【ビートルキング 青】初秋の復讐者

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 2 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月18日〜09月24日

リプレイ公開日:2005年09月28日

●オープニング

「冒険者など、当てにならん! いくら待っても助けに来てはくれんではないか!」
「あのムシにも、もう、我慢がならん!」
「あんな黒くて巨大なビートルは悪魔の使いじゃ。放っておいては大変なことになる」
「ビートルを殺せ!!」


「依頼を取り下げますわ」
 そう言って、小さな村の村長は冒険者ギルドに預けた報酬を引き取った。
「すまないな。手の空いてる冒険者がいなくて、出発できなかったんだ」
 それは成立しなかった依頼。苦笑いを浮かべる係員に冷たく答える
「もう、よろしいです。ビートルは姿を見せなくなりましたし‥‥、皆様いろいろ忙しかったのでしょう?」
「ハハハハハ‥‥」
 なんとも答えがたく、笑うしかない状況で係員はふと、村長の横を見た。
 少年は、何か言いたげにこちらを見つめている。
「君は‥‥」
 そこに扉が開いた。王都の門番達が一人の村人を抱えて入ってきたのだ。
「どうしたんだ? 一体?」
 只ならぬ様子に係員はカウンターを飛び出して、村人に駆け寄った。
 ボロボロという表現がピッタリのその男は、擦れた声で懸命に告げる。
「ビートルが‥‥、ビートルが村を襲っている。助けてくれ‥‥」
「ビートル? どういうことだ?」
「この人は、南の村の村長‥‥一体、どうなさったんですの?」
 微かに薄く目を開けて‥‥彼は声を振り絞る。
「北の森から‥‥黒い、大きな‥‥ビートルがやってきた。‥‥村人、皆で‥‥退治して土に埋めた‥‥。そしたら、もう一匹、ビートルが‥‥現れた。前に現れた‥‥ビートルより大きな‥‥一本角を持つ‥‥」
 係員と、北の村の村長は顔を見合わせた。
「一本角の‥‥ビートル?」
「それは、まさか‥‥」
「ビートルは‥‥夜になるとやってきて‥‥怒り狂うかのように‥‥人を跳ね飛ばし、家を襲う‥‥。特にビートルを殺した人物を、狙うように‥‥。お願いだ‥‥村を、助けてくれ‥‥」
 そこまで言うと、彼は力尽きたかのように手を落とした。
 まだ息はある。死んではいない、という程度ではあったけれども‥‥。
 急いで教会に運ばれた彼を見送り係員は手を握り締めた。
「‥‥キングだ‥‥」
「ポルン! 何を言うの! 関係ないわ。帰りましょう!」
 慌ててて村長は少年の口を押さえ、引きづり出すようにギルドを出る。
 だが、係員は苦い思いを、口の中に噛んでいた‥‥。

「少し前に、人手が集まらなくて、流れた依頼があったんだ。森を挟んで北と、南の森でムシ退治をっていうものだった」
 北の村に現れたのは大きな角を持つ、子供達と仲良くなるほど穏やかなビートル、南の村に現れたのは角を持たない少し気の荒いビートル。
「今思えば二匹はつがいか、それに近い関係だったのかもしれない。そして、そのうち一匹が殺された。おそらく残された一匹は仇を討つために村を襲っているんだと思う」
 おそらく、このままでは村を滅ぼすか、自らが滅ぶまでビートルは攻撃を止めないだろう。
「今回は急ぎの依頼だ。村に向かってビートルを止めてくれ!」


 冒険者達が出発する直前、ギルドに息を切らせた人物が駆け込んだ。
 あれは‥‥北の森の村長?
「大変なの。息子が、ポルンがいなくなったの。きっと、南の村に行ったのよ。あの子はビートルと仲が良くて、大好きだと、言っていたから‥‥お願い。あの子を止めて! 助けて!」

