【栄光のメニュー】ベリーベリーパーティ♪

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月01日〜06月08日

リプレイ公開日:2005年06月11日

●オープニング

 キャメロットの酒場、グローリーハンドはいつも人々の活気と笑顔で溢れている。
 だから、そんな中で聞こえるため息は、何故かいつもよりも大きく聞こえた。
「‥‥やれやれ、どうしたもんかねえ〜」
「どうしたんです? エリーゼさん。ため息なんてらしくありませんよ」
 独り言のつもりだった言葉に返事が返って、彼女は慌てて後ろを振り向いた。
 そこには籠を下げてニッコリと笑う少女がいる。籠から香るのは暖かく香ばしい焼きたてパンの香り‥‥。
「ご注文の品、お届けに来ました」
「おや、エレちゃん。配達ご苦労様。ありがとう」
 品物を受け取る顔には笑顔が浮かぶ。だが、その口元からはまたため息。
「本当にどうしたんですか? いつものエリーゼさんらしくないですよ」
 心配そうに顔を覗き込まれ、エリーゼ・サールンはいやね、と小さく苦笑した。
 彼女なら、まあ身内のような者だしいいだろう。と。
「近頃、店の売り上げが‥‥どうもねえ‥‥」
「繁盛しているようじゃないですか? どうして?」
「いや、客は多いけど‥‥ほら見てご覧よ。客の半分以上が頼んでるの」
 指差したテーブルの先にあるのは‥‥
「あ‥‥気の抜けたエール」
 そうなんだよ。とエリーゼは手を握り締める。強く、強く。思いっきり、力いっぱい力を込めて。
「気の抜けたエールばっかりじゃ身体に悪いっていうのに、言っても言っても冒険者が頼むのは気の抜けたエールばっかり! いや、それが悪いとは言わないけど‥‥店の利益には‥‥なってくんないんだよねえ〜〜」
 店の中を少女は見回す。
 なるほど。テーブルの上にまともな料理が並んでいる卓は少ない。
 冒険者の健康の心配と、店の心配。その両方というところだろうか。エリーゼの口から何度目か数えるのも面倒なため息がまた吐き出される。
「何か‥‥いい案はないかねえ?」
「‥‥ここは一つ新メニューの開発、なんていうのはいかがですか?」
「はあ? 新メニュー?」
 目を瞬かせたエリーゼに、少女はええ、と頷いた。
「ここの酒場って、やっぱり酒場だから、お酒とかお腹にたまるメニューが多いじゃないですか? でも、ここは一つ新メニューを開発して話題作りをしてみたらいいと思うんですよ。特に女性や子供とかにウケる甘いお菓子や飲み物を開発しては如何です?」
「確かに‥‥ここだと下戸が飲めるのはミルクだけだしねえ。それに最近女性や子供のお客も多いし、甘いものが食べたい、なんて声をどこかのテーブルで聞いたような気がするよ。いいかもしれない」
 頷くエリーゼに少女は、実はこれから冒険者ギルドに行くつもりだった、と話す。
「今年はなんだか暖かくて、森のベリーの結実が早いんです。だから、少し早めに取って店で売ろうと思ったんですけど、森で去年、熊に遭ったから冒険者に護衛をお願いしようと思って‥‥」
「そういえば、あんたの所で毎年ベリーのジャム作ってたね。なるほど」
 ポン、エリーゼの手が鳴った。
「じゃあ、どうだい? その依頼の報酬、うちで持とうじゃないか。ベリーの収穫とそれを使ったメニューの開発を冒険者ギルドに依頼するっていうのは!」
「いいじゃありませんか? メニューの材料と、ベリーはうちのパン屋から仕入れて頂ければこっちも助かるし‥‥」
「木苺のジャム。ブルーベリーの蜂蜜づけ。カシスの砂糖漬け。ベリーを使ったお菓子なんて、うん、考えただけでもうきうきするじゃないか?」
「飲み物も、いいんじゃないですか? ジュースなんて美味しそうですし、他にもいろいろ考えられますよ」
 考えただけでも、気持ちがワクワクする。
 季節の宝石、ベリーには人の心を浮き立たせ、幸せにする力があるようだ。
 エリーゼはチラシを作ると、それを少女に渡した。
「よっし! 酒場の厨房も貸し出そう。砂糖も‥‥大盤振る舞いで用意しようじゃないか! 冒険者を頼んできておくれ! 評判になったらメニューに正式に採用するかもしれないからってね」
「は〜い♪ お任せを!」
 ウインクとウインクが弾けて光る。
 振り返って仕事に戻ったエリーゼに、もうため息が浮かぶことは無かった。

