●リプレイ本文
ゆったりとしたエイボン河の流れが冒険者達に寄り添うように流れる。
丘陵はゆるく、なだらかに広がり、時折草を食む羊たちがくるりと頭を反す。
草原の絨毯は、若草の名に相応しい爽やかな緑。
木々の深緑は大地を駆け巡る子供達を見守るように穏やかな色彩を添えていた。
「絵画のよう。いや、絵画が現実を模したのだろう。美しい‥‥」
マックス・アームストロング(ea6970)はため息を混じらせた目で、広がる野を見つめた。
らしくもないかもしれないが、誰もが詩人になる。この風景の前には。
「確かに。う〜ん、太陽と風が気持ちいい! そう思わない? オリー?」
声と合わせて身体を上に引き上げるようにアルテリア・リシア(ea0665)は大きく伸びをした。陽の光を浴びてキラキラと輝く姉の髪を見つめて、小さくオリタルオ・リシア(ea0679)は頷いた。
「‥‥碧が、とっても綺麗。‥‥瞳の色と同じですね?」
妹オリーの褒め言葉に、姉であるアルテリア‥‥アルは素直な、心からの笑みを頬に浮かべた。
「そうね‥‥。二人で一緒にお仕事をするのって初めての気もするし、なんだか、いいことがありそうな気がするわ!」
まるで太陽と月。楽しげな姉妹を横で笑って見ていた陸奥勇人(ea3329)は、ふと思い出す。
「そういや、どうしてるのかねえ。あの二人は‥‥」
「ルイズと、ソウェルですね。元気にしているでしょうかぁ?」
ことさら名詞を上げたつもりは無いが、エリンティア・フューゲル(ea3868)には解ったようだ。
かつて関わった人物達を気遣う勇人にエリンティアは笑いかける。
「ルイズっていうのか。彼女には痛い目にあったよな‥‥」
少し複雑な思いを抱くのはガイン・ハイリロード(ea7487)である。今、ソールズベリにいるという月の魔法使いの長とは、かつて戦ったことがあった。
しかも、その後会う機会を逸した故に、まだ、心の中は刃交えた時の印象が強い。
「せっかくです。楽しんでいきましょう」
「そうだな、なかなか美味しい仕事だ。それにソールズベリには見事な遺跡があるという。普段見られぬものをこの目で見る機会は大事にした方がいい」
ケンイチ・ヤマモト(ea0760)の言葉に閃我絶狼(ea3991)は頷く。
ソールズベリに対して気負わない方が、純粋に楽しめるのかもしれない。
「そうだな、気持ちを入れ替えるとするか」
「そうそう、楽しまなくちゃあ損だぜ!」
陽気な笑顔でライラック・ラウドラーク(ea0123)はガインの肩をポンと叩く。少し荒々しいが彼女の言葉で切り替えられたようにガインの顔にも笑顔が浮かぶ。
「俺は、この日が来るのをずっと楽しみにしてたんだ。憧れの遺跡、ストーンヘンジ‥‥燃えるぜ!」
心から楽しそうで、スキップさえしかねない恋人ロート・クロニクル(ea9519)をライカ・カザミ(ea1168)は優しげな笑顔で見つめる。
二人きり、とは当然いかないが、恋人が楽しみにしていて、そして一緒に過ごせる時。彼女自身もとてもワクワクとした気分だった。
「おや、見えてきたかい?」
空を自由に飛ばせていた鷹がリゼル・シーハート(ea0787)の腕に舞い降りてくる。
確かに、見えてきた。
土嚢や、塚のようなものがいくつも見える草原の彼方。
古い街と新しい街。
ソールズベリが見えてきた。
「ハーイ注目、ここでしばらくお世話になる&お世話をする『美人なライラおねーさん』だぞぉ。大きい声で、こんにちわ〜だ。せ〜の」
「こんにちわ〜〜」
「は〜い、良くできました。いい子だな。皆」
