●リプレイ本文
オクスフォード侯 メレアガンスの処刑はアーサー王自らの手で行われた。
人生の大半を穏やかな名君と呼ばれていた人物が何故、このような運命を辿らなければならなかったのだろうか?
だが、残された者の多くに悩んでいる時間も、涙に暮れている時間も無かった。
アーサー王の命令が下る。
「オクスフォードを解放せよ! この戦争の真の終結の為に!」
ウィンザーの野は血と屍にまだ埋もれていた。
大戦によりこの地に消えた命は数百とも言われている。敵も味方も無い地獄絵図がそこにあった。
だが、顔色一つ変えず、足を止める事もしない。馬首は揺らぐことなく前を向いている。
「や〜れやれ、おっかない騎士様ですねぃ。あのお人は」
冗談めいた水野伊堵(ea0370)の声が聞こえたのだろうか? 側仕えの騎士がキッとした顔で彼女を睨む。
伊堵は苦笑交じりで肩を竦め、後は黙って陣に続いた。
「この地に、どれほどの血が流れ、どれほどの命が消えたのでしょう。言っても詮無い事ではありますが‥‥」
ファング・ダイモス(ea7482)は戦争の時見上げた空を同じように見上げた。ここに倒れる命のいくらかは自分が奪ったのかもしれないからだ。
「そうじゃ。今は、そのような事を考えている時ではない。我々はしなくてはならない事があるのだからの」
自分の数倍を生きるアルフェール・オルレイド(ea7522)の言葉にそうですね。とファングは頷いた。
「しかし、強さを見せろですか? 強さなんて示すもんじゃね、感じさせるものだろ?」
レオンロート・バルツァー(ea0043)は自信有りげにそう言うが、冒険者達の返事は返らない。
真剣に考えるクオン・レイウイング(ea0714)のようにそれぞれがそれぞれの心で考えているのだ。
パーシ・ヴァルの出した『課題』の答えを。
ふと前を見る。先陣の歩みが止まり人々が慌しく動き始める。
「今日は、ここで野営でのようですね。私も食事の準備でもしましょうか?」
手早く荷物を片付け文字通り食事の支度を始めるとれすいくす虎真(ea1322)の横を通り過ぎる影に、いや影達にアシュレー・ウォルサム(ea0244)は小さく口笛を吹いた。
「パーシ・ヴァル!」
部下に野営の指示をしていたのだろうか。若い騎士と話していた軍団を率いる将の一人はその呼び声に顔を上げた。
「話がある。ちょっと来てくれないか?」
話を閉じ、彼は武装のまま呼び声の方に近づいて行った。
「何の用だ?」
パーシ・ヴァルと呼ばれたこの軍の将。呼び声の主。シュナイアス・ハーミル(ea1131)は軽く礼を取ると頭を掻いた。
無表情の中に微かにだが、照れたような表情が浮かんで肩に担いだジャイアントソードが揺れる。
「あんたの試験、のことさ。いろいろ考えたが俺はやっぱり剣で語るしかない。一手お手合わせいただこうか?」
「いいだろう。だが、手加減などしないぞ」
「望む所!」
ギン!
鈍い刃鳴りがそう広くも無い陣に響き渡る。どちらもオーラの力は使わず剣と剣との戦い。武器の威力、体力から見ればシュナイアスも決して引けを取ってはいなかった。
だが、先手先手はパーシが取った。細身の剣がシュナイアスの力を受け流し力を削いでいく。
(「くそ、こうなったら一か八かだ!」)
渾身の力をジャイアントソードのスマッシュにかけてシュナイアスはパーシめがけて打ち込む。彼は‥‥動かない?
威力を手加減する余裕も無かった。
「何!」
鈍い音を立てて飛んだのはジャイアントソードの方。気が付いた時にはいつの間にか目の前に剣がある。鋭い新緑の瞳と共に自分に向けて光っている。
「降参だ。流石だな。先が見えない程長い剣の道、俺はまだまだと言う所か」
自嘲のようにシュナイアスは手を上げた。パーシは剣を鞘に収め彼に背を向けた。小さく彼が笑っていたような気がしたのは気のせいだろうか?
