り立てられた。だが、元はあんたらと同じ冒険者だったんだぜ」
 無骨で、真面目で田舎者。そんな彼のことを思い出したのだろうか。係員は小さく笑った。
「だから、後輩に少しだけ甘いんだな‥‥」
 笑いながらも厳しい目で彼らは冒険者達を睨む。
 依頼において、子供を攫われ、大きな火事を起こした冒険者達。
 彼らに当たる風は当然優しくは無かったが、それでもギルドは彼らの前に一通の手紙。いや、依頼書を差し出した。
 それには今回の依頼の顛末と一緒に、こう書かれてあった。
『時は、どんなに後悔しても後には戻らない。だが、取り戻すことはできる。完全に手遅れになってさえいなければ‥‥』
 そこから先が今回の依頼だと読み上げる。
「円卓の騎士、パーシ・ヴァルからの依頼。誘拐された少年フリードの捜索、救出、奪還に協力してくれる冒険者を求む。但し、王城からの馬車は出ない。報酬も微々たるものだ。さらに場所はゴルロイス卿の支配するメイドンカスールの近く。キャメロットから遥かに遠くアンデッドが溢れている。連れ去ったのは高レベルの神聖魔法黒の神官。どんなことが起きて、何をするか解らない。命の危険も当然ある。とてつもなく難しい依頼だ。それでも手伝ってくれる。そういう奴だけ来てくれと言っている」
 行くか? と係員は聞いた。これは、たった一度のリベンジチャンスだ。
 失敗すれば、命は無いだろう。冒険者ではなく、連れ去られた少年の命が。
 その問いに、答えはまだ、返らなかった。


 キャメロットから遥か北、ドーチェスター地方は死者の恐怖に怯えている。
 メイドンカスールの丘にある遺跡(ダンジョン)から、夜昼無く死者が溢れ、また集まっているからだ。
 恐怖から逃れるためにかなりな数の人々がその地を後にした。
 だが、逃れることも叶わぬ者達は、怯えながらもただ日々を過ごすのみだった。
「平和だった地に何故、ズゥンビが‥‥」
 やり場の無い怒りを胸に抱きながら。
 そんなある日、メイドンカスールから見ればキャメロット寄りの小さな街。
 そこに住まう人々の生活に変化が起こる。
 街外れの古ぼけた館に、妙な人物達がやってきたのだ。
 黒衣の僧侶服を纏った老人と、少年。そして、表情の変わらぬ、動かぬ顔の従者達。
 老人はどうやら怪我をしているようで家から殆ど出てくることは無い。
 買い物などの雑用は、少年が全て行う。だが、荷物運びをするわけではないのに、いつも彼の側には従者がついていた。街の人々は皆、首を傾げる。あの一団は一体?と‥‥。
 そんな時、一人の若者が教会に駆け込んだ。
「あ、あの爺さんと子供‥‥。化け物だ! 死者を、ズゥンビを操っていやがるんだ!」
 子供が引き連れている従者に触れた。その感触は死人のものだった。と。
 司祭は彼を宥め、落ち着かせる。
 確証も無いのにそんなことを言ってはいけない。と。
 だが、人の口に扉は立たず、噂は広がっていく。
「拙いな‥‥」
 旅の騎士は思った。
 人々の目が、心が日増しに荒れていくのを感じるのだ。
 時折買い物帰りの少年に人々が石を投げるのを見る。
 少年は一切の言葉を口にせず、言い訳も何もしない。抵抗も反撃もだ。
 従者はただ付き従うのみ。少年を守ることもしない。
 このままでは、やがて人々の死者への怒りが、苛立ちが少年と老人に向けての迫害になることは火を見るよりも明らかだった。
 最初、少年を助けられればそれでいい、と騎士は思っていた。
 取り逃がした黒の神官に連れ去られた少年をやっとの思いで探し出した。彼が自分の意思で付いて来たということはありえない。一刻も早く助け出し、家族の下へ返してやりたい。その思いで彼はこの地までやってきたのだ。
 彼を奪還するだけなら、正直、今なら彼一人でもできないことは無い。その自信は十分にあった。
 だが、それをしてはいけないことも彼には解っていた。
 従者がいるとしても、逃げ出すことは決して不可能ではない筈だ。
 では、何故そうしないのか。それは‥‥何か、理由があるとしか考えられない。
 脅されているか、それとも他の何かが‥‥。
 どちらにしても彼を助け出すには、人手が必要だった。
 それも、心から信頼できる人手が‥‥。