まるで教師のように子供の心を掴むライラックの誘導に、冒険者達は思わず拍手をしてしまう。
「ようこそ、ソールズベリへ。ここはかつて領主様の館でした。話は伺っております。皆さん全員が滞在するくらいの部屋は十分にございますので、どうぞご利用下さい」
そう言って迎えてくれた若者に冒険者達は目を瞬かせる。彼は、この孤児院の責任者、司祭ローランドだと丁寧にお辞儀をしてくれた。
服装は質素な黒い法衣なのに、まるで豪奢な礼装に見えるのは、彼の外見があまりにも輝かしいからだろう。流れるような銀髪に、金の瞳。
整った容姿と相まって役者でもしたらきっと人気が出るのではないか、などと思わず考えてしまう。
だが、彼自身は穏やかで優しい、僧侶だった。
「ありがとう。お世話になるわね♪ ほら、オリーもご挨拶♪」
「あ‥‥よろしくお願いします」
「うわ〜、金と銀だ〜」
「ルイズとソウェルみたい〜〜」
アルとオリーが、冒険者達が子供達に囲まれる中、スッとマックスは奥で慎ましく佇む女性の前に進み出た。
「お久しぶりでござる。ルイズ殿」
「貴方は‥‥またお会いできて嬉しいですわ」
かつて、一時は敵として戦った相手。
だが、マックスにはもうそんなわだかまりはどこを探しても見つからなかった。
むしろ旅の間、ずっと思っていた。
(「あの時から幾月かの時が過ぎた。彼女は、どうしているだろう? 彼女は、幸せに暮らせているのだろうか?」)
「‥‥ルイズ殿、いつかの約束を今こそ。我が輩の、絵のモデルになっては下さるか?」
かつて、同じ誘いを彼女にしたことがあった。あの時の返事と同じだろうか? ドキドキと胸を高鳴らせながら待つマックスに、笑顔の返事が戻る。
「喜んで」
「!!」
踊り出すマックスの横から
「あの時は世話になった。その後二人の様子はどうだ?」
と話しかけた勇人の言葉にも、ルイズはニッコリと優雅な笑みを返した。
「元気、と言えば元気ですわ。ほら‥‥」
ルイズが指差した先には金の髪の少年と、小さなシフールもちゃんといる。
純粋に冒険者に懐く町の子供達と違い、少し躊躇いがちにローランドの背中から彼らを見ている。
表情は、かつてよりも少し明るく頬も健康的だ。何より隠れられる背中がある、ということは信頼できる人物を見つけた、ということなのだろう。
少し、ホッとしたあと
「よしっ!!」
勇人は腕を捲り上げ子供達の中に入った。泳ぐようにソウェルに向かい、戸惑いの顔が逃げ出す前に‥‥
「貴方は‥‥うわっ! な、何!」
細い身体をひょいと、掴むと高く上げた。
「軽いなあ。もっと喰わないとダメだぞ」
「うわあ! ソウェルずる〜い。僕も!」
「あたしも、抱っこして!」
「ああ、順番な。順番」
向こうではリゼルの連れてきた動物達がやはり、子供達に囲まれている。
「こいつは、ヴェル。そして、こっちはウルっていうんだ。仲良くしてやってくれよ!」
「うわ〜、犬さん、ふかふか♪」
「ライル様んとこの鷹みてぇだ。カッコいい〜。この鷹」
一番後ろで様子を見ていたケンイチの前に、小さな女の子がそっと近寄って彼の腕の楽器に手を伸ばした。
「綺麗なお兄ちゃん。これ、竪琴? お歌聞かせてくれるの?」
ケンイチは膝を折って、目線を合わせその澄んだ瞳に笑顔を映した。
「ええ、もちろん」
「‥‥もう、すっかり冒険者の皆さんに馴染んだようですね」
子供達の心からの笑顔。それを幸せそうに見つめ、ローランドは宿舎の準備をそっと始めた。
一応、領主の館には門番がいる。だが、彼にはいないも同然だった。
