【宮廷図書館長】消えた本を追え!

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月27日〜10月02日

リプレイ公開日:2005年10月07日

●オープニング

「母さんの治療費が‥‥。王‥‥図書館長様。どうぞ‥‥お許し下さい」

 キャメロットの街は賑やかで明るい声に溢れている。
 今日も、市や店からの呼び声も聞こえる。
「やれやれ、やっと一息つけるわい」
 エリファス・ウッドマンは肩の荷を降ろした気持ちで伸びをした。
 こうしてのんびりと街を歩くのも久しぶりの気がする。
 宮廷図書館中を騒がせた聖杯探索資料の整理がやっと終った。
 図書館の職員達も今頃は殆どが家にでも帰っているだろう。
「ワシもたまにはのんびりするか‥‥」
 食料でも仕入れて戸外でのんびりとでも。だが‥‥
「あれは!!」
 そんな考えは一気に吹き飛んだ。エリファスは足を止めると古物商の露店に並んだ売り物に手を伸ばす。
「おっ! お目が高いね。それはある高貴な方のお膝元から売りに出された貴重な書物だよ。今、買い逃したら二度と手には入らない貴重品だよ。さあさあ、買った買った!」
「主人!」
 いきなりの怒鳴り声に、商人は景気のいい呼び声を止めて、目を見開いた。
 さっきまで恐ろしいまでに真剣な顔をして書物のページをくっていた老人は、さらにエスカレートした表情で自分を睨んでいる‥‥?
「この書物、一体何処から手に入れられた?」
「はあ? それは今日、売り来た知らない男からで‥‥」
「ちと、来て頂こう!」
 ずるずるずると、老人とは思えない力で商人は店から離されようとしている。
「ちょっと、ちょっと待ってくれよ! 一体何が?」
「口答え致すのか‥‥?」
 ゾクッ!
 エリファスの恐るべき形相、迫力の目に口答えできる勇者は少ないだろう。
 少なくとも、彼は違った。

「盗難事件じゃ」
 冒険者ギルドにやってきたエリファスはそう言って依頼書を差し出した。
 図書館の本が数冊盗まれた、と。
 それが、この商人の露店に売られていた。と差して。
「商人は若い男から買ったと言っておる」
 買い戻した書物には王宮図書館の刻印が為されていた。
 調査の結果、盗難にあった書物は五冊。そして、買い戻したのは四冊。あと一冊足りない。薬の調合方を記した貴重な本だ。
「ワシらが聖杯探索の調査でドタバタしていた時に盗まれたのかもしれん。戦争でいろいろ城も手薄だったとはいえ、図書館から本が盗まれるなど大問題。ぜひとも犯人を探し出して欲しい」
「と言ってもなあ、いつ、誰が盗んだかも解らないんだろう?」
「解らん。だから、冒険者に頼むのじゃ。ワシは仕事で忙しい。なんとか探し出してくれ。最悪の場合は本だけでも取り返してくれればいい」
 詳しいことは商人に聞いてくれ。そう言って彼は依頼料を置いて去っていった。
 商人は頭をかきながら困ったように言う。
「あのな。あのじいさんには言ったんだけどな。本を売った男は家族が死にそうだから、なんとか助けてくれ。って必死だったんだ。だから、ヤバイかも、と思ったんだが買い取った。だから‥‥」
「ちょっと待て、エリファス殿はそれを知っているんだな?」
「ああ」
 頷くと商人は続けた。
「あのじいさんには、犯人の心当たりがあるのかもな」
「じゃあ、なんで‥‥」
 
