【銀の少年】お見合いをぶち壊せ?

■ショートシナリオ&
コミックリプレイ


担当:夢村円

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 17 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月13日〜07月23日

リプレイ公開日:2005年07月20日

●オープニング

 南、ウィルトシャー平原にシャフツベリーはある。
 この街には自慢できる宝が5つあると人々は言う。
 豊かな台地、実りの森、見事な腕の彫金師、黄金でも作れぬ美しき丘。
 そして心優しき領主一族の蒼き瞳。
 だが、今、街は二つの宝を失っていた。
 実りの森は焼け、豊かな台地は荒れて‥‥。
 かつてドーチェスターで起きたズゥンビ来襲は、一番近いこの地方を直撃していた‥‥。

 トントン。
 ノックの音に部屋の主は顔を上げた。
「‥‥どうしました? お父様?」
 入室を許可され、部屋に篭りきりの父を心配する顔で細身の少年が入ってくる。
 少女の男装にも見えるが‥‥その眼差しは紛れも無く少年の強さを秘めている。
「ヴェレファングか‥‥。いや、大したことはない。心配をしなくてもかまわぬ」
 子に心配をさせないように、そう父は微笑みかけるが、聡い少年にはそれが偽りであることが解っていた。
「‥‥やはり今年を乗り切るのは、難しいのですか?」
「!」
 全てを見抜いている息子の言葉に、父はああ、と頷きため息をつく。
「春の種まき時にやられたのが‥‥痛かったな。森が焼けて材木などの収入も大幅に減少した。街は徐々に復興してきているが‥‥今年、春撒きの作物はまともな収穫も見込めまい」
 少なくとも今始まった夏植えの作物の収穫が終るまで、税の徴収は見送るしかない。だが、支出を抑えることができないのも、また現状なのだ。
「頭が‥‥痛いな」
 その時、また扉がノックされた。誰だ? と入ってきた召し使いに問いかけた領主は客の訪問、そして取次ぎを求めた人物の名にまた、小さくないため息を付いた。
「やれやれ、また頭の痛い問題が来た。‥‥ヴェル、部屋に戻っていなさい」
 少年は小さく頷いて退室した。

「ゴンゼルでございます。伯爵様にはご機嫌麗しゅう」
 ニタニタと脂ぎった顔に笑顔を浮かべて応接室のソファーから男は身体を持ち上げた。
 巨漢と言える体が揺れる。隣の娘が驚くほど小さく見える程に。
「この度はゴンゼル商会に多大な発注を頂きありがとうございます。これほどの注文を頂き、私、喜びに身が震える思いにございます」
 ゴンゼルの顔とは正反対に伯爵の顔は、厳しく硬い。
 この金物商人は周辺都市に大きなルートを持っていて、近辺での鉄、銅を始めとする金物の流通をほぼ仕切っていた。近年、金や銀の取引などにも手を出し、精巧な金銀細工を主工芸とするシャフツベリーでの力を増大させている。例え領主と言えども無視はできない存在だった。
 家々の修理、畑や農地の開墾や作業に、そして工芸品である金銀細工に金物商人の扱う鉄器、や銅器。そして金や銀は必要不可欠なのだ。
「挨拶はいい。で、今日は何の用だ?」
「こちらのご息女ベル様は、最近お姿をお見かけしませんが、今はどちらに? 最近ご養子をお迎えになられたとのことですが、お具合でも悪いのですか?」
「‥‥何が言いたい? はっきりと言え!」
 苛立ちを見せ始めている領主に、手もみをしながらでは、とゴンゼルは要件を言う。あまりにもはっきりと単刀直入に。
「こちらのご養子ヴェル殿‥‥でしたか? ぜひ、うちの娘シアを貰って頂きたく‥‥」
「何!」
 眉を上げた領主の思いなど気に留める様子も無くゴンゼルは、続けた。
「我が家には息子と娘がおります。自分で言うのもなんですが、なかなかできた子らで‥‥ぜひ! ご領主様とお近づきさせて頂ければとお願いに上がった次第でございます」
「お父さま! 私は結婚など‥‥。だって私には‥‥」
 娘の声はか細く、ゴンゼルの言葉を遮る力は無い。
 流石に領主の一人娘に息子を、というのはあつかましいと思ったが、養子の少年に娘はきっと似合いの夫婦になるだろうと、臆面無く彼は言う。さらに、養子のヴェルがだめならベルと息子の結婚を、とまでも。
「無論、結婚が整いますれば、持参金は勿論、この街の復興の為の寄付もたっぷりとさせて頂きますので、どうかお考え下さいませ」
 言うだけ言ってゴンゼルはどっこいしょ、と腹を持ち上げる。娘もまた、それに従った。
 躊躇いがちに振り向きながら。
 ぎりりと苦虫を噛み潰したような顔で伯爵がその背中を見送ったことを、当の商人は知る由も無い。