小さなお辞儀を数回。殆ど言葉を発する必要も無く、彼は応接間に通される。
待つこと数分。いつものとおりの笑顔が彼を出迎えた。
「久しぶり、というにはまだ早いが‥‥元気にしていたようだな?」
「ライル様ぁ、遊びに来ましたぁ」
彼なりの礼とペースにライルももう、大分慣れた。
「今回は、お誘いありがとうございますぅ〜」
「いつも、お前達には世話になっているからな。ゆっくり、していくといい」
半ば骨休めの為に誘ってくれたことを、エリンティアはなんとなく察していた。だから、素直に礼を言う。
「街も活気があっていいですねぇ。さすがライル様ですぅ〜」
「そう、思って貰えるならありがたいがな‥‥。で、今日は挨拶だけか?」
微笑しながら聞くライルに、い〜え、とエリンティアは首を横に振った。
「仲間が、今頃ストーンヘンジを調べていますぅ。その調査の為にタウ老をお借りしますぅ。あと書庫も使わせて下さいねぇ」
「ワシを?」
貸して下さい、ではなく。お借りします。返事も待たず後ろに控えていた領主の相談役を彼はずるずると引っ張った。
「お、おいコラ? そんな大事なのか?」
「やるとならったら、トコトンまでやらないとですぅ。では、いきましょ〜」
体力など無いに等しい細腕だが、タウの手は簡単に引かれて行った。
「あ、ライル様も来ますかぁ?」
ニッコリと笑う彼にライルは苦笑して手を振った。
じゃあ、と挨拶をして出て行く冒険者と相談役を、彼は心からの笑顔で見送った。
言葉を、捜すことができなかった。
何も言うことができなかった。
「す、すげえ‥‥」
振り絞ってそれだけ言うのが精一杯で彼らは始めて見るストーンヘンジに、ただ見入っていた。
なだらかに起伏する丘陵、見渡す限りの草原。一番近くの森が遠くに見える以外、何も無い緑の野に建つそれはまるで幻の神の城に見える。
一歩、また一歩近づくごとに城は、徐々に明確な姿を取り、巨石の群れへと変貌する。
祭壇を形作る一番小さな石一つでさえ、人一人では動かすことができないほど、大きく重い。
だが、それはまだ驚きの価値は無い。
何よりも圧巻なのは人の背よりもっともっと大きな石柱が何本も、何本も空に向かって真っ直ぐに立っている様子。その上に立っているものと遜色の無い大きさの石が横に渡されている姿。
まるで、馬蹄型のような三石塔(トライリソン)は、五組が中央に小さな円を作り、外側をさらに大きな石柱円が囲む。大いなる力を感じさせて‥‥
「古くから、神の積んだ大いなる御座と呼ばれておるよ。最近では大魔導師が魔法の力で運んだという説もあるな」
タウ老人が言葉をかけ始めて、冒険者はハッと意識を覚醒させた。見入って、いや魅入ってしまっていたことが簡単に自覚できる。
「魔法の力によるもの‥‥ですか。でも、確かにそれを信じたいほどの‥‥巨大さですわね」
「うおぉ‥‥こんなデカイ石、ジャイアントが何人いたって運べないぜッ!」
中に入らないと調査はできない。促されて彼らはその中に足を踏み入れた。
「‥‥あの時は夢中で気付かなかったが‥‥ここは、こんなに複雑な構造を、していたんだな」
直接中に入り、触れると解る。神殿の巨大さ。そして謎が‥‥
ガインが潜り、ライラックが触れた一番大きな三石塔で彼らの背の五倍近い。外の比較的小振りな輪を作る石でさえ、三倍以上だ。
一体、誰が、何の為にこの石をここに運び、ここに立てたのだろうか。
答えてくれる者は、誰もいない。ただ、風が歴史の重みを静かに伝えるのみだ。
「あっと、お仕事しなくっちゃね!」