 図書館で働く弟子や部下達を見つめながら、エリファスは唇を噛んだ。
「考えたくもないが‥‥。まさか‥‥」
 その小さな声は、誰にも聞こえはしなかった。

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5278 セドリック・ナルセス(42歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea5741 ハルカ・ヴォルティール(19歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7050 ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea7163 セラ・インフィールド(34歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2526 シェゾ・カーディフ(31歳・♂・バード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 図書館という空間は、どこか教会に似ている。
 神聖で、静かで、積み上げられた時が罪の介入を許さないような気さえする。
(「俺は、好きなんだけどな。この空間も、ここで一生懸命に働く人たちも‥‥」)
 そんな思いを口には出さず、セドリック・ナルセス(ea5278)は‥‥どこか苦しげな顔でその書棚を見つめた。
「おお、良く来てくれたな。まっていたぞ」
「図書館長殿、お初にお目にかかる。微力ながら全力を尽くさせて頂く。どうぞよしなに」
 かけられた声の主に上品に、丁寧にシェゾ・カーディフ(eb2526)は答え頭を下げる。
 そこにはこの空間の主、エリファス・ウッドマンがまるで図書館そのもののような空気をまとって立っていた。
「この度はわしの不始末の後を任せるようで申し訳ないが、どうぞよろしくお願いする」
「図書館長殿、今回の私達の入室は、部下の方にはどのようにご説明されておりますか?」
 周囲にエリファス以外の人物が居ない事を確認しセラ・インフィールド(ea7163)は小声で問うた。
 依頼を聞いた時から、冒険者達は考えていた事がある。
「はっきり申し上げましょう。膨大な数の蔵書の中から短時間で目的の書物を盗み出した。戦争の事後処理や聖杯探索などの影響で一般人の出入りは制限されていた筈。以上の事から今回の件は図書館内部の人物の犯行である、と思われます」
 おそらく、エリファスには自分達以上にそのことは解っている筈。セラの言葉にエリファスは無言で答えた。
 それはある意味肯定よりも雄弁な答えだ。
「‥‥やはり、エリファス殿もお気づきなのですね」
「家族の体調が悪い若い男に、エリファスさんは心当たりがある。自分とは別世代で、家族の体調も知っている程親しい間柄なると‥‥仕事の仲間か隣人か‥‥でも、盗品は宮廷図書館の書物だから。いや、あくまで可能性の一つに過ぎないよな」
 絞るようなセドリックの言葉を否定して欲しいと彼は思っていた。
 だが、答えはまたしても沈黙と言う名の肯定。
 セドリックと同じ、いやそれ以上に辛い顔をエリファスはしていると、気付くと同時に何故、彼が冒険者ギルドに依頼を出してきたのかもなんとなく解る気がしてきた。シェゾは確かめるように問いかける。
「今、仲間が証拠調べをしている。決定的な証拠と交渉材料が揃うまでは、一般の冒険者が調べものをしにきた、ということで、図書館の文官達を観察したいのだがよろしいだろうか?」
「無論。よろしく頼む。だが‥‥なるべくなら‥‥」
「あまり事を大きくして追い詰めたくありませんものね。これからの為にも‥‥」
 言葉にならない続きを、倉城響(ea1466)はエリファスに変わって紡ぐ。
 そして、冒険者達は頷いた。

 盗まれた本の行方を追って、冒険者達は手分けしながら街を行く。
「ここか‥狼鎗、待て‥‥」
 主人神城降魔(ea0945)の命令に、小さな声を上げて愛犬は地面にその腹を伏せる。
 そして、主人は一軒の店に足を踏み入れた。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
 商人の定番の問いかけに降魔は用意しておいた問いを返した。
「薬を探している」
「へえ、どんな薬だい? 簡単なものなら調合してあるのがあるし、必要なら薬師を紹介してやるぜ?」
 いいや、と軽く首を振り彼は答える。
「特別な病を和らげる薬で特殊な調合が必要なようなのだ。自分では知識が無いので、同じ材料を買っている人物であれば作れるであろうと考えた」
 そして、最近特別な調合を求める薬を買ったものはいないか? と問うてみる。
 う〜ん、と暫く唸ってから店主は
「そう言えば、マンドラゴラとかちょっと高価な薬材を買ってった奴がいたかなあ?」
 と答えて近所の薬師を紹介してくれた。薬材だけでは薬にはならない。調合するには専門家の知識がいるだろうと。
 短く礼を言って外に出た降魔をやっほー、と明るく呼ぶ声がする。くるり、後ろを向くと陽気な神聖騎士がそこで手を振っていた。
「どう? 降魔くん? そっちの方は?」
 ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)の問いに降魔は手短に得られた情報について答える。
「ふ〜ん、やっぱりねえ。他にもいくつかの店で高価な材料を買って行った人がいたみたいだよ。ハルカくんが言ってた」
 腕組みをしながら彼女は降魔と共に情報を整理する。
 聞き込みを続けるハルカ・ヴォルティール(ea5741)はどこかやつれた顔の若者が、身なりに似合わぬ高価な薬材を買って行ったと聞きつけていた。
「若い人が簡単に稼げる額じゃないからね。それに‥‥やっぱり本の内容と価値を理解しなけりゃできないと思うんだ。つまり‥‥」
 図書館内部の人間の犯行であると、集める情報全てが指し示している。
「やっぱり、お金目当てで‥‥かなあ? あ、何か脅されたりしてるのかも‥‥」
 人の考えに降魔は口を挟まない。無言の視線で足元の犬を立ち上がらせて先を歩こうとする。
「あ、待ってよ!」
 手の中に握った情報を早速生かすために降魔は動き出す。ピアもそれを急いで追いかけた。
 