『戦う者に必要なのは勇気。それも、本当の勇気だ‥‥』
 騎士が心から尊敬する者の教えだった。

 だから、彼は待っていた。
 ここに、本当の勇気を持つ者が現れる事を‥‥。

●今回の参加者

 ea0966 クリス・シュナイツァー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5304 朴 培音(31歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea6033 緲 殺(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

鬼剛 弁慶(ea1426)/ 黒畑 五郎(eb0937)/ 紅月 緋翠(eb1207

●リプレイ本文

 強く、高き心を持つ勇者。
 あの方のお陰で今の自分があったのに‥‥。
 全てを失った。あの絶望を、恨みを忘れない。
 今こそ、再び誓いを果たす時だ。
「我が心から敬愛する賢人に、王国を再び‥‥」


 いくつものフライングブルームが飛び発ち、馬が街道を駆け抜けた。
 最後に残った冒険者達も足と心は魔法を帯びたように急く。
「フリード様、待っていて下さい。必ず、助け出します!」
「必ず、助けてあげるからね!」
 強い意志を込めた二人、李彩鳳(ea4965)と緲殺(ea6033)の呟きを諌める声がする。
「できる事は限られてる。するべき事は決まっている。焦ってはダメだ」
 自分の能力の限界を超えても急ごうとするだろう二人の気持ちが解るだけにギリアム・バルセイド(ea3245)はあえて、それに警告を発した。
「そうですわね。大丈夫と信じましょう」
 そっけないように見えるが、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)の思いも決して誰にも負けてはいない。
『彼を助けたい』
 少年フリード、彼を知っている者達のそれは同じ思いだった。
 背後から、一人のジャイアントが追ってくる。彼女も仲間であることを知っている‥‥。
 殆ど会話もしたことは無かったが。
 ギリアムは立ち止まると、少し後戻りし彼女の前に立った。
「‥‥協力は強制じゃない。だが、一人でできる事なんてたかが知れている。だから、俺達はパーティを組むんだ」
 行こう。彼はそれだけ言うと仲間達と共に走り出した。息を切らせる彼女、朴培音(ea5304)の前に仲間から借りた草履を一つ置いて‥‥。
 彼女は暫くそれを見つめていた後、足にそれを履き仲間達の後を、追った。

「やはり、この辺はズゥンビが多いな」
 メイドンカースルに近づくにつれてズゥンビを見かける量が増えているような気がする。
 馬を走らせながらリ・ル(ea3888)は街道に目をやった。
「ゴルロイス卿の影響が強い、ということかもしれません」
 冷静に夜枝月奏(ea4319)は分析する。急ぐ過程で彼らも幾体かズゥンビを片付けていた。この戦いは簡単なものにはなりそうに無かった。
 これでも最盛期に比べるとかなり減ってはいるのだが、そんなことを彼らは知る由も無い。
「北に行くに従いさらに増えてくるでしょう。気をつけましょう」
「そうだな、だが、急ぐぞ!」
「ええ」
 またズゥンビの影が見える。二人は馬の手綱を強く打って街道を一気に駆け抜けた。
 
 フライングブルームで飛び続けること二日。かなりの強行軍であったがいくつめかの街にたどり着いた冒険者達を一人の青年が出迎えた。
「パーシ・ヴァル殿!」
 少しふらつく頭と身体に気合を入れると黒畑緑朗(ea6426)とクリス・シュナイツァー(ea0966)は無言で佇む青年騎士に膝を折り礼を取る。
「恥を忍んで、フリード殿を助けに来たでござる。どうか協力をさせて頂きたい」
「先日は、申し訳ありませんでした。フリードさんを助け出す為なら、どんなことでもするつもりです!」
「騎士殿。今はフリード救出の為に怒りを収めて頂けないか?」
 二人を庇うようにフレイア・ヴォルフ(ea6557)は騎士の顔を覗き込む。槍を抱え仁王立つ彼の顔は‥‥微笑んでいた。
「来てくれて感謝する。失敗は忘れず、でも心に刻めばいい。大事なのは繰り返さないことだ」
 まるで、包み込むような優しい笑顔だった。大きく、暖かい。
「第一、俺は失敗を責める権利は無いからな。円卓の騎士で俺ほど失敗している騎士はいないぞ」
 ハハハハハ。悪戯っぽく笑うと騎士は指を立てた。次の瞬間からは真剣な顔だ。
「では、作戦を聞こう。はっきり言って時間はあまり無いからな。だが、無茶はするなよ」
「はい」
 立ち上がり三人は宿に向かう。
 気持ちを入れ替えるのだ。落ち込んでいる暇さえ今は無い。
 ここから、もう作戦は始まっているのだから。