 冒険者ギルドにこんな依頼が張り出されたのは、それから直ぐのこと。

『春の新メニュー開発に協力してくれる冒険者を求む。
 題材はベリー(木苺、カラント、ブルーベリー)
 食べた人々を幸せにするようなメニューを考えること。完成されたメニューの中で優秀な物は酒場での正式採用の可能性あり』

「あ、その前に採りにに行くの、手伝って下さいね。でないと私一人じゃ皆さんの分運べませんから」 
 少女はそう言って笑う。 
 まるで木苺のように、その頬と唇を輝かせて‥‥。

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1314 シスイ・レイヤード(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2856 ジョーイ・ジョルディーノ(34歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5619 ミケーラ・クイン(30歳・♀・ファイター・ドワーフ・フランク王国)
 eb2266 アリス・ヒックマン(27歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

屠 遠(ea1318)/ 限間 時雨(ea1968

●リプレイ本文

 6月。春と夏の狭間の一番美しい季節。
 穏やかな時間と、日差しの中。
 キラキラ光る木漏れ日の中を、旅人達は行く。
 夏の宝石を求めて‥‥。新しい輝きを求めて‥‥。

 影が過ぎった。目元を撫でる風と共に、
「うふっ♪」
 ミリランシェル・ガブリエル(ea1782)は空を見上げた。影と髪を靡かせて。
「いい風ね。熱くも無く寒くも無く。うん、最高だわ。春のピクニックは」
「確かに、長閑なもんだな。でも、油断大敵なのだ!」
 先頭を歩くミケーラ・クイン(ea5619)は手に持った草を振り回しながらも、周囲の警戒を怠らない。
「そうですね。でも‥‥とりあえずは大丈夫そうです。のんびり行きましょう」
 空を見上げてクウェル・グッドウェザー(ea0447)は微笑んだ。視線の先に飛ぶ鷹と一瞬目線が合うが、彼はまた空に羽ばたいていく。
「ふっ‥‥日差しが眩しいぜ。ま、たまには陽のあたる場所で、ってのも悪くないよな。うん」
 軽く瞬きをして独り言のようにジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)は肩を竦めた。横には籠を持って歩く少女が一人。
 ハードボイルドとはほど遠いかもしれないが‥‥こういうのも確かに悪くは無い。
「コリンくん『お手』! よしいい子、いい子♪ コリンくん、ポリンくん、みんなとがんばろうね♪」
 犬の頭を優しく撫でながらインデックス・ラディエル(ea4910)は明るく元気良く、その足元を犬のコリンは楽しそうに飛び跳ねる。
 向こう後ろからするのは、リンリンリン。歌うような鈴の音。
「熊や動物は、音がするものには自分から近づいてはいかないと聞きました。だから、大丈夫ですよね」
「ええ、おそらくは‥‥」
 森に軽く視線をめぐらせて微笑むフィーナ・ウィンスレット(ea5556)の言葉を聞いて安心したようにアリス・ヒックマン(eb2266)は手を胸元で合わせる。
「この採取と新メニューの開発に、神のご加護があらんことを‥‥。このような依頼に巡り合わせてくださった神に感謝を‥‥」
 時折ケンイチ・ヤマモト(ea0760)は風に合わせて竪琴を奏でる。春風色の空気が共に歌う。どこか、気分も明るくなるようだ。
「新メニューの、開発か‥‥まあどの店も‥‥売り上げ落ちているから‥‥がんばらないとな? ‥‥とりあえず‥‥材料仕入れから‥‥始めだな?」
「そういえば、エレさん、どんなメニューがいいと思いますか? ベリーにはいろいろお詳しいでしょう?」
「ジャムなどもいいと思うのですが、エレさんのお店と売り物が被ってしまいそうですね‥‥」
「ええ、でも、結果としてうちの店の売り上げに繋がれば‥‥ジャムなんかも。グローリーハンドは忙しいから、こっちで下請けて‥‥。ジュースとか美味しいんじゃないかと思うんですけど‥‥」
 シスイ・レイヤード(ea1314)がクスクスと笑いながら仲間達を見る。
 少女達は、もうすでに採取よりも調理の方に心は行っている様だ。
「フフ‥‥うれしそうだな?」
 見守る仲間達の目。優しい、静かな時間。
「‥‥本当に、悪くない」
 ジョーイは眩しげに目を細めると、そう呟いた。

