●リプレイ本文
●波止場
「‥‥左腕に竜の刺青の男を捕まえろか〜。この前、捕まえたヤツは自害しちまったから、何も分からなかったし、今度こそは何か掴めればいいなぁ〜」
取引現場の波止場から少し離れたところに潜み、鷹城空魔(ea0276)が疲れた様子で溜息をつく。
念のため日中のうちに波止場の下見をしておいたのだが、日頃からガラの悪い連中が屯している場所だったため、途中でゴロツキ達に邪魔をされ大した情報を得られなかった。
「てっきり源十郎さんを襲う個人的な因縁かとも思っていましたが、取引の予定がある以上、表に出せない何かを源十郎さんが握っているという事でしょうね」
物陰に隠れて様子を窺いながら、マハラ・フィー(ea9028)がブレスセンサーを使う。
取引の予定時間が近づくにつれ、ゴロツキ達がいなくなっていったため、辺りは異様な雰囲気に包まれている。
これが何を意味しているのか分からないが、もしかするとゴロツキ達も取引相手と関係のある者達かも知れない。
「だとしたら‥‥、捕縛か。ちと、面倒かも知れんな」
険しい表情を浮かべながら、鷹碕渉(eb2364)が月桂樹の木剣を握り締める。
源十郎から情報を得る必要があるため、間違って殺してしまわないように、手加減しておかねばならない。
「それに謎が謎のままってのは、性に合わん。‥‥何があるのか知らねばな」
未だに解決していない謎が多過ぎるため、柚衛秋人(eb5106)が困った様子で溜息を漏らす。
しかし、約束の時間が近くなっても取引相手が現れる様子がなく、秋人達の間にピリピリとした緊張が走る。
一瞬、『逃げられたかも知れない』と思ったが、約束の時間が来るまで帰れない。
「両方捕まえられぬなら、取引相手を捕まえるよりも、源十郎を我らの手で確保した方が、依頼人の意向に沿うものと思われまする」
蝙蝠の術を使って近づいてくる人物の足音を感知し、磯城弥魁厳(eb5249)が仲間達にむかって合図を送る。
‥‥確認する事の出来た足音はひとり分。
足音から人物を特定する事は出来ないが、この様子では源十郎である可能性が高い。
「‥‥嫌な臭いだ。血と欲の臭いがする」
そう言って猪神乱雪(eb5421)が物陰に隠れ、足音の主が現れるまで待つのであった。
●源十郎
「‥‥たくっ! こんな寒い日に呼びつけやがって‥‥。せっかく博打で大儲けするところだったのに邪魔をしてきやがったんだから、思いっきり高い金をフンだくってやるか。よぉし、こうなったら、容赦はしねえ! あっちが土下座して頼み込むまで、値を釣り上げてやる!」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、源十郎が波止場にやってくる。
しかし、そこに取引相手の姿はなく、時間だけが過ぎていく。
「‥‥遅ェ! 何で約束の時間になっても来ねえんだよ! こっちはきちんと時間通りに来ているんだぞ! 真面目に交渉する気があるのか、あの野郎! それとも、わざと遅れて俺を怒らせるつもりなのか? どっちにしてもムカツク野郎だぜ!」
不機嫌な表情を浮かべながら、源十郎が近くにあった樽を蹴り飛ばす。
それと同時に黒頭巾を被った者達が現れ、源十郎のまわりを囲む。
「な、なんだ、お前達は! や、約束と違うじゃねえか! だ、騙したな!」
青ざめた表情を浮かべながら、源十郎が悲鳴を上げて尻餅をつく。
取引の現場に黒頭巾達が現れたため、色々な意味で身の危険を感じている。
「‥‥あれだけ目立つ行動をすれば当然だ。それとも波止場でウロつきまわっている連中はお前の仲間じゃないって事か?」
大声を上げながら、黒頭巾の男が源十郎の胸倉を掴む。
どうやら黒頭巾は冒険者達を源十郎の仲間であると勘違いし、彼の事を執拗に攻め立てている。
つまり冒険者達が必要以上に目立つ行動を取ったため、取引相手に怪しまれてしまっただけでなく、黒頭巾達にも気づかれてしまったという事だ。
「し、知らねぇよ、そんなヤツ! 俺はここまでひとりで来たんだぞ? なんでお前達を騙さなきゃならねえんだ! そんな事をしたって俺に得する事はねえだろ? 俺は金さえ手に入ればいいんだからな!」
慌てた様子で首を振り、源十郎が自分の無実を訴える。
しかし、黒頭巾は源十郎の言葉を信用せず、仲間達に合図を送って刀を抜いた。
「そこまでじゃ! その男をこちらに渡してもらおうか!」