 図書館で調査すること二日。もう、冒険者達には誰が犯人か解りかけていた。
「彼‥‥か?」
 セドリックは文官達の手伝いの申し出を丁寧に断り『調べなくてはならない文献』を広げた。だが、彼が見ているのは文献ではない。
 商人から聞き込みをした時、外見の特徴などは聞いてきた。おぼろげな記憶の中ではあるが、それほど多くは無い人の中からこれは、と思う人物を絞り込む役には立つ。
「できれば、間違いであって欲しいと思ったんだがな‥‥」
 彼はそう言ってため息をついた。
「そうですね。でも、根っからの悪い人じゃない。きっと‥‥どうしようもなくて、本当に悩んでやってしまった、というところなのでしょうね」
 同感と首を縦に降りながら響の顔と声も重い。
 冒険者達の目線の先にいるのはまだ若い部類に入る青年司書カール。
 少し前、図書館の手伝いに入った時は、疲れきっていながらも充実した笑顔と、瞳を持っていたと、セドリックはなんとなく覚えている。
 だが、今は一途な光が目元から消え、代りに青黒い隈が除く。表情は困憊しり、青ざめた顔をしている。
 そして‥‥何より冒険者達から声をかけられるたび、横を通るたび動く背中、見える怯えた表情。
「‥‥何か深い事情があるのだろうな‥‥気の毒なほどだ」
 彼の背を見つめるシェゾの声は柔らかい。見ていると同情さえしたくなる。
「とりあえず、彼の似顔絵と特徴を聞き込み班の方に‥‥おや?」
 羊皮紙を閃かせたセラの眼差しの先に仲間が見える。
「みんな〜!」
「ステラさん」
 早足で近づいてくるステラ・デュナミス(eb2099)に響は声を潜めながら手を振った。
「どうでした?」
「うん‥‥カールさん、っているかな?」
 ステラの言葉に冒険者達は頷く。いきなり名指しで出てきたということは‥‥もう疑う余地は無いだろう。
「向こうにいるから、私が呼んで来よう。どこで‥‥話す?」
「じゃあ、彼の家で‥‥」
「解った」 
「俺も行こう‥‥」
 シェゾはくるりと背を返し歩き出す。セドリックはそれを追う。
 暫く歩いた彼らの視線の先に、丸めたスクロールを抱えた青年が見える。
「顔色が悪いぞ、カール」「少し休んだらどうだ?」
「だいじょう‥‥ぶ‥! いや、やっぱり休ませて貰うよ」
 そうしろ、と見送ってくれた同僚の言葉を背に、彼は覚悟した顔で歩き出した。
 前で待つ、冒険者達の方へ‥‥。

