【銀の一族 外伝】調査と言う名の偵察

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 21 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月10日〜10月20日

リプレイ公開日:2005年10月18日

●オープニング

 その日、ギルドにやってきたのは若い男だった。
 黒髪、黒い瞳。身体は細いがしなやかで、眼に力があって、戦士かと思った者も多かったが、彼は商人だと自ら名乗る。
「へえ、あんたが商人ね〜」
「ああ、主に武器を扱っている。やっぱり扱うものは自分の手で性能を知ることが重要だからな、とそんなことはどうでもいい。ちょっと急ぎの依頼があるんだ」
 そう言うと、彼は冒険者達にある場所に行ってくれ、と頼んだ。
 指定の場所の名を聞いて、係員は顔を顰める。
「ソールズベリ? 今、あそこは立て込んでるぜ。危険だしまたにしたほうがいいんじゃないか?」
 あまり大騒ぎにはしたくないが、あの地は今、封印されていた太古の魔法王が復活したと大騒ぎになっている所だ。事態解決の為にギルドでも高レベルの冒険者達が向かっているが、彼らの手をもってしても解決は手こずりそうだと報告を受けている。
「それは、解っている。だからさ」
 だが、商人は平然とした顔で答える。「だから」の意味が立て込み、危険だからだ。ということに気付くまで係員でさえ、しばらくかかった。
「俺は武器商人だ。武器が一番売れるところっていうのは、どんなところだか解るか?」
「‥‥なるほど‥‥な」
 ニッコリと笑みを浮かべながら彼は平然と言う。
「魔法王復活なんてことになったら、護身用の武器とかが売れないかなと思ってな。まあ、とりあえずセイラムの現状把握でいい。街の様子、規模、自警団の様子とか、街を統べる領主の信用とかの近辺調査だ。それから、魔法王復活の噂の真相だな。危険かも知れんが、報酬は勿論弾むからな」
 何か、嫌な予感をその笑みに感じたが、係員は一応マジメに依頼書を書く。
「で、その調査結果ははどうすればいいんだ」
「これから、俺は故郷に帰る。いろいろこれでも忙しくてな。そこに持ってきてくれ」
「故郷? あんたの名は? どこの誰に持っていけばいいんだ?」
 用事が済んだとばかりにギルドの扉を開いた彼に、係員は聞く。
 ああ、と外で待っていた黒い猫を抱き上げた彼は言う。
「俺の名はベネット。シャフツベリーのゴンゼル家に来てくれ。なるべく早めにな。情報は新鮮さが命だから」

 依頼書を貼り出しながら係員は何故か、自分の口から出てしまったものを思った。
 それは、深いため息。
 何故だろう、ごく普通のありふれた調査依頼のはずなのに、こんなに胸騒ぎがするのは‥‥。

●今回の参加者

 ea1708 フィア・フラット(30歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea3800 ユーネル・ランクレイド(48歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea5235 ファーラ・コーウィン(49歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 依頼書を手に取った冒険者達は皆、一様に顔を見合わせた。
「武器を売る為魔法王復活の噂が流れる土地の情報を?」
 頷く係員の顔を見ながらピノ・ノワール(ea9244)は顎に手を当てた。
「確かに最もな事ですが、だからこそ‥‥不自然に思える。何故、今‥‥」
「なぁんかキナ臭いのよね。女の勘かしら? あら?」
 一度軽く目を閉じ、また開いたファーラ・コーウィン(ea5235)の目線の先に、ヨッと言わんばかりの笑顔でサインをきる男が一人。
「おっ、なんだ? またお前と一緒かファーラ。最近俺のオッカケしてねぇか?」
「ユーネルさん、またご一緒? よろしくね。あんまり飲みすぎちゃ駄目よ」
 普段なら優しい母のような空気を纏う事が多いファーラだが、ユーネル・ランクレイド(ea3800)には少し気安い。
 同年代、だからだろうか? 柔らかい口調で声をかけてくれるファーラにユーネルはウインクで答えた。
「私、ノルマンから来たばかりで、ソールズベリどころか、イギリスの地理にも不案内なのですが‥‥どうぞよろしくお願いいたします」
 和気藹々としたムードの年長者達は、そう挨拶したフィア・フラット(ea1708)に勿論、と手を差し伸べた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ。フィアさん、でよろしいですわよね」
「この依頼はけっこー報酬がいいんだよな。簡単な調査って割に。こういうのには大抵裏があるもんだ」
 笑顔の中にも目に警戒をユーネルは絶やさない。そして、他の冒険者達も、それは同感だった。
「まあ、できることはしっかりやるとしましょう。おや? ところで依頼を受けたのは五人のはずでは?」
 指差し数えるピノに係員は苦笑する。
「一人は、先に行った様だぜ。まあ、ちょ〜っとばっかし変わった奴だから、向こうに行けば解るだろう」 
「?」
 葉霧幻蔵(ea5683)という名前と外見は教えてくれたが、思い出してまた苦笑する係員。その様子に首を捻りながらもとりあえず、冒険者達は出発することにした。
 何かが待つソールズベリへと。