 それから二日ほど後、街の周囲にさら増えてきたズゥンビの網をかい潜り最後の冒険者達が街の門を潜った。
 馬から軽く飛び降り、辺りを見回す。
「ふう、やっと着いた。間に合ったか?」
「‥‥お待ちしていました」
「!」
 目深に帽子を被った人物に後ろから声をかけられ、リルはハッと身構えた。
「クリス。驚かせてくれるなよ‥‥」
 すみません、軽く笑いながらも仲間同士、再会に緊張は少し和らいだようだ。
「途中、徒歩組の連中に追い抜かされちまったからな。まあ、こいつもよく頑張ってくれたよ」
 ポンポン、労うようにリルは馬の背を撫でる。秦もまた労うように馬のたてがみを撫で付けた。
「状況の方はどうだ?」
「いいような、悪いような、というところです。でもまだ最悪の展開にはなっていませんよ」
「なら間に合ったってことだな。良かったぜ」
「本当に、良かったかどうかはフリード君を助け出すまで解りません。とにかく、行きましょう。」
 秦の言葉にクリスは頷いた。
 彼の背と、手の導きに従って冒険者達は向かう。
 仲間達と、戦いの待つ街の中へと‥‥。

 
 一日に一回。買い出しに少年はやってくる。
 その様子を冒険者達はじっと見詰めていた。
 ここ数日、先行した冒険者達が尽力して少年の行動パターン、周囲の反応などを徹底的に調べていた。
 いつも従者を一人連れ、同じ店を同じように回る。従者は大人に見え‥‥剣を帯びていることもある。
 だが、ここ数日で最初は普通の人間に見えていた従者の姿は、徐々に崩れてきている。
 少年の身体の周りに漂う、死の香り。
 連れがズゥンビであること、彼の周りに死があることは誰の目にも明らかだった。
「‥‥子供程、残酷ってことか‥‥くそっ」
 唇の横をギリアムは噛み締める。今、彼の目線の先には少年に石を投げつける子供達。
「ズゥンビの手先。お前なんか、死んじまえ!」
「俺の父ちゃんは死んだんだ! ズゥンビのせいで! 絶対に許すもんか!」
 額に石がぶつかって、手に抱えていた荷物が落ちた。だが、彼は何も言わずに下を向く。
 その時、一人の冒険者が子供達の前に立ちふさがった。
「あいつ‥‥! お、おい!!」
「弱いものイジメは楽しいかい?」
「‥‥‥‥あ!」
 培音の迫力に、子供達は小さな悲鳴を上げる。睨み付けられて、鼻を鳴らし彼らは去っていくが‥‥、フリードは彼女を見ても表情を変えることをしなかった。
 足元に落ちた荷物を拾い、埃を払って袋に入れる。そして歩き去っていく。
「待ちな。フリード!」
 その声が聞こえないかのように彼は、館に戻っていった。

「‥‥個人の行動が悪いわけではない。だが、時としてたった一人の単独行動が作戦を壊す可能性もあるのだということを忘れるべきではないな」
 その夜、騎士のさりげないが、厳しい言葉に培音は沈黙する。
 明日の決行の為に、先行組も合わせて皆で作戦を立てていた。
 街の長と、教会の司祭には彼とアクテが話を通し、少年が敵ではない事を説明してあったのだ。だが、それは村人の多くには告知されていなかった。
 急激な変化があれば神官を、警戒させてしまう可能性があるからだ。
 罵声を浴びせられる少年を見ているしかなかった彼や、フレイアにとってはそれは苦しい選択でもあった。
「申し訳ない。先のミスに加えて‥‥また」
 下げられた頭に小さく皆は息をつく。幸い、まだ失敗したわけではない。良いか悪いかはともかく、まだチャンスはある筈だ。
 館の見取り図、街の構造。そして人々を守る手配。いざと言う時の避難先、全ての用意は整った。
 テーブルの上には矢が二本、並んでいる。思いを込めたリボンが結ばれた‥‥。
 綿密な作戦、何度も何度も重ねられた相談。
 全ては、明日の為に。
「俺は、街の外を守る。それがこの作戦の為の約束だ」
 街の周囲に存在し迫り来るズゥンビの脅威を一時的にも取り除く。それを約束することによって冒険者達はこの街での自由を得た。
「だから、フリードと神官は君たちに任せる。‥‥頼むぞ」
 騎士の言葉に冒険者達は頷いた。
「街の外からのズゥンビの援軍は恐らく抑えることができるだろう‥‥後は神官の子飼うズゥンビども」
 本当は神官捕獲に際し彼を当てにしていたところもあったのだが、街を守ることも重要だ。
 いや、騎士の立場からしてみればそれは、それを優先するのは当然と言えるだろう。
 彼自身でフリードを助けたいという思いはあった筈だが‥‥。
 感情と使命の狭間で握り締められた手は、冒険者達の前で開かれる。
「決行は、明日。いいか? これはたった一度のチャンスだ」
 いくつかの心配は残るが、今はやるべき事をやるだけ。
 その行動が明日に繋がると信じて‥‥。


