【聖杯戦争】終章・戦争が生み出したもの

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月28日〜09月07日

リプレイ公開日:2005年09月07日

●オープニング

「何故だ! 何故アンネリーが死ななきゃならない!!」
 オクスフォード解放のざわめきに背を向け、街外れの小さな家でその声は悲嘆と号泣を重ねていた。
 額以外に傷の一つも無い少女の死に顔は安らかで、まるで眠っているようにさえ見えた。
 だが、その肌は白すぎるほど白く、生きていた頃の健康的で美しいばら色の頬を知る者に何故、何故! と答えの返らない苦しい問いを繰り返させた。
「メレアガンス様にお仕えできるって、これで母さんを楽させてあげられるって、あんなに嬉しそうにしてたのに!」
「何故‥‥この子が死ななければならなかったのですか? 理由をお聞かせいただけませんか?」
 使者を睨み付ける青年を制して、その婦人は静かに問いかけた。
 メレアガンス侯の忠臣と名高いハーレス卿は、彼女がその働き振りから侯爵の身の回りの世話をする侍女に取り立てられたこと。
 さらに客分である人物の世話も任されていたことを話す。
「そして‥‥戦場に向かわれたメレアガンス様は、危険を感じて侍女たちを城に残したのだが‥‥城が陥落した折、客分である方と間違えられて‥‥」
「どうしてアンネリーを間違えて殺すんだ? その客分って誰なんだよ! 城に攻め込んだ奴は一体誰なんだ?!」
「城を攻めたのは、円卓の騎士パーシ・ヴァル殿の手のものだと聞いている。客分モルゴース様の行方は‥‥要として知れぬ」
「ケンブリッジになんて行くんじゃなかった。魔法の勉強なんかより、お前の方がずっと‥‥」
 妹の遺体に縋り付いていた彼の、心の中で何かが切れる音がした。
「許さない。妹の仇。絶対に‥‥」
「マリオン‥‥ダメよ。そんなことを考えては‥‥」
「パーシ殿も王家側も、約束を守り我が民に誠実に接してくれた。アンネリーの為に墓も用意して‥‥」
 諌める母の言葉も、ハーレスの声も彼には聞こえない。
 彼の心には、ただ、怒りの炎だけが燃え上がっていた。

 そして、彼は姿を消した。母の元から。
 妹の一房の髪だけを握り締めて。


 力任せに扉が開かれた。
「誰か! 誰かいないか?」
 冒険者ギルドに人が駆け込んでくることは珍しいことではない。
 だが、今回はいつもと状況は違っていた。
 駆け込んできた人物。それはイギリス王国付きの騎士だ。彼がここまで血相を変えてくることとは一体なんだろう?
「どうしたんだ? 一体?」
「パーシ、パーシ様が居なくなったんだ!」
「パーシ様、ってパーシ・ヴァル卿か?」
 息を切らせる騎士に係員は水を一杯与えてから、聞きなおした。
「そうだ。パーシ・ヴァル様が、城から急に、姿を消したんだ」
 オクスフォード攻めを成功させ、事後処理を終え、王への報告を終えて直ぐ、彼は王宮から姿を消したという。
 馬は消えていたが、武装は鎧も剣も全て残されていた。愛用の槍一本を除いて。
「こっそり遊びにでも行ったんじゃないのか?」
「まだ戦争の処理が完全に終っていないこの時期に、責任感の強いあの方がそんなことをするなど有り得ない! しかも武装を置いていくなんて。槍の他はナイフ一つさえ持っていかれなかった!」
 確かに奇妙ではある。だが、ここまで部下が血相を変える理由がまだ係員には解らなかった。
「パーシ・ヴァルになんかできる奴なんてそうそういないだろ。そこまで心配することも‥‥」
「これでもか!」
 汗ばんだ手で彼は一枚の羊皮紙とハンカチで包まれた品物を差し出す。
 その羊皮紙を見て流石に係員の顔色も変わった。
「こいつは‥‥じゃあ、これは‥‥!」
 慌てて開けた包みは、さらに係員の顔から血の気を引かせる。
「俺が、慌ててる訳が解ったか!」
「解った。大至急冒険者に伝えよう」
「頼む!」
 心配そうなその騎士に係員は大きく頷いた。

「円卓の騎士の捜索?」
 係員の言葉に冒険者達は目を瞬かせた。そんな驚きも気にせず係員は依頼書を読み上げる。
「場所はオクスフォード。街のどこかに捕らわれている円卓の騎士パーシ・ヴァルを探し出せ」
「ちょっと待て。円卓の騎士が捕らえられている? どういうことなんだよ?」
「あのパーシ・ヴァルを捕らえられる人間がそうそういるはずが‥‥」
 自分と同じ疑問をぶつけてきた冒険者に係員は一枚の羊皮紙を黙って差し出す。
 それにはこう書かれてあった。