すちゃ! アルが筆記用具を取り出した頃、ロートは既に二枚めの羊皮紙に石碑のサイズやその構造を克明に記録している。
空中からふわりと浮かび、上空からのレイアウトを確かめていたマックスは、遺跡の中央で祭壇のような石碑を調べていたロートに真上から声を降ろした。
「ふむ、外側のサーセン石の向こうに。‥‥ロート殿、東側の向こうになにやら変わった石が!」
「何? 解った! 今行く」
ダダダダダッ! 恋人の横をすり抜けて指し示された方向に向かうロートにライカは小さく苦笑した。
今の彼には、自分はろくに見えてはいまい。
「ムリもありませんか‥‥これだけ見事な遺跡ですから」
向こうではアルと絶狼が石柱の風化しかけた文字に目を走らせている。
あちらでは、オリーとタウ老人が遺跡についての談義を始め、エリンティアと共に文様の意味や構造に論議を交わしているようだ。
ガインとライラックもまた、彼らなりに遺跡の様子を調べている。
ならば、自分は何ができるだろうか?
くるりと、一回りした後、ライカはロートに寄り添った。彼が書き重ねた羊皮紙をそっと整え隣に立つ。
(「少しでも見ていたいですから‥‥彼と同じものを‥‥」)
「おかえりなさ〜〜い!」
冒険者を見つけて駆け寄ってきた子供達に、少し疲れ顔の冒険者達も思わず笑顔になる。
「明日へと生きる活力を与え、道を照らし導くもの‥‥人それを夢と希望と言う。もしそれを侵す者あらば天空よりの使者、白き大鷲戦士は必ず現れる! トオ!」
ドン!
「良い子は真似しちゃいけないぞ!」
二階の窓から飛び降りてポーズを決めた勇人も、子供達と一緒に冒険者達を出迎えた。
「よう、お帰りどうだった? 遺跡の様子は?」
「正直、ビックリよ。なかなかに興味深かったわ」
「もっと‥‥見ていたかったです。明日も‥‥行こうかと」
「そっか! 俺も今度はじっくりと見に行ってみるかね?」
「ぜひ〜。僕は明日は調べものをしようかと思いますけどぉ〜」
子供達を抱き寄せ、頭を撫でながら冒険者達はそんな会話をする。
背中をよじ登る子供の一人を抱き上げて、絶狼は微笑んだ。
「人の話を、邪魔しちゃダメだぞ。そうだ‥‥後で、何か話をしてやるから」
「おはなし? だあいすき♪」
「お歌も、歌ってくれる?」
「みんな〜! 夕食の支度ができたって〜」
「ワン!!」
犬とリゼルの明るい呼び声に、子供達と冒険者の背中が伸びた。
「よし! 働いて、遊んで腹も減った。メシだメシだ! 行くぞ!」
「はあい! お兄ちゃんや、お姉ちゃんも行こう行こう!」
子供達に手を引かれ、冒険者達も続く。
ストーンヘンジが大いなる歴史と過去であれば、子供達は光溢れる希望の未来。
どちらも素晴らしく、どちらも魅力的だった。
夕食後、孤児院をそっと抜け出した影がある。
手には小さなバスケットを持って。
「そうそう、ここのステップはね‥‥」
「吟遊詩人は、歌だけではなく総合的な力が求められますわ。いろいろなことを学ぶのは無益ではありませんよ」
「ここから、遠い遠い街。その街には正義の味方がおりました‥‥」
「冒険者は体が第一。だから食い物の好き嫌いはダメだぞ。そして日頃から手伝い一つも修行と思って、自分を鍛えてくんだ」
普段、大人に甘えることができない子供達は、冒険者達の腕から、肩から膝から、なかなか離れようとしない。彼らの技に、話に眼を輝かせている。
彼女もまた、さっきまで小さな女の子を腕に抱いていた。
「‥‥マ・マ」
眠った彼女をそっと司祭に預け、彼女はまだ賑やかな孤児院から、街からゆっくりと離れた。