肩を上げてシュナイアスが自分の剣を握りなおしたその時だ!
シュン!!
背中を向けていたパーシの足元に向けて音を立てて刃が飛んだ。
「パーシ・ヴァル殿ォ、俺達兄弟は正しい事の為だとか理想の為だとかそんな下水のネズミのクソ以下のものは持ち合わせてないのですよォ〜」
翻ったパーシとシュナイアスの視線の先。ムヘヘと乾いた笑いと共に赤と茶色4つの瞳が鈍く輝いた。
「俺達兄弟にあるのはプロの冒険者としての『誇り』ッ! この『誇り』だけはどの冒険者どもにも負けないと自負しておりますぜ! 『誇り』に懸けて! この依頼は絶対に成功させてみせますよォーッ!」
「‥‥言葉だけではなく、我らロフキシモ兄弟の実力も見て頂こうかッ!」
言葉と同時にヴァラス・ロフキシモ(ea2538)は両手の刃を構え飛びかかる。その後ろからスカルフェイスの下でコロス・ロフキシモ(ea9515)の笑う声も聞こえた。
「パーシ・ヴァル殿に一太刀でも傷を負わせればよォ〜、俺達ロフキシモ兄弟の名も少しは有名になるかもしれんよなァーッ」
襲い掛かる二陣の影に、彼は槍を握り締めた!
「パーシ・ヴァル!」
‥‥シュナイアスだけでなく、様子を覗きに来た仲間達は後に目を瞬かせた。
トール・ウッド(ea1919)は軽くため息を付く。
「大したスピードとパワーだな。雷の騎士とはよく言ったものよ」
「流石円卓の騎士ってことかな?」
ロット・グレナム(ea0923)の声にも振り返らず、背後に転がるロフキシモ兄弟を背を向けて彼は立ち去っていく。部下に指示して兄弟にポーションを与えて。
円卓の騎士パーシ・ヴァルが雷の騎士。国一番の槍使いと言われる意味を、その技を彼らは目の当たりにし理解したのだった。
路程はほぼ半分。明日の昼にはオクスフォード城が見えてくるだろう。
「パーシちゃ‥‥いえいえパーシさん。私の手料理食べてみませんか?」
騎士達から少し離れた所で佇むパーシに虎真ははい、と暖かいスープを差し出した。パーシは素直に受取腰を地面に下ろす。
「パーシさん。私は余り自らの主義主張で戦わないんですよ。そういう人もいますけど。他人の為に戦うのは一緒。ただ依頼主の依頼を完膚無きまで完璧にこなす。それが誇りでもあるんですヨ。だから私は国の為じゃなくて依頼主と自分を裏切らない為に働きますよ。‥‥死なない程度に。それと、お好み焼屋のまだ見ぬお客様の為にもね♪」
それで、どうでしょう? 笑って去っていった虎真と入れ違うように若い魔法使いが横に座った。
以前出会った時に厳しい事を言ったのを思い出したのか、少し苦笑し、次にロットは真面目な目を見せた。
「俺の信じる強さは諦めないこと。それもただがむしゃらにじゃなく、どんなに困難な状況でもそれを引っくり返す一手を冷静に探ることだ」
真っ直ぐに揺るぎ無い心で向かい合おうと決めていたのだろう。彼は続けた。
「もちろん、自分と仲間ならそれが出来ると信じた上でさ。俺は魔法の腕はあんたのようにそう飛び抜けてないけど、この一点は円卓の騎士にも劣らない‥‥」
そう言い切った訳では実は無い。
「と、言いたいのだけど結局、強さなんて他人の『評価』だからさ。まあ俺はただ自分の信じるように戦うだけだよ。それをあんたがどう受け取ったとしてもね」
じゃあ。皿をパーシから受取って気を利かせて片付けたロットとさらにすれ違って、無骨なドワーフは陽気に挨拶のサインを切った。
立ち上がったパーシに向けてかつて共に忍び込んだ街にこれから向かうのだ。
