【宮廷図書館長】春の大掃除?

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月29日〜06月03日

リプレイ公開日:2005年06月07日

●オープニング

「た、大変です〜。図書館長殿〜〜」
 泣き出しそうな声を上げて走り出してくる司書の一人に
「馬鹿者! 図書館内では静かにせよと、言っておいたはずじゃ!」
 怒声が飛ぶ。本を揺らすような大きな声、ではなく静かなでも鋭い声だ。
 ビクッ!
 背筋を伸ばした司書だったが、まだくしゃくしゃになった顔は戻らない。小さく息をついてどうした? と彼は部下に問うた。
「あ、とネズミです! ネズミが出たんです〜〜」
「ネズミ? 図書館に?」
 部下の指し示すまま、彼が蔵書庫の奥、書架向こうへと足を踏み入れると、確かにガサガサガサ。紙を揺らす音。駆け抜ける足音が聞こえてくる。歳をとっても目と耳は並みに良いのが彼の自慢である。
 そして、彼の前を横切った影!
「うっ!!」
 そこには確かにネズミの姿があった。いや、生物学分類上はネズミであるが、サイズはかなり違う。
 兎か、猫か、それ以上かと見まごう程‥‥デカイ。
「お、おのれ! 我が図書館に‥‥」
「ま、待って下さい。図書館長様!」
 杖を掲げ、呪文を詠唱し始めた師に部下は慌てて抱きついた。
「この図書館内で呪文など唱えましたら、古書が、本が、文献が〜〜〜」
 はた、彼の動きは止まった。その隙にネズミ達はスタタと本棚の奥へと消える。
 どうやら、複数のようだ。
「どうしましょう。このままでは、書庫の整理も虫干しも〜〜」
 泣きつく弟子に言われなくても、事の重大さは解っている。
 王より預かりし、大切な図書館。しかもここには彼の夢が詰まっているのだ。
「泣くな。暫く黙っておれ!」
 杖でコンと弟子の頭を叩くと、彼は深く、深く思考を始めた。

 その日、冒険者ギルドは珍しい依頼人を迎えた。珍しい、だが冒険者にとっては馴染みの顔だ。
「これはこれは、エリファス殿。どうなされましたか?」
 宮廷図書館長エリファス・ウッドマンは係員の言葉にうむ、と顎を撫でる。
 長く湛えた髭が揺れていた。
「うむ、実はのお‥‥」
 そう言うと彼は図書館に巨大ネズミが出たこと。床に開いていた穴からそれらが入り込んだらしいこと。
 入り口を封鎖はしたがまだ5〜6匹が図書館の奥の蔵書庫をうろついていることを説明する。
「と、いうことはネズミ退治ですね」
 係員の確認にまた、うむ、という頷きが帰る。
「だがのお、条件がある。絶対に図書館内に被害を出さぬこと。本を傷つけることも許さぬ。それから、可能ならば生け捕りにすることじゃ」
「生け捕り? ですか?」
 図書館を荒らす敵に随分と寛容な、と思ったがエリファスは好々爺の顔で苦笑する。
「ネズミの中に子供のようなものがいてのお、ワシにも孫がおるからなんとなく‥‥な」
「孫? 結婚しておられたのですか?」
「失敬な! ワシが結婚していては可笑しいか?」
「い、いえ! 失礼を」
 肩と首をすくめ係員は依頼書を書き込める。
「余裕があったら退治の後、図書館の掃除を手伝って欲しい所ではあるが、それはまあ、無理せずとも良い」
 頼んだぞ。そう言って颯爽と立ち去っていく老人の背を見送りながら係員は、はあ、と深い息を吐き出した。

「冒険者なら一度は顔を見ているだろう? あの宮廷図書館長殿の依頼だ」
 係員はそう言って依頼書を張り出した。
 ジャイアントラット数匹くらい、退治はそう難しくないだろう、と笑って彼は言う。
「まあ、図書館長殿にコネを作っておくのも悪いことじゃない。興味があったら受けてくれ」

●今回の参加者

 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3264 コルセスカ・ジェニアスレイ(21歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea8311 水琴亭 花音(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1118 キルト・マーガッヅ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ キッテン・マラドロイト(eb1194