灯が完全に遠のき、辺りは真の闇になる。だが、天空に光る月と星は彼女をそっと照らしていた。
‥‥草原の闇の中、一筋の灯りが見える。
「こんばんは、ちゃんとご飯食べた?」
天幕の入り口をそっと持ち上げ、彼女は中に向けて声をかけた。
「ん? あ・ライカ? 何時来たんだ?」
羽ペンを耳に、ぽりぽりと苦笑したような笑みを浮かべるロートに、はいとライカはバスケットを差し出した。
「遺跡に夢中になるのもいいけど、ちゃんと食事しなきゃ駄目よ?」
夕食の残りを貰ってきたと、彼女は床に布を引き料理を並べていく。
「あ、そういえば腹が減ったの忘れてた」
「もう‥‥!」
いくつかのパンを齧り、差し出された飲み物を飲みながらロートは羊皮紙を恋人の前に広げてみせる。
「この遺跡はすげぇんだぜ! いいか? この遺跡は少なくとも1000年以上昔からここに存在するんだ。しかも、調べてみたけどこの近辺にはここにある石と同じような石を産出する石切り場は無い。どこから運んできたかも解らない、どうやってここに運んだか? それさえもまったく解らないんだ」
「解らないことだらけなのに、随分楽しそうね?」
「いや、解っていることはこの遺跡がすげえってことさ、ほら、見ろよ。この石の上に乗せられている屋根みたいな石。あれが、どうして落ちないのか? 不思議じゃないか? あれは石の上にホゾとホゾ穴があって動かないように止められているからで‥‥サイコキネシスを極めても持ち上げられるかどうかという石は精巧に組み立てられていて‥‥」
夢中になって話す恋人の笑顔に心からの喜びと、ほんの少しの寂しさを感じながら、ライカは彼を見ていた。話は尽きることは無さそうで‥‥、ロートの話と食事の区切りが付いた頃ライカは立ちあがった。
「お疲れ様。一緒にいたいけど、子供達がいるから無理ね。おやすみなさい」
「あ、ちょっと待てよ。ライカ」
立ち去ろうとした彼女を呼び止めロートはテントの中をがさごそと漁った。カンテラを手に外に出ると、先に出た恋人にそっと手を差し伸べる。
「送ってくれるの?」
「いいや、ちょっと来いよ」
そう言って二人は手を繋いで参道を入りストーンヘンジの中央に立った。
「‥‥綺麗ね」
満天の星を二人の為にくりぬいたように、もっとも美しい空が二人を照らしていた。
星の巡りや天候との関係を、調べる名目だったが、今、そんなことを言うのはヤボな気がしてロートはカンテラの灯を吹き消した。
「キャッ!」
驚いてあげられた声を唇が閉じる。
甘い匂いもする。今は、二人だけの時。手に触れた小さなものはポケットにしまって。余計な思いも片付けて。
静かな夜が流れていった。
「あ〜、どうしようか? オリー?」
「馬に、蹴られる前に‥‥今日は帰りましょうか」
翌日もまた晴天で子供達を連れて、遠足がてらストーンヘンジへと向かうことにする。
「今日は、我輩は申し訳ないが、お休みさせて頂くでござる」
そう言って部屋に篭ったマックスと、古代文字の解読に書庫に篭ったエリンティアを置いて冒険者達は、元気に街を歩いた。
「‥‥あ、あそこは教会?」
建設中の白い幕のかかった建物を指差したアルに子供達はそうだよ。と頷いた。
「懐かしいな。あそこで俺は働いたことも‥‥! おーい! エリック!!」
天幕から覗いた旧知の顔に勇人は大きく手を振った。声をかけても聞こえないことは解っているが、これはまあ、気分だ。
「あ! 勇人さん。それに‥‥貴方は」
大きく動かされた手に気付いたエリックは、足早に冒険者達に近づいてきてお辞儀をした。
主に勇人と‥‥アルにだ。
「あの時は、お世話になりました」