偵察の時の思い出話を少しした後、彼はパーシ・ヴァルの質問『強さに』ついて答える。と言った。
「わしの強さは、自分の信念に基づき行動することだ。もし、アーサー王が悪いと思ったら、アーサー王にでさえ剣を向けるぞ。つまりは、ただ、誰かの命令に従って生きるのではなく、自分の意志で行動するということだ。想いない剣はただの道具だからな。あと、別に誰も信じないという訳ではないぞ」
「言っておくが俺は、ただ、命令を聞くだけではないつもりだ。冒険者が悪いと思えば剣を向ける。俺が剣を捧げる主は自分の意思で決める。そうして生きてきた」
「なら、お前さんもわしの信じる強さを持っておると言う事だ。お前さんの信じる強さとは違うかもしれんがな」
パーシは沈黙し、アルフェールも黙って自分の陣へ戻っていった。
星が空に瞬く。全てを見つめるように。
パーシ・ヴァルのまだ若い部下の騎士達は行動を共にする冒険者達の一挙一足を見つめていた。
常に自信有りげに強い意志を示すレオンロート。派手なマスカレードは彼の行動を華やかに彩るようだった。
「我が命尽きようとも、この使命は果たす!」
一方、陣から離れたクオンは野営の時にその腕で鳥を射抜いて見せた。その腕をパーシは素直に褒めのたがクオンは首を横に振る。
「技を誇るつもりは無い。そんなのは無意味だからな。だから、この俺がするのはただ一つ、剣の届かぬ所で高みの見物を決め込んでいる諸悪の根源をこの弓と矢で打ち抜き、地面に引きずり落とすこと。そしてこの戦いの死者の数を少しでも減らすことだ。叶うならもう一人たりとも増やしたくは無い」
手の中の弓を彼は撓むほど握り締めていた。
「闇を貫く黒衣の狙撃手の名にかけて‥‥」
そんな決意のクオンを飄々とした目でアシュレーは見て、飄々と語った。
「彼とは俺は違うかな? 表舞台で主役を張る気は無いんです。裏方でいい。俺が大好きな平和。日向ぼっこしながらのんびりしたり、恋人や家族と団欒する、そんな生活が好きだから‥‥守れれば。だからそれが出来るこの国を壊そうとする奴らを放っては置けませんよ。安心して暮らせる今日と明日の為に俺は戦います。もちろん必ず生き残りますけどね」
パーシ・ヴァルは冒険者に問いかけた。『強さ』とは何か? それを見せろ。と。
ある青年は答えた。
「強さとは、前に進む勇気と思い、そして人を思う心だと思います。困難な道は、進めば進む程、勇気と思いを必要とする。それを、人を思う心を忘れず、町で暮らし俺達を支えてくれる人の明日を護りたい。それが俺の思いの源で、強さです」
ある男はまた答えた。
「冒険者の強さとは『信頼』ではないだろうか。オレの背中を任せられるから自分のやるべき事に集中でき、力を発揮できる。個人の強さなんてタカが知れているからな。いかに信頼を得られるか。それが強さだろう?」
そしていよいよ、明日はオクスフォード突入と言う前夜。城の城壁を見つめるパーシに伊堵は声をかけた。
「あの街に今、子供の遊ぶ姿、笑い声はあるのでしょうか? これがない街など既に異常の極みです。『戦争だから』そんな事は許せない。なので、私は戦争を倒す為に今回の依頼を志願しました」
返事をしないパーシに彼女はさらに続ける。一交じりの雑念をも見せず真剣に。
「主君も武士道も失った根無し草。ですが、今自分の剣を何の為にふるわなければならないか、そこは承知しているつもりです。‥‥やらせてくだせい」
答えを持ったまま立ち去ったパーシ・ヴァル。
