●リプレイ本文
晩夏の暑い空気が、人々の心を納涼へと誘う。
今年も開かれたホラーハウス。
楽しい恐怖を求めて、人々の足は闇へと向かう‥‥。
「お化け屋敷、かぁ‥‥まだまだ暑いし、ねぇ‥‥行ってみようか。涼みに」
そう言ってユーディス・レクベル(ea0425)は甥っ子に向けて、ニッコリ微笑んだ。
彼も小さく頷いて、仲良く手を繋いで入場する。
入場料はもちろんユーディス持ちだ。
厚く、重い扉を前に押し開ける。
中はひんやりとした空気の匂いがした。灯りの無い暗い、暗い廊下が目の前にどこまでも続く。
イシュメイル・レクベルがきゅっと、前を行くユーディスの服の端を掴んだ。
「叔母さん‥‥怖いから後ろに隠れててもいい?」
「もちろんだよ。さあて、行こうか? ちょーっとお邪魔するよー」
ワザと大きな声を出してみたが、返事が無い。シーン。無音の闇だけが存在している。
やがて‥‥ギギギギギ‥‥。音を立てて扉が閉まった。
あたり数本の松明以外は、灯りの無い世界になった。
「あれ?」
急にユーディスの顔が明度を落とした。
「アレだなー。暗くて、無手だと、否応なしに不安になるというか、怖いというか‥‥あーうー‥‥う、別に怖がってないよ、怖がってないよ。怖がってない。あーもー、怖いんだったら手繋いでようか?」
小首を傾げる甥っ子を見る余裕もなく、ユーディスは前を歩いて行く。とりあえず、早くここから出なくては!
いよいよ前に、何かが見える。小さな影、にそれは見えた。
『フフフ‥‥お化けだぞ〜〜』
「なあんだ。ちっちゃい女の子じゃないか。可愛いもんだよね? そうそうホラーハウスなんてこんなも‥‥」
後ろの甥が、あれあれ、と指を指す。さっきまで女の子がいた所に、今は彼女らよりも明らかに大きい、女性達が髪を振り乱して、立っている?
『しくしくしく‥‥』「エンエンエン〜」「シクシク、ウシウシウシ‥‥どうして、どうしてわたしばっかり〜〜〜〜!」
「ぎょええ〜〜〜!!」
「叔母さん! 」
ズデン!
一目散に走り逃げるようとするユーディスは一度否応無く足を止めて地面に倒れた。
『走るとあぶないよ‥‥』
そんな声が聞こえたような気もするが、聞こえない。動けない足がやっと動くようになると彼女は甥っ子の手を引っ掴み、一目散で逃げ出した。
その手に小さな玩具が握られていたことに気付くのはそれからずっと後のことである。
開店したホラーハウスをグイド・トゥルバスティ(eb1224)は感慨深げに見上げた。
「お、無事お化け屋敷オープンしたんだな、良かったぜ。聞く所によると宝物も探せるらしいし‥‥太っ腹だねえ。幽霊にお宝、こりゃ思った以上に面白そうだな?」
「あ、あの、えぇっと、お化け屋敷‥‥ですか? 私、先日の依頼でズゥンビ相手にリアルに怖い思いをしてきたばかりなんですけど〜」
片手をしっかりと掴まれたまま、ユリアル・カートライト(ea1249)は一応抵抗を試みる。暗い所は実は苦手だし、本当は行きたくない。だが‥‥
「なあに言ってやがる。こういうのは一人で行ったってつまらねえんだよ! 前は依頼で屋敷に入ったけどさ、今回は客として遊ばせてもらうぜ。行くぞ。ユリアル!」
「あ、あの、グイドさん〜!?」
所詮体力満載のレンジャーと、か細い魔法使いでは力勝負の結果は目に見えている。
引き摺られる自分にため息をつきながら、
「しょうがないですね‥‥せっかくですし、楽しんでくるとしましょうか」
自分にそう言い聞かせた。
「しかし、お化け屋敷というのは思った以上に怖いものかもしれませんね。相手も不意を突いて脅かそうと準備して待ち構えている訳ですし‥‥って、グイドさん、何をしてるんです?」
ごそごぞと、部屋の隅で何かをひっくり返す連れに彼は目を瞬かせた。
「宝があるって言うんだから、探さなきゃ損だろ? ほら、ユリアル! お前も探せよ。あっと、古いコイン見っけ!」
暖炉の底から見つけたメダルをふう、と彼は吹いて灰を落とした。
「もっと、あるかも知れねえゼ。よし、今度はあっちの部屋へ‥‥ど、どうしたんだよ。ユリアル?」
いきなり後ろに隠れてマントを引っ張る同行者の指差すほうを、グイドは見た。
幽霊だったら見慣れているからなんとか持ちこたえられると思った。緩やかなオカリナの音と共に現れたのは‥‥
「ば、化け物!!」
思わず、背筋が凍った。今までの冒険でも見た事の無い、頭がカモメ、身体が純白の毛で覆われた怪物。しかも、骸骨の顔が‥‥カタタと揺れる。怪しく笑うように‥‥。
「グイドさ〜ん」
「ここは、ひとまず撤退だ。逃げるぞ、ユリアル!」
二人は逃げ出した。
『フフフ、大成功でござる』
古いとはいえ、豪奢な館にレジエル・グラープソン(ea2731)は上機嫌だった。
「流石、貴族の館。古くてもなかなか見事なものですね。近頃殺伐とした依頼が多くて、もういい加減にしてくれと思っていたんです」
レジエルは楽しそうに扉を開いた。
「ほお、見事な作り、だがやはり、貴族の館というからには、秘密の部屋や秘密通路があるに違いありません。さあ、それを探しに行きますよ!」
トントン、あちらこちらを叩きながら彼は進んでいく。
「なにやら気配を感じるのですが、怖い物というより、あからさまに生き物の気配が‥‥っと、この扉は‥‥?」
ガチャ!
