●リプレイ本文
●準備
「さてと‥‥。節分やし、恵方巻、豆料理、鰯料理ってところやな。寒いから鍋でも作るか‥‥」
市場に行って食材と酒を仕入れ、将門司(eb3393)がせっせと準備をし始める。
節分を知らないミラに理解してもらうため、まずは基本的な事から始めてみる事にした。
そうする事によって、すぐに理解する事が出来なくとも、節分でどんな事をやるのか、雰囲気くらいは分かるはずだ。
「おっ、随分といい匂いがしているじゃないか。これは‥‥、豆料理だな。俺は何処でも食い繋げればと嗜んだ程度。司殿の様に鍛錬しておらぬ故、何処まで手伝えるかは判らぬが、やれる事があれば言ってくれ」
感心した様子で料理を眺め、明王院浄炎(eb2373)が袖を捲くる。
司の料理は達人の域にまで達しているが、料理の数か多いので急がなければ間に合わない。
「いや、ここは俺に任せてくれ。このくらいなら、ひとりで充分やしな」
満面の笑みを浮かべながら、司がテキパキと料理を作っていく。
そのため、厨房を見学に来ていたミラも、手伝おうとしてあたふたとする。
「えーっと‥‥、邪魔でしょうか?」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、ミラがボソリと呟いた。
何か手伝いたい気持ちはあるのだが、司の手際がいいので返って邪魔になってしまう。
「それじゃ、こっちを手伝ってもらおうか。‥‥力仕事は苦手じゃないだろ?」
苦笑いを浮かべながら、浄炎がミラの肩をぽふりと叩く。
浄炎は鬼と相撲を取るための土俵を準備するため、三重に編んだ太目の縄を抱えている。
「はい、よろこんで」
ようやく自分の仕事が出来たので、ミラが意気揚々と浄炎の後をついていく。
三重に編んだ網は俵の代用として使うもので、土俵を作る場所の地面に埋め込んだ。
「タダ酒が飲めそうな気がしたから来てみたんだが、ちょっと早過ぎたかな? まぁー、俺に出来る事があれば手伝うよ」
軽く冗談を言いながら、石動流水(ec1073)がミラ達の手伝いをし始めた。
いつの間にか赤鬼も来ていたようだが、近所の住民達に怖がられないようにするため、頭巾を被って目立たないようにミラ達の手伝いをしている。
「ところで豆撒きって、どんな事をするの? 確か豆撒きって、日本古来の伝統なのよね?」
不思議そうに首を傾げ、レイ・カナン(eb8739)が口を開く。
彼女はイギリスから江戸に向けて旅に出たはずが、何故か京都に来ていたのでこの依頼に参加する事にしたようだ。
そのため、彼女も節分について何も知らず、ミラと同様にどんな行事が知りたいらしい。
●宴会
「それじゃ、まずは恵方巻からや」
まずは腹ごしらえをするため、司がミラ達に恵方巻を振舞った。
司の作った恵方巻は七福神に因んで、かんぴょう、うなぎ、でんぶ、キュウリ、シイタケ、伊達巻の計七種類の具が入っている。
恵方巻は『福を巻き込む』という意味や、『福を食べる』という意味合いがあるらしく、ミラ達が感心した様子で、その年の縁起のいい方向を向いて恵方巻きを頬張った。
「みんな、食い終わったようやな。それじゃ、今度はこれや」
ミラ達が恵方巻きを食べ終わった事を確認し、司が今度は豆料理を持ってくる。
この豆料理は節分で使う入り豆を使っており、炊き込みご飯や、炒り豆を砂糖と唐辛子と共に煮る甘辛煮、流水からの要望で作ったおせち料理で出す黒豆等が置かれていく。
「どれも本当に美味いね。こりゃ、頼んでおいて正解だったかな」
満足した様子で笑みを浮かべ、流水が黒豆に舌鼓を打った。
沢山の料理を振舞うため、どれも薄味にしてあるのだが、そのおかげで料理の数が多くても飽きが来なくなっている。
そのため、流水は持参した折詰めに黒豆を詰め、そのまま家に持って帰る事にした。
「喜んでもらえたんなら、こっちも作った甲斐がある。遠慮せんで、おかわりしてな」
ホッとした様子で微笑みながら、司が鰯料理を膳の上においていく。
鰯料理は節分の日に厄除けとして、柊の枝に鰯の頭を刺して戸口に置く風習に因んで用意したもので、鰯の味醂干しを仕入れて炙り酒の肴として焼き魚と一緒に出している。
「‥‥おいしい。まさか節分で、こんな美味しい料理を食べる事が出来るなんて‥‥」
出てくる料理がすべて美味しかったため、ミラが感動した様子で溜息を漏らす。
そのため、横に座っていた赤鬼も、納得した様子でコクンと頷いた。
「あなたが噂の赤鬼ね。私はエルフのレイよ。水の魔法使いなの。とんでもない方向音痴で周りに、いっつも迷惑掛けてるのよ。ところであなたの名前は?」