「覚えててくれたんだ! そっちも元気そうでなにより!」
太陽のような笑顔の少女は、嬉しそうに少年の手を取った。
「はい。あの時の思いは‥‥決して忘れません。いつか、必ずそれを形にしてみせますから!」
「そう、頑張ってね!」
「はい!」
子供達の元に駆け戻って二人はエリックに手を降る。彼は、冒険者達の姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
「あんまり、危ないことしちゃダメよ!」
「は〜い!」
草原に放たれた子供達はまるで、羊のように元気に緑野を駆け回った。
ストーンヘンジで冒険者が仕事をしているのを知っているので、少し離れた平原で追いかけっこである。
「ほら、ライラおねーさんを捕まえてごら〜ん♪」
「ガイン兄ちゃんも追いかけて!」
「こら、ライラ、子供相手に本気出すなよ」
「本気の軽業で逃げてるあんたに言われたくないね!」
「ほら、こっちこっち!」
そんな喧騒から少し離れた所で、オリーは草に埋もれかけた一つの石を見つけた。
「これは‥‥」
ヒールストーンと領主が呼んだ特別な石から真っ直ぐ祭壇の中央に向かうその石は、なにやら不思議な文字が刻まれていた。
「何か、見つけたのか?」
同じように周囲を調べていた絶狼が羊皮紙を持ったまま、彼女の元に近づいた。
「‥‥はい。これは‥‥何でしょう?」
風雨に晒され、擦れてよく読めないがいくつかの文字らしいものは見える。
「解らないな‥‥。これで写し取ってみるか‥‥、やっぱりムリか?」
羊皮紙では直接遺跡を写し取るのは難しそうだ。
二人はそれぞれに手分けをしながら文字を丁寧に書き写していった。
草原の端まで駆け抜けて、森にやってきた子供達をリゼルは追いかけてきた。
「どうしたんだい? こんな所まで来たら危ないよ」
森の中から案の定泣き声。
木々を掻き分けて見つけた少年をリゼルはそっと抱き上げた。お尻の埃を払い立たせてみる。
膝小僧から赤い血が滴り落ちている。
「大丈夫かい? あ〜、膝を擦りむいたんだね。どうしようか‥‥」
バックパックやポケットを探しても、手持ちに薬は無い。
「仕方ない、向こうに‥‥!」
仲間の所に戻ろうとした時、草木がかさかさ、と揺れた。
とっさに子供を背後に庇ったリゼルの前に
「騒がしいね。何をしてるんだい?」
草の中からひっそりと一人の老婆が現れた。
しわがれた声にリゼルは慌てて首を降る。
「すぐ、戻るから‥‥気にしないで‥‥。さあ、行こう」
「お待ち!」
ビクッ! まるで魔法のような強い意志に彼は動きを止められた。老婆はゆっくりとリゼルの背後にいる子供に近づき膝を撫でた。
老婆の指が赤い血で濡れる。
「!」
ペロンとそれを舐めると彼女は腰に下げた袋から、乾いた葉を一枚取り出し、傷口に当てた。白い布で膝を包むと、子供をリゼルの方にポンと押し出す。
後は黙って森奥へと消えていった。
「一体、何だったんだ?」
吐き出すリゼルの言葉に答えたのは、主を迎えに来た犬と、仲間を探しに来た冒険者達の呼び声。質問に答える者はもちろん、いなかった。
「へえ、そんなことがあったのかい? 何だろうね。そのばあさまは。あ、これ運んでおくれ?」
ライラックはできたての料理をリゼルに皿ごと渡した。はい、と返事をして彼はそれを籠に詰める。
楽しい時間はあっという間で、明日にはもう帰らなければならない。なら、今日は一日ストーンヘンジで過ごそうと彼らは考えていた。
最後にパーティでも、と提案したのは確かマックスだっただろうか?