 ラズベリーの完熟果は触れるとポロリ、手の中に落ちる。面白いように手の中に落ちる赤実。中が空洞の柔らかい感触にインデックスは思わず小さな笑い声を上げた。
「なかなか、楽しいですね。これは」
「ええ、でも、棘には気をつけてくださいね。手を刺すといけませんから」
 働き者のクウェルの手の籠にも、もうかなりの実が摘み取られている。ゆっくりとだが、確実に。何せ屠遠には頑張れよ〜と思いっきり応援されてしまったのだ。働かなくてはならないだろう。
「あ、ミリランシェルさん、サボってはダメですよ。これはお仕事です。ケジメは付けないと」
 柔らかい緑の絨毯に寝そべって取り立ての果実を唇に運んでいるミリランシェルは、真面目かつ正論のクウェルの言葉に軽く手を振る。
「もう! ミリーでいい、って言ったでしょ? い・い・の♪ きっと心優しい殿方が私の分もちゃんと取ってくれるから‥‥。ね、クウェル君?」
 果実の色に濡れた艶かしい赤い唇と青い瞳に、クウェルはため息をついて仕事に戻る。
 どこからか、クスクスと笑い声が聞こえそうだ。いや、聞こえる?
「何がおかしいんですか? ミケーラさん! あ、ジョーイさんまで!」
「なんでもないですよ。これを運べばいいですか?」
 横からさりげなく籠を運ぶケンイチでさえ、笑っているようだ。
 彼の頬が、ほんの少しラズベリー色に染まったように見えるのは、気のせいということにしておいた方がいいかもしれない。
 早生りの果実を籠に摘みながら、彼らはそれぞれに微笑んだ。

「ブルーベリーの実は、丈夫ですね‥‥」
 フィーナは摘み取った実を手のひらに置きながらしげしげと眺めた。
「ええ、カラントとかも硬いので少しくらいなら保存も利きますしね」
「なるほど‥‥」
 何事か考えるフィーナの向こうできょろきょろ、首を動かしながら手の中の実をぱくん、口の中に入れた少女がいた。
「‥‥こら! つまみ食いしてるのは‥‥誰だ?」
 少し怒ったように聞こえる声に、ピクンと少女の背が伸びた。背後からの小枝から彼女は気付かない。声の主の表情を。
「ん!!! ご、ごめんなさい。ちょっと、お腹がすいてしまいまして‥‥」
 頭を下げる彼女の向こうから雇い主の明るい声がする。
「別にいいんですよ〜、ベリーの一個や二個や三個や四個。っていうよりもつまみ食いが、摘みとり作業の楽しみじゃないですか」
「えっ? いいんですか?」
 顔を上げたアリスの背後、そこにはシスイの笑う顔がある。解っていて、に違いあるまい。
「もう! 酷いですよ」
 ぷう、と膨らませた頬が風船のように丸くなる。 
「そろそろ、お弁当にしましょうか?」
「休憩にしましょう!」
 呼び声にアリスははい、と返事をして付いていく。
「!!」
 通りすがりにシスイの足を踏んで。
「フフ‥‥楽しそうだな。‥‥いい、ことだ」
 次の人の為に、少し取り残した果実の枝を少しみやって、彼もまた、仲間の方へ歩いていった。