 翌日も、もう夕方に迫ろうという頃、いつもよりも遥かに遅い時間に少年は館を出てきた。
 ただ、今日は従者を二人連れている‥‥。
(「何か、あったのだろうか?」)
 嫌な予感も頭を掠めるが、もう計画は動かない。
「よし、行こう!」
 作戦の指揮を取るリルの合図に冒険者達は散開した。
 彼の行動パターン。食料品を買いに出かけ、それから薬屋、油屋‥‥。
 最初の食料品店に向かう少年の行く道にギリアムはさりげなく立って、彼を待つことにした。さりげなく、と言ってもいつもならかなり目立っていただろう。
 強面のジャイアント、おまけにスキンヘッド。目立つなと言うほうが難しい。
 だが、今日は人通りも少ない。
 望みどおり、ギリアムはやってくる少年の姿を見つけることができた。首元に揺れるペンダント。いやそれよりもあの顔を、忘れることができる筈はない。
(「‥‥やはり、フリード」)
 ギリアムが少年を見つけたのとほぼ同時に、少年もまた彼を見つけたようだった。
 瞬間、足が止まる。
 だが、少年は顔色を変えず再び歩き出し、ギリアムの横をすり抜けた。
(「偽物か‥‥ん!」)
 チリンと微かな音がして何かが石畳の上に落ちた。ギリアムはそれを拾い上げる。
「これは‥‥」 
 思わず側に居た彩鳳は口元に手を当てた。殺も駆け寄ってそれを見る。それは彩鳳が彼にあげた飾り物。愛を表すタリスマン。
「‥‥持っていて、下さったんですわね」
「間違いない。フリードだね。しかも自分の意思もちゃんとある、と見たよ」
 少年が操られていたり、神官が化けていたりしたら‥‥考えすぎるほど考えた心配はとりあえず無用のようだ。
「となると、脅されているんだね。逃げたら街をズゥンビに襲わせるってあたりかな。それで逃げられないなんて、あの子らしいけど‥‥」
 フレイアは小さく苦笑する。優しすぎるまでに優しい子なのだ、あの子は‥‥。
「ならば‥‥話は早い。とっとと助け出すのみだ」
 リルの言葉にギリアムは手の中のタリスマンを握り締めた。
 小さな矢が手のひらを刺す。微かな痛みが気持ちを奮い立たせる。
「行くぞ!」
 彼らの思いは、今、一つだった。