「‥‥彼女が、お母様ね?」
 はい、とカールはステラの問いに頷いた。狭い小さな住宅の一室に彼女は眠っている。
 薬でやっと与えることが出来た深い眠りだ。
「身体中がもうボロボロなのだそうです。毎日苦痛に上げる悲鳴を必死で堪える母に、僕がしてあげられるのは薬で進行を押さえて痛みを和らげてやること。もうそれしか無くて‥‥」
 低い声で、彼は言った。母一人、子一人。貧しいながらも誠実に愛情深く育ててくれた母のお陰で自分は王宮の図書館と言う名誉な職場に付くことが出来た。
 だが、その母が病に倒れる。
 折しも丁度聖杯探索の資料整理で連日の泊り込みが続いていたことが災いし、彼が家に戻り事情を知った時には母の病状はもう取り返しのつかないところまでいっていた。
「薬師さんに、母の看病についてもらうための費用。薬の材料費、生活費。それは‥‥図書館からの給料ではとても足りなくなってしまって‥‥」
「彼は勉強家で、私でさえも知らない薬についてよく知っていました。その調合法を教えてもらう代わりに私は、彼のお母さんの看病を請け負ったのです」
 冒険者達が足で聞き込んで探し当てた薬師は図書館からの本を、とても大事に扱っていた。
 そして、薬を探しに来たと本の内容を聞き込む冒険者達にカールの名前をあげたのだ。貸してくれた人物の許可が必要だ、と。
 だからまだ、誰も書物盗難の件を知らない。薬師も、母親も‥‥。
 話の続きの為、家の外に場を変えてくれた冒険者達にカールは膝を付いて頭を下げた。
「王宮の財産に手を付けた罪の、責任は取ります。ただ‥‥もう少し時間を下さい。そしたら必ず‥‥」
「それを決めるのは私達ではない」
 微かに後ろを向いたシェゾは目を閉じる。同時、声が響いた。
「この愚か者が!」
「えっ?」
「王宮の書物に手をつけるなどと言う大罪がバレぬとでも思うたか?」
 俯いていたカールの頭上に雷の如き声が鳴る。慌てて顔を上げると、そこには一番彼が尊敬し、出会いたくない人物がいた。
「図書館長様‥‥どうして、ここに‥‥」
「俺達が呼んだ。今回の件の待遇を決める権利があるのは彼だけだからな」
 それだけ言うと降魔は沈黙する。冒険者も、カールもまた‥‥口を閉じてエリファスを見つめていた。。
 長く続いた沈黙を最初に切ったのはその当人、エリファスだった。
「何故、事情を説明し、我らに助けを求めなかった? そうすれば、お前の事を助けてやることに身を惜しむ者はいなかったろうに‥‥」
 その声は厳しいながらも優しさを秘める。自分を見つめる瞳も昔と変わらず優しくてカールはその眼から顔を逸らし、下を見た。
 とても正視に叶わぬと。
「苦労を重ねている友、そして、敬愛する我が師に‥‥心配をおかけしたくなかったのです」
「それで、王宮の財産に手をつけるなどという愚かな真似をしては世話が無いぞ。まったく‥‥愚か者が‥‥」
「あのね。なんでエリファスさんが、冒険者に依頼を出したと思う? こっそり、だけど、他人の手を借りて」
 ステラは静かにカールに手を差し伸べて、言った。涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげたカールにセラが続ける。
「おそらく、エリファスさんは名乗り出て欲しかったんですよ。貴方に自分から。そして、事を穏便に済ませてあげたかった‥‥違いますか?」
「図書館を愛する者に、悪者はいない。まして部下は‥‥家族のようなもの。もっと信用してもよかったのじゃぞ‥‥」
「申しわけ‥‥ありません。図書館長‥‥さま」
 立ち上がった部下の肩をエリファスは優しく抱きしめた。
 母の病、自らの罪、冒険者とそして、エリファスの優しさ‥‥。
 泣きじゃくる青年の涙の訳を冒険者は聞かなかった。ただ、無言で静かに、見守っていた。

 青年司書カールは、それから間もなく王宮を辞したという。
 自ら辞表を出したという彼を惜しむ者はいても責める者は誰もいなかった。
 それは、盗まれた書物全てが返還されたこと。そして盗難の事実も表ざたにならなかった冒険者達の功績でであった。
「結局、彼は資料盗難とは無関係か‥‥」
 タイミング的に重なったため、結果的にカモフラージュされてしまったのだろう。ピアレーチェは嬉しいような残念なような気持ちを胸に抱えた。
 彼は、母に付き添いながら薬の勉強をして、最終的には薬師を目指すと聞いてステラも響も胸を撫で下ろした
「何にしても、早く立ち直って欲しいものですね」
 微かに心と、胃はまだ痛むがセドリックは心からそう思っていた。セラもハルカも静かに頷く。
「あいつは悪人ではない。一人でもない。同じ過ちは繰り返すまい」
 それだけ言うと降魔は口をつぐむ。表情は氷のように変わらないがその言葉の奥にある思いが見える気がする。
 静かに読んでいた本をパタンと閉じてシェゾは顔を上げた。
 あの事の後、エリファスから受け取った書物だ。カールが図書館に残した、母から譲られて大切にしてきたものだと言っていた。
 仲間に告げることなく、自分を『呼んで』くれたことと、資金の援助の申し出にカールは感謝していたとエリファスは笑っていた。
 一度だけ目を閉じ、開き天を仰ぐ。思いを込めて。 
「私も‥‥願おう。彼の未来に幸があらんことを」
 罪は、消えない。でも、きっと償うことが出来るはずだ。
 冒険者達の思いは同じ空の下で生きる青年の心に通じると、彼らは確信していた。

 コトン。
 小さな音を立ててエリファスの手によって本は書架に返った。
 何事もなかったかのように、図書館は静謐の時を取り戻して沈黙した。
 書物たちはまた、静かに眠る。
 罪も思いも全てを抱きしめて。