 カラントの実は、粒が小さく、酸味も高い。
 ブラックカラントなどは甘さよりも渋みの方が強いように思う。
「ふむ‥‥これは、大人の味、というところか。‥‥好みが分かれそうだな」
 一粒だけ黒い粒を口にした後、ジョーイはそう言って腕を組んだ。
 ラズベリーやブルーベリーよりも生食は美味しくはないので、つまみ食いは少ないようだ。
 少し力を入れれば簡単に取れる。
 順調に溜まっていく木の実、だが果実の藪に腰と肩を凝らしたミケーラはふと、顔を上げた。
「‥‥!」
 軽く、目を擦ってみる。
 今、森の向こうに影が見えたのだ。大きさからして熊ではないだろう。
 そっと、集団から離れ気配を殺しながら行くと‥‥
「おや!」
 現れた存在に彼女はニッコリとした。危険な相手ではない。小さな子狐だ。人間達に驚いて彼、(彼女かもしれないが‥‥)は、背中を見せて逃げていく。
「‥‥危ない動物さんでなくて、良かったですね」
「あ〜ん、可愛かったのにぃ〜」
 いつの間にかやってきたインデックスとミリーに少し驚きながらもミケーラは、小さく笑って頷いた。
「無駄な殺生など、しないほうがいいのだ」

 二日間の摘み取りでいくつかの驢馬、いくつかの馬に乗せた籠は一杯になった。
 だが、まだ、これは最初の摘み取り。これからシーズンが始まるのだというエレの言葉に冒険者達は森の恵みと気前のよさに感心する。
「さて、帰るとするか。エリーゼ姉さんが待ってるだろう」
「綺麗ですよね‥‥これが、どんな料理になるのかな?」
「料理になるのかな、ではなく、料理にするのですよ」
「私、力いっぱい試食をさせて頂きますから‥‥」
「だから‥‥ね‥‥」
 冒険者達は森を後にする。
 そう、これからが、彼らにとって本番なのだ。
 
 
「さ〜て、さて! よろしく頼むよ!」
 元気で明るいエリーゼの声に、冒険者達はそれぞれに身支度をして頷いた。
 初めて入った冒険者酒場の厨房は思ったより広い。しかも清潔で使い良さそうだ。
 まあ、こうでもないと冒険者の喉と胃を賄うことなどできないのだろうが‥‥。
 フッと軽く笑ってジョーイはウインクをした。彼女に夫も子供もいることは知っている。だが、女性への挨拶は、礼儀である。
「いつも世話になってる。でも、新メニューの開発たあ面白いこと考えたじゃないか? 俺も思ってたんだよな。なんというか、大切な人といい雰囲気で飲めるような‥‥そんなのもさ」
「僕が酒場で頼む物は主にミルクですが、他のメニューもあったらと思う時がありましたしね」
 クウェルの言葉にぽりぽり、頭を掻く者達もいる。
 いつも渋い顔をされても、気の抜けたエールを頼む者達だ。
「ま、まあ。肉料理や酒も良いが、やっぱり食後に甘いものが食べたくなるよな〜♪」
「甘いものが多くなりそうですね。お手伝いを致しますよ」
「‥‥材料、買って来たぞ。これで‥‥いいか?」
 テーブルの上に広がった材料たちに、冒険者の気持ちも弾む。
「では、始めましょうか。手分けして、行動開始!」
「おう!!」
 大きく上げられた手、ささやかな手、楽しい時間の始まりである。

 鍋に良く洗った果実を入れ、砂糖を入れる。砂糖の量は果実の半分から同じくらい。
「水は入れなくてもいんですか?」
「入れないほうが果実の甘みが引き立ちますよ。果実から水分が出るから大丈夫」
 エレの言葉にアリスははい、と頷いた。ヘラを右左にかき回す。あんまりかき混ぜすぎるとジャムが濁ると言われて少し軽めにしたつもりだ。
 コトコトコトコト煮続けると甘い香りがふんわりと鼻の奥を擽る。
「ああ、いい匂いです‥‥。幸せの匂いですね」
 ちょっと、味見をしてもいいですか? アリスの言葉にエレは頷いて焼きたてのパンを一切れ、彼女に差し出した。
 礼を言って、アリスはとろりとしたジャムを鍋から直接パンに乗せる。
 少し、ゆるい感じがするが冷えると固まるからこれくらいが丁度いいらしい。
「いただきま〜す」
 サクッっと、パンを噛み切る音。ゆっくりと口の中で新鮮な甘さを感じたアリスの表情は、ブルーベリージャムの大成功を告げている。
 それを見てインデックスも自分の前の鍋から木べらを持ち上げ、手の甲に落とした。ぺろり味を見る。ラズベリーの粒が軽く舌を焼いた。
「あつっ! でも‥‥いい感じですね。じゃあ、あとは‥‥」
 鍋の見張りをアリスとエレに任せ、インデックスは合わせて捏ねておいた生地に向かう。ベリーを混ぜ込んで手早く丸く型を抜き竈に並べた。
 熾きが小さく爆ぜる音がする。
「上手く行くといいですね」
 ふうと、息をついたインデックスにアリスが笑いかけた。彼女は頷いて祈りを捧げる。
「聖母セーラのご加護があらんことを‥‥」