『アンネリーの仇、パーシ・ヴァル。
 お前が期日までにこの場所まで来ない場合には、俺はオクスフォードの街に火をつける。アンネリーを助けられなかった街など俺にはもういらない。
 街を救いたければ一人で来い。待っている』

「意味が解ったか? こんな呼び出しをされたら必ず一人で行く。そして抵抗しない。あいつは‥‥そういう奴だ」
 アンネリーというのは先のオクスフォード攻略戦で、モルゴースの身代わりにされて死んだ娘だ、と補足して係員は言う。
「この手紙からは、この呼び出しをかけた人間が一人か、複数か解らない。勿論パーシ卿がどこに呼び出されたかもだ。呼び出された日付は7日後だから、彼がもう出かけているのならおそらく今から急いで行っても出会う前に止めるっていうのは難しいだろうけどな」
 場所を示した手紙はパーシ・ヴァルが持っていったので居場所は解らない。
 多分オクスフォードの中であろうが‥‥。
 もし、捕まったとしても恨みがあるのであれば直ぐに殺したりはしないだろう。それにパーシ・ヴァルも考えがあって動いているはずだ。彼とて殺されるとあれば抵抗もするだろう。そうすれば犯人も捕まるかもしれない。
「だけど、日が立つごとにパーシ・ヴァルも誘拐したほうの側も傷が深まっていく。パーシ・ヴァルが一人で行った意味を考えても‥‥最悪の場合は取り返しがつかないことになるかもしれない。だから、急いでくれ」
 冒険者に与えられた手掛かりは手紙と一緒に送られた小さな包みのみ。
「そいつは‥‥パーシ・ヴァルがアンネリーの墓に供えた十字架だとよ」
 
 手のひらにすっぽり入るほどの小さなその銀の十字架は、無残なほどに溶けていた。
 まるで怒りの業火に焼かれたように‥‥

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0370 水野 伊堵(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0454 アレス・メルリード(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea0734 狂闇 沙耶(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0904 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1131 シュナイアス・ハーミル(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1501 シュナ・アキリ(30歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2253 黄 安成(34歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7522 アルフェール・オルレイド(57歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

シアン・アズベルト(ea3438)/ リ・ル(ea3888)/ ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209

●リプレイ本文

「本当に、一人で来たのか‥‥。いい度胸だな。その点だけは褒めてやるよ」
「そりゃあ、光栄だ。念のため聞くが、止めるつもりは無いのか?」
「あるわけ無いだろう? 俺は今、この街の全てが憎い。そして、何より、お前のことがな」
「‥‥俺はお前に付き合ってやる。だから、これ以上罪を重ねるな」
「ふん、所詮、口先だけだろう。お前のこともただじゃあ、殺さない。苦しませて、苦しませてから、アンネリーと同じ目に合わせてやる!」


 冒険者達は急いでキャメロットを出た。
 疲労を残さないようにしようと気をつけつつも、気と、足と、心は急く。
「やはりこうなったか‥‥」
 舌を打つシュナイアス・ハーミル(ea1131)にファング・ダイモス(ea7482)は悲しげに頷いた。
「あのヘマが後に尾を引くんじゃないかとは思ってはいたが‥‥」
「仕方ないなどと、言い訳はしませんよ。俺は。相手を見抜けず、救える命を救えなかった。その責はパーシ卿以上に、俺達にあります」
 預かった手紙の入ったバックパックをちらり目でやり、水野伊堵(ea0370)は沈黙する。
『アンネリー』
 手紙にあったあの名前に心当たりを持つもの達の心は、一際重い。
「全ての者を救うことなど神にもできぬ。あの時、あの判断に間違いは無かったとわしは、信じておる」
 アルフェール・オルレイド(ea7522)の声にも微かに抱いた思いが過ぎる。
 自らに言い聞かせるように語る仲間に夜桜翠漣(ea1749)は、強く言った。
「わたしは自分の意思でアーサー王に加勢しました。そのことが良かったのかを問うことは共に戦った仲間、そして信念を持って挑んできた敵に対する侮辱になるのでしません。そして後悔も‥‥」
「戦争ねえ‥‥まー何処行ったって逃げられねえモンだよな。これが絶対に正しいなんて誰にも言えねえしよ」
 聖杯戦争には関係しない、そう決めていたのに‥‥。シュナ・アキリ(ea1501)は手の中の小さな十字架、だったものを苦い顔で握り締めた。
 逃げるつもりは毛頭無い。だが、これに込められた思いは一体、どれほどのものなのか‥‥。
「これは、魔法で熔かされたものかもしれませんわ。熔け方の形状からして、ヒートハンドの可能性が高いですわね」
 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌはそう言っていた。
 だとしたらなおのこと、この十字架を溶かすほどの術者の暗い情念を冒険者達は感じずにはいられなかった。
「憎しみと悲しみを生む。それが戦争の宿命‥‥だが、同じ過ちを繰り返させてはならん!」
 自分のように‥‥と黄安成(ea2253)も強く思う。
「しかし、部下に書き置きさえも残さずに、出て行ったとは‥‥パーシ・ヴァルという男。よほどの決意があったのであろうか‥‥」
 ギリギリまでキャメロットで情報を集めてくれたシアン・アズベルトからの連絡でも、パーシ・ヴァルの動向の手掛かりは無かった。
 必要な残務を綺麗に纏めてから出て行ったというのが彼らしいと言えば言えるが、それはかえって部下達の心配を煽っているのだ。
 オクスフォード攻略戦の『責任』を取りに出かけたのではないか、と‥‥。
「冒険者出身の騎士というのも考えものだな。自らの行動に重大な責任を必要とする円卓の騎士とも思えん」
 狂闇沙耶(ea0734)はため息を付くアルフェールの表情に小さく、苦笑した。
「急ごうぜ! パーシ卿に何を言うにも、まずは助け出してからだ!」
 鷹を空に放って駆け出したキット・ファゼータ(ea2307)の後を追いかけるように冒険者達の足はまた速まる。
 後尾を歩いていたオイル・ツァーン(ea0018)は一度だけ横から流れた風に顔を上げた。
 ウィンザーの野から流れてくる風は、もう血の匂いを運んでは来ない。
「‥‥ともかく、名高きパーシ・ヴァルの雷槍はこの国の今後に必要、死なせはしない」
 風に小さく誓うと、彼もまた足を早める。オクスフォードに向かって。