答えを待って待ち続けていた伊堵の元に、いや冒険者全員に対し召集があったのは、その夜遅くの事だった。
朝一番の光の中、城壁の下に軍勢が押し寄せるのを見張りの兵士は発見する。
「オクスフォードの者達に告ぐ!」
朗々たる声が静寂の朝に響き渡る。オクスフォードの一番大きな城門の前に立つ騎士の声は奥の城までは届かなかったかもしれない。
だが城門を守る兵には聞こえただろう。一人が伝令として走り出す時、彼は銀の鎧を身に纏い、軍馬の上から槍を掲げる王都最高の騎士の一人の姿を見たのだ。
円卓の騎士パーシ・ヴァル。その後ろには他の騎士たちの姿も見える。
数百はいるであろう騎士たちの先頭で彼はさらに高く声を上げた。
「汝らの主、メレアガンスはその過ちを命によって償った。城門を開け正しき王に従うのだ。そうすれば全ての罪は問わぬ。さもなくば主と同じ罪を負い、同じ定めを受けることになろう!」
彼の言葉が兵たちにざわめきを与える。
だが、城門は開かれていない。
小さく息をつき、パーシは一度だけ後ろを向いた。兵士達に向けて、騎士たちに向けて。
「いいか! 一般人を戦いに巻き込むことは許さぬ。戦意を無くした兵も深追いをするな」
先ほどトリスタン・トリストラムと冒険者が頼んでいった事を兵たちに今一度強く厳命し、パーシはその顔を城門に、その槍先を空に向けた。
「突撃!!」
オクスフォード攻略戦の戦端は開かれた。
彼は城をずっと見上げ続けていた。
「どうなさいました? レオンロート殿?」
気遣うような若い騎士の言葉に彼は答えず顔を背けた。
頭では解っていてもどこか悔しい気持ちは消えない。自分ひとり突入を許されなかった身としては。
『強さなど言葉で表すものではないのです。私の態度を、貴方は見ていなかったのですか!』
食って掛かったレオンロートにパーシは表情を変えず言い放った。
『俺が最低でも見たかったのは、君達の決意だ。例えどんな危険な仕事であろうと生きてやり遂げるという決意。それをはっきりと表して欲しかった』
本当に望んでいた答えはそれでも違うが、と呟いてパーシはレオンロートに外詰めを命じた。
パーシ自らが調べた手薄の橋を、冒険者達皆で落として侵入して行ったのは夜明けの事。そろそろどちらも動き始めるだろう。
「これ以上落ち込んでいても仕方ありませんね。赤い獅子の名を‥‥ここで見せてやるとしましょう!」
自分に与えられた使命はこの入り口を死守すること。中に入った仲間達が今以上の敵に囲まれないように。これ以上の敵が出てこないように。
ふと、パーシが言った言葉を思い出す。今、思えばあれも不合格の理由だったのかもしれない。
『命と引き換えに使命を果たそうなどと思うな。必ず、生きて戻れ!』
「レオンロート殿。敵が!」
「皆‥‥戻ってきて下さいよ。さあ、ここが正念場。何人たりともここを通しはしない!」
ロングソードの輝きが暁の太陽を反射して煌いた。
「音が変わった。いよいよ始まったようですねぃ」
伊堵は耳に聞こえてきた戦の音を仲間達に告げる。夜明けの隙、戦闘の隙を見て彼らは無事に城の中に突入した。戦いの激化に伴い今まで比較的静かだった周囲も、急激に慌ただしさを増している。
外に引きつけられたから敵の数そのものはそう多くないが‥‥
「見つかるのも、時間の問題か‥‥。よし、そろそろ分かれよう」
先頭を歩いていたシュナイアスの言葉に冒険者達は頷いた。外でパーシ・ヴァルが敵を引きつけてくれる様に内部でも敵の油断を誘う為に囮と本隊に分割する。
