●リプレイ本文
●九千坊
「ほっほっほっほっ! 皆の者、よく来たのぉ」
地面につくほど伸びた顎鬚をいじりながら、河童忍軍麒麟衆首領、九千坊がニコリと笑う。
九千坊は今まで本拠地のある九州にいたのだが、無事に五輪祭が終了したため、江戸まで様子を見に来たらしい。
「一応、九千坊殿とは初めましてかな? 我は寅と戌の忍びと称される者だ」
忍軍の総大将が老人だった事に驚きながら、ルミリア・ザナックス(ea5298)が深々と頭を下げる。
ごるびーは九千坊の凄さをまったく理解していないが、とりあえずルミリアと一緒に頭を下げた。
「あら? 芸人さん達って貴方達だったの?」
見慣れた顔の人物がいたため、朱雀がクスリと笑って扇子を仰ぐ。
「お久しぶりです。朱雀殿もお元気なようで‥‥」
満面の笑みを浮かべながら、三笠明信(ea1628)が朱雀に頭を下げた。
ふたりとも朱雀衆として五輪祭に参加していたため、朱雀も何だか嬉しそうだ。
「九千坊様から詳しい話は聞いていると思うけど、みんな謎の集団に怯えてこのザマよ。まるで尻子玉が抜かれているような表情を浮かべているでしょ?」
苦笑いを浮かべながら、朱雀が河童の頭をぽふぽふ叩く。
残念な事に元気のある河童達は、えろがっぱーずとして野に下ったため、残っている河童達は腑抜けばかりである。
「明るい芸で河童忍者達の心を慰めたいという九千坊様のお言葉は、そのまま拙者の心でもある。ごるびー殿、就職の為にも河童忍者達の為にも明るく楽しい芸を必ずやるでござるよ」
一座のマネージャーとして、沖鷹又三郎(ea5927)が九千坊と約束を交わす。
「ほっほっほっ、楽しみにしているぞ」
満足した様子で笑みを浮かべ、九千坊がコクリッと頷いた。
「はぅぅ‥‥、私の方が‥‥緊張、してきました‥‥」
九千坊の言葉がプレッシャーとなり、エスナ・ウォルター(eb0752)が緊張した様子で汗を流す。
河童達に芸を披露するのがペット達だけなので、成功するかどうかは彼らの頑張り次第である。
「最悪の場合は‥‥三十六計逃げるに如かず、でござる」
エスナの耳元で囁きながら、風魔隠(eb4673)が自分の荷物を纏めておく。
ごるびー達の芸が面白くなかった場合、尻子玉を抜かれそうな気がするため、いつでも逃げる事が出来るようにしたらしい。
●ごるびー
「ごるびー殿。いまこそ練習の成果をみせるでござるっ!」
河童忍軍が用意したステージの上に立ち、まずは又三郎とごるびーのコンビが芸を披露する事になった。
目の前には九千坊が座っており、その傍らには朱雀。
玄武は何故か甲羅のみ。
ゴルゴは当然の如く視線のみである。
ちなみに白虎は長崎まで買い出しに行っているため、この会場には来ていない。
「それじゃ、まず手始めに『いなばうあー』を披露でござるっ!」
又三郎の言葉を合図に、ごるびーが瞳をキラリと輝かせる。
それと同時にごるびーが身体を後ろに反らし、『グキィッ!』と嫌な音を響かせた。
「‥‥あれ? ご、ごるびー殿ぉ!」
青ざめた表情を浮かべながら、又三郎が慌てた様子でごるびーを抱き上げる。
ごるびーはブクブクと泡を吹き、アッチの世界とコンタクトをし始めた。
「あ、あれだけ特訓したのに、何故っ!?」
納得のいかない表情を浮かべ、又三郎がダラリと汗を流す。
どうやら、ごるびーは必要以上に気合が入り、自分の限界に挑戦してしまったらしい。
「ど、どうやら身体がほぐしきれなかったようでござるな。そういう時にはコレでござるっ!」