「こらこら、べすぱ。‥‥やっぱりダメであるか? だらしが無いでござるなあ〜」
 飼い主の励ましも効果なく、地面に突っ伏して倒れる愛驢馬を仕方ないと言う顔で彼はふわふわの白い手を伸ばし抱き起こした。
「夢だったのでござるがなあ。驢馬に乗って颯爽と街を駆け抜ける忍者〜」
 キッパリ無理である。
 身長180センチ、体重81キロ。巨漢の部類に入る人物を乗せられるように驢馬はできていない。
 まして、全身を覆う着ぐるみ人形付きとあれば。
 はあはあ、と荒い息を驢馬は隠しもしない。
「まあ、いいでござる。街ももう見えてきた。いよいよ仕事の始まりであるな」
 ぽんぽん。労うように驢馬の背を撫でると前を見た。
「あれが、噂のソールズベリであるか。さて、ゲンちゃんレボリューション、始動でござる。いざ! 突撃〜!!」
 唸り声を上げて突進していく巨大羊に、周囲で草を食む羊達は怯えたようにその背を振るわせたと言う。
 
 ソールズベリ(ソールズベリーとも言うが)とはストーンヘンジを含む、この平原一帯の総称である。
 近隣のエーヴベリー、シャフツベリーなどを合わせてウィルトシャー地方と言うが長い歴史の間常に、この地方の中心となっていた。
 都市の名はセイラム。近年古い都市からの遷都に成功したばかりのまだ新しい街だ。だからニューセイラムと呼称される事もある。
 古い丘の上のオールドセイラムにもまだ人が残っているが、一時期の対立の危機を乗り越え融和への道を歩み出しているようだ。
 その融和や、いくつもの依頼において冒険者に力を借りた為、この街全体が冒険者と言う存在に対してとても好意的だった。
「へえ、旅の人かい?」
「はい、まだノルマンから来て間もないのですが、各都市の様子などを見聞して回っている所です」
「そうかあ、この街も今、こんなでなければもうちょっと活気があるんだがねえ。それに近くにあるストーンヘンジなんかはそりゃあ、自慢の遺跡なんだぜ」
「おじさん、このハム、ちょっと高くない? それに質も落ちてるみたいだし〜」
 フィアに話しかけていた店主は、品物を手のひらに乗せて呼びかける女性に、肩を竦めて見せた。
「勘弁してくれよ〜。最近妙な噂が広まってただでさえ、商人の通過とかが減って品薄傾向なんだぜ。その中で必死にかき集めた商品に文句付けられちゃあ、こっちも商売上がったりだ」
「別に、品物に文句を付けてるわけじゃないの。ごめんなさい。でも困ったわー。買い物に来たのにどこもあんまり仕入れてないって言うんですもの」
 素直な謝罪の言葉に商人も、ああと軽く手を振って謝罪を受け入れた。後半は彼も同意だと頷いている。
「そうなんだよなあ。最近いろいろ物騒で、品薄になってるんだ。今は、まだなんとかなってるけど、これが長引くといろいろまた問題になってくるだろうなあ」
 フィアと、ハムを店先に戻したファーラは顔を見合わせる。街そのものの様子は買い物に出る人、店を出す人。他所の町とそれほど変わってはいないように見える。
 だが、以前を知らない彼女らにとって、今の様子がどういうものか解らないのだ。
 だから、聞いてみることにした。
「この街に入る前に怖い噂を聞いたんですけど‥‥本当?」
「魔法王復活っていうのは‥‥」
 声を潜めた二人に、店主は深い深いため息を一つついた。
 やっぱり、そんな噂が広がっているのか、と言う顔だ。そして、さらに声を潜めて二人を手招きする。
「あんまり、他所で言いふらさないでくれよ」
 頷いたフィアとファーラに店主は愚痴を交えた話をしてくれたのだった。

