【聖杯戦争】残された悲しみを越えて‥

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月08日〜08月16日

リプレイ公開日:2005年08月19日

●オープニング

 歴史にその名を残す時、聖杯戦争と呼ばれる戦いは終った。
 アーサー王の勝利によって「戦い」の幕は引かれたがその地に生きる者達の戦いはこれから始まるのだ。

「シャフツベリーの領主、ディナス伯からの依頼だぜ」
 冒険者ギルドの係員はそう言って依頼書を差し出した。
 シャフツベリー伯、ディナス。
 その名は現在良き意味で語られてはいない。
 中立を宣言しながらいきなりオクスフォード侯に組し、略奪の限りを尽くした卑劣な軍隊とアーサー王のみならずオクスフォード側にも忌み嫌われているのだ。
 名を騙った偽の軍隊であったのではないか。冒険者や、隣接地域領主、冒険者ギルドからの弁護もあり直接の処分は免れることになったが、偽物であったという証拠を見つけることはできなかったので、当事者達が逃亡した今、真実は闇の中だ。
 直々に書かれた依頼書はこう告げている。

『今回の件において、私は勿論シャフツベリーの民は無実であると信じて欲しい。だが、我が軍を名乗る者が人々を苦しめた事実は消えることは無い。その軍が盗まれたとはいえ我が軍の旗を所持していたことも、だ。
故に、その責任の一端を感じ、少しでも戦争の復興を支援したい。協力して欲しい』

 依頼書にはいくらかのお金が添えられていた。
「この金を有効に使って、シャフツベリー軍を名乗った者達に略奪された村の人々を励まして欲しいってことらしいぜ」
 戦場となったウィンザーの野。そこから程近い場所にその小さな村はあった。
 蓄えの食料や金を略奪された。命こそ失った者はいないもののこの戦争に苦しめられた人々の心は、どちらが勝利しようと凍りついたままだ。
「彼らが少しでも励まされ、未来に迎えるように。とさ。同じように戦争に苦しめられた者として放ってはおけないんだろうよ」
 シャフツベリーはゴルロイス卿のドーチェスターの乱で大きな被害を受け、今復興作業の真っ最中の街だ。
 その中で、預けられた金額30Gは決して多くは無いが、きっと精一杯だった筈だ。
「これは、冒険者達への報酬代わり、だと」
 別に差し出された袋の中に入っていたのは、銀の細工物。大きくも無く、高価で芸術的な価値がある、わけではないが精緻に丁寧に作られたものが10個ある。
 きっとシャフツベリーの細工師達が思いを込めて作ったものだろう。

「戦争は終っても、人の生きる戦いは続く。命ある限りな。頼むぜ」

 冒険者達は手の中の小さな報酬を思いと共に握り締めた。

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1706 トオヤ・サカキ(31歳・♂・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3441 リト・フェリーユ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6109 ティファル・ゲフェーリッヒ(30歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea7163 セラ・インフィールド(34歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0753 バーゼリオ・バレルスキー(29歳・♂・バード・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

アルカード・ガイスト(ea1135)/ レイン・シルフィス(ea2182)/ エリナ・サァヴァンツ(ea5797)/ 光翼 詩杏(eb0855)/ ファリム・ユーグウィド(eb3279