「突然の訪問の非礼をお許し下せい」
 ふざけた顔つきは微塵も見せず、伊堵は誠実な礼を持って目の前の人物に頭を下げた。
「いや‥‥‥むしろ、今回の件で詫びるべきは我々だろう。手数をおかけする」
 オクスフォードの重臣だったハーレス卿はとても静かに答えた。
 円卓の騎士パーシ・ヴァルの行方不明。
 あまり大っぴらに言えることではないが、領主不在の今、街の情報を知り、この件に関わっていて街の人々を動かせる人物に冒険者達は謁見を求めた。
 彼は幸い在宅しており、冒険者達が取次ぎを求めると、驚く早さで応じる。
 そして、託された羊皮紙をそっとテーブルに置くと、彼は冒険者達の顔を見た。
「手紙を読んでくれたかい? 街に放火しようとしている奴がいるみたいなんだ。警戒をしてくれよ」
「警備を増やすことはできぬか?」
 それについてはもう既に手配した、答えるハーレスの手際にシュナは流石、と笑って言葉を続ける。
「あと、単刀直入に聞くけどさ。犯人に、心当たりはねえかい? この文面からして、戦争当時この街にいなかった人物で、さらに最近戻ってきた奴だと思うんだけどよ」
 空気の色が変化した。一瞬で冒険者達は理解した。彼は何か知っている。
 伊堵はつい、と前に出てハーレスと目線を合わせる。
「パーシ卿はこの街の事はもちろん、この手紙を書いた犯人さえも助ける気でいるのでしょう‥‥。だがそれは、いかな円卓の騎士といえど困難な事に思います。私達冒険者はそんな彼の手助けをしたい。ハーレス卿、心当たりがあるのなら教えて下せい!」
 冒険者達の真剣な眼差しに、ハーレスは答えた。心当たり。彼の思う事件の犯人の名を‥‥いい澱みながらも直ぐに
「おそらく‥‥マリオン。先の聖杯戦争においてモルゴース殿の身代わりとなった侍女アンネリーの‥‥兄だろう」
「‥‥あの少女の兄‥‥?」 
 伊堵の口は渇いた口に溜まった唾を飲み込む。
「そいつは、聖杯戦争当時、この街にいなかったのかい?」
 ケンブリッジの魔法学院で学んでいた術師だと、彼は説明する。妹の死に少し前に戻ってきて、今は消息不明だ、とも。
「彼は火術師なのか?」
「ああ‥‥」
 頷かれた言葉に冒険者達の考えは確信に変わる。この手紙の主。それはアンネリーの兄、マリオン‥‥。
「卿よ。貴公はアンネリーをご存知だったようだな。では、マリオンのことは何かご存じないか? 彼ら兄妹はどのような存在に見えた?」
 一度、目を閉じたハーレスは、そう詳しく知るわけではないが、と前置いて安成の問いに答える。
「働き者の娘と、学問に秀でた兄、だった。父親は無く母と兄弟の三人家族。身体の弱い母の為に、真面目に働く良き子等だった」
 だった。もうそれは、既に過去形である。
 妹の死を知った兄はケンブリッジから戻り、慟哭の末、姿を消した。
 葬式にも顔を出さなかった。その行く先の心当たりはハーレスにも無い。
「そうですか‥‥」
「私は‥‥主の命を守りきれなかった。近いうちに役目を辞し、オクスフォードを離れるつもりだ」
 彼は、そう言って寂しげに笑う。
「だが、この事件は見届けたい。オクスフォードの子等を、街を、そして‥‥パーシ卿を頼む」
 ハーレスの言葉に冒険者達はしっかりとした思いと眼差しで頷いた。