今しているのはその準備。朝からみんなで何度も往復して、夜のパーティに向けての料理や酒を運んである。
「神聖な場所で、こういうことをしてもいいのかねえ」
と思わないものもいないでは無かったが、別に構わないと言うライルの声に、決定された宴会は冒険者引率の上で子供達のお泊まり会と決まった。
当の提案者は部屋に篭りきり、報告に行った調査組が戻る昼過ぎまでには準備をしておきたい所なので準備組は大忙しだ。
「じゃあ、俺はこれを持って行っておく」
「俺も‥‥遺跡を汚さないようには気をつけないとな」
ガインと絶狼が料理を慎重に運ぶ。
太陽はもう、真上へと上がろうとしていた。
差し出された羊皮紙の枚数は十数枚に及んだ。
「随分、頑張ってくれたな。ご苦労さん」
「いや、こちらこそ。こんな凄い遺跡に泊まり込ませて貰えるなんて最高だったぜ」
ロートの提出した調査書を見ながらライルは笑みをこぼした。
「そう言って貰えるならありがたい。いつか、観光名所にできればと思っているのでね」
「そりゃあいい。この遺跡は何度見ても飽きねえからな」
「でも、それは、もう少し調査してからの方がいいですねぇ〜」
遺跡で見つかった文字の翻訳を担当したエリンティアの言葉にロートも、ライルも顔を向ける。
「これは、オリーさんが見つけてくれた文章ですけど『神の寝所』『眠りし大いなる王』何かが封じられているのは間違いない気がしますからぁ」
「あと、キーワードは見つからなかったか?」
「『太陽』『月』『命の源』『復活の時』なんだか、嫌な気がしますよぉ」
「あの、見事な遺跡を悪くは思いたくはねえんだがねえ〜」
まだ、情報が足りない。今後も調べていく必要がありそうだった。
「資料は全部置いていきますぅ、何かの役に立てて下さいぃ」
「解った。ご苦労だったな」
依頼の終了に二人は小さく安堵する。ふと、思い出したようにポン、と手が鳴った。
「そういえば最後に今日、ストーンヘンジでパーティをするのですぅ」
エリンティアの言葉にああ、とライルは頷いた。
「報告は聞いている。楽しんでくれ」
「ライル様も来て下さいねぇ」
「時間があったら、寄らせてもらう」
ズイ! 顔が上質の執務卓の上に乗った。ライルとの顔の距離50センチに近づいてエリンティアは言う。
「ダメですぅ。絶対に、絶対に来て下さいぃ〜」
怨念じみた声で迫られたライルが答えた返事にエリンティアはVのサインをした。
賑やかな喝采。宴。
太陽に照らされた石神殿に、過去と未来が交差した。
パーティの最初を告げたのは太陽と月の姉妹の競演。眩しい日の光の中、太陽の娘の舞は日の輝きに負けないほど輝いている。
玄人はだしの演奏家達の中でとガインは遠慮がちだったが、強く勇壮な歌は子供達の心に強く響いた。
オーラの力を借りてなお、強く。
ケンイチの竪琴は優しく鳴り響き、ライカの竪琴は子供達と和して楽しそうな歌を歌う。
中央に並べられた発泡酒は既にあらかた開いて、その半分以上が給仕よりも飲む方に忙しいウェイトレスの喉に流れて消えた。
勇人の腹に入った料理とどちらが多いだろうかと、少し離れた所から絶狼は考えている。横から領主がそんな彼に発泡酒を注いだのを気付いただろうか?