●リプレイ本文

 荷車に荷物が積まれた。
 崩れ落ちそうになるほど沢山。だ。
「よし、これくらいあれば当座は大丈夫かな?」
 梱包を終えた積み荷をギリアム・バルセイド(ea3245)はポポンと叩いた。
「アイツの故郷の名誉の問題だ。参加させてもらわんとな」
「うん、これくらいあれば当座は大丈夫だろ? そっちの方はどうだい?」
 耳を隠した帽子を被りなおしてライル・フォレスト(ea9027)は仲間達の方を見る。
「とりあえず、買えるものは買えるだけ、積めるものは積めるだけ用意して積みましたよ。食料、備蓄用保存食、衣類と生地、毛布やテント、治療薬品‥‥」
「野菜の種とかも少し買って来た。役に立つかな?」
 用意した品物を一つ一つバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)は指差しチェックした。トオヤ・サカキ(ea1706)はそっとその荷物に自分のバックパックの中身を混ぜる。役に立ちそうなものを少しではあるが‥‥。
「みんな、手伝ってくれてありがと! これが少しでも村の助けになるといいんだけどね」
 手伝ってくれた仲間に向けてティアイエル・エルトファーム(ea0324)は天使のような笑みで礼を言う。
 ファリム・ユーグウィドやエリナ・サァヴァンツなど手伝いを買って出た冒険者達は礼を言われ、ある者は照れくさそうに、ある者は恥ずかしそうに頷く。
「みんなでお金出し合ったからな。そこそこ買えたんやないか? あとはこれをいかに生かしていくかやね。あ、シャレたわけやないで」
 くすくす、ティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)の言葉に光翼詩杏は小さく笑った。
 限られた金額を少しでも有効活用する為のティファルの獅子奮迅の活躍ぶりを思い出すと‥‥笑えてくる。
 あの値切りテクは。
「少しでも、お役に立てればいいですね」
 カノン・レイウイング(ea6284)が荷車を見る。皆の思いが詰まっているのだ。この荷物と依頼には。
「‥‥大丈夫です。心配かけてごめんなさい」
 顔を覗き込むようにして気遣う仲間にリト・フェリーユ(ea3441)は精一杯笑って見せた。彼女自身もまた、この戦いで恐怖を体験した。甘かったかもしれないと思う。
 でも、前に進むしかないのだ。
 荷車が回る。出発する冒険者達。彼らを見送りながらレイン・シルフィスは横笛に唇を付けた。
 歩き行く友と新たなる仲間へ、そして彼らの行く先に向けて音楽と言う名の祝福を贈る。
「この僅かな音と思いを、仲間達が伝えてくれる‥‥僕はそう信じていますから」


 崩れ落ちた家、焼け落ちた納屋。そして、そこかしこに散乱した戦いの跡。
「こいつは‥‥酷いものだ」
 見つめる冒険者達からはなかなか言葉も出ない。琥龍蒼羅(ea1442)もそれだけ言うのが精一杯だった。
 戦争の最中、この小さな村は略奪に遭った。
 アーサー王が率いるキャメロット軍は勿論、オクスフォード軍も基本的には略奪を禁じていたのでこの街のような被害を受けたところは多くない。
 だが、被害が多くないとか、こんな場所は滅多に無い。
 そんな感想や思いはこの街の人々の心を沈ませるだけだろうと冒険者達は解っていた。
 だから口にはしない。
 黙って銀の髪飾りを付け、マントを身につけた。そして黙って馬を引く。
 百万の言葉よりも行動。
 それが今、やるべきことだろうから。


