●リプレイ本文
「皆、今回は宜しく頼むな」
冒険者の前に現れたその依頼人は明るくサインを切った。
「俺の名はヴァルだ。厄介ごとを頼むようで悪いな」
彼の表情は思いの他、明るい。冒険者達も驚くほどに。
軽いが真面目な挨拶にジェームス・モンド(ea3731)は手を横に振る。
「気にしないでくれ。俺も気になっていたんだ。イギリスの平和と家庭円満の為に一働きさせてもらうとするさ」
「こちらこそ、宜しくお願いします。皆さんも。ゲイル、しっかり皆さんを覚えて下さいね」
丁寧な礼を取ったエリス・ローエル(ea3468)は肩に止まる友にそう言うと空に放った。
答えるように鷹は空に舞い、またエリスの元へと戻ってくる。
「ゲイルさんとおっしゃるのですか? この子の名前はレリィ。私の大切なパートナー。とっても優しい子なんです」
エリスと鷹の関係を微笑ましく見つめながら彼女もまた自分の友、ボーダーコリーの頭を撫でる。
「あ、私のことはカレンとお呼び下さいませ」
自分よりも先に犬を紹介してしまった事に対してカレン・ロスト(ea4358)は少し頬を赤らめた。
「みんなよろしゅうな! いっぱいあそぼ♪」
陽気にイフェリア・アイランズ(ea2890)は笑うとくるくると鷹や犬達の側を飛び回る。
鷹と追いかけっこしたり、犬のふわふわに甘えるイフェリアは自分を見つめるヴァルの眼差しに気付く由も無い。
まるで射抜くような鋭い眼光‥‥。
「だーれ? そんな怖い顔してるのは!」
いきなり伸びてきた手がぐるりヴァルの胸板に回る。
女性と言う事を差し引いても柔らかい感覚に驚き‥‥振り返ったヴァルはそこに見知った顔を見る。
「君は‥‥」
しーっ! 指を立てる仕草は大丈夫、安心してと言っている。ため息をつくヴァルの顔を見て彼女エル・サーディミスト(ea1743)は背伸びして人差し指でそのままツンと彼の額を突く。
「女の子相手にそんな怖い顔しない。それに知ってる? 初対面でいきなり試されるのってけっこう不服だよ〜」
後半の言葉は声を潜めている。『ヴァル』の正体を知っているから、知られては困るだろうからと配慮しているのが解るから、不器用な笑顔で彼は笑った。
ワザとかそれとも本心からかふてくされぎみだったエルの顔はそれを見て少し明るくなる。
「まぁ、ヴァルの性格は嫌いじゃないんだけどね☆」
腕にもたれて話すエルと依頼人を、少し離れた所から見つめていた男が不機嫌そうな声を上げる。
「‥‥気に入らん」
「どうした? そんな顔をして?」
やぶにらみの目を動かさないツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)の背をアルフェール・オルレイド(ea7522)はポンと叩いた。
「いや‥‥あの男。どうも気に入らん。気のいい田舎者の顔をして一体何を考えているのか」
「この時期にオクスフォードに行こうと言う物好きだからな‥‥色々あるだろうよ」
アルフェールの言葉はそう言うが、目元はツウィクセルと同意だと言っている。
彼の目的は一体‥。
「あまり深く考えなくてもいいでしょう。彼は依頼人で我々はその依頼を受けた。それで十分ですよ」
暗くなりがちな空気を跳ね飛ばすかのように声が笑った。ルーティ・フィルファニア(ea0340)の天真爛漫な笑顔に二人もとりあえずは、と肩の力を抜く。
「皆の準備はいいかい? ならそろそろ出発しよう?」
荷物の用意をひょいと持ち上げてアレス・メルリード(ea0454)は仲間達に声をかけた。