 シャフツベリー領主、ディナス伯からの依頼だとギルドの係員は冒険者達に告げた。
「息子の見合いを壊して欲しい、って話だな。こりゃ」
「見合いを壊す? なんだか物騒な話ですね。一体どういう意味です?」
 首を傾げる冒険者達に無理もないと、係員は笑って事情を話す。
「領主の息子に、近くの商人が娘を貰ってくれと、言ってきた。領主には別に結婚を考えさせている相手がいて、できれば断りたい。だが、今、その街はいろいろあって商人を下手に敵に回せない。思う相手と結婚させちまうのも‥‥直ぐには難しい話なんだと」
 そこで、彼は極秘裏にギルドに依頼を出したのだ。
「見合いを潰してもらいたい。それも領主側になるべく非があるように見せず、なおかつ商人がなるべく腹を立てないようにだ」
「それって結構、というか凄く難しいよ‥‥」
「‥‥まあ、この伯爵と息子にはいろいろ事情があって、そう簡単に結婚だのはできないんだ。実は‥‥息子はずっと女の子として育てられていたから、男としての知識に欠けているし‥‥」
「女として?」
 係員は頷く。ある事情から彼は生まれてから今まで、女性の知識のみを与えられて、女として生きてきたのだ。15年もの間‥‥。
 男として生き直し始めてまだ半年。一生懸命、彼は貴族の跡取りとしての勉強をしているところだ。
「領主は彼に女装の男、なんてそしりを与えたくないんだ。だから、もう少し彼が大人になるまであまり人前に出したくない」
 詳しい理由は知りたかったら後で向こうで聞いてくれ、と言って係員は依頼書を差し出す。
「なるべく、と言っているが多少のことは、領主も覚悟しているはずだ。ま、やり過ぎない程度にな‥‥」 

●今回の参加者

 ea2182 レイン・シルフィス(22歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 eb0753 バーゼリオ・バレルスキー(29歳・♂・バード・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