「なんと‥‥! シャフツベリー伯からの使いとな?」
「はい」
 村長の問いにリトは静かに、だがはっきりと答え頷いた。
 救援物資を運んできた冒険者。彼らは今、まだ納屋にいる。村に入れては貰えない。
 シャフツベリーの名が村人に与えた恐怖はまだ、人々の心に残っているのだろう。
「今更何を? おぬし達は解っておるのか? この村がシャフツベリー軍と名乗る者達に何をされ、どれほど苦しめられたかを!」
 冒険者達に向けられた荒げられた声。微かに震えている。
 脅えているような、そんな村長の前にそっと、支えるように手を伸ばすと、一人の老人がリトの方を向いた。
 その瞳は村長よりはやさしく彼女を見つめる。彼はこの村を預かる司祭だと名乗ってから神に仕えるものらしく静かに語ってくれた。
「戦争と言うものが時として奇麗事ではすまぬことは、ワシも解っているつもりじゃ。略奪という行為が決して珍しくも無い事もな。だが、人の心は理性では割り切れぬ。シャフツベリーの名に嫌悪するものも多いだろう。早々に帰られよ」
 静かな拒絶。だが、リトはそこで引き下がりはしなかった。
「解ります。気持ちの治まらないうちに 憎い相手からの物資なんて惨めで 受けられないと思うのは。私もシャフツベリー軍を名乗る者に‥‥」
 身を振るわせ彼女は下を向く。
 その行動が意味する者を感じて、村長と司祭は小さく息を吐いた。
「そなたも‥‥なのか」
「はい。私は仲間に助けられましたが‥‥だから、今でも少しシャフツベリーの名を怖いと感じます」
 彼女を見つめる瞳が少し優しくなった気がしたのを敏感に感じ、顔を上げた。
 新緑の瞳は真っ直ぐに二人を見つめる。
「でも、伯爵はそれを本当に望んでいた訳では無いのです。きっと、勝手な一軍がそれを為しただけ。今は少しでも元気になってもらいたい。立ち上がる手助けをしたい。それは ディナス伯のせめてもの、精一杯の謝罪であり願いでもあります。私はそれを知ったからこの依頼を引き受けました」
「俄かに‥‥信じられるものか!」
「失礼とは思います。受け取ることに抵抗を感じられるのもご尤もです。でも!」
「どうしても、ムリなら信じなくてもいい。だが、思いだけは受取ってくれないか? この村の未来に幸福を願う、俺達と伯爵の気持ちを‥‥」
 押し黙っていた二人が顔を見合わせたのはギリアムの言葉を聞いて暫く後のことだった。
「‥‥怨みはある。だが、我々も生きて行かねばならぬ。そうではないか? 村長よ」
「シャフツベリー軍の無実、とやらは直ぐには信じぬ。だが、この村は支援を要している。だから、そなた達は受け入れよう。いいか?」
「勿論です。ありがとうございます」
 嬉しそうに頭を下げるリトの肩にギリアムは優しく触れた。リトはそれに心からの笑顔を返した。

 運び込まれた荷車にまず、子供達が駆け寄ってくる。
「食べ物はいっぱいある。今、暖かいものを作るからな。あ、鍋を貸して欲しいんだけど」
 ライルはそう言って運ばれたばかりのまだ新鮮な野菜や肉を手の中で弄んだ。
 駆け出した子供達はやがて村一番に大きな鍋を運んでくる。子供達などすっぽり入りそうなほど大きな。
「ありがとな。どや? 一緒に作ってみるか?」
「うん!」
 ティファルの目線を合わせた誘い掛けに子供達は元気に頷いた。野菜の皮を不器用な手つきで、でも楽しそうに剥いていく。
「ああ、上手上手。手を切らないようにな」
「丁寧に、一個ずつやっていきましょうね」
 髪を縛りなおしたティアイエルも手伝いを買って出た。
「ティオお姉ちゃん、これでいい?」
「ええ、とっても上手ですわ」
「みんな筋がええで。いつもうちの手伝いしてるんやろ。偉いなあ」
 若い冒険者達が子供達の面倒を見る様子はどこか微笑ましい。もうすっかり仲良くなったようだ。
 だが子供達ほど、素直に警戒を解けないのがやはり、大人達である。
 山のような救援物資に興味を持ちつつも、一歩を踏み出せないでいるようで。
「さて、どうしたものか‥‥」
 蒼羅は深く息をついた。
「悩んでる間に行動あるのみだぜ。よう、そこの婆さん。どこか家の壊れているところとかは無いか?」
「えっ??」
 いきなり自分の3倍はありそうなジャイアントに目の前に立たれて、呼びかけられた小さな老婆は目をぱちくりさせる。
「‥‥ああ、家の窓が取れてしまって‥‥」
「よっし! 案内してくれ。手伝うぜ」
 まるで子供のように軽々と老婆を抱き上げギリアムは彼女を肩に乗せた。
 何十年生きてきてこんなに高い目線を感じたのは生まれて初めてのこと。肩にしがみ付く老婆を笑顔で見てギリアムはのっしのっしと歩いていく。
 冒険者達は唖然と見送る、明らかに毒気の抜かれた顔の村人達を見て楽しそうに笑った。
「流石‥‥かな? 自分達も手伝いますから何かできることがあったら言って下さいね」
「全部村で使う為に持ってきたものだから、好きなだけ持っていってくれていい。というより持っていってくれないかな? 運ぶの手伝うから」
「これ‥‥頂いてもいいですか?」
 一人の青年が躊躇いがちに衣服に手を伸ばした。
 汚れ、破けた服装の彼に勿論、とバーゼリオは手渡しで渡す。
 それが、きっかけになった。
 困窮していた村にとって運ばれてきた物資は喉から手が出るほど欲しかったものばかり。
 警戒が解けてしまえば、躊躇う理由はもう他には無い。
「私にも、分けて下さい」
「家族が怪我をしているんです。薬を貰えますか?」
「焦るなよ。皆の分行き渡るくらいはあるはずだから。落ち着いて並んでくれ」
 竪琴の一音一音を合図にして蒼羅は人員整理をする、トオヤやバーゼリオ、カノンが一つ一つの品物を丁寧に優しく渡していく。
 冒険者達は、少しホッとしていた。
(「受け入れられて‥‥良かった」)
 品物を受取った人々の笑顔に心からそう思っていた。