確かに早くしたほうが良さそうだ。
「ではぁ、そろそろいきましょうかぁ〜」
冒険者達の出発を告げるときの声としてはやや気が抜けるがエリンティア・フューゲル(ea3868)の声に、冒険者達は歩き出す。
最後列を馬を引きながら歩く『ヴァル』の彼らを見つめる眼差しに気付かぬまま‥‥。
暑い夏の昼。
あまりの暑さに木陰で休憩する冒険者達の耳にキン! カン! そんな鋭い音が響いてくる。
真っ直ぐな太陽の日差しの下でアレスが剣を抜いているのだ。その相手は‥‥ヴァル。
別にケンカをしている訳ではない。ちょっとした、手合わせ。
始まった理由は少し前に遡る。
「うわっ!」
アレスの声に冒険者達は小さく笑った。これで、三度目だ。
キャメロットから出発して半日以上。
道すがらなにやら考えながら歩いていた彼は、ぶつぶつと、時折大きく、時折小さな声で呟いていた。
「最近色々とありすぎるよな‥‥アーサー王についての良からぬ噂が広まっている中でオクスフォードの不審な動き。一体何が始まるのかな‥‥?」
悩みすぎて、考えすぎて、呟くだけならともかく、三度目に足元の石に躓きそうになった彼の為に、冒険者達は軽く休憩をとる事にした。
木陰の涼しさ。爽やかとしか表現できない木々を揺らす風に彼らが手と足を伸ばした頃、
数瞬しか伸ばされる事の無かった足が軽く地面を蹴り、立ち上がった。
「ふぅ‥‥こんなこと考え込むなんて、どうも俺らしくないな‥‥少し体を‥‥誰か、よければ手合わせをお願いできないかな?」
「俺でもいいのか?」
腕と足の腱を伸ばしながら言った彼に、最初に答えてくれたのは誰であろうヴァルだった。
「ああ、勿論宜しく頼むよ」
「‥‥ねえ、ヴァル‥‥いいの?」
準備を始めるアレスに聞こえないようにエルは耳元で囁いた。
彼は小さく笑って頷いた。
「いいさ。こういう機会でも無いとなかなか実戦ではない戦いなんて、出来ないからな」
「そう? ならいいけど‥‥」
「‥‥それに‥‥!」
エルが遠ざかったのを確認して、ヴァルは横においておいた自分の槍を強く握り締めた。
細身の槍を振り回す彼は殆ど動かず、アレスをいなす。
ギルドに集う者の中でも決して弱い方ではないアレスであったが、冒険者達の目から見ても、二人の実力の差は気の毒だが歴然としていた。
槍の攻撃間合いに、一歩たりとも入る事ができない。そして
キーン!
一際大きな音金属音が風を切る音と共に響いて‥‥剣が大地に突き刺さった。
「‥‥負けました。ありがとうございます」
「攻撃ばかりではなく、防御や回避も考える事だ。両手使いならそのメリットを生かした戦いを考える事も重要だろう」
戦いのセンスや、体力‥‥それ以前の実力の差にアレスは素直に頭を下げた。
負けた悔しさは‥‥あまり無い。
「俺は焦っているのかもしれない‥‥何で冒険者を続けて、戦い続けているのか‥‥答えが見えなくて」
「焦る事は無いさ。俺が冒険者になりたかった理由は子供の頃出会った旅の騎士の強さ、美しさに憧れたからだが‥‥今は主と思う唯一人の方の為に命を尽くしたいと思っている。その生きる目的を見つけたのも冒険の空の下だった」
「はい」
「まだ見つからないなら、これから見つかるかもしれない。人生における楽しみが一つ多いと思えばいいだろう」
座り込んだアレスにヴェルの手が真っ直ぐに差し出された。アレスはその手を取って立ち上がる。