乾いた笑いを響かせながら、又三郎がごるびーの身体の塩を塗っていく。
「後はこの包丁で‥‥はっ! ごるびー殿、冗談でござるよ。すぐに河童の軟膏を使って治すでござるっ!」
危うくごるびーを捌きそうになったため、又三郎が気まずい様子で包丁を隠す。
河童の軟膏は万病に効くと言われているが、実際に効果があるかどうかは別なので、河童達も何やら挙動が不審である。
●ハンゾウさんとサイゾウさん
「ごるびー殿には負けないでござる! これも立派な忍犬、忍馬になるための修行でござる。‥‥ガンバルでござるよ」
心配そうな表情を浮かべながら、隠が木の陰に隠れてオヨオヨと泣く。
陰がペットとして連れてきたのは、子犬のハンゾウさんと、子馬のサイゾウさん。
二匹ともいまいち状況が分からず、キョトンとした表情を浮かべている。
「のわあああああ! 何で二匹揃ってキョトンとするのでござるかあああ! まさか拙者のぷりちぃな心臓を破裂させるつもりとかああああ?」
河童達の冷たい視線をモロに受け、陰が二匹にツッコミを入れた。
このままでは尻子玉が抜かれてしまう。
気のせいか九千坊がこちらを見つめて、怪しく指を蠢かせているようだ。
「クッ‥‥、かくなる上は‥‥」
だんだん気まずくなったため、陰が人遁の術を使って髭面親父に変身する。
それと同時に二匹の瞳がキラリと輝き、ようやく芸をしなければならない事を自覚した。
「おおおおおおお、ハンゾウさんもサイゾウさんもその調子でござるっ!」
感動した様子で二匹を見つめ、陰が拳をギュッと握り締める。
するとハンゾウはピョンと飛んでサイゾウの背中に乗り、何とか立ち上がろうとヨタヨタした。
しかし、そこまでが限界だったらしく、ハンゾウがコロンと転がった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、尻子玉だけはカンベンでござるぅ〜」
次の瞬間、陰の魂がひょろりと抜け、ダッシュで河童達から逃げていく。
河童達にはその気はないが、しばらく夢でうなされそうだ。
●ラティ
「えーっと‥‥。それでは、これより座長のごるびーが‥‥ここに居るボーダーコリーを、見事に操ってみせます‥‥」
緊張をほぐすため深呼吸をした後、エスナが魔法少女のローブを纏って、ごるびーと一緒にステージの上に立つ。
ごるびーは河童達の治療を受け、何とか動けるようになったらしい。
「きゅっ!」
まるでミイラ男のようになりながら、ごるびーがラティ(ボーダーコリー)の散歩紐を口に咥えて歩き出す。
「そ、その調子‥‥、です」
緊張した様子で二匹を見つめ、エスナがゴクリと唾を飲み込んだ。
河童達は又三郎の手料理に舌鼓を打っているため、例え芸が失敗に終わったとしても笑って許してくれるのだが、彼女にはそこまで考える余裕がないため必死である。
「きゅっ♪」
小さな鞠を頭のてっぺんに乗せてヨタヨタと歩き、ごるびーが鼻先を使って鞠を弾く。
それと同時にラティが助走をつけて飛び上がり、落下してきた鞠をパクッと上手にキャッチした。
「おっ、おおおっ! お見事ですっ! ごるびーちゃんも‥‥、ラティも、お疲れ様‥‥」
ホッとした様子で溜息をつきながら、エスナがぱちぱちと拍手をしたあと二匹の頭を撫で回す。
やけに片方だけツルツルとしているが、ここでごるびーに落ち込まれても困るため、気まずく視線をそらして誤魔化した。
●ブレンヒルト&流星&千代姫