「キング。待ってて。絶対に、キングを殺させたりしない!」

●今回の参加者

 ea0643 一文字 羅猛(29歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea7804 ヴァイン・ケイオード(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 森を足早に冒険者達は行く。
「ポルン君、大丈夫かなあ? 怖い思い、してないかなあ?」
 心配そうに飛ぶファム・イーリー(ea5684)を励ますように力強い声が下から響いた。
「北の森の村長によれば南の村に行ったようだから、我々の足なら道中の森で追いつくこともできよう。大丈夫だ」
「途中で、獣とかに襲われてなければ、な」
「ヴァイン殿!!」
 一文字羅猛(ea0643)はヴァイン・ケイオード(ea7804)に強い口調と共に睨んだ。
 真っ直ぐな背筋をさらにピンと伸ばして、肩を竦めるが‥‥ヴァインの顔は真剣な眼差しを崩してはいない。
 一瞬泣きそうな顔を見せるファムを慰めつつも、葉霧幻蔵(ea5683)の心はヴァインに同意する。
「危険であるのは事実であるからして、まずは早くポルン殿を見つけるでござる。ポルン殿の説得でなんとかなれば、いいのでござるが‥‥」
「あたしは、キング殺すの‥‥反対。なんとか助けてあげられないかなあ?」
 ファムの気持ちは、冒険者達にも解る。ポルンが何故、親元を飛び出したのかも、なんとなく想像はつく。
「だが‥‥、いや、とにかく行ってみよう。ポルンと合流して、村の様子を見て、話はそれからだ」
「うん」「よし」「解ったでござる」
 ヴァインの言葉に、冒険者達の足はさらに早まった。
 いろいろな思いと、予感。それらを胸に抱きながら‥‥。

「‥‥君が、ポルン君ね? 良かった。無事で。お母さん心配してたよ」
 やっと辿り着いた村で、ファムは見つけた少年の肩にふんわりと降りた。
「その子、なんとかしておくれよ。唯でさえ、あのビートルには困ってるっていうのに『退治するな! いじめるな!』ってわめくし、仕事の邪魔をするし、迷惑してるんだよ!」
「昨日は家に入れてやったが、一晩中騒ぎやがって‥‥。そんなにあのビートルが心配なら、自分で説得しな。ただし、角で突っかけられて死んだってしらねえぜ」
 そう言って、村人からまるでいたずら猫のようにつまみ出され、放り出された少年を取り囲むように冒険者達は輪を作った。
 目の前に現れた自分の二倍はありそうな巨体に怯えながらも、懸命に作った気丈な眼差しで、少年ポルンは冒険者を見つめた。いや、睨んだ。
「お前達は、母さんに頼まれて僕を連れ戻しに来たんだろう? そして、キングを殺しに来たんだろう? 僕は帰らないぞ。キングを‥‥絶対に殺させたりしないからな!」
 スッと、目の前に立っていた羅猛が膝を折った。自分の前にふさがる障害に見えた人物と眼と眼が真っ直ぐ合って、ポルンは明らかに動揺したような表情を見せた。
「な、なんだよ!」
「あのね。まずはちょっと話を聞いて?」
 ファムの言葉に、ポルンは前を向く。膝を折ってなお、羅猛と小柄なポルンの間には身長差があるが、それでも真っ直ぐに真剣な目で羅猛は言う。
「ポルン、協力してくれないか?」
「えっ?」
「私達はキングを『止めに来た』のであって決して問答無用に退治するつもりは全くない。ただ、今止めないとキングのみならず、彼の仲間が『危険なモンスター』として問答無用に退治されるかもしれない。キングが暴れる理由は仲間を失った上、その遺体も何処か分からないところに埋められてしまったことだと思う。だから、まずは遺体をキングに返し、乱暴を止めるよう説得してみようと私達は考えている」
「できれば、拙者たちもキングを殺したくはないのでござるよ。だから、その為に全力を尽くすでござる。力を貸してはくれまいか?」
「ホント? ホントにキングを、殺さないでくれる?」
 縋るような目つきになったポルンに冒険者達は頷いた。
「やっぱり、大事なお友達がいなくなるのはイヤだもんね?」
 肩からの小さな励ましにポルンの顔はパッと明るくなる。
 だが‥‥
「だが、最悪の場合は退治するかもしれない。それは忘れるな」
 厳しい現実があることをヴァインは知らせる事を躊躇わなかった。それが、表情を曇らせることになろうとも。だ。
「確かにあいつは友達かもしれないが、あいつが止まらなかった時は今度はお前の人間の友達が殺されるかもしれないんだぞ。あいつは絶対に止めなきゃいけないんだ、説得でも退治だとしても」
「その時は‥‥許して欲しいでござる‥‥」
「大丈夫だよ。キングは絶対解ってくれる!」
「なら‥‥いいがな」
 視線を軽く交わしてヴァインは森を見た。夕暮れまであと少し。
 人の時間が終わり、闇に生きる者達の時間が始まる。戦いの時間も‥‥すぐそこに来ていた。