歳はそう変わらないのに、何故か彼が大きく見えてアレスは何か、答えを貰ったような気がしていた。
「‥‥わざとなのか何なのかは知らんが‥‥まったく俺達を舐めているのか?」
「別に、悪い人じゃないみたいだからいいんじゃないですかぁ? 人を信じるのは血筋や家柄ではなくその人自身だと思うんですよねぇ」
不機嫌そうな顔で二人の手あわせを見ていたツウィクセルを宥めるようにエリンティアは笑った。
「ふん!」
ツウィクセルは顔を背けた。彼の視線の先にはヴァルがいる。あの男は‥‥きっと。
「何を考えているか解らんが‥‥仕事は仕事。お望み通り、俺の考えと行動で、オクスフォードを『見て』来てやろうではないか」
そう呟いて彼は木から背中を剥がした。
そろそろ出立だ。オクスフォードまであと少し‥‥。
「今日のメニューは干し肉と野菜のスープだ!」
アルフェールのかき回す鍋から暖かい煙が立ち昇る。明日の昼過ぎにはオクスフォードに着けるだろう。
彼の上手な料理もしばらくはお休みだ。そして、いよいよ仕事も本番。
「頂きます。おいしそうですよね。はい、ゲイル」
「ご苦労さん。俺にも手伝えそうな事があったら行ってくれよ。あんたほど見事じゃないが、俺も少しは腕に覚えがあるんでな」
「美味しいですよ」
それぞれの賛辞を受けながらアルフェールは最後に、少し離れたところで一番静かにしているヴァルにカップを差し出した。
「ほれ、ヴァル殿、いよいよ明日はオクスフォードに入る。緊張するのも解るが‥‥少し気を緩めたほうがいいぞ」
「ああ、ありがとう」
容器に息を吹きかけながらも気持ちを張り詰めているような彼に向かってアルフェールはニカッと笑う。
「何を悩んでいるのかは知らないが、成功の秘訣は自分を信じる事だ。そして、自分のできる事をする事。そう思って、今、オックスフォードに行こうとしているんだろうが。年長者の意見は聞いておくものだぞ」
ヴァルは答えない。カップに視線を落としたまま‥‥。カレンはそれを何か心配事があるのだと、受け取った。
「ヴァル様、どうかなさいましたか? オクスフォード、心配‥‥ですわね。私に出来る事がありましたら、何なりと」
微笑む彼女にヴァルは顔を上げてこう、答えた。
「別に誰かを探している訳じゃないから、大丈夫だ。心配させてすまない」
「最近はどこも物騒ですからねぇ、冒険者として社会情勢の把握は必要だとおもいますぅ。でも貴族の人達って面白いですねぇ、血筋とか家柄とかよく分からないモノを大事にするんですからねぇ」
時々鋭い事を言うエリンティアに冒険者達の目が集まった。彼はそんなことなど気にも留めないで話し続ける。特にヴァルに向けて。
「そう言えば王様に関しても色々あるみたいですねぇ。不義の子とか〜、偽王とか〜」
横の彼の手が震えたのをカレンは見た気がした。ほんの一瞬ではあったが。
「戦争が始まったら一番迷惑するのは普通の人達なのにぃ、偉い人達は余り気にしないんですよねぇ」
「そうそう、戦争が始まれば物価も上がる。そして、うちの姑さんの機嫌も悪くなって‥‥家庭円満も遠くなる、と」
ハハハハハ。ジェームスの言葉は少し場の空気を明るくした。意図が伝わった事にジェームスは喜び半分、嬉しさ半分、苦笑も半分。
「‥‥皆は、最近のイギリスをどう思う? いろいろ噂も流れてきているだろう? 特に王について」
「ボクは、一つの国にあんまり肩入れはしないんだ。でも人が死ぬのは我慢できないよ。だから、戦争は反対。不義の子なんて‥‥そんな気にしないけどなあ」