●リプレイ本文

 本は、人の心と歴史の結晶。
 そう言ったのは誰だったか。

「うわ〜、本がいっぱい。いっつもお世話になっているのに、こんなに本があるなんて知らなかったわ」
 図書館の奥の奥。蔵書庫の天井まで積み上げられた本に逢莉笛鈴那(ea6065)だけではない、冒険者達は感心の声を上げた。
「これ、静かにな。本が驚く。まあ、元気の良い挨拶は歓迎じゃがな」
 笑うエリファスに、
「ごめんなさい‥‥」
 てへっ、と鈴那は小さく舌を出す。
 古き昔より『図書館』は知恵を求める者の味方である。
 人が言葉を操り、文字を綴るようになった時から書物は生み出され、そして伝えられてきた。
「書物は先人達の残した大いなる遺産にして、我々後進の者達の道標。それらを守る為の依頼となれば、見過ごせる話ではないな」
「貴重な薬草の書物などが失われたら大変な事になりますわ」
 鳴滝静慈(ea2998)の呟きにキルト・マーガッヅ(eb1118)も頷いた。
「ここは書物に湿気その他をなるべく与えないように配慮をしておるが、それでも城の直ぐ側に濠が有り川も流れておるのでな。時折虫やネズミが出る事はあるのじゃ。ジャイアントラットが入り込むのは‥‥初めてじゃがな」
 カンテラを持ち上げて先頭を歩く宮廷図書館長はそう言って後ろについて歩く冒険者達を見やった。
「エリファスさんや、図書館には、いつもお世話になっています。たまには恩返しをしませんと‥‥でも、この蔵書の数には驚かされますね」
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)は休ませる事なく、首を上下左右に揺り動かしている。友人タケシ・ダイワにはノルマンに来ないかと誘われているが、その答えはまだ保留中だ。
「図書館の維持も大変なのね‥‥。掃除や本の修理だけでなくモンスター退治までしなければならないなんて‥‥」
 通りすがり本を手にし、ぱらぱらと捲ってはステラ・デュナミス(eb2099)は元に戻した。
 古いものや知識への興味から読んでみたい本は多そうである。
「忍びとして密書に触れる事の多い立場になると、書類の保管技術も必要になってくるからのう〜。エリファス殿。この図書館の管理は如何なものか? そちらの方が気になる所じゃて」
「古い書物は書庫に保存する。なるべく日に当てず、乾燥した空気を送る事が出来るように工夫もしておる。閲覧用の書物は写本する、など基本的なものしか答えられぬがな‥‥」
「なるほどな‥‥勉強になる」
 エリファスと似た、だが柔らかい口調で水琴亭花音(ea8311)は頷いた。図書館には多くの人々が働いているようだ。書物という文化を守る為に。
「貴重な蔵書もたくさんあると思いますし、放っておく事は出来ませんよね。‥‥でも‥‥」
 言いかけて止めたコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)の言葉に冒険者達の足が止まる。
「でも‥‥なんですか?」
「入り込んじゃったネズミさんも可哀想です。餌、少なそうですし‥‥お腹空かせてないといいんですけど」
「フフッ」
 柔らかい笑い声にコルセスカは首を傾げた。笑われるような事を、言っただろうか?
「あ、ごめんなさい。笑ったわけではないわ。‥‥そうよね。速やかに退去願いましょう」
 竪琴を持ったままカノン・レイウイング(ea6284)は優しく笑みを返した。冒険者達も頷く。
「頼もしいな。よろしく頼むぞ。だが‥‥」
「解っております。貴重な文献は傷つけませんわ。それに‥‥」
 なるべくなら汚したくは無い。この静謐な空間を知るにつけ冒険者達はそう思わずにはいられなかった。

「ほら、あそこじゃ‥‥」
 エリファスが指差した先にごそごそと、動くものがいる。
 冒険者達は書架の影から、そっと向こうを伺ってみた。
 壁際の端の端。角になった所に兎や猫‥‥いや、犬ほどの大きさの影が蠢いていた。
「‥‥なるほど、そうだったんですね」
 コルセスカはその時初めて納得したように頷いた。
「ネズミは餌さえあれば爆発的に増えるからのう‥‥。餌がない所には寄りつきもしないはずだが、何を喰っておるのじゃろうな‥‥」
 花音が口にした疑問の理由が冒険者達も解る。
 何故、餌の無い場所にジャイアントラットが現れたのか。
「子供を産む為だったんですね」
 犬ほどの大きさの存在を親とすれば周囲を駆け回る子供達は、兎くらいに見える。
 きっと、地下の水路から入り込み、静かな所で子供を産む為に入り込んだのだろう。
「‥‥親二匹と子供三匹ってところか。やはり無益な殺生は避けたいところだが‥‥些か骨の折れそうな話だ」
「では、これを使ってみませんか? 友達が作ってくれましたの」
 そう言ってキルトに差し出されたのは木製の箱だった。なかなかに大きい。キッテン・マラドロイト作仕掛け罠だ。
「こう、中に入ったら出てこれない仕掛けです。これを何箇所かにしかけて、後は魔法などで捕まえましょう」
 カタン、音を立てて仕掛けを動かした。サイズからいうと、これはどちらかというと子供ラット向けになりそうだ。
 ならば‥‥頷きながらもいくつものアイデアを彼らは出し合う。
 打ち合わせをして‥‥冒険者達はそれぞれに動き出した。

