●リプレイ本文
●生贄
「村に着くなり、この扱いとは‥‥。ますます嫌な予感がしてきましたね」
警戒した様子で辺りを見回しながら、チサト・ミョウオウイン(eb3601)が口を開く。
村人達に歓迎されて一番立派な宿屋に泊まる事になったのだが、絶えず誰かの視線を感じているため気の休まる暇が無い。
「やっぱり、ここで如何わしい儀式が……ふぎゃあ!」
辺りを警戒するあまり足元がお留守になり、鷹村裕美(eb3936)が悲鳴をあげてズッコケる。
随分と派手に顔面を打ったため、その騒ぎを聞きつけ宿屋の番頭がやってきた。
「大丈夫かな、お嬢さん?」
心配した様子で裕美に駆け寄り、宿屋の番頭がニコリと微笑んだ。
‥‥張りついた様な笑顔。
顔は笑っているが、心の底では別の事を考えている。
きっと先程までの視線は、この男のものだろう。
偶然を装って裕美に近づき、生贄として相応しいか品定めをしているのだ。
「だ、大丈夫だ」
青ざめた表情を浮かべながら、裕美が番頭の手を弾く。
‥‥怪しまれてしまったかも知れない。
番頭の表情が明らかに先程とは異なっている。
「あ、あの‥‥、気にしないでください。だ、大丈夫ですから‥‥」
深々と番頭に頭を下げた後、チサトがそそくさと部屋に入っていく。
部屋の中には既に布団が敷かれており、枕が仲良く並んでいる。
「‥‥怪しまれているかも知れないな」
番頭の顔を思い出しながら、裕美が落ち込んだ様子で溜息をつく。
しかし、ここで作戦を変更するわけには行かないため、このまま流れに身を任せるしかなさそうだ。
「どちらにしても、罠に引っ掛かる必要がありますから、問題ないと思いますよ」
苦笑いを浮かべながら、チサトが湯飲みにお茶を注ぐ。
この中にも眠り薬が入っているかも知れないとは思ったが、村人達を油断させるためには飲むしかない。
「‥‥失礼します。そろそろご飯にしませんか?」
それと同時に宿屋の女将が鯛の尾頭付きを持参して、チサト達の部屋にズカズカと入ってきた。
女将の鋭い視線が突き刺さる。
ここで拒否は出来ない。
答えは既に決まっている。
「ちょうど腹が減っていたところだ。‥‥戴こう」
女将に怪しまれないようにするため、裕美がさらりと答えを返す。
その答えに満足したのか、女将が次々と食事を持ってくる。
無駄に豪華な食事に驚くチサト。
一体、ここまで高価な食材を何処で仕入れてきたのか、疑問に思ってしまうほどである。
「それじゃ、残さず食べてくださいね。おかわりはいくらでもありますから‥‥」
満面の笑みを浮かべながら、女将が裕美の湯飲みにお茶を注ぐ。
いまのところ出て行く様子は無い。
それどころか、裕美達がきちんと料理を食べるか、ずっと監視しているようだ。
「何だか眠くなってきたんですが、全部食べなきゃ駄目ですか?」
大欠伸をして目をこすり、チサトがそのまま箸を置く。
しかし、女将はチサトの腕を掴み、笑みを浮かべて首を振る。
「この料理‥‥、いくらすると思っているんですか? 残したりなんてしたら、これを作ってくれた人達に失礼ですよ」
物凄い威圧感を漂わせ、女将がジロリとチサトを睨む。
彼女達が完全に眠るまで、女将は帰りそうに無い。
●墓場
「‥‥ヤケニ墓ガ多クアリマセンカ?」
墓場から村に入ろうとして足を止め、理瞳(eb2488)が不思議そうに首を傾げる。
杉の木の上に佇んで墓場を観察してみたのだが、村の規模と比べて墓石の数がやけに多い。
もちろん、代々この場所を墓場として利用しているのだから、墓石が多いだけなら違和感が無いのだが、どれも新しいものばかりで妙に引っ掛かる。
「生贄の死体を埋めたんですかね? この状況じゃ、何とも言えないのだぁ‥‥」
墓石の状態を確認しながら、玄間北斗(eb2905)が困った様子で腕を組む。
提灯などの明かりを使えば村人達に気づかれてしまうため、頼りにする事が出来るのは月明かりだけである。
「ソレナラ確カメテミマショウカ? ソレデ怪シマレタノナラ好都合。村人達ニハ色々ト聞キタイ事ガアリマスカラネ」
墓場に置かれていたボロボロの提灯を手に取り、瞳が北斗から火打石を借りようとした。
「だ、駄目なのだぁ。そんな事をしたら、村人達に怪しまれてしまうのだぁ。彼らが警戒している以上、迂闊な行動は控えておくべきなのだぁ。儀式が中止されてしまえば、ここに来た意味が無くなってしまうのだぁ」
残念そうに首を振り北斗が一番新しい墓を見つけて掘っていく。
しかし、墓穴の中には何も埋められておらず、北斗が残念そうに首を振る。
しばらくして‥‥。
土の中から、冒険者らしき死体が見つかった。
「こ、これは‥‥!? 村の調査に行っていたはずの人なのだぁ。でも、何で墓なんかに‥‥」
驚いた様子で死体を見つめ、北斗がダラリと汗を流す。
残念ながら生贄となった少女の死体は見つからなかったようだが、この村で何らかの儀式が行われていた事は間違いない。
「モシカスルト儀式ヲ妨害シヨウトシテ返リ討チニ遭ッタノカモ知レマセンネ。デモ、コレデ証拠ヲ手ニ入レル事ガ出来マシタ。念ノタメ冒険者ギルドニモ報告シテオキマショウ」