『いや〜ん、入っちゃ♪』
「あ、こりゃ失礼」
慌てて扉を閉める。今、怪しい生き物がウインクしたような気がするが、‥‥気にしないことにした。
コロコロコロ。
「ん? 何かなこれは?」
レジエルは足元に転がった何かを拾い上げた。その先を見てみると少年が‥‥膝を抱えて泣いている。
「お兄ちゃんとはぐれちゃったぁ〜。うえーん、恐いよぉ〜」
お化け屋敷に遊びに来た子供だろうか? 手を差し伸べてやった。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「足が痛いよお!」
仕方ない。レジエルは膝をつき、背中を見せた。少年はうんしょ、と昇って息を整える。
「さて、どちらへ‥‥うわっ!」
首筋に触れた手は水のように冷たく、背筋が震える。一瞬気のせいかと思ったが、背中の冷たさは何故か増すばかりだ。
「こ、これは一体!」
少年を降ろして、逃げようと思ったが、いつの間にか足が動かない? 背中にもぞもぞとした感覚、冷えた背中。そして‥‥
『優しいお兄ちゃん‥‥‥‥ありがと〜〜』
「うわああ!!」
目の前に現れた、薄白い影にレジエルは目を丸くし、そのまま意識を失った。
『ごめんね〜〜』
駆け出してく少年の足音と笑顔を、遠のく意識で彼は聞いたような気がした。
「キャアアアア、助けてー!」
台本を、棒読むような悲鳴をエクリア・マリフェンス(ea7398)は幽霊達の前で上げた。
白い服の少女達が泣き声を微妙に止めた。
「キャアアアア、助けてー!」
彼女の悲鳴が、何故か目の前からも聞こえるが、後ろからも聞こえるのだ。時間差で。
「えっ?」「あれ?」『どうして?』
クスクスクス‥‥。エクリアの笑みに、彼女達は慌てて姿を消す。
彼女達の足元に残されていた、小さな小箱を拾ってエクリアは上機嫌だ。
「こういう緊張感は、楽しいですわね。ワクワクしますわ♪ さて、次はどなたでしょうか?」
すう〜〜。口元から血を流す美女の出現だ。
エクリアは深く深呼吸をして、楽しげに声を上げた。
「キャアアアア、助けてー!」
その声は館中、どころか外にまで届いて、お客の呼び込みに一役買ったという。
いろいろな思考が、ファム・イーリー(ea5684)の頭の中を過ぎっては消えていく。
「どうすればいいのか判らない。なんだか、思考がどうどうめぐりしてるよ〜」
ハーフエルフの少女のこと、ゴーストたちのこと。
さっき、館の中で見つけたこの聖書は偶然だろうか? それとも必然だろうか?