「へえ〜、そんなことになってんのか。この街も大変だねえ〜」
 ぷはー、とエールを大きく呷ってユーネルは目の前の人物に向かって相槌を打った。
 酒場で知り合った彼は、ごく普通の老人に見えたがガラ悪く呑みだし、周囲の人間に絡むユーネルを諌めながらも酒の相手をしてくれている。
「新しくできたばっかりで、まだそれほど暗い闇も無い。領主に完全に管理されていただけに、領主不在の今、油断すると一気に闇に堕ちる危険性を孕んでおるのじゃよ」
 深いため息を付きながら彼は、自分もエールを飲み干した。自棄酒のように見えるが、自分の酒量を管理しているのがなんとなく解ってユーネルの目も光る。
「あ〜、そういえばこの街で武器を売りさばこうとしている商人がいるらしいぜ。いろいろ調べてる。まあ、俺たちもその一人なんだけどよ」
 ユーネルは目の前の人物にそう言ってみた。酒の上での雑談のように軽く、だ。だが、予想通りその人物の表情は変わった。
「まあこの街も魔法王とかなんとかで大変らしいけど、せいぜい気をつけるこった」
「この街にそれほど隠すようなことは無い。領主の不在も公然の秘密、というところだろう。冒険者よ。そなたらの判断で知らせるがいい」
 老人は酒代にしては多すぎる金をテーブルに置いて立ち上がった。ユーネルはそれを止めはしなかった。
 奥のテーブルからマグを持ったピノが入れ違いによろよろとやってきたから、もある。
「あ、ユ〜ネル〜。聞いて下さいよ。 私はこれでもまじめにやっているんですよ。布教活動だって本人が嫌って言ったら仕方ないですよねぇ」
 上司の愚痴を言いながら絡んできた仲間の耳にユーネルはぼそっと囁いた。他の人物には聞こえないように小さく。
「‥‥今の老人、この街の上位者らしいぞ。調べてもいい。報告は俺たちに任せると言って行きやがった」
 ほお、という表情を見せてピノも目を一瞬動かす。態度はあまり変えないが、返事はマジメな顔で返した。
「‥‥と、いうことは領主の補佐官で教育係でもあるというタウ老とか言う人、ですかね。おや?」
「よう、兄ちゃんたち。旅の人かい。一緒に飲まねぇか?」
「最近旅人もめっきり減っちまってよお。嫌なご時世になっちまったよなあ〜」
 老人がいなくなったことで、周囲の人物達も集まってきた。
 タウと話していたという信用と、彼が離れたことによる開放感が酒場でクダを巻く男達を引き寄せたようだ。
「おっ、いいねえ。一緒に飲もうぜ。酒もつまみも足んねえなあ。よお、オヤジ。ここにエール追加な。つまみも頼むぜ」
「つまみを待つ間、何か面白い話は無いですか? 酒のつまみになりそうな話は」
 ここは奢ると言ったユーネルの言葉に歓声が上がる。酒と一緒に男達の口も滑り出した。
 役に立ちそうな話も、そうでない話も。いろいろに。
 ちなみに役に立ちそうに無い話のトップはこれだった。
「最近セイラムの街に怪しい怪物が出る。昼夜問わず大人子供を驚かしていく怪しい着ぐるみ人間が‥‥」
 冒険者達は首をかしげ、その情報は聞き流した。