 艶々としていた頬の若い少女が、急に歳をおいたようにしわしわの顔となる。呪いのように見えるだろうか?
 魔術か錬金術か‥‥。いやいや、それは料理、である。
「材料を揃えて、分量を計測して、混ぜて、熱して‥‥まるで錬金術の実験みたいですね」
 ザザザザザッ!
 言いながら混ぜ込んだ生地の中に、フィーナはしわしわの‥‥ブルーベリーを一気に全て、投下した。
 牛乳を粟立てていたミケーラは、道具をテーブルの上に置いて踏み台から飛び降りた。
「わっ! フィーナ。そういうものは少しずつ混ぜながら、偏らないように入れるのがコツなのだ」
「そうなんですか? でも、入れてしまいました‥‥どうしましょう?」
「仕方あるまい。なら、ゆっくりと切るように、なるべく丁寧に混ぜて‥‥」
「解りました。これで‥‥いいでしょうか?」
「そうそう、その調子」
 安心したようにミケーラは自分の仕事に戻る。竈で焼いたタルトの皮は、かけた手間の分だけサクサクしている。
 生地を重ねた為少し凹んでカップのようになったところに、乳脂のクリームを入れてみる。蜂蜜でほんのりと甘さを付けたクリームの上に赤、青、黒の三色のベリーを乗せてみる。
「うむ、なかなか可愛いではないか!」
 ぺろり、指先に付いたクリームをミケーラは舐め取った。クスクスクス‥‥、向こうで手伝っていたはずのシスイがいつの間にかこちらを向いている。
「何か、可笑しいか?」
 ちょんちょん、彼は自分の鼻の頭を軽く指で突いた。ミケーラも自分の鼻の頭をちょんちょん。見てみると指の先に白いクリームが付いた。
「あっ!」
 慌てて袖で顔を拭う。まだ笑っているシスイにミケーラはもう、と頬を膨らませて見せた。
「ミケーラさん、こちらの竈使っても宜しいでしょうか?」
「ああ、ちょっと待て。火傷しないように今‥‥」
 ちょこまかと、忙しく駆け回るミケーラを優しく見つめた後、シスイも一緒に竈に顔を覗き込ませた。