次の瞬間、魁厳が高速詠唱で疾走の術を使い、そのまま勢いをつけて黒頭巾に飛びつき海に飛び込んだ。
「‥‥やはり現れたか。貴様ら‥‥、何者だ!」
落ち着いた様子でフィー達を睨みつけ、黒頭巾がゆっくりと刀を抜く。
彼女達の事は手下に見張らせていたため、それほど驚いている様子はない。
「名乗るほどの者じゃないわ。用があるのは、その男だけ。‥‥分かったら、帰ってくれるかしら? こっちだって暇じゃないのよ。遊んで欲しいのなら、今度にしてあげるから‥‥」
『派手に動き過ぎ』と反省しつつ、フィーが黒頭巾達を睨みつける。
「‥‥フン。度胸だけは一人前だな。このまま帰れば、命だけは助けてやろう。警告はしたぞ。‥‥分かったな」
海に落ちた仲間を引き上げ、黒頭巾がニヤリと笑う。
黒頭巾達の身体からは凄まじい殺気が漂っており、この人数ではとても勝ち目が無さそうだ。
「‥‥そうか。僕で良ければ付き合うがどうだ? ‥‥だいたい黒頭巾が気に入らん。いい加減、素顔を見せたらどうなんだ?」
それと同時に乱雪が黒頭巾達に斬りかかり、次々と攻撃を仕掛けていく。
しかし、黒頭巾は乱雪の攻撃を受け止め、彼女の喉元に刀を当てる。
「‥‥聞こえなかったのか? このまま帰れば見逃してやる。それとも早く死にたいのか?」
凄まじい殺気を放ち、黒頭巾が乱雪を突き飛ばす。
次の瞬間、物陰から渉が飛び出し、黒頭巾めがけてポイントアタックを放つ。
「そうやって俺達を騙す気か。どうせ逃げようとして背を向けた瞬間、バッサリと行くんだろ? それに目撃者を逃がすほど、お前達がお人好しにも見えないからな」
クールな表情を浮かべながら、渉が祖師野丸をギュッと握り締める。
黒頭巾相手なら手加減の必要が無いと思ったからだ。
「‥‥なるほどな。苦しみながら死ぬのが望みか。ならば、その願い‥‥叶えてやろう!」
含みのある笑みを浮かべ、黒頭巾が渉達に攻撃を仕掛けていく。
ドサクサに紛れて逃げ出した源十郎を追う事なく‥‥。
●黒頭巾
「‥‥秋人。悪いが源十郎を追ってくれ。僕はコイツらを相手にする!」
ジロリと黒頭巾達を睨みつけ、乱雪が鬼神の如く暴れまわる。
黒頭巾達も彼女の言葉を聞いて、ようやく源十郎が逃げ出した事に気づき、チィッと舌打ちしたあと彼を追う。
「悪いけど‥‥、このまま行かせる訳には行かないわ。例え源十郎さんが悪人だとしてもね。それとも彼に逃げられたら、何かマズイ事でもあるのかしら? それなら、わたくし達が相手をしてあげるわ」
すぐさま黒頭巾達の行く手を阻み、フィーがカラミティバイパーを振り下ろす。
そのため、何人かの黒頭巾がその場に残り、仕方なく乱雪達の相手をする。
「ええいっ! 小賢しい真似を! お前らの相手なら、後でいくらでもしてやるわ。だから早くそこを退け!」
不機嫌な表情を浮かべながら、黒頭巾がフィー達に攻撃を仕掛けていく。
黒頭巾達は顔を隠していても分かるほど感情を露わにし、フィー達に容赦のない一撃を放つ。
「何が目的かは知らないが、黙って殺されてやる気はないのでね。何故、源十郎の命を狙う。一体、ヤツは何を知っている? それとも、お前達にとって都合の悪い物を源十郎が持っているのか?」
黒頭巾達の顔色を窺いながら、渉が敵の目的を知ろうとした。
「‥‥お前達に答える義理はない。冥土の土産を持たすほど、俺達も甘くないのでな。迷わず地獄に落ちるといい」
渉にむかってカウンターアタックを放ち、黒頭巾が次々と攻撃を仕掛けていく。
その太刀筋から相当の手練れだと言う事が分かるため、彼らの探している物がそれなりに価値のある物だという事が分かる。
「何か勘違いしているようじゃのう。地獄に落ちるのは、そっちの方じゃ!」
再び海中から跳躍し、魁厳が黒頭巾に飛びついた。
しかし、他の黒頭巾の妨害にあって海の飛び込む事が出来なかったため、そのまま羽交い絞めにして動きを封じ込める。
「あまりこういう真似はしたくなかったが‥‥。この男の命が惜しければ、すぐに武器を捨てるのじゃ。それとも貴殿らは大切な仲間を見捨てるほど非情な連中なのか?」
黒頭巾を人質に取りながら、魁厳が辺りを見回した。
それと同時に他の黒頭巾が仲間を斬り捨て、海に向かって蹴り落とす。
「任務のためなら、仲間の命など惜しくはない。それにコイツだって喜んで、命を投げ出す事だろう。‥‥分かったら俺達の邪魔はしない事だな」
