●リプレイ本文
●禁忌の村
「‥‥頼む。間に合ってくれ!」
祈るような表情を浮かべながら、犬彦が冒険者達を連れて村に帰ってくる。
犬彦が冒険者ギルドに行っている間に、村人達が沙耶を生贄として捧げる準備を始めていたらしく、すぐにでも山にむかおうとしている最中だった。
「この野郎!」
怒りに身を任せて拳を放ち、犬彦が村人の胸倉をガシィッと掴む。
しかし、沙耶を生贄にしようとしていた村人はまったく抵抗せず、黙って犬彦に殴られている。
「‥‥何者も助けてくれぬ閉鎖的な環境が、生贄の風習を生んだのでしょうか? ‥‥だとしたら哀しい事ですし、寂しい事ですよね。その閉ざされた心を救うのならば、何か新しい息吹を村人に吹き込まなければならないかも知れません。もう二度と、このような事が起こらないように‥‥」
茂みからコッソリと顔を出し、シェリル・オレアリス(eb4803)がボソリと呟いた。
‥‥冒険者達に見捨てられた土地、大和。
黄泉人達の襲撃によって、滅びた村々。
そんな噂を毎日のように聞いていれば、村人達が不安になっても仕方が無い。
次は自分達の番だと怯えながら、毎日を過ごしているのだから‥‥。
「とりあえず犬彦さんを止めに行った方が良さそうね。このままじゃ、事態が悪化しそうだし‥‥」
犬彦が一方的に村人を殴っていたため、ステラ・デュナミス(eb2099)が溜息をついて止めに入る。
確かに犬彦の気持ちも分かるのだが、こんな事をしても村人達が諦めるとは思えない。
「は、放せ! このままじゃ、俺の気がすまねぇ!」
羽交い絞めされても諦めず、犬彦が村人を殴ろうとした。
「やめんか、犬彦!」
不機嫌な表情を浮かべながら、長老が犬彦を叱りつける。
その声に驚き、道を開ける村人達。
誰も長老の言葉には逆らえない。
それが、この村での掟‥‥。
「いまさら冒険者達を連れてきても、手遅れじゃ。お前にもそのくらいの事は分かっているだろう」
犬彦の喉元に杖を突きつけ、長老がキッパリと言い放つ。
ここで沙耶を生贄として捧げなければ、何か遭った場合に犬彦まで責任を取らねばならなくなる。
しかし、沙耶を生贄にしたところで災いが収まらなければ、村人達は次の生贄を選んで山の神に捧げる事だろう。
「さっきから話を聞いてりゃ、誰が冒険者だ! 見て分かるのかああ?」
冒険者という言葉に居心地の悪いものを感じていたため、雪守明(ea8428)がズンズンと長老に迫っていく。
「冒険者で無いのなら、詐欺師だな! それなら即刻ここから去れ!」
持っていた杖で殴った後、長老が村の外を指差した。
「だからこっちの話を聞けって! この村の危機から救うため、私が京都の偉い陰陽師を連れてきた。少なくとも吉凶の事なら、お前らのような素人よりも、こちらの方が専門家だ」
『家内安全』の札を沙耶にペタンと貼り、明が黒畑緑太郎(eb1822)を紹介する。
長老はしばらくキョトンとした表情を浮かべていたが、明のペースに流されてはマズイと思ったため、慌てた様子で行く手を阻む。
「待たんか! そんな胡散臭い奴を連れてきて、わしらに信用しろって言うのか!? ならば証拠を見せてみぃ!」
疑いの眼差しを送り、長老が緑太郎に杖を向ける。
「この山には山の神など居ない。居るのは鬼だけだ。生贄など捧げても効果はないどころか、望みもしないのに生贄にされた者の恨みで、今よりもっと不幸な事が起きるぞ!」
サンワード、占い、星読み、風水、フォーノリッヂ等を使い、緑太郎が不幸な出来事が連続している理由の見当をつけ、生贄がいかに無意味であるかを語っていく。
しかし、村人達は緑太郎の言葉を信用せず、汚い言葉を使って大声で文句を言い始める。
「‥‥信じるか、信じないかはおたくら次第。だが、これだけは言っておく。例え山の神に生贄を捧げたとしても、この村から災いが消える事が無い。本当の原因はおたくらの心にあるのだから‥‥」
村人達がなかなか信用しなかったため、緑太郎がキッパリと言い放つ。