「うちは、楽しく過ごせればオッケー! 今のイギリスに不満はないで!」
「誰が王様になっても構わないですけど自分の利益の為に国民に迷惑をかける人は嫌ですぅ、国民は上に立つ人達の所有物じゃないと思いますぅ」
ヴァルの問いにそれぞれの返事が帰った。そこに少なくともアーサー王を否定する言葉は無い。
「‥‥私はまあ、あまり深く考えませんけど、自分と周りが毎日平和に食べていけるなら、その国の王様はきっといい人なんでしょうね。今までのイギリスのように‥‥」
「そうだな‥‥。悪かった。情報集めを宜しく頼むぞ」
彼は最初に見せた陽気な明るい笑顔を作り、冒険者達に笑いかける。
鮮やかで優しい笑顔に冒険者達は、素直に頷いたのだった。
夜の暗闇の中、影が動く。
一人の人間が闇に消えた。
それを追う様に、もう一つの影も‥‥。
消えた二つの影に仲間達が気付いたのは翌朝の事である。
翌朝、最初にそれに気付いたのはエルだった。
「ヴァルがいないよ! 毛布‥‥大分冷えて‥‥! これは?」
残された羊皮紙には
『俺は別行動をさせてもらう。冒険者はそれぞれの目で、やり方で調査を続けてくれ。帰りの日までには戻る』
とだけ書かれてある。要するに書き置きだ。
「あいつは‥‥一体何を考えているんだ!」
手の中で手紙を握り締めたツウィクセルは怒りを隠さない。
「何か企んでいるかもとは思ってたが、こんな事をしでかすなんて! 一人じゃ不案内で心もとないんじゃなかったのか!」
「‥‥どうやらアルフェール様がご一緒のようですわ。完全にお一人という訳では無いでしょうから多分大丈夫かと」
宥めるようにカレンは言うが‥‥冒険者達の間に『何か』が走る。
「とにかく、俺達は俺達の仕事をするしかない」
「そうですねぇ、いきましょうかぁ〜」
キャンプを畳み、冒険者達は歩き始める。
その先に待つ戦地、オクスフォードに向かって。
「止まれ!」
冒険者達の一行は街に入る門でまず止められた。
これから戦争が始まる、王国に対して宣戦布告をした。
そんな時だから当たり前ではあるが‥‥彼らの注目の目は何故か女性やレンジャーには向けられず二人の騎士から離れなかった。
「何か?」
問いかけるアレスに門番は厳しく問う。
「お前達は何用でこの街にやってきた?」
「傭兵として仕事を探している。今は、この女性達の護衛に雇われているが、戦争が起こると聞いて状況を知りたいと思っている」
「お前は?」
「同じく。冒険者として、神の騎士としてどちらに剣を捧げるべきかこの目で確かめたいからな」
ふむ、と門番達は頷いた。なるほど彼らの他はレンジャーの青年。後は女子供。
「その男は若すぎるし、こっちは歳を食いすぎてる。こいつらは違うんじゃないか?」
「そうだな。とりあえず通ってよし。実力に自信があるのなら従軍するのもいいだろうが‥‥騒ぎは起こすなよ。城や周辺は戦争の準備でピリピリしているからな」
釘を刺した上で彼らは冒険者達を街の中へ通し入れた。
表向き静かな街並みを宿屋に向けて歩きながらツウィクセルは考えていた。さっきの門番の言葉。
『こいつらは‥‥違うんじゃないか?』
(「まさか‥‥な」)
『お前さんも無茶を考える‥‥。ひょっとして、最初からこれが目的で依頼を?』
『ああ‥‥、危険を背負うのは俺だけでいい。いいのか? あっちより危険だぞ』
『仕方無い。ワシは最後までつきあってやるわい』
いつもより、いや、この街の状況を知らないから他の街より、だろうか?