 冒険者とハーレスの会談の間、オクスフォードの街を冒険者達は進む。
 アンネリーの家を知らない冒険者達の為に、ハーレスは案内役を手配してくれた。
 彼の後について歩く。
 人々が紡ぎ出す雑踏、どこか逞しい強さを持つ笑顔。オクスフォードの街は生きている。そう、御蔵忠司(ea0904)は感じた。
 家についた矢の後、色の変わった石畳。そこかしこに戦争の爪あとは残っているが、その中で人々は逞しく生きている。
「こうしてみると、何も変わりませんね。戦争の始まる前と‥‥」
 以前来た時にも通った見覚えのある道を歩みアレス・メルリード(ea0454)は思う。あの時も人々は逞しかった。そして‥‥今も。
「わしは、ちょっと失礼する。少し見覚えのある場所もあるし、教会などを探ってみよう」
 言い出したアルフェールの言葉に幾人かが我もと、場を離れ自分なりの捜査を始めることにした。
 あまりの大人数で行っても関係者を驚かせることに、なるであろう。ならば、できることは始めておいたほうがいい。
「取り返しのつかないことになる前に‥‥止める。この街は絶対に焼かせない」
 手の中が暑くなるのをアレスは感じていた。

 その婦人は二人の子の母親、年齢的には多分30代〜40代半ばだと翠漣は思うし、指先や髪の輝きから見てもそれは間違っていないだろうと推察できる。
 だが、彼女が今、自分が30代だと言っても、いや40代と言っても信じる者はいまい。
 それほど、娘の死は彼女から若々しさを吸い取っていたように見えた。
「どなたですか‥‥」
 細く扉を開けた婦人に案内役の青年は、ハーレス卿からの伝言を伝えた。
「えっ‥‥」
 眉を上げた婦人にファングは精一杯の礼をとってお辞儀をする。
「私は‥‥オクスフォード城の攻略に参加していた冒険者です。ご息女の‥‥死に関わりました。心よりお詫びとお悔やみを申し上げます。どうぞ、お許し下さい」
「言い訳をするつもりはない。許してくれ、とも言えないが‥‥今、この街と一人の騎士の命が危険にさらされている。どうか、話を聞いてはもらえないだろうか‥‥」
 シュナイアスと、ファング。二人の後ろから少年一人と女性達も頭を下げる。
「‥‥どうぞ、お入り下さい。中で、お話を伺いますから‥‥」
 彼女はそう言って冒険者達を部屋の中に、招き入れた。
 揺れる手が客をもてなそうとする。その手に自らの手を重ねて、翠漣は婦人の顔を見た。
 蒼白の顔。彼女に一体どれだけの悲しみ、苦しみが訪れたのだろう。
「アンネリーさんの、お話を聞かせて頂けませんか? どのような娘さんでしたか?」
「優しく、真面目な子でしたわ。頂いた給金も全て家に入れて‥‥。責任感が強く、そして明るくて‥‥。兄が家を出てケンブリッジに行ってからずっと寂しがる私を慰めてくれていたのです」
「何故、彼女がモルゴースの影武者となったか、ご存知ではないか?」 
 酷な様だが、と前置いて沙耶は聞いた。だが、その答えは解らない。だった。
 戦争が始まって後、彼女を始めとする侍女たちが城を出ることは無かったから。
「手紙の一通も、伝言も‥‥無かったのですね」
 頷かれて、ファングは考える。何故、彼女が身代わりにされていたのか。逃げようとしなかったのか。
 彼は思っていた。それは、家族を守る為だったのでは無いか。と。
 だが、それを確かめる術は何も無い。
「もう一つ、酷な事を聞く。我々はオクスフォードに火を放つ。そう脅迫してパーシ・ヴァルを呼び出した人物を探している。おそらく火の魔術師と思われるその人物に‥‥心当たりは無いか?」
「それは、マリオンでしょう。私の息子、アンネリーの兄。ケンブリッジの魔法学院に通っていた火の魔術師です」
 拍子抜けするほどあっさりと、キットの質問は答えられた。
「それを何故、教えて下さるんですか? 息子さんが、何をしようとしているか、ひょっとして‥‥」
 翠漣の言葉に感情を感じさせない声で、婦人は答える。
「知っております。あの子はアンネリーの仇を討とうと思っているのでしょう。私には、止める術はありません」
「その、マリオンは今、どこにいるんだ? 思い出の場所や、どこか隠れていそうな場所があったら、教えてくれ!」
 だが、その問いには答えは戻らなかった。彼女は沈黙する。いくら話しかけてもそれ以上の事を聞きだすことは‥‥もうできないだろう。止めたい気持ちと同様に、彼の思いを肯定する気持ちが彼女にはある筈だ。
「解った。邪魔をして申し訳なかった。失礼する」
 腰を上げたシュナイアスに冒険者達は続いた。
 部屋を出て、家を出て、もう一度お辞儀をして後、翠漣は婦人の瞳を見た。真っ直ぐに、強く。
「どんな経緯であれ死んで満足。などとは思いたくありません。それを踏まえたうえで最後に一つだけ聞かせて下さい。アンネリーさんはオクスフォード公に仕えることを後悔して逝ったと思いますか?」
「‥‥‥‥」
 答えを聞くことはできないか、諦めかけた翠漣の足を声が止めた。
「あの子は未来に夢を持っていた。私に言えるのは‥‥それだけです」
 翠漣は頭を下げ、くるり背を向けた。その背中を、背中たちを彼女はいつまでも見つめていた。