仲間達から源十郎を見つけたという報告が入ったため、黒頭巾が魁厳の相手を止めて波止場から離れていく。
「‥‥なるほどな。名無し、というわけか」
納得した様子で海を眺め、魁厳が疲れた様子で溜息をつく。
どうやら黒頭巾達は任務が失敗した場合の事を考え、自分の身元を証明するものは持っておらず『名無し』として源十郎を追っていたようだ。
そのため、死に対しても『恐れていない』と答えを返したのだろう。
‥‥そう思うと何だか悲しくなってきた。
●源十郎
「はぁはぁ‥‥、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ! 金さえ貰えれば例のブツだって素直に渡したのに‥‥。こんな事になるんだったら、刀を持ってくりゃあ良かったな。そうすりゃ、あんな奴等‥‥、どうって事もなかったのに!」
不機嫌な表情を浮かべながら、源十郎が裏通りを通って逃げていく。
取引相手に怪しまれないようにするため、刀を家に置いてきたのが失敗だった。
しかし、ここで刀を持ってきていたら、交渉は間違いなく失敗していた事だろう。
そう考えると、何か正しい選択肢だったのか分からない。
「龍の刺青ってのは、お前の事か」
険しい表情を浮かべながら、秋人が源十郎の行く手を阻む。
この辺りの下調べをしておいたおかげで、何とか先回りする事は出来たが、早くしなければ黒頭巾達に見つかってしまう。
「た、頼む、逃がしてくれ! 俺は金が欲しいだけなんだ!」
青ざめた表情を浮かべながら、源十郎が土下座をした。
普段の彼なら秋人に勝負を挑むところだが、愛用の刀がないため必死で命乞いをし始める。
「お前のおかげで結構な人数が死んでいてな。‥‥理由を知りたいのさ」
源十郎の胸倉を掴み上げ、秋人がボソリと呟いた。
「ははははは‥‥、残念だったな。それなら俺の手元にはねえよ。交渉が失敗した時の事を考えて、仲間に預けていたからな。交渉が成功すれば、取引相手に合言葉を教えるつもりでいたが、こうなっちまったら手遅れだ。約束の時間までに俺が戻ってこなかったら、そいつを処分するように仲間に頼んである‥‥」
引きつった笑みを浮かべながら、源十郎が両手を上げる。
どうやら源十郎も交渉が失敗した時の事を考え、色々と対策を立てておいたらしい。
「その話‥‥、本当か?」
信じられない様子で源十郎の顔を見つめ、黒頭巾が持っていた刀をポトリと落とす。
源十郎の言葉が本当ならわざわざ取引相手を始末してまで、波止場で待っていた意味がない。
「あ、ああ‥‥。本当さ。いまごろヤツは江戸を出た頃じゃねえのか。早く追わねえと間に合わねえぞ!」
含みのある笑みを浮かべながら、源十郎が黒頭巾達を睨みつける。
そのため、黒頭巾達は『あの男か』と呟き、小走りでその場を立ち去った。
「はあはあ‥‥、助かった。それじゃ、俺はここで‥‥」
一瞬の隙をついて秋人に体当たりを食らわせ、源十郎が慌てた様子で逃げていく。
それと同時に魁厳が行く手を阻み、忍犬のヤツハシを嗾けた。
「うわああ、カンベンしてくれ! 俺は犬が苦手なんだ!」
大粒の涙を浮かべながら、源十郎が必死になって命乞いをし始める。
本当に犬が苦手なのか、腰が抜けたまま動けない。
「すまんな。怨みはないが、これも仕事なんでな」
その間に渉が源十郎の身体を縄で縛り、途中で逃げられないようにした。
「一体、何を取引するつもりだったんですか? 素直に教えて貰えます? わたくし達はあなたの身柄を確保すればいいだけですので、教えていただけなければ命を落とされるよりは‥‥」
満面の笑みを浮かべながら、フィーがストーンのスクロールを使って桶を石にする。
素直に答えなければ酷い目に遭うという意味を込めて‥‥。
「た、ただの箱だ。厳重に封がしてあったから、中身は一度も見ちゃいねえ! どっちにしても手遅れだろ。俺は持っていないんだから‥‥」
青ざめた表情を浮かべながら、源十郎が知っている事を語っていく。
どうやら彼も、その箱を江戸に住む仲間から手に入れたらしく、詳しい事は知らないらしい。
「何だか怪しいところばかりだね。まぁ‥‥、いいか。僕らの目的はキミを依頼主に引き渡すだけだからね。手遅れかどうかは依頼主が判断してくれるはずさ」
そう言って乱雪が黒頭巾の消えた方向を睨む。
‥‥何とか源十郎を捕まえる事が出来た。
しかし、依頼が成功したとは言い難い。
最後まで黒頭巾達の正体がハッキリとしなかったのだから‥‥。