これ以上、マトモに話し合いをしたとしても、このままでは平行線を辿るだけである。
「とにかく沙耶さんのご両親に会わせてくれますか? 本当ならコッソリと会うつもりでしたが、この状況ではそれも無理なようですし‥‥」
村人達を説得するのが困難だと感じたため、シェリルが沙耶の両親に会う事を優先した。
「お、お願いしますっ! 沙耶を‥‥、沙耶を助けてください」
すがるような目つきでシェリルに駆け寄り、沙耶の両親が一生懸命になって頼み込む。
「こ、こら! わしらを裏切るつもりか」
長老の言葉に沙耶の両親がビクッとなる。
ここで長老に逆らえば、この村では生きていけなくなってしまう。
「苦渋の選択を理解したうえで、自分達が助かるため、安易に命を差し出して解決しようというのは、単なる心の弱さです。まぁ‥‥、こんな事を言っても分かってくれるとは思っていませんが、少しだけ待ってくれませんか?」
どんな事を言っても村人達が納得しないと思ったため、シェリルが疲れた様子で溜息を漏らす。
村人達にとって長老の言葉がすべてであり、掟に従う事で心の安らぎを得ているのだから‥‥。
「さっきから聞いてりゃ、言いたい放題に言いやがって! それじゃ、冒険者が鬼を退治したら、冒険者に生贄を捧げるのか? どっちもお前らに災いをもたらすモンだろう? あっちを恐れてこっちを恐れないってのは筋が通らんぞ‥‥って、私の話を聞けぇい!」
話の途中で長老がシェリルの相手をし始めたため、明が慌てた様子でツッコミを入れる。
どうやら長老にとって都合の悪い事は、すべて聞こえないようになっているらしい。
「まぁ‥‥、今までの風習から抜け出すのも、決して簡単な事じゃない。今回の事がキッカケになって、村人達の心が変わるように頑張ろうじゃないか」
苦笑いを浮かべながら、緑太郎が明の肩をぽふりと叩く。
ここで熱くなったとしても、事態が良くなるわけではない。
「どちらにしても村人達を監視しておく必要がありそうね。犬彦さんのためにも、ここで沙耶さんを失うわけにはいかないわ」
そう言ってステラが沙耶を連れて、彼女の家に入っていく。
なんとしてでも彼女を守らねばならない。
仲間達が山の神を倒して、村に帰ってくるまでは‥‥。
●鬼
「みんな、急ぐんだ。日没の前に鬼を倒さねば、面倒な事になるぞ!」
セブンリーグブーツを履き、磯城弥魁厳(eb5249)が山を登っていく。
仲間達の他に忍犬のヤツハシとナラヅケを連れ、山の神を祀っている祠にむかう。
山の神の祠には何か災いがあるたび、生贄が捧げられていたため、いつの頃からか鬼達が棲み始めてしまったらしい。
その鬼達を見て村人達が山の神と勘違いしていたのだから、運命とは実に皮肉なものである。
「‥‥おかしいな。この辺りのはずなんだが‥‥」
険しい表情を浮かべながら、鬼切七十郎(eb3773)が辺りを見回した。
犬彦から聞いた話では、もうそろそろ祠が見えてきてもいい頃なのだが、何故かそれらしき場所が見当たらない。
「まさか途中で道を間違えたのか? 勘弁してくれよ。早く鬼さんをやっつけないと、後味の悪い事になっちまうんだから‥‥」
呆れた様子で頭を抱え、乃木坂雷電(eb2704)が溜息をつく。
無情にも時間ばかりが過ぎていくため、仲間達の間に焦りの色が見えている。
「‥‥自分達の無力さを神の所為にして贄を出す。昔からよくある事だけど、俺は好きじゃない。それだけでも阻止しておかないとね」
このままでは沙耶が無駄死にする事になるため、フローライト・フィール(eb3991)が茂みを掻き分け目的地を目指す。
この辺りは獣道が多いため、なかなか先には進めない。
「ジャパンの風習はよく分かりませんが、山の神として鬼を祀るのは普通の事なのでしょうか?」
キョトンとした表情を浮かべ、ミラ・ダイモス(eb2064)が不思議そうに首を傾げる。
本来なら節分をして鬼を追い払っている時期なので、その鬼を神として祀っている村人達の気持ちが分からない。
それ以前にミラには節分というものが、どういうものか分からないため、余計に混乱しているようだ。