 アンネリーの兄。火魔術師マリオン。
 それが、この脅迫状の主であると、3つに別れた冒険者達が集めた情報、全てがそう言っていた。
 彼はケンブリッジに行く前は、ごく普通の青年であり、ごく普通に友達がいた。
「マリオン? 時々見かけるぜ。付き合い悪くなったけどよ」
「教会で、この間見かけましたわ? 最近はあんまり見ませんが‥‥」
 彼らはそう冒険者に教えてくれた。
 争いごとはもう沢山だと。
 苦しい戦いを乗り越えて、今、住人達の多くは前を見ようとしている。
 きっと、マリオンがオクスフォードに火をつけたり、円卓の騎士を捕らえることに協力をしようとはしないだろう。
 何かを隠す、そんな様子は見られなかった。
(「だとしたら、マリオンの独断だな。事を‥‥大きくしないうちに見つけ出せれば‥‥」)
 罪が発覚し、大事になることの危険をきっとマリオンは気付いていないだろう。その咎が下手をすれば母親にも及ぶかもしれないことを。
(「もし、できるなら密かに事を収めたい。あいつもきっとそれを望んでいるだろうから」)
 罪滅ぼしというわけではない。ただ、できるなら無血でことを収めたい。そう思うのはシュナイアスだけでは無かった。

「あれが、マリオン?」
 マリオンの捜索をしていた沙耶と伊堵はそっと息を潜めた。
 時々買い物に来るのを見た、という友人の話を聞いて、張り込んでいたのだ。
 結構、根気強く。
 やがて‥‥ローブを纏った若者はいくつかの店に買い物をした後、街中を普通の顔をして通り、彼は、意外にも冒険者が宿泊する宿の納屋に入って行った。
「おや? なんであんなところに‥‥」
 二人は目を瞬かせた。まさか、これほどの街のど真ん中で、人が入ろうとすれば簡単に入れる場所に放火を狙う犯人がいるとも思えなかったのだが‥‥。
「とりあえず、皆に報告しましょうかねぃ」
「それが‥‥良かろう」 
 そっと、彼らはその場を離れた。

 それは本当に盲点だった。
 郊外の人がいないところ、廃墟などを中心に捜していた冒険者達は少し、驚いた顔を見せる。
「こんなところに、いたなんて‥‥」
 キットはパーシ・ヴァルの行方を捜した時、この宿であるものを手にしていた。
「‥‥これは‥‥」
「ああ、それは陽気な冒険者の兄さんが忘れていった奴だよ。こんな値打ちもんの武器を忘れるなんて冒険者らしくもないけどねえ〜」
 聖者の槍。
 これを彼が振るう姿を、冒険者も一度ならず見ている。ここにパーシ・ヴァルが来ていた事は確かで、それを調べる為に冒険者も同じ宿をとった。
 姿を消したこの場所にまさか、潜んでいようとは‥‥。
「納屋をしばらく貸して欲しい、と行ったそうですよ。今は大して使っていないし、それなりのお金も貰っているので許可したと、主人は話していましたね。顔見知りだったようですよ」
「自らの全く知らぬ場所など使うまい、とは思っていたが‥‥」
 確かに宿屋などは人が多く出入りする分、見咎められにくいし、気にもされないのだろうが‥‥
「頭が良いのか、それとも見つかってもいいと自暴自棄なのでしょうか‥‥ん?」
 アレスの横、納屋の側の草むらにそっとファングは膝を落とす。見つけたのは、掴んだのは、拾ったのは見覚えのあるスカーフ。
「‥‥やはり間違いありません。彼はあそこにいます」
 その真紅のスカーフの意味を、冒険者達は良く知っていた。
「あやつ‥‥」
 握りなおされたアルフェールのクレイモアにじりり、汗が滲んだ。