1.5倍増しくらいに活気のある市場にエルは眼を瞬かせた。
「忙しいみたいだねえ? これも戦争の準備?」
「そうさ! 戦が始まるとなれば準備が必要だ。食べ物、衣服、飲み物、それに武器や薬も。大忙しだぜ!」
彼らが言う通り、山のような食べ物や衣服、薬などがどんどんと運び込まれ、運び出されていく。
「きな臭い噂があったから来てみたんだけど、やっぱり本当だったんだ‥‥。もし本当なら薬も売れるし、ボクも一口乗りたいなあ。いろいろあるから大口取引があれば嬉しいんだけど」
探りを入れるエルの笑顔に、手を止めた商人が真剣な目を見せた。
「でも、これからここはヤバくなる。あんたみたいな人は近寄らないほうがいいんじゃないか?」
「儲けと危険は紙一重だ。無茶はしないほうがいい」
気付かれたか、と思ったが、心配して言ってくれたのが解るからエルは微笑み返す。
「ありがと♪ でも‥‥君達は大丈夫なの?」
商人『達』も手を止めた。自分を心配してくれた一人の人物に対して笑顔を向ける。
「どうして急にこんなことになったのかは解らない。正直、これでいいのか、って思う事もある」
「でも俺達は、オクスフォードの住人だ。領主様を信じてついていくしかないのさ」
「‥‥そうだね。ゴメン。帰るよ」
立ち上がったエルに「元気でな!」「頑張れよ!」声が掛かる。
二度と会えないかもしれない人々からの声をエルは背中で聞いて扉を閉めた。
何故だか頬から雫が零れた‥‥。
武器屋でツウィクセルはピン! と弓の弦を弾いた。いい音を立てて弓は鳴る。
「いい武器だな。強くて使いやすそうだ」
「こっちには腕のいい射撃手も多いからな。戦争も近いし下手な物は売れんよ」
戦争は武器屋にとっては稼ぎ時。その割に店主の顔は冴えなくてツウィクセルはふと気になったという仕草をして見せた。
「どうしたんだい? 親父さん。戦争反対なのか?」
「‥‥いや、正直ビックリしていてね。あの穏やかなメレアガンス様がいきなりアーサー王にそれこそ弓を引くなんて、正直信じられんよ」
酒場での反応もそんな感じだった。突然の領主の行動に戸惑う民達。
「誰かに何かを吹き込まれたんじゃないか? って噂もあるがもう後には引けないだろうね。‥‥辛いけど、仕方ないさ」
なるほどな、とツウィクセルは弓を置いた。必ず勝てるなどと楽天的な思いは無いのだろう。そして‥‥おそらく、それは正しい。
「それ、買うのかね?」
「いや、また今度。悪いな!」
「毎度!」
扉を開けた外の街並みはまだ、比較的穏やかだった。
「旅の者です。神に旅の安全の感謝と、祈りを捧げに参りました」
「どうぞ、我らに聖なる神のご加護を賜らん事を‥‥」
カレンとエリス。二人の女性の来訪に教会の扉は開かれていた。
「ようこそ。旅する我等の同胞に神の加護があらん事を‥‥」
祈りを捧げる司祭の顔は、どこの教会とも変わらずに二人を安心させた。
だが聖堂の中には‥‥女子供などの姿が多い。
表面上はいつもと変わらずに見えていても、やはり不安なのだろう。
エリスは祈りを捧げながらこっそりと聞き耳を立てた。
「どうして、戦争なんてことになったのかしら?」
「うちの主人も、行く事になったの。無事に帰ってきてくれるといいのだけど」
「メレアガンス様のおっしゃる事だから信じたいけど、本当にこの戦いは意味があるのかしら。今まで平和だったのに。どうしていまさら?」
これが、人々の本音なのだろう。エリスは素直に目を上げる。
ごく普通の家のごく普通の主婦が夫の命を心配しなければならなくなるもの。それが戦争だ。
司祭との話を終えて、カレンと共に外に出たエリスは小さく、小さく呟いた。