「いらっしゃいませ」
 扉を開いて入ってきた客に向けてアクテは優しい笑顔を見せた。入ってきた少年は一度、瞬きすると後ろをちらりと見つめてから品物を指差した。お金も差し出され‥‥今は店員の彼女は
「解りました。少々お待ち下さい」
 後ろを振り向き、やがて品物を用意して前を向いた。
「はい、どうぞ」
 差し出された指と手が触れ合った時、微かにアクテの周囲に淡い光が浮かんだ。
 少年の顔が一瞬驚きを浮かべ、笑顔になる。背後の従者に見えないように。
 そこにまた、扉が開き冒険者達が入ってくる。
「よう! そこの兄ちゃん!」
 数人の集団の中、一際大きな男が、妙ななれなれしさでフリードの肩を抱いた。背後の従者に見えないように羊皮紙を差し出す。
「‥‥フリード。助けに来た。覚えているな‥‥」
 涙目になりながら肩を震わせ、小さく少年は頷いた。間違いない。フリードだ。
「どうして、逃げない? 話し難いなら、これに書いてもいいぞ」
 囁かれた言葉に、フリードはペンを受け取り、いくつかの単語を書き出す。
『僕が逃げたら、ズゥンビが街を、襲う』
 やはり、脅迫されていたのだ。だが、脅迫内容がそれだけなら話は早い。
 ギリアムはアクテに、アクテは冒険者達に目配せをする。
 その合図と共に従者とフリードに向けて注意を払っていた冒険者達は‥‥動いた。
 従者をフリードから引き剥がし、強制的に当身を食らわせる。
 冒険者達に従者達は本性を表し牙を向いた。
 ズゥンビの本性を、だ。
 二人、いや二匹をなんとか店の外に連れ出し、向かい合うと同時リルは従者の一匹に向かって強くチェーンホイップを打ち付ける。
 くるくると、身体を拘束された従者、いやズゥンビは唸り声を上げ暴れた。そこに殺がオーラの力篭る攻撃を腹に向けて放つ。更に深く重い悲鳴が喉から搾り出された。
 まだ微かにのそのそと動くズゥンビに背後からフレイアはキューピッドボウの一矢を放った。そこで一匹は動かなくなる。
 もう一匹は奇襲できなかった分、先の動きを取られた。
 抜かれた剣の攻撃を素早い動きでかわすと強く足元を蹴り、彩鳳は懐に飛び込んだ。そのまま抱きかかえ全力のスープレックスを見舞う。
 かなりのダメージにも関わらず、動き続けるズゥンビに遅れて外に飛び出したギリアムは、フリードをトンとアクテの腕に押し出すと剣を抜き前に出た。
「そっちは任せるぞ」
 剣を抜き、一気に切り込んだ。剣の刃が頬に当たるが気にせず腹に深い一撃を与える。
「仲間の盾になるのこそ、俺の役目だ」
 リルが、倒れたズゥンビの首元を切り裂いて程なく、二匹のズゥンビは魔力を失い、死体へと還る。
「銀の髪の乙女に頼まれて貴方を助けに来ました」
 そっと笑いかけた彩鳳の胸に、フリードは飛び込んだ。返事は涙と、抱擁。
 声も出せず、泣き続ける。それは、安堵と感謝の涙だと、彼を知る冒険者達には解った。
「お帰りなさい、よく頑張りましたわね‥‥」
 泣きじゃくるフリードを確認し苦笑しながら、フレイアはその場を離れた。
 計算したポイントに向けて高く、合図の矢を放つ。黄色いリボンが宙を飛んだ。
 彼女の役目、仲間達への、それは合図だった。
 
 ‥‥興奮の気持ちが治まった頃、フリードははたと顔を上げる。自分が戻らないと、街が襲われるのだ。と思い出したのだろうか?
 察したアクテは優しく笑いかける。
「大丈夫ですわ。襲撃を抑える為に仲間が、今、館に向かっています。街の外のズゥンビはパーシ様が対処して下さっていますし、彼らが倒れれば‥‥街は‥‥」
「避難誘導もするから‥‥って何?」
 フリードが眼を見開いた。そのただならない様子に冒険者達は首を傾げる。口を彼は必死に動かそうとするが、声は出てこない。
「どうしたんだ? もう喋っても大丈夫だぞ?」
 伝わらない思いのもどかしさと苛立ち、天を仰いだフリードは肩に手を回していたアクテを軽く押して、さっき店の中に置いた羊皮紙とペンを握り締めた。
 アクテはその時、フリードの喉の傷に気付く。喉を傷つけられていた?
「どうしたんだ?」
 殺とギリアムの呼びかけに、フリードは羊皮紙を差し出す。
 声の出ない喉で、でも必死にフリードは訴える。その文字に彼らも息を呑んだ。
『館には、罠が。行ったら、危ない!!』
「何!」
「しまった!」
 手の中の羊皮紙が地面に落ちるより早く、冒険者達は、全員が駆け出していた。