 夜、冒険者達は納屋の前に立っていた。中からマリオンが出て行ったのを確認してのことだ。
 沙耶が気配を消し、まず納屋の入り口に手を伸ばす‥‥。
「? 鍵はかかっていないようじゃ。中から押さえてあるだけじゃの」
「そうか‥‥いつまでも時間をかけていても仕方が無い。‥‥行こう!」
 声と同時、冒険者は一気に扉を蹴り開けた。
 音を立てて開いた扉の向こうは闇の世界。そこに‥‥足が見えた。横たわる‥‥足。
「パーシ・ヴァル!」
 キットが駆け寄ろうとした時!
「来るな!」
 動かなかった身体が急に起き上がり、力ある言葉を発した。
 ビクッ!
 止まったキットをファングがさらに後ろに引き寄せる。
 足元から微かに火花が上がった気がした。
「危ない‥‥やっぱり、トラップが仕掛けられているのでは‥‥」
「良く解ったね。もし、駆け寄っていたら火だるまになっていたのに。目の前で、助けに来た奴を殺して僕と同じ苦しみを味あわせてやろうと思ったのに‥‥」
「!!」 
 天井にかかったカンテラの向こうに、人影が見える。
 暗い目を鈍く輝かせた青年がそこにいた。さっき出て行ったのと同じ人物。魔法で作った身代わりだったのかも、と今なら解る。
 足元に身体を上げたパーシ・ヴァル。顔や腕には血が滲んでいるようだ。
「本当にこいつが一人で来たのには驚いたけど、きっと、誰かが助けに来るだろうとは思ってたからね。一緒に焼き尽くしてやるよ! この街ごと。それが俺の復讐だ!」
「復讐なんてもので悲しみをごまかせれば満足なのか?」
「街を燃やしてみなせい‥‥! 一体どれだけの数、あなたのような境遇の者が生まれる事かッ!!」
「そんなこと、知るものか! 俺の、俺の思いはこいつを痛めつけたぐらいじゃ収まらないんだ!」
 声を荒げ、彼叫ぶ。足でパーシの身体を踏みつける。ワザと傷の上を踏んだのに、パーシは唸り声一つ上げない。
 上げないで、冒険者達をじっと見つめている。
「策略に嵌まって女を死なせた俺達冒険者の力不足を恨むのは当然かもしれない。それでも! 皆その時その状況で懸命に戦ったんだ。そんな故郷を焼くような真似をして妹が‥‥本当に喜ぶと思うのか!」
「前回の戦争で何もしていないお主に、パーシを責める資格はない! 何もしなかった者が一番の罪人だ!」
「黙れ! もう俺の気持ちは止まらない。この怒りの炎は、誰にもとめられないんだああ!!」
 カチリ、カンテラの炎が揺れた。
「止めろ!!」
 それは、一か八かの賭け。オイルはトラップの上を飛び越えて青年に向かって飛びついた。
 同時にダーツの一閃が飛ぶ。彼がダーツから身を交わした時、オイルは青年を押し倒し、呪文詠唱の手を封じる。
 オイルの右足がトラップにかかり、音を立てて炎が舞い上がるが‥‥。直ぐに消えた。
「く、くそっ! 離せ!」
 組み伏せられた青年の側にトラップの消えた道から冒険者達が集まってくる。
「大丈夫か? パーシ!」
 素早く駆け寄ったキットは縄を解こうと、手を早める‥‥?
 青年は俯いた。
 1対12‥‥。逃亡は不可能に思える。呪文を唱える手も封じられた。ならば! ‥‥口を開いたその時‥‥