 なんとも言えない香り、いや、匂いが図書館に立ち込める。
「‥‥強烈な匂いじゃのお。本に匂いが付きはせぬか?」
「大丈夫だと思いますわ。多分」
 作戦のチェックにやってきたエリファスは思わず顔を顰めた。箱罠の中にキルトは気にしない様子で保存食を入れる。
 無理もない。その名も強烈なにおいの保存食、だ。
 インフラビジョンで調べた所、ラットの数は五匹。ワケギと二人で確認したから間違いない。
 大人ラットの一匹が餌の確保の為か、良く外に出ているが、もう一匹は常に小さなラット達に寄り添っている。おそらく母親だろう。
 で、小さいラットはと言えば少しもじっとしておらず図書館内をちょろちょろと走り回る。
 カリカリと、書架や本を齧ろうとして冒険者をひやりとさせる事もあった。数は三匹。
 侵入してきた穴は一度閉じたそうだが、今は開けてある。そこから追い出してもいいのだが、それではまた、再発の可能性もある。
「よし、戻ったな。穴を塞ぐぞ」
「準備OKです」
「こっちも準備完了じゃ!」
 コルセスカは物音を立てないように、ステラと一緒に静かに罠を配置していく。周囲に張られた布はラット達の行動把握と、広い書庫への侵入を防ぐ意味がある。
 だが、もう布の端は齧られているようではある。警戒されたら拙い。
「‥‥せめて何匹かは眠らせておきたいのう。春花の術!」
「では、こちらも!」
 芳香と効果範囲に気をつけながら花音と鈴那は巣に向けて忍法を放った。
 身を隠していた場所からふらり、ふらふらと、ラットたちが静かに出てくる。
 まるで酔っ払いのようだ、とステラは思う。餌の方に向けて歩くのは、本能だろうか?
 ふらつく彼らの上に楽しげなリズムがポロロンと降り注ぐ。明るく楽しめに歌う歌は、こんな感じである。
「大きなネズミさん、小さなネズミさん、向こうにあなた達の好きな食べ物がたくさんありますよ〜♪ 早く行かないとお友達が、みんな食べちゃいますよ〜♪ さあ、急いで行きましょう〜♪ でも、そこにある本は汚さないでくださいね〜♪」
 ラットたちに向けて贈るカノンのメロディーは、眠気の芳香に頭が煮蕩けたラット達の頭にダイレクトに響いていく。
 布で行き場を限定もさせてある。後は、ゆっくりと罠の方向に誘導させていけばいい。
 トトン!!
 いくつかの罠が動いた。ラットたちを取り込み、揺れる。音がする。
「しまった! 一匹逃げる!」
 一番、術のかかりの弱かった大人のラットが、覚醒したような仕草を見せた。音がきっかけで目覚めたのだろうか。
「逃がさん!」
 すかさず静慈が中に飛び込んだ。外への逃げ道に向かって突進するラットにスライディング気味にトリッピングを仕掛ける。
「‥‥時間を稼ぐくらいなら‥‥こら! 暴れるな」
 なんとか逃亡は阻止したものの、目の前で歯を見せて暴れるラットに、その勢いに一瞬静慈はたじろむ。だが‥‥
「ん‥‥?」
 さっきまでの大暴れは嘘のように、そのラットも目を閉じた。仲間を見やるとウインクのように方目を閉じるワケギが見える。
 静慈は思わず、指を立てた。
「ネズミさん、確保大成功ですね♪ あ、こうしてみると結構可愛いかも♪」
 嬉しそうにコルセスカが撫でるラットの頭を静慈はピンと指で弾いた。
「やれやれ。選んだ場所と相手が悪すぎた‥‥次はもっと上手くやるんだな」
 ハハハ、明るい笑い声が返った。
 ラットは勿論答えなかった。