 家々を回って来たヴァインが街外れに戻ってくる頃、冒険者達は大きな穴を前に、眼と鼻を押さえていた。
「うわっ‥‥凄い匂い」
「埋められてかれこれ一週間以上でござる。仕方がないでござろうが‥‥」
 土が覆い隠していた罪の匂いには、誰もが顔を顰めずにはいられなかった。
「元々、甲虫は腐土などの匂いを纏う。死んでしまえばなおのことだ。仕方ないだろう。積むなら慎重に、早くした方がいい」
 ヴァインの言葉に頷いて羅猛と幻蔵は穴の中からそっと、腐りかけた身体を地面の上に上げた。村から借りた荷車にビートルの身体を移す頃には服や身体が泥だらけになる。
「これが‥‥キングのお嫁さん、だったのかなあ?」
 ポルンはそっと、その背中に触れる。ところどころ焼け爛れ、背中の何箇所かは凹みを見せているが、また硬い感覚を残している背の感触はキングとよく似ている。
「おそらく‥‥な。なんらかの事情ではぐれたのかもしれん。キングがオスで、これがメスなら他の固体がいないと子孫を残すことはできないだろうな」
 もし、この巨体のビートルが繁殖してしまったら、それはそれで問題であるが、物悲しいものが冒険者の間に吹き抜ける。
「とにかく、もう日が暮れる。こいつを村から離そう。村の中で暴れられたらとんでもないことになるぞ!」
「解った!」
 羅猛が梶棒を握り、幻蔵が後ろを押して、森との境まで荷車を走らせた。
 村人達にはビートルの習性と共に、今夜家から出ない事を伝えてある。
 太陽の消えかかった光の代りに灯ったランタンの明かりが揺れて、森の方へと消えていった。