「戦争が避けられないのなら、できる限り小さく抑えたいものです‥‥この街に神のご加護があらん事を」
神の家と教会に向けて、二人は心からのサインを切った。
(「子供の姿が‥‥ないですぅ」)
街を歩きながらエリンティアは思った。
闊歩するのは各地から集まった諸侯の部下や傭兵達ばかり。
普段なら街の路地で遊ぶ子供達も、店先で会話する主婦達もいるはずの時間にそんな姿は殆ど見えない。
見えても、彼らに遠慮するように脇に避ける。
彼らこそがこの街の住人であるはずなのに。
「こら! 危ないぞ!」
兵士の足元で転んだ少年に怒声が飛んだ。エリンティアはいつものスローモーな動きを一時置いて彼に駆け寄った。
「大丈夫ですかぁ? ケガはありませんかぁ?」
「うん、ありがとう」
少年は自分で立ち上がり膝や服の埃を払う。
「僕、ああいうおじさんたち嫌い。早く戦争終わるといいなあ。悪い奴をやっつけてさ!」
「えっ?」
小さな呟きに目を瞬かせるエリンティアに少年は手を振って駆け出す。どうやら向こうで母親が待っているらしい。
「お兄ちゃん、じゃあね!」
「ええ、さようなら‥‥悪い奴‥‥ですか。民を苦しめる、それは一体誰なんでしょうね」
エリンティアの言葉に返事はまだ帰らなかった。
「やっかいだな」
「ええ、本当に‥‥」
二人の騎士はため息をつきながら歩いていた。
彼らはあくまで傭兵として情報を集めている、という仕草を取っているの。
なのに、何故か、ずっと彼らを見張る影があるのだ。ずっと、片時も離れず。
「下手な行動をすれば仲間も危険になるし、でもどうして俺達にだけに?」
「それくらい、聞いても‥‥良いよな?」
二人は頷き合って‥‥一気に駆け出した。
角を曲がられて、慌てたのだろうか影も駆け出し角を曲がって‥‥転んだ。
ジェームスの伸びた腕が足元を払った事に気付いた時、その影に見えた人物は自分が見張っていた相手にバレたことに気付いて頭を抱えた。
「一体、何で俺達を付けてくるんだ!」
少し声を荒げて見せるアレスに、まだ若い騎士は、驚くほど素直に理由を告げた。
「「えっ?」」
謝罪し彼は去って行く。バレた以上意味はないし、おそらく違うと思うから。そう言った言い訳の言葉は彼らには聞こえなかった。
「‥‥どういう事だ?」
「誰も言っていないはず‥‥だよな?」
そう。彼はこう言っていたのだ。
『冒険者に混じって、円卓の騎士が自らオクスフォードに偵察に来ているという情報が入った』
「「どうして‥‥だ?」」
ひらひら〜。
街の上を飛ぶ影がある。
鳥にしては小さく、軽やかに。
「街の中は荒れとらんなあ。やっぱ、何かあるとしたら、城やろか?」
ほんの少し、考えてイフェリアは行って見る事にした。
仲間に相談すれば単独行動は危険だ、と言ってくれたかもしれない。場所を絞って調べれば安全だったかもしれない。
だが、彼女は身のこなしに自信を持っていた。
自分を傷つけられる者などいるはずは無いと‥‥。
ルーティは街で見つけた兵士を追った。
下級兵士は外の草原にキャンプを張っている。
比較的地位の高そうな兵士達は、どうやらオクスフォード卿の居城にいるようだった。
「人が多いですね‥‥ん! あれは? 大変!」
深追いを避け帰ろうとした彼女の目は、遠い空の上から門を飛び越えていく小さな影を見つけ悲鳴を上げた。
オクスフォード城には人が溢れていた。
集まった貴族の部下の他、使用人、補給の商人などが多く、例え門番であろうと全ての人間を把握する事などできない。
だから、商人や騎士に化けて中に潜入する事は難しくは無いのだとアルフェールは説明され素直に納得した。
変装を施してもらい、武装も解いたヴァルは普通の荷運び人にも見える。二人は同じ変装して城に潜入していた。