 第一弾の流れが一区切り付いた頃だろうか?
 甘く煮え始めた野菜の匂いが漂い始めた広場の隅にトオヤは小さな影を見つけた。
「おや? どうしたんだい?」
 ビクン! 隠れていたつもりだったその子は声に決心を固めゆっくりと出てくる。
「あのね‥‥欲しいものがあるんだけど‥‥いい?」
「何? ここにあるものだったら何でもいいんだよ」
 仲間達の子供の扱いを見習って膝を折り、目線と目線をトオヤは優しく合わせた。
 その少女は彼の言葉に荷車の隅にあった小さなスコップにそっと手を伸ばす。
「これが、欲しいのかい?」
 トオヤはスコップを少女の手にしっかりと握らせる。自分の手と重ねて。
 照れたように赤くなった少女はありがとう、とか細い声で言うと振り向いて駆けて行った。
 トオヤは仲間達に向けて一瞥すると後を追いかける。
 手に小さな袋を握り締めて。

「さあ、料理が出来たで! 子供達特製のミルクシチューや。出来立てあつあつ、美味いで〜〜」
「パンや肉もある。皆で食べよう!」
 冒険者達の呼び声に村人達は素直に従った。
 村中のほぼ全ての人間が一つの鍋を囲み、同じものを食べる。
「なんだか、まるでおまつりみたいだね」
 子供の一人が口いっぱいに食べ物を頬張りながら笑った。それに村人達の何人かも頷き笑う。
 それは、苦笑に似たものだったかもしれないが久しぶりに生まれた確かな笑顔だった。
「大人の皆さん、発泡酒などどうです?」
「おお!!」
 歓声が上がった。これは心からの声だったろう。
「いろいろお疲れでしょう。たくさんありますから、ゆっくり飲んで下さいね」
 バーゼリオは運んできた酒を大人達に配り始めた。時折酌をしながら、硬くなった人々の心を酒で溶かしていく。
「色々大変でしたでしょ?」
「そりゃあもう! いきなり始まった戦争だろう? 畑仕事が一番忙しかった時期だっていうのによお!」  
 胸の中に詰め込まれていた思いがまるで堰を切ったように彼らの口から吐き出される。
 それを、うんうん、とバーゼリオは受け止めて‥‥さりげなく聞く。
「思いっきり吐き出しちゃいましょう。村を襲った人物ってどんな感じでした?」
 文字通り、吐き出された村人達の苦悩や恐怖は、言葉にすることさえも躊躇われるほど。
(「どんな理由でも、無関係な人が戦に巻き込まれて苦しむのが一番悲しいな。俺も、ひょっとしたらこんな怖い思いを、誰かに‥‥させたのかもしれない」)
 戦争が生み出す苦しみをライルは手の中で握り締めた。羽ペンが微かに撓む。
 でも、だからこそ逃げてはいけないのだ。彼は木の陰で握り締めたペンを持ち直す。少しでも記録しておこう。
 人々の思いを依頼人に、そしてこれからに知らせていく為に。