「皆、内部構造は頭に入っているな?」
与えられた地図は大よその外面図でしかなかったが冒険者達は解る範囲での構造は頭に入れていた。クオンが持っていた地図の最奥を指示す。城主の謁見室。ここに敵はいる筈。
「バルコニーもあるし、状況把握にはおそらく一番だよな。とにかく俺達は最短距離を行こう。こっちだな‥‥」
「では、俺達は敵を引きつける。早く行け!」
「ここは、我々の見せ場です。また後ほど」
飄々とした虎真の目が鋭さを増した。トールの言葉に囮に残るアルフェールやアシュレーも頷いて本隊を見る。
「解りました。後をお願いします」
「敵の足音が聞こえるぜ。早く!」
走り出してく仲間達に促されながらもファングは囮の面々に頭を下げた。ニッと自信有りげな笑顔が返る。その笑顔の力を信じてファングは仲間を追ってやがてその姿を消していった。
入れ違うように聞こえてくる敵の足音。その数は決して少なくは無い。
「やれやれ‥‥損な性分じゃのお」
ワザと明るくアルフェールは呟いた。心に残っているのとは違う言葉を。
「いいんじゃないかな? パーシ卿にも言ったけどまあ、こんな縁の下の力持ちでは目立たないけど‥‥俺達は別に主役でなくていい。誰かの助けになるなら。これはそうやって頂いたものだからね」
手の中で弄んでいた勲章を一度高く上に上げて受け止めて、アシュレーはポケットにしまった。そんな仲間達にトールは小さく微笑む。無骨な、でも優しい笑み‥‥。
「俺は‥‥強さを手に入れている。今、あんた達になら俺の背中預けられるからな」
「そうですね。外で待っている彼らの為にも。行きますか‥‥」
小さく息を吸って、虎真は腹式呼吸で大きな声を上げた。
「‥‥モルゴースはどこだ! 逃がしはしないぞ!!」
城に響く声が、近づいてくる足音を倍に、さらに倍に増やす。
足音を聞く彼らの笑顔と決意はシルクのスカーフの色と同じに、赤く燃えがっていた。
呪文を唱える。
「この先に、敵が数人! どうする?」
「本陣まであと僅かだ、突っ切る!」
ロットの声にシュナイアスは剣を握り直した。
「ほらほら、行きますよ。コロス!」
「邪魔‥‥なり!!」
喉を貫かれ、力で打ち砕かれ何が起きたのか解らないまま絶息する兵士を飛び越え伊堵はさらに奥の騎士へ飛びかかった。
仲間の死角を突いた攻撃に思わず身体が動く。
「お、おのれ!!」
伊堵の胸元に刃の衝撃が走るが、気にせず足で蹴り飛ばした騎士の胸倉に馬乗りになってその喉を彼女は切り裂いた。
「大丈夫ですか?」
横で別の兵士を切り伏せたファングが伊堵に心配そうに駆け寄った。
「だいじょぶ、といいたいとこですけどね。うっ‥‥」
俯く伊堵にシュナイアスはいくつめかポーションを飲ませた。彼らが出会った敵の数はそう多くは無い。ロットとクオンの魔法でかなりの戦闘を避けてきた。
無論、囮を買って出てくれた仲間と、外で暴れているパーシ達のお陰で敵の数が減っていることも解っている。
「さあ、行きましょう。最後の敵はすぐそこの筈です!」
立ち上がった伊堵に仲間達は頷いた。あの角を曲がった向こうの部屋に『彼女』がいる筈。
それを彼らは疑わなかった。
「いこう! この戦いの死者をここで終わりにする為に!」
心を魔法で、意志の力で奮い立たせ、冒険者達は渾身の力で扉を開く。
殆どが外に出ているのだろうか。
その場にいた者の数は思いのほか少なかった。
「誰だ!」
声を上げた初老の騎士、彼を守る数名の騎士。