‥‥賑やかな輪から少し離れた女性と、少年がいる。勇人はふと立ち上がり黙って近づいた。
「あ、貴方は‥‥」
少年の側のシフールも顔を上げるが、邪魔はしない。よいせ、と腰を下ろし勇人は発泡酒のカップを彼に差し出した。
「ソウェル、どうだ? 故郷は‥‥」
「‥‥まだ、ここが故郷だなんて思えない。誰も、まだ信じられないよ」
「でも、友達を作ろうとしているのでしょう? なら教会や神様を信じなくても良いですから大司祭様個人を信じてみませんかぁ、面白いおじいちゃんですよぉ? 司祭様や、ライル様もいい人ですしぃ」
エリンティアの気が抜けるような説得に、勇人は苦笑し、でも頷いた。
向こうでは同じように静かに喧騒を見守る女性に杯が渡される。
「あれから、どうなったのだ? この街でやっていけそうか?」
ガインの問いに女性は小さくはい、とだけ答えた。それぞれに、まだ抱く思いは深く苦しいのだろうか‥‥。
「ま、間に合ったでござるか」
ゼィハア、ゼエハア。息を切らしながら走りこんできた人物に、宴の空気が一時止まった。
「これを、ルイズ殿に」
差し出された一枚の羊皮紙をルイズはマックスからそっと受け取った。
そこには、まだきっと彼が見たことは無いはずの満面に微笑む花の中の笑顔がある。
誰であろう、ルイズの‥‥
「これは?」
「我輩、信じているでござるよ。いつか、どなたかの前でルイズ殿がそのような笑顔を見せて下さる事を」
「人を信じるのは肩書きでも組織でもありません。その人自身ですからぁ。だから‥‥」
信じましょう。人を。信じましょう。この日、この時、そしてこれからの幸せを。
エリンティアの言葉に込められた祈りを、冒険者も、子供達もいつの間にか現れた月と星を見上げながら、静かに感じていた。
いつしか、子供達は遊び疲れて石や冒険者の膝を枕に眠る。
柔らかなリゼルや冒険者達の竪琴を子守唄に。
そんな心と身体に温もりを抱きながら星と月は短い夜の天幕を飾る、今一夜、彼らは大地の歌を、歴史の重みを、そして未来への希望を見つめていた。
「うへぇ‥‥悪酔いしだ‥‥。二日酔い〜〜」
渋い顔で頭を押さえるライラックを子供達は笑いながら見つめている。
「はい、これ、りょーしゅ様からだって」
差し出された酒にライラックはもう酒はカンベン〜といいながらもバックパックに入れた。
「お前らはこんな大人にならずに立派になれよな」
感謝の手が何度もライラックに伸ばされ、誰もハイとは返事をしない。
「また、どうぞおいで下さい」
「待ってるよお!」
何度も手を振られ見送られ、冒険者はソールズベリを後にした。
「また、来れるといいのであるがな‥‥」
「おう! 俺も今度はあの遺跡の秘密に迫りたいぜ!」
楽しげな冒険者達の、珍しく最後尾を歩く姉に気付いた妹はそっと、スピードを緩め姉に合わせた。
「どう‥‥なさったのです?」
「いや、何でもないんだけどね‥‥」
(「あれは、何だったんだろう?」)
アルは口の中で呟くように思い返した。
今朝、遺跡の中で見たあの幻。
夏至の太陽が真っ直ぐに指し示した中央に一瞬だけ見えて、消えたあの‥‥人影。一瞬感じた強大な魔力。
(「太陽の動きに何か、関係あるのかって思ってたけど‥‥一体なんだったのかしら? 相談した方がいいかなあ?」)
皆の楽しい思い出のバカンスに水を差したくなくて、彼女はそれを心の中に封じ込めた。
キャメロットへ、妹と仲間達と戻っていく。
楽しかった思い出だけを抱いて。
太陽の娘が気付いた、小さな幻。
太陽が指し示した一筋の影。
それが、冒険者に未来を指し示すのは、もう少し先の話である。