「ただいま戻った」
「お帰り〜。ご苦労様〜。もう少ししたら、お茶だからね〜」
 図書館に戻ってきた仲間を鈴那はぱたぱたと、書庫の埃を払いながら出迎えた。
 疲れた、と顔に書いてある花音は手で顔にひらひらと風を送ってぐったりと座り込む。
「ジャイアントラット五匹の運搬はなかなか手間がかかったのお。重くてかなわん」
「近くの森に放して来た。森の奥ででも生き延びてくれればいいんだがな。ああ、保存食は餞別にやってきた」
 さて、と。静慈はそんな顔をして服の袖を捲くった。
「穴は完全に塞ごう。後、補修箇所もあれば直すから」
「すみません、こっちの手伝いもお願いできますか? この辺がどうも脆くなっているみたいで‥‥」
 ステラの指示に静慈はああ、と顔を向けた。そうなれば花音も、のんびりはしていられない。
「解った解った。手伝うとしよう。よっこらしょ‥‥」
「じゃあ、こっちの掃除手伝ってもらえますか? 箒お貸ししますから」
「あのそれ、ひょっとして‥‥フライングブルームじゃ?」
「そうですけど?」
「い、いえ‥‥何でもありません。箒に、代わりはありませんものね。どんなに高級でも‥‥」
「ふむふむ、オレガノの葉には殺菌作用があり‥‥エルダーは風邪によく効く‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 ぽか!
 本を読みふける冒険者達の頭を軽く、杖が踊った。
「これ、しっかり頼むぞ」
 頭を押えながら、でもカノンは明るく頭を下げた。とっさに本を閉じ仕事に戻ったキルトは難を逃れたが。
「あ、エリファスさん。すみません。王国の歴史書を読みふけってしまいました。古い英雄譚は今でも色褪せませんね」
 本を褒められてエリファスはまるで自分が褒められたように感じたのか、嬉しそうな表情を浮かべ、そして語り始める。
「本や文献は、どんなものでも人物の生きた証。そこから学べる事を忘れなければ、人は間違う事なく生きていけるものなのじゃ」
「ええ、イメージが沸いて来ますよ」
「僕も、過去からちゃんと学べば‥‥ホンモノの魔法使いになれるでしょうか?」
 そう問うてきた若人に彼はうむ、と頷いた
「ホンモノか、ニセモノか。それを決めるのは自分自身。自分を磨く事も出来るのは、この世に自分だけなのじゃ。お主がなりたいと思うならそれはきっと叶うじゃろう」
「はい‥‥」
 押し付けがましくは無い。でも、心の中に暖かく優しく響いてくる言葉にワケギは照れくさそうに顔を下げた。
 冒険者達も、静かに優しく微笑んだ。

 報酬を受け取り、冒険者達は王城を出る。
 門の外まで見送るエリファスはと柔らかく笑った。
 その視線を見つめ、ふと、静慈はくるり、踵を返しエリファスの前に立つ。
 ん? 顔を見つめるエリファスに武道家の礼をとって彼は問う。
「失礼を承知でお訊ねしたい。王、民、土地、血筋‥‥様々なものがあるでしょう。数多ある中で、『守るべき国』とは何だと思われますか? 」
 難しい質問じゃの。そう言うと、彼は髭を触りながら丁寧に言葉を紡ぐ。
「わしは、心であると思う。例え王国が滅ぼうと人の命と心がある限り、その心が『国』を忘れぬ限り文化は、魂は、国は生き続ける。時経ればイギリスも変わり、滅びる事もあるやも知れぬ。だが心が生み出した文化と書物は受け継がれていくと、ワシは信じておる。そなた達のようにワシの願いを聞き届けてくれるような冒険者がいるかぎり‥‥な」
 答えに静慈が何を思ったかは解らない。だが、丁寧に取られた礼に彼が思うものが見えたような気がした。
「これからも、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「いつでも来るがよい。図書館は汝らの前に開かれている」

 ステラは、そっとカバンの中に触れた。手に触れる感覚。
 エリファスが渡してくれた古い、聖書だ。
「迷った時、苦しい時、そなたの少しでも助けになるように、祈っておるぞ」
 
(「まるで、図書館のような方ね」) 

 彼とはいつか、また再会するに違いない。
 冒険を続ける限り。
 心を、持ち続ける限り‥‥。