「きっと、伯爵達は、この夏が終わったら‥‥」
その続きを口に出すのが、彼女には怖かった。言ってしまえば、それが本当になってしまう気がして‥‥。
思い聖書を抱えたまま、彼女は通常コースを外れて従業員控え室へと向かった。
勝手知ったる他人の家、だ。
トントントン。
「ちょっといい‥‥‥?」
怪しい外見の怪物が、そこで身支度を整えていた。知人の顔を見ておやと、言った様だった。
「どうしたんでござるか? 従業員の方に来るかと思っておったのでござ‥‥」
知り合いの顔(?)を見て気が緩んだのか、ファムはその膝に顔を埋めた。
「あたし、どうしよう‥‥ぐすん、ぐすん‥‥うわあ〜〜〜ん!」
泣き崩れた少女の横で、古い聖書が落ちて開く。
幾たびも開かれた形跡のあるそこは、家を出た我が子の帰還を、父が、家族が笑顔で迎えるという有名な故事の一説。
そのページの手垢に込められたものを、彼らは、知っていた。
「ねえ、アル? どうしても行くの?」
先を歩く細身の騎士を緩やかな足取りで追いかけていた少女は、そう言って立ち止まった。
「ああ、アーリー。ぜひ、一緒に行って貰いたい」
「どうしても?」
「どうしても、だ!」
いつも以上に頑固に自分の意思を通す幼馴染の言葉にアステリア・オルテュクス(eb2347)はぷうと、頬を膨らませた。
「私がこういうの苦手だって、知ってるくせに‥‥」
「なんだい?」
ワザとアルセイド・レイブライト(eb2934)は聞き返した。いじっぱりな彼女がはっきりと答えるはずは無い事は承知の上で、だ。
「もういい! 行こう! 早く!」
アステリアは早足でアルセイドを追い抜かして館の前で手を降る。アルセイドはそんな彼女を愛しげに見つめながら笑って後を追いかけた。
「もう、ヤダ‥‥」
泣き出しそうな顔でアステリアはアルセイドにしがみついた。
それは、白い顔のバンシーや、子供の金縛りにさんざん脅かされ、精神疲労が完全に溜まりかけた頃のこと。
アステリアの頭にだけ、不思議な、声が聞こえてきた。
『‥‥苦しい‥‥』
「何?」
「どうしたんだ?」
気遣うようなアルセイドの声にアステリアは首を横に降る。彼には聞こえないのだろうか?
精一杯の意地で彼女は首を横に振った。
「なんでもない!」
だが、声はまた聞こえてくる。耳を押さえても頭の奥に‥‥
『‥‥痛い‥‥』
「だから、どうしたんだ?」
「なんでもないって‥‥いやああ!」
アステリアは張りかけていた虚勢を全て投げ捨てて、アルセイドにしがみついた。
「怖い! 怖い、こわい! 助けて!」
子供のように号泣し、泣き崩れるアステリアを胸に抱きながらアルセイドは彼女が見ていた先を見た。
そこには口から赤いものを滴らせた美女が立っている。ボロボロの服、乱れた髪、確かに恐怖を煽るが‥‥彼は『彼女』に柔らかい笑顔を向けた。
目線を合わせた『彼女』はスッと去って行く。アルセイドはそれを追わずに、腕の中で泣きじゃくる少女をしっかりと抱きしめた。
「大丈夫。どんなことがあっても、私は、君の側にいるよ。信じておくれ‥‥」
「アル! アル!! 助けて、側にいて!!」
泣きじゃくるアステリアの髪をそっと、優しく撫でる。やわらかく、やさしく。
その手が少しずつ、少しずつアステリアの心を解きほぐして行った。
『私は、お化け役でキューピット役では、無いはずなんですけどねえ』
『くすくす、ご苦労様』
「本当に、怖かったんだからね! アル解ってないでしょ! 今日はアルの驕りだからね」
「はいはい。何を食べるんだい?」
「えっとね、あれと、これと‥‥」
「あっ!」
急に足を止めたアルセイドにアステリアは慌てて振り向いた。また置いていかれるのではないか、と心配そうな顔だ。
「どうしたの‥‥‥えっ?」
ふわり、優しい手が彼女の首に何かをかけた。それは、小さな水晶のペンダント。
「アーリーにあげる。私が持っていても仕方ないからね」
「うわ〜、ありがとう! あ、でも驕りは別だから! 我が儘いっぱいいっちゃうぞ♪」
胸の小さな輝きを大事そうに抱きしめてから、アステリアは大好きな者の腕にしがみついた。アルセイドは小さく苦笑しながらも腕の中の大事な宝に優しく微笑んだ。
遠い昔に戻ったように‥‥。
かくしてホラーハウスは今年も盛況のうちに幕を閉じた。
来年もまた、という期待に商人は小さく、首を振ったという。
その理由が語られることは無かったが‥‥。
「何か困った時は、ギルドに依頼してね」
空を見上げ、泣きじゃくる少女にファムはそう言って手を差し伸べた。
歌うような笑顔と共に昇っていった幽霊達。
ファムは心の中でそっと歌った。
それは幽霊達へのラブソング。
遠ざかる夏と楽しい思い出への彼女の心からの感謝だった。