そしてその奥。薄い膜に隔たれた美しい椅子に座る、細くしなやかな足首と漆黒のドレスの裾が見える。
「そこにいるのがクイーンですか? しかし、これで『詰み』ですよ!」
顔色が変わる。ハーレス様、と周囲の者に呼ばれたその騎士は状況を理解すると即座に剣を抜いた。
「そなた等‥‥偽王の手先か! 主に留守を預かる者としてこの城を、そしてモルゴース殿を渡すわけにはいかん!」
「もう、止めませんか? 戦いは終わりにしましょう」
「黙れ! 逆賊!」「領主様の仇!」
追い詰められている、それは解っている。この戦いに勝機は無い。それも解っていただろう。だが、兵士、騎士たちはまさに死兵となって冒険者達に突進してきた。
前衛の戦士達は彼らに反撃するしかなかった。
油断を誘ってのカウンター、兄弟達の連係攻撃、全力のスマッシュにさえも足を止めず襲い掛かってくる兵士を前に冒険者達は唇を噛み締めた。
「くそっ、あと一歩だというのに‥‥!」
「モルゴース殿、お逃げ下さい。我々が押さえている隙に!」
騎士ハーレスは玉座に向けて必死の声をかけた。駆け寄ろうとした足は氷で縛られ、奪われても彼は主の命を守ろうとしたのだろう。
オクスフォードと、モルゴースを守れという。
「逃がすか!」
クオンは背後に一歩下がって弓を番えた。後列にいた彼が皮肉にも一番モルゴースに通る攻撃手段を持っていた。チャンスを見逃す訳にはいかない。
キリリと全力で弓弦を引き絞り御座の幕向こう。その額に狙いを定めたのだ。
「諸悪の根源よ、闇を貫く一矢をもって滅ぶがいい!」
純白の矢が音を立てて空を切り裂いた。
彼女は魔女。技を込めたとはいえこの矢で死ぬことはあるまい。即座に第二矢を。だが、クオンの動きは無駄に終わった。抵抗は一切無かったのだ。
「ウッ‥‥」
小さな声と共に軽い音を立てて御座から何かが倒れ落ちる。部屋に轟いていた剣戟の音さえも全て吸い込んで。
「モルゴースど‥‥!!」
ハーレスは動かぬ足を残し、体を椅子に、椅子から倒れた人物に向けた。振り絞るような声を。
「‥‥アンネリー? 何故‥‥お前が‥‥」
「モルゴースでは‥‥ないのですか?」
凍りついた表情のオクスフォード軍に、剣を下げる兵士達に息を切らせてファングは問うた。
モルゴースがどのような人物か、冒険者達は知らない。だが、倒れた人物は間違いなくモルゴースでは無いと確信できた。
額に突き刺さった矢に既に絶命しているのはまだ幼ささえ残る17〜18の少女。美しい黒髪は似ていなくも無い。
しかし、しかし黒の貴婦人、円卓の騎士さえも息子に持つモルゴースである筈は無かった。
「オクスフォード侯とモルゴース殿に仕えていた‥‥侍女だ。何故‥‥」
「! まさか侍女を身代わりに逃亡した‥‥?」
伊堵の呟きは認めたくない衝撃を、謁見の間に走らせた。オクスフォード軍には命を賭けて守るべき将の逃亡を。冒険者には罪無き娘の死を‥‥。
カラン!
「!」
硬い広間の床に剣が投げられた。騎士ハーレスの手に握られた剣だった。
瞬きする部下達に剣を引けと命ずると彼は凍った足でそれでも膝をつき、手を胸に当てた。
「我が命を受けた主は既に亡い。守れと命じられた将なる方ももういないのであれば、我々が守るべき者はこのオクスフォードの街と民の命。降伏する。どうか、民の命をこれ以上奪わん事を‥‥」
「解った‥‥。クオン‥‥いや、ロット」
茫然と立ち尽くすクオンの肩を叩き、シュナイアスはバルコニーに出た。手招きされロットは呪文を唱える。そして空に向けて全力で放った!