ヴァルが何かをしそうに思って、目を離さなかったのだが、先行して城に直接忍び込もうとするとは思っても見なかった。
しかも‥‥
(「自分から円卓の騎士が冒険者と一緒に潜入してる、なんて噂を撒くとは‥‥な」)
その情報は確かに敵を警戒させた。僅かだがその為に人手が割かれ、城に隙ができた。
さらに冒険者達に監視を付ける事で、彼らが明確な危険を犯さない限り
「本当に危険な敵からは守られるはずだ‥‥」
と彼は言っていたっけ。真面目に荷物を運ぶヴァルを見ながらその思考の鋭さにほんの少し感嘆する。
「物資の量は‥‥随分多いな。こんなにオクスフォード侯一人で手配できたのか?」
独り言のようなヴァルの呟きにアルフェールは顔を上げた。確かに城内外に集められた物資は潤沢だ。かなり多い各貴族やその部下達全てを賄ってまだ余りあるだろう。
「どういうことだ?」
「つまり‥‥誰かが‥‥!!」
その時、城内が軽くざわめいた。城の上空を飛ぶ怪しい影があると報告があったのだという。
それを見つけた射手の一人が空に向けて弓を引き絞る。
二人はその方向の空を見た。血が凍る。
そこにはくるくると飛ぶ小さな仲間の姿が‥‥あった。
「下が騒がしくなってきたみたいやね。そろそろ、ヤバイかな」
窓から覗いた城の中、随分大勢の人がいる。
貴族らしい人物もいて、物資もかなり沢山ある。そろそろ退き時だろう。
「んじゃ、帰ろ‥! うあっ!!」
街に戻ろうと城に背を向けたその時、一本の矢が彼女の背中を射抜いた。
(「な、なんでや‥‥!」)
無警戒の偵察。だが回避力には絶対の自信がある。
だから彼女は考えてはいなかったのだ。
腕のいい狙撃手の存在を。戦乱に集まった多くの兵の中に腕利きの者が居ないと言えるだろうか?
だが、今それに気付いたとしても遅い。彼女にできるのは地面に落下することのみ。
真っ直ぐに中庭に向けて‥‥。
「拙いぞ! 落ちる。!」
誰が止める間も無く、彼は動いていた。荷の上を飛び、正確な真下に回りこみ、物資用の布で、彼女を受け止める。
「うっ!」
矢がさらに深く小さな肩に突き刺さった。血で布が赤く染まる。
「シフールか? 敵軍のスパイかもしれん」
「大至急、ご報告せねば‥‥おい。そいつを寄越せ!」
兵がシフールを受け止めた荷運び人に向けて手を伸ばす。
だが、彼は兵ではなく、側にいた仲間に向けて布にくるんだ彼女を放る。そして‥‥叫んだ。
「走れ!」
抗えない力を秘めた命に彼は全力で走った。
「怪しい奴。何者だ!」
「追え」
二人の周囲に兵たちが集まってくる。だが、その時だ。
「うわああ!」
走り出した彼は大地に雷が落ちたように感じた。
純白の光が広がった後は唸る槍の音と、悲鳴が聞こえただけ。
誰も彼らを追ってこなかった。
そして‥‥その足で彼らはオクスフォードを離れなくてはならなくなった。
微かな呻き声、荒い息。そして‥‥
「‥‥う‥‥ん、あれ? ここは?」
開いた小さな目が最初に見たのは目元に隈を作った二人の女性の笑顔、一人の涙。
「良かったですわ。丸一日目を覚まさないので不安に思っていましたの」
「死んでもおかしくない重傷でしたのよ。暫くは安静になさって下さい」
「もう! 一人で何やってんのよ。自分の能力に自信があったのかもしれないけど、何にも考えずに一人で偵察なんて危なすぎなんだからね!」
涙ぐむエルの向こうで、怖いまでに鋭い刃のような瞳が自分を睨んでいるのを見て、イフェリアは自分の状況と、自分に何が合ったかをやっと思い返した。
「あ‥‥うち、偵察の途中で‥‥。あは、ちっこいうちを射抜くなんて弓の名手もおったもんやね」
「バカヤロウ!