「美味しい物は、人を幸せにします。それも、また、神の御心に添う事。ここは腕を振るいましょう」
 クウェルは得意、かつ好きな調理依頼にニコニコとした笑顔を向ける。
 味には妥協しない、なかなかに頑固なところがあるようである。
 さて、何を作ろうか。採りたてのベリーを見て、彼は思うところがあった。
 ケンブリッジの学食にはヨーグルトがある。爽やかな酸味が身体に良く、結構な人気メニューだったはずだ。
 だが、いくら身体に良いとはいえ、シンプルすぎるヨーグルトを、そうそう毎日食べられはしない。
「だから‥‥あれを、ちょっとアレンジしてみようと思うんですよ」
 そう言って彼は数日前から用意を始めていた。
 彼が持ってきたのはヨーグルトのタネと、ミント。そして何故か素焼きの壷?
「ヨーグルトはこうして育てておけば、何時まででも持つし、増えるし経済的ですよ」
「ふむ、ふむ‥‥なるほどねえ」
 実際に昨日はただのミルクだったものが、見事なヨーグルトになっているのを見て、エリーゼは感心したように頷いた。
「ヨーグルトベリーを作る、っていうから買って来たヨーグルトと混ぜるだけかと思ったが、いや、大したもんだよ」
 褒め言葉には嬉しそうな顔を見せるが、彼はいたく控えめに首を振った。
「まだまだ、本番はこれからですからね‥‥。下味は自然の甘さで。うん、これはいい感じになりそうです。自分のものを自分で褒めるのも失礼って言えば失礼ですけどね」
 思わず声を上げてしまったのも、解る気がする。
 ヨーグルトにくるり、軽い渦を巻いて消えた濃紫の雫。それは宝石のよう。いや紫水晶よりも濃く、美しく、人の心を沸き立たせる。
 その間にも彼の手は素早く動き、料理を完成させた。
 純白の池に浮かぶ綺麗な青紫の粒。それを引き立てるミントの葉の緑。
 特別な技術は要らないが、特別に手間がかかっている。
 最後の仕事に彼は、最初の一掬いを口に運んだ。一番肝心なのは酸味と甘みのバランスだ。
「どうだい?」
 と、エリーゼは聞かなかった。
 彼の満足そうな表情が、笑顔が答えていたのだから。

 軽快で楽しそうな鼻歌の先を辿ってみると、片手で上手に卵を割って見せる家事上手がいた。
 なかなか、外見からは家庭的な印象は受けないのだが、人には意外な面があるものだ、と言ったら気を悪くするだろうか?
 ベリー採取の時の自堕落な様子とは対照的に厨房に立つミリーはとても楽しそうだった。
「パンケーキはね、良く混ぜないとダマになるし、混ぜすぎるとふんわり感がなくなるの。卵、小麦粉、牛乳を混ぜて‥‥っと」
 手早く混ぜた生地はとろりと柔らかい。そのまま舐めたい誘惑を抑えてミリーはフルーツを中に混ぜ込んだ。
 ささっと、果実を潰さないように混ぜるとフライパンを直火の上に置いた。
 投げ入れたバターはサッと溶けて池を作る。そこに彼女は手早く生地を流しいれた。
 じゅわわああ〜。
 形容しがたい音と、甘い甘い香りが厨房全体に広がり、冒険者達の手を止めさせた。
「ごちそうするから、まっていて〜〜、っと。もういいかしら。よいしょっと!」
 くるくるくる、ポン。フライパンから空を飛んだパンケーキは三秒の遊泳の後、フライパンに再着陸する。
 そして、もう一回。
 今度は皿への不時着? だ。
「えっと‥‥これ、少し貰うわね」
 ミリーはクウェルのミントの葉を一つまみ折ると、パンケーキに添えた。その横にはブルーベリーとラズベリー。
 焼きたてのパンケーキに切り目を付けて、蜂蜜をかける。
「ベリーパンケーキ、できあがり〜。い・か・が?」
 簡単で、だが、誰にとっても懐かしいような甘酸っぱさが胸に広がっていく。

「さて、っと‥‥甘い菓子やケーキは他の皆に任せて‥‥俺は‥‥」
 テーブルの上に並んだのは手もちのワイン。ラズベリー。カラント。コクのある味にできればと、卵黄や砂糖も少し広げてみた。
 目指すのは、特別な日、大事な誰かと飲める、そんな飲み物だ。
 大人向けにベースはワイン。ベリーとの相性を考えて赤にしてみる。
 それから、ラズベリーを搾って水と攪拌する。少し砂糖を入れて濾すと、サッパリとした甘さのラズベリージュースができた。
 どちらも、そのままでも十分美味しい。だが、そこに特別な何かを演出するために何かができれば‥‥。
 古来よりそんな思いから酒は出来、カクテルと呼ばれるものもできた。
 何度か調合を合わせ、ステアして‥‥。かき混ぜる回数。ミキシングの力加減。良く、よーく、考えながら作る、いや創りあげていく。
 新しい味を‥‥。
「ん! これなら‥‥」
 さっぱりとした酸味、喉を越す優しい香り。押し付けがましくない。そして、前のものよりも美味しい。味と味との婚姻‥‥。
 あちらこちら捜して見つけてきた、ジョッキより少し小振りの素焼きのカップにカクテルを注ぐ。
 余計な飾りは付けない。ただ、アクセントに二粒。ブルーベリーとカラントを乗せた。
「こいつの名前は‥‥‥‥。ふっ‥‥ちょい、単純かな?」
 第一号のカップを持ち上げるとジョーイはそれを、ほんの少し高く掲げた。
 目に見えない誰かに、何かに向かって‥‥。