 竪琴の音が高く響いた。竪琴の音が緩やかに聞こえた。
 滅多に聞けぬ二重奏にそろそろ空いた皿を置いて村人達は音の方を見た。
 そこには黒と金。まるで光と影の一対のような人物が竪琴を奏でている。
 柔らかで懐かしい古謡が響く。涙を流す者もいて、辺りは音楽以外は静寂に包まれた。
 微かな爪弾きの音が響いて音楽が止まる。そして低いが意思を秘めた声が代わりに響く。思いを込めた声。
「明けぬ夜は無い‥、今は辛くとも皆が力を合わせればきっと以前の暮らしに戻る事が出来るだろう」
「皆さんの明日の為に最高の演奏をお聞かせしますわ」
 言葉が消えるとまた再び音が紡ぎ出された。明るく伸びのあるカノンの歌声を蒼羅の確かな音が支えるように鳴る。
 生み出される音は光のようにキラキラと輝いて、暮れゆく村の広場に広がっていく。
 明るく楽しい祭り歌。いつの間にか手拍子も始まっていた。
 バサッ! マントを翻しトオヤは歌に合わせて踊る。
 力のある強いその民族舞踊はどこか無骨で、でも今までこの村に無かった何かを贈るように見えた。
「一緒に、踊りませんか?」
 差し出された青年の手を、若い娘が嬉しそうに握って立つ。
 美青年の笑顔に対抗するように村の男達も手を差し伸べた。ある者は意中の幼馴染に、ある者は長年連れ添ったパートナーに。ある者は小さな手を握り合い。
 それは、魔法のようだった。暗い思いを吹き消すように彼らは踊る。
 カノンが歌に込めた魔法はささやかなもの。調子のいい歌のリズムに声と思いを溶かす。
「悪い過去はもう終わり、皆さんにはこれから素敵な未来が待っています〜♪
 気持ちはいつも前向きに〜♪ 素敵な明日はきっとくる〜♪
 さあ皆さん、素敵な未来の為に明日から頑張りましょう〜♪」
 弾むリズムは村人達の心と身体を躍らせる。ジャイアントと老婆のダンス。子供に手を引かれて踊り出す冒険者達。
 内気な金の少女もひっそり隠れていた望月の若者さえも、積極的な少女に手を引っ張られて。
 酒と食べ物と、踊りと歌。
 暗く沈んでいた村に灯った明るい炎と光は、夜遅くまで消えることは無かった。

 それから数日間、冒険者達は村のあちらこちらで仕事をしていた。
 壊れた家を直す為に屋根に上り、木の板を打ちつけようとしていたライルはふと、街道の方に眼をやった。人影が見える。
「あれは?」
 
 同じ頃、町の広場で子供達と遊んでいたティファルは一緒にいたティオの肩をとんとん、と叩く。
「誰か来たよ〜」
 そう言って手を引いてきた子供の言うとおり、誰かが村に近づいてくる。
「あれは、だれやろ?」
「一人は‥‥一緒に依頼を受けた騎士さんですよね。もう一人は誰でしょう?」
 馬が二匹、村の入り口を潜り中に入ってきた。
「遅くなって申し訳ありません。お客さまを連れてきました」
 ナイトレッドのマントが微かに揺れて、セラ・インフィールド(ea7163)は馬から飛び降りた。背後にいた者もゆっくりと馬から降りる。
 まだ幼い少女、いや少年に見えたその人物は貴族の丁寧な礼を取り名乗った。
「シャフツベリー伯 ディナスの息子。ヴェレファングと申します。この度は我が地を名乗る者達が大変ご無礼を致しました」
 言葉の意味を察していない子供達に仲間の呼びよせを頼み、二人は改めて目の前の人物を見た。
 銀で作った細工物のように美しい少年。瞳はサファイアのように澄み切っている。
「父の名代でお詫びに参りました。どうか村の方にお取り次ぎ頂けますでしょうか?」
 顔を見合わせた二人の背後から真剣な顔たちが走ってくる。まだ、二人には少年に答えることが出来ない。
 だから、待つしかできなかった。