 それは、久々の再会だった。
「あなたは‥‥!」
 館に訪れた人物達に応接室に入った二人のうち、少年が声を上げる。
 それは、喜びの声だった。
「久しぶりだな。ヴェル。元気そうだ」
「会えて嬉しいですよ」
 名付け親とかつての恩人達にヴェルと呼ばれた少年は、その美しい銀の髪を揺らして頭を下げる。
「お久しぶりです。僕もお会いできて嬉しいです」
 ギリアム・バルセイド(ea3245)の大きな手が名づけ子の頭を優しく撫でた。
 その真っ直ぐな瞳は以前と変わらず曇ってはいない。むしろ、本当の姿を取り戻した事で輝いているようにも見えた。
「お前が前を見ているのなら‥‥俺達は力を貸す。心配するな」
「この見合いはなんとしても穏便に壊さなくてはなりませんね。僕も及ばずながら力になりますから!」
 不思議なまでに力の入ったレイン・シルフィス(ea2182)にヴェルは少し苦笑した。彼はヴェルにとって恩人であると共にライバルでもあるのだ‥‥。
 冒険者達に入ってきたもう一人、どこか疲れた目をした男性がこれまた苦笑しながら声をかける。
「手数をかけてすまない、息子をこのような事に使うのは統治者として恥ずかしいことと解ってはいるが‥‥」
「ディナス伯。あんたはそれを解ってるんだな。なら、俺はとやかく言わない。依頼解決に全力を尽くす。協力はしてくれるんだろうな?」
「無論だ」
 ギリアムとディナス伯が相談を始める中、自分でも何かできないか‥‥。ヴェルは必死に考えていた。考えに考えていたその時‥‥‥
「ヴェルさん。貴方も暫く‥‥家を出る気はありませんか?」
 そう、誘う声が聞こえた。
「えっ? 家を‥‥」
 戸惑いを見せる少年にニッコリとレジーナ・フォースター(ea2708)は笑いかけて。
 ヴェルの様子に気付いた父伯爵と名付け親が近づいた時、彼女はさらにニッコリ笑って両手を広げた。
「伯爵家の長男ともなれば今後、第二第三の見合い話が持ち込まれる可能性もあります。もしも当分受けるつもりが本当に無いのであれば相手方だけでなくヴェルさんも伯爵家の些事から隔離、遠ざける対策をおいた方が安全と思われますがいかが?」
 それそのものは正論である。否定の声はまだ出ない。
「こんな筋書きはどうでしょう『伯爵家の家宝』を彼自身のミスで賊に奪われてしまう。『取り戻すまで家に戻ること適わず』と命を受け旅に出る少年。そして出会う様々な仲間と冒険の数々!!」」
 だんだん、見守る冒険者達の間に流れる空気が微妙になってきた。理由はうっとりと語るレジーナの表情。彼女はこういうキャラだったろうか?
「まるで、英雄譚ですね‥‥」
「美少年にそれを助ける冒険者! そんな素敵な展開が今、ここに!!」
「こら! 公私混同するな。誰かじゃあるまいし!」
 ポカン、ギリアムの拳骨が軽くレジーナの頭に落ちる。
 だが、作戦そのものはそれほど悪い訳ではない。腕の中の少年に確認する。
 小さな頷きが帰ったのを確かめてギリアムは考える。
「そうだな‥‥ん? どうした? レイン」
「あの‥‥伯爵、もしかして別に考えている相手とは‥‥いえ、何でもありません」
 打ち消すように言うが、苦笑する言葉に表さない彼の思いを、誰もが知っている。
 仲間達のそれぞれの様子、そして思い。
 ギリアムも苦笑しながら、今はそれを見ないふりをする。作戦を真剣に、煮詰め始めた。

 旅の商人達が酒場でこんな噂をしている。
 耳を澄ませれば聞くことができるだろう。
「金物商人のゴンゼルが街復興に寄付を行うらしいぜ?」
「えっ? あの強欲で有名なあいつが?」
「寄付なんかするわけないだろう?」
「それが、ゴンゼルの寄付は自分の娘と領主の息子との結婚が成立したらだそうだ」
「ゴンゼルは領主の息子と娘を結婚させようとしてるのかよ!」
「でも、あの娘恋人がいなかったけか?」
「腕はいいが、貧乏な細工職人だぜ? ゴンゼルが認めるわけねえだろ? 結婚なんて」
「娘が結婚で不幸になってもいいんだろうさ」
「自分の娘も商売の道具の一つみたいなもんだからな。あの男にとってはよ」
 酒場の片隅でバード、バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)は小さく笑った。情報に聡い商人達は自分が流した噂をあっと言う間に広げてくれたようだ。
 この調子ならゴンゼルへの評価は下がってくる筈だ。
 さりげなく会話に混ざってみる。
「知っていますか? ディナス伯の周辺に怪しい奴が出るって噂?」
「精霊か、それとも盗賊かって話だろ。領主様も大変だな」
「領主様は息女ベルの結婚相手には試練を与えるそうだ。例え養子といえど甘やかさない、大したもんだよ」
 そう褒めるバードの言葉に酒場の客達は頷いた。嬉しそうに。
 大丈夫だろう、とバーゼリオは思う。領民や旅人に愛されている領主。
 きっとこの先どんなに困っても彼らはきっと味方になってくれる筈だ。
「領主様と、その家族に、そしてシャフツベリーに乾杯!」
「乾杯!」
 エールや果汁のカップがいい音を立てた。

