●リプレイ本文
夏は空き巣が増えると言われている。
夏は暑い。暑いから窓を開ける。家の中よりも外が涼しい。
窓を開けて外に出る。
そこが、空き巣のねらい目だからだろう。
「こないだボクんちに入った泥棒さんと同じ犯人かもっ!」
エル・サーディミスト(ea1743)は手を握り締めて力を入れる。先日大事なものを盗まれたとか、そうでないとか‥‥。
「人の大事なものを盗むなんて許せないよね。絶対に取り戻すんだもん!」
エルに負けず劣らずミリート・アーティア(ea6226)の瞳もメラメラと燃えている。火傷しそうなほどに。
「でも、とりあえず、まずは情報が無いとどうしようもないですね。情熱だけでは犯人は捜せませんし」
紅の魔女と呼ばれる火の魔法使いの割にシエラ・クライン(ea0071)は冷静かつ涼しい顔だ。ぼんやりしているように見えてやるべきことはやる。
「まず調べなければならないのは、これまでの犯行日時と場所。目撃情報と犯行手順、被害量からの犯人の人数と職種予測‥‥」
「それに、現場検証も忘れてはならないだろう。何か手掛かりがあるかもしれない」
静かに琥龍蒼羅(ea1442)も告げた。楽器を作る職人の頼みを捨てては置けない。
「んとね〜、私は近くで聞き込みとかしてみる!」
「では私はギルドやエチゴヤ、商店などを回ってみますわ。盗品の売買の情報が無いか探してみます」
元気なミリートの言葉に寄り添うようにルフィスリーザ・カティア(ea2843)が静かに告げた。
確かに楽器が売られていないか探すにはバードが最適だろう。
情報収集や現場検証とそれぞれが自分の役目を果たそうと動き出す。
「皆、一つ提案があるんだけど、いいかい? 実は‥‥」
女戦士ライラック・ラウドラーク(ea0123)の提案はかなり豪快なものだった。
「よろしいのですか? この依頼の為に、そのようなことを‥‥」
気遣うように薊鬼十郎(ea4004)が問いかけるが、提案よりも豪快にライラックは笑う。
「いいって! どうせ今まで家無しだったしね。これもいい機会ってことだよ」
「うちを使ってもいいけど? 無駄に名声高いから‥‥あ、でも動物がいるんだよねえ」
「ならば、両方でやってみたらどうです? 賛成しますよ。現行犯逮捕にはそれが一番かもしれません」
情報を収集し、犯人を絞り込む、そしてその上で狙いそうな場所を選択する。
アルテス・リアレイ(ea5898)の提案に補足され、作戦の概要が纏まった。
冒険者達は動き出す。
「何よりも優先すべきは竪琴の奪還ですね。私は奏でる事も歌う事も不得手ですけど‥‥」
「少年の思い、師匠の思いを守る為にも」
部屋の扉はしっかりと閉められていて、鍵もかけられていた。
中からしっかりと閉めたはずの窓は開けられていたらしい。
「やはり、犯人は冒険者崩れの可能性がありますね」
部屋を調べていたシエラの言葉に蒼羅は頷いた。
「しかもアルテスの言ったとおり複数の可能性もある。かさばる楽器を大量に持っていったと、いうのであれば‥‥」
作品保管庫に残されている楽器は殆どない。依頼人は子供の竪琴を、と言ったがおそらく他の楽器も取り戻さなければこれからの生活にも困ることだろう。
「職人の家というのは‥‥工房と棲家が分かれているのですね。人がいない冒険者の棲家とかそういう家を狙っているとしたら、住人とかちあって荒事になるのを避けている?」
鬼十郎の声は小さいものであったが、冒険者達にはしっかりと響く。
「なるほど、周辺を調査したり忍び込む前に調べたりしているかもしれないのだな」
「だとしたら‥‥彼らが用意している囮作戦は、結構いいかもしれません」
空き巣逮捕の際にはおそらく戦闘になるだろう。それを覚悟してシエラはピンと背筋を伸ばした。
「ありがとうございます。おじさま♪」
飛びつかんばかりの美少女からの笑顔に、その男は顔をくしゃくしゃにした。
まるで、知らない者が見たら彼が海千山千の古買商であるなどとは気づけないほどに。
「ルフィスリーザお姉さん、何かいい情報あったの?」
店から出てきたルフィスリーザに彼女を呼びに来たミリートは聞いてみた。