「いや、普通といったら語弊がある。そういう事もあるって話だからさ」
用意した布を木の枝に結び、ライル・フォレスト(ea9027)が土地勘などを駆使して、雪上に鬼の足跡が残っていないか、探して見る事にする。
そのおかげで鬼の足跡らしきものがいくつか見つかり、ある程度の行動範囲を予測する事が出来た。
「やはり、この道で合っているようだな。‥‥となると、祠もこの辺りにあるのか」
地面に残った足跡を辿り、ミュール・マードリック(ea9285)が鬼を捜す。
‥‥しばらくして。
犬彦の言っていた祠を発見した。
「それにしても随分と汚れているな。これじゃ、鬼じゃなくとも祟られると思うんだが‥‥」
雑草に埋もれた祠を見つめ、七十郎が呆れた様子で溜息をつく。
村人達は思い込みが激しい性格のため、祠の掃除よりも生贄を捧げる方が大事らしい。
「今のうちに準備をしておきましょう」
警戒した様子で辺りを見回しながら、ミラが袋に入った家畜動物の血を撒いていく。
こうする事によって、鬼達を誘き寄せようと思ったのだ。
「‥‥何か嫌な予感がする。早くここから離れるんだ」
異様な気配を感じたため、ミュールが七十郎を連れて茂みに潜む。
祠には生贄を捧げる事になっているため、鬼達に見つかると面倒な事になってしまう。
「‥‥鬼だ」
蝙蝠の術を使って鬼の唸り声を聞き取り、魁厳が茂みに隠れて仲間達に合図を送る。
「ようやく現れたか」
バイブレーションセンサーを使い、雷電が周囲の索敵を開始した。
‥‥鬼の数は全部で20。
大小様々な鬼が集まっているため、何処かに親玉が隠れているのかも知れない。
「小鬼に、茶鬼に、人食い鬼か。随分と色々な鬼がいるんだな」
物陰に隠れて様子を窺いながら、ライルが鬼の種類を確認した。
鬼達は飢えた表情を浮かべ、祠のまわりをウロついている。
「この時期に流血は望む所では有りませんが、人を食らい災いを招くなら、斬魔の太刀で厄を祓わねばなりませんね」
悪しき鬼を祓う意味で巫女服に身を包み、ミラが斬魔の太刀を引き抜いた。
鬼達は生贄が来るまで待ちきれないのか、次々と山を降りる準備をする。
「どんな事があっても、鬼を逃がしちゃ駄目だからね」
仲間達にむかって合図を送り、フィールがロングボウを構えて茶鬼を射抜く。
そのため、他の鬼が一斉に反応し、唸り声を上げて攻撃を仕掛けてくる。
「ああ‥‥、分かっている」
先陣を切って鬼達の前に飛び出し、ライルが追儺豆を投げつけ、ポイントアタック+シュライクを叩き込む。
その一撃によって鬼が戦意を喪失し、山を降りていこうとした。
「この世の厄を払う為、魔を斬る巫女がお相手します」
逃げていく鬼達の行く手を阻み、ミラがスマッシュEX+バーストアタックEXを放つ。
それに合わせて魁厳が物陰に身を潜み、鳴弦の弓を掻き鳴らす。
「‥‥逃がすか!」
プラントコントロールを使って茶鬼の動きを封じ込め、雷電がクリスタルソードを叩き込む。
その一撃によって茶鬼が倒れ、他の鬼達が逆方向に逃げていく。
「‥‥相手が悪かったな」
忍び足を使って鬼の背後にまわり、七十郎がブラインドアタックEX+シュライク+スマッシュを炸裂させる。
それでも鬼達が逃げようとしていたため、ライルが優れた鷹のミャンを呼び寄せ、鬼の顔面を攻撃させて足止めをした。
「行け! ヤツハシ、ナラヅケ!」
忍犬のヤツハシとナラヅケを嗾け、魁厳が高速詠唱で疾走の術を使う。
次の瞬間、バックアタック+スタンアタックを放ち、忍犬がクナイを使ってポイントアタックを炸裂させる。
「‥‥お別れだね?」
シューティングPAを放ち、フィールが人食い鬼にトドメをさす。
その間に仲間達が他に鬼を倒し、ホッとした様子で汗を拭う。
「‥‥問題は、むしろこの後でしょうな。何せお互いの醜い部分をむき出しにして、同じ村人を犠牲にしようとしたわけですから‥‥。この村の人間関係、しばらく荒れまするぞ」
そう言って魁厳が何処か寂しそうな表情を浮かべるのであった。