「来たか‥‥」
 暗闇の奥からやってきた存在に、思わずヴァインの手がスピアを握りなおした。
 覚悟はしていたつもりだった。だが、目の前ににじり寄ってくるその存在の迫力は想定の範囲を超えていた。
 黒光りする背中、同じ色に光る瞼を持たぬ瞳。そしてその背の羽を広げ『キング』は突進してきた。
「きゃああ!」
 突風に吹き飛ばされかけたファムを幻蔵は抱きかかえた。
「キング!」
「危ない!!」
 呼びかけたポルンの手を羅猛はぐい、と強く引く。
 それが幸いした。
 キングの突進は荷車を打ち壊し、その上にあったビートルの死骸を地面の上に落とす。
 もし、直撃を受けていたらポルンの小さな身体など、ひとたまりも無かったはずだ。
「シャドウ‥‥! あっ‥‥、ど、どうしよう‥‥」
 ファムは小さく口元を押さえる。詠唱しかけた呪文が闇に溶ける。
 シャドウバインディングの呪文で行動を抑えるつもりだった。だが、太陽の消えた森。頼りはカンテラ一つだけ。
 はっきりとした影が見えないと、魔法もその姿を縛ることはできない。
 かくして、自由の翼を持ったままビートル『キング』は台から、ゆっくりと舞い降りて地面に立った。
 ビートルの表情など、はっきりと解るわけではない。だが『キング』の気持ちはヴァインには解る気がした。『彼』の纏う気配が告げている。
(「やはり‥‥」)
「キング! 止めてよ! 一緒に村に帰ろう? 皆、待ってるから‥‥ね」
「危ない! よすんだ!」
 ヴァインの静止は、一瞬遅れた。何も躊躇わず、躊躇無く目の前の存在を信じて歩むポルンに‥‥強く蹴られた地面と勢いのある突進が答えた。
「うわああっ!」
「キャア! ポルン君!」
 身体が勢いをつけて空を飛ぶ。木に激突するかとファムが悲鳴と共に眼を閉じる。
 木に身体がぶつかる音。小さな身体が悲鳴を上げる声、はしなかった。
「ゲオゲオッ!」
「ま、間に合ったでござるか‥‥」
 おそるおそるファムは目を開ける。そこにはガマの背中をクッションに、目を閉じているポルンの姿があった。
 慌てて駆け寄ってみるが‥‥思ったほど大きな外傷は見られない。おそらく、ショックで気絶しているだけだろう。
「良かった‥‥」
 だが、彼女の背後ではその、安堵の声さえもかき消す戦闘がもう始まっていた。
「くっ‥‥、やはり私達の思いは、通じぬか‥!」
「だからっ! 心配してたんだ。妻の亡骸見せられてっ! 普通冷静になれるか‥よっ!!」
「そうは言っても‥‥で、ござる! 大ガマよ! キングを押さえるのでござる!」
「ゲオッ!!」
 角のかすり傷、突進の青痣。全身が上げる悲鳴を聞きながら三人の男達はポルンとファムを背中に庇い、必死の戦いを続けている。
 素早い動きを持つキングにこちらの攻撃はなかなか当たらない。正面からの突進を交わし、ヒット&アウェイを繰り返すのが精一杯だった。
 やがてキングの動きに少し、鈍さを感じるようになったころ、やっと幻蔵の大ガマがキングの背中を掴むことに成功した。
 全力で逃れようともがくキングの背中に、一瞬だけ目を閉じてから、ヴァインはスピアで狙いを定めた。
「だ、ダメだ‥‥。止めて‥」
「ポルンくん! 動いちゃだめ、見ちゃダメ‥‥」
 ファムの静止を振り切り、その背中を越えてポルンが立ちあがった時、キングの動きが止まって、ポルンの方を見たように‥‥冒険者達は思った。
「‥‥‥!」
 ヴァインの手から放たれた鋭い一閃。スピアは硬い背中と頭の隙間に突き刺さる。獣のような唸り声も上げず、悲鳴も立てず、キングは頭を大きく動かした。
 そして、ゆっくりとガマから逃れ、静かに、一歩ずつ歩んでいく。
 冒険者達も止めを刺すのを忘れ、魅入っていた。
「キング‥‥」
 ポルンの差し伸べた手の前をすり抜けて、キングは地面に蹲る仲間の亡骸の側まで歩んでいった。
 鼻先に‥‥まるでキスをするように‥‥顔を近づけて、そのまま、横たわった。
 背中に突き刺さったままのスピアのせいで、身体は完全には返らない。足が空を仰ぐ。
 妻にもたれて眠る夫はそのまま、二度と動くことは無かった。
「キング、キングーー!!」
 暗闇に少年の高く、悲しい悲鳴が響き渡って、消えていく‥‥。

 翌朝、冒険者達は森に改めて深い穴を掘り、ビートル達の亡骸を二体一緒に埋めた。
 どういうきっかけで彼らがこの森に来て、なぜ逸れてしまったのかは知る由も無いが、これで、もう離れ離れになることは無い筈だ。
「ゴメンね。キングを助けられなくて‥‥」
 穴の前で立ち尽くす少年の前ですまなそうな顔をするファムに、ポルンはううん、と首を横に振った。
「キングは、きっとお嫁さんが一番大事できっと一緒にいたかったんだ。だから、仕方ないと‥‥思う」
 友達だと思っていたのは自分達だけだったのかもしれない、そんな思いが胸を過ぎるからか、ポルンの瞳からは涙が止まらない。
「しかし、キングはポルン。君も大切に思っていたと私は思うぞ」
 羅猛の言葉にポルンは顔を上げた。幻蔵も真面目な顔で頷く。
「そうで、ござるな。あの突進の直撃を受けて傷一つ無い。荷車さえも粉々になったのに‥‥それは、きっと」
「そうなのかな。本当に、そう‥‥思う?」
「ああ」
 ヴァインは頷いて、涙を拭う少年の顔を見た。そして、優しく言う。
「だから、お前の友達の事を信じろ。そして、忘れないでいてやるんだ。それを、きっとキングも望んでいる」
「うん!」
 服の袖で涙を拭いてポルンは、頷く。
 その瞳は、表情はほんの少し、最初に出会った時よりも大人びて見えると、誰もが感じていた。
 
 夏の終わり。
 切なく悲しい友との別れは、少年を少し大人にしたのかもしれない。
 吹き抜ける風は涼しさを帯びて‥‥森と、少年、冒険者。
 そして大地に眠る二つの命の上を平等に流れて、秋の到来を告げて行った。