「まさか、お前が来るとはな。ヴェル」
 ため息交じりの名付け親の言葉に、少年は芯の強い目でニッコリと笑った。
「セラさんからの要請が有ったとき、お父様はご自分でおいでになるおつもりだったようです。でも、街を離れられず代わりに僕が」
「解っているのか? ここは‥‥大変なところなんだぞ」
「はい」
 躊躇わず、頷くヴェルにギリアムはもう何も言わず黙って頭を撫でた。
「ざっと聞く限り、偽の軍は自分達はシャフツベリーの軍だ、とワザとらしくも何度も言い置いていったようですね」
「何も悪いことしてへんのに悪評流したり物を強奪したりするなんてとんでもない連中やな。本当ならその連中に電撃叩き込みたいくらいや!」
 バーゼリオの言葉に怒り心頭のティファルは手を振り上げる。
 冒険者達には解っているし、信じているシャフツベリーの無実。
 だが、この村にはそれはまだ真実では無い。まだ敵の名なのだ。シャフツベリーは。
「それでも、僕は謝りたいんです。セラさんがおっしゃるとおりこの時を逃して誤解を解き、名誉を回復するのは不可能ですから」
 強い決意に蒼の瞳が輝く。危険を承知でやってきた子の決意を拒むことは誰にも出来ない。
「解った。俺達が援護する。だからしっかりやれよ」
 ライルはポンと少年の背中を叩く。彼の仲間達も笑顔で見守る。その笑顔に励まされヴェルは勇気を込めて頷いた。

 翌日から冒険者の仲間が二人増えた事を村人達は知った。
 真面目な騎士は慣れないながらも大工仕事や力仕事を進んで手伝う。
 そして、もう一人。村に不似合いなまでに美しい少年が村中を駆け回り、冒険者達の手伝いをしていた。
 教会の司祭の手伝いをするリトに薬草を運んだり、窓枠の修理をするギリアムの側で扉を支えたり。
 畑を耕しなおすトオヤと一緒に土に鍬を入れる姿も見られていた。
「頑張ってますね。ヴェル君‥‥」
 ティオはティファルと一緒に子供達を見つめていた。彼は手伝いの合間、ライルと一緒に玩具の修理をしていて、今は子供達に絡みつかれ一緒に遊んでいる。
「あの子は、ええ子や。将来あの子が治めるゆうんなら、シャフツベリーは間違いなくいい街になるで」
「子供達にとってもあの襲撃は恐怖だったでしょうけど、でも‥‥彼らの心は前を向いています」
『もう、戦争は終わったんだよね!』
『僕は大きくなったら村を悪い奴から守るのだ!』
「だから、きっと大丈夫です」
 そう言うとティオはオカリナを取り出して子供達の方に向かった。取りたてて上手ではないが彼女の心根と同じように優しい調べが村に流れていく。
「いい音ですね」
 バーゼリオは荷物を運ぶ手を少し止めて聞き入る。それはこの村の未来を示すように何故か思えていた。 