「こりゃあ、頑張ってくれたねえ〜」
 テーブルの上に並んだ数々の料理にエリーゼが上げた声は歓喜に近いもので、冒険者達をとりあえずホッとさせた。
「見ているだけで、楽しくなるよ。さて、後は‥‥味かな?」
 口元に浮かぶ笑みは明るいが、声は若干硬さを帯び、目線は真剣になる。
 料理の『プロ』の目に冒険者達の緊張が走る。
 まずはクウェルのベリーヨーグルト。木の匙で一掬い口に運ぶ。
「どう‥‥ですか?」
「ベリーの酸味と甘さがヨーグルトと相まって、美味しいよ。デザートにするのならもう少し甘みが欲しい気がするけど、これ以上はくどくなりすぎる気がするから‥‥いいと思う」
(「良かった」)
 胸を撫で下ろすクウェルの横で、今度はベリーのパウンドケーキが試食される。
 琥珀色の生地の中に時折可愛らしい青の粒が覗く。
「う〜ん、火のとおり具合と焼き加減が難しいね。しっとりとした味は美味しい。ソースもいい味出し。でも、ちょっと作り方に工夫が必要かな?」
 羊皮紙で型を作ってみたり、小さな型を作ってみたりすればより、味も安定するだろう。
 だが、現状では鉄板の上に伸ばした生地を焼く形になるので、火加減、焼き加減に注意した方がいいかもしれない。とエリーゼは思ったようだ。
「こっちのタルトもね。生地に時間がかかってて美味しい。クリームとベリーのバランスも良くて文句無くいい味なんだけど、タルトを作る手間が少しかかりそうだねえ。でも、皆に食べて欲しいよ」
 さくさくとした焼き加減の生地。クリームちょっと手間とお金がかかりそうである。
「パンケーキとバノックは、今の所作り方、味、共に問題なし、かな。安く、手軽に提供できそうだし‥‥。このベリー無しでもいけるかもしれないねえ」
 蜂蜜のかかったパンケーキは甘党に人気が出そうに思えた。バノックも甘みを控えれば
「ブルーベリーはこんな風にレーズン状にしておけば、かなり長持ちするのではないでしょうか? ベリーのシーズンでなくても安定供給が可能に思えます」
 見本としてフィーナが差し出した乾燥ブルーベリーをエリーゼは一つ、口に入れる。なるほど。いろいろと応用が利きそうだった。
「ジャムはエレの店から仕入れて‥‥パンケーキやバノックのアクセントに乾燥ブルーベリー。うん、なかなか面白そうだね」
 季節限定と、定番商品。それぞれに考えを巡らしながらエリーゼは試食を続ける。その目は真剣そのもので‥‥であるが故にふと、眉間に皺も寄った。
「ふう‥‥。エリーゼ姉さん。少し休まないか?」
 最後に、出すつもりだったのだが、ジョーイは黙って小さなカップを差し出した。大切な誰かを思い、ムードを作りながら。
 ルビー色の美しいドリンクを手に取ったエリーゼは一口舐めて‥‥それからゆっくりと飲み干した。
「‥‥ありがとうよ。いい味だったよ。このカクテルの名前は?」 
「Joker’s Joint‥‥切り札同士って感じかな?」
「なるほど‥‥ね」
 小さく笑ってエリーゼはカップを置く。そして、冒険者達に向けて微笑む。優しく。柔らかく。
 その表情はさっきまでの鋭いものとは違う。力の抜けた優しいものになったように冒険者達には見えて、感じられた。
「ご苦労さん。あんた達のおかげでいいメニューができたよ。でも、これのどれを採用するかはお客さんに出す前に、あたしらが味見して決めさせてもらうね。何になるか、気長に、楽しみに待っといておくれ」
 それは、依頼の成功と終了であることを冒険者達は感じた。
 ほんの少し気も抜ける。
『きゅるきゅる、ぐるるるる〜〜』
「えっ? あ、あの??」
 どこかの誰かのお腹の虫が鳴った。甘い、いい匂いに包まれて、我慢もそろそろ限界だと。
「ハハハ‥‥ごめん、ごめんよ。あんたらもお腹がすいただろ? 折角だからみんなで試食していっておくれ。今日は無礼講! 飲み物の払いはアタシが持つから思う存分、飲んで食べておくれ!」
 エリーゼの気前のいい言葉にわあ、と喜びの声と拍手が上がった。