「ごるびー殿。いよいよ最後の見世物だな。お互い気合を入れて頑張るぞっ!」
ごるびーにイカを手渡し、ルミリアが気合を入れた。
彼女の見世物は明信と一緒に披露する『空飛ぶごるびー』という芸で、朱雀が興味深そうにステージの上を眺めている。
「何だか、ちょっと緊張しますね。どうして、朱雀女史が女王様スタイルで待ち構えているんでしょうか‥‥」
青ざめた表情を浮かべながら、明信が恐る恐る朱雀を指差した。
何故か朱雀は漆黒のボンテージ衣装に身を包み、明信達を見つめて鞭を握り締めている。
「多分、つまらない芸を見せたら、御仕置きをするというだろう。その証拠にハイヒールの踵がいつもより尖っているようだしな。お互い死ぬ気で頑張らねば‥‥」
頭を抱えて呟きながら、ルミリアが明信の肩をぽふりと叩く。
朱雀はふたりの仲を知っているため、どんな恥ずかしいお仕置きが待っているのか分からない。
「と、とにかく頑張りましょう。‥‥命懸けで」
引きつった笑みを浮かべながら、明信がごるびー達を見つめてコクンと頷いた。
しかし、ごるびー達は明信が怯えている理由が分からず、三匹揃ってキョトンとした表情を浮かべている。
「ごるびー殿。この芸が無事に終わったら、豪華フルコース幕の内弁当を御馳走しよう」
又三郎がイカを使った幕の内弁当を作っていた事を思い出し、ルミリアが覚悟を決めて最後の賭けに出た。
「きゅっ!」
やけに凛々しい表情を浮かべ、ごるびーが自分の胸をポンと叩く。
どうやら『イカ』という言葉に激しく反応したらしい。
「それじゃ、リハーサル通りにお願いしますね」
緊張した様子で千代姫(戦闘馬)に飛び乗り、明信がルミリアを見つめて微笑んだ。
「ああ、分かっている。‥‥いくぞっ!」
祈るような表情を浮かべながら、ルミリアがごるびーにむかって合図を送る。
それを合図に、ごるびーが流星(イーグル)の背中に飛びつき、続いてブレンヒルト(イーグルドラゴンパピー)が流星を掴んで飛び立った。
「いまだっ!」
空を見上げて指笛を吹き、ルミリアがブレンヒルトに指示を出す。
それと同時にブレンヒルトが流星を放し、ごるびーが華麗にコロンと着地した。
「ここです、流星っ!」
千代姫の手綱をゆっくりと放し、明信が馬上で霞刀を引き抜き、流星を着地させようとする。
しかし、うまく着地する事が出来なかったため、流星がそのまま滑空すると、九千坊の頭の上に着地した。
「あっ‥‥」
その光景を見た瞬間、まわりにいた者達が凍りつく。
ホッとした表情を浮かべ、流星がのほほんと毛繕いをし始める。
「あ、あの‥‥、わざとじゃ、ない‥‥です‥‥」
予想外の出来事に驚きながら、明信がダラリと汗を流す。
尻子玉が‥‥抜かれてしまうっ!
そう思わせるには充分な出来事だった。
「ほっほっほっ! 分かっておる。この程度の事で怒るわしではない。のぉ、朱雀‥‥。懲らしめてやりなさいっ!」
満面の笑みを浮かべた後、九千坊が雄叫びを上げる。
それと同時に朱雀が鞭をしならせ、明信達にズンズンと迫っていく。
「じょ、冗談‥‥ですよね?」
尻子玉を抜かれるような感覚に襲われながら、明信がジリジリと後ろに下がる。
「ええっ‥‥、冗談よ。九千坊様はシャレがお好きだから‥‥。ご褒美として見世物小屋を貸してくれるそうよ。‥‥それじゃあね」
明信の目の前で鞭を振り下ろし、朱雀がクスリと笑って見世物小屋の場所が描かれた地図を渡す。
こうして、ごるびー座の初興行は成功し、九千坊にも何とか満足してもらえたようだ。