雷のような怒声が響いた。周囲が森でなかったら確実に万人の注目を集めたであろう震えるような声だ。
「相手は怪我人で‥‥」
静止しかけたカレンをアルフェールは手で制した。
男達も、ルーティやエル、そしてエリスもヴァルの様子を黙って見つめていた。
「この間の時といい、今回といい! まだ解っていないのか? 自分の行動が一体何を引き起こすのか。軽々しい行動、油断がどれほど人に迷惑をかけるか。それも考えられないのか!」
「この間って‥‥! ひょっとして‥‥あんたは」
「気付いて無かったの? 円卓の騎士パーシ・ヴァルだよ」
もう隠す必要は無いだろうとエルは静かにイフェリアに告げた。他の冒険者にも聞こえるが誰も驚きはしない。
「俺はかつて冒険者だった。だからこそ、知ってる。冒険者の油断が、無知が時としてとんでもない行動を引き起こす事を‥‥」
「ずっと思っていました。なぜわざわざ冒険者を雇ったのか‥‥。自分の言う通りに動く兵士ではなく。それは、戦力としてもある程度力をつけてきている冒険者達がどういう考えを持っているのか、それを知るのが目的かな、と‥‥違いますか?」
「悪いが‥‥想像を遥かに下回っていたよ。期待していたのだがな」
ヴァルいや、パーシ・ヴァルはそう言った。それが答えだ。
「俺達を囮にして調査か? そういう所が気に入らんのだ! 俺達に望む事があるのなら、はっきりと言えばいい。気軽になんて言わないで、戦争の為に状況を調べると。そうすれば‥‥」
「言われなければ解らないか? 出来ないのか? もし依頼人が嘘を付いていたら? もしその行動が誰かを苦しめる事になるとしたら、それでも言われた通りにするのか? ほんの少し調べれば解るはずだ。俺の正体も、イギリスやオクスフォードの現状も。それに誰一人俺に聞いて来なかったぞ。自分達が何を求められているかすらな!」
苛立ちをツウィクセルはパーシ・ヴァルにぶつけたが返事にぐっ、と答えを失う。
誰一人として反論はできない。
「だとしたらお前達はそこまでだ。本当の戦争になる前に安全に生きる道を探す事だ」
報酬を置き、彼は馬に軽く跨った。
「‥‥待って下さい」
馬首をキャメロットに向ける彼はその、カレンの言葉に足を止めた。
「私は‥‥これ以上、悲劇を繰り返したくない。守りたいと願いながらも守れなかったから」
だから、彼女は続ける。
「どうか‥‥この戦争で生まれる涙が少しでも減りますように。オクスフォード卿は敵であっても、オクスフォードは敵ではない事をどうか‥‥」
言葉を最後まで聞いて彼は馬の腹を蹴った。
遠ざかる駿馬の姿を見送りながら冒険者達は苦い思いを噛み締めていた。
ゆっくりと彼らは歩き出す。その表情には笑顔は無い。
イフェリアを揺らさないようにそっと、静かに歩く。
キャメロットに向かって。
「気に入らん。人を試すような仕草も、あの物言いも‥‥くそっ!」
「わしはわしを信じてできる事をするのみだ。それしか‥‥できんしな」
アルフェールの言葉もツウィクセルには耳に入らない。
「‥‥見ていろ。いつか‥‥」
アーサー王とオクスフォード侯。
お互いの力を探りあっていた彼らの開戦がもうすぐである事。
戦乱の時が近づいている事を彼らは身体の全て、心の全てで感じていた。