冒険者の遺留品を風呂敷に包み、瞳が警戒した様子で辺りを見回した。
「ぎ、儀式って‥‥。確かにそうかも知れないけど、おいらには理解する事が出来ないのだぁ‥‥」
村人達の考えを理解する事が出来ないため、北斗が険しい表情を浮かべて腕を組む。
念のため他の墓も掘ってみたが、そこには村人達の死体が埋まっていた。
「村デ儀式ガ行ワレルヨウニナッタノハ最近ニナッテカラノヨウデスネ」
死体の状態を確認した後、瞳が騒ぎに気づいて村を睨む。
どうやら村で儀式が始まったらしく、村人達の奇妙な唸り声が聞こえている。
「‥‥儀式が始まったようなのだぁ」
チサト達を生贄にした儀式。
松明を掲げて何やらブツブツと呟きながら、生贄を囲むようにしてクルクルと回っている。
その言葉に何か意味があるのか分からないが、村人達はまるで何かに取り付かれたような雰囲気だ。
「少シ墓場ノ調査ニ時間ヲ掛ケ過ギテシマッタヨウデスネ。今カラデモ遅クハアリマセン。早ク助ケニ行キマショウ」
そう言って瞳が北斗を連れて村へと向かうのであった。
●村人達
「‥‥神隠しか。何が目的か調べておく必要がありそうだな」
辺りの様子を窺いながら、氷雨鳳(ea1057)が茂みに潜む。
村人達はチサト達を縛り上げ、黙々と儀式の準備を始めている。
「どうも大和が不穏だな。‥‥状況が状況だから仕方が無い、か?」
冒険者ギルドで取り寄せた報告書を握り締め、霧島小夜(ea8703)が疲れた様子で溜息をつく。
大和では最近、奇妙な事件が立て続けに起こっており、冒険者ギルドにも依頼が貼り出されている。
「ふん‥‥臭いな‥‥この臭さ‥‥黄泉人か何かが裏で糸を引いている。‥‥そうじゃないのか?」
茂みに隠れて村人達の様子を窺いながら、風間悠姫(ea0437)が口を開く。
いまのところ黄泉人の姿は見当たらないが、何らかの関連性があるのは間違いない。
「その可能性が高いかも知れないね。何だか村人達の様子がおかしいし、催眠状態にあるようだから‥‥」
明らかに村人達の様子がおかしかったため、フローライト・フィール(eb3991)がボソリと呟いた。
村人達は何かに取り付かれたような表情を浮かべ、何やらブツブツと呟いている。
「それに、村の周囲で神隠しや人死にがあれば、普通は役人なりなんなりに伝えるはず。時と場合にもよるが、そういった素振りは見当たらない。しかも依頼自体が村から来たものではないとすれば、その理由は推して知れるな」
険しい表情を浮かべながら、小夜が太刀『岩透』に手を掛けた。
村では既に儀式が始まっており、生贄達を囲んで時計まわりに回っている。
「‥‥となると、調査に行った冒険者達も死んでいるね。問題は誰が殺ったかと言う事だけど、この状況だと黄泉人絡みかな‥‥」
調査にむかった冒険者の姿がなかったため、フィールが村人達に対して警戒心を強めていく。
「だ、誰だ!」
次の瞬間、村人達がフィールに気づき、仲間達に合図を送って逃げ道を塞ぐ。
「この状況で言い訳しても無駄だよね。まぁ、それはそっちも同じ事だけど‥‥。こんな事をして許されると思っているの? その娘達は関係ないだろ?」
ゆっくりと間合いを取りながら、フィールが縄ひょうを構える。
それと同時に村人達が農耕具を掴み、フィール達に攻撃を仕掛けてきた。
「‥‥私は甘い性格はしていない。‥‥来るなら‥‥斬る。‥‥そのつもりで来い!」
何の躊躇もなしに村人達を斬り捨て、悠姫が刀についた血を払う。
それでも村人達は諦める事なく、雄叫びを上げて攻撃を仕掛けてくる。
「どんな理由があろうと、人を殺して良い権利は誰にもない‥‥そう、私にもない‥‥だが、この誠に誓おう。何も話すつもりが無いのなら、このまま斬り捨てるのみ‥‥」
村人達の様子が普通ではなかったため、凰が躊躇う事なく斬り捨てた。
彼らが操られている事は間違いないが、解除する方法が無い以上、ここで油断をすれば自分達が命を落としてしまう事になる。
「人というより亡者に近いな。亡心者、とでも呼ぶべきか」
シュライクを使って村人達を倒しながら、小夜が疲れた様子で溜息をつく。
村人達の表情に迷いは無く、まるで取り付かれたように攻撃を仕掛けてくる。
「‥‥とにかく原因を探らないといけないね」
ライトスピアを使って村人の身体を貫き、フィールが大量に浴びた返り血を拭う。
村人達は最後の一人になっても諦める事無く攻撃を仕掛け、フィール達に対して呪いの言葉を吐きながら大量の血を撒き散らして絶命した。
「もう少し崇める神は選ぶ事だな。‥‥と言ってももう聞こえぬか‥‥」
死体の山を眺めながら、悠姫が太刀についた血を払う。
村人達が何も喋らなかったため、黄泉人達に関する情報を手に入れる事は出来なかったが、これで奇妙な儀式が行われる事は無い。
「この村も昔は普通の村だったのだろうか‥‥そう思うと少し寂しいな」
何処か寂しそうな表情を浮かべながら、凰が亡くなった冒険者や娘達の弔いのために横笛を吹く。
これ以上、悲劇を繰り返さないと心に誓い‥‥。