天上を切り裂く雷が城のバルコニーから空に上がった。
同時にオクスフォードの旗が真紅の炎に包まれる。
「あれはなんだ!」
「城に火が? あれは!」
血と叫びにオクスフォードの街は濡れていた。
ここで引けば街は滅びる、民は殺され、偽王に全てを奪われる。モルゴースにそう言われ信じていた兵士達の目に映った光景は、彼らの戦いの狂鎖を一瞬で打ち砕いた。
「オクスフォード軍の者達よ! 城は落ちたのだ。我々の手に!」
常に先頭に立って部隊を指揮していたパーシは銀紅色に染まった槍を高々と掲げ宣じた。そして指し示す。バルコニーから燃えるオクスフォードの旗。代わりに掲げられたアーサー王の王旗を。
「投降せよ! 投降した兵、街の民の命、財産は保障する。我が王の名と円卓の騎士の誇りにかけて!」
地面に最初に剣を立てたものがいた。パーシと剣を交え、街の防衛にあたっていた将の一人だった。
「咎は俺達が負う。部下の命は許してやってくれ」
パーシは自ら槍を引き、そして声を上げた。
「同じイギリスの国民。同じイギリスの都。以降一滴たりとも無用な血をこの大地に流してはならぬ。我らは勝利したのだ!」
ざわめきが、どよめきとなって街を揺らす。勝利者には甘美に、敗北者には辛い響きは少なくとも一つの事を都中に告げた。
この戦争の終結を‥‥。
オクスフォードの降伏を最後に知ったのは、皮肉にもオクスフォード城の兵士達であった。
城に潜入した冒険者達を退路無き場所に追い詰めた筈なのに、彼らは一向に笑みを失わず、力を失わず戦い続けている。
彼らは兵達にとって人の姿を取った災厄に思える。必死の彼らに外の音は聞こえなかったのだ。
倒れた仲間、傷ついた仲間は数知れぬ。敵をと、怒りを向けてみても縄ひょうの一矢に近づけず、バーストアタック、ソニックブームの威力は兵士達を弾き飛ばしていた。
「投降して下さい! って言うか何で投降しないんですか!?」
「もう、この城は落ちる。貴様らは何の為に戦うのだ!」
振り回された鉄球が剣を空に飛ばす。答えを返すことなく倒れ伏す者がまた増える。
「我と思うなら掛かって来い! 武勲の足しにしてやる!」
ナイトレッドのマント、スカーフをさらに赤く、も全身に血しぶきを受け、膝を付きながらトールが身構えたその時だった。
「剣を引きなさい! 全ては終わりましたよ!」
背後から仮面の戦士が兵士達に声をかけた。背後には銀鎧のイギリス騎士達。
「そんなバカな!」
「嘘だと思うなら、謁見室にでもお行きなさい」
背中を見せ駆け出していった兵士達の向こう、仲間達に向けて彼は手を差し出した。
「ごめんなさいですね。ご負担をおかけしてしまいましたよ」
「いや、いい‥‥。助かった」
差し出された手を取り、トールは立ち上がった。もう正直剣も上げられぬほどに彼らは疲労しきっていたのだ。
あと少し、遅れていたらどうなっていたことか。
「これで、本当に終わったんならいいんですけどね‥‥‥」
へたりこんだ虎真は天井を見上げた。その上で起きたこと、その外で起きた事を彼らが知るのは随分と、後になってからのことだった。
「私達も真っ青なほどの悪党ですねえ。モルゴースって野郎、いや魔女は‥‥」
毒づく兄に弟は無言で頷いたものだ。
「敵の接近を察知して、侍女を身代わりにとっとと逃亡か! くそっ!」
ロットの手の中で握り締めた爪が鈍い痛みを与えるが、彼にとってそれ以上に心の痛みが強かった。
「仕方ありませんよ。まさか、倒すべき将が街を見捨ててとっくに逃亡している、なんて誰も思いもしませんでしたからねぃ」
慰めているようで、そうではない。伊堵の言葉は自戒の意味が込められていた。
誰も考えなかった。モルゴースがもう逃げていることも、身代わりを作っているかもしれないことも。
「彼女は、何故逃げ出さなかったのでしょうか? 一言でも教えてくれていれば」
ればたらになるがそう思わずにはいられなかった。ファングにも忘れられそうに無い。あの少女の蒼白の顔は。
「魔法で操られていた、忠誠心を利用した‥‥。今となっては理由は解りませんよ」
「結局モルゴースは捕らえられなかったらしい。ガウェイン卿が追い詰めたらしいけど‥‥ね」
少女が死に、モルゴースが消えた以上真相は知れないだろうと虎真もアシュレーも解っている。だが、悔しかった。
「結局、人々を救う方法は戦いしかないのか‥‥悲しいものじゃ」
呟くアルフェールの言葉を聞いてトールは自分の胸の勲章を外した。
この勲章の奥にどれほどの命が消えたのか。この戦いの奥にどれほどの涙が流れたのだろうか?