「合図だ!」
 秦は空を指差した。虹のように弧を描いて飛ぶ線に、冒険者達の眼差しは集中する。

「黄色のリボン‥‥少年の確保には成功したようだな。よし! 行くぞ!」
 凛と静かだった瞳が、爛と輝く。
 自らの心に火をつけた秦が素早く抜いた刀の輝きと共に、冒険者達は神官が潜んでいるであろう館への侵入を開始した。
 クリスは、ずっと握り締めていた道返の石を展開させた。祈りを込められた石は緩やかに輝き、結界を漣のように広げていく。
「これで、もう、彼らには俺達の侵入が解っただろう。先手必勝だ!」
 扉を開け、正面から侵入した冒険者達であったが、思った以上に館の中は静寂に包まれていた。埃に溢れ、調べたとおりフリード達以外の出入りは殆ど無さそうだった。
「もっと‥‥ズゥンビが溢れていると、思ったんだがな‥‥‥‥右だ!」
 家具や階段など、陰に身を潜めていた培音がハッと声を上げた。とっさに身体を左へ交わし、緑朗は攻撃を避ける。その足で深く力を込めてスマッシュの威力を霞刀に載せた。
 一刀両断で胴と、上半身は生き別れになるが、それでももぞもぞと動く様子はまるでモグラのようでさえある。
「今、楽にして差し上げます」
「眠れ! 永遠に」
 グシャ、腐った肉を潰すような感覚と引き換えに、その男だったズゥンビは沈黙する。
「あんまり、いい気分ではありませんね‥‥何度倒してもズゥンビというものは」
「だが、モタモタしている余裕はないからな。行こう!」
 軽く目を閉じたクリス。その横を駆け抜けていく緑朗の後に冒険者は続く。
 この館は、以前は古い商家として使われていたという。そのせいか建物は広々としたつくりで、廊下もまた広く、歩きやすかった。
 見取り図からすれば、二階がこの家の主、商人の部屋である筈。ならば、そこに神官が隠れているにまず間違いない。彼らは考えたのだ。
 念のため、いくつか開きながら確かめた部屋には誰一人、ズゥンビさえも無く静寂に包まれていた。
 住人を失い、埃が溜まるままの館に僅かにある生活感は所々にかけられたランプだけ。
 それさえも、冒険者にとっては神官が誘っているようで、愉快な思いを到底抱くことはできなかった。
(「なんだか、嫌な感じだ‥‥」)
 そう思ったのは誰だったか。だが‥‥後に退く事はできず、彼らは前進した。