「うっ!!」
「パーシ!」
 微かな呻き声と共に冒険者達は目を見張った。それは、一瞬の動き、縛られて倒れていた筈のパーシの腕に青年の歯が食い込んでいる。
 彼が自殺を図り、それをパーシが止めたのだと、気付いたのは少し後の事だった。
「いつもながら、詰めが‥‥甘いぞ!」
「あ‥‥、どうして? 縛って、痛めつけて‥‥動けなくしていた筈なのに‥‥」
 膝を付いて顔を青ざめるパーシを青年は愕然とした顔つきで見る。動けなかった人物が動いた? しかも、自分を助ける為に?
「‥‥多分、彼は逃げ出そうと思えば簡単に逃げ出せてたんだよ。ロープは解けてた‥‥」 
 ロープを手から落としてキットは言う。
「そ、そんな‥‥」
 もう逃亡も、自殺の気力さえ失ったように青年は膝を付いた。
「マリオン‥‥だったな?」
 シュナイアスは、静かに膝を付いた。
「俺は、あの場に居合わせた冒険者だ。妹を直接殺した一人だと思ってくれて構わない。言いたいことがあるなら言え。全て聞くから‥‥」
「お前達が‥‥? なら、俺を殺せ! 妹のように。何にもしていない妹を無残に殺したように、俺を殺せよ」
 吐き出すようなマリオンの苦しみを冒険者達は黙って聞いている。いつの間にかオイルが押さえていたマリオンの手が緩められている事を本人さえも気付いてはいない。
「俺は妹や母さんを守りたかった。だから、魔法を修めたかったのに‥‥何も、できなかった。誰も助けられなかった。何もすることが、できなかった‥‥」
「‥‥おぬしの、苦しみは解る。私とて、家族を戦で失った。だが、同じように解ることもある。復讐が何も生み出さないこともじゃ‥‥」
「俺も‥‥強くなりたくて冒険者になったんだ。皆を守る力が欲しくて‥‥。でも、時に無力を噛み締めることがあるよ。倒した相手の息子が、自分達を敵と付け狙うようになったり‥‥ね」
 安成やアレスの言葉は実際の苦しみを知っている者だからこそ、重く、マリオンの胸に染み込んでいく。 
「解っているさ。お前らが言ったとおり、俺が一番の罪人なんだ‥‥」
 下を向き唇を噛み締めるマリオンにシュナは目線を合わせた。顔をくいと、こちらに向かせて。
「生憎アタシにお綺麗な台詞は思い付かねえが‥‥どっちが正しかったかは歴史が決める。そして悲しみは時間が解決してくれるって。信じられないかもしれねえけど、これはホントだぜ」
「街を焼いたら、放火の被害や罪が、母親にも及ぶかもしれないぜ。お前にはまだ、母親という守らなければならない存在が残っているだろう?」
「母‥‥さん‥‥」
 目を伏せたマリオンに翠漣の穏やかで静かな言葉が降る。
「わたしはアンネリーさんのことを知りません。だから彼女がどう思うかとはいえません。だから貴方が答えを出して下さい。貴方の行動はアンネリーさんをも貶めることになりませんか?」
 マリオンは、まだ答えず立ち上がろうとはしなかった。
 冒険者達は、辛抱強く待ち続けた。少年の顔をして泣き続ける彼が、自らの足で立ち上がることを‥‥ずっと、夜が明けるまで‥‥。