 最終日の夜。
 冒険者達は村人達からの招きを受けた。
 場所は最初の日と同じ村の広場。そこにはあの時と同じように中央に鍋が設えられ、野菜の煮える甘い匂いが漂っていた。
 少し、驚いた冒険者達に村長が微笑を見せる。
「いろいろ、世話になったな。‥‥正直、とても助かった。心から礼を言おう」
 初日の険しい表情とはまるで違う、言葉であり笑顔だった。
「元を正せばこれも、あんた達が持ってきてくれた食べ物さ。遠慮しないで食べなよ!」
 鍋をかき回す女は、器にスープをよそいながら晴れやかに笑う。
「ありがとう」「助かったよ」「俺達も頑張れそうだ」
 冒険者達を優しい言葉が取り巻いた。感謝の言葉。何よりも暖かい、思い。
「どーじょ」
 ヴェルに小さな両手で支えられたスープ皿が差し出される。手を伸ばしかけて、止めたヴェルは一度だけギリアムを、冒険者達を見て前に出る。
 村中の視線が小柄な少年に集まった。
「今まで、黙っていた事があります。僕はシャフツベリー領主の息子です。今回はシャフツベリー軍を名乗る者達が皆さんにご迷惑をおかけした事を心からお詫びします」
 一言の声も返らない。頭を下げたまま彼は事情を説明する。
 旗の盗難、軍を名乗る見知らぬ者達の登場、そして、彼らの悪事。
「父も、僕も、領民も今回の事は知りませんでした。でも、知らないで済まされることではないことも解っています。本当に申し訳ありませんでした」
「彼はどんな目にあっても構わないと、皆さんに謝罪する為にここに来たのです。その誠実を解ってやってくれませんか?」
「ここに持ってきた救援物資の費用はディナス伯が出して下さったのですよ」
「シャフツベリーも戦火に遭い、台所事情は苦しい。あちこちで略奪したはずの連中がなんで生活が苦しいんだと思う? つまりは違うんだ!」
「あたしは、どっちの立場も解る。他人事とは思えないの。‥‥ねえ、彼の気持ちを解ってやってくれないかな?」
 何時までたっても静寂が動かない、炎の燃える音しかしない場で冒険者達はヴェルを庇うように村人に語りかけた。
「どーじょ! スープ、おいしーよ!」 
「えっ?」
 目線の下に暖かい湯気が当たる。ヴェルは瞬きすると顔を上げた。そこには、彼が語り始める前と同じ笑顔たちがいた。
「村長と、司祭様から聞いたよ。あんた達がシャフツベリー伯とやらの依頼でここに来てくれたってこと。本当にあいつらの親玉だったら、そんなことするはず無いしね」
 婦人の言葉に周囲の大人達も苦笑交じりで頷く。
「ここ数日のおぬし達の行動で解った。あ奴らとおぬし達どちらを信じるべきか‥‥な」
「村を焼かれた悲しみは消えない、恐怖も一朝一夕では無くならないだろう。だが、怨みは忘れられる。そなた等のおかげでな」
「‥‥皆さん」
 泣き出しそうになるヴェルの肩をギリアムとセラが両方から支える。
 小さな手が差し出したスープ皿はバーゼリオが受取って、ヴェルに渡す。
「内からの許し‥‥素晴らしい事です」
「きっと、もう大丈夫だね。ここの村も、そして‥‥シャフツベリーも」
 リトとティオは笑い合い頷く。トオヤもティファルも。
「最後の夜ですわ。皆さんに音楽の祝福があらんことを!」
「これが、心の灯火になるように‥‥」
 奏でられた優しい音色、楽しい音楽、そして‥‥静かに流れていくゆっくりとした時。
 同じ星の下、月の元、同じ音色を聞いた者達の、心は一時、確かに繋がれていた。

 翌朝、早起きしたトオヤは、最初に出会った少女に手を引かれ、指差した先を見つめる。
「おや、もう芽が?」
 数日前、少女と植えたデイジーや花の種。
 踏みにじられた花壇からやっと救い出したという花の苗は、もうすっかり新しい土に馴染み強く根付いている。
 そして新しいタネも、その頭をもたげ始めていた。 
「もうすぐ、きっとキレイな花が咲くわ!」
「ああ、そうだといいね。いや、きっとそうなるよ」
(「土に植えるもので還るものがある様に、幾度も咲き、心を癒す花がある様に、この花が慰めになるように、戦の爪痕から前を向く、その為の‥‥」)
 思いながら彼は隣を見た。手を繋ぐ少女のぬくもり、朝焼けの光を弾くばら色の頬。そして風に揺れる純白のデイジー。
 彼にはとても眩しく、美しく思えた。