 木の扉には鍵がかかっておらず、冒険者達が押し開けると簡単に開いた。
 中の寝台に、横たわっていた老人は、面倒くさそうに身体を起こすと、冒険者達の方を見る。
「フリード、帰った‥‥いや、帰ってはおらぬようだな。ようこそ、と言っておくか? あの偽王の部下はどうした?」
「ふざけるな! 俺はおめーのような奴を、絶対に許さねえ!」
 妙に落ち着き払ったような老人の言葉に秦は苛立ち、怒鳴る。だが、そんなことなど意に関せぬように神官は冒険者達を見て、そして一人の人物に目線を止める。
「ほお、お前はあの時の‥‥。良くぞここまでたどり着いたものよ」
 黒の神官服を纏った老人の顔をクリスはここ数週間忘れたことは無い。
「失敗は二度と繰り返さない。だが‥‥もう一度聞きます。何故、こんなことを‥‥」
「そなたの目的は、ズゥンビを使って民衆に暴動を起こさせ、アーサー王政権に打撃を与えるつもりなのではござらぬか?」
 クククッ‥‥。含み笑うような声が、あざ笑うような声に代わり、さらに高い笑い声に変わる。
「愚かな、偽王の手下どもよ。我が望みは一つ。偽王の民を奪い、少しでも多く、広き地を我が主、我が賢者に献上すること、この地上をゴルロイス様の王国にすることよ!」
「何!」
 神官は瞳を輝かせた。
「お主らは知るまい。人と呼ばれるものがどれほど愚かで傲慢かを。フリードは私と約束した。私に仕える代りに街の人々をズゥンビに襲わせるようなことはするな。と。だが、人々は自分達を守る存在に石を投げるのだ。フリードはそれでも、人間を信じていたようだがな。やがて知るだろう。私と同じ絶望を」
「‥‥‥‥」
 誰も反論をすることができない。培音は眼前で見たのだ。幼き子までが憎しみを無力なものにぶつける姿を。
「私はかつて、ゴルロイス殿にお仕えしていた。あの方は捨て子よ、卑しき生まれよとあざ笑われていた私を取り立てて下さった。今の私があるのはゴルロイス様のおかげだ。あの方こそ紛れも無き高き心を持つ勇者であり、賢人だと私は知った。そして、誓ったのだ。神の王国が築かれる時まであの方に仕えると」
 だが‥‥。その時までどこか、遠い何かを見つめているようだった神官の顔が、一気に悪鬼のそれに変わった。
「だが、我が主は失意のうちに没した。友であったものに裏切られ、愛する者を失い、辱められ貶められて。気高きあの方の命を奪ったのは‥‥あのウーゼルだ。そして、今、その呪われた子がこの王国を治めている。そのような事が許されるものか! 我が思い誰にも解らぬ。あの絶望を‥‥」
 瞳が深く、さらに深く輝く。恍惚として喜びさえも湛える‥‥それはまさに狂信者の眼であった。
「だが主は死さえも超越し蘇られた。それを聞いた時、私は確信したのだ。あの方こそ大いなる父の再来。神の国をこの世に作る者。私はこの国を死者の国とし我が王に、いや神に献上し再び仕えるのだ!」
「そんなことはさせるものか!」
 呪文の詠唱を始める神官に向けて秦の小柄が飛ぶ。だが、それを阻む盾となって三匹のズゥンビが立ちはだかる。小柄はズゥンビの腹に吸い込まれるように突き刺さった。
「ちっ!」
「消えな!」
「邪魔だ!」
「退けえ!」
 培音の蹴りが一体の頭上に落ちる。それとほぼ同時に一陣、二陣。刀が鋭くズゥンビの腹と、頭を切り裂いた。
 鈍く、動きの遅いズゥンビなど、冒険者達にとっては返す剣で完全に地に返せる。
 それは、聖なる弓鳴りの儀でズゥンビの動きを縛ったクリスの力も大きい。
 死体を踏み越え、蛇毒の指が神官に迫る。だが
「うわああっ!」
 目の神官が一瞬黒く光ったと思ったと同時、培音は弾かれるように地面に伏した。一瞬で秦と緑朗は身構えなおす。
 直ぐに解った。聖なる結界、ホーリーフィールドが張られたのだと。
「く、くそっ!」
「この世に、切れぬものは無あああいい!」
 全力を込めた緑朗のスマッシュが結界を揺らがせる。
「僕達を、なめるな!」
 クリスの渾身の一撃が、結界を砕いた。その瞬間を秦は見逃さない。打ち付けられた黒い魔力を身に受けてもなお、その刃を振り下ろす。
「うっ‥‥。ここで‥‥ここで、決着を付けさせてもらう! 帰れ、あるべき場所へ!」
 刃が心臓に突き刺さるのを彼は、避けようとしなかった。
「ぐあわあっ!!」
 深い、悲鳴と共に神官は崩れ落ちる。
「大丈夫ですか? 秦さん?」
 クリスの差し出したポーションを飲み込みながら秦は肩で呼吸しながら、倒れた神官を見た。
 傷がほぼ致命傷になっているのは冒険者達にも解っている。
 できれば生け捕りたかったと、緑朗が手を伸ばした時だ。その横を黒い魔法が掠めていった。
 魔法は、壁にぶつかり、カシャン。何か調度を落とした音を立てて消える。
「一体何を‥‥」
 その時、冒険者達は気付く。神官の満足げな、どこか嬉しげな顔を。
「これで‥‥いい。私は肉体を脱ぎ捨て、新たにゴルロイス様にお仕えできる。この街と‥‥冒険者。手土産には‥‥十分だ」
「この街? 冒険者? どういうことだ?」
「‥‥街にズゥンビを、誘導させてた。この街は‥‥じき、死の街となろう。そして‥‥私は死ぬが‥‥お前たちも、道連れだ‥‥」
「何!」
 その時、冒険者達は初めて気がついた。さっきの魔法が落としたものが何かを。
 周囲はいつの間にか、煙が充満している。火が絨毯の上に燃え上がり、調度を壁を、次々と炎の舌に飲み込ませて‥‥。
「‥‥炎、お主らから学んだことよ。偽王の部下を道連れにできなんだのは、残念だが‥‥お主ら‥‥我が王に‥‥仕え‥‥よ。‥‥ゴルロイス‥‥さ‥‥」
 カクン、崩れるように首と身体が落ちた。舌を噛んだのだろうか。口元から微かに血が滴り落ちている。
 だが、それを気にしている余裕は冒険者には無かった。
 油でも撒いてあったのだろう。火の回りが速い。
 もう、扉から階段に向けては完全に火の海だ。逃げ場が無い‥‥。
「くそっ、どうすれば‥‥」
 残る逃げ場は窓一つ、だが、ここは三階。窓を割っても、地面は遠い。
 だが
「仲間達が来てる。いちかバチか、賭けるぞ。皆!」
 緑朗はフライングブルームを取り出して跨った。残る冒険者達は必死にしがみ付く。
 一度だけ、神官のすでに焔に撒かれた体を見てから、前を向いた。念を籠め思いっきり踏み込む。
 ガシャン!
 木の窓が蹴破られ、冒険者達は外に飛び出す。
 微かな空気抵抗の後、彼らは重力の法則に従って地面に落下した。僅かに緩やかに‥‥。
 衝撃! その後の記憶は闇に解ける。
 仲間の駆け寄る声、励ます声。それを、僅かに耳元で聞きながら。