「それが、戦争ってものです。気にしすぎないほうがいいですよ」
未だ顔を上げないクオンにレオンロートは言って見る。もし、自分がその立場だったら、と思うと気休めにしかならないことは解っているが。
「これで当分の間、平和になるのか?」
「なると、信じよう。今、俺達にできるのはそれしかない」
シュナイアスは城に上がるアーサー王の王旗を見てそう言った。
血に濡れた街、多くの命を吸い取った城。
でも、翻る旗が未来を運ぶ。街は生まれ変わる。自分達はそれに関わったのだと。彼らは信じようと思った。
後にこの戦いの殊勲者である冒険者達に報酬と、王家から刺繍入りの豪奢なマントが贈られた。
またポーションやソルフの実など使用した品は全て補充され冒険者達の労を労ったという。
だが、彼らに戦いの後返したシルクのスカーフが届けられることは無かった。
その理由を冒険者達は良く知っていた。
街の片隅の墓地の、そのまた隅。
並んだ墓標の一つの前に彼は佇んでいた。野の花の小さな花束が風に揺れる。
「俺はまた‥‥失敗したのだろうか。‥‥すまない。助けられなかったことを許してくれ」
「彼女はこの戦いで唯一の一般人の死者。一人で済んだ事は君の功績だ。気にしすぎるべきではない」
優しげな声に彼は顔を上げた。その貴人は自らが持っていた豪奢な花束もそっと墓標の前に手向け目を閉じた。
「俺は、王の元でならもっとできることが多くなると、人々を救い、守ることができるとそう思っていた。だが、それは幻想なのだろうか? 俺の手は血塗られて‥‥戦うことしかできない。貴方のようには人を救えない‥‥」
部下や民の前では決して言えないこと。それの辛さを誰よりも知る人物は優しい口調で言った。
「‥‥そう思う君の考えこそが珠玉だ。悔やむなら繰り返さないこと。そう冒険者に言ったのだろう?」
一度だけ肩を叩き、もう一度微笑んで見せて、貴人は再び彼を一人にしてくれた。
胸の奥で彼の心遣いに感謝しながら、彼はパーシ・ヴァルは空を仰ぐ。
「幾度も後悔を繰り返し、それでも前に進む。この手が血塗られている事を忘れずに、自分のするべき事をする。弱き者を守る為に。それが王に誓った俺の強さ‥‥俺の生きる意味」
そして墓標に背を向けパーシ・ヴァルは歩き出した。
墓標の前に捧げられた銀の十字架は微かな水滴に光って見えたと言う。
オクスフォードは陥落し、都は解放された。
明日を信じ再興に働き出した民達の表情は決して暗くは無い。
流された血を未来への教訓に変えて。
動き出した街をその目で確かめて、冒険者達は静かにキャメロットへと帰っていった。