ええ、と嬉しそうに彼女は返す。
「最近、一度に同じ種類のものを大量に卸しにくる男達がいるそうです。次は楽器を、ということを言っていたらしいですからまだ、売りに出していないのかもしれません」
「さっき私が聞いたのはね、冒険者っぽい人が時々工房のあたりをうろついてたってこと。冒険者街には冒険者がいるのは当たり前だけど職人さんたちのところにはおかしいもんね?」
「と、いうことは‥‥! ミリートさん!」
とっさにルフィスリーザは自分の背に、自分よりも幼いミリートを庇った。
気がつけば、周囲に怪しい感じの男達がいる。どう見てもどこから見ても真っ当なことをしているようには見えない、男達。
「よう、姉ちゃん達、こういうところを女だけで歩くのはあぶねえぜ。俺達がいいところに案内してやろうか?」
「いらないよ! あんた達の方が危なさそうだもん!」
い〜だ! 顔を顰めるミリートに男達の怒りが弾ける。
「ふん! なら思い知らせてやるぜ!」
剣を抜き払い襲い掛かってくる男。
その時一陣の風が先頭に立つ男に食い込んだ。剣を持つ手に血が滲んでいる。
「早く来るんだ!」
「おい、しっかりしろよ。おい!!」
仲間の肩を男達が揺すっているうちに二人は声に答えてその場を大急ぎで離れる。
安全なところまで逃げてきて、息を切らせながらミリートは言った。
「やっぱ、裏の人たちは危ないよ。一人じゃ特に・さ」
「分かれて行動するのは危険だぞ。気をつける事だ」
「ごめんなさい‥‥ありがとうミリートさん、蒼羅さん」
ルフィスリーザは金の髪を揺らして頭を素直に下げた。
ドラゴン通り72番地に新しい冒険者がやってきた、と少し噂になった。
そこそこ名声のある冒険者だという。
「最近ドラゴン通りに越してきた人は何だか凄いものがイッパイあるとか‥‥。う〜ん、集めてるのかな」
そうミリートはあちらこちらに言いふらして歩く。当人であるライラックも冒険者街を挨拶回りしていたようだった。
「あたしって、いろんなものを貯めこんじゃうんだよね〜」
「う〜ん、嘘は言いたくはないのですのが‥‥」
噂をばら撒く二人を見守りながらアルテスは呟いた。彼の眼差しの先には人がいる。
職人街でも見た冒険者のような男。安来葉月も彼らを見る目がどこか嫌なものを抱く人物がいると教えてくれた。
彼らが見る先はライラックの新しい家。
「‥‥可能性は高そうですね」
それだけ言ってアルテスはそっとその場を離れた。
深夜。複数の影が冒険者街を歩いていた。
それは、別に珍しくもない。明かりの消えている一軒の家の前に立ったのも、あまり不思議ではないだろう。
だが、それがスッと扉をすり抜けて姿を消したとあれば、当然話は別だ。
周囲には人影はない。やがて静かに窓が開いた。
窓からいくつもの影が中に滑り込み、一番奥の部屋に入っていく。冒険者の寝室、きっとここに‥‥。
その時! 急に暗闇だった周囲にパッと光があふれた。同時にいくつかの呪文が聞こえたのを入ってきた人物のうち一人だけは気がついた。
「しまった! 逃げるぞ!」
だが、言いながらも身体は動かない。影は完全に足元を縛っていた。
「人の家に忍び込み、大事なものを奪うなど、許せません」
スクロールを広げたローブ姿の魔法使いが一歩、前に出た。
「抵抗するおつもりですか? ケンカしちゃダメと言われてるのですが‥‥致し方ありませんね」
「女のくせに‥‥」
周囲を見れば女ばかりに見えた。だが、その人物達に眠らされ、縛られ、気絶させられ、身動きできないほどに彼らは捉えられていたのだ。
銀色の髪の騎士がニッコリと笑う。どう見ても女に見えるが。
「女ばかりではありませんよ」
笑顔に容赦はない。
「覚悟する事だな」
そう言った男性の手には剣が握られていて雷が逃がしはしないと言っている。
「貴方にも仁義というものがあると思います‥‥教えて下さい」
鬼十郎が剣を鼻先に差し出した
「くそ!」
その時、立ち上がったリーダー格だった男の姿だけが、フッと消えた。壁に吸い込まれるように‥‥
「しまった!」
外に飛び出したライラックは、庭を見た。動く影が逃げようとしている。瞬間!
シュン!