赤鬼が申し訳無さそうに座っていたため、レイが人懐こそうな笑みを浮かべて横に座る。
しかし、赤鬼は真っ赤な顔をさらに赤らめ、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「あっ‥‥、別に緊張する必要はないのよ。いつも通りで構わないから」
赤鬼の緊張をほぐすため、レイがクーリングを使って湯飲みのお茶を凍らせた。
それを見た赤鬼が驚いた様子で湯飲みを手に取り、どこかに仕掛けが無いか調べている。
「お、おら‥‥、キサ‥‥ク‥‥」
湯飲みをガッチリと掴んだまま、鬼作がレイを見つめて答えを返す。
レイも満足した様子で笑みを浮かべ、鬼作に湯のみの種明かしをし始めた。
「‥‥丹後に住む金剛童子の事は知っておるか? 彼の者が優しき鬼となった折、今日の様に酒を酌み交わせなかった事が心残りでな」
しみじみとした表情を浮かべながら、浄炎が鬼作の杯に並々と酒を注ぐ。
鬼作はマジマジと酒を見つめた後、クイッと勢いをつけて飲み干した。
「それじゃ、最後は鍋や。おっと、こっちの酒は飲んだらアカン。いま飲んでいる酒と違うて、あんさんには毒やからな」
最後の仕上げとして鍋の準備を始めながら、司が鬼毒酒を目立つようにして横に置く。
鬼毒酒は口当たりの良いまろやかな酒だが、鬼が飲むと毒になると云われる酒である。
「さて、興に乗ってきたところで余興を一つ如何かな?」
鬼作の肩をポンと叩き、浄炎が土俵を指差した。
そのため、鬼作は気合を連れて、土俵まで歩いていく。
いよいよ勝負の始まりである。
●一本勝負
「このような機会でもなければ、そうそう心優しき鬼とサシで力比べする機会もなかろう」
土俵に塩を撒いた後、浄炎が鬼作と対峙した。
鬼作は浄炎をジロリと睨んで鼻を鳴らし、行司の合図を待っている。
「ひが〜しぃ〜、浄炎山〜。に〜しぃ〜、赤鬼海〜」
軍配団扇を持って名前を呼び上げ、流水が土俵の中央に立つ。
次の瞬間、流水が軍配扇子を握り締め、『はっきよい、残った!』と掛け声を上げる。
「ウォォォォォ!」
雄叫びを上げて地面を蹴り、鬼作が強烈な張り手を繰り出した。
そのため、浄炎はあっという間に土俵際まで追い詰められ、悔しそうに表情を歪ませる。
「や、やるじゃないか。まさかここまでやるとはな」
鬼作の強さがハンパではなかったため、浄炎が驚いた様子で汗を流す。
もちろん、鬼作は温厚な性格をしているので、どんなに強くても悪さをする事は無いのだが、さすが鬼というだけあって力が強い。
「だが‥‥、俺も負けるつもりで土俵に立ったわけではないからな」
回り込むようにして張り手を放ち、浄炎が鬼作に不意討ちをする。
鬼作は呻き声を上げながら、少しずつ土俵際まで追い詰められていく。
「‥‥トドメだっ!」
気合を入れてマワシを掴み、浄炎が鬼作を土俵の外に放り投げる。
そこで流水が決まり手を叫び、軍配扇子で浄炎を指した。
「オレ‥‥、マケタノカ」
ションボリとした表情を浮かべ、鬼作が大きな溜息をつく。
あまりにも惨めな負け方をしたと思っているため、ミラにペコペコと謝っている。
「ひょっとして、私の為に勝とうとしていたんですか? 別に謝る必要はありませんよ」
苦笑いを浮かべながら、ミラが鬼作の肩を叩く。
そのため、鬼作は豆の入った升をミラ達に配り、両手を上げて雄叫びを上げる。
「豆撒きって、よく分からないんだけど、ジャパンの鬼は豆で追い払えるの?」
キョトンとした表情を浮かべ、レイがボソリと呟いた。
レイ達の国には豆撒きの習慣が無いため、ミラと一緒に首を傾げている。
「ああ、追儺豆には鬼を追い払う効果があるからね」
豆の入った升を手に取り、流水が豆撒きをし始めた。
鬼作に投げる豆はただの豆だが、大袈裟に悲鳴を上げて美味く演技をし始める。
「節分は悪鬼を追い出し、福を招き入れる事から、『鬼は外 福は内』になったんや。あんさんは悪鬼やないから別れの挨拶程度に考えてくれ。でまた来年来ればええし」
一生懸命になって豆を投げつけ、司が鬼作に別れを告げた。
その言葉を聞いて笑みを浮かべ、鬼作が山に帰っていく。
本当は別れが辛くて仕方が無いのだが、このまま町に残っているわけにも行かない。
その事を考えれば、黙って山に帰るべきだ。
「節分は追儺、鬼やらいとも言い、鬱積した気持ちを異端なる者を傷付け晴らさんとした事が謂れと聞く。悲しき事だな」
山に帰っていく鬼作を見つめ、浄炎が寂しそうに溜息をつく。
その後、ミラから今回の節分を盛り上げてくれたお礼として、司宛に名剣「ラーグルフ」+1が届くのだった。