 冒険者四人が数日の眠りから目覚める頃には、ほぼ全てが解決に向かっていた。
「まったく‥‥無茶をする。神官相手にたった四人で、よく生きて戻れたものだ。‥‥詰めが甘いぞ。だが、お陰でフリードは、助かった。ありがとう」
 苦笑しながらも冒険者達の苦労を、パーシ・ヴァルの新緑の瞳が労ってくれた。
 館の火災は、冒険者達の指示と消火により延焼も無く鎮火した。
 街の周囲に集まっていたズゥンビも騎士が食い止め、さらに殺ら冒険者の援護によって殲滅に近いところまで片付けられて、冒険者が誘導し、教会などで避難をしていた街の住民たちも、今は元の生活に戻りつつある。
 絶望を与え、配下にすることを望んだフリードは、冒険者達に救われた。
 結局神官が持っていくことができたのは、己の命、ただ、それだけだったろう。
「あやつ。一体何故、あそこまで‥‥」
「‥‥俺には、解る気がするな」
 館に突入した冒険者達の話を聞いた時、そう呟いたのは意外にもパーシ・ヴァルだった。
「世の中には、確かに存在するんだ。役に立ちたい。何かをしたい。この命を賭けても。そう思うことができる存在がな。‥‥俺にもある。俺にとっては王。それぞれに恋人であったり、宝だったりするだろう」
 そこで、彼は言葉を切った。続きを待つ冒険者達に小さく笑ってぽつり、呟く。
 神官のしたことは決して許されることではない。だが‥‥彼はフリードを巻き込むことはしなかった。
「あいつは立場が違えば、俺だったかもしれない。‥‥命を捧げる主君に出会って自らの思いを全うした。はた迷惑どころの話ではないが、幸せな奴だ‥‥」
 憎憎しげな、恨みの言葉では、それは無かった。
 どこか、不思議な優しさが込められていたように、冒険者達は感じていた。

 数日後、事後処理がようやく終わり、冒険者は帰路につくことになった。
「フリードさん、これ、お返ししますわね」
 自らの命を救ったタリスマンを彩鳳は、再びフリードの胸に飾る。まだ微かに擦れた声で、でも彼は頭を下げた。 
「‥‥ありがとうございま‥‥えっ?」
 屈んだ頬にまるで春風のように優しく触れた感触に、初心な少年は目を丸くし、顔を赤らめる。
「心配させた罰ですわ」
「本当だぞ、俺達がどれだけ心配したと思ってる?」
「僕なんか、ケンブリッジから速攻で戻って来たんだからね」
「まあ、アンタらしいといえば、らしいが無茶と無謀は違うって言ったろ?」
 再会した友に、注意、と言う名の祝福を与える仲間の様子を、冒険者達は笑顔で見つめた。
 もみくちゃにされる少年とそれを取り巻く笑顔。
 何はともあれ、少年の救出が叶ったことが一番の成果であったから、その様子を見て感じる思いはやはり嬉しい、だろうと思う。
「フリードさん、今度こそキチンと学校に行くべきですわ。素質と志だけではかえって危険です」
 アクテは厳しく、フリードを見つめた。
「‥‥はい。でも‥‥、いえ、ありがとうございます」
 その瞳に何か、決意が浮かんでいた事を何人かの冒険者は気付いたが、あえて言葉にはしなかった。
 リルは場の空気を変えるようにワザと大きな声で伸びをする。
「さて、皆、帰るか。パーシ殿、いつか、再会の折には‥‥」
 指を立てて微笑うリルにパーシもまた同じ仕草で応じた。
「これで、少しだけ‥‥取り戻せたような気がします」
「‥‥まあ、ね」
「究めれば、この世に切れぬ物無‥‥いでで‥‥ 」
 顔を顰める緑朗の様子に二人が、仲間達が小さく笑う。嘲笑ではない、後悔の解けた明るい笑顔。
 やっと手に入れた‥‥喜びの‥‥笑顔だった。
 
 街を振り返りながら、ふと、秦は思い出す。
 焔に消えた、あの神官の最後の言葉を。
『肉体を脱ぎ捨て‥‥ゴルロイス様に‥‥』
「‥‥まさか‥‥な」
「お〜い、行くぞ〜〜」
「今行く」
 仲間の呼び声に、彼は前を見て駆け出して行った。

「‥‥パーシ・ヴァル様」
「ん? 何だ。急に改まって」
 村に送り届ける為馬に乗せた少年の真剣な目と、呼び声に彼と、馬は足を止める。
 馬から降り、少年は見上げるように目線を合わせ、そして告げた。
「お願いが‥‥あるんです。僕を‥‥」


 街外れの館、だった元建物。
 炭と崩れ落ちた柱の脇から、ゆらり、影が立ち上がった。
 影が、生まれたこと。そして消えたこと。

 それを知る者は、今は、誰もいない。