「こちらは、シアさんのお宅でしょうか」
 旅の美しいバードが優雅にお辞儀をした。
「お見合いの前に緊張しているであろうお嬢様に慰めの歌はいかがでしょうか? 無論無料ですから」
 タダに惹かれたからでもあるいが、割と簡単にバードは家に招き入れられた。
 応接間で外に見張りがいるとはいえ、二人きり。
 本当に緊張した面持ちの少女に、彼はニッコリと微笑んだ。
 そして‥‥
「‥‥えっ!? ‥‥はい。でも‥‥‥‥解りました」
 暫くの後、バードは館を出た。
 彼が帰った後のシアの顔は、戸惑いや緊張よりも、希望に満ちた明るい笑顔をしていたように見えた、と使用人は語ったという。

 領主の館でヴェルは服装を整えていた。タイの下から涼やかな鈴の音が響く。後継者の証であるブランの鈴。
 完全な礼装である。
 いよいよ、これから見合いだ。
 成功するにしても、壊れるにしても‥‥緊張が胸から離れない。側につき従うギリアムの服を彼は心細げに引く。
「大丈夫だ。しっかりしろよ!」
「はい」
 ポンポンと励まされヴェルは前を見た。そんな実の親子のような二人をくすくす、微笑む声が見守る。
「なかなかお似合いですよ。ギリアムさん」
「一応貴族の護衛って役だしな」
 笑うレインも今は使用人の変装中だ。ギリアムとヴェル、そして伯爵に使用人のお辞儀をして彼は言った。
「では‥‥こちらで動きますので」
「解った。任せる。こっちは任せろ」
 頷きあって、彼らは動き始めた。一人は建物の中へ。
 三人は応接の間へと‥‥。
   
「随分遅かったな‥‥そなたの方から望んだのでは無かったのか?」
 苛立つような口調を伯爵は部屋に通されたゴンゼルと娘に向けた。
 予定の時間から約1時間。貴族が待たされて怒るのには十分な時間だ。
「も、申し訳ありません。馬車がなにやら故障したようで‥‥」
 ギリアムを見上げるヴェルに彼は頷いた。おそらくはバーゼリオであろう。
『見合いの時間に遅刻してもらいましょう。結婚を断る理由の一つにできそうですから』
 彼はそう言っていたから。
「とにかく、お話を進めましょう。おお、奥方さまに瓜二つの美しい少年ですなあ。シア。良き妻としてお仕えするのだぞ」
 手もみしながらヴェルを見つめるゴンゼルの脂ぎった目は口でいいながらも『ヴェル』を見てはいない。
「では、ゴンゼル殿。本当に我が主にて子息であるヴェル殿とご息女の婚姻をお望みなのか?」
 誰だ? という目をしてゴンゼルは目の前のジャイアントを見つめる。
 彼はディナス伯に仕える者の一人だと名乗ってから伯爵に向けて深刻な顔を向けた。
「伯爵、困りましたな。早く新しい取引先を見つけねばなりませんぞ」
「な、なんだと! どういうことだ!」
「公私混同は統治者には許されない。結婚が決まればそなたとは取引を続けられない」
 領主の言葉に慌てふためく顔のゴンゼルにギリアムはその体躯を利用してたたみかけるように迫力の弁論を展開させた。
 統治は公平が基本であり、特定の集団を利するような事は避けるべき。
 それは不正・汚職などの温床になる。血縁であればなおさらのことだ。
 王家や高貴な方への装飾品を納めることさえあるこの領地と伯爵家としては後ろ指を指されるようなまねはしたくない。
 故に、婚姻が決まれば今後の取引を控えざる得ない。
 ‥‥と。
「そ・そのような理想論で商売はできませんぞ。統治にも差し障るのでは‥‥」
 半ば脅しのような口調にプツン! 何かが切れる音がした。
「理想の為に努力せずして何が統治者か! 確かに時に泥水を飲まなければならない時はあるかもしれない。だが、それを飲まずにすむように努力すべきだし、もし、飲まなければならない時は下の者には飲ませないようにする。それが本当の統治者というものではないのか?」 
 ドン! 思いっきりテーブルが叩かれる。ゴンゼルに向かって発せられた言葉ではあるが‥‥、それを受け止めたのはゴンゼル以外の者であった。
 虚を付かれたような空白の時。
 ゴンゼル達の背後、すりガラスの窓がガン! いきなり開いた。
「ワハハハハハ!」
 怪しいまでの高笑いと共に。
「私の名はエクセレント仮面☆」
 その名のとおり、エクセレントマスカレードを身に付け、派手な刺繍入りローブと、マントを纏ったその人物はとことん怪しく見えた。
「何者! 何ゆえこの館に」
「貴様らに名乗る名などない。伯爵家の宝、頂きに参った」
 名乗ってるだろ、というツッコミをする余裕は彼らに存在しない。
 窓から一番近くにいたゴンゼルをドンと突き飛ばし、ギリアムの剣を自らのルーンソードで弾くと、エクセレント仮面は部屋をぐるり見回した。
 見つめているのは‥‥銀とサファイアの少年。首にはブランの鈴‥‥。
「シャフツベリーの宝、確かに頂いていく!」
「うわあっ!!」
 細身の少年の腕を引っつかみ、入って来た窓からエクセレント仮面は飛び出していった。
「ワハハハハ!」
 高笑いを残して‥‥。
 全員が窓に集中していた為、彼らは暫く気付かなかった。
 応接間の扉が開いて、手招きする手があって、部屋から一人の人物が消えた事を‥‥。