「料理上手な人が多いから、食べ甲斐がありそうです。‥‥これで何食分の食費が浮くでしょう。神に心からの感謝を込めて‥‥」
「こら、早くせんと無くなるぞ‥‥。ふむ、このパウンドケーキは甘さ控えめでいくらでもたべられそうじゃのお」
「ベリーのソースがポイントなんですよ。味の違いを楽しんで頂きたいので。でも、料理は錬金術より難しそうですね‥‥」
「あ〜全部食べちゃだめです。どうか、お土産分をぜひ。‥‥このパンケーキ、とっても美味しいです」
「あら、ありがと。このバノックの作り方、今度教えて頂戴」
「はい。喜んで。‥‥聖母セーラよ。今日も糧を与えてくださりありがとうございます。コリンくん、ポリンくん、お疲れさま。一緒に食べましょう?」
「‥‥こら。持ち帰るなよ。‥‥皆で、食べるんだから‥‥まあ、無理か‥‥」
「時雨くんも、味見したがってましたからね。でも、そこはまあ、正式販売を待ってもらいましょうか? はい。ジョーイさん」
「ああ、ありがとう」 
「それ、失敗作なのに‥‥大丈夫なの? アリスさん?」
「例え失敗作だろうと美味しく頂きますです。ああ、幸せ‥‥ム・ムグググ‥‥」
「いわんこっちゃない。誰か、ミルクミルク!」
「これはベリーミルクですけど、いいですか?」
「ああ、大丈夫だろう。ほら、飲め」
「ふう、生き返りました。あ、これも美味しいですよ」
「そうかい? じゃあ、それもメニューの候補にでも‥‥」
「もう少し飲み物系もあっても良かったかな。果実酒とか」
「考えてた人いたみたいだったけど、惜しかったよな‥‥」   
「いいかい? 気の抜けたエールってのは身体にはあんまり良くないんだよ。もっと栄養を摂って、身体を作らないとどんな戦いにだって勝てないんだよ。聞いてるかい?」
「〜ふにゃ。き〜い〜てま〜〜す♪」
「あ! 未成年がカクテル飲んだな。こら!」
「エリーゼさん、あたしらってひょっとして‥‥」

 春と夏の狭間。夏の宝石よりも美しく、眩しいほどに輝く冒険者の笑顔と、心。
 Berry Paty♪ は続く。
 果てない喧騒の中、こんな囁きが聞こえてきたのは気のせいではないはずだ。多分。

「‥‥ふっ。本当に、悪くないな。こういうのも‥‥」  
「ふふ♪ 皆が作ったメニュー、酒場の皆が気に入ってくれたら良いな〜 」

 輝きは、いつも冒険者と共に‥‥。



【栄光のメニュー】ベリーベリーパーティ開発メニュー Inグローリーハンド

 ベリーヨーグルト
 フレッシュなヨーグルト。ベリーと蜂蜜入り
 パウンドケーキ
 ブルーベリー入り。甘さ控えめ
 三色ベリータルト
 ラズベリー、カラント、ブルーベリーが美しく配色されている
 パンケーキ
 じっくり焼いたブルーベリー入りホットケーキ
 バノック 
 シンプルな味のバノック。ベリーのジャム添え
 カクテル・ベリー
 ワインベースにカラントとベリーで甘さを。特別な日に
 ベリーミルク
 ミルクにベリーを潰し入れたもの。ツブツブ感が絶妙

 採用されるのはどれか?
 貴方のご注文は?