 その夜、セイラムの領主館に二人の人物が訪れる。
 一人は誠実な礼儀を持って挨拶をし、領主代行と少し話をして直ぐに帰って言ったという。
 だが、もう一人は深夜、密かに‥‥ではなく、どすどすと大きな足音を鳴らしてやってきた。
「誰だ!」「怪しい奴!!」
 警備の者達に発見されたその人物(?)は、大きな抵抗も無く縛に付いた。
「何者じゃ? そなた‥‥」
 ローブを羽織ったタウ老人の前に連れてこられた彼(?)はまるごとホエールの尻尾を揺らしながらゆっくりと立ち上がって、縛られたまま見得を切った。
「拙者、闇に生きる忍びの者。何を隠そう、尻隠さず。葉霧幻蔵、またの名をホエールゲンちゃんと申すのでござる」
 全然隠していない闇の人物の名乗りに、警備員達は目を瞬かせたがタウは彼らを下がらせた。
 心配そうな目をする部下達を追い払い、タウは黙って目の前の者の目を見る。
「何の用があって来た? 言ってみよ」
「伝言が、あるでござる‥‥」
 ‥‥二人の部屋の明かりが消えたのは、もう夜が明けようと言う頃だった。 


「と、言うわけで〜、セイラム領主ライル・クレイド殿の甘酸っぱい初恋は年上の人妻で、いつか先生をお嫁さんにしてげる〜などと言っていたとか言わないとか〜」
「止めろ! そんな報告が聞きたいわけじゃない!」
「おや、お気にめさないでござるか? では、領主が何歳までおねしょしていたかでは‥‥」
「いい加減にしろ!」
 依頼人が爆発する直前で、ピノは慌てて報告者を羽交い絞めにして、後方に引き摺った。もともと抵抗するつもりは無いのか素直に下げられる。
 やれやれと、冒険者達は五人目の仲間にワザと大きなため息をついて見せた。
「申し訳ない。礼がなっておらぬようで‥‥」
 そういうユーネルも態度は十分に大きいが、一応許容範囲と依頼人ベネットは書類を受け取った。
「一応、まともに調べてあるようだな‥‥ふむ。セイラムは自警団の能力はあまり高くなく、教会の影響力が高い。そして、協力体制ができている‥と」
「裏や闇の組織などはまだ新しい街には根付いていない模様、現在その手の者達は旧セイラムと完全に住み分けされいているようだ」
「魔法王の復活は事実のようで、重要な観光資源であるストーンヘンジは現在封印されています。商人達の出入りも少なくなってきているようですわ。領主様は今、お出かけ中で面会はできませんでした」
 集めた情報をフィアとピノが纏め、ユーネルとファーラが報告をした。
「商業の新展開の地としては魅力的だが、領主は有能で、かつ地域の結束が高いので難しいかもしれないか‥‥」
 フィアの補足を読み上げて、ベネットは息を付いた。
「‥‥まあ、こんなものか。ご苦労さん」
 報告の書かれた羊皮紙を丸めると、素直に依頼人は報酬を渡した。
「そこのそいつの分は減らしておいた。悪く思うなよ」
 そこのそいつと指差された幻蔵を押さえながらピノは頷く。
「一つ、伺ってもいいかしら?」
 報酬を受取りながら躊躇いがちにファーラが聞いた。
「何かな?」
「本当にセイラムの街で商売をするつもりなの? その為の情報集めなの?」
「そうだと言ったろう。それに俺がこれからどうするかなんて君達には関係ないことだ」
 もう帰れ、という無言のプレッシャーに冒険者達は部屋を出た。
「何だ? あいつ!」
 ハッキリって依頼人の態度は、好感が持てるというものとは対極にある。
 ベネットの周辺調査が上手く行かなかったので冒険者には彼の考えまでは解らない。
「‥‥私の冒険者としての経験と『感』が警鐘を鳴らす。何も無ければいいのだが」
 同じ、胸のどこかがざわつく思いを、手の中の報酬の袋の重さ以上に冒険者達も感じていた。

 窓の外からタウ老は街を眺めた。
 セイラムの街は美しい。だが、それ故に狙われる可能性はあると、彼は知っていた。
『武器商人のベネットと申すものが、この街の情報を集めています。何が狙いなのかは、判りませんが、魔王復活を気にしているようですわ』
 領主不在の今、街を維持するのに精一杯の彼にとって頭痛の種がまた一つ増えた。
 そして、もう一つ。
『王は、なぜ怒り、何を憎む? その者は、滅ぼすのではなく救わねばならぬのではあるまいか?』
 伝言を伝えていった忍者の言葉も噛み締める。
 外見は平和を保っているように見える静かなソールズベリ。
 だが、あちらこちらで燻ぶり続ける火が大きな炎となって燃え上がる日は、近そうであった。