『お父様、ごめんなさい。私には愛する人がいます。だから、ヴェル様との結婚はできません。家を出る親不孝をお許し下さい。 シア』

 残された書き置きを使用人から手渡されて、ゴンセルは当然激怒した。
 既にその姿は見えなくなっていたが、全てを手配しても探し出す。そんな迫力の彼を制したのはディナス伯だったとギリアムは後で仲間に語った。
「子供の未来を守れないようでは、親の資格は無いのかもしれぬ。また子にもそれぞれの意思がある筈だ。暫し様子を見るとしよう」
 商売に関してはとりあえず彼にとって不利ではない取引が続けられる。
 そう約束されたことで、ゴンゼルはとりあえず今日のところは、と大人しく引き下がった。
 本来なら遅刻と、娘の逃亡で一方的に破談にされても不思議は無かったことを考えると
「‥‥仕方ありませんな」
 というのは彼の本音であろう。
 謎の怪盗に攫われたヴェルは庭で気絶しているのが発見され、家宝の鈴は盗まれていた。
 これをきっかけに彼をケンブリッジに入学させると伯爵は決めたと表向き公表する。
「自らの失敗は自ら取りかえすべし」
 我が子に旅をさせる厳しい父領主に領民は拍手を送ったという。
 ‥‥その真相は冒険者だけが知っている。

「ふぅ、らしくない台詞を言ったせいか肩が凝った‥‥」
 肩を動かしながらギリアムはヴェルに笑顔を向ける。
「上手くいって良かったですね」
 バーゼリオもヴェルにそう微笑みかけた。彼の首元で鈴のペンダントが揺れる。
「はい。僕ももっと勉強して立派な人間になれるようにします」
 明るい鈴の音のような笑顔にレジーナも柔らかく頷いた。
「‥‥伯爵」
 少しの安堵、でも決して良くはなっていない状況に厳しい視線を崩さない伯爵にレインは心からの笑顔を送る。
「色々と頭を痛めているようですね‥‥何か困ったら僕達は協力を惜しみませんから、どうぞ、いつでもお呼び下さい」
「礼を言う。近々また手を借りることがあるやもしれんしな」
 その言葉に一抹の不安を感じながらもレインは丁寧にお辞儀をして、シャフツベリーを旅立った。仲間と共に。
 近いうちにケンブリッジに行くというヴェルは、とても幸せそうだった。
 今まで知らなかった新しい世界への旅立ちである。その瞳は眩しいほどに輝いて‥‥誰かを思い出させる。
「‥‥負けませんよ」
 それは、小さな囁きだったがヴェルはしっかりと受け止めて答えた、
「僕も‥‥必ず!」
 微笑と微笑。決意と決意。
 若い情熱の輝きにそれを見つめる者、見守る者、春風さえも微笑ませて光り輝いていた。

 その後、街道沿いの小さな宿屋の手伝いに若い夫婦が入ったという噂がキャメロットに届いたのは随分と後の話である。

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