「必ず、渡します」
 ヴェルはライルとティオの書いた村の被害状況の報告書を大事そうにカバンに入れた。
 ここから先は本当に彼とディナス伯の仕事になる。
「これも、持って行って下さいませんか?」
 リトの差し出した物をヴェルは黙って手に乗せた。それは小石。
 ありふれたその辺の地面に落ちていそうな純白の小石。ただそれは磨かれて艶やかに光っていた。
「これは?」
「私が頂いた報酬と交換しました。あの村の小石です。これを伯爵に」
「解りました。渡します」
 彼女の意図、思い。そして、あの村の思い出。それをヴェルはしっかりと握り締めた。
 代わりにもう一つの銀の髪飾りを彼女に渡して彼は、故郷へと帰っていった。

 報酬は銀の髪留め一つ。
 労働と、少なくない寄付の代償にはとても少ない。しかし、ティオはそれらを大事そうに見つめている。
「でも、あたしは十分嬉しいな。これで」
「まあな。元々金の為に引き受けた事じゃなし」
 髪留めをパチンと外してライルは布を外す。
 髪と耳が開放されて踊る。ナイトレッドのマントも一緒に風が手を取り靡いた。
 このマントは戦争に参加した者の証。
 戦争という場所で、自分も誰かを傷つけ、誰かを怖がらせたかもしれない。殺したかもしれない。これはせめてもの、罪滅ぼしのつもりだった。
「戦争‥‥か」
 ギリアムは腕を組んだ。戦争というものは大量消費とそれに伴う大量消費を促す。
 多くの命と引き換えに戦争が生み出す富は決して少なくない。故に戦を望む者がいても不思議は無いとギリアムも解っている。アルカード・ガイストが教えてくれたとおり、解っているだけでも何人かの商人の懐に富が流れている。
 今回の件の奥に何か嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「まだ、終わりでは無いのかもしれませんね」
 バーゼリオの言葉もまだ根拠は無い。だが何故か確証めいていた。
「少しでも彼らの助けに、なれたのならいいのですが‥‥」
「なれただろうさ。多分な」
 伸びをしたセラに蒼羅は静かに答える。そうですね、とセラは頷いた。
「彼らには、彼らの戦いがある。我々は、我々にできることをするだけだ」
 奥に秘められた蒼羅の言葉の意味。それを知る冒険者もまた首を前に動かした。
「あの村は、未来に向かい出した。何かあったら、また力になったろな?」
 楽しそうなティファルの言葉にトオヤの手の中、少女から貰った白いデイジーが頷いた。
「誘われましたしね。いつか機会があったらまた来てね。と。大事に花を育てるからね、と」
「ええ、あ、そうだ。こんな歌を考えたんです。シャフツベリーの悪評払拭の為の歌。これを広めたらどうでしょうか?」
 竪琴を爪弾きながらカノンが歌う。その横では
「あ、あのね。保存食の余分、持っている人いないかな? うっかり買い忘れちゃって‥‥」
「じゃあ、俺のを分けてやるよ。でも、忘れちゃダメだってギリアムさんが言ってたろ?」
「すみません、私も急いで戻るのに手一杯でうっかり足りなくなってしまいまして‥‥」
「おいおい‥‥」
 穏やかな一時を過ごす冒険者達の上に、幸せを感じる優しい光が降り注いでいた。
 
 冒険者達が村に残していった物資やお金は村の復興を思えば決して少ないものではない。
 でも、本当に価値あるものは別にあると、受け取った者達は思っていた。
 消し去ってくれた暗い思い、取り戻してくれた他者への信頼。
 そして未来への心の支え。
 それを人はこう呼ぶのかもしれない。
 ‥‥希望。と。