 沙耶は隣を歩く騎士を手招きした。
「パーシ卿、ちょっとそこに座ってくれ‥‥」
「ああ、なんだ?」
 バチン!
 答えて膝を付いた彼の白い頬に勢いのついた平手が赤い花を咲かせた。
「無礼は承知じゃがどうしても我慢ならんかったぞ! 今回のそなたの所業は! 勝手な行動で部下を心配させるなど国の頂点に立つ騎士のすべき事とは思えぬ!」
「一応、怪我人なんだが‥‥いたわってはくれないか?」
 冗談めかした口調にさらに背後から、重量級のパンチが頭上に落ちる。ゲインという音と共に騎士は頭を抱えて唸った。
「わしも同意見じゃ。パーシ・ヴァル! お主は騎士ではないのか。この前、アーサー王の為に戦うといってなかったか。一人の人を救いたいなら、冒険者に戻れ!」
 剣幕のアルフェールを誰も止めはしない、言われたパーシも今度は言い訳しなかった。
 仲間の冒険者達だけではなく、少し離れたところで寄り添う親子と、貴族からも微かな笑みがこぼれた。
 夏から秋へと変わる青空の下、冒険者達はオクスフォードの街の郊外を歩いていた。
 今まで、この道を歩いた時にはただ、辛く悲しいばかりの思いしか抱くことはできなかったが、今はほんの少し笑えるようになったと横を歩く息子を見て母親は思っていた。
 教会の十字架が見守る広い地の、一角に彼らは足を止める。
 アレスが手に抱えていた花をそっと手向け、膝を付く。冒険者達も目を閉じた。
 パーシ・ヴァルがもう一度十字架を捧げる。今度はマリオンもそれを優しく静かに見つめた。自分が溶かしてしまった十字架を手に握り締めているのがシュナには見える。
「心が薄ら寒くなりますね‥‥こういうのは。正義を振りかざして戦っても、現実は、容赦が無い」
 墓碑を見つめて伊堵は呟く。人が生きる限り避けられない宿命がここにある。
「どうして‥‥彼女は逃げたり助けを求めたりしなかったのか‥‥」
「あいつは、自分から命を捨てたりするような奴じゃない。きっと‥‥何かがあったんだ」
 マリオンの口から吐き出された、やりきれない思い。例え、憎しみを振り切ろうと悲しみは消えない‥‥。この思いもまた‥‥。
「魔法で操られたか、他の介入があったのか。今は知る術はありません。ただ、貴方がそう思うなら信じてあげて下さい。貴方と、アンネリーさんに、私は誓います。モルゴースを追い、この悲劇を二度と繰り返さない事を‥‥」
 ファングの深い思いに冒険者達は頷いた。
 小さく首を前に動かすマリオンをホッとしたように見つめるパーシ・ヴァルの服をキットはくいと引く。
「パーシ!」
「? なんだ?」
 パーシは少し引きずられ冒険者達から数歩離れた。
「これ‥‥」
 木の影でキットは宿屋から預かった槍と、一枚の羊皮紙を手渡す。
「ああ、すまなかったな。で、こっちは何だ?」
 槍を小脇に抱え彼は、羊皮紙を開いた。鋭く眼差しを送り、そして沈黙する。
「責任を取るなら一人で行くな。あんたに比べれば俺達は力不足だが市井の人間を死なせてしまい悔いているのは皆も同じなんだ。解っただろう?」
 強く、純粋な眼差しから彼は目を背けるように顔を空に向けた。太陽は眩しい。だが、キットの目はそれよりも眩しく思えたようだった。 
「この事件を機に俺達はまた強くなる、だからもっと俺達を頼ってくれ」
「俺は‥‥自分が正しい、いい人間だ、なんて思ってはいない。人を苦しめ、死に追いやったことはこれが初めてじゃない。それ以前に沢山の人の命をこの手で奪っている。罪滅ぼしなんて資格もないと解っているよ。今回のことは俺自身がここに来なくては意味が無かったんだ」
「なんで‥‥まさか!」   
 ふと、キットは思い当たる。既に抜けられていたロープ。自分を止めた声。まさか‥‥
「自分が囮になって、冒険者や街への目を逸らした‥‥。そして俺達が、あんたを追ってやってきてマリオンを止めるのを待っていた‥‥?」
「俺は、こういう事しか思いつかなくてな‥‥。アンネリーへの唯一の償いは、彼女の死を無駄にしないことだから‥‥」
 マリオンだけではない。自分達の行動をも先読みして‥‥、最悪の事態を避けながら彼は教えようとしたのかもしれない。
 戦争の宿命と、それに向かい合っていく思いを。
「わたしは罪とは法ではなく自分自身が自分にかせるものだと思っています。‥‥今のパーシ卿がアンネリーさんの事を思うように」
 二人の会話に翠漣はそっと割り込んだ。
 全ての罪を自分で背負ってでも、というパーシの思いは彼女にはなんとなく解っていた。
 同じだから。
 例え自分自身が血にまみれようと、他の人物には光の中を歩いて欲しいという願いは。思いは‥‥。
「あいつが‥‥言ってた。冒険者を信じられなくなってるんじゃ? って。でも、あんたはそれでも、俺達を信じてくれているのか?」
 パーシ・ヴァルは答えなかった。だが、手紙を大切にしまい、前を向く。
「わたしは、忘れません。関係ない一般の方々に被害が及んだことは絶対に‥‥きっと‥‥」
「俺もだ‥‥」
 小さく言って、彼は微かに手を閃かせた。
「約束、したからな。上がって来い。待っているぞ」
「ちぇっ‥‥」
 微かに頬を膨らませたキットの肩を翠漣はポンと軽く叩く。励ますように。
 遠ざかる背中は何故か、とてつもなく大きく見えて、少し悔しい気持ちを消すことができなかった。
 
 懐の中の手紙にパーシは触れる。
「聖杯‥‥か」
 戦争が終ってもまだ、イギリスの未来は続いていく。
 ずっと、予感を感じる。聖杯の彼方にある、何かへの予感。
 いつか、自分が流してきた命の数、罪の数を聖杯の前で償わなくてはならない時がくるかもしれない。
 でも‥‥。
「パーシ! 遅いぞ」
「ちゃんと、部下の皆に謝るまでは許さないからな!」 
 きっと、大丈夫だろう。そう、信じたいと心から思っていた。

 当の被害者であるパーシ・ヴァルが告発しなかったので、今回の事件については一切の罪の追求や処罰はなされないこととなった。
 ハーレス卿の最後の采配で、マリオンとその母には保護が与えられる。今後、静かに暮らしていくには問題は何も起きないだろう。

 オクスフォードは未来へ進んでいく。
 冒険者達も、また、歩んでいくだろう。戦争が生み出したものを越えて‥‥。
 未来へと。