音を立てて矢が飛んだ。足元に刺さった矢に男は縫い付けられたように止まる。
背後から男に忍び寄る大きな影。
パキン。音が鳴る。
「往生際が悪いんだよ、男なら腹くくれ!」
「えっ゛? ‥‥うぎゃあああ!!!」
冒険者街の夜空に悲鳴が大きく響き渡って‥‥消える。
「彼らは、自警団に突き出しておきましょうね」
男たちを取り調べた結果、彼らの住処には冒険者街、職人街、それぞれから盗まれた品物が発見された。
もちろん売り払われてしまったものも多かったが、幸いまだ楽器職人の盗難品は売り払われてはいなかった。
冒険者達はその中から、一つの竪琴を発見する。
盗まれた品の中では一番つたない、でも丁寧に作られたその竪琴を。
男達は冒険者崩れのごろつきで、リーダーは地の魔法を悪用して盗みを働いていたのだ。
同じ魔法使いとして許せないとシエラは思った。
「今頃、村に着いたでしょうか‥‥」
一人事後処理をしながら、シエラはそっと思いを仲間達のいる村へと飛ばしていた。
〜♪〜♪〜〜♪
竪琴の音を合わせながらルフィスリーザは微笑んだ。
「この竪琴は心をこめて造られ、沢山の愛情がこめられているのでしょうね。とても美しい音色ですもの」
褒められて、照れたように少年カイは頭を掻いた。横ではベッドに横になる彼の母親をアルテスがそっと背中に手をやって身体を起こさせている。
カップの液体が笑顔と共に彼女に差し出されて
「これ、良かったら飲んで。大丈夫、すぐに良くなるからね」
エルの言葉に母親は素直に飲み干した。深く息を吐き出し、少し楽になったと笑う。
ベッドの横にはライラックが腕を振るった病人食が並んでいた。
竪琴と、歌を届けに来た彼らは積極的に介護の仕事を手伝いカイを助けた。
そして、これから歌が始まる。
「私も良かったら一緒に歌わせて下さい」
鬼十郎の申し出に調弦を終えたルフィスリーザは頷いた。
ポロン♪
第一音と共に美しい声が小さな部屋に響き渡った。
『疲れた時には休みましょう。
両手に抱え込んだ重い荷物をおろして〜
波に漂い風に運ばれ 瞳を閉じて耳を澄ませば
生命を刻む鼓動の音を感じるでしょう
いつでも希望を忘れないで
それは闇の中で光り輝く真実 星のように
貴方が「おかえり」と笑ってくれるから 私は空へ羽ばたける
いつまでも夢を忘れないで
それは心の中で磨かれるのを待っている 宝石のように
貴方が「おかえり」と笑ってくれるから 私はここへ戻って来れる』
拍手が鳴り響く。小さな部屋の中からだけではない。いつの間にか集まった村人達が窓に鈴なりになっている。
「カイ。貴方はこんな見事な音楽を生み出せる楽器を作ったのね」
「‥‥母さん」
幸せそうな母親の笑顔が息子を包み込む。
「綺麗な曲だな‥‥ごめん、音楽なんてわかんない」
「いいんですよ」
ルフィスリーザは笑って首を振った。
「音楽は解るものじゃないんです。感じるものですから」
「ルフィスリーザお姉さん。私も歌ってい〜い?」
ミリートの笑顔にもちろん、と答えが返る。
「じゃあ、いっくよ〜」
『優しい風が吹いてるね あったかい色のプレゼント
ボクの頬にキスをして そしてお空に昇ってく
ふわふわふらり 気侭にさ 楽しく笑って踊ってる
くるくるくるり ステップで ボクも一緒にいれて下さい
今、だけだとしても それでも嬉しく想えるの
だから忘れられないよう そんな時間にして欲しいな』
ほのぼの、ほんわりとした優しい歌が晴れた空に、風に溶けるように上っていく。
ミリートの歌に今度は小さな子供達が微笑んだ。はしゃぐように、楽しそうに。
蒼羅の竪琴もまた見事な演奏で、普段聞くことのできない音を村人に、そして母親に贈る。
一つの歌、音ごとに彼女の身体は回復した、とは言えない。
だが、心は確かに届き、彼女にカイに幸せを運んだのだった。
「よろしいのですか?」
ルフィスリーザは自分より少し小さな少年に目線を合わせた。うん、と彼は頷く。
「その竪琴、お姉さんにあげる。素敵な音楽をありがとう」
「こちらこそ、大事にいたしますわ」
細い腕に抱きしめられた竪琴と、それを笑顔で抱く親友をエルはうんうん、と頷いて見ていた。
鬼十郎の微笑みに少年は決意を告げる。
「僕、お母さんが治ったらまた楽器を作る勉強をしようと思うんだ。いつか、聞いただけで人を幸せにする音楽を奏でられるようなそんな楽器を作るからね!」
「期待している」
「頑張って下さい」
蒼羅とアルテスも澄み切った心の少年を見る目は優しい。
「お母さんを大事にな!」
「また会おうね〜」
見送り手を振る少年にライラックもミリートも、笑顔で手をずっと、振り続けていた。
冒険者が取り戻したのは竪琴。思い。そして‥‥幸せ。
それは、世界でたった一つの夢の歌だったのかもしれない。